Prologue: ……その老樹は、人目のつかない村はずれの山奥にひっそりと立っていた。 今は冬。にもかかわらずその樹の周囲には雪が降り積もった気配がなく、まるで季節が止まったかのように見えなくもない。 そして、かなりの齢を重ねた装いながらも根はしっかりと大地を掴み、太く逞しい幹はどこか神々しい光を放っている。 ただ、そんな老樹の存在は村人たちの間でもごく僅かの者にしか知られていない。ゆえに普段であれば、そこを訪れる人間は皆無……。 しかしその夜、その樹の前には……ひとりの「少女」の姿があった。 羽入(冬服): あぅあぅ……。 羽入(冬服): うぅ~……。 羽入(冬服): ふぅ……。 彼女は老樹を前に、何度も行ったり来たりを繰り返していたが……やがて意を決したように立ち止まると、大きく息を吸って……吐く。 そして、何か心を決めたように顔を上げると、闇の静けさを打ち破るように老樹に向かって呼びかけていった。 羽入(冬服): たのもう~~……なのです。 羽入(冬服): …………。 だが、その場には「少女」の姿しかなく……当然のように返事をする者などいない。 それでも彼女は、さらに声を張り上げていった。 羽入(冬服): そ、その……今日は折り入って、相談したいことがあって来たのですよー。 羽入(冬服): この通り、お願いですから……話を聞いて欲しいのです……! 羽入(冬服): …………。 羽入(冬服): たーむらっひめーのみーこーとー!おっねがっい、きーいーてーっ! 羽入(冬服): …………。 羽入(冬服): あぅあぅ……なるほど。人がこれほどまでに頭を下げて頼んでも、頑なに無視をするのですか……。 羽入(冬服): わかりましたのです。だったら、こちらにもそれなりの態度というものがあるのですよ。 羽入(冬服): すぅ……。 羽入(冬服): よく聞くのですよー!お前は完全に、包囲されているのです! 羽入(冬服): 居るのはこの周辺に漂う波動の気配で、すでに把握済みなのです!観念して、とっとと出てくるのですよー! 羽入(冬服): …………。 羽入(冬服): ……ふむ、そうですか。まだ、聞こえないフリを続けるつもりなのですか。 羽入(冬服): 神様のくせに、礼儀知らずなやつなのですよ。わかりました、わかりましたのですよ。 羽入(冬服): これだけは言うのを控えてやろうと思っていたのですが、致し方ないのです。……こほんっ。 羽入(冬服): おーい、はき続けてくたびれたパンツのゴムみたいにキレやすい自称「女神」さまー! 羽入(冬服): あと、ナリナリと語尾につけていかにも偉そうな化石語で喋る、会話能力ゼロのロリババぁ――。 田村媛命: 『きっ……きききき、貴様ぁぁっ!もう一度言ってみる#p也#sなり#rやぁぁぁ!!』 その叫びとともに、どこからともなく無数の光の粒が老樹のもとに集まって――。 次の瞬間、和服姿の何者かが突如として出現するや、向かい合う「少女」の胸倉をむんずっ! と掴んで凄んでみせた。 田村媛命: 貴様っ! 長きに渡ってこの地を治めし神である我輩に向かってなんたる侮辱、なんたる不遜ッ! 許し難き#p哉#sかな#rっっ!! 田村媛命: 今すぐそこになおるがいい、この痴れ者がっ!宿縁の関係に決着をつけてやる也やぁぁ!! 田村媛命: はぁっ……はぁっ……げほっ、ごほっ……! 羽入(冬服): あぅあぅ……最初から素直に出てきていれば、僕も余計なことを言わずにすんだのですよ。 羽入(冬服): だいたい、聞こえているくせに無視をして居留守を使うなど、神としての自覚が足りないのですよー。 田村媛命: き、貴様がそれを言う哉っ? 田村媛命: 神としての立場と職務を捨て、ヒトの社会でゆったりまったり過ごすぐーたら神の貴様がぁぁあぁっ?! 羽入(冬服): あぅあぅ、わかったのです。いい加減落ち着くのですよ、#p田村媛#sたむらひめ#r命。 羽入(冬服): あまり怒ると、その一応見かけだけ若い顔にしわが増えてしまうのです。 田村媛命: ぶぶぶ、無礼者っっ!しわなど、僅かなりとも存在するはずも無きもの也やぁぁぁ!! 田村媛命: 誅す! もう絶対に、滅す!!この大和の地を治める力の全てを費やして、貴様を葬り去ってやる哉ぁぁぁ!! 羽入(冬服): あぅあぅ。そうやって興奮されていては、いつになっても話ができないのですよ。 田村媛命: 誰のせいでこーなっていると思う也やぁぁ!! 羽入(冬服): もしかして……僕のせいなのですか? 田村媛命: この場に貴様の他、誰がいる哉っっ!! 羽入(冬服): ……何を人間みたいなことを言っているのです。田村媛命、あなたの目にはこの「世界」に存在する数多の意思を感じているはずなのですよ。 羽入(冬服): この周囲にも、意思のある「ヒトならざるもの」は存在します。ですから、僕たちだけという表現は些か的が外れていると……。 田村媛命: えぇい、話をすり替えるな!我輩をおちょくりに来たと言うなら疾く疾く去れ!さもなくばくたばれ、今すぐにッッ!! 田村媛命: 貴様の相手をしているだけで、角の民の血を引く種ひとつふたつの滅びを願ってしまいそうになる也やっ! 羽入(冬服): あまつさえ憎さ余って、無関係の生物にまで八つ当たりをするつもりなのですか?……神は神でも、#p禍神#sまがつかみ#rか疫病神のたぐいなのです。 田村媛命: あー、よかろう!宣戦布告込みのいちゃもん、確かに受け取った!!今こそ最終戦争、神々の黄昏を始める哉ッッ!! 羽入(冬服): ……という冗談は、さて置きまして。 田村媛命: 冗談っ? どこからが冗談と申す也や?!少なくとも我輩は、最初から最後まで本気っ――。 羽入(冬服): あぅあぅ……申し訳ないのです、田村媛命。久しぶりに会いに来たせいで、つい調子に乗りすぎてしまったのですよ。 羽入(冬服): 不快な思いをさせてしまったのなら、謝るのです。ごめんなさいなのですよ。 田村媛命: む……ど、どういう風の吹き回し也や?以前であれば、ここで殴り合いに発展してもごく自然な流れであったであろうに……? 田村媛命: そう殊勝に頭を下げられては、我輩もこれ以上剣呑な態度を続けられぬ哉……。 羽入(冬服): (あぅあぅ……だって、ここで下手に出ないといつまでも本題に入れませんのですよ) 田村媛命: ……今、何か胸の内で呟かなかった也や? 羽入(冬服): いえ、別に。何も呟いても、考えてもいないのですよー。 田村媛命: ……まぁ、よい哉。我輩も罵り合いをこれ以上続けるのは、神の身でも疲れを覚える故。 田村媛命: で……? 貴様……ではなく、そなたはいったい何の用があってここを訪れた也や? 羽入(冬服): あぅあぅ……話を聞いてくれるのですか? 田村媛命: #p然#sしか#rり。我輩は寛容と公平を重んずる神故、来る者は拒まぬ姿勢哉。 田村媛命: そもそも闇夜の時間に、不倶戴天の敵にも等しいそなたがわざわざ我輩のもとにくるなど、余程の用があるのではない也や……? 羽入(冬服): …………。 田村媛命: いけ好かぬ相手ではあれど、頼ってくる者を分け隔てするようでは器の程が知れるというもの哉。 田村媛命: 神である我輩の、大海原の如き心の広さに感謝するが善きと知り給え。 羽入(冬服): (単純で助かるのです……) 田村媛命: ……また何か、妙なことを考えた也や? 羽入(冬服): あぅあぅ……田村媛命。実は断腸の思いで、渋々ここにやってきたのは他でもないのです。あなたの力を借りたかったからなのですよ。 田村媛命: ……。先ほどのことといい、およそ神に頼みごとをするとは思えない無礼な物言いは業腹極まりないところではあるが……。 田村媛命: まあ良い。我輩は心の広い神ゆえ、とりあえず聞くだけは聞いてやる哉。 羽入(冬服): ありがとうなのですよ……あぅあぅ。 田村媛命: ……それで角の民の長は、どのように我輩の力を借りたいと望む也や? 羽入(冬服): 実は……。 舞: ……っ……? 佐祐理: ……? どうしたの舞、急に立ち止まって。 舞: ……。この感覚……あの時と似てる……。でも……まさか……? Part 01:               ……夢。             夢を見ている。              毎日見る夢。            終わりのない夢。            みんなの笑う声。              その声が、     だんだん遠くなっていくような気がして――。 美雪(冬服): おーい。 哀しくて。 美雪(冬服): 朝~、朝だよ~。 寂しくて。 美雪(冬服): 朝ごはんを食べて、学校行くよ~。 だから、朝ごはんを食べて学校へ――。 一穂(冬服): 朝……ごはん……? 美雪(冬服): あ、やっと起きたか。 一穂(冬服): 朝ごはんは、どこ……? 美雪(冬服): おぅ、まだ寝ぼけてる……?ここは学校だよ。そして今は、放課後。 一穂(冬服): ……学校? 放課後……? 美雪(冬服): まったく……一穂ってば、午後に入ってから豪快に寝倒してたねー。 美雪(冬服): 今日は知恵先生の都合で自習になってたけど、そうじゃなかったら見つかって大目玉だったよ。 一穂(冬服): ご……ごめんなさい……。 一穂(冬服): (……そっか。じゃあ、さっきのは夢……?) といっても、どんな内容の夢だったのかははっきりと思い出すことができない。 とりあえず、私は大きく腕を伸ばしながら首を左右に振り、それからあくびとともに眠気を振り払ってから美雪ちゃんに顔を戻した。 美雪(冬服): お、やっと意識が地球に帰ってきたみたいだね。もしかして昨夜、あんまり眠れなかったの? 一穂(冬服): そ、そういうわけじゃないと思うけど……お弁当を食べてから、急に眠くなっちゃって。 美雪(冬服): お腹いっぱい食べたからじゃない?けど、真っすぐ前を向いたまま寝るなんて一穂、意外なところで器用だよねー。 一穂(冬服): うぅ……恥ずかしい……。あ、でも放課後ってことは、今から部活が始まるってこと? 美雪(冬服): いや、それがわかんないんだよね。さっき魅音が校長先生に呼ばれて、職員室に行っちゃったからさ。 一穂(冬服): 職員室……って、何かあったの? 美雪(冬服): んー、なんでも魅音宛てに郵便物が届いてる、って言ってたね。 沙都子(冬服): ……妙ですわね。怪しげなニオイをぷんぷん感じますわ。 梨花(冬服): みー。確かに郵便物だったら、普通は園崎の家に直接送られるはずなのですよ。 羽入(冬服): それが、学校に送られてきたということは……誰かのトラップだったりするかもなのです。 梨花(冬服): ……じー……。 沙都子(冬服): っ……い、言っておきますが私は、そんなものを送りつけたりしていませんわよっ? 美雪(冬服): いやいや、そんなことは誰も疑ってないよ。なのに、自分から言い出すってのは……んん~? 梨花(冬服): みー、怪しさ大爆発なのです。早速取調室に連行して、問答無用で反省室に叩き込むのですよ。 沙都子(冬服): ひっ……ひいいぃぃいぃっ?そ、それだけはご勘弁くださいませっ! 沙都子(冬服): 他の誰かにならまだしも、梨花に疑われて濡れ衣を着せられるなんて私……心が砕けてしまいましてよっ?! 梨花(冬服): みー? 冗談のつもりだったのですが……どうしたのですか、沙都子? 沙都子(冬服): ……っ……? 梨花(冬服): 言い方がまずかったのだったら、ごめんなさいなのです。ボクは沙都子のことを決して疑ったりはしないのですよ。 沙都子(冬服): あ、いえ……梨花にそう謝られるほどでは……あれ? 沙都子(冬服): 私……どうしてあんなにも大げさに反応してしまったんですの……? 美雪(冬服): いや……私に聞かれてもさ。何か悪い夢か、TVドラマでも見た影響じゃない?さっきの一穂みたいにね。 一穂(冬服): わ……私は別に、夢を見てたわけじゃないんだけど……、っ? 思わず反論をしようとして……私は口をつぐむ。美雪ちゃんが手を上げながら、改まった表情で小さく首を横に振ってみせるのが見えたからだ。 一穂(冬服): (深く突っ込まない方がいいってことだよね。でも……沙都子ちゃん、どうしたんだろう?) さっきのやり取りを思い返してみても、いつものように軽い冗談交じりの内容だった。梨花ちゃんにだって、悪意はなかったと思う。 なにより、過剰な反応を見せてしまった沙都子ちゃん本人が戸惑った顔をしているので、私たちはフォローもできず口をつぐむしかなかった。 菜央(冬服): ……まぁ、いずれにしても魅音さんが帰ってきたら、何が届いたのか聞いてみることにしましょう。 レナ(冬服): あははは、そうだね。ただの郵便物だって可能性もあるんだし、難しく考える必要はないんじゃないかな、かな? 一穂(冬服): ……うん。そうだね。 さりげなく場の空気を変えてくれた2人に心の内でそっと感謝しながら、私は教室の外に目を向ける。 と、ちょうどその時戻ってきた魅音さんの姿が廊下との窓ガラス越しに見えた。 魅音(冬服): あ、みんな待っていてくれたんだね。ちょうどよかったよ。 一穂(冬服): ……? どういうこと、魅音さん? 魅音(冬服): いや、実は……職員室に私宛で、こんな郵便物が届いていたんだけどさ。 そう言って魅音さんは、手にしていた封筒の中身を取り出して机の上に広げてみせた。 美雪(冬服): これって……もしかして、電車の切符? 魅音(冬服): うん。しかもご丁寧に、往復で8人分ね。 沙都子(冬服): 8人……? ということは、まさにここにいる全員分ということになりますわね。 魅音(冬服): それと、あとは手紙が1通だね。……私が読むから、聞いてくれる? 一同にぐるりと目を向けてから、魅音さんは軽く咳払いをする。私たちもまた、聞き逃すまいと耳をそばだてた。 魅音(冬服): 『あなた方の集落で出没している「魔物」が、最近私たちの町にも出現するようになった』 魅音(冬服): 『ついては「魔物」について情報交換したく、わが街までお越し願いたい』 魅音(冬服): ……以上。 梨花(冬服): ……それだけ、ですか?差出人の名前とかは? 魅音(冬服): いや、これだけ。消印も運ばれている時に濡れちゃったのか、にじんでよくわからないんだよ。 一穂(冬服): …………。 美雪(冬服): ちなみに、手紙にある「魔物」っていうのは……『ツクヤミ』のことだよね? 菜央(冬服): 『ツクヤミ』が他の町にも現れるなんてちょっと……ううん、かなり気になるわ。 沙都子(冬服): とはいえ、差出人の名前もないだなんてやはり胡散臭い感じがしますわ。 一穂(冬服): で……でも、ただのいたずらだとしたらわざわざ8人分の切符を同封するなんて手の込んだことをしないんじゃないかな……? 魅音(冬服): うん……私もそう思ったんだ。だから、みんなの意見も聞きたいと思ってさ。 菜央(冬服): 沙都子の言うように、胡散臭いところは確かにあるけど……『ツクヤミ』が出るのが本当だったら、放っておけないかも……かも。 レナ(冬服): うん、レナも菜央ちゃんに賛成だよ。もし本当に困っているんだったら、力になってあげたほうがいいんじゃないかな……かな? 美雪(冬服): それに、うまくいけば『ツクヤミ』についての何か新しい情報が手に入れられるかもしれないしね。 美雪(冬服): まして、往復の切符まであるんだからとりあえず行ってみても損はないんじゃない? 一穂(冬服): わ、私はみんなが行くなら……。 魅音(冬服): とりあえず、賛成は今のところ4人か。……梨花ちゃんはどう? 梨花(冬服): みー、ボクも行って確かめるほうがいいと思うのですよ。ただ……。 魅音(冬服): ……ただ? 梨花(冬服): ……ごめんなさいなのです。ボクと羽入は……ここを離れられない用事があるのですよ。 梨花(冬服): だから、ボクたちだけは……。 羽入(冬服): あぅあぅ、わかりましたのです。そういうことでしたら、みんなでお出かけするのですよ~。 梨花(冬服): ……みみっ?! 羽入(冬服): もちろん梨花も、一緒に行くのです。これは決定事項なのですよ~。 梨花(冬服): ちょ……ちょっと、羽入!!あなた、何を言って――?! 魅音(冬服): オッケー、決まりだね。沙都子はどうする? 沙都子(冬服): もちろん、梨花が行くのでしたら私も行きますわ。 沙都子(冬服): それに、全員で遠出をするのも遠足みたいでなんだか楽しそうですしね。 魅音(冬服): ……うん、わかった。そういうことなら、8人全員で行くってことでいいね? 魅音(冬服): んじゃ、いつ行くかを決めちゃわないと――。 梨花(冬服): は……羽入、こっちへ来て! 羽入(冬服): どうしたのですか、梨花?今から日程を――。 梨花(冬服): いいから、来なさいっ!! 羽入(冬服): あぅあぅ~~……。 一穂(冬服): ……? どうしたんだろう、2人とも……? Part 02: 梨花(冬服): ……はぁ、ここなら話をしても大丈夫ね。 羽入(冬服): あぅあぅ……どうしたのですか、梨花。急にこんなところにまで連れてきて。 梨花(冬服): ……とぼけないで。私が何を言いたいか、わかっているでしょう? 梨花(冬服): あんた……以前、言っていたわよね。自分は#p雛見沢#sひなみざわ#rを離れることはできない、って。だから私、今回の話も断ろうとしたのよ。 羽入(冬服): …………。 梨花(冬服): それを、当人であるあんたがあんなふうに安請け合いするだなんて……!いったい、どういうつもりなの? 羽入(冬服): あ……あぅあぅ……そんな怖い顔で怒らないでくださいなのですよ。 羽入(冬服): 今まで黙っていたことは、謝ります。とにかく、順を追ってお話をしますので……ひとまず落ち着いてくださいなのです。 梨花(冬服): ……まず、説明してちょうだい。雛見沢を出る手段を見つけたから、魅音の話に乗ったってことはすぐに推察できるけど……。 梨花(冬服): そもそも、今までだったら雛見沢をすすんで出ようと考えなかったあんたが、どうして今回は出ようと考えたのよ? 羽入(冬服): それは、……。 梨花(冬服): ひょっとして……私がことある毎に雛見沢を出るのを断っていたから、それに気を遣ったってこと? だったら……。 羽入(冬服): もちろん、それも理由としてあるのです。……ですがそれ以上に、現在の僕たちの状況に変化を加えることも必要だと考えたのですよ。 梨花(冬服): 状況の変化、ですって……? 羽入(冬服): はいなのです。ここ最近、雛見沢ではおかしなことが色々と起こっている……。 羽入(冬服): そのことは、梨花も以前話していましたし理解もしていますよね? 梨花(冬服): ……えぇ、もちろんよ。 羽入(冬服): ですから、僕たちが雛見沢を出られないという制約があったままでは、不測の事態が起こった時に行動の選択を制限される恐れがあります。 羽入(冬服): そう考えた僕は、覚悟を決めて断腸の思いであの口うるさいクソ神に――。 梨花(冬服): ……クソ神? 羽入(冬服): あぅあぅ……じゃなかったのです。えっと、古くからこの地に存在する神――#p田村媛#sたむらひめ#r命に相談に行ったのですよ。 梨花(冬服): 田村媛命……以前、ちらっとあんたから聞いたことがあったわね。確か、羽入とあまり仲が良くない神様だったっけ? 羽入(冬服): 仲が良くない、なんてものではないのです!あんにゃろうは僕にとって、何よりの敵!ともに天を戴くことのない邪神なのですよー! 梨花(冬服): まぁ……ひとまず、そういうことでいいわ。にしても、そういう神が雛見沢にいたって話は村のどの文献にも載っていなかったわね……。 梨花(冬服): どうして田村媛命の話は、この村に祀られたり記録や伝承として残っていたりしなかったの?その辺りについて、若干違和感があるんだけど。 羽入(冬服): …………。 梨花(冬服): ? なによ羽入、私の顔を黙って見つめて……何か言いたいことでもあるの? 羽入(冬服): いえ、なんでもないのです。……田村媛命については、いずれ別の機会にでも経緯などについて説明をさせてもらうのですよ。 羽入(冬服): とにかく話を戻すと、少し前に僕は田村媛命に会いに行きました。たとえ一時的にでも、僕がこの雛見沢を離れる方法はないものか、と……。 田村媛命: ……なるほど。事情については、理解した#p也#sなり#rや。 田村媛命: それを受けて、この地を離れる方法を会得したいということか……ふーむ……。 羽入(冬服): あぅあぅ……田村媛命。もしあなたに何か、いい案があるのであれば力を貸してほしいのですよ。 羽入(冬服): 僕に対しての嫌悪、憎悪は甘んじて受けるのです。だけど雛見沢の人たち、なによりも梨花に対してはその矛先を向けることなく、情けの心を……。 田村媛命: ……見くびること勿れ、角の民の長よ。先ほども申した通り、そなたに対する積年の想いとヒトに向ける神としての矜持は別物也や。 田村媛命: この雛見沢で起きていることを知りたいという願いは、我輩とて同じこと。ここは一時休戦としてともに案ずるべき#p哉#sかな#r。 羽入(冬服): ……ありがとうなのですよ、あぅあぅ。 田村媛命: さて、先ほどの質問に対する答え也や。そなたがこの地を離れる手が有りや、無しやと問われれば……「有り」と答えることが可能哉。 羽入(冬服): えっ……ほ、本当なのですか?! 田村媛命: #p然#sしか#rり。神である我輩に嘘や虚言は無き也や。 田村媛命: とはいえ……それは非常に繊細な方法哉。まずは心して臨むべきものと知り給え。 羽入(冬服): 繊細でも、盆栽でもいいのです!とにかく教えて欲しいのですよー! 田村媛命: ……そのような言い回しを用いるとはそなた、ずいぶんと俗物の文化に染まった也や。 田村媛命: まぁ、良き哉。では羽入、そなたは『ぽけべる』なるものを存じている也や? 羽入(冬服): 『ポケベル』……?それは確か、電話をかけることで遠隔の相手を呼び出すための機械のこと……ですよね? 田村媛命: 然り。……なるほど、この「世界」においてもやはり存在していた哉。それは重畳也や。 羽入(冬服): あぅあぅ。診療所の入江が使っているところを何度か見たので、一応は知っているのです。 羽入(冬服): というより、そんな「ハイテク」の名を骨董品頭のあなたの口から聞くことの方が、僕としては驚きなのですよ。 田村媛命: ……次にさような口を利かば、その時点で協力の話はおしまいにする哉。 羽入(冬服): あぅあぅ、ごめんなさいなのです。つい、心の声がぽろっとこぼれてしまって……。 田村媛命: それはそれで腹が立つが……まぁよい。ならば、その『ぽけべる』がどのような理屈で信号を送っているかは知っている也や? 羽入(冬服): えっと……詳しいことはわからないのです。 田村媛命: では、偉大なる神である我輩が教えてやる哉。しかと傾注して解説を聞き給え。 田村媛命: 『ぽけべる』とは、各地に点在する中継器を介して電波を送り……その呼びかけに応えた端末に情報を送る優れモノとのこと也や。 田村媛命: つまり、情報を最小単位として変換し……受け取る側の端末にて再構成することを可能とした道具のこと哉。 羽入(冬服): あぅあぅ、情報を……再構成……? 田村媛命: そういうこと也や。つまり『ぽけべる』の手段を応用することで、そなたという存在を構成する情報を、遠隔地に送ることは可能とも考えられる哉。 羽入(冬服): ???……あぅあぅ、言っている意味がさっぱり分からないのですよー。 羽入(冬服): つまり、僕を細かく砕いて……そのカケラを電波に乗せて送るということなのですかっ?ムチャクチャなのですよ、あぅあぅあぅっ! 田村媛命: 違うっ! まったく、察しの悪いやつ也や! 田村媛命: 聞き給え? 我輩はこの雛見沢だけでなく、大和の民が住まうあらゆる地に生息する霊樹へ情報を送ることが可能哉。 田村媛命: つまり、そなた自身を『波動』にて情報化することで、付近の老樹を中継し……存在を、遠隔地へと送り続ける……。 田村媛命: それによって、あたかも雛見沢の外に出たように存在させることもでき得るということ也や。 羽入(冬服): な……なんとっ!まだよくわからないのですが、そんな方法があったなんて、目からウロコなのですよ~! 田村媛命: ……本当にわかっておるのか、甚だ疑問哉。 羽入(冬服): 難しいことはさて置いて、とにかく可能であることが分かれば問題ないのですよ、あぅあぅ♪ 田村媛命: いや……ひとつ問題がある也や。 羽入(冬服): あぅあぅ……なんなのです? 田村媛命: 中継できる範囲には、限度があるゆえ……場合によっては移動の際に、中継する霊樹を切り替える必要が生ずることもある哉。 羽入(冬服): ……切り替えると、どうなるのです? 田村媛命: 切断された接続先を探し、近くの霊樹に再接続が行われるまでのわずかな間……そなたの実体が消えてしまう也や。 田村媛命: また、その際に激しい物理的な衝撃を受けると、接続が完全に切れて消滅する哉。 羽入(冬服): 消える……ですか……。 田村媛命: うむ。それだけではない也や。 羽入(冬服): ま、まだあるのですか? 田村媛命: 類似する『波動』が遠隔地にも存在すれば、最悪の場合混線することも考えられる哉。 田村媛命: それでも、その方法を取ると言うならば協力してやらんこともないが……如何する也や? 羽入(冬服): あぅあぅ……。 羽入(冬服): というわけで……この方法を使うことで、僕は雛見沢の外に出ることができるそうなのですよ~あぅあぅ♪ 梨花(冬服): ……。なんだか最後の方に、すごく重要な注意事項があったような気がするんだけど……。 羽入(冬服): あぅあぅ、もし接続が切れることがあってもほんの少し消えるくらいなので、そこまで大した問題ではないのですよー。 梨花(冬服): ……まぁ、いいわ。そういう方法があるんだったら、非常時に役に立つかどうか検証する必要があるしね。 梨花(冬服): 今回は試運転ってことで、とりあえずやってみることにしましょう。 羽入(冬服): あぅあぅ、心配ないのです。きっとうまくいくのですよ。 梨花(冬服): ……そうね。そうであってくれることを願っているわ……。 Part 03: そして、数日後――。いよいよ差出人不明の手紙に同封されていた切符の駅へと向かう日がやってきた。 魅音(冬服): おっ、感心感心。みんな、遠出する準備万端みたいだねー。 レナ(冬服): はぅ~寒さ対策も万全にしてきたよ~! 菜央(冬服): ほわぁ……! 今日のレナちゃんもすっごく可愛い~っ!写真を撮らなくちゃ! ポーズして、はいっ! レナ(冬服): は、はぅぅ……菜央ちゃん、まだ出発もしていないのに、早すぎるよ~。 一穂(冬服): あ、あははは……沙都子ちゃんも、ずいぶんと大荷物だね。 沙都子(冬服): 切符を調べると、行き先は雪国だそうなので。万一はぐれて遭難してしまった場合を考えて、非常食や毛布をたくさん持ってきましたわ。 美雪(冬服): あっはっは、用心深いなぁ。秘境の地じゃないんだから、大丈夫だって。 沙都子(冬服): あら、知らない土地では何があるかわかりませんのよ。 沙都子(冬服): 特に今回は、怪しいお誘い内容ですし……用心に越したことはないと思いますわ。 レナ(冬服): うん、そうだね。レナも沙都子ちゃんの言う通りだと思うよ。 レナ(冬服): ……はぅ、対照的に美雪ちゃんは身軽だね。荷物ってそれで全部なのかな、かな? 美雪(冬服): まーね。同じ日本には違いないんだから、言葉だって通じるし……困ったことがあっても、着替えさえあればなんとかなるって。 美雪(冬服): もし何かが不足しても、現地で買えば済む話だしねっ。 菜央(冬服): こっちはこっちで、たくましいかも……かも。 ……なんて、こんな軽口を叩き合うのも待ち受けるものに対する緊張感をほぐすため。さすがは部活メンバーといったところだろう。 魅音(冬服): さーてとっ。まずはここから大きな駅まで出て……乗り換えまで少し時間があるから、そこでお弁当を買うってことでいい? 一穂(冬服): お弁当……っ、さ、さんせーい!! 美雪(冬服): おぅ……ほんと一穂は、食べ物のことになると急に元気になるよねー。そう思わない、羽入? 羽入(冬服): …………。 美雪(冬服): 羽入……? おーい、聞いてる? 羽入(冬服): え? あ、あぅあぅ……。ごめんなさい、聞いていなかったのです! 美雪(冬服): んー、もしかして遠足気分でちょっと気分が浮わついてるって感じかい? 美雪(冬服): 一応、『ツクヤミ』が出るかもってところに行くんだから、心構えだけは万全で頼むよ。ねぇ、梨花ちゃん? 梨花(冬服): …………。 美雪(冬服): あの……梨花ちゃん? 梨花(冬服): え? あ、ごめんなさいなのです。何か言いましたか、美雪? 美雪(冬服): ……いや、別に……。 一穂(冬服): ……? そして私たちは電車に乗り、魅音さんが言ったように大きな駅で降りてお弁当を買い込み……。 万全の準備を整えてから、特急電車へと乗り込んだ。 幸い車内が空いていたので、自由席の向きを変えて4人席と6人席を隣同士で確保。 それから荷物を手分けして棚に乗せ、席に腰を落ち着けてから軽く息をつくとちょうど発車ベルの音が聞こえてきた。 魅音(冬服): おっ……動き出したよ。 レナ(冬服): はぅ……なんだか楽しそうだね、魅ぃちゃん。 魅音(冬服): そりゃまぁ、なんだかんだ言っても知らない町に行くわけだからねー。 魅音(冬服): しかも部活メンバー勢揃いでなんて、絶対楽しくなるに決まっているでしょ? レナ(冬服): あははは、確かに。みんなが一緒だと、何が待ち受けていたって怖いものなしだよ~♪ 一穂(冬服): おっ弁当~。おっ弁当~。 美雪(冬服): こらこら、一穂。発車したばかりでいきなりお弁当を広げようとするんじゃない。 菜央(冬服): ……そういえば、知ってる?車内販売のアイスクリームって、すっごく硬いそうよ。 一穂(冬服): えっ、アイスクリームもっ?! 美雪(冬服): いや、お弁当も食べてないのにデザートは気が早すぎるって。 沙都子(冬服): あの、皆さん。この先何が待ち構えているかわからないというのに、少し浮かれすぎじゃありませんこと? 沙都子(冬服): まぁ、もっとも……。 羽入(冬服): ……っ……! 梨花(冬服): ……っ……! 沙都子(冬服): こっちで座っている梨花と羽入さんは、さすがに気を張り過ぎだと思いますけどね……。 梨花(冬服): は、羽入……。もうすぐ、県境を越えるのです。覚悟はできましたですか? 羽入(冬服): は、はいなのです……!い、いつでも限界を超える覚悟はできているのですっ……! 沙都子(冬服): えっと……羽入さん、それに梨花も。宇宙にでも旅立つような気合の入りようですけど、さすがに力み過ぎじゃありませんの? 梨花(冬服): ……みー、ボクたちにとっては宇宙旅行に等しい挑戦と冒険の始まりなのですよ。 羽入(冬服): い、いざゆかん!未知の領域へ……なのです! 沙都子(冬服): な、なんだかわかりかねますが……浮かれて足元もおぼつかなくなるよりは良い、ということにしておきますわ。 やがて、列車はトンネルへと突入する。 ここを抜けると、隣の県の景色が窓の外に広がるはず……。 梨花(冬服): みー……い、いよいよなのです……! 羽入(冬服): は、はいなのですっ! 梨花(冬服): カウントダウン、開始っ!9、8、7、6、5、4……。 羽入(冬服): か……神様、どうかっ!! 梨花(冬服): いや、あんたが神様でしょ?! 羽入(冬服): あ、あぅあぅ、そうだったのです~! 美雪(冬服): なんか向こうで、大気圏離脱みたいな会話が繰り広げられてるんだけど……何やってるのかな? 一穂(冬服): さ、さぁ……? なんて話しながら顔を見合わせた私たちが、菜央ちゃんの「……ほっときましょ」という呆れ交じりの言葉に小首を傾げた、その時――。 梨花(冬服): …………。 羽入(冬服): ……っ……? 梨花(冬服): この景色……もしかして……越えた……? 羽入(冬服): やった……やったのです!成功したのですよ~!! 一穂(冬服): っ……え、えっと……?! 菜央(冬服): ちょっ……ど、どういうこと……?! そう言ってはしゃぎ、歓喜の表情で抱き合う梨花ちゃんと羽入ちゃんを、私たちは一様に顔を引きつらせて恐々と見つめる。 もちろん、トンネルひとつを越えただけでどうしてここまで大喜びするのか、という怪訝な思いもある……けど……。 なにより違和感を抱かずにいられなかったのは、彼女たち2人の……その……。 梨花(Kanon): やったのですよ、にぱー!これで一安心なのですよ、はにゅ……う……? 羽入(Kanon): どうかしたのですか、梨花……?あ、あぅあぅあぅっ?! 梨花(Kanon): 羽入……その格好……。 羽入(Kanon): 梨花こそ、その服……どうしたのですか?! 梨花&羽入: こ、これはいったいどういうことなのですかーっ?! 梨花ちゃんたちの叫びはそのまま、絶句した私たちが言葉にできなかった感想そのものだった……。 レナ(冬服): はぅぅ~っ!すごいね、見事に積もっているよ~。 菜央(冬服): ほわぁ……でも、思ってたよりも寒いかも、かも……ひゃぁぁっ?! 美雪(冬服): あっはっはっはっ!なかなか良い声で鳴くではないか、菜央。 菜央(冬服): い、いきなり首元に雪の塊を入れられたら誰だって声をあげちゃうでしょっっ?! 美雪(冬服): へっへー、油断してるからだよ。 菜央(冬服): う~……こうなったら、お返しーっ! 美雪(冬服): おっと、そう簡単にはやらせはしないっ!! 沙都子(冬服): まったく……あまりはしゃいでいては、田舎者だと思われてしまいましてよ。 魅音(冬服): まぁまぁ、あれくらいはいいじゃない。それより……。 梨花(Kanon): …………。 羽入(Kanon): あぅあぅ……。 一穂(冬服): まさか到着する前に、こんなことになっちゃうなんて……。 魅音(冬服): いやー、ほんとにね。まったく予想していなかった方向から、異変が飛んできたって感じだよ。 魅音(冬服): 問題は、果たしてこれが何を意味するのかってことだけど……。 一穂(冬服): ……どういう意味なんだろ? それぞれに理由、原因を考えてはみるものの全く思い当たるものが見つからない。 何か奇抜な衣装であったら、ひょっとすると「カード」の効果かな……とも考えられるけれど、2人の服装は特にそういうものでもない……。 魅音(冬服): とりあえずさ、移動して情報を集めよう。梨花ちゃんたちの件はおいおい考えるってことで。 菜央(冬服): そうね。……とはいえ、ここから先はどうすればいいのか、送られてきた手紙には何も書かれていなかったのよね? 美雪(冬服): ……まずは、本当にこの街に魔物が出るのか調べることから始めるべきだと思うよ。 梨花(Kanon): みー。だからと言って、ただ闇雲に聞いて回るわけにもいかないので――。 と、その時だった。 名雪: あれ? その後ろ姿って……。 羽入(Kanon): あぅあぅ……? 名雪: あゆちゃんだよね、久しぶりっ。そこにいるのってお友達なの……って、あなたは誰……? 一穂(冬服): え、えっと……。 突然現れて親しげに話しかけてきた上に、いきなり誰何を問うてきた見ず知らずの女の子。 それに対して私たちは何も返せず。お互いの顔を見合わせるだけだった……。 Part 04: 名雪: 人違いしてしまって、ほんとにごめんなさい。てっきりわたし、知り合いかと思っちゃって……。 羽入(Kanon): あぅあぅ、別に気にしていないのでそんなに謝らなくてもいいのですよ。 魅音(冬服): そうそう。後ろ姿を誰かと間違えるなんてよくあること……って言いたいところだけど、えっと……。 名雪: あっ……わたし、#p水瀬名雪#sみなせなゆき#rっていいます。改めまして、よろしくお願いします。 魅音(冬服): 名雪さん……だね。私は、園崎魅音。#p雛見沢#sひなみざわ#rって村からここに来たんだ。 名雪: ……雛見沢の園崎さん、ですね。 魅音(冬服): あ、面倒だから魅音でいいよ。あと、敬語もいらないから……って、名雪さんって私より歳上になるのかな? 名雪: うん。わたしは高校生だから、そうなるかな。あ、けど敬語ってあんまり得意じゃないから普通に話してくれる方が嬉しいよ。 魅音(冬服): 了解。じゃ、名雪さん。ひとつ訊きたいことがあるんだけど……。 魅音(冬服): さっきはどうして、ここにいる羽入を知り合いだって思ったりしたの? 名雪: それはね、その子の着てる服が知り合いの服と同じだったからだよ。 魅音(冬服): 同じ……って、そうなの?この背中のリュックについている、羽も? 名雪: うん、珍しいよねー。だからてっきり、あゆちゃんかと思っちゃったんだ。 魅音(冬服): ふむ……なるほど。ということは、その子と何らかの関わりがあるかもってことか。 美雪(冬服): ちなみに、名雪さん……変な質問だけど、そのあゆって子はどんな子なの? 名雪: あゆちゃんは、とっても可愛くていい子だよ。たい焼きが大好物なの♪ 美雪(冬服): あ、いや……そういうことじゃなくて、たとえば不思議な力が使えるとか、何か変わった経歴の持ち主だとか……。 名雪: ???あゆちゃんは、普通の女の子だよ。 一穂(冬服): あ、そう……なんだね。 ……ますますもって、意味不明だ。だったらどうして、羽入ちゃんの服装がその子の服に変わってしまったのだろう。 梨花(Kanon): では、名雪。ボクが着ているこの服はあなたの服と同じデザインですが、ひょっとして――。 名雪: あ、うん。うちの学校の制服だよ。 魅音(冬服): えっ……そうなの……? 名雪: あれ……? じゃあ、あなたはうちの学校の生徒じゃないの? 魅音(冬服): まぁそれについては、いろいろ複雑な事情があるんだけどね……。 魅音(冬服): あのさ、名雪さん。もしよかったら、ちょっと話を聞いてもらってもいいかな? 名雪: あ、うん……。 こうして私たちは、たまたま駅前で出会った名雪さんに自分たちが雛見沢から来たこと、そして貰った手紙のことについて話をした。 名雪: 変な、生き物……? 魅音(冬服): うん。最近現れるって書かれているんだけど、聞いたことってないかな? 名雪: 変な生き物……うーん……。 魅音(冬服): 別に、難しく考えなくてもいいよ。他にも何かおかしなものとか、おかしなことがあったとか……。 魅音(冬服): 要するにこの町で起きたか、あるいは起きている異変を教えてもらいたいんだ。 名雪: おかしなもの……うーん……。野良犬とかはたまに見かけるけど、そういうことじゃないんだよね? 魅音(冬服): 野良犬……。 レナ(冬服): はぅ……さすがに野良犬を「魔物」と見間違えたりはしないよね……? 名雪: 「魔物」……って、なんのこと? 沙都子(冬服): 手紙には、そう書かれていたんですのよ。この町で「魔物」が出る、と。 沙都子(冬服): もっとも、常識で考えたらおかしなお話なので信じてもらえないとは思いますけど……。 沙都子ちゃんの言う通り、こんなことを聞いても私たちのことを変な輩だと思うだけだろう。そう懸念しながら、名雪さんの様子を窺うと……。 名雪: …………。 予想に反して彼女は、真剣な表情を浮かべると何かを思い出すように考え込み始めた。 一穂(冬服): えっと……名雪さん、どうしたの? 名雪: ……「魔物」の言葉で思い出したんだよ。そういえば、前に#p祐一#sゆういち#rが言ってたな、って。 梨花(Kanon): 祐一……? 名雪: あっ……祐一っていうのは、私のいとこの男の子のことなんだけどね。 名雪: その子が、前に話してくれたんだ。夜な夜な「魔物」と戦ってる先輩が、うちの学校にいるって。 魅音(冬服): っ、それだよ……!いやぁ、この街に来て最初に出会ったのが名雪さんで良かったぁ! 名雪: う、うん……? なら、よかった。わたしも役に立てて、何よりだよ。 魅音(冬服): で、早速お願いなんだけど、今からその先輩に会わせてもらってもいい?! 名雪: えっと……ごめんね。実はその先輩が誰なのか、わたしは知らないんだよ。だから紹介するのは、ちょっと……。 魅音(冬服): そっか……。あ、それじゃあ、そのいとこの子に聞けばわかるのかな? 名雪: うん……でも祐一は今、海外から帰ってきてる両親に会いに行ってるんだよ。 魅音(冬服): ……帰ってくるのはいつなの? 名雪: 来週の夜には戻るって言ってた……かな。 魅音(冬服): うーん……タイミングが悪いね。来るのが少し早かったかぁ。 レナ(冬服): でも、逆に遅く来てたらこうして名雪さんに会うこともできなかったかもしれないし……そんなに変わらないんじゃないかな、かな? 菜央(冬服): そうね、レナちゃんの言う通りよ。名雪さんに会ってなかったら、その情報もわからないままだったわけだしね。 美雪(冬服): まぁ、そういう考え方もあるね。……ちなみに、そのいとこさんと連絡は取ったりできないの? 名雪: うーん……。今はどこかに出かけてるかもしれないし、はっきりとはわからないよ。 美雪(冬服): そっか……。 梨花(Kanon): みー、来てしまったものは仕方ないのです。とにかく、そのいとこの人と連絡が取れるまでしばらく滞在してみるのもありなのですよ。 羽入(Kanon): あぅあぅ、問題はどこで過ごすかですが……。 美雪(冬服): ……この辺りのホテルって、確保できそう? 魅音(冬服): どうだろうねぇ。結構大きな町っぽいから、ビジネスホテルなら見つけられると思うけどさ。 沙都子(冬服): をーっほっほっほっ、ご心配なく!こんなこともあろうかと私、ちゃぁんと雪中泊の準備をしてまいりましたわ~! 魅音(冬服): いやいや、さすがに野宿はないって。とはいえ、未成年の外泊は何かと面倒だし……どうしようかなぁ。 名雪: ねぇ……だったら、わたしの家に来てホテルに電話してみるってのはどう? 魅音(冬服): えっ……? 名雪: 今の時間なら、お母さんも帰ってるから。大人がホテルに電話して予約を入れれば、きっと大丈夫だと思うよ。 魅音(冬服): い……いいの?知り合って間もないのに、こんな大人数で押しかけちゃっても……。 名雪: うん、大丈夫だよ。にぎやかなのは、お母さんも大歓迎だから。 美雪(冬服): うぉ~、なんと慈悲深い!神さま仏さま、名雪さま~っ! 名雪: か、神さまって……大げさだよ。 梨花(Kanon): ありがとうなのですよ、名雪。……こっちの面倒な神様より、よっぽど役に立ってくれているのです、みー。 羽入(Kanon): あぅあぅあぅあぅ~! ……そんな流れで、私たちは名雪さんのご厚意にありがたく甘えることになった。 名雪: こんなにたくさんお客さんを連れて帰ったら、きっとお母さんも喜ぶよー。 魅音(冬服): いやー、助かるよ名雪さん。最悪出直すことも選択に入れていたからさ。 名雪: 気にしないで。うちには祐一の他に、もうひとり居候がいるんだけどね。 名雪: その子が来た時もお母さん、あっさりと「了承」って受け入れてくれたんだよ。 魅音(冬服): へぇ……そうなんだ。おおらかというか、懐の深い人なんだね。 名雪: うん。……あ、でもジャムには気をつけてね。 沙都子(冬服): ……気をつけろ、とはどういうことですの? 名雪: うちのお母さん、お料理が上手なんだけどそのジャムだけは、ちょっと……。 レナ(冬服): はぅ……何味のジャムなのかな? かな? 名雪: それが、わたしにもわからないんだよ。でも、とにかく不思議な味がして……。 美雪(冬服): ……そう言われると、それはそれで気になるね。試してみても面白いんじゃない? 名雪: やめたほうがいいよ。……好奇心だけで近づくと、きっと後悔することになるから。 一穂(冬服): ……っ……? それまで穏やかに笑っていた名雪さんが大げさなほど真剣な表情でそう話すので……私たちも黙ってうなずくしかなかった。 ぞろぞろと名雪さんの後を歩きながら色々と話をしているうちに、私たち一同は水瀬家に到着した。 名雪: さ、どうぞあがって。 部活メンバー: おじゃましまーす。 名雪: ただいま、お母さん。あのね、今日はお友達がたくさ――。 名雪: ……って、お母さんっ!? 突然、名雪さんが大きな声を上げて室内へと駆け込む。 そして、リビングと思しき部屋の床に視線を向けると、そこには……! 名雪: お母さんっ!どうしたの、しっかりして!? しゃがみこんだ名雪さんの足元には、お母さんと呼ばれた女の人。 そしてもうひとり、明るめの長い髪を両サイドで結んだ女の子が倒れていた。 名雪の母: ……ぅ……っ。 同居の女の子: うーん……あぅ……。 名雪: お母さんっ! 真琴っ!しっかりして、大丈夫っ!? 名雪の母: あ……な、名雪……? 同居の女の子: あうー……。 名雪: よかった……、2人とも気がついたよ……。 名雪: でも、いったいどうしちゃったの?どこか身体の具合でも悪いの? 名雪の母: それが、わからないのよ。ただ、急に目眩がして……。 同居の女の子: あぅーっ……力が、入らないよぉ……。 名雪: 起きられる? とにかく、お水を……。 一穂(冬服): あ、私、いれてきます! 名雪の母: ふぅ……ありがとう。少し落ち着いたわ……。 そう言って、気丈に笑いかけてくれるものの……。 同居の女の子: あうーっ……。 名雪さんのお母さんも、真琴という名の女の子もまだ辛そうに見えた。 名雪の母: ごめんなさいね。ついさっきまではなんともなかったのに……どうしたのかしら。 魅音(冬服): しかも、2人同時に、か……。なんだか気になるね。 美雪(冬服): うん。いったい何が――。 ……と、その時。低くこもった音が私のポケットの中から聞こえてきた。 一穂(冬服): ……? 一穂(冬服): (ポケベルが……?) 慌てて取り出し、番号を見て驚く。そこに記されていたのは、#p田村媛#sたむらひめ#r命からの連絡を示す番号だったからだ。 Part 05: 一穂(冬服): (このタイミングで、#p田村媛#sたむらひめ#rさまから連絡が来た……ということは……?) ひょっとすると田村媛さまは、あちら側で何か異常なものを感知して……私たちに交信をしてきたのかもしれない。 いずれにしても、今の私は藁にもすがりたい心境だ。一刻も早く、話を聞かないと……! 美雪(冬服): ……どうしたの、一穂? 一穂(冬服): あの、えっと……わ、私……お薬、買ってきますっ!! 魅音(冬服): えっ? あ、うん……。 一穂(冬服): ほら、美雪ちゃんも一緒にっ! 美雪(冬服): わ、私も……っ? なんで、どして? いきなり同行を求められた美雪ちゃんは、戸惑いもあらわに目を丸くする。 ただ、今は説明している時間も惜しい。そう考えた私は内心で謝りながら、強引に彼女の腕を引っ張り寄せていった。 一穂(冬服): わ、私ひとりだと迷子になるかもだから……!菜央ちゃんも、一緒に来てっ! 菜央(冬服): ちょっ、ちょっと待ちなさいって、一穂……! 2人の手を引き、私は名雪さんの家を出る。そして公衆電話のある場所を探すため、雪が積もる道を滑らないよう慎重に走っていった。 ほどなく私たちは、駅前に到着する。……その途中で2人には、田村媛さまから連絡があったことを走りながら伝えていた。 菜央(冬服): 田村媛から……?もう、だったらあたしたちにそのベルを見せてくれれば、すぐにわかったのに。 一穂(冬服): ご、ごめん……! 頭が真っ白になって、どう説明すればいいのか思いつかなくて……。 美雪(冬服): まぁ、結果オーライってことにしようよ。あの場所にいたところで、何にもできなくておろおろするのが関の山だったし……ん? 美雪(冬服): 一穂、あそこだ……!駅の入口近くの電話ボックスが空いてる! 美雪ちゃんの指し示した先に向かって駆け出し、電話ボックスの扉を開けて私たちは中へと飛び込む。 そしてすぐさま受話器を手に取り、硬貨を入れてポケベルの番号を打ち込んだ。 田村媛命: 『ふむ……やはり#p哉#sかな#r』 ほどなく回線は繋がり、訊かれるままに私たちのところで起きていることを話す。すると、田村媛さまのため息まじりの呟きが聞こえてきた。 一穂(冬服): やはりって……どういうことですか? 田村媛命: 『実は今回、とある者から頼みを受けて通常よりも強い≪波動≫をそちらの地に向けて送り込んだのだが……』 田村媛命: 『どうやらそれが、別の「力」の影響を受けて混線している模様#p也#sなり#rや』 一穂(冬服): 混線……? 田村媛命: 『うむ。そなたらの仲間である古手梨花と古手羽入が妙な衣装とやらに変わったのも、おそらくはその影響によるもの哉』 菜央(冬服): えっと……じゃあ、名雪さんのお母さんとあの真琴って子が体調を崩したりしたのも、あたしたちがこの街に来ちゃったせい……? 田村媛命: 『その名雪……という者の母と真琴なる者は我輩からは正確な把握ができかねる故、確証は持てぬが……その可能性はありうる也や』 一穂(冬服): 私たちの……せい……。 淡々とした口調で告げられた事実に、私は呆然となって思わず手にしていた受話器を取り落としそうになる。 私たちはただ、手紙の主が何者なのか……そしてその意図は何かを確かめようと思って、この町を訪れただけだった。 なのに……たまたま通りがかって親切に案内してくれただけの名雪さんを、こんな状況に巻き込んでしまったなんて……っ。 美雪(冬服): ……罪悪感で落ち込むのは早いよ、一穂。私たちにはその前に、やることがあるんだから。 一穂(冬服): っ……美雪ちゃん……。 菜央(冬服): そうよ。だいいち、その混線が無くなれば今のトラブルが解決できて、2人とも元気になるかもしれないんだし、ね。 一穂(冬服): う、うん……。 2人の慰めと励ましを受けて、私はなんとか気持ちを取り戻す。 ……確かに、落ち込んでいる場合じゃない。今はとにかく、解決できる方法を見つけるのがなによりも先決だろう。 一穂(冬服): あ、でも……田村媛さま、混線を解消するにはどうすればいいんですか? 田村媛命: 『それについ…ては…がはい――ら……』 一穂(冬服): あ、あれっ……? 先ほどまで小さいながらも明瞭に聞こえていた田村媛さまの声が、突然ノイズ交じりになって乱れ、聞こえづらくなる。 まさか、もう回線が切れるっ?まだちゃんと、解決策を聞いていないのに……! 美雪(冬服): ちょっ……どしたのさ、田村媛っ?声が聞こえないよ、もしもし、もしもしっ! 一穂(冬服): ど、どうしよう……?このままじゃ私たち、何もできないっ……! 焦る思いで、なんとか田村媛さまの声を少しでも聞き出そうと必死に受話器を耳に押し当てた――次の瞬間だった。 一穂(冬服): ……えっ?! 美雪(冬服): か……一穂っ?! 一穂(Kanon): っ、な……何が……?! 菜央(冬服): 一穂……その格好って……。 困惑した顔で指を向ける菜央ちゃんに促されておそるおそる視線を落とし、自分の今の姿を見つめると……。 一穂(Kanon): 嘘……私も……? 私の服は、見覚えのない制服……いや正確には、梨花ちゃんや名雪さんが着ていたのと同じ制服に変わっていた。 一穂(Kanon): た……田村媛さまっ! これは――? あゆ: 『うぐぅ……聞こえる……?』 一穂(Kanon): えっ……? 慌てて尋ねかけた電話口の向こうから返ってきたのは、……聞き覚えのない女の子の声。 一穂(Kanon): 田村媛命、じゃない……誰……? 美雪(冬服): もしかして、別の回線が混ざってる……? あゆ: 『……「魔物」……だよ……!』 一穂(Kanon): っ、「魔物」……?! その言葉を聞いた私は、困惑をさて置いてはっと息をのんで緊張をみなぎらせる。 すると「女の子」は、苦しげに息を切らせた声を絞り出すようにこちらへ向けて繰り返していった。 あゆ: 『「魔物」が、……出たんだよ……!その制服の、高校に行って……早く……!』 あゆ: 『早くしないと、「あの子」が危ない……!急いで……お願い……っ!』 一穂(Kanon): あっ……。 その言葉を最後に、通話は切れてしまう。あとには回線が切れたツー、ツーという音が空しく響くだけだった。 一穂(Kanon): ……。この制服の高校に、「魔物」が……?! 美雪(冬服): だとしたら、名雪さんの協力が必要だ!急いで戻るよ一穂、菜央っ! 雪道を踏み越えるように急ぎ足で駆け、私たちは名雪さんの家に戻る。そして、 一穂(Kanon): 魅音さんっ!! 魅音(冬服): か……一穂っ?なんであんたまで、そんな格好に……? 一穂(Kanon): ごめんなさい魅音さん、説明はあとで……!名雪さん……今すぐ、私たちをあなたの高校に連れていってください! 名雪: えっ……? 魅音(冬服): ど、どうしたのさ、急に……? 菜央(冬服): 「魔物」が出たのよ……!名雪さん、あなたの高校でっ! 魅音(冬服): は……はぁっ? 美雪(冬服): 信じられないかもしれないけど、本当なんだ!とにかく今すぐ、学校に連れてって!! 名雪: う、うぅ……連れて行ってあげたいけど、今は……。 そう言って名雪さんはソファでぐったりと寝込んでいるお母さんと、隣の真琴さんを心配そうに振り返る。 ……「魔物」なんかのことより、具合の良くない家族のことが心配で大事なのは、当然のことだ。無理を言っていることは、重々承知している。 だけど、この町の土地勘のない私たちが名雪さんの高校を探すには、相当のロスがかかる。ひょっとしたら、間に合わない可能性だって……! そんな申し訳ない思いをかみしめながら、もう一度お願いをしようと私が身を乗り出したその時――。 名雪の母: ……行ってあげなさい、名雪。 少し離れたソファから、優しげな声が聞こえてくる。誰かと思って目を向けると、それは名雪さんのお母さんだった。 名雪: お、お母さん……でも……。 名雪の母: お友達が困ってるんでしょう?私たちなら、大丈夫だから……ね? 名雪: ……っ……。 名雪の母: 大丈夫よ、名雪……。もう、あなたに心配をかけたりしないって約束するから……。 名雪: ……。うん、わかった。それじゃみんな、ついてきて! そう言って名雪さんは、顔を上げると決意に満ちた表情で私たちに頷いて身を翻し、勢いよくリビングを飛び出していく。 その後を、私たち……魅音さんたちも若干の戸惑いを残しながら、それでもわらわらと続いて一緒に来てくれた。 冬の日は短く……名雪さんの案内で彼女の高校に着いた頃には、すっかりと日が落ちて辺りは闇夜に染まっていた。 名雪: ……ここだよ。 梨花(Kanon): みー。校舎に入る扉は締まっているようなのですよ。 羽入(Kanon): あぅあぅ……窓も全部、鍵がかかっていますね。 沙都子(冬服): #p雛見沢#sひなみざわ#rの分校のように、24時間いつでも入れるような状況ではないようですわ。 魅音(冬服): いや……安全面から考えても私たちの分校の方がそれでいいのか、って話なんだけどさ。 魅音(冬服): まぁ、それはともかくとして。さてと、どうやって入ったものやら……。 魅音(冬服): ……窓ガラスを破る?そのへんの石を使えば、あっという間だよ。 美雪(冬服): いや、こういう施設だと建物全体にセキュリティ装置が張り巡らされてるはずだ。窓ガラスなんて割ったら、一発アウトだよ。 沙都子(冬服): では、鍵のかけ忘れに期待して調べて回るしかなさそうですわね。……ただ、手分けをしても相当時間がかかってしまいそうですけど。 名雪: ……それなら、大丈夫。こっちに来て。 そう言って先を進む名雪さんに連れられるまま、私たちは校舎の裏の小さな扉に出る。 名雪: よいしょ、っと……。 そして、合図の声とともに彼女が取っ手に手をかけると、扉はあっけなく開かれた。 魅音(冬服): お……おぉっ、名雪さんナイス!でも、どうしてここが開くって知っていたの?実は、忍び込みの常習犯だったとか? 名雪: そうじゃないよ。ちょっと前に祐一が、ここから忍び込んだって言ってたのを思い出しただけ。 魅音(冬服): ……なんだろうね、この拍子抜け感はさ。 沙都子(冬服): 高いお金を出しているはずの警備装置が、全くの無駄になっておりますわね……。 美雪(冬服): ま……まぁとにかく、中に入ることができたんだから、結果オーライってことで! 菜央(冬服): ……美雪の言う通りね。とにかく今は、急ぐことだけを考えましょう。 万が一警備の人がいても見つからないように、私たちは慎重に物陰に身を隠しながら中を進む。 ただ……その身構えとは裏腹に、人の気配が全くしない。それどころか、小さな物音さえ聞こえてこなかった。 沙都子(冬服): ……ずいぶんと静かですわね。本当にここに、「魔物」がいるんですの? 沙都子(冬服): そもそも、一穂さんたちはどこからここに「魔物」がいるという情報を手に入れられまして? 一穂(Kanon): そ、それは……。 ……どうしよう。本当のことを言うわけにはいかないけれど、黙っていたら不審に思われる。 とはいえ、私が説明しても納得してもらえるとは思えないので、美雪ちゃんに助け舟を求めようと隣に顔を向けた……その時だった。 梨花(Kanon): ……いるのです。 一穂(Kanon): えっ……? その声に反応して視線を振り向けると、梨花ちゃんが緊張した面立ちで前方を凝視している姿が視界に入ってきた。 梨花(Kanon): 何かはわかりませんが、確かに感じるのです。この気配は、おそらく……、っ? 全員: ――なっ……?! 突然、冷え切った空気を突き破る轟音が響き渡る。 その音はここではなく、上の階から床と柱を介してここまで伝わってきたようだ。 名雪: い、今の音……なに……? 美雪(冬服): 上の階だ……行こう、みんなっ!! 階段を駆け上がり、いくつかの廊下の角を曲がる。 すると、さっき聞こえた音が次第に大きくなり、おぼろげだった響きが金属を打ち鳴らすように明瞭なものへと変わっていくのを感じた。 舞: ……っ……! 階段を上り切った、最上階。……そこには、剣を構えた少女が立っていた。 さらに、その目の前には――。 魔物: グォ……ォォ……! 名雪: な、なに、あれ……? 天井まで届こうかというほどに巨大な何かが立ちはだかっていた。 魅音(冬服): なっ……で、デカいっ……!あれが手紙に書いていた「魔物」ってやつ?! 美雪(冬服): 「魔物」かどうかはわからないけど、良くない存在ってのは間違いないみたいだね!! そう言って美雪ちゃんは、剣を構えた女の子の足元を指し示す。……その先にはもうひとり、別の女の子が倒れているのが見えた。 美雪(冬服): キミ、大丈夫っ?そいつらの相手は、私たちに任せてっ! 舞: ……。誰……? 一穂(Kanon): あ、あのっ、私たちは……。 レナ(冬服): 自己紹介はあとだよっ。今はその子を、どこかに避難させてあげて! 舞: …………。 レナ(冬服): お友だちなんだよね……?大丈夫、ここはレナたちが何とかするからっ! 舞: ……。わかった……。 女の子はそう返事をすると、剣で「魔物」を何度か牽制してから倒れた少女を抱きかかえ、階段のほうへ向かって駆けてゆく。 それを見て私たちは緊張をみなぎらせ、お互いの顔を見て頷き合った。 美雪(冬服): 名雪さん……ここまでありがとう!あとはいいから、あの子と一緒に逃げてっ! 名雪: えっ? で、でも……。 美雪(冬服): いいから、早くっ!私たちはこのために来たんだからさっ! 名雪: う、うんっ……わかったよ!みんな、気を付けて! 魔物: グアアアアアア!! 刹那、踵を返して去っていく名雪さんのあとを巨大な「魔物」が追いかけようと動く……が、 魅音(冬服): おっと……!あんたの相手はこっちだ。みんな、行くよ! 一同: おうっ!! 魅音さんの号令一下、私たちは『ロールカード』を取り出して武器を構える。 そして、特に示し合わせることもなくそれぞれの動きを見ながら、次々に「魔物」へと攻撃を繰り出していった。 一穂(Kanon): はぁぁぁあぁっっ!! 魔物: グアアアアアアァァ!! 私の武器が「魔物」の胴体をとらえて、袈裟懸けの一閃が虚空を走り抜ける。 隙をついて繰り出した、会心の一撃……のはずだった。それなのに、 魔物: グォォォオォッッ……ガアアァァァアァッッ!! 一穂(Kanon): なっ……?! 「魔物」は怯むどころか、ますますその#p咆哮#sほうこう#rを轟かせてその場で暴れ回り、私たちに襲いかかる。 私の攻撃の前にも、レナさんや魅音さんたちがそれなりにダメージを与えたはずなのに……っ? 菜央(冬服): なんで……?あたしたちの攻撃、全然効いてないじゃない! 美雪(冬服): どうなってんだよ、こいつっ……! 攻撃は、確実に当たっている。……だけど、「魔物」はまったくダメージを受けていないように見えた。 沙都子(冬服): 『ロールカード』の攻撃が効かない……ということは、やはり雛見沢の「あれ」とは違う存在だということではありませんの?! 美雪(冬服): そんな……!だったら、どうやって戦えばいいのさ?! 羽入(Kanon): あ、諦めるのはまだ早いのです。きっとどこかに、弱点が……! 梨花(Kanon): っ……羽入、危ないッ!! 羽入(Kanon): えっ……? 魔物: グアアアアアアッ!! 羽入(Kanon): あ、あぅっ!! 間一髪、よろけて倒れ込んだ羽入ちゃんの頭上を魔物の一撃が薙ぎ払う。が、安心したのも束の間――! 一穂(Kanon): 羽入ちゃん、上っ!! 羽入(Kanon): あぅ? 魔物: グォォォォォ!! 倒れ込んだ羽入ちゃんの頭上をめがけて魔物の一撃が振り下ろされようとしている様子が視界に映り、私は思わず息をのんで戦慄した……! 梨花(Kanon): 羽入っ!!! 羽入(Kanon): あ、あぅあぅ……っ! 誰もが、もうダメだ――と思った、次の瞬間。 羽入ちゃんの姿が、その場から消えた。 一穂(Kanon): ……え?! いや、羽入ちゃんの姿だけじゃない。 魔物: グ……ガ、ガ……。 振り下ろされようとしていた魔物の身体の一部もまた、空気の中に溶け込むように掻き消えていた……。 そして……。 羽入(Kanon): あ、あれ……っ? 次の瞬間、なぜか消えた場所から少しだけずれたところに羽入ちゃんの姿が現れる。 一瞬、最悪の想定が脳裏をよぎったけれど……その身体は、無傷。彼女は戸惑った表情で目を丸くして、首を傾げて私たちを見てきた。 レナ(冬服): 羽入ちゃん……大丈夫っ?怪我はしていないかな、かな?! 羽入(Kanon): あ、あぅあぅ……大丈夫です。なんともないのですよ。 菜央(冬服): それより……羽入。あんた今、一瞬……消えなかった? 美雪(冬服): う、うん……どういうこと? 梨花(Kanon): (……。もしかして……) 田村媛命: 『中継できる範囲には、限度があるゆえ……場合によっては移動の際に、中継する霊樹を切り替える必要が生ずることもある哉』 羽入(Kanon): 『……切り替えると、どうなるのです?』 田村媛命: 『切断された接続先を探し、近くの霊樹を再接続が行われるまでのわずかな間……そなたの実体が消えてしまう也や』 田村媛命: 『また、その際に激しい物理的な衝撃を受けると、接続が完全に切れて消滅する哉』 梨花(Kanon): (でも……今は羽入だけじゃなくて、あの「魔物」の一部も消えていた……) 梨花(Kanon): (ということは……もしかして、あの「魔物」も羽入と同じ原理で、別の空間から飛ばされてきた存在ってこと……?!) 梨花(Kanon): (だとすると――) 梨花(Kanon): みんなっ!!今、羽入が消えたあの場所に「魔物」を追いこむのです! 一穂(Kanon): お、追いこむって……なんで?! 突然の梨花ちゃんからの指示に私たち全員がその意図を把握できず、彼女へと目を向ける。 が、彼女は強い眼光に確信めいたものを浮かべ、再度私たちに繰り返していった。 梨花(Kanon): きっとあの場所が、断線ポイントなのです!だから、早く――!! 美雪(冬服): な、なんだかわからないけど、わかったよ!みんな、タイミングを合わせてっ!! 一同: おうっ!! Epilogue: 全員による波状攻撃で、私たちは梨花ちゃんが示したあたりまであと一歩の場所へ「魔物」を追い詰めた。 そして、レナさんと菜央ちゃんの攻撃にたたらを踏んで後ずさった「魔物」が、そのポイントに達した次の瞬間――! 魔物: ッ、ガ、ガガガッ――! ほんのわずか、「魔物」の姿にノイズが走ったような乱れが現れる。 それはまさに、先ほど羽入ちゃんの身体に起きた不可思議な現象と全く同じものだった。 美雪(冬服): い、今のって……?! 梨花(Kanon): あの「魔物」は、接続が切れた状態で攻撃をかけると力を失って、消えるのです!あともう一息なのですよっ! 魅音(冬服): で……でも、そのあと一息が――! 目的のポイントまであとほんのわずか……その手前のところで、「魔物」の抵抗が激しさを増す。 魔物: グオォォォ!! 一穂(Kanon): きゃっ……! そして振り下ろされた「魔物」の腕が、私の眼前に迫ってきた。 美雪(冬服): 一穂っ!! 一穂(Kanon): ……っ……! もうダメだ……と、思いかけて目を閉じそうになった、その時――。 舞: ――っ……!! 頭上に落ちた人影が、「魔物」に向かって真っすぐに剣を振り下ろす姿が像となって視界に残る。 美雪(冬服): すごっ……! 魔物: グアアアアアア!! まるで一条の光のような、鋭い斬撃……!その一撃に魔物が一歩二歩と後ずさって先ほどの地点へと戻り、再びノイズにまみれた。 梨花(Kanon): っ……今なのです!! 舞: はぁっ――! その隙を逃すことなく、梨花ちゃんと女の子の足が同時に床を蹴る。 梨花(Kanon): みー! これで、終わりなのですよー! 舞: ――討つっ……! ふたりの攻撃を同時に食らった「魔物」はもんどりうって、その場に倒れ込む。 魔物: ガァアアアアアアアアッ!!! そして、その全身が光に包まれ……まるで瓦礫のごとく身体の表面がボロボロと崩れ落ちていった。 魔物: ガ……ガ……ガ……!! 一穂(Kanon): …………。 「魔物」が消えると、そこにはまるで最初から何も無かったかのように……静寂だけが訪れる。 しばらく待ってみても、「魔物」の姿が再び現れる様子は見られない。……それを確かめてから、私たちは大きく息をついた。 梨花(Kanon): ふぅ……なんとか終わったのですよ。 舞: …………。 梨花(Kanon): あの……ところであなたは……。 佐祐理: #p舞#sまい#rっ……!! 背後からの声に、思わず振り返る。すると、廊下の角からさっき倒れていた女の子が駆け寄ってくるのが見えた。 佐祐理: 大丈夫、舞?! 舞: ……ん。#p佐祐理#sさゆり#rも……平気……? 佐祐理: うん。だって、佐祐理を舞が守ってくれたから……あら? 佐祐理: えっと、あなたたちは……? 魅音(冬服): あ、えっと……私たちは、ここに「魔物」が出るって聞いてね。まぁ、それを調べに来たっていうか……。 佐祐理: ……つまり、魔物退治の方々ですか? 魅音(冬服): ま……まぁ、そんなところ……かな? 佐祐理: あははーっ、そうなんですね。助けてくれて、ありがとうございます。 魅音(冬服): い、いや……私たちもその子に助太刀してもらったから、おあいこだよ。 「魔物」が出るので、退治しに来た。……改めてよくよく考えてみると、実に信じがたい変な話だろう。 だけど、実際に「魔物」を目にしたからか佐祐理さんと呼ばれた女の子は、私たちの話をすんなりと受け入れてくれた。 魅音(冬服): それで……あんたたちこそどうして、ここであんなのと戦ってたの? 佐祐理: 佐祐理は……ここにいる舞が、学校からおかしな気配を感じると言ってたので、心配になって来てみたんです。 佐祐理: そうしたら、さっきの怪物がいて……思わず悲鳴を上げようと思った瞬間、急に気が遠くなってしまったんですよ。 ……おそらくそれは、名雪さんのお母さんや真琴という子に起こった現象と同じものだろう。 (ということは……名雪さんのお母さんたちも元に戻ってるかも……?) ただ、それは実際にこの目で見たわけではない。憶測でものを言って失望させては大変なので、私はまだ口をつぐむことにした。 佐祐理: でも、舞は気を失わずに済んだんですね。どうしてなんでしょうか? 舞: 私も……。 佐祐理: ……えっ? 舞: 佐祐理と、同じ……。意識が遠く、なりかけてた……。 佐祐理: そうだったの?けど、舞は「魔物」から私のことを守ってくれたよね……? 舞: ……私は、魔物を討つ者だから。我慢、できた。 佐祐理: あははーっ、なるほど。ありがとう、舞。 一穂(Kanon): …………? なんだろう……? 2人の間の会話に抜け落ちたものを感じるんだけど、それでもちゃんと意思疎通が取れている……? 梨花(Kanon): 魔物を討つ者……?ということは、あなたはこれまでもさっきみたいに「魔物」と戦ってきたのですか? 舞: ……はちみつクマさん。 梨花(Kanon): みー……? 佐祐理: あ、今のは『はい』という意味です。 梨花(Kanon): みー、そうなのですか……。 どうしてその言葉が、そんな意味になるのか気になるけど、何か事情があるのかもしれない。 他のみんなもそう思ったのか、誰もそのことについて深く訊こうとはしなかった。 梨花(Kanon): じゃあ、今までもここにはあんな「魔物」が何体も現れていたんですね。 舞: ……ぽんぽこタヌキさん。 佐祐理: 『いいえ』だそうです。 梨花(Kanon): ……? でもさっきあなたは、自分のことを「魔物を討つ者」だと言っていたのですよ。 舞: いつもとは、違う……。 舞: 眠くならない……。 梨花(Kanon): みー……つまり、今回の「魔物」はあなたの知ってるものとは違っていたということなのですか? 舞: ……はちみつクマさん。 菜央(冬服): 気を失ったり、眠くなったりするってことは精神攻撃を受けたってことかしら? 一穂(Kanon): でも、どうしてそんなことが起きて……? そんな疑問に、私は思わず首を傾げた――と、その時だった。 一穂(Kanon): えっ……? 一穂(Kanon): …………。 突然目の前には、見たことのない光景が広がって……私の視界を覆い尽くす。 どこかの林の中……だと思うけれど、少なくとも#p雛見沢#sひなみざわ#rのどこかではない。 一穂(Kanon): えっ……えっ、ええぇっ……?なに、これ……? どうなって……? 一穂(Kanon): なんで私は、こんなところに?!他のみんなは……?! いきなりの変化に戸惑いどころか恐怖を覚え、半ばパニックになりながら首を左右に巡らせて私は美雪ちゃんたちの姿を探した――と、 あゆ: ……ありがとう。 一穂(Kanon): ……っ……? 背後からかけられた柔らかな声に振り返ると、そこには、見知らぬ女の子が立っていた。 あゆ: ありがとう、ボクの言葉を聞いてくれて。おかげでみんな、助かったよ。 一穂(Kanon): え、えっと……その服……羽入ちゃんの格好と同じ……?それに、その声は……あの電話の……? あゆ: ボクは、月宮あゆ。 一穂(Kanon): あゆ、さん……。あの……この街で、いったい何が起きてるの? あゆ: この街はね、奇跡が眠る街なんだよ。 一穂(Kanon): 奇跡が、眠る街……? あゆ: うん。大切な人を幸せにしたいという願いや、幸せになって欲しいっていう祈り。 あゆ: そういう優しい気持ちが集まって、奇跡を起こす。そんな世界。 あゆ: ……だけど、その願いとあなたたちの持つ不思議な力がぶつかり合って、変なことになっちゃったんだよ。 あゆ: 元に戻って、本当によかった。色々と怖い思いをさせちゃって、ごめんね。 一穂(Kanon): …………。 あゆさんには申し訳ないけれど……彼女の言っていることが、理解できない。 ただこの人は決して、悪い人じゃないと思う。その確信だけが、なぜか私の胸の内にあった。 一穂(Kanon): あの……どうして、そんなことを知ってるの?あなたは、いったい……。 あゆ: それは……うぐぅ……。 一穂(Kanon): うぐぅ? あゆ: ごめんね。実はボクも、自分ではよくわからないんだ。 あゆ: ……でも、安心して。あの子のお母さんと、一緒に住んでる女の子も元通りになってるはずだよ。 一穂(Kanon): ……よかった。 あゆ: それじゃ、ボクはこれで行くよ。さよなら。 一穂(Kanon): え? あ、ちょっと待っ――。 一穂(Kanon): …………。 目覚まし(名雪の声): 朝~、朝だよ~。 目覚まし(名雪の声): 朝ごはんを食べて、学校へいくよ~。 一穂(Kanon): ――っ……! 一穂(Kanon): あれ……ここは……。 目覚まし(名雪の声): 朝~、朝だよ~。 目覚まし(名雪の声): 朝ごはんを食べて、学校へいくよ~。 一穂(Kanon): 目覚ましの……声……? 名雪の母: あ、よかった。目が覚めたんですね。 名雪の母: 名雪、起きて。ほらっ。 名雪: なぁに~、お母さん。 名雪: あ……。 名雪: よかったぁ。起きたんだね。 一穂(Kanon): あ……えっと……その、私……。 名雪: 実はあの後、突然……くー……。 一穂(Kanon): えっ?! 寝てる?! 名雪の母: すみません。この子、昨夜から遅くまであなたのことを心配して起きてたので、安心して眠ってしまったようです。 一穂(Kanon): は、はぁ……。 名雪の母: 今、お友達を呼んできますね。皆さん、隣の部屋で休んでいるので。 そう言って名雪さんのお母さんは、ぱたぱたとスリッパの足音を響かせながらリビングを出ていく。 ほどなく、美雪ちゃんと菜央ちゃんが入れ替わるようにして姿を現して、こちらへと駆け込んでくるのが見えた。 美雪(冬服): いやー、ほんとびっくりしたよ。あの後いきなり、一穂だけが気を失っちゃって何度呼びかけても反応しなくて……。 菜央(冬服): ここまで連れてくるの、大変だったんだからね。……でも、よかったわ。 一穂(Kanon): ご、ごめんなさい……。あ、そういえば、他のみんなは? 美雪(冬服): 駅前のホテルに宿を取ったって言ってたよ。さすがにあの人数、泊めてもらうわけにもいかないからね。 一穂(Kanon): そっか……。 名雪: でも、ホントに良かったよ。あのまま起きなかったらどうしようって……くー……。 一穂(Kanon): また寝たっ!! 名雪の母: ……一穂さん、と言いましたね。昨日は、ありがとうございました。 一穂(Kanon): え? 名雪の母: 名雪から聞きましたよ。皆さんが、私たちを元に戻してくれたって。 一穂(Kanon): あ、いえ、その……。 名雪の母: さ、真琴も。改めてお礼を言いましょうね。 真琴: あ、あうー……。 一穂(Kanon): あ、あなたも元気になったんですね。よかった。 真琴: あうー……ありがと……。 美雪(冬服): さてと……それじゃ、これからどうする?せっかくだからみんなと合流して、どこかで買い物でもしていくのはどう? 名雪の母: ふふっ、それは楽しそうですね。もしよかったら夕食時は、皆さんと一緒にこの家へ来ていただけませんか? 名雪の母: 大したおもてなしはできませんが、今回のお礼に夕食をご馳走したいと思いますので。 美雪(冬服): えっ、ほんとですかっ?やったー、滞在中の食費がひとつ浮いた~! 名雪: もしよかったら、1日と言わず何日でも泊まっていってね。部屋は空いてるし、もっとお話がしたいから。 真琴: あうぅー……えっと、私は……。 一穂(Kanon): あ……真琴ちゃん、って言ったっけ。短い間だけど、よろしくね。 真琴: ……っ……。 菜央(冬服): 何か好きなものとか、あったりする?もしよかったら、教えてくれると嬉しいわ。 真琴: ……。肉まん……。 菜央(冬服): あら、肉まんが好きなのね。それってあたしの得意料理のひとつだから、あとでおやつに作ってあげるわ。 真琴: ほんとにっ!?じゃあじゃあ、この座布団くらいの肉まんを作って! 美雪(冬服): えっと……その大きさはむしろピザの類だと思うのは私だけかい? 菜央(冬服): くす……いいじゃない。座布団はともかく、ちょっと大きめならなんとかできると思うわ。 菜央(冬服): あの、名雪さんのお母さん。ちょっとだけでいいので、お台所をお借りしてもよろしいですか? 美雪(冬服): いや、菜央。お世話になるって決まった早々に、それはさすがにやりすぎじゃ……。 名雪の母: 了承。 美雪(冬服): って、あっさり許可が出たよ!ほんとに懐深い人だね、名雪さんのお母さんって……。 一穂(Kanon): あ、あははは……。 …………。 一穂(Kanon): (そういえば……あの手紙の送り主は、結局誰だったんだろう……) その疑問を頭の片隅に残しながら、私ははしゃぐ美雪ちゃんをなだめつつもどんな夕食になるのか思いを馳せていた……。 ……そこは、闇でありながらもなぜか禍々しい光が宿る場所だった。 この世の何処でもなく、そして何処でもある。 そんな空間の中に、……「彼女」は佇んでいた。 ぽっかりと空いた穴の向こうに映っている誰かの姿を見て、微笑みを浮かべながら……。 ????: くすくす……なるほど。 ????: やはり、あの者がこの「世界」の理を統べる者というわけですのね……。