Part 01: 微睡の誘惑にうっかり身をゆだねそうになった私は、背後に人の気配を感じてはっ、と目覚めて振り返る。 すると、ずらりと本棚が立ち並ぶ中に先輩刑事の大石さんがにこやかに笑いながら立っているのが視界に映った。 大石: ……おや、やっぱり気づかれましたか。ちょいとイタズラ心がわいて、足音を忍ばせて近づいてみたんですが。 大石: やはり身体を鍛えている方は、動物的な感覚も磨かれたりするんですかねぇ……んっふっふっふっ。 赤坂: はは……からかわないでください、大石さん。 ほっと胸をなでおろしながらも、緊張が緩んでいた自分の心構えを内心で叱咤する。 万一の用心のため、扉が開いた音と気配で起きるつもりでいたのに……老練の彼が相手とはいえ、ここまで背後への接近を許してしまうとは恥ずかしい。 赤坂: (最近は道場通いができていないせいで、少したるんでいるのかもしれない。……休暇中とはいえ、気を引き締めないと) そんなことを考えながら私は、机の上に所狭しと広げていた数多のファイルを閉じ、2つの山に積み上げた。 大石: ほぅ……ずいぶんと資料を集めてきたもんですねぇ。まさかこれ全部、目を通されたんですか? 赤坂: はい。こっちの方は一通り。残りは、明け方までに読んでおきたいと考えています。 大石: 残りって言っても、あと2冊じゃないですか。県警本部の資料室を借りたい、とおっしゃるのでとりあえず担当者につなぎはしましたが……。 大石: まさか、たった1日で関連資料をそれだけたくさんお読みになるとはねぇ。いやいや、すごい集中力ですよ。 赤坂: 何日もご許可を取り次いでいただくのは、大石さんにご迷惑が掛かってしまいますし。 赤坂: それに一度読み始めると、つい止まらなくなってしまって……はは。 大石: なっはっはっはっ!だからすごい集中力だって言ったんですよ。 大石: 私なんて、そのファイル1冊と格闘するだけで1日が終わってしまう体たらくなんですからね~。 赤坂: またまた、ご謙遜を。これらのファイルのほとんどは、以前大石さんが主導になってまとめられたものとお聞きしました。 赤坂: 本当に……すごいと思います。内容を拝見しているだけで、まるで#p雛見沢#sひなみざわ#rの様子がこの場にいながら頭の中に浮かんでくるほどですよ。 大石: ……なっはっはっはっ。結局真相が闇の中のままでは、どれだけの力作でもむなしい自己満足の産物ってやつです。 赤坂: 大石さん……。 大石: ……あぁ、すみません。どうも年を取ると、愚痴っぽくなって見苦しいったらありませんねぇ。 大石: それで……赤坂さん。その中に何か気になるものとか、あなたのお目に引っかかるような資料とかはありましたか? 赤坂: あ、はい。……もっともそれは、大石さんたちがすでにご存じで捜査も済ませたことかもしれませんが。 大石: なっはっはっはっ、買い被らないでください。あんまり過大評価が過ぎると、豚が木の上に登っちゃいますって。 大石: ……それに、無我夢中で追い続けたからこそうっかり足元に落ちていたものを見落としてしまう。そういうミスは、よくあることです。 大石: ですから、第三者であるあなたのご意見を聞けば何か新たな発見があるかもしれないと、少しばかり期待しているんですよ。 赤坂: ……なるほど。 大石: というわけで、どうぞ遠慮なくおっしゃってください。私もそれをもとに思い出したり、考え直したりができて大助かりってやつなんですからね~。んっふっふっふっ! 赤坂: わかりました。では……。 先輩刑事にそこまで言ってもらえることに多少の面映ゆさを感じながら、私は読み終えたファイルのひとつを手に取る。 そして、付箋を挟んでいたページを広げると……そこには人の良さげな男性の写真がクリップで止められ、彼に関する情報がその下に記されてあった。 赤坂: 公由稔。『雛見沢大災害』が起きた昭和58年に、病に倒れた当時の村長……いえ町会長の喜一郎氏に代わって、公由家頭首の代行を務めることになった。 赤坂: 彼は、雛見沢・#p興宮#sおきのみや#r出身ではない人物ながら喜一郎氏の娘である香苗江氏を妻に迎えたことで公由家に入り……その後、2人の子どもができた。 赤坂: ひとりは長男の怜くんで、『大災害』発生当時は中学2年生。 赤坂: そしてもうひとりは、長女の一穂ちゃん。彼女は満年齢で当時5歳……と、ここに書かれている通りで間違いありませんよね? 大石: はい、その通りです。……それが何か? 赤坂: …………。 赤坂: 大石さん。これは私の勘違い、あるいは思い込みでそう記憶している可能性も否定できませんが……。 一穂: 『…………』 赤坂: ……私は、彼女と会っています。昭和58年6月の、あの日の前日に雛見沢で……。 大石: ふむ……? まぁ、公由一穂の両親は興宮在住ながら雛見沢にも来ることが多かったので、5歳とはいえ近隣の雛見沢で見かけてもおかしくはないと思います。 大石: ひとりで村を訪れたとは思いませんので、おそらく父か母、あるいは両方に連れられてやってきたのでしょうね。 赤坂: ……。違うんです、大石さん。 赤坂: 私は、確かに公由一穂と名乗る少女と出会った。だけどその子は明らかに中学生くらいの女の子でした。 赤坂: そしてこの資料を見る限り、公由家に「一穂」という女性は5歳の幼女ただひとりだけ。……これはどういうことなんでしょう? 大石: ……赤坂さん。 赤坂: 大石さん……あの日を覚えていますか?#p綿流#sわたなが#rしの日の翌日、私は雛見沢の郊外で倒れていたところをあなたに発見してもらった……。 大石: それは……もちろんですよ。気絶した古手絢花を、あなたは大事そうに抱えておられましたよね。 赤坂: ……あの後、病院で何が起きたのかよく覚えていないと言いましたが……すみません。ひとつだけ、嘘をつきました。 赤坂: 私は……私たちは、彼女に助けられたんです。公由一穂と名乗る少女に。 Part 02: ……#p雛見沢#sひなみざわ#rのことを思い出したのは、ほとんど偶然のようなものだ。 ……5年前。病院の転落事故で妊娠中の妻と腹の子を亡くした私にとって、妊婦というのはある意味鬼門だった。 ……ただ、とある偶然の機会に妊婦の方と関わることがあった。 道中、困った妊婦にほんのささやかな手助けを行い、感謝され、満足感を得た直後――。 亡くなった妻と子へ思いを馳せて胸が苦しくなり……その延長で、古手梨花の忠告を思い出したのだ。 『東京へ帰れ』……そう告げた彼女の忠告通り帰っていたら、今頃どうなっていただろう。 妻と子は、今も生きていただろうか? 生きていれば今年で5歳になる娘は、どんなふうに成長しただろうか。 そんな夢想とともに今の雛見沢をなんとなく手慰み気分で調べた時……私は想像もしていなかった現実に直面した。 古手梨花が私と出会った翌年に失踪し、遠縁の親戚がその代理についていたのだ。 ……その事実に行きついたのが、#p綿流#sわたなが#rしの直前。 だから私は、以前から心配してくれていた同僚の勧めもあり……久しぶりに休暇を取って雛見沢へ向かうことにした。 といっても、詳しく調べるつもりはなかった。あくまで、今の雛見沢はどうなっているのか……それだけが知りたくて。 …………。 そう……だからちょっと立ち寄るだけで、さっさと帰るはずでいたのだ。 赤坂: なっ……?! ちょうど演舞が終わったと思われる時刻……ようやく古手神社に到着した私を出迎えたのはあちこちに転がる死体と、むせ返るような血の臭い。 ……そして。 村人: 死ねぇええええええええええ!!!! 赤坂: くっ! 凶器を片手に、恐ろしく狂気を宿らせた容貌で私を殺そうとする村人たち……! 彼らを押しのけ、振り払いながら……頭の中は困惑でいっぱいだった。 赤坂: (なぜ……何が起こったっ?なんでこんなことになった?!) 迷っている間も、彼らの凶行は止まらない。私を殺そうと、次々に襲い掛かってくる……! 赤坂: (いったい、どうしてこんなことに……?!) ……私は、逃げた。とにかく惨劇の場から離れようと、逃げ続けた。 事態の収拾、なんて真似ができるはずもなかった。圧倒的に人数的に不利な状況では、囲まれる前に逃げる他できることなどなかったからだ。 それに凶器を手にしているとはいえ、相手は一般人。無理はしたくない。傷つけたくない。殺したくない。 だから、逃げて、逃げて、逃げて――。 赤坂: はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……! 気がつけば、山の中の草むらの中で力を使い果たし……情けなくへたりこんでいた。 久しぶりに全力疾走したツケは大きく、肺がひどく痛み……全身からは汗が噴き出ている。 どれだけ、走り続けたかわからない。気づけば月は空の真上に辿り着いている。 ただ、どこへ逃げればいいのか。どこまで逃げればいいのか。 わからない……なにも、わからない。 ……と、そんな時。かさり、と背後から音がして。 一穂: …………。 ――木々の隙間の向こうの、幽鬼と目が合った。 赤坂: ――ッ……!! 少女の形を取っているが、静かな佇まいでも隠せない……威圧感。 かつて肉食獣に出会った知人は言っていた。出会った瞬間に終わりを強制的に理解させられた、と。 歴戦の猛者が積み上げた研鑽が、あらゆる努力がすべてムダだったと思わせる……圧倒的な力量の存在感。 他者の話の中にしか存在しなかった、絶対的な威圧感――。 その全てが、今……あの小さな少女の中に、見えた気がした。 赤坂: ……っ……! どうする……? 逃げ惑い疲弊しきった身体は、とっさに反応しきれない。逃げることすらできない! あぁだめだ、間に合わない!殺される! その斧で頭をかち割られる! あぁぁあぁ、わかっている!わかっていても、動けない!どんなに自分を奮い立たせようとしてもッ!! そんな、どうしようもない未来の向こうに――亡き妻の姿が見えて。 少女: 美雪ちゃんの、お父さん……? 幽鬼が、呟きと同時に……少女へと姿を変えた。 赤坂: え……? 彼女は獲物を手にした腕をぶらりと下げたまま、猫のように音もなく近づき……地面に膝をつき私の顔を覗き込む。 少女: …………。 幽鬼ほどの恐ろしさはなくなったとはいえ、その姿には依然猛獣のごとき威圧感があり……。 一歩間違えれば喉元を食いちぎられる恐怖を、私はひしひしとその身に感じていた。 少女: …………。 凍り付きながらも、動けない私をまじまじと観察した少女は……ゆっくりとした動作で離れていく。 そのおかげで……ようやく私は、凍り付いたようにこわばった身体を、少しだけ動かすことができた。 赤坂: き、君は……? 一穂: 公由一穂、です。美雪ちゃんの……友達の。 赤坂: え……? そう言い残して、一穂と名乗った彼女はもといた木々の間へ戻ったかと思うと……同じくらいの年齢の少女を抱えて戻ってくる。そして、 赤坂: その子が着てるの……巫女服かい?もしかして、どこか怪我を……?! 一穂: 怪我はありませんが、気絶しています。今の私は、彼女を連れて逃げられません……だから。 まるで宝石でも渡すような恭しい手つきで、少女は巫女を私へと差し出しながら……彼女は言った。 一穂: ……絢花さんを、助けてあげてください。 Part 03: 初老の村人声: があああっ! 中年女性の村人声: ぅぁ、あっ……! 老人の村人の声: があっ! 背後から、人の悲鳴が聞こえる。叫び声が聞こえる。血が噴き出す音が聞こえる。 ……そして。 一穂: あは。 一穂: あは、あはは……。 一穂: あはははははははは!!!! 背後から響く、けたたましい笑い声。 赤坂: ……っ……! 全ての音を耳にしながら、私は両手で抱えた巫女服の少女を抱え直した。 ……再出発の前、一穂と名乗った少女と約束した。 一穂: 『この道をまっすぐ進めば、村の外に出られます』 赤坂: 『し……しかし、村の人たちがこっち側にもいる可能性は……?』 一穂: はい……きっと鉢合わせになると思います。 一穂: だから、絢花さんを守ってください。あなたたちの背後は、私が守ります。 赤坂: ……この子は絢花って言うのかい?でも、守るって……。 一穂: 言ったそのままの通りです。その代わり……ひとつだけ、お願いしてもいいですか? 一穂: 何が聞こえても……決して、振り返らないでください。 一穂: あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!! 人の悲鳴。断末魔。……それらをかき消す、楽しげな笑い声。 私は、それが聞こえないフリをする。何が起こっているのか知りながら……気づいているのに、振り返らない。 でも……本当は、振り返りたい。 背後で笑う少女が、こちらに殺意を向けていないか、確かめたい。 私の両手は塞がり、背中は無防備だ。殺そうと思えば、背後の少女は一撃で私を殺せる。 だから、振り返りたい!その顔を見て、違うと安心したい! 赤坂: ……ッ……! ……その衝動をかろうじて堪えられたのは、腕の中の少女の存在。そして……。 「美雪の友達」という、彼女の言葉だった。 美雪は、その名前は……妻の腹の中で妻とともに旅立ってしまった、生まれることの出来なかった私の、大切な娘の……ッ。 どれだけ歩いたのか。 襲いかかってくる村人が現れなくなった後……ふいに、背後で足音が止まる。そして、 一穂: ……赤坂さん。私は、ここまでです。 赤坂: えっ? 一穂: 振り返らないで! 反射的に傾きかけた首を、慌てて前に戻す。 一穂: このまま、まっすぐ進んで……絢花さんと逃げてください。 赤坂: 君は? 一穂: 私は……戻らなくちゃいけないんです。 赤坂: 戻るって、そんな……?! 一穂: 振り返らないでくれて……ありがとうございました。 抗議の言葉は、静かなお礼の声に遮られた。 一穂: 振り返らないでって言ったのは……見られたくなかったんです。 一穂: 人を殺すなんて悲しいことなのに……そうでなくちゃいけないのに。 一穂: なんだか、だんだん……そう……はい……だんだん、だんだんなんですけど……ちょっとずつ……ちょっとずつ……。 一穂: ……楽しく、なって……きちゃったんです。 一穂: 今、私がどんな顔をしてるか……わかりますか? 一穂: 私……今、知りたくないですけど……自分の表情が、わかっちゃうんです。 一穂: でも、こんな顔……見られたくない……。特に、美雪ちゃんのお父さんには。 一穂: だから振り返るな、なんてお願いしたんです……ごめんなさい。 謝る少女の声は、泣きそうだった……いや、すでに泣いていたかもしれない。 振り返らなかった私には、確認しようがないけれど。 公由一穂が、自分と腕の中の少女をどれほど守りたいと思っているか。 その瞬間、私はようやく……ようやく、信じることができた。 一穂: 振り返らないでくれて……ありがとう。背中を任せてくれて……ありがとう。 一穂: ――走って! 赤坂: そのまま、私は走り続け……気づいたら大石さんに発見されて、病院に。 大石: それが、#p雛見沢#sひなみざわ#rに向かってから私が見つけるまでの空白の時間の正体……あの日の真実、なんですか? 赤坂: 真実、と呼んでもいいのかはわかりません。でも少なくとも、私が見たものはこれが全てです。 大石: 目が覚めた古手絢花と、赤坂さんが病室で揉めたと小耳に挟みましたが、もしかして……。 赤坂: えぇ、公由一穂のことで……少し。 大石: 古手絢花が、目が覚めた時に誰かを探している様子だったと聞きましたが……探していたのは赤坂さんではなかったんですか? 赤坂: おそらく、公由一穂を探していたのだと思います。でも、私が何度聞いても彼女は何も覚えていない、公由一穂なんて知らないの一点張りで……。 大石: なるほど。揉めた理由はそれですか。 赤坂: ……。私には、とても何も知らないようには見えませんでした。 赤坂: まるで……誰かに公由一穂のことは知らぬ存ぜぬで押し通せと、あらかじめ指示されていたかのような……。 赤坂: ……もしくは、守ろうとしていたのかもしれません。その存在を否定することが、どうして公由一穂を守ることに繋がるのかは、まったくわかりませんが。 赤坂: とは言え、あんな女の子に強い口調で詰め寄ってしまったことはよくなかった……絢花さんには、申し訳ないことをしました。 大石: …………。 赤坂: ですから、彼女に聞くのは諦めてこうして公由一穂のことを調べていたのですが……調べれば調べるほど、わからなくなってきて。 大石: それは……はは、確かに誰にも言えませんね。他の科の医者が来てしまう。 赤坂: ……大石さん。私は……私と妻は、女の子が生まれたら妻の名前を一文字もらって、美雪って……名付けようとしてたんです。 大石: あなたから聞きました……亡くなった子は、女の子だったとも。 赤坂: あの子は、私を美雪ちゃんのお父さんと呼びました。それは、どういうことだったんでしょう? 赤坂: それが知りたくて、ずっと考えて……考えて……。 赤坂: ……あの子はもしかして、無事に生まれたら美雪の友達になってくれる子だったんじゃないか。そう……思ってしまって。 大石: ふむ、友達……ですか。ただの偶然なんでしょうけど、確かに公由一穂は赤坂さんの娘さんと同い年だったようですしね。 赤坂: はい。だからもしも、私が間違えなかったら……娘が無事に生まれて、元気に育って、あの「公由一穂」と友達になったかもしれない。 赤坂: そう思って……だから。 赤坂: 自分が、気持ち悪くなってきたんです。 大石: はい……? 赤坂: 私はかつて、梨花ちゃんの言葉を信じなかったせいで妻と娘を殺してしまいました。 赤坂: なのに、生まれてくることすらできなかった……守れなかった娘の、友達を名乗る子に救われた。 赤坂: そんな……自分に都合のいい夢じゃないですか。 赤坂: そう思ったら、今まで以上に自分が情けない存在に思えてきて……。 大石: ……赤坂さん。そもそも、奥様が亡くなったのは単なる事故で赤坂さんが殺したのではない、という前提を忘れてますよ。それに……。 大石: 都合のいい夢でも、いいじゃあないですか。 赤坂: ぇ……? 大石: 少なくとも、赤坂さんがそんな夢を見たとして、いったい全体誰が困るって言うんです? 赤坂: それは……。 大石: それにですねぇ、自分にとって都合のいい夢……と言うには、ちょっと不都合がありませんか? 赤坂: 不都合? 大石: よく考えてみてくださいよ、赤坂さん。 大石: 娘さんの友達に助けられた……よりも、娘さん本人に助けられた……の、方が都合がよくないですか? 大石: 私がお涙頂戴の三流感動話の作者ならそうします。……だって、そっちの方がずっと座りがいい。三流話ってことは、誰もが納得できるってことですから。 大石: もちろん誰もが、の中には私もあなたも含められますけどね。 赤坂: それは……そうかも、しれません。 大石: でしょう? だから現れたのが娘さんではなく、娘さんの友達だったということは……。 大石: あなたを助けた公由一穂って子は、どこかの世界で無事に生まれ育った赤坂さんの娘さんの……お友達かもしれません。 大石: まぁ、公由一穂本人とは限りませんし偽名は使ってるかもしれませんけどね!んっふっふっふ! 赤坂: …………。 大石: それと、救われたって赤坂さんは何度も言ってますけど……救いって、不思議なものでしてね。 大石: 自分が救ったつもりで、逆に救われるということはよくある話です。 赤坂: 若い子に教えているつもりで、教えられることが多々あるように……ですか? 大石: えぇ。ですから、赤坂さんを救うことでその子も何か、救われたんじゃないでしょうか。 大石: だから、そんなに負い目に思うことはないんじゃないかと……私は、そう思いますよ。 赤坂: ……そう思っても、いいんでしょうか。梨花ちゃんも、妻も娘も、公由一穂も救えなかったのに。 大石: 私は、それでいいと思います。 大石: 救えなかった人は救われてはいけないなんて、そんなの……寂しすぎやしませんかね。 赤坂: …………。 赤坂: ありがとうございます、大石さん。 赤坂: 妻と子も梨花ちゃんも救えなかったことで、少し……自暴自棄になっていたかもしれません。 赤坂: もう一度、調べてみようと思います。私を救ってくれた、娘の友達のためにも。 大石: その方が、前向きでずっといいと思います。微力ながら、お手伝いさせてもらえませんか? 赤坂: こちらこそお願いしたい……どうか、よろしくお願いします。 一穂(私服): ……ぅ……? 菜央(私服): 一穂、やっと起きたの? 美雪(私服): お昼食べてすぐ寝ちゃったけど、昨日あんまり寝られなかった? 一穂(私服): …………。 美雪(私服): 一穂? 一穂(私服): ……あのね、ゆめ……見たの。えっ、と……よく、覚えてないんだけど……。 一穂(私服): 美雪ちゃんのお父さんを助けて、あー……よかったなーって思った……夢? 菜央(私服): なによ、その夢。あんた美雪のお父さんに会ったことないでしょ? 一穂(私服): ぁ……えっ、と……そのはず、なんだけど……うん……うぅん……? 美雪(私服): そっか、お父さん助けてくれたんだね。ありがとう、一穂。 一穂(私服): ぅん……美雪ちゃん、喜んでくれるかなって。思っ……て……それ、で……。 美雪(私服): うんうん、すっごく嬉しいよ。だから、まだ眠いならもうちょっと寝ときな? 一穂(私服): うん……ごめん、ね……いっつも……ありが……とぅ。 一穂(私服): すぅ……すぅ……。 菜央(私服): 本当、すぐ寝ちゃったわね。 菜央(私服): にしても、一穂ってば美雪のお父さんを助ける夢って……どういう夢を見たのかしら? 美雪(私服): さぁ……昨日見た映画にでも影響されたのかも?けど、悲しい夢じゃないならそれでいいよ。 美雪(私服): だって……ほら。こんなに気持ちよさそうに寝てるんだし。 菜央(私服): ……それもそうね。 一穂(私服): むにゃ……。 美雪(私服): もうちょっとだけ、おやすみ……一穂。