天地はほっとして息をき出し、怒ったようにそっぽを向いている青蘭をうかがった。

「良かった……。俺、魎呼が死ぬんじゃないかと……あれ?」

 ブリッジがぐらりとれた。

 天地はつんのめり、あわててしゃがみこんだ。

「どうした、皇子?」

「いや、大丈夫……ちょっとめまいが……」

「天地様、どうなさったの!?

 阿重霞が走り寄って来る。

「いいんだ……何でもない。ただ俺……」

「血を見て気分が悪くなったのね?」

「いや。違うんだ。違うんだけど俺……なんて言うかその……安心したら急に腹減って……」

「まあ……!」

 阿重霞は思わず青蘭と顔を見合わせた。

「情けない奴だな」

「そんなこと言ったって俺、夜の宮殿からずーっと飲まず食わずで……」

「まああ、そうだったんですか」

 美星がおどろいたように両手をほおに当てた。

「ちょっと待っててくださいね。私、魎呼さんに聞いてきますから」

 青蘭はめ息をついて天地のとなりに座り込んだ。

「余計なことを思い出させるんじゃない」

「え?」

 天地が顔を上げる。

「俺もそういえば何にも食ってなかった」

「はああ……」

 天地はものを言う気力もなくなって、ひざかかえ、目を閉じた。


 結局、天地と青蘭をえ死にから救ったのは美星だった。

 六人分のカップラーメンにお湯を注ぎながら、美星はかいがいしくはしを配り、ブリッジの床にこぼれたお湯をき、浮き浮きと時間を計り始めた。

「おなかすいてるでしょうけど、ちゃんと三分間待ってくださいね。あっ、熱いですから気をつけて」

 傷を洗い、シャワーを浴びてさっぱりした魎呼が、ばんそうこうった顔でむっつりとカップラーメンを受け取った。

「うるせえなっ。てめーに言われなくたって、そんなこたぁ分かってるよ」

「魎呼さん、ほんと、大したことなくて良かったですね」

…………

 魎呼は美星のお気楽な顔を殺しかねない目付きでにらみつけた。

 それからしばらくの間は、静かなブリッジにめんすする音だけが響いていた。

「ねえねえ、ちょっと聞いてもいいですか」

 美星が待ち切れなくなったように口火を切った。

「青蘭さんと魎呼さんって、恋人どうしだったんでしょ? そのころの魎呼さんてどんな感じだったんですか? この人ねー、ぜんぜっん話してくれないんですよぉ。私、初めて聞いてほんとにびっくりしちゃいました。やっぱり、今みたいにケンカしたりとかしてたんですかぁ?」

「美星!」

 清音が驚いて美星をつついた。

「ちょっと、今そんなこと……」

「あら、そんなことないですわ。天地様の前でハッキリした方がいいですわよね。そうじゃなくっちゃ、落ち着きませんわ。そうでしょ、魎呼さん?」

「うっ……」

 急にラーメンがぶつと化したらしい魎呼がのどまらせる。

「魎呼は宇宙一の女だった!」

 今までモノも言わずにラーメンにせんねんしていた青蘭がほこらしげに言い放った。

 カップを置き、口をぬぐって、文句あるか、というように一同を見渡す。

「そして、今現在もだ! 俺は危うく真実を見損なうところだった。一時の怒りに我を忘れて、永遠に魎呼を失ってたかもしれなかったんだ。俺は神など信じていないが、今この瞬間から信じるよ。宇宙にしろしめす神は、まことの愛をお守りくださった。俺は正しかったんだ!」

「あああ……」

 魎呼がげっそりしたようにめ息をついた。

「……だからヤなんだ、こいつは」

 一人盛り上がっている青蘭をよそに、天地たちの間に白けたムードがただよった。

「君たちを巻き込んでしまって申し訳なく思っている。だが、分かってほしい、全ては真の愛から発したことなんだ。どうか許してくれ」

 青蘭は一同のおもわくにはお構いなく、しんな表情で頭を下げた。

「天地様のリングは外してくださるんでしょうね?」

 あっさりしやざいされて調子の狂った阿重霞がまゆを寄せる。

「重大なかいぞく的行為ですわ! ここが樹雷なら死罪にあたいしますわよ」

「魎呼のためにも死ぬわけにはいかないんだ!」

 青蘭は即座にはんばくした。

「阿重霞姫。魎呼と結婚したらすぐにリングを外すことを約束しよう。皇子が手を出さない限り、リングは使わない。命にけてちかうよ」

「海賊の誓いなど……!」

 阿重霞は言いかけたが、急にてんけいを得たごとく言葉を切った。

「考えてみれば無理もないわよねえ」

 阿重霞は素早く天地にくばせを送った。

「最愛のひとに裏切られたと思ったんですもの、わたくしだって逆上するかもしれないわ。よろしい。誓いをみとめます」

 阿重霞は皇女らしくおうよううなずいた。

「そうと決まれば一刻も早く誓いを果たしていただかなくてはなりません。樹雷皇家第一皇女であるこのわたくしと、法的機関の代理人としてギャラクシーポリスの美星一級刑事、清音一級刑事が立ち会いますわ。美星さん、光輪教のキャラバンに連絡を取ってみてはいかかしら?」

「あ……そうですよね。結婚するには式をげてもらわなきゃならないものね」

 美星はじやに立ち上がり、アンシブルをかけに行った。

「なっ……」

 完全にきもを抜かれた魎呼があえいだ。

「何を勝手に……」

「何が勝手だとおっしゃいますの?」

 阿重霞は皇女のげんを最大限に利用してだんとした調ちようで魎呼をさえぎった。

「あなたはそもそもの原因を作った張本人なんですわよ。あなたに発言する資格はありません。見なさい、一歩間違えばみんな宇宙のくずになるところだったんですわ。それをこうして許して差し上げたうえに、祝福して送り出してあげようっていうのよ。これ以上何を言おうというの?」

「阿重霞てめえ……」

 魎呼は見事にしてやられたことをさとった。

 まことに愛の力とは恐ろしいものである。

 この宇宙にしろしめす愛の神は魎呼の裏切りを覚えていたのだ。

 そして今、阿重霞の頭にさくさずけ、舌の回転をなめらかにしたに違いなかった。

「天地様が死んでもよろしいの?」

 阿重霞がにっこり笑いながら、最後の通告を出した。

…………

 かんぱいであった。

 はやわめき散らすか逆上するしか手は残されていなかったが、どちらをするにも青蘭といううわがいるのでは分が悪い。

 今度青蘭がブチ切れたら確実に死人が出るだろう。

 魎呼はその死人が自分だったかもしれないことを思い出してぞっとした。

「天地……」

 魎呼は絶望的な顔で天地を見た。

 短い間だったが楽しかったぜ。

 そんなゼリフが口まで出かかった。

「良かったですわね、天地様」

 阿重霞がかんはつを入れずに割って入った。

「こんなに望まれて結婚するんですもの、魎呼さんは本当に幸せ者ですわ。おめでとうって言ってあげなさいな。ね?」

「魎呼……」

 天地は何を言っていいのか分からなかった。

 なぜこんなに急に事態が進んでしまったのか、それも考えるのを避けていた方向……魎呼が青蘭と結婚するという結末に向かってあざやかにしゆうれんしていく。

 天地は魎呼のうつたえるような顔を見、青蘭の不屈のとうを秘めた顔を見た。

 青蘭の目はこう言っているようだった。

 皇子、お前に何が言える?

 お前は本当に魎呼を幸せにできるのか、と。

「……魎呼」

 天地は魎呼の顔が見られなかった。

 言うべき言葉はたったひとつしかなかった。

 それは別れの言葉だった。

「……幸せにな」

「みんな勝手なこといいやがって!」

 そのたん、魎呼がぱっと立ち上がった。

 にぎめたこぶしふるえている。

「あたしの気持ちなんて誰も聞いてくれないじゃないか。こいつと結婚するぐらいなら死んでやる! 魎皇鬼ごとギャラクシーポリスに突っ込んでやる! あたしをバカにすんなよ。あたしは七つの海の恐怖だったんだ。誰が結婚なんか……」

 青蘭が立ち上がり、魎呼の肩をつかんだ。

「死ぬなんて言うな!」

 真剣そのものだった。

 その指がきずあとをそっとなぞる。

まなかった。もう二度と傷つけないとちかうよ」

「青蘭……?」

 あざやかなぐんじよう色のひとみが魎呼をまっすぐ見下ろしていた。

 に昔の思い出がよみがえってきた。

 湿しつげんに立ち、砂色の髪を風になぶらせていた青蘭。

 つばさのある、鳥のような原生動物を低い口笛で呼んでいた青蘭。

 知的生物など何もいない、資源価値もないわくせいで、ナンバーがしるされているだけの星だった。

 他には誰もいなかった。

 夜になると満天の星がてんがいを作り、ブリッジは星明かりでいっぱいになった。

 あんまりれいこわくなったんだ。

 いつも見慣れてるはずの空なのに。

 怖いなんて思ったのはそれが初めてだった。

 あたしは青蘭の手をつかみ、その胸に思わず顔をせてしまった。

 青蘭の髪は水のにおいがした。

 一面の水と、緑のやみと星明かりに囲まれて、あたしたちは目を閉じ、互いのぬくもりと肌の感触だけを最後のばんさんのように味わっていた。

 あんな不思議な気分になったのはそれっきりだった……。

「魎呼」

 青蘭の声に呼びもどされた。

「改めて言うよ。俺と結婚してくれ」

「青蘭……」

 いやだ、そう叫ぼうとしたが何かがのどまらせてしまった。

 魎呼の目に涙が浮かび、ほおを流れ落ちた。

 くそ、こんな時に泣くなんて!

 自分の心を裏切った涙をのろい、唇をんだが、涙は壊れたじやぐちのようにあふれ出し、止まらなかった。

「奇麗だよ、魎呼」

 青蘭は魎呼を抱き締め、そっと涙をぬぐった。

 天地は何だかつらくなってきてそっと顔をそむけた。

 今食べたばかりなのに、急に胃が空っぽになってしまったような気分だった。


「こんな常識はずれの結婚式はアレ以来じゃな」

 異星人の司祭がぶつぶつと副司祭にをこぼしている。

 光輪教の布教キャラバンが魎皇鬼と並ぶようにていはくし、ブリッジにはキャラバンの礼拝堂からかき集めてきたと思われるさいだんや、白いリボンや、大きなれ幕などがセッティングされていた。

「それで? 花嫁とはな婿むこはどこなのかね?」

「あのー、どっか行っちゃったんですぅ。きっとえてるんだと思いますけど」

 美星が……大混乱のあげくキャラバンとコンタクトを取り、ウェディング・ドレスを調達し、信じられないことに料金のこうしようまでこなした……進行表のメモから顔を上げた。

「私、こんなこと初めてなんですぅ」

「そりゃ、初めてだろうがね」

 生きた水晶のように見えるけい系の異星人はまゆを寄せ、副司祭に向かって何事かつぶやいた。

「まあ、別にそうむずかしいことじゃありませんよ」

 白いローブの若い副司祭は言った。

「進行なんかはみんなうちの方でやりますから。ただね、さっきちらっと見ましたけど、花嫁さん、ばんそうこうなんかって、だいぶナーバスになってるみたいですね。花婿さんの方はやたら張り切ってましたけど」

 副司祭は声を落とした。

「ほんとに結婚したいんですか? 私がまだ聖歌隊だった頃、こんなことがあったんですよ。やっぱり花婿さんとまわりの人間がやたら張り切ってましてね、花嫁さんは一言も口きかないんですよ。それで聖歌えいしよう、説教ときましてね、せんせいとなったところでいきなり花嫁さんがドレスの下からレーザーライフルを取り出したんです。なんとふくしゆうのために式をげたんですね。そりゃあもう大変、花婿さんはぶっ倒れるわ、料金はみ倒されるわ、花嫁さんはかんさいに乗って参列者の男と逃げちゃうわ、あとまつが大変でしたよ」

 耳をそばだてていた阿重霞と清音は顔を見合わせた。

「いーえ、そんなことありませんとも!」

 阿重霞の声が裏返った。

「二人はそりゃあ愛し合っているんですわ。そりゃ魎呼はちょっと神経いら立ってるかもしれませんけど、もうあきらめがついた頃……」

 清音に思いきり足をばされ、阿重霞は思わずをのみ込んだ。

「いいですか。我々光輪教の誓いにならった者は離婚できないんですよ。てんばつくだりますよ。それでもいいんですね?」

 副司祭が疑わしそうに二人を見比べた。

「あっ、来たわ!」

 美星のほっとした声に思わず阿重霞が立ち上がった。

 青蘭はマントをひるがえし、ふうどうどうと祭壇の前まで来てり返った。

 魎呼は青白く見えるほど純白のドレスを着て、天地の腕にすがるようにゆっくりとヴァージン・ロードを歩いて来る。

 そのえりもとにはネプチューンの涙がきらめいていた。

 げっそりした顔の天地は魎呼のドレスを踏んづけそうになり、魎呼は青ざめた上にこわばって、ちょうど死後こうちよくのきたところを掘り起こされた死体のようだった。

「まあ、魎呼さん……れいよね?」

 美星があやふやな調子でつぶやいた。

「ほんと……見違えるようだわ」

 阿重霞が負けずおとらず調子の狂った声で言いえる。

 光輪教の聖歌だけが高らかにひびき、司祭は目の前に並んだ二人を見下ろした。

「あー……く者たちよ」

 できるものならこんなことは早くませて、自分のてんがいつきのベッドにもどりたいというような声だった。

「教典に手を置きなさい」

 青蘭がやわらかな光を放つページに手を置き、魎呼をうながした。

「よろしいか? では……やみより生まれいでし子らよ。そのたましいの導きにりて出会いし運命よ。今ここに、過ぎしかたに、見えざる彼方かなたに、ちかうか?」

「誓います」

 青蘭のはっきりした声が答えた。

「誓うよ」

 ぶっきらぼうな声が言い添える。

 司祭はまゆを上げたが、二人を神の手にまかせることに決め、残りのこうていを急いだ。

「宣誓は成された。ではリングのこうかんを……れいの交換だが」

 青蘭はするどい目で天地を見、何事か呟いた。

 小さな音と共にぎ目のないリングが割れる。

 青蘭は天地の左手首からリングを取り、魎呼の右手首にめた。

 再び継ぎ目が魔法のように消え、手首にきっちりとおさまった。

 司祭はほっとしたように早口になった。

「よろしい。愛はくうを照らす光なり。光、すなわちめつの真理なり。やみより生まれいでし光よ、ここに出会い、そしてひとつになる」

 青蘭が初めて微笑ほほえんだ。

「魎呼!」

 手を取って引き寄せようとする。