Part 01: 一穂: ……、んぅ……ふ、ぁぁ……。 一穂: っ、おはよぅ……美雪ちゃん……。 美雪: おっはよー、一穂。朝食の準備はできてるから、顔を洗ってきなよ。 一穂: うん、そうする……、……? 美雪: ? どうしたの、また風邪がぶり返してきた? 一穂: ……ううん。1階で寝続けることって今まであんまりなかったから、それで……。 美雪: んー、言われてみれば確かに。たまには気分転換になっていいでしょ? 一穂: そうだね……菜央ちゃんは? 美雪: まだ寝てるよ。デザインの〆切が間近で、昨夜も遅かったみたいだからさ。 一穂: そっか……でも、すごいよね。小さなイベントといっても、そこに出展する衣装のデザインを任されるなんて……。 美雪: あれでまだ、小学生なんだからねぇ。私としては末恐ろしさを感じるし、早熟でないことを祈るばかりだよ。 美雪: とはいえ、さすがに朝は辛いだろうし……今日の朝食当番は代わりにやってあげようと思ったんだ。 一穂: あははは、なるほど……ってことは、やっぱり献立は……? 美雪: 御明察の通り! 今日はクロワッサンサンドに挑戦してみましたー! レタスとハム、お好みでマスタードをつけて召し上がれっ♪ 一穂: ……。ありがとう、美雪ちゃん……。 美雪: おぅっ……そんな露骨にがっかりした顔をしなくてもいいじゃんか。さすがに傷つくよ……。 一穂: ごっ、ごめん……!そんなつもりじゃなくて、その……。 美雪: あははは、冗談だよ。まぁ、当分の間は私が朝食を作ることになりそうだから、明日はご飯にしてあげるね。 一穂: ほんとにっ? ありがとう、美雪ちゃん! 美雪: んー、今度は嬉しそうにしてくれたね。そいつはなにより。 美雪: っと、さすがにそろそろ菜央を起こさないと時間が危ないね。一穂、お願いしてもいい? 一穂: わかった。2階に行ってくるよ。 一穂: 菜央ちゃーん。朝ごはんができたから、そろそろ起きてきてー。 …………。 一穂: まだ寝てるのかな……? 入るよー。 一穂: わっ……? す、すごい紙の量……!畳が見えなくなってるよ。 一穂: これって全部、服のデザインの下描きなの?すごいなぁ……。 一穂: それより、菜央ちゃんはどこ?お布団には寝てないみたいだけど……あ、いた。 菜央(私服): すぅ……んぅ……。 一穂: 机に突っ伏したまま、寝ちゃってる……?菜央ちゃん、起きて。もう朝だよ。 菜央(私服): んぁ……ぁれ、一穂……? 一穂: 大丈夫、菜央ちゃん?そんな格好で寝てて、風邪とかひいてない? 菜央(私服): 平気……けど、まだちょっと寝足りない感じかも……かも……。 一穂: もし辛かったら、今日は休む?先生に連絡しておいてあげるよ。 菜央(私服): ありがと……でも、大丈夫よ。すぐに着替えて下に行くから……よいしょ……。 一穂: な、菜央ちゃん……。 菜央(私服): ……なぁに……? 一穂: えっと、……その服、前後が逆になってるよ。 菜央(私服): …………。 菜央(私服): 問題ないわ……着る分には、さほど支障がないから……。 一穂: いやいやっ、見た目が明らかに変だよ!手伝ってあげるから一度脱いで! Part 02: 菜央: ……ん、……ふぁぁ……。 一穂: ほら菜央ちゃん、しっかり歩いて。階段を踏み外さないようにね。 菜央: わかってる、わ……ぁふ……。 美雪: おーい、一穂。菜央の様子はどう? 一穂: とりあえず起きてくれたけど、かなり眠そうだよ……って、菜央ちゃん? 菜央: ……。くー……。 一穂: た、立ったまま寝てる……っ? 美雪: んー、こりゃもう少し寝かせてあげたほうがいいかもねー。一穂、それとレナ。運ぶの手伝ってくれる? レナ: はぅ……大丈夫、菜央ちゃん? 菜央: …………。 菜央: レナちゃん?! 美雪: うぉっ、起きた?びっくりしたー……! 菜央: そりゃ起きるでしょ!な、なんでレナちゃんがうちのリビングに?! 美雪: いや、実は……こういう状況だから朝食は私が作るとしても、昼の準備まではさすがに手が回せないと思ってさ。 レナ: それで美雪ちゃんから相談をされて、当分の間はレナがみんなのお弁当を作ってあげることになったんだよ~。 レナ: 普段からお父さんとレナの2人分を作っているし、5人分に増えてもそんなに手間は変わらないからね~、はぅ♪ 一穂: (い、いや……2人から5人はさすがにかなり違ってくると思うんだけど……) 菜央: えっ……ということは、今日のお昼ってレナちゃんの手作り……っ?そんなの、最高すぎるじゃない!! 美雪: んー、でも菜央ってさっきまで眠そうにしてたでしょ? だから今日は休んで、お弁当は明日からってことに――。 菜央: 起きたっ! 美雪: ……はぁっ? 菜央: 完全に目覚めたから、問題なし!今のあたしの意識は地球に戻って、パーフェクトに覚醒モードよ! 菜央: あっレナちゃん、すぐに朝食を片付けるから一緒に食後のお茶でも……! 美雪: ……菜央にとっての最強の目覚ましってやつだね。これから毎朝レナに起こしに来てもらおっか? 一穂: あ、あははは……。 魅音: よーし、お昼の時間だよ!みんな、机をくっつけて……って、おぉっ? 菜央: 準備できたわ。それじゃ席について、お昼ご飯をいただきましょうっ! 一穂: は、早い……! 手際が良すぎて、全然動きが見えなかった……! 梨花: みー……教科書を片付けた途端、ボクの目の前から机が消えていたのですよ。 羽入: あぅあぅ……手品のレベルでは語れない、超能力の仕業だったのですよ~。 菜央: 何言ってるのよ。あたしが超能力なんて使えるわけないじゃない。 一穂: (菜央ちゃんはそう言って笑ってるけど、今の現象を科学的に説明するのは不可能だよ……) 菜央: そんなことより、レナちゃんのお弁当よ!どんなおかずが入ってるんだろ……だろ? レナ: あははは……半分以上があり合わせだから、あんまり期待しないでね? 菜央: 大丈夫よ! たとえあり合わせでも、レナちゃんの手にかかれば石ころでもダイヤモンド以上の宝石に変わるわ! 美雪: おーい。いつからレナは、錬金術師になったのさー。 菜央: そしてっ! もう半分が手作りってことは……まさに無から生み出された至高の逸品! 菜央: 物理法則を超越した奇跡を、あたしたちはその目にする果報と恩恵に与るのよっ!! 沙都子: ……なんというか、ある意味で監督の奇行を彷彿とさせるほどの気色悪さですわね。 美雪: んー、やっぱり寝不足のハイテンションってやつかなぁ……家に帰ったら、すぐに布団の中へ叩き込んでおくよ。 魅音: それがいいと思うよ。……悪いね、詩音のせいで菜央ちゃんに無理をさせちゃってさ。 菜央: 全然平気よ! レナちゃんのお弁当を食べればあと1日、いえ3日でもこの勢いで頑張れるわ! 美雪: いやいや! キミはもう24時間戦ったんだから少し休みなって! 〆切だってまだもう少し時間があったりするんでしょ? 菜央: あたしみたいな素人は、〆切よりもずっと早く提出しなきゃ意味がないのよ! 菜央: だから、……全然、問題なっ……? 一穂: な……菜央ちゃんっ? レナ: しっかりして、菜央ちゃん!魅ぃちゃん、監督に連絡をッ!! Part 03: 入江: ……過労というよりも、ただの寝不足ですね。夕方までぐっすり休めば、すぐに良くなると思います。 一穂: ほんとですか? よ、よかったぁ……。 美雪: まぁ完徹って急にプツン、ってスイッチが切れる感じに意識がなくなるらしいからねー。みんながいるところで、逆に幸いしたよ。 菜央: ……。くぅ……すぅ……。 入江: それにしても……菜央さんはここまで睡眠時間を削るほど、何をしておられたんですか? 魅音: あー、えっと……それはですね……。 入江: ……? どうやら、私が立ち入ってはいけない内容のようですね。わかりました。これ以上は聞かないでおきます。 一穂: あ、いえ、そういうわけじゃ……。 入江: いえいえ、お気になさらないでください。では、また何かありましたら遠慮なく診察室に声をかけてくださいね。……では。 美雪: んー……やっぱり入江先生って、まだ落ち込んでる感じだなぁ。あのまま放っておいてもいいの? 魅音: うーん……かといって、「例」の本番まではネタバレをするわけにもいかないしさ。気が咎めるけど、今は待つしかないよ。 魅音: で……菜央ちゃんだけど、どう?もしここまで自分を追い込むほど大変だったら、詩音に話して代わりの人を探しても……。 レナ: ……魅ぃちゃん。迷惑じゃなかったら、このまま菜央ちゃんにやらせてあげてくれないかな……かな? 一穂: レナさん……? 魅音: まぁ、そりゃ……途中で降りろってのは、菜央ちゃんの気持ちを傷つけることになると私だって理解しているつもりだよ。 魅音: けど……だからって、寝不足になるまで今回の案件で行き詰まっているんだったら、解放してあげるのも優しさだと思う。 魅音: もちろん、詩音だって期待をした上で菜央ちゃんに仕事を頼んだと思うんだけど、スランプってのは誰にでもあるわけだしね。 レナ: うん。でも……お願い。あと少しだけでもいいから……。 魅音: …………。 魅音: はぁ……わかったよ。レナにそこまで言われたんじゃ、おじさんも頑張るしかないねぇ。 魅音: 詩音にも話して〆切をずらしてもらえるか、交渉してみるよ。幸い今回の仕立て屋さんは園崎家の系列だしね。 レナ: ……ありがとう、魅ぃちゃん。 美雪: んじゃ、私と一穂はここに残って菜央のことを見てあげるから。2人は分校に戻ってくれてもいいよ。 レナ: …………。 美雪: ? どうしたの、レナ? レナ: あの……美雪ちゃん、一穂ちゃん。菜央ちゃんの目が覚めるまで、レナがついていてあげてもいいかな……かな? 一穂: えっ……? レナ: だめ、かな? かな……? 一穂: レナさん、それは……。 美雪: 了解。それじゃレナ、菜央のことをよろしくねー。 一穂: あ、ちょっと美雪ちゃん……? レナ: …………。 菜央: ……すぅ、……ん……。 レナ: 小さいのに偉いね、って褒め方は失礼に聞こえるかもしれないけど……。 レナ: ほんとにすごいんだね……菜央ちゃんって。レナはあなたのこと、心から尊敬するよ。 菜央: ……。んっ……あ、あれっ? レナ: ……気がついた?どこか、身体の具合が悪いところはある? 菜央: う、ううん……何も。 菜央: って、診療所のベッド……?どうしてあたし、ここで寝てるの? レナ: 覚えていないかな……かな?菜央ちゃん、お昼休みの時に倒れちゃったんだよ。 レナ: それで、診療所に電話をして……監督の車で、ここまで運んでもらったんだ。 菜央: えっ……?ご、ごめんなさい……迷惑をかけちゃって。あの……レナちゃんは? レナ: あははは。レナも体調が良くないから、今日は早退。ここで休ませてもらっているの。 菜央: ……っ……。 レナ: だから、気にしないで。もう少ししたらレナも、そっちのベッドで寝かせてもらうつもりだから……ね? 菜央: レナちゃん……あの……。 レナ: ? どうしたの、菜央ちゃん? 菜央: よかったら……ここのベッドで、一緒に寝てもらっても……いい? レナ: うん、いいよ。それじゃ、隣に入らせてもらうね♪ 菜央: …………。 レナ: …………。 菜央: ……。お話……聞いてもらってもいい? レナ: うん、いいよ。なに? 菜央: 今までは、楽しくて……どんな服のイメージも手を動かしてるだけで湧いてきたんだけど……。 菜央: 今回は……何を描いても、しっくりこないの。それで行き詰まって……間に合わないかもと焦って、余計にうまくいかなくなって……。 レナ: そうなんだ。……偉いね、菜央ちゃん。 菜央: 偉くなんかないわ……!元気に振る舞ってみても……ほんとはずっと、怖くて仕方なくて……。 菜央: みんなをがっかりさせたくないからって気を張ってたら、どこで泣き言を言えばいいのかわかんなくなって……っ。 菜央: 期待に応えられないことが、悔しくて……情けなくて……ッ! レナ: ……。だから、菜央ちゃんは偉いんだよ。 菜央: っ……? レナ: 言い訳したいのに、逃げたいのに……菜央ちゃんは我慢をして、頑張っている。 レナ: そんなあなただから、レナたちは尊敬するし……いつでも力になりたいって思っているんだよ。 菜央: っ……レナ、ちゃん……。 菜央: ……っ、……ぅ……。 レナ: ……泣いてもいいよ。いっぱい甘えてくれて、いいから。 レナ: レナはずっと、菜央ちゃんの味方。何があっても、ずっと……ずっと……。 菜央: ……っ……。 菜央: ……、ちゃん……。 富竹: よし……それじゃ、始めるね!菜央ちゃん、笑ってくれるかい? 菜央(サマーウェディング): あ、は……はいっ。よろしくお願いします……! 美雪(私服): ほら菜央、リラックスして。顔がこわばってるよー。 菜央(サマーウェディング): わ、わかってるわよ……!えっと、こんな感じでいいですか? 富竹: おっ……いい笑顔だねー!早速いただくよ! 詩音(私服): 富竹のおじさま、よろしくお願いしますね。菜央さんが渾身の想いでデザインしてくれた、とっても貴重なドレスなんですから。 詩音(私服): 素敵な画に仕上がらなかったら、それはもう富竹のおじさまの腕のせいですよ~? 富竹: ははっ、責任重大だね……!それじゃ腕によりをかけて、最高の写真を撮らせてもらうよ! レナ(サマーウェディング): はぅ~っ、菜央ちゃんかぁいい~!とってもとっても、素敵すぎるよ~♪ 菜央(サマーウェディング): ありがとう、レナちゃん……!あの……このドレスって、変じゃない? レナ(サマーウェディング): 全然!かぁいくて綺麗で、おかしなところなんて何ひとつ見つけられないよ~! はぅっ☆ 菜央(サマーウェディング): ほんとに? よかった……。 菜央(サマーウェディング): 本当にありがとう……レナちゃん。〆切までに間に合わせることができたのは、レナちゃんが応援してくれたおかげよ。 レナ(サマーウェディング): あははは。レナは何もしていないよ。ドレスができたのは、菜央ちゃんの実力だから。 レナ(サマーウェディング): だからね……笑って、菜央ちゃん。そうやって明るく笑ってくれるほうが、レナはとっても嬉しいかな……かな♪ 菜央(サマーウェディング): ……。ありがとう、レナちゃん。 菜央(サマーウェディング): あたし……レナちゃんと出会えて、本当によかった……幸せよ……!