第四章 皇子よ!
「皇子よ」
再びその声は語りかけた。
「恐れるでない。近う寄れ」
今度ははっきりと耳に聞こえる声だったが、天地の足は凍りついたように動かない。いや、動けないのであった。
光の柱から一歩を踏み出した途端、天地たちは虚空の真っ只中に放り出されたのである。
全方向にわたって広がる星々の海、遮るものとてない虚空、足元に、そして頭上に広がる暗黒の宇宙。
ただ、目前の一か所だけが濃い闇のヴェールに覆われていて、声はそこから聞こえてくるのであった。
「阿座化……」
魎皇鬼の奴、どこへ行っちゃったんだろう、と思いながら天地はようやく声を押し出した。
「良かったらちょっと動いてみてくれないか?」
足元の感触は確かにある。
柔らかい、絨毯を踏むような感覚。
だが、見下ろしてもそこには何もない。
自分の立っているところだけが透明な足場でできていて、そこから一歩でも踏み出せば、果てしなく虚空を落ちて行ってしまうのではないか……。
そんな思いが天地を凍りつかせているのであった。
「ええい、じれったい。何を突っ立っておる?」
阿座化が行動を起こす前に、星々を散りばめたヴェールが揺れた。
相変わらず五臓六腑に染み渡るようなセクシーな声だが、僅かに苛立ちが込められている。
「あのー……」
天地は呼びかけようとして、自分がまだ相手の名を知らぬことに気づいた。
「あなたは一体……」
「お前は夜の女王の名を知らぬか」
再びヴェールが揺れ、音もなく左右に開いた。
と、同時に視界が開けた。
金色に輝く玉座に、一人の女が座している。
女の髪は漆黒の闇のごとく、その顔は輝く月を切り取ったかのよう、そして、いまだかつてお目にかかったことのないような完璧なプロポーションを、銀河の星々を散りばめた深い藍のドレスが包んでいる。
そばに顔をヴェールで覆った一人は黒のドレス、一人は灰色のドレスの女が、女王を守るように控えていた。
「虚空に落ちたりはせぬ故、もっと近くへ参れ。わらわはお前の顔が見たい」
夜の女王は艶然と微笑んだ。
胸の内を見透かされたような気がして、天地は思わず唇を嚙んだ。
「そう、もっと近くへ」
天地はおそるおそる足を踏み出し、立ち止まり、女王に促されて再び進んだ。
ガーディアンたちは天地の背後で無言のまま畏まっている。
それとも手をつけかね、様子を窺っているのか。
女王のアメジストのような紫の瞳に呪縛されたまま、天地は目前に進み出た。