Part 01: 昭和59年 6月某日――。 大石: ……ふぅ、やれやれ。ようやく念願の年金生活を手に入れたってのに、私は何をやっているんでしょうねぇ……。 大石: とはいえ、今日得られた情報は期待以上でした。まぁ、これを「あの子」にも伝えるべきかどうかについては考えものですが……おや? 巴: っ……大石さん……。 大石: おや、これはこれは巴ちゃん……っと、警察庁の南井警部殿じゃないですか。今日はどういったご用件で、東京からこちらに? 巴: …………。 大石: んっふっふっ、聞くまでもありませんでしたね。……しかしあなたも、本当に真面目なお方だ。 大石: デートの暇もないほど忙しいと聞いていたのに、自ら足を運んでこられるとは……情報集めだったら部下たちを寄越せば、十分に事足りるのでは? 巴: いえ……残念ながら、私は先月をもって例の事件の捜査本部から外されてしまいました。部下たちもそれぞれ、別部署に再編されて……。 巴: ですから今日は、私用で訪れただけです。総務からも溜まりに溜まった年休を消化するよう、きつく注意されてしまいましたので。 大石: 私用で、こんな地方の病院を訪問ですか……?気晴らしならもっと他の場所があるでしょうに。 大石: ……もっとも、私も似たようなものですからね。あなたのことを笑えませんよ……んっふっふっ。 巴: ということは……大石さんも? 大石: おめおめと生き残ったジジィの自己満足ですよ。まったく、因果なものです。 大石: 刑事の職を退いて悠々自適に日々を送っていても、ちょっとした噂話を耳にしたらすぐ食いつきたくなってしまうんですからねぇ。 巴: ……。何か、有益な情報でもあったんですか? 大石: おや、相変わらず鋭いですね。……ですが、私はもう刑事ではありませんのでただでお渡しするわけにはいきませんよ。 大石: とはいえ、あなたが上長の名前入りで令状だのを鼻先に突きつけてきたのだとしたら、善良な市民としては従わざるを得ないのですが。 巴: まさか。大恩ある大石さんに対して、そのような真似などできるわけがありません。 巴: 国家の利益に関わるようなことならともかく、個人の欲求や意思で国家の権力を振りかざすなど公務員として絶対にあってはならないことです。 大石: 巴ちゃん……あなたは変わりませんねぇ。若い頃のあなたを知っている身としては、嬉しい思いで心があたたかくなりますよ。 大石: ですが……いえ、だからこそ私は巴ちゃんに引き際というものを先達のジジィとして説かせてもらいます。 大石: これ以上の深入りは、あなたの将来の展望に悪影響を及ぼす可能性が高い。……そろそろ、区切りをつけるべき頃合いでは? 巴: えぇ……わかっています。自分自身のことを顧みない正義感は、結局どこかで無理を生み出し……他の方々に迷惑をかけてしまう。 巴: ですが……どうしても、諦めきれないんです。私は「あの時」、為すべきことを怠って……自分を信じてくれた人を裏切ってしまった。 巴: だから、せめて「彼女」の所在……あるいは消息だけでも知っておきたいんです。 大石: ……本当に、あなたは不器用な人ですね。偉くなってからも親父さんにそっくりだ。 大石: ところで、巴ちゃん。今日はこの後、オフだったりしますか?こちらに来られたのは、お車で? 巴: えっ? あ、いえ……自分の車は先週から車検に出しているので、最寄り駅からタクシーに乗ってきました。 巴: あと、ここを訪れるのは職務外ですから残っていた有休を消化して、全日の休みを……。 大石: んっふっふっふっ! 有休なんて使わなくても警察庁の広域捜査官の肩書きをお持ちなんですから、どうとでも言い訳がつくでしょうに。 大石: とはいえ……この場合、これ幸いというものです。巴ちゃん、ちょいとデートに付き合ってください。 巴: はぁっ? あの、言いたくはないのですがそれってセクハラに該当するものでは……? 大石: なっはっはっはっ!確かに、あなたが上役に報告でもしたら私は酷い目に遭いそうですね~。 大石: ただ……その代わりと言ってはなんですが、巴ちゃんには見返りをお渡しできると思います。 大石: たとえば、あなたがこの1年もの間探し回っている「かの人」にお会いできるとか……。 巴: なっ……?! 大石: もちろん、これは危険な綱渡りです。あなたが誰かに言った場合はもちろん、誰かに目撃されようものなら……。 大石: お互いの居場所、そして未来さえ奪われることにもつながりかねません。……それでも、ですか? 巴: はい……お願いします、大石さん……! 大石: 迷いもなく、即答ですか。……仕方ありませんねぇ。 大石: 私としては、かえってあなたの負担と心労が増えるだけなので……教えることについては正直さっきまで迷っていたんですが。 巴: お気遣い、ありがとうございます。……ですが、たとえどんなに厳しい現実であっても目を背けずにしっかりと受け止めなければいけない。 巴: それが、警察官として生きることを選択した私たちの使命だと思っています。 大石: ……わかりました。では、私の車に乗ってください。 ……今から1年前の、昭和58年6月。村祭りにおいて祭事を担当する巫女、古手梨花が拉致監禁されるという事件が起きた。 その犯行内容は実に稚拙であったため、犯人は現場に居合わせた警察官によって瞬く間に逮捕されたが……。 その翌日、火山性ガスによる#p未曾有#sみぞう#rの大災害……通称『#p雛見沢#sひなみざわ#r大災害』で犠牲者が出たことにより、不可解な事件として扱われることになった。 ……犯人の名前は、公由夏美。彼女が帰郷の際に引き起こしたというその事件は、明らかに常軌を逸した不可解なものだったが……。 彼女がマスコミを通じて政府に訴えかけようとしていた内容は、数日後の大災害の発生をほぼ正確に予言していて……それがさらに混迷を深めていた――。 夏美: 『巴さん! どうしてもあなたに、相談したいことがあるんです……!』 事件の直前、夏美さんは私の留守電にそんなメッセージを残していた。 切羽詰まったその様子に、すぐさま私は折り返しの電話を入れたのだが……。 時間を変え、日をまたいで何度かけ直しても自宅への番号は繋がらなかった。 巴: (どうして私は、夏美さんからの電話を取ることができなかったのか……) 別件で出払っていたとはいえ……あの時応対ができていれば、あるいは謎を追いかける必要はなかったかもしれない。 それが私にとって重い後悔となって、今もなお全身にのしかかっていた……。 Part 02: 巴: ……この施設に、夏美さんが? 大石: はい。少し前に担当の医師から聞いた話によると、現在は小康状態を保っているとのことです。 大石: 現在はケアと逃走防止を兼ねて、最上階の個室に「収容」されています。 巴: …………。 逃走の可能性を関係者に危惧されている……その事実だけで、夏美さんの置かれた現状を容易に推し量ることができる。 ……人里から遠く離れた、山の中の療養施設。ここでは主に身体上ではなく、精神的に傷を負った「特定条件」の患者が入院していた。 巴: あれから……もう、1年が経つんですね。 大石: えぇ。年を取ると、普段の時間の流れが速くなったように感じるとよく聞きますが……近頃はさらに、それを実感しますよ。 大石: で……巴ちゃん。例の事件の直前に公由夏美は、あなた宛に電話をかけていたんでしたよね? 巴: はい。私にかかってきた電話の留守電には、『#p雛見沢#sひなみざわ#rで研究開発を行う謎の組織が、何らかの恐ろしい陰謀を企てている』……。 巴: そういった内容のメッセージが、夏美さんの声で残されていました。 巴: ですが、結局……その内容の真偽、真意にさえ私たちは気づくことができなかった。 巴: そのせいで私は、多くの犠牲者を出したあの事故……いや、「事件」の発生を防ぐことができなかったのかもしれない……。 巴: それを思うと情けなくて、悔しくて……っ。 大石: ……巴ちゃん。私も、過去を悔いる思いはあなたと同じですよ。 大石: どうしてあの時、私は本来務めるべき役目を「彼」に代わってくれるよう頼んでしまったのか……自分の怠惰と軽率が、腹立たしいくらいです。 巴: ……大石さん。 努めて淡々とした口調ながらも、それがかえってにじみ出る激情を感じさせて……私は痛ましさを覚えずにはいられない。 #p綿流#sわたなが#rしの惨劇が起きた当日、大石さんは体調を崩してしまい……部下である熊谷刑事に拉致事件の現場検証を代わってもらったのだ。 その結果、部下の刑事は命を落とし……逆に彼は九死に一生を得ることとなった。 それを幸運だと捉えるような人ではない。だからこそ苦しみ、悩み……私と同じように過去を解き明かそうとしているのだろう。 大石: 無意味なことをしているとは、理解しています。たとえ真相を突き止めたとしても、喪われた命が戻ってくるわけではない。 大石: それでも……過去から目を背けるより、身体と頭が動かなくなるまで動き続けることで何かが得られるかもしれない。 大石: 結局のところ、私ってやつは骨の髄まで警察官なんでしょうね。そして巴ちゃん、あなたも……。 巴: ……大石さん。 そして私たちは施設に入り、窓口で面会の受付を取り付けてから職員の立ち会いの下で病室へ向かう。 鍵を開けて、中に入ると……すえたような臭いが鼻をつく。 思わずうっ、と顔をしかめてから人の気配を感じた私は、そこに目を向け――。 巴: ……っ……。 やつれて艶を失った、長い髪。その中に埋もれるような格好で「彼女」は、ベッドの上で膝を折り曲げて座っていた。 巴: 夏美さん……。 尻込みしそうになる気持ちを奮い立たせて、私は声をかけながら1歩、2歩と足を踏み出す。 夏美: …………。 少し人見知りするものの、話しかければ純朴な笑顔を返してくれた公由夏美は……もう、そこにはいない。 たとえるなら、魂を失った抜け殻……もはや生きる屍と言うに等しい様子だった。 巴: ……夏美さん。 もう一度、私は夏美さんに呼びかけるが……彼女は顔を上げるどころか、反応さえしない。 ただじっと、膝を胸の内に抱え込み……うつろな視線を虚空に向け、微動だにしなかった。 職員: こちらに入院して以来、ずっとあんな感じです。話しかけても、看護婦さんが身体に触れても……何も返そうとはしてきません。 巴: …………。 いったい夏美さんの身に、何が起きたというのだろう。そして彼女は、何を考えて……何をしたのだろうか。 自分の目ではなく、第三者を介した伝聞でしか状況を知り得ない私にはその真実をくみ取れず、ただそのはかない姿を見つめるしかなかった……。 Part 03: ……それは、夢だったのかもしれない。あるいは、辛い現実から逃げるために私が作り出した妄想だと言われても……否定できない。 ……でも、私は幸せだった。少なくとも何もかもが否定されるその瞬間までは、たとえようもないくらいに満ち足りていた。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ほらっ、起きて暁くん……!そろそろ本当に、危ない時間だよ……? 暁: っ……もう少しだけ、寝かせてくれ……。まだ……眠くて……。 暁: あと10分だけ……30分……2時間……。できれば、昼前まで……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: どんどん増えているじゃない!もう、暁くんってば……! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ほら、起きてよ暁くん!いい加減に起きないと、本当に遅れちゃうよ。出発前に、人と会う約束があるんだよね? 暁: 人と会う、……約束……。 暁: …………。 暁: って、そうだったあぁぁぁあっっ!! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: きゃあっ? 暁: な、夏美っ?今は何時……って、もうこんな時間っ?なんで起こしてくれなかったんだ?! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 何度も起こしたよ! 10分おきに声をかけたのに、そのたびに寝ぼけ眼で「あと少しだけ……」ってまた寝床にもぐり込んじゃって……! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 目覚まし時計だって何個も用意して、私が飛び起きるくらいにすごい音で鳴っているのに暁くんはずっと眠ったままだったんだから! 暁: っ、ご……ごめん、夏美。色々と準備したり手を打ったりしてくれていたのに、俺がだらしないせいでお前に面倒をかけて……! 暁: って、それどころじゃない!このままだと今から車を飛ばしても遅刻、大遅刻だ!うぅ、どうすれば……?! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……あははっ、大丈夫だよ。だってその時計、全部本来の時刻から1時間ほど早く設定してあるんだから♪ 暁: えっ……そ、そうなのか? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: だって暁くん、昨夜どころか早朝近くまで個展のオーナーに見せる絵を描き続けていたんだもの。きっと、起きるのが辛いんじゃないかなって。 暁: ……そっか。なんだ、びっくりしたぁ。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ごめんね、驚かせちゃって。こんなに効き目があるとは思っていなかったから……。 暁: いや……ありがとう、夏美。おかげでちゃんと目が覚めて、助かったよ。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 気にしないで。だって夫のフォローをすることは、その……妻としてのたしなみだもの。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 暁くんの力になれるんだったら、私はどんなことだってしてあげられるよ♪ 暁: 夏美……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: さぁ、起きて暁くん。朝食の準備はもうできているから、ねっ。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……そろそろ出発の時間だね。暁くん、忘れものはない?着替えは日数分、ちゃんと入っている? 暁: あぁ、大丈夫だ……って、夏美。修学旅行に出かける学生じゃないんだから、お袋みたいな言い方は止めてくれ。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: あははっ。でも、結婚してから気づいたんだけど暁くんって時々抜けているところがあるんだもの。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: だから妻であると同時に、母親としての視点も持っていたほうが役に立てるんじゃないかな……なんて、ねっ。 暁: っ……よく言うよ。つい数年前まで、俺が海外に渡航する時はいつも「寂しいよー」って泣いて、ぐずっていたくせに。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: あー、それを言う? それ言っちゃうっ?だったら私も、暁くんの恥ずかしい失敗の記憶をここでいくつか思い出させてあげるけどー?! 暁: そ、それは止めてくれ……!飛行機の中で落ち着いて眠れなくなるじゃないか! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: あはははっ。……じゃあ暁くん、気をつけて行ってきてね。 暁: あぁ……ごめん。またしばらくの間、寂しい思いをさせて。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 仕方ないよ。暁くんの活動拠点は海外で、私も自分の仕事があるから……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: でも、今回の個展が成功すれば……当分は日本で過ごすことができるんだよね? 暁: うん。そうしたら、少し長い休みを取ってどこかに旅行にでも出かけよう。おいしいものでも食べて、温泉に入って……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ついでに、次の新作のモチーフを探す……?先に言っておくけど、メインがどっちなのか今度こそ忘れないようにしてよね。 暁: っ……この前の休みは、本当に悪かった。予想外にいい場所を見つけて、つい……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ふふっ……冗談だよ。あの時描いた絵が今回の個展に繋がって、むしろ結果オーライじゃない。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: それに私は、絵画のことになると誰よりも熱心で夢中になれる暁くんが大好きで……一緒にいたいと心から願ったんだもの。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: だから私は不満もないし、後悔もしていない。あなたと結婚できて、世界で一番幸せだよ……。 暁: ……。残念だけど夏美は、二番目だ。だって一番は、ここにいる俺なんだから……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……ありがとう、暁くん。私は――。 …………。 夏美: ……せ、だよ。あき……く……。 巴: っ……夏美さん……。 力なく微笑むその顔が悲しくて、切なくて……私は思わず、胸元をきゅっと掴む。 彼女が見ているものは、現実ではない幻想か。あるいは、それとも異なるもうひとつの……。 本人ではない私には、それが何かわからない。わからないから……話を、聞きたかった。 それがもう、叶わないかもしれない願いであったとしても……。 夏美: ……ず、取り戻……から……。だから、……っていて、……ら、くん……。