阿重霞は柾木家から持ち込んだとんたたみながらぶつくさ文句を言った。

「だってお姉さま、ここしかお部屋がないんだもん、仕方ないでしょ?」

「美星さんと清音さんにはちゃんと個室があるじゃないの。いいえ、分かってますわ。これはギャラクシーポリスのパトロール船で、りゆうおうのようなわけにはいかないのですものね。分かってます。わたくしも、そんなままな女ではありません。ちょっと砂沙美、あっち行ってなさい!」

 積み重ねた二人分の布団の上でとしてねている砂沙美を追い払いながら、阿重霞はきっ、と部屋の中央をにらみつけた。

 そこには持ち込んでまだ三日と経たないうちに早くも万年床のようになってしまった布団が二組、そしてその上には大の字になって眠りこけている魎呼と、布団に腹ばいになったまま、すごいスピードでこうえんをめくっている鷲羽がいた。

「鷲羽さん! そんなもの読んでどこが面白いんですの!?

「え?」

 ようやく広辞苑から顔を上げた鷲羽は、布団の上に起き上がり、首をコキコキと動かした。

「さすがに首が疲れたわね。いや、何しろひまで暇で」

 鷲羽は布団のまわりに積み上げた各国語の辞典や辞書のたぐいをよっこらしょと持ち上げると、そのままダストシュートに放り込んだ。

「まあ、何をなさるの? もったいない……」

「だってじやでしょ? それを言うならこのシャトルの空き空間一平方メートルは円にかんさんしても柾木家の市場価格ほどの価値があるわよ」

 鷲羽の答えは反論の余地がない。

「もう覚えちゃったし。しばらくは辞書がわりになってやるわよ」

「覚えた?」

 阿重霞はおうむ返しに聞き返し、鷲羽の平然とした視線の前にたじろいだ。

「何しろ美星と清音がこのシャトルはいじるな、って言うしさ、雪之丞はがんだしね」

 鷲羽は柾木家の亜空間にある自分の研究室をこのシャトルに接続しようとしてギャラクシーポリスの法規にぶち当たったのであった。

「せっかくこのシャトルを大改造して、そうじやに負けない船を造ろうと思ったのに」

「そ、そんなかく的な船を連盟評議会が許可するわけないじゃないの」

 阿重霞は今は亡き双蛇のようを思い出し、ぶるいした。

 この一見少女に見える、実はすいていねんれい二万二千歳のマッド・サイエンティストは実際何を考えているか分からない。

「ま、ともかく雪之丞の容量じゃ何にも出来ないわ。最大出力時にけるがいかく構造のを解決するフレキシブルシステムを導入しようとしただけで容量も予算もパンクしちゃうって言うんだもの。もっとも、雪之丞はせつとはいえ、自己進化型だから自分が納得すればシステムを増設するなり、思考回路を変更するなり、九羅密長官にデータを提出するなりして問題を解決するんだろうけどね。今んところ、全然その気がないのよ。一つのシステムの導入は十のじゆんを生むとか言ってさ、まあ、むかし気質かたぎよねえ」

 阿重霞はさいみんじゆつにかかったようにこの長弁舌を聞いていたが、はっと我に返ると鷲羽の言葉をさえぎった。

「そうじゃなくって! 天地様は今、どこにいるの? わたくしたち、こんなところでうろうろしてる暇はないはずですわ。まったく、美星さんたちは何をやっているのかしら」

「あの子たちなら、今一生けんめい聞き込みそうっていうのをやってるわよ」

 鷲羽はコクピットのある方向へあごをしゃくった。

「あいにく、このちゆういきにはコンビニ・ステーションも何にもなくってさ、やっとその時通りかかったきようキャラバンを割り出したって言ってたわ」

「布教キャラバンですって?」

「正確には、無国籍の放浪宇宙船ね。一種の宗教団体よ。この銀河にこうりんさまの教えを広めるっていう、宗教心に燃えた連中なの」

「あのー、皆さん、ちょっといいですか?」

 阿重霞と鷲羽が立ち話をしているところに、何やら手にいっぱいかかえた美星が顔を出した。

「捜査の結果なんですけどね、布教キャラバンのクルーたちは、確かに交戦中の二せきの宇宙船を見たそうなんです。一隻はワープしちゃって、もう一隻は一瞬おくれてワープしたって言ってましたわ。それだけ聞くのに、とうさいで遠くのコンビニ・ステーションまで行かなきゃならなかったんですけど、はい、これおみやげ」

 美星は発光体の入ったちゃちな腕輪や、共通語で光輪と書かれたお守りなどを鷲羽と阿重霞に手渡した。

「何なのよ、これは!」

 オカルト・グッズを手渡された阿重霞が叫んだ。

「だってぇ、それ買わなきゃ教えてくれないって言うんですもの」

 美星は自分の腕にめたぼーっと光る腕輪をいじりながら、いじけてつぶやいた。

「あなた、刑事さんでしょ? おどされた上にこんないかがわしいものを売りつけられて、恥ずかしくないの!?

「いいんですぅ。もう清音にさんざん言われたから」

 美星の目にじわっと涙がにじんできたのを見、阿重霞はめ息をついた。

「それで、天地様の行方は分かったんでしょうね?」

「いいえ」

 美星はうつむいたままそっと腕輪をでた。

「宇宙の真理をつかさどる光輪様のリングをつけてれば、必ず分かるって親切な信者の人が……」

「親切!?

「美星殿が言うなら、それは本当かもしれないわね」

 阿重霞の鼻先でくるくると腕輪を回しながら、鷲羽は人の悪そうな笑みを浮かべた。

「あんたはどう思う?」

 いつの間に起きたのか、魎呼は不機嫌な顔でげんそうから宇宙空間を見つめていた。

「魎皇鬼は今、名前の分からない場所にいる……宇宙に咲く一輪の……の中に」

 その場に一瞬、きんちようはらんだちんもくがみなぎった。

「天地様は? みんな無事なのね? 一輪の薔薇ってどういうことなの? 分かってたなら何でもっと早く言わないのよ!?

「うるせえな。あたしだって魎皇鬼が通常空間にもどるまで分かんなかったんだよ!」

 お決まりのケンカが始まる、美星がそう思った時、魎呼はプイと横を向いてしまった。

いつたん途切れちゃったアストラル・リンクを回復するのは大変なんだ。もちろん、通常空間経由でリンクしてるわけじゃないけどな、スクランブル・ワープを使うと高次元でのリンクがかくさんしちゃうんだよ。その特性を一旦解除してエネルギー変換するんだからな。分かったか!?

 めずらしく、調ちようだった。

 阿重霞は妙に思ったが取りえず一時てつ退たいし、別の方向から攻めることにした。

「分かりました。天地様の居場所を発見してくださってお礼申し上げますわ。で、そこはどこですの? どうやって行くのです?」

「おめえに言ってもしょうがないだろ」

 魎呼はき捨てるように言うと、部屋を出て行ってしまった。

 後に残された阿重霞と鷲羽と美星は黙って顔を見合わせていたが、ひそひそと話し始めた。

「何でしょう! あの言い方は」

「魎呼さん、どうしちゃったんですか?」

「さあねえ。バイオリズムの低下ならまた白衣の天使にでもならなきゃね」

 鷲羽が白衣の天使、つまりぼうに赤十字の入ったかんかつこうをするとろくなことがないのは分かっていたので、美星は返事をしなかったが、鷲羽は鷲羽で内心別のことを考えていた。

 魎呼の返答からすると、せいらんなるかいぞくが天地、いや魎皇鬼の後を追って行ったと確信しているのは間違いない。

 どうやって魎皇鬼のスクランブル・ワープに同調したのかは分からないが、今の魎皇鬼は普段の半分の性能しか持っていないからついせきも可能だったのだろう。

 今、一番あせっているのは魎呼である。

 顔を見れば一目りようぜんだ。

 青蘭が天地を追い、我々が天地を追っているというこの状況の中で、魎呼が我々に、特に天地に知られたくない理由があるとすれば、それはごくプライヴェートなことだと考えるのがとうである。

 に言えば、昔の男との愛憎のもつれというのが当たらずとも遠からずというところか。

 鷲羽はそこまで推論して自然にほおゆるんでくるのを自覚した。

「これからがいいところよ」

 コクピットに続く通路を歩きながら、鷲羽は阿重霞に向かってにっこりした。

「我ながらアホらしいとは思うんだけどさ」

「鷲羽さん、何のお話ですか?」

 美星が不思議そうに鷲羽の顔をのぞき込む。

「なに、今に分かるわよ。私は宇宙一の天才だけど、おくそくでものを言わないことにしてるの」

「天地様……」

 阿重霞の足取りが速くなった。どうやら、天地のこと以外は頭に入らないようだ。

 コクピットに入ると、清音と雪之丞が真剣な表情で話し合っているところだった。ぜんとした顔でコンソールにひじをついているのは魎呼である。

 砂沙美はつまらなそうに予備シートの上でスクリーンをながめていた。

「良かった。アタシ今、ちょうど呼びに行こうかと思ってたの」

 コクピットから清音がり返った。

ひようの特定には無理があるから、ロング・ドライブして目標宙域からずれるより、ショート・ドライブしながらそのつど進路を修正していった方が確実だと思うのよね。雪之丞も同意見だわ」

 清音がエリート刑事らしい、きびきびとした口調で鷲羽に同意を求めた。

まかせるわ。ね、鷲羽さん」

 美星が気楽にうなずきかけた。

「早くなさいよ。ぐずぐず話し合ってないでどう計算なんか雪之丞に任せればいいじゃない……」

 阿重霞は高圧的な口調で言いかけたが、砂沙美がおどろいたように振り向いたので、語尾をにごしてしまった。

「あーあ、つまんない。だあれも遊んでくれないし、魎ちゃんもいないし……早く魎ちゃんに会いたいな」

 砂沙美は腕にめた光輪様のリングを外して照明にかしていたが、急に目をかがやかせて振り向いた。

「ねえねえ、見て。これ、なんか書いてあるよ。誰か読んで!」

「え?」

 阿重霞と美星が腕輪を透かし見る。

「……読めないわ。共通語じゃないみたい」

「清音、どう?」

「またアンタは変なもの買ってくるから……」

 清音はいやいや腕に嵌めたリングを引き抜き、天井に向けて透かし見た。

「ほんとだわ。角度があるのね。えーと……」

「これは古代神聖文字だわ。待って、アイハコクウヲ……」

「愛ハくうヲ照ラス光ナリ。光スナワチめつノ真理ナリ」

 魎呼の低いつぶやきが鷲羽をさえぎった。

 魎呼は腕輪を見もしなかった。

「あたしも持ってたことがあるのさ。昔な」

 魎呼は、砂沙美から取り上げた光輪様のリングをぽいと放ると、足速にコクピットを出て行った。

「今思い出したけど……」

 鷲羽がにやにやしながら一同を見回した。

「これはしんなるごうのおまじないよ。おっと、子どもに聞かせる話じゃないわね」

「まあ……」

 美星がほおめて腕輪をまじまじと見つめ直した。

「神秘なる和合って? ねえねえ、それ、エッチなこと?」

 かんのいい砂沙美がシートからすべり降りて走って来る。

「雪之丞、ショート・ドライブ、スタンバイ」

「ラジャーでござる。ショート・ドライブ、スタンバイ、フル・チャージ」

 清音はくるりとスクリーンに向き直り、早口で指示を出した。

「わたくし、歯をみがかなきゃ」

 阿重霞がそそくさとコクピットを出て行った。

「美星! ほらこっち来て!」

「う、うん。雪之丞、レディ・スタート」

 その間に鷲羽はコクピットから出て行ってしまった。

「……もう!」

 ふくれっつらの砂沙美はスクリーンをにらみつけていたが、あきらめて予備シートにおさまってひざを抱えた。

 一瞬後、スクリーンにノイズが走る。

 美星のシャトルは加速して通常空間から姿を消した。


 ちょうどその頃、天地たちいつこうは光の柱から記念すべき一歩をみ出していた。

 長い長いちんもくが天地の体をこおらせる。

 じゆばくけた瞬間、すべてがはじけるように動き出した。

 めぐる銀河がせんせんりつかなで、有形無形の生命を構成しているりゆうたちがいまだ知られざるダンスを踊り、そして……。

 実存をみ込むような快楽の波が押し寄せて来た。


 と、思ったのはほんの一瞬にも満たなかったのかもしれない。

「あなたは……誰です?」

 天地の声がふるえた。

 いや、実際声を発したのかどうか、それすら定かでなかった。

「ようこそ、我が夜の宮殿へ……光のおうよ」

 星々を散りばめたヴェールの奥から、五感をとろかすような声が直接のうひびいてきた。