第二章 さらば、地球よ……。



 さらば、地球よ……。

 クリスタルりようおうの散らばるがらんとしたブリッジのゆかすわり込んで、ぼうぜんと全方位スクリーンをながめている天地ののうおうねんの名曲がり返し繰り返し、鳴りひびいている。

てん殿どの

 が声をかけた。

「天地殿、まま、そう気を落とさずに。我々がついておりますことですし」

 だけなぐさめるように付け加えた。

 魎皇鬼はすでに太陽系を離れ、アルファ・ケンタウリ目指して通常運行を続けている。

 人類がまだ目にしたことのない光景が天地の目前に繰り広げられていたが、当の天地はというと、さっきと同じかつこうでぼんやりとスクリーンを眺めているばかりだった。

「そうです、わしゆう殿どのと連絡を取られては如何いかがでしょう?」

 火美猛が勢い込んで言った。

まさ家の鷲羽殿の研究室では、今ごろ我々の航路をモニター中のはず。宇宙一の天才である鷲羽殿のこと、何かうまい手を考えてくださるかもしれませぬ」

「アンシブルも鷲羽殿がつけてくれたことですし」

 阿座化もなだめるように声をかけた。

「連絡してどうするんだ?」

 天地がようやくガーディアンたちの方をり向いた。

さい忘れたからちょっと届けてくれ……ってか? そんなしたらおれは一生あいつらに頭が上がんないだろうよ」

 天地はゆらりと立ち上がると、頭を振った。

「阿座化。火美猛。ちょっと聞くけどさ……じゆらいせいまではまっすぐ行けばいいんだろ? 別にどこにもらなくていいんだろ?」

「魎皇鬼のエネルギーシステムは我々には良く分かりませぬ」

 火美猛が答えた。

「ニンジンがある限り大丈夫なのではござらぬか」

 阿座化もあやふやな調子で口をえた。

 天地は魎皇鬼の居住ユニットの中に新たに付け加えられたニンジン・クローンさいばいシステムを思い浮かべ、自分がニンジンの山をせっせとすくっては魎皇鬼の口だかかまだかに放り込んでいる光景を想像した。

 そしてもちろん、魎皇鬼は耳から蒸気をき出しながらしつこくの宇宙をばくしんしていくのであった。

「俺……ちょっと寝るよ。何かあったら起こしてくれ」

ぎよ

 天地はこめかみを押さえ、心配そうにハモるガーディアンたちを後に、居住ユニットへと続くドアを開けてふらふらとブリッジを出て行った。

 ブリッジと亜空間で接続されているプライヴェート・ルームのうち、倉庫に使われていた一室は鷲羽の手によって一応天地用に改装され、バス、トイレつきのコンパクトな居住空間になっている。

 天地はベッドにひっくりかえり、持ってきたままのスポーツ・バッグに目をやった。

「静かだなあ……」

 口に出すといっそうそのせいじやくきわつような気がした。

「あいつら、まだ起きてるかな」

 まるで、夜汽車に乗ってさいての地を目指しているような気分である。

 もちろん亜空間の中は無音で、孤独な少年を旅情にさそうような走行音もてきもないが、天地の耳は強引にイメージの中のしんどう音を聞き取ろうとしていた。

 それにしても……。

「ちくしょう……!」

 ついに静寂にえ切れなくなった天地は起き上がり、オーディオのスイッチを入れた。

 心なごませるヴォーカルがやわらかく部屋を満たした。

 あたしは今、旅に出る。真実の愛を求めて旅立つのよ、とアコースティックなサウンドが語りかけると、天地は再びベッドに倒れ込み、真新しいシーツとピローケースのにおいをいだ。

 心がざわついている。

 あれほど自分が望んだこと……だれにもじやされない一人っきりの時間。

 好きなように眠り、好きな時に起き、やりたいようにやる。

 それがこうして現実となった今、天地の心は穴が開いてしまったようだった。

 天地はやおら起き上がると、落ち着かなげにスポーツ・バッグの整理を始めた。

「ええと、さんの手紙にビデオテープに写真にお土産みやげに……と」

 日用品のたぐいは既にこの部屋の中に移されており、スポーツ・バッグの中には、阿重霞の両親、つまり樹雷皇と皇妃に直接手渡すものや、旅のりようなぐさめるもの……スナックや雑誌や女の子には見せられない写真集などが入っている。

 天地は机の引き出しに写真集を突っ込むと、後はひとまとめにバッグへ放り込み、机のわきに置いた。

「やることなくなっちまった……」

 天地はつぶやき、ベッドに座り込んだ。

 ヒマだ……。

 かつてこんなにヒマだったことがあっただろうか。

 こんなにヒマなら勉強道具のひとつでも持ってくりゃ良かった……。

 天地は立ち上がり、うろうろと本棚の方へいったり、雑誌をパラパラめくって見たりしたが、心はざわつくばかりだった。

 これは、しゆうじんがいきなり釈放された状態と同じなんじゃないだろうか。

 天地は思い、め息をついた。

 なんて情けないんだ。

 この天国のような自由を持て余すとは……。

 天地はまたベッドに座り込んだが、あきらめて体を投げ出した。

「寝よう。こういうときは寝るに限る」

 ささやかな自由のこう使……歯もみがかず、パジャマにもえずそのまま寝るという反則に気がとがめながらも、タッチセンサーで照明を落とし、天地は目を閉じた。

 何分後か、何時間後かに安らかな眠りが訪れるはずだった。

 と、その時。


 みゃあああああん! みゃあああああん!


 いきなりエマージェンシーコールらしき鳴き声がひびいた。

「な、何だ!? どうしたんだ!?

 天地はあわててね起き、毛布と一緒にベッドから転がり落ちた。

 もうトラブルか!?

 天地は電灯のスイッチをさがしてうろうろと宙をさぐりし、この部屋には電灯のヒモなどないことを思い出した。

 ヘッドボードの照明用サブ・センサーに触れると室内はようやく明るくなった。

「魎皇鬼! 今行くからな!」

 天地は叫ぶとブリッジに続くドアを開け、飛び出して行った。


「天地殿!」

きんきゆう事態でござる!」

 阿座化と火美猛がすごい勢いで飛んで来た。

「未知のかいぞくせんが」

「魎皇鬼にこうげきを仕掛けて来たのでござる!」

 ガーディアンたちが言い終わらぬ前に、間近をかすめた攻撃がブリッジをらした。

「か、海賊船!?

 スクリーンの中央に見たこともない宇宙船が映し出されていた。

 黒を基調とした船体に銀の海賊マークがかがやいている。

 ぶっちがいにどくという、例のアレだ……全体はギャラクシーポリスのパトロール船に似た流線形だが、あちこち色が違ったり、左右非対称になっているのは何度も修理をり返した後のように見える。

 一言で言えばスクラップ寸前の旧式宇宙船ということになろうか。

 もちろん天地にそんなことが分かるはずもなく、我らが主人公、今はこの魎皇鬼のキャプテンでもある彼はただぼうぜんと目の前の海賊船を見つめるばかりであった。

「どうなさいます、天地殿?」

「さっきから交信をこころみてはいるのですが、一向に返答がありませぬ」

「あ、ああ……」

 天地はぎようてんしたままガーディアンたちの報告を聞いていた。

 考えてみればけな話である。

 海賊船におそわれているのにどうなさいますも交信もないではないか。

 幸い、機動能力は魎皇鬼の方が上等らしく、海賊船の攻撃はすべて外れてエネルギーのづかいとなっている。

「魎皇鬼、あれ、知ってるか?」

 天地は役に立たないガーディアンたちに聞くのをあきらめ、三つ目のクリスタルを見上げた。

「みゃ? みぃ~~」

 手元のたんまつの画面にクエスチョン・マークが現れ、延々と列を成して流れていく……どうやら考え込んでいるようだ。

 言いおくれたが、ブリッジの中央に設置された台に半球形のコントローラーがあったのを覚えているだろうか。

 現在は天地用に一応コクピットらしきものがえ付けられている。

 そう、ありがたいことに(実際そうじゆうするわけではないのだが)、ブリッジにいるあいだ中突っ立っていなくても済むようになっているのだ。

 魎皇鬼は相変わらずみゃんとしか鳴けないので、意思つう用の端末も設けられている。

 改造をけ負った鷲羽の科学力をもってすれば、魎皇鬼に日本語をしやべらすことぐらい朝飯前だと思うのだが、その辺の趣味、いや理由は分からない。

 天地が延々と続くクエスチョン・マークをさいみんじゆつにかかったように見つめていると、突然男の声で通信が入った。

りよう!! おれを忘れたのか!? 何をふざけているんだ! しらを切ろうってったって、そうはいかないぜ!!

 とたんに端末の画面からクエスチョン・マークが消え、船体が大きくらいだ。

「みゃんみゃん!」

「え?」

 魎皇鬼の急なアクションにシートからころげ落ちた天地が聞き返すと、低いうなり声が返って来た。

「みゃんみゃん! うぅ~ぐるるるるる~~」

 唸り声はだんだん高くなっていく。

「魎皇鬼殿! どうしたのでござるか?」

せいらんとは何者でござるか?」

 ガーディアンたちがあわてて問い返す。

「青蘭!?

 今度は天地が聞き返した。

 端末を見ると、確かに、青蘭という文字がちかちかとてんめつしている。

「魎皇鬼、どういうことなんだ? ちゃんと説明しろよ!」

 みゃあみゃみゃ、ぐるるるるる、みゃみゃーん、と魎皇鬼が答え、端末の文字が高速で流れ始めた。

「ちょっと待て、これじゃ読めないよ。もうちょっとゆっくり……」

 そこにまた通信が飛び込んで来た。

「逃げるか、魎呼!? 待ちやがれ! 地獄に引きずり落としてやるぜ!」

 声と共に荷電りゆうほうが襲いかかって来た。

 魎皇鬼は加速して逃げ出した。

 海賊船はしつこく追いかけて来る。

 魎呼!?

 天地はおろおろと考えた。

 そうか、あの青蘭とかいう海賊は、この魎皇鬼に魎呼が乗っていると思い込んでいるんだ。何があったかは知らないが、無理もない……これは魎呼の船なんだし……しかし、魎呼のやつ、いったい何をしでかしたんだろう!?

「待て、魎皇鬼!」

 天地は叫ぶと、アンシブルに向かってった。

「誤解だ! この船に魎呼はいない! 俺は天地という地球の人間だ。攻撃をめてくれ!!

「何だと!?

 青蘭のぎようてんしたような声が返って来た。

「魎呼! お前……男を連れ込んだな! ちくしょおおおお、じんにしてくれる!」

 粒子砲の矢が雨あられと魎皇鬼に降り注いだ。

「わっ、待て。待ってくれ……」

 その瞬間、スクリーンに映る星々がゆがんだ。

「みゃああああああああん!!

 魎皇鬼は一声鳴くと、ワープした……。


 地球時間で五日後、柾木家の地下、正確には亜空間に広がる鷲羽の研究室ではパニックが起こっていた。

「魎皇鬼が消えたって!?

「いったい何があったんですの?」

「まさか、交通事故……」

「それなら地球ちゆうざいの我々のところへ真っ先に連絡が入るはずだわ」

「鷲羽ちゃん、天地兄ちゃんは?」

 けつけた魎呼、阿重霞、ほしきよの五人が鷲羽を取り囲んで口々に言い合っている。

「それが、どうも海賊船にぶつかったらしくて……」

 鷲羽は一同を見渡すと肩をすくめた。

「スクランブル・ワープしちゃったみたいなの。私もこの二、三日いそがしくてさ、モニターチェックしてなかったのよ。ま、魎皇鬼の機動力にかなう船はそうそういないし、大丈夫だとは思うんだけど。記録には青蘭なる海賊の声が残ってるわ。聞いてみる?」

「青蘭!?

 魎呼がまゆひそめた。

「魎呼!! 俺を忘れたのか!?

 いきなり深みのある男の声が響き渡った。

「あっ……!!

 魎呼が目を見開いた。その顔にはっきりヤバい、という表情が現れる。

「知ってるのね?」

 女のカンでいち早くトラブルのにおいを察した阿重霞が魎呼のうでをつかんだ。

「あンのヤロー……昔のことを……しゆうねん深く」

 魎呼は宙に目をえたままぶつぶつとつぶやいていたが、いきなり鷲羽のむなぐらをつかんでめ上げた。

「船を貸せ! 今すぐだ!」

 鷲羽にぴしゃりと手をはたかれ、魎呼はしぶしぶ手を離した。

「まったくもう、母親の胸倉つかんできようはくするなんて、どういう性格してるのよ!?

 鷲羽は腕組みして魎呼をにらみつけた。

「で、何をやったの? どっちにしろ、あんたが宇宙海賊やってたころの話だろうけどさ、当て逃げ? 引ったくり? それとも仲間割れ?」

…………

 魎呼は絶句したまま頭をめぐらせた。

 あれだけは話したくない。

 あのいんねんだけは。

 特に……魎呼はちらりと阿重霞の顔をうかがった。

 このピラニアの前では。

 あれはあたしの青春の一ページ……一人胸の奥にしまった思い出の宝石箱……。

 阿重霞に知れれば一生笑われるような気恥ずかしいセリフを胸のうちに呟きながら、魎呼が口を開いたその時。

「……青蘭って確か、さいおう家に忍び込んでつかまった宇宙海賊じゃなかったっけ?」

 清音が自分ではそうと思わずに助け舟を出した。

「あっ、思い出したわ」

 美星が両手を打ち合わせた。

「銀河おもしろ犯罪録にってた人よね。相棒に宝石だけぱらわれて、自分は捕まっちゃったおマヌケな海賊……」

「そうそう、で結局その宝石っていうのも斎王家が一般儀式用に作ったレプリカだったのよねー」

「それで、流しの商人から買った反射率ゼロの見えなくなる薬っていうのを体にってさ、ハダカで」

「逃げ出そうとして」

「斎王家の姫君に変態と間違えられて放り出されたっていう」

「ヘンタイ……あっはっはっは」

「あれは笑えたわよねー、清音」

「それで、その相棒っていうのが……」

 ややあって、二人は無言で魎呼の方を振り向いた。

「魎呼さん、あなたまさかその海賊の相棒……!」

 阿重霞がその後を引き取った。

「な、何だよ、悪いか!?

 一同の視線が集中し、魎呼は赤くなって後ずさりした。

 そんなことがあったのか……。

 あの、青蘭が。

 あの、シリアスで海賊のかがみのようだった青蘭が。

「分かった。天地殿は魎呼に間違えられたってわけね」

 鷲羽がたんそくした。

 まゆひそめて魎呼をにらみつける。

「そりゃ、うらみ重なってるでしょうよ。ずーっと魎皇鬼を追ってたに違いないわ」

「う……」

 またもや視線が集中し、魎呼はさらに後ずさった。

「やっぱりこの女が原因だったのね」

 今度は阿重霞が口火を切った。

「そんな三流海賊にねらわれて、天地様はきっとお困りですわ。早くかいを解かないと」

「現れた以上は放っておけないわね」

 ブレスレットのデータを繰りながら清音が続けた。

「これは緊急事態に相当するわ。美星、あんたのシャトルで行きましょう」

「わたくしも参ります!」

 すかさず阿重霞が続け、魎呼の腕をがっちりつかんだ。

「いてっ。別に逃げたりしねェから離せよ!」

「もちろんそうですわよね。何てったって、あなたが張本人……」

「違うって。あたしが行くって言ってんだ!」

 魎呼は阿重霞の手を振り払い、一同をにらみつけた。

「そんなにぞろぞろ連れ立って行かなくても、あたしが行って片つけて来ればいいんだろ? じゃあ美星、ちょっとシャトルを貸してくんな」

 魎呼は根掘り葉掘り青蘭との関係を聞かれなかったことに内心ほっとしながら、この話はこれでおしまいとでも言うように美星の肩をたたいた。

「あのー、ギャラクシーポリスの法規では、他人に船を貸したりしちゃいけないことになってるんですけど……」

 美星が困ったように言葉を返した。

「それに、ゆきじようは私か清音のせいもん以外には反応しないようになってるんです」

「そうよ、だからようしよう殿は天地殿に魎皇鬼で行ってもらったんじゃない。言ったでしょ?」

「言ってない!」

 魎呼がうんざりしたように鷲羽の方を振り向いた。

「言ってないけど、そんなこたぁどうでもいいんだ。あたしが魎皇鬼を貸してやったのは、魎皇鬼なら自分で判断して何とか行けると思ったからなのさ。だけど、こんなことになるのが分かっていれば、てめえらたおしてでも天地と一緒に行ったのに。あたしが乗ってりゃあ今ごろはもうじゆらいせいの近くまで行ってたぜ。あたしがいないと魎皇鬼は半分しかパワーが出せないし、攻撃も出来ないんだ。言わなかったか?」

 魎呼の心配は本当は別のところにあるのだが、天地が心配なのも確かなのである。

「聞いてませんわ!」

 今度は阿重霞がすごい勢いで食ってかかった。

「それじゃあ天地様はどうなるの!? わたくしは、魎皇鬼に天地様をたくしたんですわよ! 天地様の身に何かあったらどうしてくれるのよ!?

「半分ってったって、おめーの龍皇の苗よりマシだぜ! あたしの魎皇鬼にてめーんとこの役立たずの丸太なんか乗せやがって、運賃払ってもらうからな!」

「丸太とは何です! るいなき樹雷皇家の比類なきガーディアンとお言い!」

「はたから見りゃ丸太じゃんか!」

「ちょっとちょっと、お姉さまたち!」

 つかみ合い寸前の二人に砂沙美がちょうどいいタイミングで割って入った。

「言ったとか言わないとか、ガーディアンがどうとか言ってる場合じゃないと思うのよね。天地兄ちゃんは今どこにいるの? 無事なの?」

「それに、あなたたちお忘れのようだけど、天地さんが一人で出掛けたのは確か、あなたたちのケンカが原因だったわよね!?

 清音がするどい突っ込みを入れ、阿重霞と魎呼は一瞬言葉をまらせた。

「ねえねえ、天地兄ちゃんは今どこにいるの? 砂沙美、心配だよ。ご飯、ちゃんと食べてるかなあ。魎ちゃんも」

 砂沙美は真剣な顔で鷲羽を見上げた。

「砂沙美……」

 さすがに阿重霞も顔を赤らめ、自分たちの大人おとなない振るまいにじ入った。

「何しろ、スクランブル・ワープかけちゃったからねえ……どこのポイントに出るか、出てからじゃないと分からないわね。ま、銀河系外には出ないと思うけど、それより青蘭っていう海賊の方が気になるわ。ちょっと危ない奴みたいだし……」

「ああ、天地様!」

 鷲羽の言葉に青くなった阿重霞が両手を祈るようににぎり合わせた。

「行きましょう! こんなところでケンカしてる場合じゃないわ。お兄様にもわけを話して、一刻も早くさがし出さなくては!」

「おい、ちょっと待て! あたしは死んだっておめーなんかと行かねえぞ」

 さっきまでケンカしていた当の魎呼の腕を強引に引っ張って阿重霞がけ出した。

「清音、やま課長にはなんて報告しとく?」

 後を追いながら美星がたずねた。

「阿重霞さんのえいよ。本来私たちの任務はそれなんだからね」

「砂沙美ちゃんは家に残る?」

 鷲羽が後を追って走りだそうとした砂沙美に尋ねた。

「えっ、どうして? 美星さんのシャトルの中でお姉ちゃんたちがケンカしたら、私しか止める人いないよ」

「それもそうね」

 鷲羽はにこっと笑い、よしよしと砂沙美の頭をでた。

「いつも思うんだけどさ、砂沙美ちゃん、この家じゃあんたが一番しっかりしてるわね。樹雷皇家はあなたがぐべきよ」

「恐れ入ります」

 砂沙美は礼儀正しく一礼し、鷲羽の顔を見てはじけるように笑い出した。

「で、鷲羽さんも行くんでしょ?」

「魎呼のやつ、まだ何か隠してるからね」

 鷲羽はにやりと笑い、ドアの方にあごをしゃくった。

「あの子、根が正直なもんで、顔に出てるじゃないの。まかせなさい。きっと秘密をあばいてやるから」

 科学的命題を見いだした時と同様の笑いが鷲羽のかたほおに浮かんだ。


 さて、スクランブル・ワープをかけて亜空間の中をさまよっていた天地、いや魎皇鬼がワープ・アウトしたのは、ちょうど太陽系から800パーセクほど離れたちゆういきだった。

「……魎皇鬼」

 初めてスクランブル・ワープを体験した天地は頭を振ってあたりを見回した。

「俺、宇宙が消えちゃったのかと思ったよ」

 大変素朴な感想を述べ、天地はスクリーンに映る見知らぬ宙域をめずらしそうにながめた。

「ここ、どこなんだ? 青蘭とかいう海賊船は?」

「みゃみゃ~」

 魎皇鬼が鳴き、火美猛が答えた。

「知らないそうであります」

「知らない?」

 おうむ返しに問いかけ、天地はぼうぜんとした。

「知らないって、どういうことなんだ?」

ひようはともかく、来たことのない宙域なのでデータがないそうです。青蘭の反応はありません」

「来たことがない……」

 天地は不安げに繰り返し、あることに思い至ってはっとした。

「阿座化、火美猛。お前たち魎皇鬼の言葉が分かるのか?」

「学習しました」

「学習しました」

 二体のガーディアンが同時にハモッた。

「魎皇鬼の鳴き声は短縮言語になっております。すなわち、みゃ、の高低、イントネーション、語尾変化、音の長短など、微妙な変化の中に高度の情報が圧縮されているのです」

「ほんとか?」

 天地はにわかに信じ難く、疑わしげに問い返した。

「我々は協力してパターン分析を行いました。通常の言語にほんやくすることも出来ますが、どうも樹雷語や天地殿の話す日本語などにへんかんすると、短縮言語の利点が失われ、しやべりにくくなるようです」

「ちょっと喋ってみましょうか」

 阿座化は相棒の火美猛に、本体上部についている宝玉のてんめつで目配せを送ると、ひとつせきばらいして喋り出した。

「みゃ? みゃみゃん、みゃん?」

「みゃ~!」

 魎皇鬼がうれしそうに答え、天地はまゆを寄せたまま、向かい合って額のほうぎよくと本体上部の宝玉を点滅させているクリスタル魎皇鬼と阿座化を見つめた。

「今のは、魎皇鬼殿こんにちは、あなたの好きな食べ物は何ですか? あなたは一日にどれぐらいそれを食べますか、と聞いたのです」

 天地がぽかんと口を開けたまま火美猛を見返すと、火美猛は続けてこう答えた。

「魎皇鬼はニンジン、それも柾木神社の裏手の畑で取れたニンジンが大好きで、ほんとはクローンさいばいはビタミン値が低下してくるし、歯ざわりもいまいちだから好きじゃないけど、でもせっかく鷲羽ちゃんが気を使ってつけてくれたんだから、文句を言う程じゃないし、あればあるだけ食べるよ、エネルギーとしては微々たるもんだけどね、と答えました」

…………

 天地は今度こそ本当に絶句してクリスタル魎皇鬼とガーディアンたちを見比べた。

「ほんとに……あの短い会話の中にそれだけの内容がまってたのか?」

「魎皇鬼の圧縮度にはまだまだ追いつけませぬ」

 魎皇鬼語を喋った阿座化が申し訳なさそうに答えると、火美猛も付け加えた。

「魎皇鬼の言葉は重層的にいくつものイメージ情報が重なっているのであります。例えばさっきのように船のコンピュータとして座標をたずねると致しますね。すると、三次元立体図に現在位置と手近の星系、それぞれの距離、りのサーヴィス・ステーション、現在の航行速度、方向やさらには名所旧跡などが、相手の言語ちゆうすうに重層的にとうえいされるのです。魎呼との間ではもっと圧縮された、高度な情報のやりとりがあるのでしょう。我々も一種の情報処理機関ですが、基本的には通常言語、つまり時間じくに沿って展開される思考形態にしばられていますので、これぐらいがせいぜいでありますね」

「つまり……なんだ、頭のなかで魎皇鬼がいっぱい……同時に喋っているようなもんか?」

 天地はこのように高度な情報学的議論などしたことがなかったので、まどいをおぼえながら聞き返した。

「さすがは天地殿。その通りです」

 あきらかにおせじと思われる返答があり、四人……正確には天地とクリスタル魎皇鬼と二体のガーディアンは黙り込んでしまった。

「ともかく青蘭はいたようです」

「今のところ危険はありません」

 我に返ったようにガーディアンたちが言い、スクリーンの方に向き直った。

 魎皇鬼はゆっくりと未知の宙域を航行している。

 と、右手遠方にキラキラとまたたくものが見えた。

「星……のはずはないか」

 天地が目をらすと、ガーディアンたちも動きを止めた。

わくせいステーションのように見えますね」

「もっと近づいてみましょう」

 近づくにつれ、キラキラ瞬くものの正体、いやようがはっきりと見えてきた。

 大きさは、今は亡きの船、そうじやぐらいある。

 全体は重層的なフォルムを持っており、それぞれ重なり合ったウイングは無数の照明で縁取りされ、ここが地球をはるか離れた宇宙空間だということをこうりよに入れなければ、暗黒に浮かぶ一輪の巨大なのようである。

 さらに、その巨大な薔薇の下部には巨大なリボンが結ばれ、そのリボンには次のような光文字が浮かび上がっているのであった。

「比類なき娯楽の殿堂! 快楽の園、夜の宮殿にようこそ」

 しびれるような快感と共に、天地の目には画数の多い漢字がはっきりと読み取れたが、そもそもその光文字自体も、光学的パターンがしようから脳細胞に至る過程で、快楽中枢を刺激するようへんかんされた情報そのものなのかもしれない。なら、天地のとなりでガーディアンたちが感にえない様子でささやき交わす樹雷語が耳に入ったからである。

「て、天地殿……」

 我に返った火美猛が、ゆっくりと回転する薔薇の方を向いたまま忙しく宝玉をてんめつさせた。

「これは……こんなものは聞いたことがありませぬ。いったい誰が、何のために……」

 その時だった。

「御一行様、ご案内~~」

 ブリッジにつややかな女の声が響き、巨大な薔薇の花びらの一部がゆっくりとめくれ上がった。