「ついさっきさ。これは風に乗って運ばれてきたんだよ。君はぼうっとしていたけれどね。気づかないなんて、どれだけ意識が飛んでいたんだい? 一応忠告しておくが、下らない思考に
「……悪かった。だがな、あさと。繭さんは、死者じゃない」
「それこそ、どうでもいいことさ。妹君が死んでいようが、生きていようが、君は迎えに行かなければ、気が済まないんだろう?
実に忌々しいことに、俺達は、歓迎されているよ。
あさとは
「今更、妹君を気取るつもりはないよ。だが、丁度いい。さっきから花弁が
簡潔とは程遠い、勿体つけた
殺意を抱えた動物が、一匹、僕達を見つめている。
その視線は、時折、僕の背中から外れた。恐らくあさとにも鋭い、だが、理性に欠けた視線が向けられていることだろう。気づいているのか、いないのか、あさとは振り向くことなく、唐傘を回している。紺色の上で、花弁の紅色も一緒に回った。それを見て、僕は
「君はまだいいよ。俺にはもう一つ、気をつけなければならないものがあってね」
そして、彼は詳細を語ることなく歩き続け。
僕は紺色の唐傘を回す、その背中を追った。
* * *
──────────ザッザッザッザッザッ
あさとは振り向くことなく、前進を続ける。
最も、本当に進んでいるのかどうかは、定かではなかった。辺りには、変わり映えしない光景が続いている。自分達が敷地内のどこにいるのか、僕には既にわからなかった。
直進しているのか、
かつて、雄介の知人の少女の救出劇に関わったこともある。だが、彼女達と時計塔の中にいた者は、繭墨家と縁もゆかりもなかった。それならば呪いの正体とは、誰なのか。
かつて僕達は、それに、会ったことがあるのか。
同時に、僕は
繭墨家の
その時、遠くに比較的形状を保った家屋の残骸が見えた。斜めに重なり合った屋根の間には、小花の付いた蔦が、カーテン状に垂れ下がっている。見覚えのある光景だった。あさとはそこを潜り抜けた。僕も後を追う。顔の前に垂れ下がったカーテンを、僕は手で払った。同時に、掌に痛みが走る。反射的に、僕は腕を横に振るった。嫌な音を立てて、僕の手に嚙みついていた花弁が
腹の底で雨香が
胃の中どころではない。まるで、血管の内側に入り込んだかのようだ。
地面には薄く
雨香を出せば、対処はできるだろう。だが、相手の正体は不明だ。下手に、彼女に頼むわけにはいかなかった。もしも戦いになれば、雨香がどれだけ言うことを聞いてくれるかはわからない。今彼女は落ち着いている。だからと言って、忘れてはいけなかった。
彼女は、育っている。そして、
雨香にこれ以上何かを食わせるのは危険だ。
僕達は滑らかに隆起した丘を昇った。その先には、さっきよりも深い擂鉢状にへこんだ土地が広がっている。擂鉢の底には、やはり屋敷の一部が置かれていた。だが、その周りの床は、完全な平らではなくなっている。ぼこぼこと
────────────────────スパンッ
彼は勢いよく、障子を開いた。中から、むっとする臭気が押し寄せる。前回の匂いと、それはまた質が違っていた。生臭さと生々しさが息詰まるほどに濃い。まるで内臓の中に入り込んだかのようだ。前回の死んだ匂いよりもこの空気は濃く、新鮮で生きている。
相変わらず、室内は暗かった。畳の上には、前回と同様に無数の葛籠が並んでいる。僕は指で蓋を引っかけた。上に持ち上げると、それは隣の箱の上に垂直に立ち、倒れた。
────────────────────────パタンッ
蓋の裏側が、目に入る。思わず、僕は間抜けな声を漏らした。
「──────────は、ぁ?」
蓋の裏側には、人間の内臓がびっしりと貼りついていた。よく見れば、それはぴくぴくと動いている。平らに
───────────────────────パタリッ
僕は
心臓が
そんなことはわかっている。だが、流石に動揺せずにはいられなかった。葛籠の中身は、ひっくり返した人体を無理やり箱詰めにしたかのようだ。
つまり、元の持ち主は、左足を無残に切断され、内臓を取り出されたことになる。
しかも、内臓は生きていた。僕はある事実を思い返す。異界はある意味、最も死から遠い場所だ。異界では人の肉体は如何様にでも変化する。だが、
生きたまま異界に
その事実の
ゴトッと重い音を立て、葛籠は落下した。汚れた掌を見て、あさとは眉を顰める。慎重に、彼は葛籠を抱え直した。だが、左足を拾おうとしてバランスを崩す。再び彼は葛籠を取り落とした。あさとは深い溜息を吐く。今度は、彼は
「いや、ちょっと待て。何を
「うるさいね、小田桐。両方一緒には持てないんだから仕方ないじゃないか。それなら君が持ってくれればいいだろう? どっちがいい? 俺は
「ちょっと待て。その前に、どうしてこれを持ち運ぶ必要があるんだ。さっきから一体」
「だからね、小田桐。これはバラバラなんだよ、バラバラ。『とてもだらしのない男がいた。墓に
意味不明なことを言い、あさとは葛籠を持ち上げた。そのまま、彼は葛籠を運ぼうとする。と、思った瞬間、彼は急転回して、葛籠を僕にぶつけた。人一人分の内臓には、それなりの重量がある。僕は後ろによろめき、思わず葛籠を抱えてしまった。あさとは蓋の上の左足を摑み取った。文句を言う暇もない。彼は軽やかに、縁側から飛び降りた。
────────────────────────────────パンッ
片手で、あさとは器用に紺色の唐傘を開いた。顔を傾け、彼は僕を振り向く。
「その人物は、死んだのさ。だが、自分が死んだことすら、忘れている。忘れた者は、ふてぶてしくも、生前の場所に
あさとは、左足を放り投げた。それはくるりと、宙を回る。彼は器用に、白い足首を受け止めた。汚い切断面を眺め、あさとは薄く笑った。気味の悪い笑みだ。だが、その横顔には何故か重い
「行くよ、小田桐。こんなことはさっさと片付けてしまうに限るさ」
「なぁ、何で、さりげなく、僕がこれを持つ流れになってるんだ?」
僕の訴えに返事はない、彼は唐傘を回すばかりだ。僕は溜息を吐き、その背を追った。
繭墨あざか相手でも、その義兄でも、僕が体力担当なのはどうやら変わりないらしい。
* * *
あさとは、僕の精神が更に摩耗していると言った。
確かに、僕は様々なことに対し、鈍くなっている。
僕の常識は、一般人のそれとは、既にかけ離れていた。恐らく残酷と判断する基準値が、人のそれを
さっきから、中では柔らかな物の潰れる音が響いている。その度全身に
それもこれも、説明もなく僕に葛籠を押しつけた、あさとのせいだ。
僕が
これで確信ができた。僕達は繭墨家の
屋根の下を潜る度、どうやら様々なことが、悪化していくようだ。
慎重に、頭を下げ、僕は小花のカーテンを潜り抜けた。同時に首筋で、ガチリと歯を嚙み合わせる音が響いた。だが、振り向いても、紅い花達は
地面は半ば
美しいが地獄めいた光景だ。定期的に、花弁は口に入ってくる。それは化粧品のように不快に甘かった。鉄錆の匂いもする。僕は
花の雨の中、僕達は奇妙な行軍を続けた。やがて、擂鉢が見えてきた。
先程よりも円の
屋敷は、
そして、迷うことなく、あさとは障子を開いた。
─────────────────スパンッ!
そこには、葛籠が並んでいた。だが、他にも何かがある。壁際と畳の上に、葛籠以外の『何か』が蠢いていた。その
岸壁にびっしりと張りついた、フジツボが思い浮かぶ。だが、よく見れば、それはせわしなくざわざわと開いたり、閉じたりを繰り返していた。生温く鉄臭い風が体を叩く。
室内には、
数秒後、僕は目の前のそれが、何かに気がついた。
壁に貼りついた無数の唇が、開いては閉じている。
それは文字通り、口々に蠢き、僕達に何かを訴えた。だが、発声器官がないためか言葉は声にならない。その度、吸い込まれた空気が吐き出され、小さな風を生んだ。生臭い呼気が僕達を叩く。唇は横に伸び、柔らかく縦に潰れ、不満げに丸く
一瞬、ホヤに似た巨大な紅い
ぶにゅっと、彼は二本の指で無理やり唇を閉じた。そのままあさとは手に力を込める。何かを
「……あ、あさと。それくらいに」
────────────ブチッ
実に嫌な音と共に、唇は畳から引き抜かれた。僕は顔を覆い、溜息を吐く。唇はだらだらと血を流していた。その裏からは、い草が何本も生えている。あさとは慎重に、唇をジーンズのポケットに押し込んだ。それを軽く上から叩き、不意に彼は真顔になった。
「……………ジーンズ
「
あさとの言葉に、僕は低く呻いた。だが、あながち、それが冗談でないこともわかる。
どうやら異界の産物は、常識を平然と無視し、無機物と融合するようだ。僕はあさとが持つ左足と、
確かに見知らぬ誰かの体はバラバラだ。元の形はいっそ滑稽なほど残されてはいない。
ここまでバラバラにされてしまっては、自分が死んだことすらも忘れてしまうだろう。
蠢き続ける唇を残し、僕達は、建物を後にした。
そして、再び不毛とも思える堂々巡りに戻った。
* * *
───────────────────ガッチンッ
真後ろで、
嚙み切られた髪が。はらりと落ちる。そこに、針のように鋭い視線が、突き刺さった。
紅い花は更に凶暴になり、背後の視線は強さを増している。予想通りの変化だ。溜息を吐き、僕は前を見た。これ以上ないと思われた紅色は、ますます濃くなっている。
「なぁ、五十パーセント以上の高濃度の
「それがどうしたんだい、小田桐? 会話に脈絡がないよ。それにこの空気の中にぎっしり詰まっているのは酸素じゃない。別の何かさ。その正体は推測するだけ
「何だ、わかってるじゃないか。この吸い込むとまずそうな色の空気は、一体何なんだ」
「まぁ、いいじゃないか。異界の風が何でできているかなんて、俺達にはわからないよ。だが、空気の代わりに血が詰まっていようと、異界では人も魚のように泳げる。
本当に、息が続くのかどうかは、興味深いところかも知れないな。
そんな、下らない話をするうちに、僕達は擂鉢の縁に辿り着いた。
巨大な穴は、繭墨家の敷地を致命的な範囲で
─────────────スパンッ
頭上には、何かがぶら下がっていた。
歪な丸が、天井から垂れ下がっている。まるで、使用期限の切れた古い電球のようだ。それはびっしりと薄暗い頭上を埋めていた。丸い形と生命を感じさせない揺れ方は、どこか
────────────ぶちりっ、ぐしゃっ
絡み合っていた
あさとは悩んだ末、最初に摑みとった一つを胸ポケットに押し込んだ。得体の知れない液体で、じんわりとその布地が濡れていく。僕と彼は顔を見合わせ、きびすを返した。
四度目ともなると、特に言うべきことも思いつかない。
そのまま僕達は歩き出す。そして堂々巡りを再開した。
* * *
「なぁ、あさと。僕達は、一体なんのために、同じ場所を彷徨っているんだ?」
僕の言葉に、あさとは顔をあげた。彼と僕は二人並んで、縁側に座っている。
僕達の背後では障子が開いたままになっていた。後ろの座敷には、これで五度目の訪れになる。不毛な堂々巡りと、悪化していく風景に流石に疲れ、僕達は一時休んでいた。
室内の
どうやら僕達は誰かの体を這い昇っているらしい。そして、その一部を回収していた。誰かの遺体を、僕達は足から集めているのだ。だが、それに、一体何の意味があるのか。
いつまで待っても、あさとの返事はない。僕は溜息を吐き、
縁側とほぼ同じ水位まで、紅い花弁は
ここは、まだ現実と異界の境界線上だった。更に、場に居着いた誰かの意志が色濃く反映されている。僕は胸ポケットから、
「あっ、おいっ」
投げ捨てられるかと思ったが、あさとは煙草を一本取り出し、口に咥えた。彼は空の手を、当然のように僕に突き出す。どうやら火を寄越せと言っているらしい。諦めて僕は彼にライターを手渡した。煙を吸い込み、あさとは顔を
「おぞましいだろう? 中の状態に気づいた時、さぞかし、定下達は
「確かにおぞましいな。いや、おぞましいって言うよりも
「おや、何を言うんだい、小田桐? 君もしかして、俺が毎回選んで同じルートを歩いていると思っていたのかい? 規則正しく、迷うことなく、堂々巡りを続けていたと?」
あさとは嫌な笑みを浮かべた。僕は首を
「そうだよ、小田桐。この敷地内に入ったら最後、堂々巡りに組み込まれるしかないのさ。定下の命で最初に敷地内の探索を行った部下達は、それは
平然と語り、あさとは煙草の灰を落とした。僕は溜息を吐き、縁側で長い煙草を
どうやら、あさとという案内人がいることもあり、僕は無意識に油断していたらしい。この場に対する僕の認識は、笑い出したくなるほどに甘いものだったようだ。僕達は望んで堂々巡りをしていたわけではなかった。ただ出られなくなっていただけだったのだ。
「…………なんてこった。無事に帰れるといいな」
「さぁ、帰れる保証はどこにもないね。だが、俺もここで死ぬのは、確かにごめんだよ」
「呪いをどうにかできなかったら、その時は……異界の奥底へ潜ってみるか。繭さんのところまで辿り着けば、彼女がどうにか……してくれるといいけどな。断られそうだ」
「呪いの追跡を振り切りながら、紅い女の下へ辿り着き、宝物に助けられて逃げる、か。小田桐、君、それがどれほど困難なことかわかっているのかい?
突然彼は言葉を
「それは駄目だ。約束があるからね。それじゃあ行こうか、小田桐。どうせ帰れるかどうかの結果なんて
それに、そろそろ獣も動きだす頃だろうさ。
不吉なことを囁き、あさとは歩き出した。僕も紅い花を踏み、後を追う。
僕達は、また戻ることを知りながら、座敷を離れる。
その間も一対の鋭い獣の目が、僕達を見つめていた。
* * *
「………………………………」
「…………こう変化するのか」
屋根の残骸の間を見て、僕は思わず唸った。目の前の小花のカーテンは、予想外の変化を遂げている。それは溶け、癒着し合い、柔らかな肉襞と化していた。その肉質はほぼ
「気持ち悪いうえに、なんとなく、
「お前にそういう感覚があることに安心した」
馬鹿な会話をしながら、僕は肉襞を眺めた。いかにも頼りなく膜は震えている。だが、一歩進めば終わりだろう。ここを通過しない方法はないか、僕達は確かめることにした。
大回りをして、屋根の裏側に回る。だが、気がつけば、僕達は膜の前に戻されていた。どうやらここを通る以外、座敷へ進む術はないらしい。腕組みをして、あさとは頷いた。
「なるほど、明確にこっちを殺しにかかってきたね。探索者達は、ここで死んだのかな」
「さぁ、わからないな。これも、内臓や髪や唇の持ち主の意志で、造られた
「さぁね。それか紅い花が便乗して、獲物が繰り返し通る道に、新たな罠を張っただけかもしれないよ。それに、仕掛けたのがどちらでも、同じことさ。俺達は食われないよう、通過する方法を探すだけだ……さて、どうしようね、小田桐? 俺に願うかい?」
「いや、その必要はない。こうすれば、いけるだろう」
僕は足元に葛籠を置き、ズボンの尻ポケットを探った。中から、
レシートを数枚
「ねぇ、小田桐、前から思っていたんだけれどね」
「前って、一体いつからだ。もっと具体的に頼む」
「君が、俺が妹君を殺したと勘違いをして、
「そうでもないだろう。僕は常にこんなもんだぞ」
何を言い出すのか。言いがかりにも程がある。僕が煙草を一本吸う間に、花は
そこで、足を止める。目の前の光景を見回し、僕はこう来るのかと、感動すら覚えた。
空中に、無数の紅い花弁が静止していた。
降り落ちる途中で、花弁は凍りついてしまっている。まるで氷の中に閉じ込められた金魚のようだ。恐る恐る僕は前に進んだ。僕が触ると、花弁は夢から
「
小田桐勤と繭墨あさとの、最初で最後の事件、か。
「最初で最後だ。これが始まりで、そして終わり。スタートとフィナーレが一緒に来たのに、失敗で終われば恥どころの話じゃないね。最も観客はいないが……ねぇ小田桐」
君は、妹君と事件を解くのは、楽しかったかい?
僕は考えを巡らせた。楽しかったかと問われれば、楽しいわけがなかった。凄惨な事件の数々を楽しめるほど僕は非道ではない。アレは繭墨の娯楽だ。僕のでは決してない。
それに今思い出しても後悔ばかりが募った。海に飛び込んだ男の顔が、僕が手を離した少女の涙が、
「楽しくはなかった。後悔ばかりの、最低で、最悪な日々だった。だが、」
ひどく、
かつて僕に事件を突きつけた男からの問いに、僕はそう答えた。何があっても僕は繭墨との日々を忘れはしないだろう。僕は一生その記憶を
自分から尋ねておきながら、あさとは、何も言わなかった。再び、僕達は無言に戻る。予想よりも
彼の足元には、切り立った
緩やかだった擂鉢の
僕を振り向き、あさとは意外なものを見る顔をした。彼は紺色の唐傘をくるりと回す。呆れたように彼は唇を歪めた。そして、あさとは子供に言い聞かせるかのように囁いた。
「何を恐れるんだい、小田桐?」
ここは、ほぼ異界なんだよ?
次の瞬間、彼は両足で、
まるで飛び降り自殺をするかのように、その体は
そして、繭墨あさとの姿は、花弁の中へと飲み込まれた。
* * *
音もなく、舞い上がることもなく、花弁はあさとの姿を飲み込んだ。
その様は、まるで静かに落とされた小石が
そして奈落の縁には、僕一人だけが残された。腹の底が蠢く。僕の不安に応えるかのように、雨香が動いた。彼女に心配はかけられない。息を整え、僕は紅い水面を睨んだ。
後ろを振り向きたい衝動を、僕は必死に押さえつけた。怪異の場に、よくいた人の姿を探しそうになる。だが、ここに繭墨はいないのだ。もしも、この依頼が、僕と彼女の受けたものだとしたら、繭墨は何と言っただろうか。彼女は呆れながらも、さっさとおいでと僕を呼んだことだろう。だが、残念ながら、これは僕と繭墨あさとの事件だった。
繭墨にとっては、どうでもいいにもほどがあるだろう。故に彼女の反応は、容易く予想ができた。繭墨は、僕を鼻で笑うだろう。そして、実に鬱陶しそうに肩を竦めるのだ。
『やれやれ、どうしようもないね。嫌なら戻ればいいじゃないか? まぁ戻る道はもうないけれどね。流石のボクも驚いたよ。ここまで来て、覚悟が決まっていないなんてね』
お笑い草だよ、小田桐君? 君の頭には、何が詰まっているんだい?
自分で考えておいて何だと思うが、あまりの暴言に不満を訴えたい。
何で繭墨を助けに行くのに、彼女にボロクソに言われなければならないのか。僕は首を横に振った。そう言えば
それならば、後は考える前に動くしかなかった。
それこそ、僕が死のうが生きようが知るものか。
やけくそ気味に、僕は
お
地面は固く、柔らかい。そこは草原にも、岩だらけの
──────────────────────────ガサリッ
その視線の先で花畑の一部が不自然な動きで揺れた。だが、それは始まった時と同様に突然収まった。遠くの花が揺れる。だが、それも直ぐに止まった。別の個所が揺れる。
揺れ、止まる。その繰り返しは猛烈な勢いで早くなっていった。花の下を凄まじい速度で、何かが移動しているらしい。花畑に大蛇が這っているような蛇行した跡が走った。
ガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサッ!
くるりと、あさとは唐傘を回した。彼はあくまでも、冷静に囁く。
「────────────────来るよ」
───────────────ガサンッ!
花弁を散らし、何かが僕達の前に現れた。重い
腕をだらりと下げた白い影が、
その小さな体には、ボロボロの白いゴシックロリータのワンピースが張りついている。髪にはヘッドドレスらしき、布の切れ端も
前よりも縮んだ体は打ち捨てられた人形のようだ。それはゆらりと顔をあげた。濁った紅色の目が、宝石のように僕達を映す。彼女は小さな手で、スカートの
片足を曲げ、彼女は、実に優雅な礼を見せる。
それは、狐好みのひどく芝居がかった仕草だ。