女王が青蘭の手をぴしゃりと払った。

「魎呼などという者はここには居らぬ。どうやってガードシステムを通り抜けて来た? 心に殺意を抱く者は何者も通れぬはず」

「殺意!?

 青蘭は胸倉をつかんだ手を離し顔を上げた。

「俺は命をけて魎呼を追い求めて来たまでだ。そのおもいを殺意と呼ぶのか?」

 天地は夜の女王と海賊とにはさまれ、まるでサンドイッチのピーナツ・バターになったような気分で、まじまじと青蘭を見上げた。

 かっこいい……。

 正にヒーロー、いな、主人公と呼ぶに相応ふさわしい決めゼリフだ。

 喜んでこの場をゆずるから、俺のことは忘れてくれ。

 天地は魎呼のように空間移動できればよかった、と思いながら、そろそろとい出した。

「待て!」

 青蘭の手がぐっと天地のえりくびをつかんだ。

 その首筋に冷たいものが押しつけられる。

「お前にはまだ聞きたいことがある。来い!」

 青蘭は天地を引きずり起こし、銃を突きつけたままぐいと背を押した。

「わらわの客をどうするつもりじゃ!?

 女王が二人の前に立ちふさがった。

「青蘭とやら。ここに来て以来、わらわの力の及ばぬ男を見たのは初めてじゃ。だが、横取りさせるわけにはいかぬ。!」

 女王は影のようにひかえていた黒衣の女にくばせした。

 女はわずかにうなずき、すべるように歩み出した。

「その手がれるまでに皇子を離せ。眠りよりもっと深いしんえんがそなたを引きずり込もうぞ!」

 天地は、青蘭の体が本能的な恐怖に引きまったのを感じた。

 と、黒衣がふわりと宙をった。

「走れ!!

 青蘭はとつに天地を抱きかかえ、女王を突き飛ばして光の柱目がけて走り出した。

「あ、阿座化! 火美猛!!

 天地がどうだにせぬガーディアンに叫んだのと、青白い手が青蘭の肩に伸ばされたのはほとんど同時であった。

「うあああっ」

 青蘭ののどから苦痛の叫びがほとばしった。

「青蘭!?

「飛べ、早く!」

 青蘭は苦痛に顔をゆがめながらも、力まかせに天地を突き飛ばし、自分も光の柱に飛び込んだ。

 一瞬後、二人の体は光のほんりゆうに包まれた。


「近いぜ。あとワン・ドライブのきよだ」

 シャトルのコクピットでスクリーンを見つめていた魎呼がつぶやいた。

 狭いコクピットに全員が集まって、同じようにスクリーンを見上げている。

 スクリーン上に表示されているのはただの宙域データで、この付近は特に何もない……くうな空間が広がっているだけの宙域である。

「天地様はどこですの?」

 阿重霞がれたように口を開いた。

「うるさいな、だまってろよ」

 魎呼はまゆを寄せたまま目を閉じ、魎皇鬼に呼びかけた。

「おかしいな……ニンジンが見えるぜ」

 阿重霞がもう待ち切れない、と思った時、魎呼がぽつりと呟いた。

「並の量じゃない。ニンジンの山、いや海だ。あのヤロウ、頭までニンジンにかってやがる……」

「ニンジン?」

 きよげんそうに振り向いた。

鷲羽わしゆうさんのつけたクローンさいばいシステムの中にいるの?」

「違う」

 魎呼が眉を寄せたまま答えた。

「魎皇鬼だけだ。天地はそばにはいない。ガーディアンも」

 魎呼の言葉が何を意味しているのか誰にも分からなかったが、阿重霞はいやな予感がした。

「わたくし……小さい頃にお父様から聞いた話がありますの」

 阿重霞はしゆんじゆんしながら話し出した。

「広い宇宙には船乗りの夢をくらう化け物が巣くっていて、一番見たがっていた夢を見せるのだと……その船乗りは夢見ている間に食べられてしまうのですわ。空っぽになってしまうんですの。もどって来ない船の中には、そうやって精神を食われた船乗りたちがからびたミイラとなってただよっている……」

「止めてよ!」

 が耳を押さえた。

「天地兄ちゃん、食べられちゃったの?」

「そんなこと言ってないでしょ!」

 阿重霞は自分の話にぶるいしながら首を振った。

「天地様はが守ってくださってるわ。魎皇鬼は多分、っ払ってるのよ」

「アルコールは積み込んでいない。ニンジンからニンジン酒でも造らない限りね」

 鷲羽が誰に言うでもなく、つぶやいた。

「鷲羽殿、せつしやのデータにもいくつか、原因不明の事故があるでござる。天地殿がそのような正体不明の宇宙生物にそうぐうした可能性もなくはござらん……」

「そうよ。魎呼さん、早く行きましょう」

 ほしゆきじようさえぎった。

「方向は?」

 魎呼は無言でディスプレイの一点を指さした。

「雪之丞、ショート・ドライブ、スタンバイ。清音、データ・セットお願いね」

 清音は余計なことは言わなかった。

「データ・セット完了。行こう、雪之丞」

 シャトルは再びドライブ・スペースに突入した。


「だ、大丈夫ですか?」

 天地は長身のかいぞくを振り返った。

 青蘭の左腕はしたようにだらりと体のわきれている。

「余計なことを言うな。魎皇鬼はどこだ!?

 光の柱から出たそこは、確かに見覚えのあるせつげん用ブリッジのフロアーなのだが、魎皇鬼も、青蘭の海賊船も見当たらなかった。

さがしまわっているひまはない。おい、天地とか言ったな」

 青蘭は銃を突き付けた。

「魎皇鬼を呼べ。しようかくかくへきを破る」

 と、フロアーにいくつもの光の柱が現れた。

 わらわらと警備員、いや、警備ロボットが実体化する。

 言い争っている暇はなさそうだった。

「魎皇鬼!」

 天地は声を限りに叫んだ。

 俺は魎呼じゃない。

 どこにいるのか分からない魎皇鬼が呼べるものなのか、確信はなかったが、この状況ではそうするしかなかった。

「天地殿!」

 予想に反して別の声が答えた。

 ガーディアンたちが天地の両脇に実体化する。

「申し訳ありません」

「魎皇鬼の居場所が分からないのです」

 驚備ロボットは、いやロボットと呼ぶのが正しいのかどうか分からなかったが、人型のかんおけのようなかつこうをしたそれは、天地たちを取り巻くようにじりじりと間をめてくる。

 攻撃してこないところをみると恐らく、かく命令が出されているのだろう。

「呼び続けるんだ」

 青蘭は銃をかまえながら油断なく辺りを見回した。

 天地は観念して目を閉じた。

 心の中で魎皇鬼に呼びかける。

 ニンジンの山にかぶりついている魎皇鬼の姿が見えたような気がした。

「魎皇鬼! 助けてくれ」

 みゃああああん、という声が天地ののうだました。

 円形に並んだ人型棺桶の間に光が走る。

「天地殿、ばく結界です。空間転移しますか?」

 阿座化がささやくような声で同意を求める。

 天地は答えなかった。

 さらに強く、呼び続ける。

 その間に棺桶たちの光の輪は完成し、ゆっくりとせばまってきた。

「みゃああああん!」

 上方から声が聞こえた、と思った瞬間、天井にれつが入った。

「魎皇鬼!」

 するどい衝角が天井を突き破り、フロアーに突き刺さる。

 天地たちの体がふわっと浮き上がり、空間転移した。

 一同を収納した魎皇鬼はそのままかくへきを突き破り、宇宙空間に飛び出した。


「あっ!」

 ドライブ・アウトしたシャトルの中で、コクピットにいる全員が、それを見た。

 宇宙空間に咲く、一輪の巨大な

 その花弁を突き破るように飛び出して来る魎皇鬼。

「魎皇鬼!!

 魎呼が叫んだ。

「待ってろ、今行く!」

 空間転移しようとした魎呼の腕に阿重霞がしがみついた。

「わたくしも参ります!」

「阿重霞さん!」

 清音がとつに消え行く阿重霞の帯をつかんだ。

「待って!」

 美星が消えかけようとしている清音の腰に抱き付いた。

「おね……えさま!?