Part 01: 梨花(私服): はぁ……とんでもない目に遭ったわ。まさか私が羽入を見失っただけじゃなく、記憶まで書き換えられてしまうなんてね。 羽入(巫女): あぅあぅ……梨花たちに心配をかけて、本当にごめんなさいないのですよ。 梨花(私服): 言いたいことは山ほどあるけど……まずは無事にあんたが戻ってきたことを、素直に喜ぶことにしましょう。 梨花(私服): 今回ばかりは正直に言って、安堵の思いの方がなによりも大きいわ。……こういうことは、二度と御免よ。 羽入(巫女): 梨花……。 梨花(私服): それにしても、いったい何者が私の記憶に干渉してきたのかしら……?羽入、あんたに心当たりとかはある? 羽入(巫女): ぼ……僕にも、どうしてこうなったのかが全くわからないのです。ただ……。 羽入(巫女): 思い上がった言い方になるかもしれませんが、この地で「神」の座にあるとされる僕に対して影響を及ぼすだけの力を持った存在……。 羽入(巫女): それはまさしく、同じ「神」でしかありえないのですよ。 梨花(私服): 「神」……それはたとえば、神に挑んで自らが成ろうとした鷹野とは全く違うもの……そう考えていいのね? 羽入(巫女): はい。人の道から意思などで外れたといった生やさしいものではなく、最初から人では「な」かったモノ……。 羽入(巫女): 僕自身の記憶の片隅に残る、高みに至った存在……『魔女』ではないことだけを祈りたいのです。 梨花(私服): 『魔女』……それは鷹野や、その背後にいたと思しき連中と比べてもかなり厄介な相手ってこと……? 羽入(巫女): 厄介どころか、最悪なのです。あれらの歴々は「神」などよりもずっと高位にあり、「世界」の保全と調律を司る絶対的な存在……。 羽入(巫女): 「世界」において超常の力を行使するのではなく、「世界」自体を変えるだけの力があるのですよ。 梨花(私服): なっ……? もしそれが事実だとしたら、私たちはどうやって立ち向かえばいいのよ……?! 羽入(巫女): 落ち着いてください……梨花。今言ったことは、あくまでも最悪の事態です。 羽入(巫女): その可能性こそ完全には否定できませんが、同時にかの者とは違うという余地も十分に残されているのですよ。 梨花(私服): それは……どうして……? 羽入(巫女): 理由は2つです。ひとつは、『魔女』の力の行使としては、詰めが甘いということ。 羽入(巫女): なぜなら僕も梨花も、そして詩音たちも……こうして元の「記憶」を取り戻しています。 羽入(巫女): 本当に『魔女』の干渉であれば、そんなことは……まず、あり得ない。 羽入(巫女): おそらく「世界」における誰もが欺かれて変わったことすら気づかず、日常に戻っていくでしょう……でも……。 梨花(私服): 言われてみれば……確かにそうね。「世界」そのものを変えられるというのに、そこにいる私たちの記憶はそのまま……。 梨花(私服): よくよく考えてみると、おかしな話だわ。 羽入(巫女): そして、ふたつめの理由。……梨花はもうすでに気づいていると思いますが、全ての「世界」の記憶を持つという「彼女」です。 羽入(巫女): もし『魔女』がいて、どこか高位空間の中から僕たちのあがき苦しむ姿を傍観しているのだとしたら……。 羽入(巫女): 「彼女」の存在と行動は実に目障りなので、排除を考えても不思議ではないと思うのですよ。 梨花(私服): ……あるいは「あの子」の存在が、『魔女』側の連中にとってのカメラ的な役割を担っているという可能性もある……なんてね。 羽入(巫女): 梨花……。 梨花(私服): くす……わかっているわ。そこまで疑いだしたら、それこそきりがないというものだしね。 梨花(私服): ……。あの子はこれまで何度も困難に立ち向かい、乗り越えようとする意思を見せてくれた。 梨花(私服): だから同時に、ふと思ったのよ。もしあの子の存在さえもあんたの言う『魔女』の戯れによって生み出されたものだとしたら……。 梨花(私服): 私たちはいずれ、わずかに抱きかけた希望と言う足場を喪って、絶望の奈落へと突き落とされる……かもしれない。 梨花(私服): そうなったら、私は……どうなるのかしらね。怒るのか、悲しむのか……あるいは打ちひしがれてその場にへたり込んで、動けなくなるのか……。 羽入(巫女): …………。 羽入(巫女): 正直に言って僕自身、『魔女』も含めて断言できることが少なすぎるのです。 羽入(巫女): ただ、もし叶うことならばせめて皆にとって最悪の事態でないことを願いたい。……今はとにかく、信じるしかないのですよ。 梨花(私服): 信じる……か。他人に運命の行方を委ねているみたいで、あまりいい気分じゃないわね。 羽入(巫女): …………。 梨花(私服): とりあえず……あなたの言う通りに従うわ。何か気づいたことがあったら、改めてまた話をしてもらえるかしら。 羽入(巫女): わかりましたのですよ……あぅあぅ。 Part 02: 羽入(オヤシロ): ……#p田村媛#sたむらひめ#r命、いるのか?もし声が聞こえるのなら、姿を見せてくれ。 …………。 羽入(オヤシロ): はぁ……まだ、あの件で腹を立てているのか。まったく、神でありながらまるで童のように感情を抑えられんやつだな。 田村媛命: 『……誰が、童#p也#sなり#rやっ……?!』 羽入(オヤシロ): あぁ、やはりいたか。顔も見たくないほど機嫌を害しているとは思うが、ひとまず姿を見せてくれるとありがたい。 羽入(オヤシロ): 念波による交信では、うっかり本音までもがそなたに伝わってしまうからな。 田村媛命: 『……痴れ者めが。本音を隠して弁舌で飾り、吾輩を謀ろうと企むその浅ましき性根こそが此方の不信を煽ることと理解し給え』 羽入(オヤシロ): 別に、言いくるめようという意図はない。ただ、こちらも歩み寄るべき箇所は多少考慮しても譲れないものがあるゆえ、面と向かって話がしたい。 羽入(オヤシロ): 理を何よりも重んずるそなたであれば、弁えて話すこともいと易かろう……? 田村媛命: …………。 しばらく沈黙が続いた後、目の前の鬼樹に気配の粒子が集まっていく。 それは徐々に光をまとった人影となり、やがて……。 田村媛命: ……して、何用也や。 羽入(オヤシロ): ようやく面と向き合う気になってくれたか。さすがに今回ばかりは縁が切れたと思って、本気で肝を冷やしたぞ。 田村媛命: ふん。さようなご機嫌取りをしたところで、吾輩の不興は払拭できると思わぬが善き#p哉#sかな#r。 田村媛命: この際だから詳らかに申してやるが……吾輩は甚だ怒っている也や。これまでのそなたとの諍いが、児戯に思えるほどに。 羽入(オヤシロ): あぁ……見ればわかる。 田村媛命: いや、そなたはわかっておらん!吾輩は常に何者に対しても寛容と慈愛を施し、どれだけ怒りを抑えてきたか……! 羽入(オヤシロ): いや、どう考えても何度思い直しても、田村媛命には八割方で不機嫌な応対をされてきたと思うんだが……。 田村媛命: ……何か言ったか、角の民の長っ……? 羽入(オヤシロ): 別に、独り言だ。……では、田村媛命。その怒りはどうやれば完全に消えずとも、ゆるやかにすることが可能になるのだ? 田村媛命: ……。絶対に許さぬと、すでに何度も答えたはず也や。 田村媛命: ゆえにそなたにできる唯一の選択は、今すぐ回れ右をしてこの『神域』から立ち去ること哉……。 羽入(オヤシロ): ずいぶんとご立腹だな……。田村媛命を奉る村の祭りをそなたに無断で催して、望外の供物を得たことが気にいらなかったのか? 田村媛命: そうだ!……あ、いや違う。吾輩が怒っているのはそういうことではないと、そなた自身がよくわかっているはず哉……! 羽入(オヤシロ): …………。 確かに、余計なことをしたのかもしれない……。それでも私には、どうしても「彼女」の存在をこの地に知らしめておきたかったのだ。 羽入(オヤシロ): 田村媛命。そなたは、私と同じ「神」だ。ならば私と同じく、この地に住まう者に相応の尊敬をもって奉られるべきだと思う。 羽入(オヤシロ): だから私は、そなたにも「神」としてこの地に君臨してもらいたい……そう考えることは、おかしいことなのか? 田村媛命: ……余計なお世話也や。もとより吾輩は、誰かに崇められることを不可欠とせずしてこの地で過ごしてきた哉。 田村媛命: 今さら守り神扱いなど、怖気が走る也や。吾輩の安眠と安息を破るような仕打ちこそまさに迷惑千万、無用な愚行と知り給え。 羽入(オヤシロ): 田村媛命……。 田村媛命: ……角の民の長よ。今後二度と申さぬことであるが故、心して聞き給え。 田村媛命: この地の民は、そなたへの信心にて結束し……安寧の日々を送っている也や。 田村媛命: されど、そこに同格あるいは類似の「神」が現れたとしたら……彼の者たちの固い信心は二分されることが必定であり、当然哉。 田村媛命: その結果として生まれ出づるものは、己の存在意義を誇示せんがための仮想敵との差別化、さらには対立……。 田村媛命: 最終的には、どちらの「神」を至上に置くべきかという……抗争也や。 羽入(オヤシロ): ……っ……! 田村媛命: 角の民の長よ。そなたは「神」としての性根としては、あまりにも「譲りすぎる」。 田村媛命: この日本というのは不思議な国で、多種多様な神の存在を尊重しているが……さりとてそれも、限度がある也や。 田村媛命: 「神」というものは、共存してはならぬ。住まう民草が信心深く、排他的な思考にて対立に陥りやすきこの地では、絶対に……。 羽入(オヤシロ): …………。 羽入(オヤシロ): ならば……私とそなたは未来永劫、民のため対立し続けなければいけないのか?それこそ、不倶戴天の敵として……? 田村媛命: …………。 田村媛命: #p然#sしか#rり。それが「神」としてこの地にて存在を許された吾輩たちに課せられた、運命……否、使命也や。 Part 03: 美雪(私服): 羽入……ちょっと、羽入ってば。 羽入(金魚浴衣): あ、あぅあぅ……どうしたのですか、美雪? 菜央(私服): いや、それはあたしたちの台詞よ。喋っている最中に突然、心ここにあらずって感じに天を仰いで固まっちゃうんだもの。 羽入(金魚浴衣): ……ごめんなさいなのです。あちこち歩き回ったせいで、少し疲れてしまったみたいなのですよ。 美雪(私服): あれっ……そうなの?んー、確かに今日はちょっと蒸し暑いし、気分が悪くなったのかもしれないね。 レナ(浴衣): はぅ……ちょっと休憩していく?レナ、何か飲み物をもらってきてあげるね。 羽入(金魚浴衣): ありがとうなのですよ……あぅあぅ。 梨花(金魚浴衣): ……みー?羽入、ちょっとあっちの石段まで来てくださいなのです。 一穂(私服): えっ梨花ちゃん……どうしたの? 梨花(金魚浴衣): ……ここに座って、羽入。それから草履を脱いで、足を見せて。 羽入(金魚浴衣): あ、あぅあぅ……。 梨花(金魚浴衣): ……やっぱり。どうも歩き方が変だと思ったら、怪我しているじゃない。どうして黙っていたの? 羽入(金魚浴衣): み、みんなが楽しそうにしているから水を差してはいけないと思って、それで……。 梨花(金魚浴衣): いくらなんでも、気にしすぎよ。気を遣いすぎるのはかえって周囲に迷惑をかけることもあるんだから。 羽入(金魚浴衣): ……ごめんなさいなのですよ。 梨花(金魚浴衣): ……私こそ、ごめんなさい。 羽入(金魚浴衣): えっ……り、梨花? 梨花(金魚浴衣): いなくなって、改めて気づいたのよ。私は、あんたが近くにいることを当然のように思って、思いすぎて……甘えていたんだって。 梨花(金魚浴衣): あんたが何を考えているのか。元気なのか、そうじゃないのか……気づくのが遅くなっていた。 梨花(金魚浴衣): だから……ごめんなさい。数え切れないほどの繰り返しを一緒に味わった仲間のことを、もっと大切にしていくわ。 羽入(金魚浴衣): …………。 田村媛命: 『角の民の長よ。そなたは「神」としての性根としては、あまりにも「譲りすぎる」』―― 羽入(金魚浴衣): 正直に打ち明けます、梨花。あなたの前から姿を消すことになって……ふと、思ったことがあるのです。 羽入(金魚浴衣): 僕は本当に、あなたたちと一緒に居続けてもいいのだろうか……と。 梨花(金魚浴衣): っ……いいに決まっているじゃない。どうしてそんなことを考えたのよ? 羽入(金魚浴衣): ……。#p綿流#sわたなが#rしが行われないこの「世界」では、これまでの繰り返しの中で起きていた惨劇が存在していません。 羽入(金魚浴衣): 梨花だけでなく沙都子、レナ、魅音……詩音でさえ平和な暮らしを送っています。 羽入(金魚浴衣): だとしたら結局、全ての原因は『オヤシロさま』……この僕にあったのではないか、と……。 羽入(金魚浴衣): そんなことを……思ってしまったのですよ。 梨花(金魚浴衣): ……何をバカなことを言い出すのよ。さっきも言ったけど、私はあんたがいなくなって……寂しかったわ。 梨花(金魚浴衣): 確かに、「神」であるあんたとのお別れは近いうちにあって、不可避なことなのかもしれないけど……。 梨花(金魚浴衣): でも……それは、今すぐじゃなくてもいいじゃない。もっともっと未来でも、別に誰も困らないじゃない……! 羽入(金魚浴衣): 梨花……。 梨花(金魚浴衣): ……私は嫌よ、羽入。あんたの存在を否定して平和を手に入れたって、私はちっとも嬉しくないし……認めたくない。 梨花(金魚浴衣): だから必ず、見つけてみせるわ。この「世界」の矛盾……そしてあんたも私たちと一緒に存在する、幸せの未来を! 羽入(金魚浴衣): …………。 羽入(金魚浴衣): ありがとうなのです、梨花。あなたの口からその言葉を聞くことができたこと、とても嬉しくて……誇らしい思いなのです。 羽入(金魚浴衣): だから、僕も諦めないのです。必ずあなたと一緒に、次の未来へと向かってみせるのですよ……!