Part 01: 菜央(私服): 『林原大サーカス、子ども向け体験ツアー』? 圭一(私服): あぁ。子どもを対象にサーカス団の裏側を見せる……というか、体験をしてもらうといった企画らしい。 美雪(私服): 林原大サーカスって、そういうことやってたの?!いいなぁ、私も参加したかったなー! 圭一(私服): いや、今回新たに企画されたものだそうだ。先日にトラブルの埋め合わせとして、魅音が素人ながら上手くやってくれただろ? 圭一(私服): で、興行先の現地の子どもたちにそういった体験をしてもらって、もっとサーカスを知ってもらうのはどうだろう、って話が出たんだってさ。 圭一(私服): とりあえず、まずは試しにモニターに体験してもらって色々意見を聞きたいってケイジに相談されたんだよ。 菜央(私服): ……ケイジさんって、あれよね。お化粧すると前原さんそっくりの――。 菜央(私服): ストレスがたまって逃げ出して、散々迷惑をかけてくれたピエロの人よね。 一穂(私服): な、菜央ちゃん?! 菜央(私服): 事実じゃない。おかげで前原さんや魅音さんは散々な目にあったし、一穂と美雪は#p興宮#sおきのみや#r中を走り回させられたんだから。 菜央(私服): それに、そんな悠長なことをしてる暇があるの?ピエロ1人いなくなっただけでパニックになるくらいサーカスの内部は、今ガタガタになってるんでしょ? 圭一(私服): ガタガタの今だから、立て直しと一緒に新しいことを始めるんだとよ。 美雪(私服): 一度ルーチン化したものを変えるのは大変だからね。変えるなら立て直している間こそ、っていうのはその通りだと思うよ。 美雪(私服): それで、前原くんが菜央に声をかけた理由は? 圭一(私服): 菜央ちゃんだったら、素直な感想や問題点をはっきり言ってくれると思ったからな。 一穂(私服): その理由だったら、沙都子ちゃんや梨花ちゃんでもよさそうな気がするけど……。 圭一(私服): あと、菜央ちゃんがいいんじゃないかって言い出したのは、詩音なんだよ。 菜央(私服): 詩音さんが? 圭一(私服): あぁ。なんでも菜央ちゃんはサーカスを見てる時、楽しそうに見えなかったらしくてさ。 圭一(私服): だから、梨花ちゃんや沙都子よりそういう子の意見の方を聞いた方が参考になるんじゃないか、って。 一穂(私服): 菜央ちゃん……サーカス、楽しくなかったの? 菜央(私服): 当たり前じゃない。あんなトラブルがあった後だもの、楽しむ気になんてなれなかったわ。 美雪(私服): あー、じゃあ……。 菜央(私服): ……いいわ。やってあげる。 一穂(私服): えっ?! 圭一(私服): い、いいのか? 菜央(私服): ただし、あたしは梨花や沙都子みたいに優しくないわよ。呼ぶなら覚悟することね、ってケイジさんに伝えて頂戴。 圭一(私服): ……わかった、そう伝えとく。 Part 02: 菜央(サーカス): 鳳谷菜央です。本日は、よろしくお願いします。 ケイジ: よろしくお願いします……あの、その服は? 菜央(サーカス): それっぽいの、自分で作って用意してきたの。……この服がダメなら、着替えてきますけど。 ケイジ: そうか……いや、いいと思う。 一穂(私服): やっぱり、ケイジさんって前原くんに似てるよね? 美雪(私服): だねー。化粧落とすとそこまででもなかったけど。なんだろう……骨格が似てるのかな? 圭一(私服): …………。 ケイジ: え、えっと……。 菜央(サーカス): 色々と聞いてると思うけど、前原さんは立ち会い。そっちの2人は見学よ。 美雪(私服): はーい、見学その1です!ちびっこじゃないけど、サーカスの裏側を見たいので! 一穂(私服): わ、私も……見たいのでっ! 菜央(サーカス): そう言って、あたしを見張りに来たんでしょう?……心配しなくても、引き受けたからにはちゃんと仕事するわよ。……まったく。 ケイジ: えっ、と……? 圭一(私服): き、気にするなって!これでも菜央ちゃん、緊張しているんだよ! 菜央(サーカス): 緊張してないわ。大丈夫よ。 ケイジ: えっと……じゃあ、はじめるか。テントの裏手に回ろう。 ケイジ: ここでは、サーカスに出演する動物たちが普段過ごしているんだよ。 圭一(私服): おぉ……でけぇ動物の檻がたくさんあるな~。 ホワイトライオン: ぐるるる……っ! 一穂(私服): わっ! 美雪(私服): っと、危ない。珍しいお客さんが来て、ライオンもびっくりしたみたいだね。 菜央(サーカス): ……檻が密集して、歩道が狭い。一穂みたいに急に吠えられた子が驚いて、転びかねない……。 菜央(サーカス): 舞台裏の動物を見せるなら、安全性に欠けてるわ。 ケイジ: そ、そうだな。通路の確保……と、動物たちに会わせるのは、動物たちが落ち着いている飯の後とかにしよう。 圭一(私服): …………。 ケイジ: ここが、サーカス用の道具を保管している場所だ。舞台に立つメイン級はそれぞれの道具があるけど、ここには見習いの子たちが使う練習用があって……。 菜央(サーカス): この人が入れる大きさの箱って、手品の大道具よね?……見せたらまずいんじゃないの。トリックが全部わかっちゃうでしょ。 一穂(私服): え? 見ただけだと全然わからないけど……? 菜央(サーカス): 中に入ったり近づけば、変だってわかるでしょ。そうでなくとも子どもが潜り込んだら危ないじゃない。 美雪(私服): んー、近づかなければいいんじゃない? 菜央(サーカス): ツアーの対象年齢は子どもだって言ってたじゃない。近づかないで、って言って素直に聞く子ばかりだと思う?こういう大道具は見せることすら避けたほうがいいわ。 ケイジ: でも、こういう大道具を間近で見られた方が特別なツアーって感じがすると思うんだが……。 菜央(サーカス): 手品のタネを外で言いふらされたらどうするのよ。困るのはサーカスの方でしょう? ケイジ: そ、そうだな……ツアーの時は見せても問題ない道具だけを見せることにする。 圭一(私服): …………。 ケイジ: じゃあ、次は実際にサーカスの演目を色々と体験をしてもらおうと思うんだが。その、ナイフ投げとかはどう……? 菜央(サーカス): 事故さえ起きなければいいと思います……事故さえ、起きなければ。 ケイジ: も、もちろんそのつもりだ!じゃあ、道具取ってくるから待っててくれ……! 美雪(私服): おー、足速い。さすがはサーカス団員。 菜央(サーカス): じゃあ、戻ってくるまで休憩かしら。 一穂(私服): あの、えっと……菜央ちゃん……。 圭一(私服): なぁ、菜央ちゃん。俺の気のせいかもしれないんだが。 圭一(私服): 何か、怒ってないか……? 菜央(サーカス): …………。 Part 03: 菜央(サーカス): ……むしろ、怒らない前原さんたちの方が変じゃない。 菜央(サーカス): 前原さんに魅音さん、みんなもあんな大変な目に遭わされたのに……謝られただけであっさり許しちゃうなんて。 一穂(私服): な、菜央ちゃん……? 菜央(サーカス): ……わかってるわよ。あたしは前原さんたちと違って、直接迷惑をかけられたわけじゃない。 菜央(サーカス): 怒る権利なんて、ないって……でも……。 美雪(私服): んー……菜央はみんながケイジさんを許してるってことに、納得がいかないんだね。 美雪(私服): けど……みんなは本当に、あっさり許したのかな? 菜央(サーカス): ……? どういうこと? 美雪(私服): 例えば、ケイジさんが自分じゃなくて動物たちを檻から脱走させて怪我人続出! 美雪(私服): ……みたいなことになってたら、前原くんはどう思う? 圭一(私服): えっ? そ、そうだな……さすがにそうなってたら、今みたいにケイジとは仲良くはできなかったかもな。 菜央(サーカス): 状況が違ったら、許せなかったってこと? 圭一(私服): あぁ。それに……俺はともかく、ケイジの繋ぎで舞台に立った魅音がトラブルで大怪我をしたりしていたら。 圭一(私服): うん……やっぱり、ケイジと友達にはなれなかったと思う。 菜央(サーカス): ……魅音さんも、そうなのかしら。 美雪(私服): 魅音の場合は、前原くんが大怪我してたら……かな?いや、他の誰かが怪我しても怒ってたかもね。 菜央(サーカス): …………。 一穂(私服): もしかして菜央ちゃん……みんなの代わりに、怒ってたの? 菜央(サーカス): 言ったでしょ……あたしに怒る権利はないわ。 圭一(私服): 権利があるとかないとか……いや、その辺り、ちゃんと言っておくべきだったな。 圭一(私服): ごめんな菜央ちゃん、心配かけて……。でも、俺たちは大丈夫だ。……だからもう、俺たちのために怒らなくていい。 菜央(サーカス): …………。 菜央(サーカス): 前原さんが謝らないで……わかってるわ。ちゃんとするわ。ケイジさんへの態度は改める。 一穂(私服): な、菜央ちゃん……。 菜央(サーカス): ……なんで一穂が泣きそうになってるのよ。あたしが勝手にモヤモヤしてイライラしてただけじゃない。 菜央(サーカス): でも、聞いてもらってよかったわ……ちゃんと心が整理できて、すっきりした。 菜央(サーカス): ……ごめんなさい。ありがとう。 ケイジ: おーい、道具持ってきたぞ。 菜央(サーカス): おかえりなさい、ケイジさん。 ケイジ: ……? あ、えっと……ナイフ投げ体験、初めていいか? 菜央(サーカス): えぇ、もちろん。 ケイジ: まずは手本を見せる……それっ。 美雪(私服): おお、ど真ん中に命中! 菜央(サーカス): これも何かトリックがあるの?ま、いいわ……とりあえずやってみるわ。 菜央(サーカス): えいっ! 一穂(私服): あ、あれっ? 菜央(サーカス): アレ……? 全然飛ばない……?えいっ! やぁっ! 美雪(私服): おぅ、的にすら届いてない。 菜央(サーカス): ……これ、意外に難しいわね。簡単に当たるようになる仕掛けとかないの? ケイジ: ない。 菜央(サーカス): ……何かあるのかと思ってたけど。 ケイジ: これに関しては、技術を磨くしかない。 菜央(サーカス): そう……タネも仕掛けもなにもないのね。サーカスなんてそういうものしかないと思ってた。 菜央(サーカス): ……うん。全然当たらないしそれどころか飛ばないけど。練習重ねるしかないってわかったら、楽しくなってきたわ。 圭一(私服): 頑張れ、菜央ちゃん! 菜央(サーカス): えぇっ! 菜央(サーカス): そーれっ! 菜央(サーカス): はぁ、はぁ、はぁ……。 美雪(私服): すごいよ、菜央!結構命中するようになったね~! 菜央(サーカス): それでも的中率は低いわ……もっと練習したら、いけるかしら。 圭一(私服): 菜央ちゃんなら、きっと人間に向けてナイフ投げられるくらいになれるぜ! 圭一(私服): よし、それくらい上手くなったら俺が的役をやってやるよ! 菜央(サーカス): 言ったわね。じゃあその時が来たらお願いするわ。 圭一(私服): 任せろ! あー、菜央ちゃん見てたら俺もやってみたくなったな! 圭一(私服): なぁケイジ、次は俺にナイフ投げやらせてくれよ! ケイジ: もちろん。 圭一(私服): よぉし! 一穂(私服): 頑張って前原くん。 菜央(サーカス): ふぅ……。 美雪(私服): お疲れ、菜央。楽しかった? 菜央(サーカス): えぇ……今、わかったわ。あたしがサーカスを楽しめてなかった理由。 美雪(私服): ん? 菜央(サーカス): あたし、サーカスってどうせ全部にタネや仕掛けがあるものだって。 菜央(サーカス): 確かにタネや仕掛けがあるものだってある……。でも……少なくともナイフ投げを成功させるのに必要なのは、タネでも仕掛けでもなく、努力と練習の積み重ねだけ。 菜央(サーカス): あたし、サーカスそのものを誤解してたのかも……かも。 ケイジ: ……そうか。楽しんでくれたならよかった。けど、1つだけ言わせてくれ。 ケイジ: タネや仕掛けがあっても……悟らせないように振る舞うのは、それはそれで努力と練習のたまものなんだ。 菜央(サーカス): ……そうね。確かにその通りだわ。 菜央(サーカス): サーカスが努力と練習を楽しむものなら……最初から楽しむ気のなかったあたしが、楽しめなかったのは当然ね。 菜央(サーカス): 思い込むと目が曇るって……いつかお母さんが言ってたけど。それは正しかったわね。 ケイジ: いや、楽しめなかったのはやっぱり僕たちサーカス団……楽しませる側の力不足もあると思う。 ケイジ: いや、それ以前に僕は友達にその……色々と、本当に色々と迷惑をかけたことだし……。 菜央(サーカス): ……それについて、あたしがどうこう言う権利はないわ。 菜央(サーカス): あたしが言えるのは、今回のサーカスツアーが楽しかったってことだけよ。 ケイジ: じゃあ、この企画は上手くいくと思うか? 菜央(サーカス): でも、やっぱり改良点はたくさんあると思うわ。 ケイジ: ……改善するように、努力する。だから、今回みたいにまた意見を聞かせて欲しい。 菜央(サーカス): えぇ、いいわよ。 圭一(私服): お、おおおおおっ!命中! ど真ん中命中したぞっ?! 一穂(私服): えっ? 圭一(私服): ……もしかして、誰も見てなかったのか? 美雪(私服): ごめん。 圭一(私服): くそっ、せっかく頑張ったのに……!見てろ! もっかい命中させるから! ケイジ: あぁ、今そっち行く! 美雪(私服): せっかくの勇姿、かぶりつきで見せてもらうかな~。 菜央(サーカス): ……ふふっ。 一穂(私服): 菜央ちゃん? 菜央(サーカス): なんでもないわ……なんだか、穴から抜け出せたみたいな気分。 一穂(私服): 穴? 菜央(サーカス): えぇ、あたしが勝手に落ちて、勝手にもがいてジタバタ苦しんでた……そういう身勝手な穴のフチから。 一穂(私服): 確かに、菜央ちゃんに怒る権利はないかもしれないけど……。 一穂(私服): でも、人のために怒れる菜央ちゃんが、私は好きだよ。だってそれは、菜央ちゃんの優しさだと思うから。 菜央(サーカス): さぁ、それはどうかしら。でも……そう言ってくれて、ありがと。一穂。 菜央(サーカス): さ、前原さんの腕を見せてもらいましょう。 圭一(私服): なんかすごいプレッシャーかけられた気がする……?! 一穂(私服): が、頑張ってーっ!