第三章 こちらへどうぞ!



「こちらへどうぞ」

 巨大なの内部に吸い込まれたりようおうの後ろで、音もなく花びらが閉じた。

「ガイドラインに従って、ゆっくりと船をせつげんしてください。お降りになりましたら、しばらくその場でお待ちください」

 つややかなアナウンスはそこでれた。

 天地たちはブリッジの中央に突っ立ったまま、やわらかな光を投げかけるガイドラインと、段々近づいて来るせつげん用ブリッジをぼうぜんと見つめていた。

てん殿どの、どうなさいます?」

「どうなさいますって言ったって……」

 天地とだけは顔を見合わせたが、特に良い考えは浮かんでこない。

「これ、何かのわなだと思うか?」

「分かりませぬ。魎皇鬼殿はそう思っていないようですが……」

 そこでまた会話が途切れてしまった。

 ブリッジは、宇宙ステーションや、コンビニ・ステーションなどに見られるような一般的な接舷用ブリッジで、取り立てて変わったところはないようだ。

 従業員やゆうどう係の姿はなく、ゆったりとしたメロディが訪問者をあいするかのごとく、かすかに流れている。

 その音楽のせいなのか、それとも柔らかな照明のせいなのか、このような未知の場所に来て感じるべき不安が全く感じられないのが、不安と言えば不安である。

るいなきらくの殿堂……にしては簡素な設備ですな」

「外見は一見にしかず、みたいなこともありますよ。とにかく、この気分の良さは妙です。そもそも、夜の宮殿とは何を意味するのでしょう?」

「夜、というのが知的活動にとってのやみの領域を意味するならば、ここは論理が通用しない場所ということになりますな」

「と、なると我々は個性も感情も備えた、生きた情報処理機関ですから、なるほど、深層意識に打ち負かされることも起こり得るわけですか」

「いやいや、それは穿うがち過ぎで、単に悦楽的サーヴィスを提供する娯楽施設、いわゆる高級秘密クラブのようなものかも」

 と、いうようなことをと火美猛はひそひそとささやき交わしていたが、夢見るような顔でぽかんと口を開けている天地を見、急にだまり込んでしまった。

 魎皇鬼はぴたりとブリッジに接舷すると、みゃああん、と鳴いた。

「え?」

 我に返ったように天地が聞き返した。

「ニンジン」

 阿座化がつぶやいた。

「ニンジンと言っておられます」

 火美猛が付け加えた。

「ニンジンがいっぱい。ニンジンの海で泳ぎ、ニンジンの山を掘り、ニンジンのふとんで寝る……んだそうです」

おれは……」

 天地はまどったような顔でクリスタル魎皇鬼を見ていたが、頭を振るとこう言った。

「母さんの夢を見ていた。いや、夢じゃない。母さんかどうかも分からない。何だか、柔らかくて温かい女の人の手が俺を包んでくれて……」

 天地は急に顔をそむけると、黙り込んでしまった。

 ガーディアンは向かい合って忙しく宝玉をてんめつさせていたが、天地が無言でブリッジから出て行こうとしたのを見、あわてて声をけた。

「天地殿! 降りてはなりません」

「我々はこの場所のことを何も知りません。我々が危険や不安を感じないのは、何らかの情報そうが行われている可能性があります」

 天地は足を止め、ガーディアンたちの方を振り返った。

「いや、俺はただ、道をたずねようと……。少なくとも、あのアナウンスに従えば、だれかに会えるんじゃないかと思うんだ」

「みゃん!」

 クリスタルからビースト・タイプ、つまりネコウサギ状態にもどった魎皇鬼が天地を追い越してねて行った。

 天地は何か言いかけたが、思い直したようにきびすを返すと、ブリッジを出て行った。

「魎皇鬼殿!」

「天地殿!」

 後を追って、ガーディアンたちも慌てて移動する。

 接舷用ブリッジに降り立った一同があたりを見回していると、再びあのつややかな声がした。

「まっすぐ進んで、中央のスポットにお入りください」

 声と共に、フロアーの中央に光のスポットが当たった。

 天地たちは天井を見上げ、床を見下ろしたが、スポットを形作っているはずのライトなどは何も見当たらない。にもかかわらず、天井からフロアーまではやわらかい光の柱で結ばれ、訪問者を待ち受けているのだった。

「何だか……RPGみたいだな」

「何ですと?」

 阿座化が聞き返した。

「ロール・プレイング・ゲーム。つまりさ、主人公とその仲間たちが何だか分からないところに来ちゃって、ここはどこかとか、次の目的は何かとか、そこらじゅうの人に聞き回らなきゃならないんだ」

「シミュレーション・トレーニングのようなものですか。で、主人公たちはどうなるんです?」

 今度は火美猛が聞き返した。

「情報を集めて……多分……また次の場所に向かうんだ。その間、ダンジョンを通ったりして次々と敵がおそって来る」

「その……最終目的は何ですか?」

 いて聞きたくないという口調である。

ほうもなく強くて恐ろしい、最後の敵を倒すんだ」

 一瞬、ほうけたようなちんもくただよった。

かんべんしてください」

 火美猛があわててさえぎった。

「こんなトラブルは予期していなかったのです。予期していないからこそトラブルなのですが、我々としては、今すぐ回れ右してこの場所から出た方がいいと思いますね。命の水を取って来るという使命もあることですし」

「同感です」

 阿座化も付け加えた。

「俺もそう思うべきなんだろうな……」

 天地は言いながら、魎皇鬼のブリッジで見たまぼろしのことを思い出していた。

 その女には顔や体つきなど、特定できるようなものは何もなかった。ただ、白い手、そして柔らかく温かい体の感触だけが息づくようなリアリティを持って、天地を包み込んでいた。

 思い出すだけでも心がざわめいてくる。

 あれは……あれは一体何だったんだろう?

 天地たちがぐずぐずと話をしている間、魎皇鬼は耳を立ててそこらをぎ回ったり、壁を引っいたりしていたが、不意に光の柱へ飛び込んだ。

「あっ、魎皇鬼殿!」

 みゃあああん、という鳴き声がフロアーにだました、と思った瞬間、光の柱は強いせんこうを放ち、魎皇鬼の姿はかき消えた。

「魎皇鬼!」

 天地はとつに魎皇鬼の後を追って光の柱に飛び込み、その後にぎようてんしたガーディアンたちが続いた。

 ……天地たちが消えてしばらくった後である。

 一名様ご案内~、というアナウンスと共に、一せきの宇宙船が入って来た。

 黒い船体にぶっちがいのどくマークという、どこかで見たような宇宙船である。

「ガイドラインに従って、ゆっくりと船を接舷してください。お降りになりましたら、中央のスポットにお進みください」

 似たようなアナウンスがり返され、海賊船から一人の長身の男が降り立った。

 黒いマントの下は、黒に銀のふちりの入った上着に黒のブーツ、砂色の長髪を深紅のバンダナでぞうに結び、額に乱れかかる髪をうるさそうにき上げながら、その男はまゆを寄せて光の柱を見上げた。

 ラピス・ラズリのようなうれいのあるぐんじよう色のひとみわずかに細められる。

りよう……。俺の人生の中で、今日は二番目にうれしい日だぜ。生きて再びお前に会えるとはな」

 男は不吉な声でつぶやくと、光の柱の中へ姿を消した。


 さて、まさの亜空間かくのうからスクランブル発進したギャラクシーポリスのシャトルは、ちょうど魎皇鬼がワープしたあたりのちゆういきをうろうろしているところだった。

 ほしのシャトルは全長150m、ひようじゆんへいそうを持つ標準型パトロール船である。少なくとも、公式登録にはそうさいされている。

 実際は、銀河アカデミーから提供された様々な最新技術が使われている、一種の実験船なのであるが、その辺のデータは最重要機密であり、課内でもいわば別格扱いになっている。

 シャトルのがいかくから兵装、ハイパードライブシステム、内装、船の頭脳であるゆきじようの自己進化機能に至るまで、特注の素材及び新技術を使っており、銀河れんめい評議会のかんこうみついたそのばくだいな費用の一部は祖父であるみつ長官の私財から出ている。

 孫バカ宇宙船、と言えよう。

 危うく亜空間で幽霊船になるところだったこのシャトルは、鷲羽わしゆうの手によって救われたのだが、もしあのまま行方不明になっていれば、そしての一件がなければ、さらにおうじよ姫の救出というがらがなければ、いくら九羅密長官の孫とはいえ、今頃美星は一般事務にどうれいが出ていたことであろう。

 実質上のクビである。

 それほどまでに高価なシャトルなのであった。

 船体の70%を占めるパワーユニットのおかげで、居住空間はこのクラスのシャトルとしてはごく狭かった。

 コクピットと美星のプライヴェート・ルーム、きよのプライヴェート・ルームを除くと、あとは通路かトレーニング・ルーム兼食堂兼医務室兼ブリーフィング・ルーム……に寝起きするしかなかった。

「……まったく、このわたくしが……じゆらい皇家第一皇女であるこのわたくしが、大部屋でするなんて……」