「私が学生だった
砂沙美と鷲羽は空いている席に落ち着いて、食べ始めた。
鷲羽は遠い目をしてコーヒーを
「地球のお店とあんまし変わんないね」
「そうね、ヒューマノイドが多いしね」
鷲羽は思い出話をするつもりはないらしく、あっさりと答えた。
「
砂沙美がちょっと沈んだ様子でストローをくわえる。
「ねえねえ、まだ何にも連絡とかないよね」
「連絡が入れば、雪之丞が転送してくれるはずだわ」
鷲羽は片方だけつけたイヤリングを指で
同じものが砂沙美の耳にも揺れている。
実を言えば、砂沙美は
確かに、鷲羽は親切にしてくれるし、雪之丞は
だがあの時、問答無用に置き去りにされたという事実は否定しようがない。
「鷲羽ちゃん、私、何かあったかいものが飲みたい。ココアがいいな」
砂沙美は心の
「うん? ココア? 買ってきてやるよ」
「あっ、いいの。私、自分で買ってくるから」
鷲羽を押し
「ところで、これ勝手に使っていいの? 美星さんのでしょ?」
「いいんじゃない? 置いてった人が悪いのよ。どんどん使っちゃいな。きっと必要経費で落ちるわよ」
砂沙美は、何がどう落ちるかさっぱり分からなかったが、後でお姉さまから返してもらおうと決め、カウンターに向かった。
その時だった。
不意に入り口からマスクにサングラスといういで立ちの二人組が飛び込んで来た。
「手を上げろ!!」
ヒートガンらしき大振りの
耳の
「動くなっ」
オレンジ色の射線が客たちの頭上を
「このバッグに金を
「えっっ……ど、どうしよう……」
店内の客という客がべったり床に伏せたり、テーブルの下に
「わ、鷲羽ちゃあん……」
その声に、耳の尖った男が振り向いた。
「なんだっ、このガキ?」
いきなり砂沙美の首筋を
「きゃああっ」
「早くしろっ。この子がどうなってもいいのかっ」
耳の尖った男は砂沙美を
「砂沙美ちゃん!」
テーブルの下から飛び出そうとした鷲羽のぎりぎり横をヒートガンの射線が
「動くなって言っただろうがっ」
「この子の命がなくなるぜっ」
二人組の
はずだった。
「わっ!?」
「クリス!?」
クリスと呼ばれた耳の
もう一人の男も倒れた相棒に
「お客様、店内で強盗ごっこは困ります」
金属
カウンターにいたロボットである。
ロボットは、手慣れた様子で強盗の
「刑事さん、後はお
飛び出して来た鷲羽に
「わ、私?」
しまった。美星のカードを使ったもんで、刑事だと思われてるんだ。
「鷲羽ちゃん!!」
床にへたり込んでいた砂沙美が泣き出しそうな顔で駆け寄って来る。
「ごめん、砂沙美ちゃん」
鷲羽は砂沙美を抱き締め、小声でロボットに
「私、今休暇中なの。出来ればそっちで片付けてほしいんだけど」
ロボットは首を
「く、苦しい。首が取れちまうよ」
耳の尖った方が泣き声を出した。
どうやら抵抗する気力も
ロボットは二人組を降ろした。
「苦情は警備室の方で
「強盗どもはどこだ!?」
その時になって、やっと制服の警備員が駆けつけて来た。
ロボットは、警備員たちに二人組を渡し、ついでにヒートガンも渡し、やれやれというように両手をはたいた。
「お客様、大変ご迷惑をかけました。もう大丈夫です。コーヒーの無料サーヴィスを致しますのでどうぞごゆっくりなさってください」
ロボットは役者のように両手を広げ、にっこり笑った。
が、その頃にはもう、
ロボットは肩を
「ありがとう、助かったわ」
鷲羽がその背に声を掛けた。
「あの……ほんとにありがとう」
砂沙美もおずおずとつけ加える。
ロボットは振り向いた。
「お嬢さん、
砂沙美の頭に軽く手を置くと、ロボットは足早にカウンターの奥に入り、湯気の立つカップを二つ
「あの……」
「私はジョージと申します。どうぞお掛けになってください」
砂沙美は、自分を助けてくれたロボットの顔を初めてじっくり見直した。
身長は190センチぐらい、
顔は、単純化された各パーツで出来ていたが、表情パターンはかなりのヴァリエーションがあるらしい。
不自然な感じはなかった。
「私、砂沙美よ。あなた、ロボットなの? アンドロイド?」
ロボット……ジョージは礼儀正しくテーブルの
「先程お聞きしました。砂沙美ちゃんに鷲羽さん、ですね。私は、フリーター・ロボットです」
砂沙美が首を
「契約が切れた後、アルバイトを続けながら宇宙を渡り歩く者たちのことを、こう呼んでいるのです。この頃結構多いんですよ。戦争もありませんしね」
ジョージは鷲羽の方に向き直り、首の
「先程、このネジにお気づきになりましたね。あなたは注意深い、大変誠実な方とお見受けします。私をお
鷲羽は
「あなた、いつもそうやって雇い主を物色してるわけ?」
ジョージはにっこり笑って元のようにネジをはめ込んだ。
「そんなことはありませんよ。これは、良い出会いを作り出す方法の一つなのです。私は結構高級なロボットなんですよ。
鷲羽は、自分が
フリーター・ロボット!
じゃあ、しばらく見ないうちに、仕事にあぶれたアンドロイドだの、野生化したロボットだの、ヒッチハイカーだのが宇宙を渡り歩いているんだわ。
鷲羽は科学者らしい
こいつは役に立ちそうだ、という直感である。
「いいわ。あなたを雇います。でも今すぐにというわけにはいかないでしょ?」
「今私は、アクシデントに
ジョージは言った。
「そういうことでしたら、店長と話をつけて参ります。きっと今期の給料はなしですね」
ジョージは落ち着いた足取りでカウンターの奥の
「ねえねえ、あの人、雇うの?」
ジョージの姿が見えなくなった途端、砂沙美が身を乗り出した。
「なんか、すごい頭良さそうだね。砂沙美、あんなロボットって見たことないよ。大人みたい!」
砂沙美の目は興奮できらきら
鷲羽は、不可抗力とはいえ、砂沙美をあんな目に
美星のカードがあれば料金ぐらいどうとでもなるだろう。
「そう。天地兄ちゃんや勝手に出てった
鷲羽は言わなかったが、ジョージを雇おうと決めたのは砂沙美の相手にと考えたからであった。
砂沙美はなんといってもまだ九歳なのである。
本来なら
ところが一旦宇宙に出た途端にこれである。
年頃の姉たちの
いくら砂沙美がしっかり者だからといって、余りにも無責任ではないか。
それも、天地兄ちゃんや
「……んとにもう、ガキどもが!」
自分も魎呼という娘を放ったらかしに育てた事実を
「え!?」
砂沙美の目が丸くなる。
「違うの、こっちの話」
鷲羽は笑いながら手を振ってごまかした。
「そう……」
砂沙美は、カップに半分ほど残ったまま冷たくなったココアに目を落とした。
「鷲羽ちゃん、私……」
「
「そんなことないって」
反射的に鷲羽は答えたが、砂沙美は首を横に振った。
「ううん、砂沙美は何にも出来ないんだもん。お姉さまみたいに強くなれないんだもん」
水色の髪が
「魎ちゃんに会いたい。天地兄ちゃんに会いたい。もう、砂沙美のことなんか忘れちゃったかなあ」
「砂沙美ちゃん!」
鷲羽は言葉に
仕方なく手を伸ばして、砂沙美の
「お姉さまたちって、ああいう性格だからね。砂沙美ちゃんが落ち込むことないんだってば。ね、砂沙美ちゃんがいなかったら、柾木家はどうなってたと思う? 今頃みんな路頭に
砂沙美はきっと顔を上げた。
「鷲羽ちゃんもなの? みんな、おんなじこと言うんだよ。砂沙美はしっかりしてるね、働き者だねって。でも私、みんなのおかあさんじゃないんだよ。砂沙美、もうごはん作んない! お洗濯もお
「え!?」
「それでね、樹雷皇家を
「ええ!?」
「その頃には砂沙美だって、そばかすだらけのおちびじゃなくって、胸だって魎呼お姉ちゃんぐらいバーンとあって、
「こらこら……」
だが砂沙美の目は真剣で、わずか九歳とはいえ、小さな体に
さすがに阿重霞の妹だけのことはあった。
そうよ、砂沙美ちゃん。全宇宙の愛と平和と未来は君のものよ!
鷲羽が思わず拍手しようとした時だった。
ぱちぱちぱち……
上から本当に拍手が降ってきた。
「ジョージ!」
いつの間に
「あっ、ジョージさん……聞いてたの?」
砂沙美がさすがに
「ジョージとお呼びになってくださって結構ですよ」
銀色のロボット……ジョージは身を
「よろしく、砂沙美姫。それでは、この
小声で
銀の
「わあ……」
砂沙美が鎖をつまみ上げると、
「お近づきのしるしです」
ジョージは鷲羽の方にIDカードを差し出した。
「私の経歴はそこに記されております。サーヴィス・カウンターでご覧になってください」
鷲羽は
「後でいいわ。とにかく船にいらっしゃい。そこでお話ししましょう」
「そうですか。では」
ジョージはトレーを下げに行き、戻って来ると砂沙美たちの荷物や買い物の袋を持って、先に店を出て行った。
「あ、いいのに。砂沙美が持つから」
鷲羽と砂沙美はジョージの後を追って店を出て行き、黒いボディスーツを着た女が砂沙美の後ろ姿に
鷲羽は異星人たちの間に並んでいらいらと順番を待っており、砂沙美は手持ち
「まだかなあ」
砂沙美は、自分は座らずに
「あれ?」
確かに入れたと思ったのに。
砂沙美は別のポケットを探り、バッグの中を
「いっけない! あそこのテーブルに置いてきちゃったんだ。ちょっと待っててね。取って来るから!」
「何ですか?」
ジョージがすぐ声をかけた。
「あのきれいなペンダント。お店に忘れてきちゃったの」
「私が探してきますよ」
砂沙美は
「ううん。すぐ戻って来るから。それに、
ジョージが止める間もなく砂沙美は走っていってしまい、一旦荷物を持ち上げたジョージは、どうしたものかと一瞬
行くべきだ。
そう判断した時、鷲羽の呼ぶ声がした。
「ジョージ。ちょっと来てくれる?」
こちらはこちらで
ジョージが仕方なく荷物を持ったまま列の方へ行くと、鷲羽が手招きして早口で
「悪いんだけど、私ちょっとトイレに行きたいのよ。代わりに並んでてくれない? 順番が来たら料金払って受け取りを
鷲羽はそれだけ言うと、さっさと列を離れ、下りのエレベーターを降りて行ってしまった。
残念だが並んでいるより仕方がない。
ジョージは現在自分に出来ることはここで順番を待つことだ、と判断し、持ちやすいように荷物をまとめ直した。
砂沙美がファースト・フード・ショップにやって来た時には、テーブルには別の客が座っていた。
顔じゅう青い
砂沙美はちょっと
「あの、お
異星人のカップルは同時に砂沙美の方を向き、同時にテーブルの下を見た。
「いいえ。私たちが来た時には何もなかったわ」
「カウンターに聞いてみたかい?」
砂沙美は礼を言ってカウンターに
そういうお届けものは届いておりませんが、という返事だった。
砂沙美はがっかりして店を出たが、
きっと誰かが持ってっちゃったんだわ。
あんなきれいなペンダントなんだもの。
「何かお困り、お嬢ちゃん?」
砂沙美がびっくりして向き直ると、黒いジャンプスーツに身を包んだブロンドの美人が立っていた。
「あの……」
砂沙美は何だか
「ペンダントをなくしちゃったの。プレゼントで、とっても大切なものなの」
ブロンドの女は心配そうに
「どんなペンダントなの? そういう忘れ物や落とし物はサーヴィス・カウンターに届いてるかもしれないわ。お姉さんが
見知らぬ女である。
先程
だが砂沙美の頭にはあのきれいなペンダントのことしかなかった。
「こっちよ」
女は砂沙美の手を取って
様々なショップの並ぶ通路の人込みを
「お姉さん」
「なあに?」
「サーヴィス・カウンターって、遠いの? 私、すぐ
女はにっこり笑い……
「もうすぐよ」
「もうすぐって、あとどのくらいかな」
砂沙美は辺りを見回し、停泊ポートのカウンターに並んでいるはずの後ろ頭を見つけて思わず声を上げた。
「鷲羽ちゃん!!」
パーツ・ショップに寄り道していた鷲羽がぎょっとして振り向いた。
「砂沙美ちゃん!? どうしたの? その人は?」
ちっ、という舌打ちが聞こえた、と思った時には、砂沙美はあっという間に両脇を抱えられ、ブロンドの女と一緒に走っていた。
「ちょっと、離して! ケーサツ呼ぶ……」
女の手が口を
そのまま中に飛び込むと、
「しっかりつかまってな!」
追って来た鷲羽の目の前で、黒々としたシュートが口を開け、女のブロンドと砂沙美の水色の髪が消えた。
「砂沙美ちゃん!!」
高速シュートらしい。
二人の姿はもう影も形もなかった。
「……ちくしょう……」
宇宙一の天才科学者もさすがにどうすることも出来ない。
鷲羽は
ステーションの見取り図を見ておくべきだった。
鷲羽の表情が
あの女はプロだ。
私たちの話を
鷲羽は上りエレベーターを駆け上がりながら素早く頭を
とにかくこのステーションから出してはならない。
警報を出し、ポートを
と、不意に耳元で
アンシブル通信の受信音だ。
鷲羽がイヤリングに指を
「こちら美星。雪之丞、聞こえる? すぐに助けに来て。大変なの!
「えッ!? 何だって!?」
鷲羽は思わず
「こっちはそれどころじゃないのよ! 通信してくるってことは、通信出来るところにいるんでしょ? 後にしてよ!!」
「鷲羽さん?」
鷲羽はスイッチをオフにして美星のたまげた声を追い出し、もたもた歩いていた前の客を突き飛ばしてフロアーに