実に結構なことだが掃除をして欲しいという思いは変わらない。これから先が心配だった。溜息を吐き、僕は包装紙を
「いいですか、繭さん。僕がいなくなった後も、どうか、ちゃんとしてくださいね?」
「やれやれ、掃除をする人間がいなくなるのは不便だね。家政婦でも募集しようかな」
「ここに、居着いてくれる家政婦がいるとは、僕には到底、思えないんですけれどね」
「確かに、そこは不安だね。まぁ、運を天に任せるしかないさ」
「果たして何とかなりますかね」
「なるようにしか、ならないよ」
繭墨は
そう、僕は繭墨霊能探偵事務所を、今日、ついに
僕は自分の腹を
もう、
かつて、繭墨あさとは僕が彼女に
僕は彼女のことを理解しない。彼女は僕の言葉を聞かない。
彼女はそれでいいと言う。僕は、それは止めてくれと思う。
僕達は、いつまで
それでも、僕達は常に、少し離れたところに並んで立っていた。
けれども、それもおしまいだった。僕は一人で歩き出さなくてはならない。
腹を塞ぐ必要のなくなった今、僕には、彼女の部下でいる理由はなかった。
小田桐勤は、繭墨あざかの
ずっと、彼女の傍にいて、彼女の下を離れたがっていた、僕の選んだ道だ。
ピリリリ、ピリリリッ!
「……………………っ、と」
その時、
『えーっと、小田桐さん? 聞こえてます?』
「雄介か? そっちは
『こっちにはいつ着きそうですか? 今、
「わかった、
『らじゃーっす。うぃ、うぃ』
プツッと通話は切れた。背後から聞こえた七海の声に、僕は
今思い返せば、戻ってきた後の騒ぎは恐ろしいものだった。それこそ、今でも赤くなったり、青くなったりするほどだ。その騒ぎの間に、あさとは
春は、あらゆることが変わっていく季節だ。
僕の周りでは色々なことが動き続けていた。
白雪は
しばらくしたら、僕は彼女と共に、水無瀬家に
突然、
部屋の
繭墨が唐傘を回しても、もう異界に行くことはできない。紅い女が全てを
異界が閉じた今、それでも現世に残っているものを見つけるのは不可能に近かった。
それでも、僕は納得することができなかった。拳を強く
「繭さん、僕は絶対に、
「
雨香が今幸せなのか。本当に悔いはないのか。せめて、もう一度だけ会って、僕は確かめなければならなかった。僕はこれからも、あの場所に行く方法を
固く拳を握った僕の姿を見て、繭墨は肩を
「まぁいいさ。君は救ってはならない者を救い、抱き締めてはならない者を抱き締めた。それはあまりにも、
良くも悪くも、小田桐勤は決して諦めない。君はそういう
「どうせ、君は人が何を言おうが、折れはしないんだろう? 好きに
そうすれば、いつかまた、強固に
「…………………………えぇ、そうですね。僕は好きに、足掻きますよ」
「そこに、人を巻き込まないで欲しいものだけれどね。勝手にしたまえ」
その言葉に、僕は頷いた。繭墨は再び肩を竦める。彼女は横になり、退屈そうにチョコレートの箱を開けた。だが、彼女も寝てばかりはいられないだろう。繭墨は
僕の視線に不快なものを感じたのだろう。繭墨は
─────────────パキンッ
そして、その音を合図に、僕は歩き出した。
僕は廊下に出る。今まで何度も通った薄暗い廊下を、僕は逆に辿った。歩いていると、まるで自分が夢の中にいるような
玄関に辿り着き、僕は
来ようと思えば僕はいつでもここに来ることができるだろう。それを知っていながら、僕は思わず後ろを振り向いた。照明が目を焼く。僕は遠くにいる姿を見て、目を細めた。
繭墨あざかは、退屈そうに、革張りのソファーに横たわっている。
彼女の姿は、いつまでもどこまでも、まるで悪魔のように美しい。
僕はきっとまた彼女に会うだろう。だが、自分から望んでここを訪れることは二度とない。何故か、そんな
ぐっと、
「では、さようなら、繭さん」
「あぁさようなら、小田桐君」
僕は大きく扉を開く。そして、そのまま扉を潜り、廊下に出た。
僕は外に行く。繭墨は中に残る。僕達は別々の人生を歩み出す。
そして、小田桐勤と繭墨あざかは。
とてもあっさりと、別れを告げた。
* * *
自動扉が背後で閉まる。繭墨のマンションから、僕は外に出た。
顔をあげ、僕は
そこには、満開の桜が咲いていた。風に
外は春だった。満開の春だ。
桜の下に立ちながら、僕は今までのことを思い返した。あらゆることに絶望していた日々を、僕が失ってきた者を、僕が得た者を、僕が再び、出会わなくてはならない者を。
僕を助けてくれた、あらゆる人々を。そして、これからの日々を思う。
新たな道に進み出す今、僕は始まりの季節と同じ春の中に立っていた。
まだ満開に近い桜が、花びらを落とし始めている。
美しい花の下に立ちながら、僕は息を吸い込んだ。
今までの全てを思い返しながら、僕は一人、歩き出す。
そして記憶の中の春は、