その強さが、僕にはひたすらにまぶしかった。

 だからこそ、彼女の前では、うそけない。


 僕は緊張にのどをひりつかせながら、細く息を吐き出した。いつたん、目を閉じ、考えをまとめる。繭墨の消失後、僕は長くほうけていたが、その間、脳内では、異界で見た光景が繰り返し再生されていた。当時、僕はそれを何とも思っていなかったが、今は違う。目にした情報の一部を僕は再度ぎんした。理屈としては可能だ。僕はそう言い切った。断言した以上、その言葉には責任がともなう。何度も脳内でけんとうした末、僕は答えを吐き出した。


迎えに行くことは可能です。ただ、取り戻せる可能性は低いでしょう」


 僕の言葉に、雄介は息を飲んだ。彼は目を丸くして、僕を見る。七海は無言で、ひたすら僕を睨んだままだ。一体お前は何を言っているのかという顔で、雄介は僕に訴えた。


「えっ、何言ってんすか。小田桐さん。異界に行くすべはないでしょう? あっちには、もう行く方法なんてないってのに、それなのに一般人のアンタがどうにかできるわけ」

「それについては一つ当てがある。ただ、本当にできるかどうかは聞いてみなければわからない。協力を得られるかも不明だ。けどな、可能性はゼロじゃない。取り戻す方法は思いつかないが、行き道だけでも確保するつもりだ。七海さん、雄介、やっぱり僕は」


 はらいの状態で、雄介は僕を見つめる。七海もごろりと半回転すると、僕を見上げた。

 二人の視線から逃れるように、僕は目を閉じた。暗闇につつまれる度、どうしてもあの時の映像が、瞼の裏によみがえる。目の前で、桜の花弁が散った。繭墨は実に穏やかに微笑む。

 まるで、少女とは思えない表情で、彼女は僕を見つめる。そして、静かに囁くのだ。


『全く、本当に、心の底から下らないが』

 ─────────いい、人生だった。


 最後に握り締めた彼女の手は。

 普通に温かく、柔らかかった。


あきらめられませんよ、繭さんを」

 ────繭墨あざかのことを。


 雄介の言葉の通りだ。彼女は僕の運命だった。繭墨家の因縁に巻き込まれた結果、僕はこんないびつな人生を送るになった。僕は彼女に命を救われ、以来その傍にいた。それこそめる時もすこやかなる時も、どんなに離れたい時すらも僕達は並んで歩いてきた。

 断言してもいい。言い切ってもいい。まるでこうさんするように、僕はその事実を認める。



 そう、繭墨あざかは、僕にとっての運命そのもので。

 僕を駆り立てるこの激情は恋にすら似た何かだった。


    * * *


 僕は立ち上がり、歩き出した。一歩、一歩、前に進む度、胃の中の食べ物が揺れ動く。

 少し力加減を間違えば、腹を抱えて崩れ落ちる羽目におちいりそうだった。慎重に、僕は前に足を運んでいく。雄介と七海は、僕を見上げたまま動かない。どこに行くのかとすら、二人は聞こうとしなかった。僕はそのまま玄関に向かった。革靴を履き、扉を開く。


───────────────────きゃあッ!」

 次の瞬間、至近距離で、思いがけない悲鳴があがった。


「へっ?」

「す、すみませんごめんなさいごめんなさいごめんなさい。あの、今、チャイムを押そうとしたんです、よ? 不法侵入じゃないですから、あの、七海さ……小田桐さん?」

「あっ、れ……………貴方あなたは?」


 扉の前には人が立っていた。彼女は脳細胞のめつあやぶまれる速度で、繰り返していたお辞儀を止める。困ったようにうるんだ目が、僕を見上げた。緑色のピーコートに包まれた肩には、柔らかな黒髪がかかっている。どこか幼い印象のよう姿には見覚えがあった。


 もりもとゆい。かつて、ごと聞こえてくる土をる音に、悩まされていた女性だ。


 彼女は何故か、手にれいに包装された箱を抱えていた。騒ぎを聞いたのか、居間からひょこっと七海が顔を覗かせる。引き戸のすきから首を突き出し、七海はあぁと頷いた。


「今日、来たんですか。よかったですね。見ての通り、小田桐さんは、そこにいますよ」

「えっ、ええ。やっとお会いできました。お久しぶりです。小田桐さん、あのこれ」

「はい、お久しぶりです。これって………あの、なんでしょうか?」

「あの、お礼です。シロちゃんのことで、まだしっかり、お礼を言えていなかったので。前にも部屋まで会いに行ったんですけど、小田桐さんいなくて、扉の前でうろうろしていたら七海さんにお世話になって……今日、改めてうかがったんですが、やっぱりいらっしゃらなくて。それなら、七海さんにこれをあずかってもらえないかなと思って、こっちに」


 でも、お会いできてよかったですと、結奈は不器用に言い、微笑んだ。その顔に以前あったようなかげりはない。僕は差し出された箱を受け取った。結奈はほっとしたように頷く。彼女は僕の後ろを見て、更に顔を輝かせた。振り向くと、七海の上から、籠の中のガチョウのごとく、雄介が首を突き出していた。彼も結奈に気づき、おーと声をあげる。


「久しぶりー、あれからどうなりましたか? ボロ家から大脱出計画こと、引っ越し作業って無事終わりました? 気になってたんですけど俺らも相当バタバタしてたんで」

「あっはい。とどこおりなく。何とか、無事に終わりました。お二人共、今度しんきよに遊びに来てくださいね! よろしければ、七海さんも、って………………………………あれ?」


 そこで、結奈は首を傾げた。彼女は、呆然と辺りを見回す。結奈は七海の顔をまじまじと見つめ、僕と雄介に視線を戻した。それから、何故かちないような顔をする。


「困ってた時、七海さんに大家の部屋はここだから何かあったら来るようにって案内してもらったんです。その時も思ったんですが、私この部屋に来たことがありますか?」

…………………えっ?」

「あるはず、ないですよね。今回で、来るのは二回目のはずなのに……なんでだろう……なんだか、しように懐かしいんです。その時は、小田桐さんと雄介さんと、七海さんもいて、皆で楽しい時間を過ごせたような、気が………でも、あと一人、確か、誰かが」


 確か、もう一人……確かに、誰かがいた気がするんです。優しかった、誰かが。


 首を傾げ、結奈は口を閉じた。僕はかつて、僕が閉じ込められた夢の内容を思い返した。眠れないと言う結奈を連れ、僕と雄介は、七海の部屋を訪れたのだ。そして、綾も含めて五人でまくらげをした。今この場所では、夢の中のメンバーから、綾が欠けている。


 僕は彼女からもらった左腕を右腕で抱くように摑んだ。アレは現実を反映した夢だった。

 そう、ただの夢に過ぎない。そのはずだが、結奈にはうつすらときよこうの記憶があるという。


 人の無意識のりよういきは、時につながることがあった。僕は雄介の夢と、あるみにくい男の夢をわたあるいたことがある。紅い女が、夢の構築に結奈の存在を参考にした際、彼女の夢にも影響を与えたのかも知れなかった。もしも、結奈が現実にはなかった時間を、かすかにでも、記憶しているのだとすれば。そう考えながら、僕は左手を摑む指に、力を込めた。


 こんなところにも、優しかった彼女の存在は、残っていることになる。


「忘れないでください」

…………………えっ」

「忘れないでください、その誰かのことを……『彼女』のことを知る人は、少ないですから。『彼女』が優しかったということを、曖昧な印象でもどうか覚えていてください」


 あなたも『彼女』のことを覚えていてくれるのなら、僕はうれしいです。


 僕の言葉に、結奈はさいみんじゆつにかかったかのように頷いた。僕も彼女に頷き返す。それから箱を撫で、振り返った。靴を脱ぐと七海の下へ戻る。七海はしんげに僕を見上げた。

 雄介は何故かぐったりしている。七海が引き戸の隙間を自分の首幅に合わせたせいで、見事はさまれてしまったらしい。まぁ大丈夫だろうと目を逸らし、僕は七海に箱を渡した。


「七海さん、お願いがあります。帰ってくるまで、これを預かっていてもらえますか?」

「預かるのは構いませんが、帰って来なかったら、何が何でも貴方をブッ殺しますよ?」

「帰って来ない……人間も……一撃と、は……流石さすが、幼女……ぐえぇっ」


 哀れ雄介は更に潰れた。七海は隙間から器用に突き出した手で、僕から箱を受け取る。

 僕は再び玄関まで戻り、結奈に向き直った。困った顔をしている彼女に、頭を下げる。


「すみません、僕は今から急いで行かなければならないところがあるんです。また今度ゆっくりお話をさせて下さい。新居にもまたいずれ、皆で遊びに伺えれば嬉しいです」

「はっはい、こちらこそぜひ。仕事が休みの日ならいつでも大丈夫です。でもあのその」


 一体、どこに行かれるんですか?


 僕の顔をまじまじと見つめ、結奈は不安げに首を傾げた。僕は拳を握り締める。微笑む繭墨の姿が思い浮かんだ。気がつけば、僕はまるで吐き捨てるかのように応えていた。


「ある人を助けに」

……………えっ」

「助けられるかどうかは、わかりませんが」


 彼女のきょとんとした表情に、思わず弱音がれた。繭墨の下へ辿り着けたところで、彼女を連れ戻す術などないに等しい。繭墨あざかが壊れる前に、現世に連れ帰ることなどたして僕にできるのか。そう苦く考えた瞬間、結奈は当然のような顔で口を開いた。


「助けられますよ」

「えっ?」

「一人を助けた人は、きっと何度だって、人を助けられます」


 自然な笑みを浮かべ、結奈は手を伸ばした。彼女はぎゅっと、僕の右手を握る。だが、彼女はぐに手を離した。僕の左腕を抱く仕草から、何かを感じたのだろう。結奈は僕の左手を握り直し、両手でしっかりと包み込んだ。そして、彼女は不意に表情を変えた。


「助けてあげてくださいね、その人のことを。私みたいに」

 ちゃんと、前を向いて、歩いて行くことができるように。


 結奈はとても強い目で僕を見た。その目と同じ目を、僕はかつて彼女の家の地下室で見た覚えがあった。友の骨を掘り出した後、彼女は土で汚れた頰を乱暴に擦った。そして、れつな目に涙をたたえ、前を睨んだのだ。前に進む意志がある限り、人は前進することができると、その目は語っている。僕の手を握った掌に、彼女はぎゅっと力を込めた。


「どうか頑張ってください。それがどんなに大変なことでも、私は応援していますから」

 貴方に幸福がありますようにと。まるで、そう祈るかのような口調で、彼女は囁いた。


 ゆっくりと結奈は手を離した。今更彼女はれたように顔をせる。僕は無言で頷いた。頷くことしかできなかった。結奈はくわしい事情など知らない。それでも彼女は僕の背中を押してくれた。かつて結奈の助けになれた。僕のしたそんな本当にさいなことは、今こうして苦悩する僕にかえってきてくれたのだ。彼女の言葉を胸に、僕は歩き出す。


 今度こそ、僕は玄関から外に出た。そして、勢いよく後ろを振り返る。


 結奈は、七海は、引き戸に挟まった雄介は、僕を見ていた。暗い顔ならば、いくらでもできた。後ろ向きな言葉も、大量に吐ける。正直、展望は暗く、望みなどないに等しい。

 繭墨は己のまつを運命だと語った。人の死を嗤い続けた彼女は苦界にちる義務があるのだと、彼女自身が断言したのだ。繭墨は僕のこうを見れば、無駄だと肩を竦めることだろう。だからこそ僕は諦めるわけにはいかなかった。彼女の綺麗な笑みを思い出す。


 そんな顔を見たいと、一体誰が言ったのか。

 漸く気がつく。僕はもうれつに腹を立てていた。


 僕は繭墨のことを理解しない。繭墨は僕の言葉を聞かない。

 結局、僕達は、最後の別れの瞬間まで、ずっとそうだった。


 だからこそ、僕は暗い表情など浮かべられなかった。僕の言うことを聞かなかった繭墨の言葉通りに、諦めてなどやるものか。現状に絶望を感じてはならないし、足を竦ませることもしたくない。紅い女への恐怖を思い出し、動けなくなることもごめんだった。


 先程、廊下を指し示した七海ののように、僕は親指を立てた。拳を前へ突き出す。

 息を大きく吸い込み、僕は笑えと自分に言い聞かせた。笑え、笑え、決して不安げな顔など見せるな。誰かが信じてくれている僕を、僕は無理にでも信じなければならない。


 そして、僕は力強く叫んだ。


「行ってきますッ!」

「「「行ってらっしゃい」」」


 結奈は笑顔で、七海と雄介はもうやけくそだといった様子で叫んだ。三人の声を背に、僕は扉を勢いよく閉じた。紅い花弁が微かに躍る空の下、躊躇いなく地面を蹴りつける。


 僕の愚行を見たのなら、繭墨はどんな反応をするだろうか。

 きっと、彼女は肩を竦めて、君は馬鹿かと言うことだろう。


 だが、それでいい。彼女の言葉通りに諦めてなどやるものか。

 まるで、繭墨自身に喧嘩を売るかのように、僕はそう考える。



 だが、彼女ならば、止めたまえとしんに忠告をしながらも。

 僕が止まらないことなど、当の昔に、知っている気もした。


    * * *


 タクシーから降り、僕は顔をあげた。同時に、朝の眩しい光に目を細める。


 七海の部屋を後にしてから、僕は駅を移動し、特急列車に飛び乗った。長野に着いた時にはすでに夜も遅く、目的地に着く頃には深夜を回る時間帯だった。協力を頼みに行く以上、寝ている相手を叩き起こすわけにもいかない。僕はてきとうな宿を取り、一晩休んだ。

 その場の勢いもあり、着の身着のままで来てしまったが、意外となんとかなるものだ。目的地周辺まで辿りつけたことにひとあんする。だが、本番はここからだった。朝の冷たい空気を吸い込み、僕は気合を入れ直す。そこで、ふと自分の来た道を振り返った。


 目の前には、真新しい建物の並ぶ、せいぜんたる町並みが広がっていた。周囲に広がる山林とは、大きなギャップがある。繭墨本家から、そう離れてはいないはずだが、まるで都会の一角を訪れたかのようなさつかくを覚えた。この街に着くまでは、古ぼけた建物が山々の間に続いているだけだった。だが、その光景は、街境をまたいだたん一変したのだ。


 この街は大規模な開発計画の下、十数年内にもうけられた場所だという。計算され尽くした配置のがいじゆと、清潔感のある白色に統一されたたてうり住宅のれは、箱庭めいてさえいた。大手スーパーマーケットや学校、各種施設を取り揃えた街は、遠出の必要なく生活を送ることができるよう、意図的にデザインされている。だが、住人のストレスフリーにはいりよしたつくりに反して、この街には見て取れるほどの明確なかくが存在していた。

 街は山のけいしやかした造りになっている。そして、高地に行けばいくほど、ゆうそう向けの住宅が増えていくのだ。この街にむ者は住居の位置で、否応なく自分の社会的な地位と、知人との格差を自覚せざるをえない。正直、僕には棲みたくない場所だった。自分の棲む位置などどうでもいいが、住人が互いにそれを意識し合える環境は頂けない。あつれきはまず認識からしようじる。だが、最高地のかくだけは、そのはんふくまれないだろう。


 そこは、差すら認識し難い程の異様な空間と化していた。


 僕は改めて、この街で最も高地に当たる目の前の坂に向き直った。左右に街路樹の並ぶそうされた道路は、成功の象徴とでもいうかのように広い。それを挟み、両側には個人のていたくが並んでいた。通常の二軒分以上の敷地に建てられた家々は、一目でそれとわかる高級住宅だ。それだけならば、特別珍しいものではない。だが、この区画の入り口には、門番まで存在していた。無許可の人間は、敷地内に踏み入ることすら許されない。


 この一帯は開発計画にたずさわった、ある企業が所有しているという。


 繭墨の一族のみが棲む邸宅は、静まり返っていた。昼間だと言うのに物音一つしない。

 僕は、タクシーの運転手の言葉を思い返した。ここは幽霊通りと呼ばれているという。


「人の姿は、たまに見かけるんですが、皆いんでねぇ。子供もいないみたいだし、企業のえらいさんが棲んでるって割には、誰か訪れる様子もないしで、一体、なんなんだか」


 その言葉は言いえてみようだった。確かに、この中に棲んでいるのはもうりように近い者達だろう。紅い女の指示による小鳥の急襲の結果、本家は壊滅的な打撃を受けた。権力者の多くが死に、本家と分家の力関係は逆転したのだ。元々実業の大部分は、分家がになっていたという。これをこうと旧体制のさつしんさだしたは動いたはずだ。この中には恐らく地位を奪われた繭墨本家の生き残りの中でも、わけありの面々が棲んでいた。生き神の力をかかげ、繭墨一族を裏からぎゆうっていた者達だ。門番の役割は外から来る者から内部を守るだけではない。中の者が理由もなく外に出ることを防ぐのも、重要な役目の一つだ。


 つまり、この場所はごうついすみと言う名の、現代的なしきろうだった。


 僕は手に持ったカードに視線を落とした。住所と地図の印字された上質な紙はやはり店の名刺に見える。先程、門番にこれを出したところ即座に通行の許可が下りた。タクシーの運転手が目を丸くしていたのを思い出す。僕は坂を昇り、三軒目の家に向かった。


 チャイムを押し込むと、やがて一人の女性が出てきた。表情の欠けた目が、僕を見る。

 彼女は階段を下りてくると、門のかんぬきを外した。僕に深々と礼をして、彼女は低く囁く。


「伺っております。どうぞ、こちらへ」


 坂と邸宅の間にも高低差があった。僕は彼女の後ろに続いて、洋風な造りの階段を昇る。だんだんになった庭には、季節の花々がえられていた。一人の老人が、その中で枝葉の手入れを行っている。庭師だろうか。彼はたんたんと今はひとのない庭を整え続けていた。

 もうすぐ春が近い。温かくなれば、庭は色鮮やかな花々でいろどられることだろう。だが、この家のゆいいつの住人は、庭を楽しむしゆこうなど果たして理解するのだろうか。そう考えながら、僕は邸宅に入った。中はやはり静まり返っている。外と同様に何の物音もしない。


 女性は振り向くことなく、空箱の内部のように生気に欠ける空気の中を進んで行った。

 やがて、彼女は最奥の部屋の扉へ手をかけた。金属製の重いドアノブが回されていく。


「こちらでございます」


 ゆっくりと扉は開いた。部屋の中は意外なほどにせまい。女性は一歩後ろに下がり、そのまま廊下を去って行った。影のある後ろ姿を見送り、僕は入口へ向き直った。そこで、妙なかんを覚えた。数秒後、僕は漸くその理由に気がついた。壁際にはピアノが、椅子の上には陶器製のくまの人形が置かれている。壁際には大量の少女のドレスが並べられ、カーテンには水色のリボンが結ばれていた。中国製の陶磁器が、紙のたばに埋もれている。


 雑多な物達には、見覚えがあった。これらは全て、繭墨の私室に転がっていた品々だ。

 あの部屋から持ち出され、失われたはずの物達が、この部屋の中にはめられている。


 まるでにぎやかなおもちやばこだ。そして、ガラクタの山の陰には、れた姿が座っていた。

 それは、いつかの再現のような光景だった。椅子の上で、彼はゆうに足を組んでいる。


 その足元には、まるで死体のように人形が転がっていた。僕に気づいたのか、彼は徐に顔をあげる。カーテンの隙間から射しこむ光が、血色の悪い顔を照らした。狐面の代わりのように白髪がにぶく光る。彼はうつろな目で僕をながめた。乾いた唇がゆっくりと動く。



「あぁ──────────────なんだ、君か」

 目の前の光景の意味が、僕には理解できなかった。



 一体、それは、どんな種類のかんしようなのだろうか。

 繭墨あさとは、その腕に紅いからかさを抱えていた。