第二章 さらば、地球よ……。
さらば、地球よ……。
クリスタル
「
「天地殿、まま、そう気を落とさずに。我々がついておりますことですし」
魎皇鬼は
人類がまだ目にしたことのない光景が天地の目前に繰り広げられていたが、当の天地はというと、さっきと同じ
「そうです、
火美猛が勢い込んで言った。
「
「アンシブルも鷲羽殿がつけてくれたことですし」
阿座化も
「連絡してどうするんだ?」
天地がようやくガーディアンたちの方を
「
天地はゆらりと立ち上がると、頭を振った。
「阿座化。火美猛。ちょっと聞くけどさ……
「魎皇鬼のエネルギーシステムは我々には良く分かりませぬ」
火美猛が答えた。
「ニンジンがある限り大丈夫なのではござらぬか」
阿座化もあやふやな調子で口を
天地は魎皇鬼の居住ユニットの中に新たに付け加えられたニンジン・クローン
そしてもちろん、魎皇鬼は耳から蒸気を
「俺……ちょっと寝るよ。何かあったら起こしてくれ」
「
天地はこめかみを押さえ、心配そうにハモるガーディアンたちを後に、居住ユニットへと続くドアを開けてふらふらとブリッジを出て行った。
ブリッジと亜空間で接続されているプライヴェート・ルームのうち、倉庫に使われていた一室は鷲羽の手によって一応天地用に改装され、バス、トイレつきのコンパクトな居住空間になっている。
天地はベッドにひっくりかえり、持ってきたままのスポーツ・バッグに目をやった。
「静かだなあ……」
口に出すといっそうその
「あいつら、まだ起きてるかな」
まるで、夜汽車に乗って
もちろん亜空間の中は無音で、孤独な少年を旅情に
それにしても……。
「ちくしょう……!」
ついに静寂に
心
あたしは今、旅に出る。真実の愛を求めて旅立つのよ、とアコースティックなサウンドが語りかけると、天地は再びベッドに倒れ込み、真新しいシーツとピローケースの
心がざわついている。
あれほど自分が望んだこと……
好きなように眠り、好きな時に起き、やりたいようにやる。
それがこうして現実となった今、天地の心は穴が開いてしまったようだった。
天地はやおら起き上がると、落ち着かなげにスポーツ・バッグの整理を始めた。
「ええと、
日用品の
天地は机の引き出しに写真集を突っ込むと、後はひとまとめにバッグへ放り込み、机の
「やることなくなっちまった……」
天地は
ヒマだ……。
かつてこんなにヒマだったことがあっただろうか。
こんなにヒマなら勉強道具のひとつでも持ってくりゃ良かった……。
天地は立ち上がり、うろうろと本棚の方へいったり、雑誌をパラパラめくって見たりしたが、心はざわつくばかりだった。
これは、
天地は思い、
なんて情けないんだ。
この天国のような自由を持て余すとは……。
天地はまたベッドに座り込んだが、
「寝よう。こういうときは寝るに限る」
ささやかな自由の
何分後か、何時間後かに安らかな眠りが訪れるはずだった。
と、その時。
みゃあああああん! みゃあああああん!
いきなりエマージェンシーコールらしき鳴き声が
「な、何だ!? どうしたんだ!?」
天地は
もうトラブルか!?
天地は電灯のスイッチを
ヘッドボードの照明用サブ・センサーに触れると室内はようやく明るくなった。
「魎皇鬼! 今行くからな!」
天地は叫ぶとブリッジに続くドアを開け、飛び出して行った。
「天地殿!」
「
阿座化と火美猛が
「未知の
「魎皇鬼に
ガーディアンたちが言い終わらぬ前に、間近を
「か、海賊船!?」
スクリーンの中央に見たこともない宇宙船が映し出されていた。
黒を基調とした船体に銀の海賊マークが
ぶっちがいに
一言で言えばスクラップ寸前の旧式宇宙船ということになろうか。
もちろん天地にそんなことが分かるはずもなく、我らが主人公、今はこの魎皇鬼のキャプテンでもある彼はただ
「どうなさいます、天地殿?」
「さっきから交信を
「あ、ああ……」
天地は
考えてみれば
海賊船に
幸い、機動能力は魎皇鬼の方が上等らしく、海賊船の攻撃は
「魎皇鬼、あれ、知ってるか?」
天地は役に立たないガーディアンたちに聞くのを
「みゃ? みぃ~~」
手元の
言い
現在は天地用に一応コクピットらしきものが
そう、ありがたいことに(実際
魎皇鬼は相変わらずみゃんとしか鳴けないので、意思
改造を
天地が延々と続くクエスチョン・マークを
「
とたんに端末の画面からクエスチョン・マークが消え、船体が大きく
「みゃんみゃん!」
「え?」
魎皇鬼の急なアクションにシートから
「みゃんみゃん! うぅ~ぐるるるるる~~」
唸り声はだんだん高くなっていく。
「魎皇鬼殿! どうしたのでござるか?」
「
ガーディアンたちが
「青蘭!?」
今度は天地が聞き返した。
端末を見ると、確かに、青蘭という文字がちかちかと
「魎皇鬼、どういうことなんだ? ちゃんと説明しろよ!」
みゃあみゃみゃ、ぐるるるるる、みゃみゃーん、と魎皇鬼が答え、端末の文字が高速で流れ始めた。
「ちょっと待て、これじゃ読めないよ。もうちょっとゆっくり……」
そこにまた通信が飛び込んで来た。
「逃げるか、魎呼!? 待ちやがれ! 地獄に引きずり落としてやるぜ!」
声と共に荷電
魎皇鬼は加速して逃げ出した。
海賊船はしつこく追いかけて来る。
魎呼!?
天地はおろおろと考えた。
そうか、あの青蘭とかいう海賊は、この魎皇鬼に魎呼が乗っていると思い込んでいるんだ。何があったかは知らないが、無理もない……これは魎呼の船なんだし……しかし、魎呼の
「待て、魎皇鬼!」
天地は叫ぶと、アンシブルに向かって
「誤解だ! この船に魎呼はいない! 俺は天地という地球の人間だ。攻撃を
「何だと!?」
青蘭の
「魎呼! お前……男を連れ込んだな! ちくしょおおおお、
粒子砲の矢が雨あられと魎皇鬼に降り注いだ。
「わっ、待て。待ってくれ……」
その瞬間、スクリーンに映る星々が
「みゃああああああああん!!」
魎皇鬼は一声鳴くと、ワープした……。
地球時間で五日後、柾木家の地下、正確には亜空間に広がる鷲羽の研究室ではパニックが起こっていた。
「魎皇鬼が消えたって!?」
「いったい何があったんですの?」
「まさか、交通事故……」
「それなら地球
「鷲羽ちゃん、天地兄ちゃんは?」
「それが、どうも海賊船にぶつかったらしくて……」
鷲羽は一同を見渡すと肩を
「スクランブル・ワープしちゃったみたいなの。私もこの二、三日
「青蘭!?」
魎呼が
「魎呼!! 俺を忘れたのか!?」
いきなり深みのある男の声が響き渡った。
「あっ……!!」
魎呼が目を見開いた。その顔にはっきりヤバい、という表情が現れる。
「知ってるのね?」
女のカンでいち早くトラブルの
「あンのヤロー……昔のことを……
魎呼は宙に目を
「船を貸せ! 今すぐだ!」
鷲羽にぴしゃりと手をはたかれ、魎呼はしぶしぶ手を離した。
「まったくもう、母親の胸倉つかんで
鷲羽は腕組みして魎呼を
「で、何をやったの? どっちにしろ、あんたが宇宙海賊やってたころの話だろうけどさ、当て逃げ? 引ったくり? それとも仲間割れ?」
「…………」
魎呼は絶句したまま頭を
あれだけは話したくない。
あの
特に……魎呼はちらりと阿重霞の顔を
このピラニアの前では。
あれはあたしの青春の一ページ……一人胸の奥にしまった思い出の宝石箱……。
阿重霞に知れれば一生笑われるような気恥ずかしいセリフを胸のうちに呟きながら、魎呼が口を開いたその時。
「……青蘭って確か、
清音が自分ではそうと思わずに助け舟を出した。
「あっ、思い出したわ」
美星が両手を打ち合わせた。
「銀河おもしろ犯罪録に
「そうそう、で結局その宝石っていうのも斎王家が一般儀式用に作ったレプリカだったのよねー」
「それで、流しの商人から買った反射率ゼロの見えなくなる薬っていうのを体に
「逃げ出そうとして」
「斎王家の姫君に変態と間違えられて放り出されたっていう」
「ヘンタイ……あっはっはっは」
「あれは笑えたわよねー、清音」
「それで、その相棒っていうのが……」
ややあって、二人は無言で魎呼の方を振り向いた。
「魎呼さん、あなたまさかその海賊の相棒……!」
阿重霞がその後を引き取った。
「な、何だよ、悪いか!?」
一同の視線が集中し、魎呼は赤くなって後ずさりした。
そんなことがあったのか……。
あの、青蘭が。
あの、シリアスで海賊の
「分かった。天地殿は魎呼に間違えられたってわけね」
鷲羽が
「そりゃ、
「う……」
またもや視線が集中し、魎呼はさらに後ずさった。
「やっぱりこの女が原因だったのね」
今度は阿重霞が口火を切った。
「そんな三流海賊に
「現れた以上は放っておけないわね」
ブレスレットのデータを繰りながら清音が続けた。
「これは緊急事態に相当するわ。美星、あんたのシャトルで行きましょう」
「わたくしも参ります!」
すかさず阿重霞が続け、魎呼の腕をがっちりつかんだ。
「いてっ。別に逃げたりしねェから離せよ!」
「もちろんそうですわよね。何てったって、あなたが張本人……」
「違うって。あたしが行くって言ってんだ!」
魎呼は阿重霞の手を振り払い、一同を
「そんなにぞろぞろ連れ立って行かなくても、あたしが行って片つけて来ればいいんだろ? じゃあ美星、ちょっとシャトルを貸してくんな」
魎呼は根掘り葉掘り青蘭との関係を聞かれなかったことに内心ほっとしながら、この話はこれでおしまいとでも言うように美星の肩を
「あのー、ギャラクシーポリスの法規では、他人に船を貸したりしちゃいけないことになってるんですけど……」
美星が困ったように言葉を返した。
「それに、
「そうよ、だから
「言ってない!」
魎呼がうんざりしたように鷲羽の方を振り向いた。
「言ってないけど、そんなこたぁどうでもいいんだ。あたしが魎皇鬼を貸してやったのは、魎皇鬼なら自分で判断して何とか行けると思ったからなのさ。だけど、こんなことになるのが分かっていれば、てめえら
魎呼の心配は本当は別のところにあるのだが、天地が心配なのも確かなのである。
「聞いてませんわ!」
今度は阿重霞が
「それじゃあ天地様はどうなるの!? わたくしは、魎皇鬼に天地様を
「半分ってったって、おめーの龍皇の苗よりマシだぜ! あたしの魎皇鬼にてめーんとこの役立たずの丸太なんか乗せやがって、運賃払ってもらうからな!」
「丸太とは何です!
「はたから見りゃ丸太じゃんか!」
「ちょっとちょっと、お姉さまたち!」
つかみ合い寸前の二人に砂沙美がちょうどいいタイミングで割って入った。
「言ったとか言わないとか、ガーディアンがどうとか言ってる場合じゃないと思うのよね。天地兄ちゃんは今どこにいるの? 無事なの?」
「それに、あなたたちお忘れのようだけど、天地さんが一人で出掛けたのは確か、あなたたちのケンカが原因だったわよね!?」
清音が
「ねえねえ、天地兄ちゃんは今どこにいるの? 砂沙美、心配だよ。ご飯、ちゃんと食べてるかなあ。魎ちゃんも」
砂沙美は真剣な顔で鷲羽を見上げた。
「砂沙美……」
さすがに阿重霞も顔を赤らめ、自分たちの
「何しろ、スクランブル・ワープかけちゃったからねえ……どこのポイントに出るか、出てからじゃないと分からないわね。ま、銀河系外には出ないと思うけど、それより青蘭っていう海賊の方が気になるわ。ちょっと危ない奴みたいだし……」
「ああ、天地様!」
鷲羽の言葉に青くなった阿重霞が両手を祈るように
「行きましょう! こんなところでケンカしてる場合じゃないわ。お兄様にもわけを話して、一刻も早く
「おい、ちょっと待て! あたしは死んだっておめーなんかと行かねえぞ」
さっきまでケンカしていた当の魎呼の腕を強引に引っ張って阿重霞が
「清音、
後を追いながら美星が
「阿重霞さんの
「砂沙美ちゃんは家に残る?」
鷲羽が後を追って走りだそうとした砂沙美に尋ねた。
「えっ、どうして? 美星さんのシャトルの中でお姉ちゃんたちがケンカしたら、私しか止める人いないよ」
「それもそうね」
鷲羽はにこっと笑い、よしよしと砂沙美の頭を
「いつも思うんだけどさ、砂沙美ちゃん、この家じゃあんたが一番しっかりしてるわね。樹雷皇家はあなたが
「恐れ入ります」
砂沙美は礼儀正しく一礼し、鷲羽の顔を見て
「で、鷲羽さんも行くんでしょ?」
「魎呼の
鷲羽はにやりと笑い、ドアの方に
「あの子、根が正直なもんで、顔に出てるじゃないの。
科学的命題を見いだした時と同様の笑いが鷲羽の
さて、スクランブル・ワープをかけて亜空間の中をさまよっていた天地、いや魎皇鬼がワープ・アウトしたのは、ちょうど太陽系から800パーセクほど離れた
「……魎皇鬼」
初めてスクランブル・ワープを体験した天地は頭を振って
「俺、宇宙が消えちゃったのかと思ったよ」
大変素朴な感想を述べ、天地はスクリーンに映る見知らぬ宙域を
「ここ、どこなんだ? 青蘭とかいう海賊船は?」
「みゃみゃ~」
魎皇鬼が鳴き、火美猛が答えた。
「知らないそうであります」
「知らない?」
おうむ返しに問いかけ、天地は
「知らないって、どういうことなんだ?」
「
「来たことがない……」
天地は不安げに繰り返し、あることに思い至ってはっとした。
「阿座化、火美猛。お前たち魎皇鬼の言葉が分かるのか?」
「学習しました」
「学習しました」
二体のガーディアンが同時にハモッた。
「魎皇鬼の鳴き声は短縮言語になっております。
「ほんとか?」
天地はにわかに信じ難く、疑わしげに問い返した。
「我々は協力してパターン分析を行いました。通常の言語に
「ちょっと喋ってみましょうか」
阿座化は相棒の火美猛に、本体上部についている宝玉の
「みゃ? みゃみゃん、みゃん?」
「みゃ~!」
魎皇鬼が
「今のは、魎皇鬼殿こんにちは、あなたの好きな食べ物は何ですか? あなたは一日にどれぐらいそれを食べますか、と聞いたのです」
天地がぽかんと口を開けたまま火美猛を見返すと、火美猛は続けてこう答えた。
「魎皇鬼はニンジン、それも柾木神社の裏手の畑で取れたニンジンが大好きで、ほんとはクローン
「…………」
天地は今度こそ本当に絶句してクリスタル魎皇鬼とガーディアンたちを見比べた。
「ほんとに……あの短い会話の中にそれだけの内容が
「魎皇鬼の圧縮度にはまだまだ追いつけませぬ」
魎皇鬼語を喋った阿座化が申し訳なさそうに答えると、火美猛も付け加えた。
「魎皇鬼の言葉は重層的にいくつものイメージ情報が重なっているのであります。例えばさっきのように船のコンピュータとして座標を
「つまり……なんだ、頭のなかで魎皇鬼がいっぱい……同時に喋っているようなもんか?」
天地はこのように高度な情報学的議論などしたことがなかったので、
「さすがは天地殿。その通りです」
あきらかにおせじと思われる返答があり、四人……正確には天地とクリスタル魎皇鬼と二体のガーディアンは黙り込んでしまった。
「ともかく青蘭は
「今のところ危険はありません」
我に返ったようにガーディアンたちが言い、スクリーンの方に向き直った。
魎皇鬼はゆっくりと未知の宙域を航行している。
と、右手遠方にキラキラと
「星……のはずはないか」
天地が目を
「
「もっと近づいてみましょう」
近づくにつれ、キラキラ瞬くものの正体、いや
大きさは、今は亡き
全体は重層的なフォルムを持っており、それぞれ重なり合ったウイングは無数の照明で縁取りされ、ここが地球を
さらに、その巨大な薔薇の下部には巨大なリボンが結ばれ、そのリボンには次のような光文字が浮かび上がっているのであった。
「比類なき娯楽の殿堂! 快楽の園、夜の宮殿にようこそ」
「て、天地殿……」
我に返った火美猛が、ゆっくりと回転する薔薇の方を向いたまま忙しく宝玉を
「これは……こんなものは聞いたことがありませぬ。いったい誰が、何のために……」
その時だった。
「御一行様、ご案内~~」
ブリッジに