Part 01: 沙都子(私服): ……とまぁ、こんな感じですわ。いかがでして、皆さん? やや疲れた様子を見せながらもすっきりした表情で顔を上げ、沙都子が居並ぶ私たちに視線を向けてくる。 今日は、途中経過としてみんなで集まり……沙都子の怪談の練習の成果を聞く披露日だ。 確かに、語り口は淡々として抑揚がなく……テープを聴いて相当練習を積んできたことが素人の私たちにも伝わってきた。 美雪(私服): (でも……これは、なんていうか……) 魅音(私服): うーん、そうだねぇ……。 レナ(私服): ……はぅ……。 羽入(私服): あぅあぅ、とても言いにくいのですが……。 梨花(私服): ……今いちなのですよ、みー。 美雪(私服): って、梨花ちゃんっ? さすが沙都子との付き合いが長いだけあって、最後に口を開いて述べられた梨花ちゃんの感想は剛速球のストレートそのものだった。 沙都子(私服): なっ……?! そして、それを真正面からくらった沙都子はムンクの叫びさながら、絶望に目を見開いて驚きの表情を浮かべる。 おそらく彼女としては、かなりの手応えを感じていたのだろう。それだけに私たちの反応が良くなかったことに、衝撃を受けた様子だった。 美雪(私服): あ、あのさ……! 題材選びと語りはすごく良かったと思うよ。今は昼間だけど、ぞっとするのを何度か感じたし。ただ……。 魅音(私服): 正直に言っちゃうと、なんか他人事みたいに聞こえるんだよねぇ。凶悪事件をTVのニュースで知っても、あーそうか、って思うみたいにさ。 沙都子(私服): 他人事と言われましても……怪談なんて自分で体験したものではないんですから、そう伝わってしまうのは当然ではありませんの? 菜央(私服): ううん、そうじゃなくって。肝試し直前の怪談って、これから向かう先で同じようなことが起きるかもしれない――。 菜央(私服): そういった想像をかき立てるためのものでしょ?だけど、今聞いた印象だと……没入感が足りないからただ漫然と情報を入手しただけになってしまうのよ。 沙都子(私服): な、なるほど……テープで聞いた通りの口調でうまく真似してみたつもりだったんですけど、怪談とは奥が深いものですのね……。 レナ(私服): はぅ……でも沙都子ちゃん、すごく上手だったよ。すごく練習したんだなってことが伝わってきて、とっても素敵だったかな、かな。 一穂(私服): う、うん。色々な意見があるみたいだけど、私はその……怖いって感じてたし……。 沙都子(私服): ……レナさんや一穂さんにそう言ってもらえるのはありがたいのですけど、本番で役に立たないようでは意味がありませんわ。 そう言って沙都子は、しょぼん、と肩を落とす。 もちろん、これが私たちの仲間内でのものであればここまで厳しい評価を下すことはないだろう。彼女がこのために頑張っていたのは、事実だからだ。 が……今度の林間学校でやってくる生徒さんたちは、当然のことながら全員が私たちと初対面だ。だからこそ客観的に質を求め、一切の忖度がない。 まぁ、今後会わないであろう人たちが大半だし、今回は非常事態として臨時に請けた仕事なんだからお茶を濁す程度でも納得してもらえる……とは思う。 だけど、村の外の人たちに#p雛見沢#sひなみざわ#rのことを知ってもらえるというせっかく機会なのだから……来て良かったと満足させたい、という矜持があった。 美雪(私服): (とはいえ……さて、どうしたものかね……) そう思って私たちが、何か沙都子のために役に立ちそうなアイディアを提供できないか、と頭を抱えかけた――と、その時だった。 一穂(私服): ひゃっ……! 突然、皆が口をつぐんで静まりかえった室内にかわいらしい悲鳴が響き、私たちは一斉に目を向ける。 するとそこには、苦悶の表情を浮かべながら足を崩している一穂の姿があった。 羽入(私服): なっ……ど、どうしたのですか一穂っ? 一穂(私服): あ、あははは……ごめんなさい。長時間ずっと正座をしてたから、足がその……痺れちゃって……。 美雪(私服): なんだ、もう……急に声なんて上げるから、いったい何事かと思ったよ。 くだらない理由を聞かされて、私たちは一斉に苦笑とともに脱力する。 それにしても、確か一穂って剣道をやっていたはずなのに……正座が苦手だったとは。意外というか、ちょっと不思議な感じだ。 菜央(私服): まったく……完全に不意を突かれたから、びっくりしちゃったわ。おかげで動悸がまだ……こんなに……。 美雪(私服): ? どうしたの菜央、急に黙り込んで……? 菜央(私服): ……沙都子。あんた、魅音さんからカセットデッキを借りてきたって言ってたわよね。それって、録音とかもできたりする……? …………。 沙都子(私服): 怪談……恐ろしい話……。 Part 02: ……そんなやり取りがあった、夜のこと。 さほど遅いとは言えない時間だったものの、「話がしたい」と会いに来た沙都子の訪問に私は少なからず驚きを感じていた。 沙都子(私服): ごめんなさいですわ、魅音さん。林間学校のご準備でお忙しい中、時間を取っていただいて……。 魅音(私服): いやいや、別に構わないよ。困った時はお互い様ってやつだからね。 魅音(私服): で、沙都子……話したいことってなに? 沙都子(私服): ……一応の確認ですわ。今回の怪談は、オヤシロさまについての内容を避けておく方向でよろしいんですのね? 魅音(私服): は……? いや、そりゃそうでしょ。村の誰かがうっかり口を滑らした可能性はあるけど、一穂たちは「例のこと」を知らないわけだしさ。 魅音(私服): そもそも、実際の話……それも直近で起きた事故や事件を扱うなんて、各方面に対する冒涜の極みだよ。 魅音(私服): あと……レナ。#p雛見沢#sひなみざわ#rに戻ってきた時から、あの子はヤバいくらいにオヤシロさまのことを気にしている。冗談でも口にしないほうが賢明だね。 沙都子(私服): えぇ、よくわかっておりましてよ。……私もその心づもりだったのですけど、念のため魅音さんの考えを確かめておきたかったんですの。 魅音(私服): 私の考え……って、それはどういう意味? 沙都子(私服): どうかお気を悪くしないで、聞いてくださいまし。ここ数年で起きた「例のこと」……連続怪死事件は実に奇妙なことが多すぎましたわ。 沙都子(私服): 1年目は、バラバラ殺人。2年目は……魅音さんもよくご存じだと思いますので、あえて言うまでもありませんわね。 魅音(私服): …………。 沙都子(私服): そして3年目は、梨花のご両親の急病と入水。さらに4年目は私の――。 魅音(私服): ……ストップ、沙都子。つまりあんたは、私に何を言いたいのさ? あえてはばかってきた話題を出されて……さすがの私も沙都子の意図をくみきれずに口を挟んで、話の腰を折ってしまう。 それでも彼女は物怖じをすることなく、さらに言い募るように続けていった。 沙都子(私服): もしかすると魅音さんは、今回の肝試しの件をオヤシロさまにまつわる「例のこと」の解明に利用しようと考えているのか……。 沙都子(私服): あるいは逆に、混迷を深めさせるような何かを企んでいるのかもしれない……そう思いましたの。 魅音(私服): ……これはまた、ずいぶん買いかぶられたもんだね。つまり沙都子は、私たち園崎家が#p祟#sたた#rりを名目にして「例のこと」を村外にも広めようとしている――。 魅音(私服): 少なくともあんたは、そう疑っている……今の言葉は、そういう解釈でいいのかい? 沙都子(私服): ……私個人としては、魅音さんのことが好きですわ。ずっと私のことを優しく気遣っていただいたり、いつでも損得抜きにして、力になってくれたり……。 沙都子(私服): ですが……やはり、どうしても意識してしまいますの。私はあなた方雛見沢御三家に敵対した北条家の娘で、その抗争に敗れたことで一家が不幸になった……。 沙都子(私服): 過去の事実があるせいで、梨花の次に大好きで尊敬しているはずの魅音さんのことを……ちょっとしたことで疑いたくなってしまう。 沙都子(私服): それが寂しくて、悲しい……何より、申し訳ない。怪談話を考えているうちにふとつまらない思考に陥りかけたので、話を聞いてもらいたくなった。 沙都子(私服): ……ここに来た理由は、そういうことでしたのよ。 魅音(私服): ……。なるほどね。確かに私も、あんたのことを結構気に入っているから……あえてその手の話にはこれまでずっと触れないでおこうと思っていたんだ。 魅音(私服): けど……あんたの言う通りだよ、沙都子。私も時々、ふっと頭をよぎることがあるんだ。 魅音(私服): あんたはこの村の仇敵である北条家の娘……そんな相手と仲良くし続けて、本当にいいのか。 魅音(私服): いまだにくすぶり続ける歪で矛盾した関係が、何かとんでもない不幸に繋がるんじゃないのか……。 魅音(私服): そんなことを考えそうになって……恐ろしくなることがある。呪われた家に生まれたもんだね、お互いにさ。 沙都子(私服): 魅音さん……。 魅音(私服): その上で断言するよ。これは園崎家頭首代行でも、まして北条家の仇敵としてでもない。……あくまで私個人としての責任と、覚悟を背負った発言だ。 魅音(私服): この命を賭けて、絶対に嘘は言わない。だからもし、私があんたを騙していると思ったら沙都子……その時は、私を殺してもいいよ。 沙都子(私服): ……っ……! 魅音(私服): 一度しか言わない。言い直したりも、撤回もしない。誤魔化したりもしない……だから、しっかり聞いて。 魅音(私服): ――園崎家、そして御三家は「例のこと」……連続怪死事件に一切、関わっていない。もちろんオヤシロさまの祟りにも……絶対に。 沙都子(私服): 御三家ということは、公由家と古手家も……という理解でよろしいのですね? 魅音(私服): もちろん。……これが仲間としてあんたに示してあげられる、私なりの精一杯の誠意だよ。 沙都子(私服): …………。 沙都子(私服): ごめんなさいですわ、魅音さん。そこまで真摯に言ってくださるあなたのことを……私は気の迷いとはいえ、何度も疑いかけてしまった。 沙都子(私服): そして……安心しましたのよ。あなたはやはり私の大好きな、そして尊敬できる園崎魅音さんなのだと……。 魅音(私服): ……私もだよ、沙都子。むしろあんたの方から、率直にぶつけてもらって本当に良かったと心から思っている。 魅音(私服): 村の偏見は、そう簡単にはなくならない……だからこそ私たちは、しっかりと信頼し合っていこう。 魅音(私服): あんたとなら……きっとできる。少なくとも私は、そう信じているよ。 沙都子(私服): えぇ……魅音さん。今夜は話を聞いてくださって、感謝しますわ。 …………。 羽入: どうやら、僕が心配するまでもなかったみたいですね。よかったのですよ、あぅあぅ……。 Part 03: 沙都子(私服): ……お集まりの皆さん、今宵は#p雛見沢#sひなみざわ#rにようこそお越しくださいましたわ。 沙都子(私服): それでは僭越ながら、私が肝試しに先立ってこの村の近辺で伝え聞いたお話を紹介させていただきましてよ……。 …………。 美雪(私服): いやー、それにしても沙都子の語りってすっごくうまくなったよねー。昨日のリハで聞いた時は、耳を疑ったよ。 梨花(私服): みー。あの日からずっと、テープを何度も聞いて練習に練習を重ねていたのですよ。 羽入(私服): あぅあぅ……おかげで悪い夢ばかりを見るようになったようで、目覚めがいつも酷い有様だったのですよ~。 詩音(私服): まぁあの子って、意地っ張りな上に結構凝り性なところがありますしね。つまりミイラ取りがミイラ、ってやつでしょうね。 菜央(私服): ……そのことわざって、沙都子のそういう状況で使うものだったかしら? レナ(私服): はぅ~、怪談話を夢でも見てうなされる沙都子ちゃん、かぁいいよ~♪お持ち帰りして添い寝してあげたいかな、かなっ☆ 菜央(私服): そ、添い寝だったらあたしも一緒に……!レナちゃんが横にいてくれたら、安眠どころか永遠の眠りにだってつくことができるわ! 美雪(私服): いや、永遠の眠りって死んでるってこととほぼ同義なんだけど……言ってる意味わかってる? 美雪(私服): バカなことを言ってないで、早く着替えたら?菜央ってこの後、魅音と一緒にお化け役としてみんなを道中で脅かすんでしょ? 菜央(私服): あ、そうだった……忘れてたわ。それじゃ美雪、台本通りに舞台演出よろしくね。 美雪(私服): へいへーい、任されましたよっと。 一穂(私服): あの……美雪ちゃん。舞台演出って、いったい何のこと? 美雪(私服): んー、一穂は聞いてなかったの?んじゃ、本番でいきなり知ることになるってわけだね。そいつは楽しみだ、くっくっくっ……! 一穂(私服): な、なんか怖いよ、美雪ちゃんっ……?! 梨花(私服): しー、なのです。もうすぐ始まるのですよ。 …………。 沙都子(私服): 『そして、10数年後。男は弟を捨てた神社へとやってきました』 沙都子(私服): 『苦しい生活のあまり、まだ赤子だった弟を見捨ててしまったことを、彼はずっと後悔していました』 沙都子(私服): 『きっと弟は、生きる術もなく死んでいるだろう。だからせめて、魂だけでも弔ってやりたい……』 沙都子(私服): 『そう思って訪れた男は、本殿の賽銭箱の前にひとりの少年がしゃがみ込んで泣いているのを見つけました』 沙都子(私服): 『こんなところに、子どもが1人でどうしたのだろう。気になった男は、彼に話しかけました』 沙都子(私服): 『「どうしたんだい、坊や。お父さんはどうしたの?」「……お父さんは、いない」少年はそう答えました』 沙都子(私服): 『「そうか。じゃあ、お母さんは?」「……お母さんは、いない」同じようにそう答えて少年は泣き続けています』 沙都子(私服): 『「じゃあ、お兄さんは「お前だぁぁぁあああぁぁっっ!!!」』 声: 『ぎゃぁああああぁぁぁぁっっ!!!』 生徒たち: 「「きゃぁぁあぁああぁぁぁっっ?!」」 沙都子(私服): ……お話は、以上ですわ。それでは皆さん、この後の肝試しをどうぞお楽しみに……ふふふ……。 生徒A: ちょ……ま、待って!これから肝試しで使うルートって、神社の前を通るんだよね……っ? 生徒B: うぅ、やだなぁ……!ごめん私、パスしてもいい? 生徒C: い、今さら何を言っているのよっ!私だってこ、怖いんだから……! 詩音(私服): くっくっくっ……沙都子の怪談話、大成功ですね。 美雪(私服): うん、確かにすごいねー。生徒さんたち、みんな完全に怯えきってるよ。 梨花(私服): みー。これなら暗がりの中を歩くだけで全員がくがくブルブル、にゃーにゃーなのですよ。 美雪(私服): それにしても、菜央の考えた作戦は大成功だね。まさか沙都子の叫びに合わせて、悲鳴をBGMで流すなんてさ。 沙都子(私服): をーっほっほっほっ! 周りの声につられて、自分も同じような反応をしてしまう……バラエティー番組の笑いと同じ理屈ですわね~。 レナ(私服): はぅ……迫力がありすぎて、レナもつい声を上げそうになっちゃったよ。 美雪(私服): あははは、確かに。……どうだった、一穂?すごい演出だったでしょ? 美雪(私服): って、一穂……どうしたの? 一穂(私服): こ……ここっ、こ……。 美雪(私服): ……ニワトリ? 一穂(私服): 腰が……抜けちゃった……。 沙都子(私服): ……この分だと私と菜央さんの次は、一穂さんが特訓の対象になりそうですわね。