Prologue: ……暗闇の中を、俺はひたすら走っていた。 圭一(私服): はっ、はっ、はっ――!! 肺に送り込まれる酸素はすでに欠乏し、息せき切った呼吸には血の臭いが混ざっている。 圭一(私服): はぁっ、はぁっ、はぁっ――! それでもなお、足を止めることなく……俺はただひたすらに走り続けた。 圭一(私服): (逃げたい……逃げなければ……!「あれ」に捕まったら、俺はおしまいだ……!) もちろん、そこに確信があったわけじゃない。ただ……「い」やな予感というか、自分の心がひたすら警報を鳴り響かせている。 その直感に従い、本能の赴くまま……俺はただひたすらに足を動かした。 圭一(私服): ど、どうだ……!ここまで来りゃ、いい加減振り切ったはずだろ! すでに限界を迎えた自分の足の重さに現実逃避にも近い言い訳をするつもりで、俺はそう叫ぶ。 そして、迫りくる「あれ」との距離が少しでも遠ざかっていることを祈り、かつ願いながら恐る恐る背後を振り返ると――。 圭一(私服): ……っ……。 視線を向けた先には、……何も見えなかった。 呼吸を整えながら、何も追ってきていないことをもう一度確かめて……ようやく俺は、足を止める。 大きく息を吸い込むと、冷えた空気が一気に肺に入り込んで……生きた心地が戻ってきた。 圭一(私服): ったく、いったい何なんだよ……。 圭一(私服): まぁでも、とにかく……これで、なんとか……。 安堵の反動で悪態をつき、再び歩き出すために前を向いたその時――。         ……俺の耳元で、声が聞こえた。 梨花:小悪魔: みー、にぱーっ! 圭一(私服): んなッ……!! 羽入:小悪魔: あぅあぅあうあぅ~!! 圭一(私服): ひっ――!! 羽入:小悪魔: あぅあぅ、お願いなのです!! 圭一(私服): ぎ……。 梨花:小悪魔: ここから出してくださいなのですよ~!! 圭一(私服): ぎゃ、ぎゃあああぁぁぁあぁっっ?? ……うららかな春の陽気の中、貸してもらった箒で地面をくまなく掃いていく。 今日は分校も、部活も休み。というわけで魅音さんたちに頼まれて、みんなと一緒に境内の掃除のお手伝いをしていた。 春の陽気も相まって、……ちょっと眠い。「春眠暁を覚えず」とは実に見事な表現だ。 美雪(私服): いやぁ……この時期になると、桜もすっかり散っちゃったねー。 一穂(私服): うん……あっという間だよね。もう少し長く、咲いてくれていればいいのに。 咲いていた桜はあんなに綺麗だったのに、こうして花びらを箒で掃き集めているとゴミと変わらない。……それが、少し寂しい。 美雪(私服): あははっ、そうは言っても桜の美しさはこの儚さゆえなんだからさ。 美雪(私服): だったら、その刹那の美しさを限られた時間の中で愛でてあげるのが風情というか、粋ってやつでしょ? そう言って美雪ちゃんは、舞台役者のように天に向けて腕を差し出しながら恍惚の表情を浮かべてみせる。 おりから差し込む陽光がスポットライトのように彼女を照らすことで、その姿が眩しく輝きながら美しく映えている……のかな……? 菜央(私服): ……ちょっと、美雪。ゴミの山の中で、箒を片手に変なポーズをしないでよ。正直言って、目障りよ。 美雪(私服): めっ……目障りとはずいぶんな言われようだね。過ぎ去る春の名残にたそがれてるこの趣深さが、キミには理解できないっての? 菜央(私服): はいはい。そもそも自然の美を語るなんてあんたのキャラじゃないんだから、変な背伸びはかえって気色悪いだけよ。 菜央(私服): そもそも、今のポーズってたそがれてる、なんて表現じゃなく……あたしから見ればさしずめ阿波踊りの途中? って感じね。 美雪(私服): そうそう♪ 踊る阿呆に見る阿呆――って、誰が阿呆だってぇっ? 菜央(私服): ……見事なノリ突っ込みね。あんたは役者より、漫才師の方が天職じゃない? レナ(私服): あははは、でもでも阿波踊りする美雪ちゃんも、きっとかぁいいよ~……はぅっ♪ 騒ぎを聞きつけたのか、離れていた場所で掃除していたレナさんが笑顔で近づきながら、そう言ってフォロー(?)してくれる。 ……ただ、美雪ちゃんの表情は微妙な感じだ。結局今のポーズが阿波踊りという認識なのだから、やはり不本意なのかもしれない。 沙都子(私服): ほらほら、皆さん。そんなに騒いでいたら、せっかく集めたゴミが散らかってしまいましてよ。 一穂(私服): わわっ、ゴメンなさい~。 近くで落ち葉を袋に集めていた沙都子ちゃんにそう注意されて、私たちは慌てて掃除を再開する。 とはいえ、お昼前からとりかかったおかげで全体的にかなり進んだ感じだ。この調子なら夕方前に、片付くかもしれない。 美雪(私服): それにしたって、お花見で騒ぐのはいいけど……なんでこんなにゴミを出しちゃうのかねぇ。 ため息まじりに、美雪ちゃんは周囲をぐるりと見渡す。 私たちが片付けていたのは、地面に落ちた桜の花びらや葉っぱ……だけではない。 空き缶やお酒のビン、あとはよくわからない汚れた紙袋とか使用済みのティッシュとか……。 要するに「お花見」会場のどんちゃん騒ぎで出たゴミの片付けが、今日の主目的だった。 菜央(私服): まったく……飲み食いしたらゴミが出るのは当然だけど、ちゃんと持ち帰りなさいよね。野外で宴会をする時の、最低限のマナーでしょ? そう言って菜央ちゃんは、手を動かしながらもぷりぷりと怒っている。 もとより礼儀作法に詳しいからこそ、大人たちのだらしなさが目に余るのだろう。……その気持ちは、すごく理解できる。 一穂(私服): ……? あれ、そういえば……。 沙都子(私服): ? どうしましたの、一穂さん。なんだか私をじっと見ておられますけど、何か気になることでもありまして? 一穂(私服): あ、ううん。なんでもないよ。 小首をかしげる沙都子ちゃんに向かって、私は手を振ってみせる。 ただ、……なんだろう?沙都子ちゃんを見ていて、ふっとなんとなく違和感のようなものを抱いたんだけど……。 と、その時だった。 魅音(私服): みんな、お疲れさん。……おぉ、見違える感じに綺麗になったねー。 労いながらそう言ってやってきたのは、今回の依頼人の魅音さんだった。そして……。 魅音(私服): いやー、悪いね。ちょうど種まきだの、作付けだので大人連中の手が離せなくてさ。 魅音(私服): せっかくの休みに出てきてもらって、ほんと申し訳ないけど……今日だけはみんなに頼らせてよ、ねっ? 一穂(私服): あ……ううん。古手神社には、私たちも日ごろからお世話になってるから別に気にしな――。 絢花:巫女服: 本当に……いつも皆さんがこうして手伝ってくださるおかげで、私たちもすごく助かっています。 絢花:巫女服: 部活メンバーの皆さん、ありがとうございます。まだ作業は残っておりますが、どうか引き続きよろしくお願いしますね。 一穂(私服): ……。ぇ……っ……。 美雪(私服): いやいや、今回はちゃんとバイト代も出してもらえるって話だし、こちらとしても臨時収入は大助かりだよ。 菜央(私服): あ……でもホントにバイト代、こんなので貰っちゃっていいの? 絢花:巫女服: はい、もちろんです。労働に対する、正当な報酬ですから。 絢花:巫女服: 親しき中にも礼儀あり……些少で恐縮ですが、どうかご笑納ください。 美雪(私服): だってさー。どこかの誰かさんも、見習ってほしいもんだよねぇ。 魅音(私服): へっ……? ちょっと、それは誰のこと?私はいつもちゃんと、みんなにバイト代を払っているでしょー? 美雪(私服): んー……確かにその通りだけど、時々現物支給でお茶を濁されることもあったような……。 魅音(私服): ぎくっ? あ、あれはその……やむにやまれぬ深い事情で……あ、あははっ。 美雪(私服): まぁ、こっちも納得ずくで受けてるからいいんだけどねー。 菜央(私服): はいはい、生々しい話はそのへんで。……にしても、ほんとすごい量のゴミよね。 絢花:巫女服: えぇ……ただ、これでも去年に比べるとずいぶん減ったほうだと思いますよ。まだ1日で片づくくらいの量ですしね。 菜央(私服): うそっ……これで?そもそも、神社をゴミで汚すって行為自体がどうなの? ってあたしは思うんだけど。 美雪(私服): 確かにね……。ましてここには、#p雛見沢#sひなみざわ#rのみんなが大事にしてる『オヤシロさま』がいるってのにさ。 魅音(私服): あー、もちろん雛見沢や#p興宮#sおきのみや#rの人たちはちゃんとゴミを持って帰ってくれているよ。ただ……。 沙都子(私服): ……問題は、お祭りやお花見を目当てに外から来た人のマナーということですわね。 魅音(私服): そういうこと。ゴミはこっちに捨てて、って注意書きや立札を設置しても、あっちにポイ、こっちにポイって感じで……。 絢花(巫女服): ……去年など、火のついたタバコを捨てていた人がいましたね。しかも植木と芝生のある場所に。 美雪(私服): マジでっ? それ、大丈夫だったの? 絢花:巫女服: えぇ。たまたま私が通りがかった時に、それを見つけることができましたので。 絢花:巫女服: ただ、そのことを祭りの後に報告すると……お魎さん、頭の血管が切れるかと思うほどに怒っておられました。 魅音(私服): そりゃ、一歩間違えたら火事だよ、火事っ!私だって聞いた時は、うちの若い衆を使って犯人探しをしてやろうと思ったくらいだしさ。 魅音(私服): ねぇ、一穂だって酷い話だと思うでしょー? 一穂(私服): え? あ、う、うん……。そ、それはひどい話だ……ね……。 いきなり話を振られて、思わず肩が跳ねる。頭の中が真っ白だったので、うまく返せずしどろもどろになってしまった……。 絢花:巫女服: ただ、私も誰が捨てたのかをはっきりと見ていたわけではありませんので……犯人を探し出すのはおそらく、無理でしょう。 絢花:巫女服: とりあえず、今年はその手の対策を強化したのでその問題を軽減することができたと思いますよ。 レナ(私服): あ……だから今年から境内の中は全面禁煙、ゴミ捨て場も数を増やして設置するようになったのかな……かな? 魅音(私服): うん。景観をある程度、犠牲にしてね。おかげで、ゴミの量自体は減ったんだけど……。 魅音(私服): やっぱりまだ、所定外の場所にごみを捨てたり、タバコの吸い殻をこっそり捨てたりするような不届き者がいてさ。 絢花:巫女服: それでこうして、皆さんにお手伝いをお願いした次第なんです。 美雪(私服): まぁ……雛見沢に人が来て活性化するのは大歓迎だけど、それによって出てきちゃった別の問題というか、課題ってわけか。 魅音(私服): そうなんだよ。村を盛り上げたい立場としては、痛しかゆしの悩みどころでさ。 一穂(私服): あ、あのっ……。 沙都子(私服): あ、そういえば魅音さん。今ちょっと、思い出したんですけど。 魅音(私服): ん、なに? 沙都子(私服): 確か今日って、詩音さんと圭一さんも来てくださるとお聞きしていましたけど……まだお見えになっていませんわね。 魅音(私服): 詩音の方はバイト先で用があるから、そっちに寄ってから来ることになっているよ。もうすぐ顔を見せるんじゃないかな。 魅音(私服): 圭ちゃんは……あれ、どうしたんだろ?バイト代が出るって伝えたら喜んでいたし、もう来てもよさそうなんだけど……。 一穂(私服): ……あ、あのっ!! 美雪(私服): んー、どしたの一穂?さっきから何か言いたそうにしてるけど。 絢花:巫女服: もしかして、何か困ったことでもありましたか? 一穂(私服): あ、いえ……そういうわけじゃ……。 絢花:巫女服: そうですか。問題などありましたら、遠慮なく言ってくださいね。 一穂(私服): う、うん……。 頷きながらも、私の頭の中は真っ白で……たったひとつの言葉がぐるぐると回っていた。 一穂(私服): (なんで……どうして……?!) 一穂(私服): (……なんで絢花さんが、ここにいるの?!) Part 01: 一穂(私服): (な、なんで絢花さんがここに……?) ……魅音さんの隣にいるのは、古手絢花さん。この古手神社を管理している女の子だ。 一穂(私服): (……でも、……ぁ、れ?) 本当に、そうだったっけ……?私はいつ、絢花さんの名前を知ったんだろう? 一穂(私服): (そういえば、前にも似たようなことがあったような……) 私の知らない子が、みんなと一緒になって……当たり前のようにその場にいて、談笑していた。 ただ、前回と違うのは……私は絢花さんのことを知っているという1点のみだ。 どこで彼女を知ったのかは、思い出せない。そして……少なくとも敵ではない、どころか思いやりのある人だいうこともわかっている。 一穂(私服): (でも、以前に似たようなことが起きた時は、確か夢で……ってことは、ひょっとして今回も?) 一穂(私服): (そ……そうだ! こういう時はほっぺたをつねって夢から覚めれば……っ!) ムギュウウ!!! 一穂(私服): いったぁあああああッ! 美雪(私服): ど、どうした一穂!いきなり自分で自分をつねったりして!そういう趣味に目覚めたのっ?! 一穂(私服): ち、違うよ! そうじゃなくて……あの、美雪ちゃん。どうして絢――。 詩音(私服): はろろーん、皆さん。精が出ますね~。 痛む頬を押さえながら、私が半泣き顔で美雪ちゃんに尋ねようとすると……そこに折悪しく、詩音さんがやってきた。 魅音(私服): お、やっとお出ましだね。ずいぶんと遅かったじゃない……って、あれ?珍しいね、葛西さんも一緒なんだ。 その言葉とともにみんなの視線が、詩音さんの背後にいる葛西さんへと向けられる。……おかげで、質問の機会を奪われてしまった。 沙都子(私服): 葛西さんがお持ちの、そのお荷物はなんですの?ずいぶんと大きなもののようですけど。 詩音(私服): くす……実はバイト先に寄ったついでに、皆さんに差し入れを用意してきたんです。 そう言って詩音さんが差し出してきた袋の中には、山のようにお弁当の容器が収められていた。 詩音(私服): お弁当に、サンドイッチ……それにデザートもありますから、どうぞお好きなものを召し上がってください。 美雪(私服): おー、さすが詩音!気が利く~! 沙都子(私服): ほんっと、どこかのこき使うだけの人とは大違いですわねぇ。 魅音(私服): あー、詩音。沙都子は食べないってさ~。 沙都子(私服): じょ……冗談! 冗談ですわ!お食事前の軽いジョークでしてよ~! そう言って涙目になる沙都子ちゃんの反応を見て、他のみんなはおかしそうに笑っている。 ……やはり、違和感がある。でもこの、気持ちの悪い感じはいったい……? 絢花(巫女服): では、せっかくのご厚意ですし……ひとまずお掃除は休憩ということで、皆さんご一緒にいただきましょう。 一穂(私服): …………。 菜央(私服): 一穂? どうしたの? 一穂(私服): え? あ……さ、差し入れが嬉しくて言葉がでなくて……。 美雪(私服): あはははっ……まったく、一穂ってば。食べ物となると途端にこれだもんねー。 菜央(私服): ほわぁ……レナちゃんは、どのお弁当にする? レナ(私服): は、はうぅ……いろいろあって迷っちゃうよ~。 詩音(私服): 余分にあるから、急がなくても大丈夫ですよ。 一穂(私服): …………。 みんな、お腹が空いている様子なので……まずはお腹に食べ物を入れてからにしよう。 そう思って私は、いそいそと食事の準備を始める美雪ちゃんと菜央ちゃんの間に腰を下ろす。 そして何かを食べながら、スキを見てはじっと真正面に座っている絢花さんの顔を盗み見ていた……。 菜央(私服): ごちそうさまー。ほわぁ……どれもおいしかったわ。 美雪(私服): ほんっと、お腹いっぱいだよ。これだけおいしいもの尽くしだと、箸が進んで止まらない……。 美雪(私服): ……って一穂、どうしたの?!あんまり食べてないじゃん! 一穂(私服): え? あ、うん……なんか今日は、お腹いっぱいで……。 というよりも頭の中が疑問で一杯で、なんだか箸が進まない。 お腹は空いているのに、とても食欲がわかない。……そのせいで、気分は悪くなる一方だった。 美雪(私服): んー……どっか、悪いんじゃない?そういえばさっき、何か言いかけてたけど……それと関係があったりする? 一穂(私服): ……えっと、それは……。 一穂(私服): (……なんでだろう?ここに、絢花さんじゃない誰かがいたってことはもうわかってる……はずなのに……) それが誰なのか、どうしても思い出せない。 そんな悩みを抱えた私の心境をさて置いて、絢花さんは周囲を見渡しながら言った。 絢花(巫女服): それにしても、遅いですね……前原さん。何か急用で来られなくなったんでしょうか。 魅音(私服): あーあ、圭ちゃんも残念だよねー。早く来てたらこんなおいしい料理をたくさん食べられたのにさ。 レナ(私服): はぅ……でもお弁当、まだいくつか残っているよ。あとでこれを圭一くんに届けてあげたらどうかな……かな? 美雪(私服): あー、ダメダメ。そこまで気を遣う必要はないと思うよ。「働かざる者食うべからず」ってね。 美雪(私服): だけど、せめて来れないんだったら電話の1本でも入れてほしいよねー。古手家には絢花さんがずっといたんだし……。 そう言って美雪ちゃんが、不満を呟きながら残った唐揚げをぱくっと食べる……と、その時だった。 詩音(私服): ……あれ?ひょっとして、皆さんのところには連絡が来ていなかったんですか? 魅音(私服): へっ……連絡って、なんのこと? 詩音(私服): えっと……どうやら圭ちゃん、一昨日からお家で寝込んでいるそうです。 レナ(私服): えぇっ……ほ、ほんとに?! 詩音(私服): はい。昨日#p興宮#sおきのみや#rの学校を欠席したそうなので、さっき来る途中で自宅へ顔を出してみたら……応対してくれたおばさまが言っていました。 レナ(私服): はぅ……ひょっとして、季節外れの風邪でもひいちゃったのかな……かな? 詩音(私服): あ、いえ……それが、監督が圭ちゃんから電話を受けて往診に行ったらしいんですけど、熱やおかしなところはないそうで……。 沙都子(私服): そうなんですの?では、どうして寝込んでいらっしゃるのかしら。 詩音(私服): 身体はどこも悪くない、と監督は言っていました。ただ、とにかく元気がなくて……話しかけても会話にならないほど反応が鈍いらしくて……。 詩音(私服): 寝込む前、寝言みたいに監督を呼んでくれと言っていたそうなんですが……監督自身もなぜ自分が呼ばれたのかわからない、と。 レナ(私服): はぅ……大丈夫かな、かな?まさか、何かの重い病気とかじゃないよね? 詩音(私服): その心配はない……と言いたいところですが、私も実際に本人を見たわけじゃないので何とも……。 絢花(巫女服): 心配ですね……。もしご迷惑でなければ、お見舞いにお伺いしたいところですね。前原さんは今、ご自宅に? 詩音(私服): いえ。朝になっても、様子が変わらないので……心配した監督が診療所に運んだと言っていました。 詩音(私服): 今のところ安静にさせているそうですから、お見舞いとかそういったものは、明日以降にしたほうがいいかもしれませんね。 レナ(私服): はうぅ……。 みんなは沈痛な面持ちで、前原くんのことを心配している。 ……その中には、当然のように絢花さんもいる。ただ、さっきからこびりつく違和感と前原くんへの心配で、私までもが熱を出しそうだった。 魅音(私服): ……。も……もうみんな、心配しすぎだって!圭ちゃんのことだから、2、3日でも休めばきっとけろっとした顔で元気になるよ。 魅音(私服): 原因だって、せいぜい季節外れの夏バテか……変なものを食べたせいでお腹を壊したってところじゃないかなー。 沙都子(私服): もしくは、……食べ過ぎとかですわね。 魅音(私服): あー、そうそう!いかにも圭ちゃんだったら「あるある」って感じだったりするでしょ? 絢花(巫女服): なるほど……食べすぎ、ですか。一穂さんも、気をつけてくださいね。 一穂(私服): へっ? ぁ……は、はい! 絢花(巫女服): っ……ど、どうかしました? 一穂(私服): い……いえっ!ちょっと食べ物が、気管に……。 魅音(私服): あっはっはっはっ!もう、言っているそばから一穂はぶれないねー。くっくっくっ……! 絢花(巫女服): はい一穂さん、飲み物をどうぞ。喉を詰まらせないよう、ゆっくり飲んでくださいね。 一穂(私服): あ、ありがとうございます……。 美雪(私服): …………。 菜央(私服): …………。 そして、その夜――。 暗闇の中を、私はひたすら走っていた。 ひたすらに、がむしゃらに……ただただ、走り続けていた。 一穂(私服): はっ、はっ、はっ――!! 肺に送り込まれる酸素はすでに欠乏し、息せき切った呼吸には血の臭いが混ざっている。 一穂(私服): はぁっ、はぁっ、はぁっ――! それでもなお、足を止めることなく……私はただひたすらに走り続けた。 一穂(私服): (逃げたい……逃げなきゃ……!「あれ」に捕まったら、私はおしまいだ……!) もちろん、そこに確信があったわけじゃない。ただ……「い」やな予感というか、自分の心がひたすら警報を鳴り響かせている。 その直感に従い、本能の赴くまま……私はただひたすらに足を動かした。 一穂(私服): (ダメだ……逃げ切れる気が、全然しない!ど、どこか隠れるところは――!) 一穂(私服): (あ、あの家……ちょっとドアが開いてる?!) 一穂(私服): ……うッ……!! 私は最後の力を振り絞り、地面を強く蹴って強引に角を曲がる。 開けた場所に現れた民家の玄関に飛び込んで取っ手に手をかけると……抵抗もなく細い隙間はあっさりと大きな口を私の前に開いてみせた。 一穂(私服): (ご……ごめんなさいっ!!) 心の中で謝りながら扉を閉め、震える手で鍵をかける。 一穂(私服): ……っ……。 そして息をひそめて、しばらく外の様子を伺った。 一穂(私服): …………。 後を追ってきていた足音は、……聞こえない。 一穂(私服): (助……かった……?) 一穂(私服): は、……はぁぁあ……ッ……。 そう思って私が、安堵の息を大きく吐いた次の瞬間――。 梨花:小悪魔: こ……から……。 耳元に怨嗟にこもったうめき声が、聞こえた。 一穂(私服): ひっ――! 梨花:小悪魔: ここから出してくださいなのですょぉぉぉぉ……。 一穂(私服): い……いやああああああああああああああッ!!!! Part 02: 一穂(私服): い……! 一穂(私服): い……いやああああああああああああああッ!!!! 一穂(私服): ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!! 美雪(私服): ……一穂!! ちょっと、一穂ってば!! 一穂(私服): ごめ……え? 美雪(私服): 一穂っ!! 菜央(私服): ちょっと一穂、……大丈夫? 目を開けたそこに見えたのは……不安そうに覗き込む美雪ちゃんと菜央ちゃんの顔だった。 一穂(私服): あ……あれ?美雪……ちゃん? 菜央ちゃん……。えっと……私……。 美雪(私服): いや……めちゃくちゃうなされてたよ。もう、一階にまで聞こえてくるくらいに。 一穂(私服): そっか……。じゃあ、今のは……夢……。 ただ、夢……と口にするも何か釈然としないものがある。 でも、おそらくただの悪い夢だろう。そうでなければ、色々とおかしいところがあってとても飲み込むことができない……。 菜央(私服): はぁ……まったく、人騒がせなんだから。 一穂(私服): ご、ゴメン……。でも、すっごく怖い夢で……その……。 菜央(私服): 大丈夫よ、別に責めてなんかないんだから。……ほら、すごい汗じゃないの。 菜央(私服): とりあえず、このタオルで拭きなさい。……っていうか、そんなに怖い夢だったの? 一穂(私服): うん。それが……。 菜央(私服): ひたすら、何かに追いかけられる夢、か……。でも、そういう夢ってわりとよく見るものじゃない? 一穂(私服): そうなんだけど……でも、なんだかすごく生々しいというか、その……。 美雪(私服): 生々しい、か……。 美雪ちゃんが眉間にしわを寄せながら、ふむ……と考え込んでうつむく。 そして顔を戻すと、私をまっすぐに見据えながら神妙な表情で言葉を繋いでいった。 美雪(私服): ねぇ、一穂……それってやっぱり、今日の昼間のことと何か関係があったりするのかな? 一穂(私服): えっ……? 美雪(私服): だって一穂ってば、神社であからさまにおかしかったじゃん。 美雪(私服): 普段、あれだけ仲良くしてる絢花さんによそよそしい態度を取ってさ……。 菜央(私服): そうよ。絢花さん、何か怒らせるようなことをしたんじゃないか、って心配してたわよ。 一穂(私服): …………。 美雪(私服): 何かあったんでしょ?だったら話してみてよ……ね? 一穂(私服): ……っ……。 話すべきか、一瞬迷った。ある意味でそれは優しい「あの人」のことを拒絶する、失礼極まりない疑問だったからだ。 …………。 でも、不安そうに私を見つめる2人に対して、これ以上嘘を突き通したり隠したりすることはとてもできそうになくて…… 一穂(私服): ……。実はね……。 思い切って、打ち明けることにした。もはやひとりで抱え込むには限界で、とても耐えきれそうになかった……。 ……だから、私は正直に話した。 絢花さんの記憶が、現状だと曖昧なこと。私の記憶の中では、絢花さんの代わりに別の「誰か」がいたはずであることを……。 菜央(私服): 絢花さんのいない「世界」……か。ちょっと、にわかには信じられないけど……。 一穂(私服): だよね……。やっぱり、菜央ちゃんたちが聞けばそういうことになるんだよね……。 恐れていたというより、ほぼ予想通りの反応が返ってきたことに私は落胆を覚えて……ため息とともに肩を落とす。 だけど、菜央ちゃんはすぐさま「こらっ」と私の頭を軽く小突き、苦笑まじりに続けていった。 菜央(私服): だからって信じない、とは言ってないでしょ?勝手に諦めて落ち込まないでよ……ったく。 一穂(私服): えっ……じゃ、じゃあ信じて……くれるの? 美雪(私服): んー、まぁ他の人の言葉だったら多少は怪しんだりするところだけど……さすがに一穂がそう言うんだからさ。 美雪(私服): 私たちとしては、キミが本気でそう言ってると考えざるを得ないって感じだよ。 一穂(私服): ……それって、どういうこと? 美雪(私服): だってほら、この前にも似たような件があったでしょ?あの時はまぁ、夢の中の話だったけど……。 美雪(私服): あれからずっと考えてみたんだけど……たとえ夢でも、会ったこともない私の友達が出てくるなんて、ちょっと普通じゃない。 美雪(私服): だから、これがキミの夢の中の話なのかはともかく……少なくとも状況をしっかりと把握したうえで、対処を講じるべきだと思うよ。 一穂(私服): (あぁ……そうだった。千雨さんの件は、夢から覚めた後で美雪ちゃんたちに報告したんだ……) いないはずの人間がいる夢を見る、という出来事に、私はもう2度も遭遇していることになる。 普通であれば、自分の精神状態を疑っただろう。ひょっとするとおかしいのは自分の頭で、周りが正しいと思って口をつぐんだかもしれない。 でも……美雪ちゃんと菜央ちゃんが私のことを信じてくれるおかげで、まだ踏みとどまれる。自分を疑わずにいられる。 そのことが、とても嬉しくて……私はこの2人の友達でいてくれることが、なによりも幸せだと改めて感じていた。 菜央(私服): あ……でも、絢花さんがいないってことは一穂の記憶の中だと、古手神社を管理してるのはいったい誰なの? 一穂(私服): それが、……ごめん。思い出せないの。 美雪(私服): 思い出せないって……忘れちゃったってこと? 驚いて目を見開く美雪ちゃんに、私は申し訳ない思いでこくん、と頷き返す。 自分で言っておきながら、実におかしな話だと呆れる思いだ。この「世界」の人を否定しながら、本来いるべき人のことを覚えていないなんて……。 一穂(私服): (なんで、思い出せないの……?絢花さんじゃない誰かが存在してるって、それだけは確かなのに……ッ!) 悔しくて情けなくて、思わず自分の頭を殴りつけたくなる。 ……と、そんな私の肩に美雪ちゃんはぽん、と手を乗せながら、優しく笑っていった。 美雪(私服): こらこら一穂、そうやって自分を追い詰めちゃダメだってば。キミの悪いクセだよ? 一穂(私服): っ、美雪ちゃん……。 美雪(私服): まぁ、でも……考えてみれば、それもそっか。そこがわかってたら、私たちに話すべきかどうかで悩んだりなんかしないもんね。 美雪(私服): だからとりあえず、今はそこを保留にしておこうよ。で、思い出したことがあればちゃんと私たちに話す。……そういうことでいいよね? 一穂(私服): うん……ありがとう、美雪ちゃん……。 菜央(私服): にしても、一穂を疑うわけじゃないけど……古手神社を絢花さん以外の人が管理してるのって、今のあたしたちには想像できないのよね。 菜央(私服): ほんと記憶の改変って、わかっていてもいい気分じゃないわ。自分たちの常識と非常識を、勝手に書き換えられるってことなんだから……。 美雪(私服): そうだね……これを仕掛けてきてるやつの正体がわかった時は、思いっきりグーで殴ってやろうよ。もちろん、二度と悪さができないようにしてね。 一穂(私服): …………。 菜央(私服): ……一穂? どうしたの、急に黙っちゃって。 一穂(私服): あ……ごめんね。私、名前も忘れたその人たちとすごく仲良くしてたはずなのに……って思ったら、なんだか哀しくなって……。 美雪(私服): その人「たち」……ってことは、ひとりじゃないんだね。 一穂(私服): えっ? ぁ……言われてみればそうかも……。 ……さすが、美雪ちゃんだ。指摘されるまで、神社を管理していた人が2人以上いることに私は気づかなかった。 ただ……やはりこれは、思い出せないだけで私が覚えている、という証拠でもあるのだろう。 なぜなら、本当に全て忘れていたのだとしたら「なんとなく」発した言葉にそんな意味さえ含めることができないからだ……。 菜央(私服): それにしても、なんでまたそんなことになっちゃったのかしら。何かその、きっかけになるような出来事でもあった? 一穂(私服): うーん……。千雨さんの時は夢の中だったから、もしかしたらこれも夢じゃないかな、って思ったんだけど……。 菜央(私服): あははは。それじゃあたしたちは、一穂にとって都合のいい夢の中の存在ってことになるじゃないの。 美雪(私服): いやいやいや、ないないないない。だって、私たちはちゃんとここにいて……自分で考えて動いてるんだよ? 美雪(私服): そもそも一穂、さっきまで夢でうなされてたって言ってたでしょ? だったら、夢の中でまた夢を見てたってことになるけど……それでいいの? 一穂(私服): だ、だよね……うーん……。 菜央(私服): とにかく、今は判断材料もなさすぎるし……様子を見るしかないんじゃない? 美雪(私服): それもそうだね。こんな眠い頭で考えたって、何がわかるわけでもないしさ。 菜央(私服): そういうこと。だから、一穂。今日のところは、あんたももう寝なさい。……わかった? 一穂(私服): う、うん……。 美雪(私服): また変な夢を見たら、遠慮なく起こしてよ。正確な情報は、見たその直後が一番だからさ。 菜央(私服): ……ここにノートを置いておくわ。走り書きでもメモ書きでもいいから、思いついたことはとにかく書くようにしなさい。 一穂(私服): ……わかった。2人とも、こんな夜遅くにごめんね。 美雪(私服): あははっ、気にしない気にしない。私だっていつ、一穂の立場に立たされるかもわかんないんだからさ。 菜央(私服): 何が起こっても不思議じゃない……それが今の#p雛見沢#sひなみざわ#rだと思ってるわ。だから、常にその覚悟を忘れないようにしないとね。 一穂(私服): ……。ありがとう美雪ちゃん、菜央ちゃん。それじゃ……お休み。 そして、2人が階段を降りていく音を聞きながら、私は掛け布団を首辺りまでかぶる。 ……夢の中でも、美雪ちゃんと菜央ちゃんはすごく優しくて……頼もしい。おかげで布団の中にいて、温かさが満ちる思いだ。 一穂(私服): (……。でも……) あの2人の存在のありがたさを思えば思うほど、別の懸念と心配が……鎌首をもたげてくる。 一穂(私服): (この「世界」は。夢じゃないかもしれない……。でも、夢の方がまだ良かったかも……) 一穂(私服): (だって、これがもしも現実だとしたら……) 私が目を覚ました時……美雪ちゃんと一緒に昭和へ来たという千雨さんは……存在が「消えて」いた。 というより、私の記憶通り美雪ちゃんはひとりで昭和に来たことになっていたのだ。 一穂(私服): (だとしたら……元の状況に戻ると、絢花さんはいなくなっちゃう……?) 最初から来ていなかった千雨さんと違って、元の「世界」の絢花さんはどうなってしまうのか……彼女の身元を知らない私には、想像もつかない。 昼に見た時の絢花さんは……とても明るくて、楽しそうだった。 あれがもし、彼女にとって幸せな状況だとしたら元に戻す行為で……不幸せになることも……? 一穂(私服): (……。でも、このままだと絢花さんの代わりに消えてしまった人たちは……戻ってこれない) 一穂(私服): (私は、どうしたらいいんだろう……) どれだけ考えても、考え尽しても……納得できる答えが見つからない。 そのせいで、せっかく2人のおかげで得られた温かさもどこかに吹き飛んで……私は冷たい感触に包まれ、震えを覚えていた。 Part 03: 一穂(私服): おはよう……。 菜央(私服): あー、一穂。おはよ。 美雪(私服): 調子はどう?あれから何か、変化はあった……?もう1回、変な夢見たりとかさ。 一穂(私服): ううん、それは無かったんだけど……。 菜央(私服): それにしては、まだちょっと元気がないみたいね。……大丈夫? 一穂(私服): ……ごめん。なんだか身体がだるくて、頭もぼーっとするかも。 結局ずっとあれこれと考えてしまって、一睡もできなかったせいだろう。 2人からちゃんと寝ろと言われたのに、それすらちゃんとできなかった自分が嫌に思えて仕方がない……。 菜央(私服): 実はさっき、レナちゃんから連絡があったのよ。今から、前原さんのお見舞いに行くんだって。 菜央(私服): で、あたしたちもどうかって誘われたんだけど、もし動けるようなら、一穂はお見舞いがてら入江先生に診てもらうのがいいかも……かも。 一穂(私服): 前原くんって……まだ良くならないの? 菜央(私服): えぇ。レナちゃんから聞いた話だと、まだ診療所で寝込んでるそうよ。 一穂(私服): そっか……。だったら私も行って、入江先生に診てもらうね。 美雪(私服): オッケー。それじゃ、出かける準備をしようか。歩きで大丈夫だよね? 一穂(私服): うん。熱や痛みがあるってわけじゃないから。 そして診療所に到着すると、その入口前にはいつもの部活メンバー……と、絢花さんがいた。 絢花(巫女服): あ……おはようございます。 美雪(私服): おはよー……って、結局みんな集まったんだね。 レナ(私服): うん。来ることができる人で集まろうって呼びかけたんだけど、やっぱりこうなっちゃって。 美雪(私服): ふむふむ……なるほど。みんなで……ねぇ。 沙都子(私服): あら……なんですの美雪さん、その意味深な視線は。 美雪(私服): んー、いやいや……沙都子や絢花さんは別にいいんだけどね。ただ……。 美雪(私服): 魅音が一緒なのは、ちょっと予想外だったなって。昨日は別に放っておいてもいい、みたいなことを言ってたからさ。 魅音(私服): ち……違うって! レナがどうしても行きたいって言うから、その……つ、付き添いってやつだよ! レナ(私服): でも魅ぃちゃん、約束よりもかなり早い時間にレナの家へ直接来て……。 レナ(私服): 「早く行こう!」ってすっごく気合が入っていたけど……。 魅音(私服): んなこたないって! 遅刻しちゃまずいから、急ごうと思っただけだよ! 美雪(私服): 別に、意地を張らなくてもいいじゃん。来たいと思ったんだから、素直に……ん? 菜央(私服): ……美雪、その辺にしておきなさい。あんまりそういうことを言い続けてると、魅音さん本気で帰っちゃうでしょ? 美雪(私服): へいへーい。 菜央(私服): そういう態度だと、いつかしっぺ返しを食らうわよ。……ほら、診療所に入りましょう。 みんなでぞろぞろと診療所に入るため列になり、私もその後を追いかける。 ……と、その最後尾にいた絢花さんが振り返り、私に向き直っていった。 絢花(巫女服): その……おはようございます、一穂さん。 一穂(私服): あ……えっと……。 声をかけられるとは思わず、反射的に立ち止まる。すると彼女は、膝に額がつくかと思うほどの勢いで頭を下げ、「……ごめんなさいっ」と謝っていった。 絢花(巫女服): あの……昨日はもしかしたら、私に何か不手際があったのかと思いまして……。 絢花(巫女服): もし気づけていないようでしたら、先にそのことを謝らせていただきます。本当に、すみませんでした……。 一穂(私服): えっ……あ、あのその……そういうことじゃ……! ど……どうしよう。昨日ぎくしゃくした対応をしてしまったことを、絢花さんはすごく深刻にとらえてしまっていたようだ。 一穂(私服): (や、やっぱり謝るべきだよね……?でも、変な言い方をしたらかえって絢花さんに失礼になっちゃうかもだし……ううっ……!) そんな逡巡と困惑で思考がパニックを起こし、私は何を言っていいのかがわからなくなってしまう。 すると、その様子を見ていたのか私たちの間に美雪ちゃんが割って入り、にこやかに気さくな態度で絢花さんをとりなしていった。 美雪(私服): あー……ごめんなさいね、絢花さん。一穂、なんか昨日からちょっと調子悪いみたいでさ。 美雪(私服): それもあって、今日は前原くんのお見舞いついでに入江先生に診てもらいに来たんだよ。 絢花(巫女服): えっ……そ、そうだったんですか。 一穂(私服): っ……は、はい。ごめんなさい、絢花さん……。私、つい変な態度をとっちゃって……。 絢花(巫女服): い、いえ……何もなかったのでしたら、それで十分です。……よかった。 そう言って絢花さんは、心底安堵したように深いため息をつく。 私がつれない態度をしただけで、こんなにも重く受け止めただけでなく、まず自分が悪いと先に謝ってくれる絢花さん……。 本当に心の綺麗な、優しい人なんだろう。……だからこそ、彼女のことを覚えていない今の自分が腹立たしく、ただ申し訳なかった。 美雪(私服): とにかく、早く入って入江先生に診てもらおう。 一穂(私服): う、うん……。 絢花(巫女服): …………。 魅音(私服): おーい、圭ちゃん。来たよー。 圭一(私服): …………。 レナ(私服): はぅ、まだ寝ているんじゃないかな……かな? 魅音(私服): 圭ちゃん。圭ちゃんってばー。聞こえていないのー、それとも無視~? そう言って魅音さんたちが軽い感じで呼びかけていると……しばらくして、ゆっくりと前原くんの目が開かれた。 圭一(私服): 俺……俺は……。お、お……。 魅音(私服): え? 圭一(私服): うわぁぁぁぁ、ひっ、ひぃいいぃぃぃっっ……!! 魅音(私服): け、圭ちゃん……。 美雪(私服): ……。これは、思ってたよりも重症だね。 沙都子(私服): け、圭一さん……?これっていったい、どうなさいましたの?! 入江: ……昨日から、ずっとこんな調子なんです。身体自体には、特に異状はないんですが……。 レナ(私服): はうぅ……。心配だよ~。 みんなが前原くんを心配そうに見つめる中、入江先生がゆっくりとこちらを振り返った。 入江: それで? 公由さんも調子がすぐれないと聞きましたが……どうかしましたか? 一穂(私服): はい。昨夜からなんだか変だったんですけど、今朝になって、頭がぼーっとしてきて……。 入江: ふむ……わかりました。ちょっと診てみましょうか。 入江: ふむ……熱もないし、血圧も普通。身体的には問題はなさそうですが……。 入江: ……公由さん。ここ数日、何か変わったことはありませんでしたか? 一穂(私服): 変わったこと、ですか……? 入江: そうですね……たとえば、夢の中で誰かに追いかけられた……とか。 一穂(私服): えっ……? 入江: ……心当たりがありそうですね。 一穂(私服): は、はい……でも、どうしてそれを? 入江: やはり……。実は、あんな風になってしまう前の前原さんがそのようなことを話しておられましてね。 一穂(私服): 前原くんが……? 絢花(巫女服): …………。 入江: はい。最初こそ悪い夢だと、あまり気にしなかったとのことでしたが……。 入江: 次第に何日も同じ夢が続くようになり、精神的にすっかり参ってしまったようなんです。 入江: しまいには、自分は呪われているのでは、と……。#p興宮#sおきのみや#rに住んでいる彼が私を見ているのは、そういう経緯があったからなんです。 レナ(私服): そんな……。 入江: しかも困ったことに、これが前原さんだけじゃないようなんです。 入江先生の言葉に、ざわりと不穏な空気が漂う。 入江: #p雛見沢#sひなみざわ#rや興宮の各地で、同様の症例を示した患者が何人か出てきているそうで。 入江: いずれも前原さんほど深刻ではありませんが、いったいなぜそんな夢を見るのか……?夢との因果関係もわからない状況でして。 魅音(私服): それじゃあ、どうすれば治るのかは、まだわからないってことですか? 入江: 情けない話ですが、そういうことになりますね。 レナ(私服): そんな……。 圭一(私服): うぁぁ……あぁぁ…………。 みんなが沈痛な面持ちで黙り込む中。 前原くんのうなされるような声にならない声だけがその場に響いて……。 一穂(私服): そ、それじゃあ、もしかして私も……。 絢花(巫女服): あの……一穂さん……。 一穂(私服): はい……? 背後の絢花さんに呼ばれた気がして振り返ると、一瞬目が合った後、静かにそらされた。 絢花(巫女服): ……い、いえ。早く良くなるといい……ですね……。 一穂(私服): え? ええ……はい……。 入江: とにかく、公由さんはしばらくここで休んでください。少し様子を見てみましょう。 一穂(私服): は、はい……。 前原くんが心配であると同時に、今の彼を見ていると自分の行く末を見ているようで暗澹たる気分になる。 私もいずれ、前原くんのように痛々しいうめき声をあげるだけになってしまうのだろうか。 美雪(私服): ……ほら、そんな顔しない。大丈夫だって。 一穂(私服): うん……。 絢花(巫女服): …………。 Part 04: ……目を開けると、そこはやはり暗闇だった。 一穂(私服): …………。 一穂(私服): っ……ここは……? 一穂(私服): そっか……私は、またあの悪夢を見ているんだ……。 夢を見ているのだ、と理解した直後。――またしてもあの足音が、聞こえてくる。 一穂(私服): っ、誰か……来る……! 一穂(私服): ど、どうしよう……逃げ……、ッ? とっさに迫り来る気配から逃れようとしたけれど……私はすぐに思い直して、足を止める。 もちろん、恐怖ですくんだわけじゃない。むしろこれは、精一杯の勇気……そして、覚悟を秘めた思いからの決意だった。 一穂(私服): ここで、逃げちゃダメだ……足音の正体が何者なのか、確かめないとっ! ここで、私が逃げたら……前原くんや他の人たちが目を覚ます手がかりを、ずっと掴めないままになってしまうかもしれない。 ……前原くんの症状は深刻だったけど、今の私はまだ自分の意思で動くことができている。そして、前回の失敗を覚えている……! このチャンスを、逃すわけにはいかない……!2度目があったからといって、次もまた「悪夢」を見られるとは限らないのだからッ! 一穂(私服): ……こ、こいっ!! 息を詰め、緊張を全身にみなぎらせて……私は身構える。 夢の中なので、『ロールカード』は使えない。でも……だったらせめて、私を襲ってきた相手がどんなやつなのかを確かめてみせる……! やがて、ひたひたとした足音がはっきり響きを伴うほどに大きくなって……。 梨花:小悪魔: みー……。 羽入:小悪魔: あぅあぅ……。 可愛らしい女の子の声が、2人……? 一穂(私服): あ……あれっ?この声って、確かどこかで聞いたことが……? 梨花:小悪魔: みー、出してくださいなのです~。 一穂(私服): そうだ……間違いない。これは……っ! 羽入:小悪魔: あぅあぅ、助けてくださいなのですよ~! 一穂(私服): 「あの子」たちだ……! そう呟いた途端、……自分の胸の内でぱちん、と何かが弾ける音がする。 そして私は、今こそはっきりと2人の名を頭の中に思い浮かべていた……! 一穂(私服): り……梨花ちゃん?!それに羽入ちゃん……だよねっ? そう、私がその言葉を口にした瞬間――。  : 目の前に、小さな2人の女の子の姿が浮かび上がってきた。 梨花(小悪魔): みー……? あなたは……みみっ……。 羽入(小悪魔): あ、あぅあぅ……僕たちのことを、知っているのですか? そう言って彼女たちは、泣きべそをかいた顔で私をじっと見つめている。 どうやら、2人ともまだ私のことを思い出せていないようだ。……でも、私は違う! だからッーー! 一穂(私服): 思い出して……! あなたは梨花ちゃんで、隣のあなたは羽入ちゃんだよ! 一穂(私服): 私だよ……私は一穂、公由一穂っ!#p雛見沢#sひなみざわ#rであなたたちと、みんなと一緒に遊んで……仲良くしてくれた……! 梨花(小悪魔): かず……ほ?……かず、穂……一穂ッ!! 羽入(小悪魔): 公由……公由一穂なのです!!お、思い出したのですよ……あぅあぅあぅ~! 梨花(小悪魔): あっ……出てきたのです、出てきたのです!自分の名前も、頭に浮かんできたのですよ……! 梨花(小悪魔): ボクは……梨花。古手梨花なのです……! 羽入(小悪魔): 僕も思い出したのです! 僕は羽入……そして隣にいるのは、梨花なのですよ~!! 一穂(私服): あはははっ、よかった……本当によかった~! 一穂(私服): (そうだ……絢花さんの代わりにいたのは、梨花ちゃんと羽入ちゃんだ。どうして私も、完全に忘れてたんだろう……) 再会と記憶を取り戻したことが嬉しくて嬉しくて、私たちは思わず手を取って喜び合う。 ……でも、喜んでばかりもいられない。あくまでも失ったものを取り戻しただけで、解決策が見つかったわけではないからだ。 一穂(私服): (それにしても……) 今の2人の服装は、可愛らしさと同時に……どこか禍々しさを感じさせる怪しさがある。 元に戻った私の記憶が確かだとしたら、2人が好んで着るような服とは違うような……? 一穂(私服): えっと……2人とも、どうしてそんな格好を……? 梨花(小悪魔): それが、ボクたちにもよくわからないのです。気がついたらこの服装に変わって、暗闇の中でしか行動できなくなっていたのですよ。 一穂(私服): (暗闇の中……そういえば入江先生が、闇の中で追いかけられる夢を見た、って患者さんたちが口を揃えてたそうだけど……) 確かに……この格好で闇の中から出現したら、怖がられても当然かもしれない。 ……しっかり見れば可愛いとは思うけど、わけもわからず襲われた人たちにそれだけの余裕を求めるのは、さすがに酷というものだ。 梨花(小悪魔): 一穂……この空間は、いったい何なのですか?どこまで走っても果てが見えなくて、完全にお手上げになっていたのですよ。 一穂(私服): えっと……信じられないかもしれないけど、これって私の夢の中なの。だからあなたたちは、この世界の住人……になっちゃうんだけど……。 下手くそな上に、とても信じがたい話を言葉にしてみて……本当のことなのか、と自分で自分を疑いたくなってしまう。 ただ、それを聞いた梨花ちゃんは口元に手を当て……何かを思いついたのか軽く頷いてから顔を上げていった。 梨花(小悪魔): なるほど……夢の中……。だからボクたちは、ずっと失敗し続けてきたというわけなのですね。 一穂(私服): 失敗、って……ここで何かやったりしてたの、梨花ちゃん? 梨花(小悪魔): はいなのです。暗闇の中で歩き回っていると、時々人の姿を見かけて……。 梨花(小悪魔): そのたびに声をかけて、助けてくれるように頼んでみたのですよ。ですが、何を言ってもみんな逃げるばかりで……。 梨花(小悪魔): なかには、私たちを夢魔だのサキュバスだのと呼ぶ人たちが出てきて、なんと言えば力を貸してもらえるのかで頭を悩ませていたのですが……。 梨花(小悪魔): なるほど、夢……これで理解できたのですよ。 一穂(私服): あ、あはは……まぁ、話しかけるにしてもしつこく追いかけたりしたのが、相手にはあまり……良くなかったのかもしれないね。 一穂(私服): (実際、私もそうだったし……) どうしてそうなったかはさておき、2人は助けてもらうために数多くの人の夢の中に現れていたのだという。 ただ、まさか声をかけた人間に悪夢を見せて精神的に追い詰めることになるなんて、まったく想像もしていなかったとのことだ……。 一穂(私服): あ、でも……梨花ちゃんたちはどうしてこの夢の「世界」へ閉じ込められることになっちゃったの? 羽入(小悪魔): それが……頭の中に靄がかかったようにぼんやりとしていて、よく思い出せないのです。 梨花(小悪魔): どうやら夢の中にいると、外の世界の記憶が薄れてしまうみたいなのですよ。 梨花(小悪魔): 仲間だった人たちの名前も、それからボクたちが住んでいたところの名前も……。 梨花(小悪魔): 確か、みなみざわ……。違う、ひなみざき……みー、思い出せないのですよ~! 一穂(私服): で……でも、2人とも私の顔を見て、一穂って名前を思い出してくれたんだよね? 羽入(小悪魔): あぅあぅ……それは、一穂が僕たちのことを思い出してくれたからかもしれないのですよ。 一穂(私服): うーん……ってことは、私が引き金になれば何か思い出せたりはしないかな? 羽入(小悪魔): 引き金……とは、どういう意味なのですか? 一穂(私服): え、えっと……私を通してっていうか……。ごめん、うまく言えない。 梨花(小悪魔): みー。つまり、一穂を媒介……つまり外の「世界」とのアンテナのようにするということですね。 一穂(私服): そういうこと……なの、かな?もちろん、そんなのでうまくいくかどうかはわからないけど。 羽入(小悪魔): 何が正解かは最初、みんなわからないのです。だからこそ、やってみる価値はあると思うのです。 梨花(小悪魔): わかりましたのです、羽入。……では一穂、両手を出すのです。 一穂(私服): こう……かな? 梨花(小悪魔): えっと……それぞれ、お互いの手を取って……それから……。 梨花(小悪魔): みー、どうすればいいですか? 一穂(私服): わ、私に聞かれても……! 羽入(小悪魔): ――祈るのですよ。すべて、祈ることから始まるのです。 一穂(私服): (い、祈る……。よくわからないけど、精神を集中させればいいのかな?) 一穂(私服): ……あっ……!! 羽入(小悪魔): あぅあぅ……!! 梨花(小悪魔): ……みー……!! 目を閉じた暗闇の中……小さな光が見えた。 一穂(私服): (……なにか見えてきた……これは……) 一穂(私服): (人がたくさんいる……この前のお花見のお祭りの時の記憶……かな?) 大勢の人々で賑わう光景は少しずつ薄れ、取って代わるように祭具殿の姿が浮かび上がる。 いつもの人気のない祭具殿……のはずだけど、その前には数人の見知らぬ若い男の人たちが見えた。 一穂(私服): (……誰……?) 若者A: お前、よくこんな穴場を見つけてきたな? 若者B: いやー。迷ってたら、たまたまここに出たんだよ。人いなくていいだろ? 若者C: マジいいトコみっけたじゃん。あ、なあ。俺にも煙草一本くれよ。 若者B: ん? あぁ、ほれ。 羽入(私服): 梨花……見るのです、あれ!! 梨花(私服): ……!! みー、そこの皆さん。ここは火気厳禁なのです! 若者A: あ……なんだぁ? おチビちゃんたち。巫女さんのバイトかぁ? 梨花(私服): この祭具殿の近辺は、関係者以外立入禁止なのですよ! 若者B: まあまあ、固いことを言うなって。せっかく見つけた隠れスポットなんだから、少しくらい大目に見てくれよ~。 羽入(私服): あぅあぅ……火気厳禁の理由は、火事の予防だけじゃないのです。 羽入(私服): この祭具殿には、『魔』を引き寄せる波動が備わっているのですよ。 若者A: 魔を引き寄せる、だってよ!おーこわっ!! 若者B: こんな時間にそんな怖いところにお子ちゃまがいちゃ、ダメでちゅよ~。 羽入(私服): ほ、ホントなのです!ですから、普通の人が「力」を誇示して無暗に近づくと――。 若者A: うるっせーんだよ!! 羽入(私服): あぅあぅっ……?! 若者A: ガキだと思って優しくしてりゃ、説教垂れやがって!ごちゃごちゃ言ってっと、痛い目に――。 若者C: お、おい……。 若者A: ンだよ!今――。 若者C: あ、あれ……。 若者A: な、なんだ……あれ……化け物ッ?! 羽入(私服): ツクヤミ……。 梨花(私服): っ……バカなやつら。だから言ったのに。 若者たち: ひ、ひぃぃいい!!!! 梨花(私服): 羽入っ!ここは私たちでなんとかするわよ! 羽入(私服): あぅあぅ……魅音たちを呼んできたほうがいいのではないですか? 梨花(私服): みんなを呼んだら、騒ぎが大きくなって、せっかくのお祭りが台無しになるでしょっ? 羽入(私服): で、ですが……。 梨花(私服): 大丈夫よ。『ツクヤミ』と言っても1匹だけだし、2人がかりで戦えば――、っ? 羽入(私服): り、梨花!!気をつけるのです!ツクヤミの頭部が光って――! 梨花(私服): えっ……?! 梨花(私服): みーーーーっ……!! 羽入(私服): あぅあぅあぅあぅ~~~っ?! Part 05: 一穂(私服): …………。 梨花(小悪魔): ……みー、思い出したのですよ。ボクと羽入は、その時に浴びた光によってこの世界に閉じ込められてしまったのです。 羽入(小悪魔): あぅあぅ……しかも神様ならまだしも、夢の中の悪魔にされるだなんて酷いのですよ~。 一穂(私服): か、神様……? 大人しい羽入ちゃんの口から比較対象としてさすがに大げさすぎる存在が出てきたので、私は思わず目を丸くする。 ひょっとして彼女には、神様になりたいという願望があったりするのだろうか……?まぁ、望んでなれるものではないとは思うのだけど。 一穂(私服): と、とりあえず……この現象が『ツクヤミ』らしい怪物によって起こされたってことはわかったね。 一穂(私服): となると、ふたりが元に戻るためには、その祭具殿に現れた『ツクヤミ』?らしいのを倒すしかないんだろうけど……。 梨花(小悪魔): みー……ややこしいので、その「らしい」のも『ツクヤミ』と呼ぶことにしますですが……。 梨花(小悪魔): 状況を考えると、おそらく『ツクヤミ』はこの「世界」でも古手神社の祭具殿に現れると思いますのです。 羽入(小悪魔): ただ……現状僕たちは、この夢の中から出られないのです。唯一できるとすれば……。 一穂(私服): 夢から覚めた、私たち……ううん、私ってことだね。 原因がわかったなら、対処もわかる。『ツクヤミ』ならみんなの力を借りれば倒すことも容易だと思う。 …………。 でも、その後は?元の世界に戻った時、あの絢花さんは存在が消えてしまうのかもしれない。 と同時に、みんなの記憶の中からもいなくなり……そして……。 一穂(私服): …………。 羽入(小悪魔): あぅあぅ……一穂。浮かない顔をして、どうしたのですか? 一穂(私服): 梨花ちゃんたちには関係ないというより、凄く迷惑な話かもしれないけど……。 一穂(私服): 今の#p雛見沢#sひなみざわ#rには……梨花ちゃんたちとは違う古手家の頭首さんがいるんだよ。ちょっと大人しいけど、優しい女の子が……。 梨花(小悪魔): ……。その話、詳しく聞かせてくださいなのです。 羽入(小悪魔): あ、あぅあぅ……な、なるほど。おそらくそれは、雛見沢の外から養女としてやってきた子なのですよ。 一穂(私服): 養女……って、じゃあ古手家とは血のつながりが無いってこと? 羽入(小悪魔): いえ、全くないとは思えません。雛見沢御三家の頭首の座に就くためには、必ず血縁関係を求められるので。ただ……。 一穂(私服): ……? どうしたの、羽入ちゃん? 羽入(小悪魔): あ……いえ、なんでもありません。とにかく、その世界では梨花の代わりが何らかの理由で必要になったので……。 羽入(小悪魔): 古手家の遠い親戚を、どこかの伝を通じて探してきたのだと思うのですよ。 一穂(私服): ……そう、なんだ。 説明を聞いて、ある程度の納得はできたけど……少しの違和感を覚えて、私は羽入ちゃんを見つめる。 なんとなく、最後の方で言葉を濁して……彼女は重要なことを隠そうとした感じだ。 それは私が、雛見沢にまだ深く関わる者とは思ってもらえていないせいだろうか。あるいは、別の理由のことがあって……? 一穂(私服): (……。それに、梨花ちゃんの様子も変だ) 羽入ちゃんの隣に立つ、梨花ちゃんの表情をそっと盗み見ると……彼女は口を引き結んで、わずかにうつむきながら沈黙を保っている。 その固い表情からは、何も見出すことができない。ただ、怒りなどとは少し違った険しい顔つきは、あまり私が見慣れないものだったので……。 一穂(私服): えっと……梨花ちゃん? 思わず、声をかけずにはいられなかった。 梨花(小悪魔): みー……? なんですか、一穂? 一穂(私服): あ……ううん。なんだか梨花ちゃんも、話を聞いて驚いてるように見えたから……。 梨花(小悪魔): ……驚いてはいますです。ボクが存在していない雛見沢というものは、今まで想像したこともなかったので……。 梨花(小悪魔): それで……一穂? あなたの心配は、その絢花という子が元の世界に戻った時にどうなるか、というものですか? 一穂(私服): ……うん。以前、同じような展開があった時に「世界」が元に戻ると、新しく加わってた人は消えていなくなっちゃった……。 一穂(私服): 存在自体が消えるから、みんなの記憶からも……ね。 梨花(小悪魔): …………。 一穂(私服): もちろん、だからと言って2人のことをこのまま夢の中で閉じ込めたいわけじゃない……! 一穂(私服): 梨花ちゃんと羽入ちゃんのことは大事だから、私にできることは何でもしたいと思ってる!でも……でもっ……! 一穂(私服): 今の「世界」だと、私は……あの絢花さんと、すごく仲良しの関係らしくて……。 一穂(私服): 絢花さんは……あの雛見沢で、とっても幸せな時間を送ってるように見えるから……それをなかったことにしてもいいのかな、って。 一穂(私服): ううん、それだけじゃない……!もしかしたらあの絢花さんは、元の世界だとすごく辛い思いをして生きてるのかもしれない。 一穂(私服): だから、私が元の世界に戻すことでもし、絢花さんが不幸になることがあったら……私はあの人に、酷いことを……っ……! 羽入(小悪魔): 一穂……。 一穂(私服): っ……ご、ごめんなさい……!自分でもわけがわからないことを言ってるって、変に悪く考えすぎてるって……わかってる……! 一穂(私服): でも、……もしものことを考えたら私は、私はッ……! 思いのままにまくしたてる私を、梨花ちゃんと羽入ちゃんは怒ることもなくただ黙って……見つめている。 当然ながら、今すぐ『ツクヤミ』を倒して「世界」を元に戻してくれと頼む権利が……彼女たちにはある。それはわかっている。 でも、……なぜか絢花さんの笑顔を思い浮かべると、どうしようもなく怖くなって、……切なくなるんだ。 あの人が笑って過ごすことができる幸せな空間……それが今から壊さなければいけない世界だとしたら、私が今やろうとしていることは……彼女をっ……! 一穂(私服): ……っ……。 梨花(小悪魔): ……。ねぇ、一穂。 と、こちらへおもむろに歩み寄ってきた梨花ちゃんが……そっ、と垂れ下がった私の手を自分の両手で包み込む。 そして、大人びた少し陰のある笑みで私を困ったような表情で見つめながら……穏やかに言葉を繋いでいった。 梨花(小悪魔): 私ね……正直に言うと、最近ちょっと休みたいな、って思っていたの。 一穂(私服): ……っ……? 梨花(小悪魔): 何をしても、うまくいかなくて……毎日毎日、同じことの繰り返し。 梨花(小悪魔): だからね……一穂。あと少しの間、こういう誰からも鑑賞されない静かなところでゆっくり過ごすのも悪くない。 梨花(小悪魔): 別に、急ぐことはないわ。あなたの心に辛すぎる負担をかけてまで、元の世界に戻りたいわけじゃないから……ね? 一穂(私服): 梨花、ちゃん……。 羽入(小悪魔): ……あぅあぅ、そうですね。さっきまでは、僕たち自身が何者なのかもわかっていない状況で焦っていましたが……。 羽入(小悪魔): こうして一穂も思い出してくれたので、ようやくほっとできましたし……今さら慌てて行動することもないのですよ。 一穂(私服): 羽入ちゃん……。 梨花(小悪魔): それに、大切なものを失うことがどんなに辛いものか……私は知っている。 梨花(小悪魔): だから、もし最終的にあなたが何を選んだとしても……私は、あなたの意志を尊重するわ。 梨花(小悪魔): ……公由一穂。あとは自分がどうするべきか、どうしたいのか。よく考えて、あなたが決めなさい。 凛と響く、年不相応なほどに厳かな声。……ただその優しさが、私の心を癒してくれる。 一穂(私服): ……ありがとう、梨花ちゃん。 その言葉を伝えて、2人が微笑みを返してくれた次の瞬間――。 闇の空間は、まばゆいほどの光に包まれて私の意識も遠のいていった……。 目を覚ました時、そこはいつもの家だった。 一穂(私服): …………。 さて……どこまでが夢だったのだろうか。今となっては思い出すのも億劫で、記憶を掘り返してみても全てがおぼろげだ。 ……。でも、ただひとつ。はっきりと覚えていることがある。それは――。 梨花(小悪魔): 『……公由一穂。あとは自分がどうするべきか、どうしたいのか。よく考えて、あなたが決めなさい』 一穂(私服): …………。 一穂(私服): (私はどうしたいんだろう……) 一穂(私服): (そして、どうするべきなんだろう……) 一穂(私服): (私は……) 美雪(私服): おーい、一穂。調子はどう……って、一穂?! 菜央(私服): どうしたの? 美雪(私服): 一穂が……いない。 菜央(私服): えっ? まったくあの子ったら……体調も万全じゃないのに、どこに行ったのよ? ……私はひとり、暗闇の中を走っていた。 ただ、別に誰かに追われているわけではない。目指すべき場所を目指して、走り続けていた。 一穂(私服): (……そうだ。きっと、「あいつ」はあそこに……!) 一穂(私服): いた……!! 祭具殿の、さらに奥。わずかな月明かりの中、歪な姿をした怪物がその巨躯で空を覆わんばかりに聳え立っていた。 ……その姿を前に、酷く腹が立つ。そして、怪物がもたらした多くの人たちの運命の翻弄と、逡巡の悲哀を……ッ! 一穂(私服): お前が、梨花ちゃんと羽入ちゃんを……?! 一穂(私服): 許せない……許せない許せない、絶対に許さないッッ!! 一穂(私服): たあああああああアアアッ!!! 一穂(私服): って……わぁあぁっっ!! 眩しい光に嫌な予感を覚えて、とっさに私は手近な樹の後ろへと飛び込む。 一穂(私服): なっ……?! 右肩に違和感を覚えて目を向け、はっ、と戦慄。……服の袖が半分ほど、まるで「溶けた」ように跡形もなく消えていた……?! 一穂(私服): い、今のって……光線……?! そうか、なるほど……!あれが梨花ちゃんたちが言っていた、夢の世界へ引きずり込む『光』というわけかッ! 一穂(私服): (あれを浴びたら、私も夢の中の世界に閉じ込められる……!) 一穂(私服): っ……!! こんな闇夜にもかかわらず、怪物は鏡のような頭部から切れ目なく『光』を放ってくる。 一応、頭部の動きをしっかり見ていれば発射のタイミングはつかめるものの……さすがに接近するだけの余裕は全くなかった。 一穂(私服): っ……ひとりだと、全然近寄れない……! 一穂(私服): こうなったら、林を通ってあいつの背後に回り込むしか……、っ?! 一穂(私服): くっ――!! よもや私の意図が伝わったのか、怪物は私の進路を封じるべく『光』を連射し……徐々にこちらへと接近してくる。 どうしよう……このままだと、私も梨花ちゃんたちの二の舞だ。でも、対処法なんて……! と、その時――。 絢花(巫女服): 一穂さんッ!! 一穂(私服): えっ……? 聞こえるはずのない声が聞こえて、背後の暗闇から飛び出してきたのは……。 絢花(巫女服): これを……!! 一穂(私服): 絢花さん……?! 木々の奥から現れた、巫女装束の絢花さんが手にしていたものを私へ向けて投げ渡してくる。 辛うじて受け取り、何かと確かめると……それは、緑がかった古い円形の道具だった。 一穂(私服): これって……鏡? と、そこへ怪物の頭部がまばゆく光り……『光』が私たち目がけて放たれる。 絢花(巫女服): きゃっ!! 一穂(私服): 絢花さんっ!! 巫女装束の絢花さんをかばうように木の陰から飛び出すと、私はとっさの反応で受け取った鏡を『光』へと向けた。 すると驚いたことに、怪物の放った『光』は鏡の中に吸い込まれていく……! そして――。 一穂(私服): えっ……?! 光を吸い込んだ鏡の中から、大きな塊がふたつ飛び出してきた。 梨花(小悪魔): みーっ!! 羽入(小悪魔): あぅあぅ~!! 一穂(私服): り、梨花ちゃん?! 羽入ちゃんっ!! 羽入(小悪魔): や、やっと出ることができたのですよ……。 梨花(小悪魔): 助かったのですよ、一穂……! 一穂(私服): (ど、どうして2人は出られたの……っ?あ……鏡で光が跳ね返ったから?!) 私が混乱する頭で状況を整理する中、あの悪魔のような姿をした梨花ちゃんたちがぎろりと元凶を睨みつける。そして、 梨花(小悪魔): みー……! よくもボクたちを閉じ込めてくれやがったのです……! 羽入(小悪魔): このお礼は、百倍返しにしてやるのですよー!一穂っ!! 一穂(私服): う……うんっ!! 背中に、絢花さんからの視線を感じながら……私は羽入ちゃんの呼びかけに、頷いて応える。 絢花さんのことは、まだはっきりと思い出したわけじゃない。でも……ひとつだけ、強い思いがあった。 一穂(私服): (もう少し……ううん、もっともっと彼女と一緒にいたかった……!) それは、仲間が増える……とても素敵な、夢。どこかでずっと、こんな夢を願っていた気がして――。 一穂(私服): (素敵な夢を見せてくれたことには、感謝するよ。でも……でもね……ッ) 一穂(私服): 私は、この「間違い」を受け入れるわけにはいかないんだぁぁあぁッッ!! Epilogue: 梨花(小悪魔): ……みー、やったのです。 羽入(小悪魔): これで、僕たちも元に……。 一穂(私服): …………。 梨花(小悪魔): 一穂……。 絢花(巫女服): お疲れ様でした、皆さん。無事でなによりです。 一穂(私服): 絢花、さんっ……。 絢花(巫女服): ……とても残念ですが、これで夢は終わりのようですね。一穂さん。 一穂(私服): ……っ……? 諦めた……いや、全てを理解した上で甘んじて受け入れることを決意したような……。 そんな絢花さんは顔に、寂しそうでありながらも優しく……そして、綺麗な微笑みを浮かべていた。 一穂(私服): あ、絢花さん……もしかして、全部知って……? 絢花(巫女服): はい……昨夜『あの人』が、教えてくれたんです。これはすべて夢の中の出来事のようなものだと。 絢花(巫女服): そして、間もなく夢は覚めて……私は、本来の道へと戻る。……だからもう、覚悟はできていますよ。 梨花(小悪魔): ……。絢花……と言いましたね。あなたが渡してくれた、その鏡は何ですか? いつの間に取り戻したのか……私が借り受けたはずの鏡は今、絢花さんの手の中にある。 彼女はそれを、大事そうに撫でながら……梨花ちゃんに対しても敬語を絶やすことなく、柔らかな口調で答えていった。 絢花(巫女服): この鏡は、わが西園寺家に伝わる『現身の水鏡』――。 絢花(巫女服): この鏡の向こう側には、異世界が映し出されるといわれていて……#p雛見沢#sひなみざわ#rとは異なる力を宿した『魔具』です。 一穂(私服): 異世界……? 絢花(巫女服): はい。おそらくこれが何らかの理由によって、あなたのいる「世界」で力を放ち……この「世界」を創り出したのでしょう。 梨花(小悪魔): 創り出した……ということは、やはりここは現実ではないということなのですか? 絢花(巫女服): ……はい。『あの人』がそう言っていました。にわかには信じがたい話ですが……私としては受け入れざるを得ないようですね。 一穂(私服): …………。 羽入(小悪魔): で……ですが、そんな鏡がどうして雛見沢に? 絢花(巫女服): 残念ながら、その理由は私にもわかりません。ただ……。 絢花(巫女服): この鏡を使えば、あなた方の「世界」は元通りになります。無事に戻れますので、ご安心ください。 一穂(私服): 戻れる……あ、で……でもっ……! 一穂(私服): それじゃ、この「世界」の絢花さんは……! 消えてしまうのか……という質問を口にできなかった。 だって口にしたら、本当に絢花さんが消えてなくなるようで……。 そんなの認められなくて、絶対に認めたくなくって……ッ! 絢花(巫女服): ……一穂さん。そんなに悲しい顔をしないでください、 一穂(私服): で……でも、でも……っ!! 絢花(巫女服): 本当に……一穂さんは優しい方ですね。だから私も、あなたのため心穏やかに生きることができるようになった。 絢花(巫女服): 短い間でしたが……私のためにありがとう。 一穂(私服): っ……わ、私は優しくないよ……!だって、絢花さんがいなくなるのに何もできなくて……何も……ッ……! 絢花(巫女服): 優しい人ですよ、あなたは。私はそう信じていますし、疑ったりなんかしません。 絢花(巫女服): だって、ここにひとりで来たのも美雪さんや菜央さんたちに同じような思いをさせたくないからでしょう……? 絢花(巫女服): 優しくない人は、そんなに悩みません。他人のために、泣いたりはしませんよ……。 一穂(私服): ……っ……?! いつの間にか……自分の両目から涙がとめどなく流れていることに、ようやく私は気づく。 そんな私をにこやかに、慰めるように優しい表情で見つめながら……絢花さんは、続けていった。 絢花(巫女服): そんなあなたが決めたことだから……私は、その想いに従うことができるんです。だからもう、自分を責めないでください。 絢花(巫女服): ……さぁ、もう時間です。あなた方の元いた「世界」への道を、今ここに――。 そう厳かに宣うと、巫女装束の絢花さんは鏡を掲げた。 鏡からこぼれ出るまばゆい光が、周囲を――そして私たちを照らす。 一穂(私服): あ、絢花さんっ……っ、ぅ……うぅぅ……! 絢花(巫女服): 大丈夫。この「世界」が消えてしまっても、私という存在が無くなるわけではありません。 絢花(巫女服): どこかで、またきっと会えますよ。だって……。 絢花(巫女服): だって、あなたは私の大切なお友だちですから……。  : 絢花さんの姿が、光にかき消されて見えなくなる。その前に、言わないと……!  : 言えなかった言葉を伝えないと……! 一穂(私服): う、うん……約束する……!きっと、また……いつか……ッ! 絢花(巫女服): はい。またいつか――。 一穂(私服): ん……う……。 一穂(私服): あ、あれ……私……? 目を覚ましたそこは、古手神社の祭具殿前。身体に食い込む砂利が、ちょっと痛い。 羽入(私服): あぅあぅ……。 梨花(私服): みー……。 一穂(私服): 梨花ちゃん! 羽入ちゃんっ!! 私の側で同じように倒れていた2人も、むくりむくりと起き上がる。 怪我などはしていないようだけど、その表情は夢から覚めたばかりのように眠たげだった……。 梨花(私服): みー……一穂……。 羽入(私服): も、戻ってくることができた……のでしょうか? 一穂(私服): えっと……どうなんだろ……。 美雪(私服): あっ……いたっ、一穂!! 一穂(私服): あ……美雪ちゃん……それに菜央ちゃんも……。どうして、ここに……。 菜央(私服): どうしてここに? じゃないわよ。 美雪(私服): 急にいなくなったから、何かあったのかと思って散々探したんだよ! 菜央(私服): まったく……。出かけるなら、ちゃんとどこに行くか言ってから行きなさいよね。 一穂(私服): ご、ごめんなさい……。 美雪(私服): それで?こんな時間に、しかも梨花ちゃんと羽入も一緒で何をしてたの? 一穂(私服): あ……。 梨花(私服): みー、美雪!ボクたちのことがわかるのですね? 美雪(私服): はい……? 何言ってるんだよ、わかるに決まってるでしょ。 羽入(私服): な、菜央は?!僕のことは?! 菜央(私服): だ、だから、わかるってば。羽入でしょ、いつもあぅあぅ言ってるシュークリーム大好き娘の。 梨花(私服): それじゃあ、やっぱりここは……。 羽入(私服): あぅあぅ!僕たち戻ってきたのです~!! 美雪(私服): ……? 美雪ちゃんと菜央ちゃんは、わけがわからないのか何度も首をひねっている。 ……そんな2人に私は、半ば祈る思いでできるだけ声が震えないようにしながら、恐る恐る尋ねかけていった。 一穂(私服): あの……美雪ちゃん、菜央ちゃん。絢花さんって人……知ってる? 美雪(私服): ……アヤカ?それって、どこのアヤカさん? 菜央(私服): この村にそんな名前の人、いたっけ? 美雪(私服): 少なくとも、知り合いにはいなかったと思うけど……。 一穂(私服): そっか……。そう……だよね……。 ……もちろん、こうなることはわかっていた。わかっていてこうなることを選んだのだから。 なのに……私には悲しむ資格もがっかりする権利もないのに、どうしてこうも寂しい気持ちになるのだろう……。 美雪(私服): ……?えっと……私たち何か悪いこと言ったかな……? 一穂(私服): う、ううん! 違うの!変なこと聞いちゃって、ごめん。気にしないで。 美雪(私服): う、うん……。 菜央(私服): ねえ。とにかく今日は遅いから、早く帰りましょ。 梨花(私服): そうですね。一穂、詳しい話はまた。 一穂(私服): ……うん、わかった。 美雪(私服): それじゃ、私たちも。 一穂(私服): うん……あ……ゴメン。ちょっとだけ先に行っててもらっていい? 美雪(私服): え?……まあ、いいけど。 一穂(私服): ……絢花さん。 絢花(巫女服): 『どこかで、またきっと会えますよ。だって……』 絢花(巫女服): 『だって、あなたは私の大切なお友だちですから……』 一穂(私服): うん……そうだね……っ。いつかあなたのこと、見つけ出してみせる。 一穂(私服): だから、きっとまたどこかで会おうね、絢花さん……。