Part 01: 1年生A: ……ねぇ、聞いた?3年の園崎先輩が学園内で神隠しに遭って、消えちゃったんだって。 1年生B: 園崎先輩って……確か授業中に突然叫び出してから様子がおかしくなって、その後はずっと1人で部屋に引きこもっていた、あの人のこと? 1年生A: そうそう! 何日前か忘れたんだけど、突然部屋からいなくなったー、って先生たちが箝口令を敷いているんだって。 1年生B: 箝口令って、穏やかじゃないわね……何か後ろ暗いことでもあったのかしら。……で、突然消えたから神隠しだって? 1年生A: うん……しかも、昨日の夕方だったかな?学園寮あてに外部から電話がかかってきたのを当直の事務員さんが応対したんだけどさ。 1年生A: 女の子の声で、「園崎先輩の家族が倒れたから、連絡が取りたい」……って、聞いてきたんだって! 1年生B: えっ……なにそれ、どういうこと?先輩が消えた後に、先輩の家族が倒れて……本人と連絡が取りたいって電話があった? 1年生A: ねっ? わけがわかんなくて、怖いっしょ?事務員さんもすっごくビビっちゃって~。 1年生B: その話も怖いけど、あんたの人脈も怖いわね。いつの間に寮の職員さんと仲良くなったの? 1年生A: だって、ほら……私って、年上に可愛がられるタイプだから☆ 1年生B: 自分で言わないでよ。……あっ、そういえば少し前に園崎先輩のところにちょいちょい顔を出している、1年生の子がいたよね……? 1年生A: あー、入試の成績がトップだったお嬢クラスの変わり者でしょ?確かその子が、第一発見者だって。 1年生B: 変わり者って……その子、何かしでかしたの? 1年生A: あ、知らない?……ほら、入学早々にクラスの子と大もめして、みんなが見ているところで「嘘つき!」って派手に罵られた子がいた、って前に話したでしょ? 1年生A: あのクラスって、良家の出が多いと言いつつ政治家の愛人の娘とか、いわくつきの子息が結構いるんだけど……。 1年生A: その中でも輪をかけておかしな噂が多すぎて、素性が全くわからない……それが、その1年生の子よ。 1年生B: あぁ、うん。なんか、聞いた記憶があるわね。確か名前は……なんていったっけ? 灯: ――秋武灯、って名前じゃなかった? 1年生A&1年生B: うひゃああっ!? 灯: どうも、こんにちは。お二方は特進学科……で、学科名は合っていたかい? 灯: そして、私と同じ1年生だよね。同級生として仲良くしてくれると嬉しいな! 1年生B: あ、いえその……私たちは……。 灯: あ、盗み聞きで申し訳ないんだけど……もしかして今、園崎先輩の話をしていなかった? 1年生B: あ……ご、ごめんなさい!私たち、この後用事があるので、これで……。 1年生A: ねぇ、あなたって一般家庭の生まれなんだってね。頭いいのに、なんでバカ高いお嬢クラスに入ったの?入学金とかどうし……ぐぇっ?! 1年生B: ご、ごきげんよう~! 1年生A: ちょっ、襟首引っ張るのやめ、苦し……ぐぇえーっ! 灯: また今度、ゆっくり話をしようね~! …………。 灯: さて。神隠し……か。 灯: 園崎先輩が聞いたら、大笑いしそうだな……ん?この場合、消えるのに手を貸した私はさしずめ先輩を消した神様……と言うことになるのかな? 灯: うーん、どうしよう……自分が知らない場所で神様になってしまうとは、なんと不思議な感覚。これじゃ、叔父さんのことを笑えないな。 灯: もっとも……私の場合、神様は神様でもどちらかといえば疫病神だろうけどさ。 灯: どういう流れでそんな話になったのか、詳しく知りたいね。経緯を調べるだけでも、手紙のネタになりそうだ……ゆぷぃ。 灯: しかし、謎の電話か……。 灯: 園崎先輩の知り合いかな?彼女から連絡が来たら、聞いてみたいものだが……まだ一切なしのつぶてってのが気になるな。 灯: 単に忙しいだけなら、それでいい……ただそうでない場合、園崎先輩の命運は幸運な方へ向かわなかったと思うべきだろう。 灯: だとしたら、手を貸した私は……。 …………。 灯: 後悔はしていないけど……責を負うにしても、今回はどうすればいいんだろうね。 灯: ……知恵の実を食べるようにとイヴに促した、蛇になった気分だ。 Part 02: ……きっかけは、菜央ちゃんからかかってきた一本の電話だった。 菜央: 『レナちゃん、あのね……#p興宮#sおきのみや#r駅の今から言う場所まで、来てほしいの』 レナ(私服(二部)): え……? もしかして、今から? 菜央: 『うん。もう夜も遅いけど……お願い。あたしは少し遅くなると思うけど……絶対、絶対に行くから』 菜央: 『だから……待ってて』 レナ(私服(二部)): う、うん……。 レナ(私服(二部)): はぅ、菜央ちゃん……遅いな……。 手元の時計を見る。興宮駅前の指定の場所についてから、もう2時間がたった。 歩く人も……もうしばらく、見ていない。 自動車でさえ、さっき前を通り過ぎた1台を数十分ぶりだ……とぼんやりと思いながら見送ったばかりだ。 レナ(私服(二部)): (……。まだ来ない……) 胸の奥が落ち着かず、何度も何度も駅近くの時計を見てしまう。 菜央ちゃんからの電話は切実な口調で、声の背後から風の音が聞こえていた……おそらく公衆電話からかけたのだろう。 もしかして興宮駅で、何かのトラブルで帰れなくなったのかと思ったので、つい来てしまったが……どうやら違ったようだ。 レナ(私服(二部)): どうしよう……菜央ちゃんに何かあったのかな……かな。 探しに行くべきだろうか……?いや、でも「絶対行くから、動かないで待ってて」と言われたのだ。 だとしたら、やはりここで待っているべきかもしれない……でも……。 レナ(私服(二部)): (菜央ちゃん……) 彼女は言った。「あたしがなんとかするから、自首を待ってほしい」と。 待つと約束した#p綿流#sわたなが#rしの前日は、明日……いや正確には、もう数時間後に迫っている。 レナ(私服(二部)): (それにしても……どうして菜央ちゃんは、私を助けようとしてくれるのかな、かな……?) あと、どういうわけか……彼女を見ていると、まるで鏡か、古い写真を見ているような……。 既視感と呼ぶには複雑な感情がない交ぜになった、奇妙な感覚に陥ることが……時々、ある。 なんとなく、思いついた推論はあった。でも……考えれば考えるほど、それは現実には絶対にありえないことだった。 レナ(私服(二部)): …………。 非現実的な想像を打ち払うように、私は再び時計を見る。 レナ(私服(二部)): (……いくらなんでも、さすがに遅い) そもそもあの子から電話がかかってきた時点で、子どもが外を出歩く時間をとっくに越えていた。 レナ(私服(二部)): (もしかして、菜央ちゃん……ここに呼び寄せたのは、#p雛見沢#sひなみざわ#rから私を遠ざけて何かをするつもりで……?) でも、その「何か」……は、いったいなんだろう。 そもそも、あんな小さな女の子ひとりができることなんて……かなり限られていると思う。 だとしたらなおのこと、菜央ちゃんが何を考えているのかが……わからなかった。 レナ(私服(二部)): …………。 静かな闇夜に身を置いていると……どこからか耳鳴りにも似た、不快な音が聞こえてくるような気がする。 静かな世界。自分の息づかいすら聞こえる中、耳の奥が鳴っているような錯覚とともに、じわじわと……嫌な予感が胸の内に広がっていく。 レナ(私服(二部)): (……なんで? ただ待っているだけなのに、どうしてこんなにも不安な感じになるの……?) さっきから次々に頭の中に浮かんでくるものは……実際にはあり得ない、ただの妄想ばかりだ。 なのに、止まらない。消しても払いのけても、否定しても……どんどん上書きをされていく。 ……そうだ。もしかしたら菜央ちゃんは今ここに向かって、必死で自転車を走らせている最中かもしれない。 とにかく私のもとへ急いで向かおう、遅くなってしまったと半泣きになっている……。 にもかかわらず私が今、ここで雛見沢に戻ってしまったら……すれ違うことになってしまう。 ……必死に辿りついた興宮のこの場所で、私の姿を探す菜央ちゃんを想像してみる。 息を切らせながら周囲を見渡し……誰もいないことを悟って落胆し、疲弊した身体を預けるように電柱へと背中をくっつけて――。 菜央ちゃんはきっと、色々考える。 私は、どこに行ったのだろう。洗面所に行ったのか、飲み物を買いに行ったのか。 あるいは犯罪に巻き込まれてたんじゃないか、警察に補導されたんじゃないか――。 それとも……最初から、来てくれなかったのか。行くという約束を、守ってはくれなかったのか。 ぐるぐると頭を巡らせて不安を募らせ、どうしようもできずに1人ぼっちで私を待ち続けるあの子の姿を想像して……胸が苦しくなった。 レナ(私服(二部)): …………。 今、自分が置かれている状況に……静かで寂しい夜に、あの小さな女の子を置き去りにすることはできない。 レナ(私服(二部)): (……やっぱり、ここで待つべきかな) でも……でも? もしも、菜央ちゃんがこれから私のために、私を守るために……。 何か……私には想像もつかないような、恐ろしいことをしようとしているとしたら……? レナ(私服(二部)): (私は、絢花ちゃんの苦しみを理解できなかった……ううん、最初から考えようともしなかった) 最初からちゃんと絢花ちゃんに向き合っていれば、あの惨劇は起こらなかったかもしれない。 だから今度は間違えないように、菜央ちゃんとしっかり向き合おうと頑張った……つもりだ。 相手の言葉を聞こう。気持ちを考えよう。……約束を、守ろう。 レナ(私服(二部)): (私は、待つって言った……) 約束したんだ……ここで、待っていると。 なのに、これから私が雛見沢に戻ってしまえば菜央ちゃんの約束を破ることになる……。 レナ(私服(二部)): (約束は、破りたくない……) でも、もしも……万が一……。 それこそが、私をここに留めるために巡らせた菜央ちゃんの「策」であったとしたら……? 「嘘ではないこと」に対して人一倍敏感に反応してしまう「レナ」の心理を逆手にとった、彼女の妙手だったら……?! レナ(私服(二部)): ……っ……?! いや……違う。そうじゃない。 レナ(私服(二部)): (私は……) レナ(私服(二部)): (約束を守るってお題目で……責任を、菜央ちゃんに押しつけようとしている……?) レナ(私服(二部)): ……ぁ……。 スカートの裾を握る手に、じわりと嫌な汗がにじむ。 このままだと、警察に声をかけられるかもしれない。だったらそのまま、自首してもいい……。 でも、それで……それで、いいの? レナ(私服(二部)): (そうなったら、雛見沢には戻れなくなる……) 約束。嫌な予感。約束。嫌な予感。嘘。信じたいもの。嘘。信じたいもの――。 私を縛り付ける文言が……繰り返し浮かんでくる。 レナ(私服(二部)): (レナだったら……レナだったら、どうする?) 自らに問いかけるも、返答はない。あれから彼女の声は一度たりとも聞こえない。だから――。 レナ(私服(二部)): (……私が、決めないといけない) 腹の奥を握りつぶされるような苦しみの中、スカートがちぎれんばかりに握りしめて……。 と、その時……ふいにとん、と。誰かに、背中を押された気がした。 レナ(私服(二部)): ……えっ……? 振り返った背後には、誰もいない。 レナ(私服(二部)): 気のせい……? そう呟いた瞬間、右手を柔らかい風が吹き抜けていった……気がした。 レナ(私服(二部)): ……っ……? まるで、誰かに強く手を引かれるような感覚に陥ったけど……やはり私の目の前には誰もいない。 でも、……。 レナ(私服(二部)): (もしかして……雛見沢に戻れって、言っている?) 誰に? レナに?……でも、なんで? レナ(私服(二部)): (……。ううん……そうじゃない) そうだ……違う。呼ばれた気がした瞬間、私は戻らなくてはいけないと思ったのだ。 でも、そう思ってしまったのは誰かに戻るように言われたからじゃなくて――。 レナ(私服(二部)): (私自身が、戻りたいと思っているから……?) 雛見沢に戻れば……菜央ちゃんが今どうしているかはともかく、私は結んだ約束を破ることになる。 菜央ちゃんに怒られるかもしれない。嫌われるかもしれない。 レナ(私服(二部)): (けど……私は、……っ!) 約束を破る。それが悪いことだということはわかってる。 それは罪だ……でも、でも! レナ(私服(二部)): ……ごめんね、菜央ちゃん。 レナ(私服(二部)): 約束を破った罪を償うことになっても、私は今、雛見沢に戻りたい……! そう決めると同時に、私はかたわらに止めた自転車にまたがり力強くペダルをこぎ始めた。 ――夜風を切り裂くように、勢いよく自転車を進める。 そんな私の背中を、柔らかな追い風がそっと押してくれた気がした。 Part 03: 田村媛命: ……まさか、このような形でそなたと再び相まみえるようになろうとはな。奇縁あるいは宿縁……実に因果な話#p也#sなり#rや。 田村媛命: ……ウネ。 采: それは、我も同じ……と言えなくもないのです。甚だ不本意で、業腹この上ない思いですが。 田村媛命: 抜かせ。吾輩の目は節穴ではない#p哉#sかな#r。どさくさに紛れてそなたがしかけた所業、決して赦されるものでは無きと知り給え。 采: ――くっふふふっ、やっぱり見抜いていたのです!さすがは腐っても神、予想以上にチョー鋭い! 田村媛命: 口調を途端に変えるな。……甚だ不愉快也や。 采: 別に、汝の歓心など欲しくもないし期待もしていないのです。我が求めるのは、今も昔もたったひとつだけ……。 采: この世界に我が種子を根付かせ、芽吹かせる!そして、美しく可憐な花を地上余すところなく満開にすることですっ! 田村媛命: ……それを実際に行おうとして、どのような目に遭ったのかはもう記憶していない哉?やはりそなたは鳥頭並み、神の位には至らぬ也や。 采: くっひひひひひ!我と同じく筆舌に尽くしがたい恥辱を受けておいて、どの口でそのような増上慢を言い放つですか?! 田村媛命: ふむ……あれに関しては、吾輩も浅慮であった哉。拙速に動き、愚かな者どもと同じ視点に合わせて動いたは迂闊であったと我が身を省みる也や。 采: ……いい感じに反省したように見せかけて、結局我のことを小馬鹿にしているのですよ。 田村媛命: 小馬鹿どころではない哉。大上段より見下し、蔑ろに思っている也や。 采: くっはははははは!!OK、戦争なのです!双方の眷属が灰になって朽ち果てるまで、チョーやり合ってみせるのですよッッ! 田村媛命: そういきり立つな……ただの戯れ哉。角の民の長といい、そなたらはなにゆえにそうも短気なのか甚だ理解できぬ也や。 采: 使い古したパンツのゴムみたいに簡単にキレる、汝にだけはっ!その台詞は言われたくないのですッッ!! 田村媛命: ……その認識は、甚だ不本意哉。まぁ、戯れ言の返しとして聞き流してやる也や。 采: っ、ほんとに偉そうやつです……!こういう状況でもなければ、顔を合わせるのも全力でチョー辞退したいですよ……! 田村媛命: ……ウネ。そなたが『御子』としてあの者をあえて選んだ理由は今さら、聞こうとは思わぬ。 田村媛命: されど、このまま看過すればあの者は……自らもろとも全てを焼き尽くして絶えるが必定哉。 田村媛命: そなたとて、さような顛末は本意では無き也や。何を望んでのことなのか、今こそ聞かせ給え。 采: …………。 采: 植物は全て、『青』の養分を求めるのです。されど、動物が生み出すのは『赤』の養分で彼らは死してようやく『青』となる――。 采: この大いなる矛盾かつ二律背反こそが、我がお前たちと決して共存できない最大で致命的な理由だと至ったのですよ。 田村媛命: ……ゆえに、この地を滅ぼすことを選んだ哉? 采: 否。事はそんな単純では無いです。まぁ最初のうちは、あわよくばとそんなことを考えなかったといえば嘘になるですが……。 采: ……っ……。 田村媛命: ? 如何した也や、ウネ。なにゆえにそのような顔で吾輩を見てくる哉……?いや、それより汝……以前より微妙に変化が……。 采: ……#p田村媛#sたむらひめ#r命、汝に問うです。どうして、よりにもよってあの者を『御子』に選んでしまったですか……?! 田村媛命: …………。 田村媛命: ……やはり吾輩は、此度も拙速に動きすぎた也や。これも角の民どもに課せられた因果とはいえ、厳しき試練になり得ることは避けられぬ哉……。