第四章 夏越しの祭り

   

 新陽の月二十六日の昼ごろ、薬草採取のランク1クエストを終えてアルザス村に戻って来てみれば、やけに騒がしかった。それだけじゃない、単純に人の数が多い。多すぎる。 

 「夏越しの祭り、ってワケじゃなさそうだし……僕がクエスト行ってる間に、何が起こったんだろ」 

 村の中央広場には大きな天幕がいくつも張られ、さながらダイダロス軍の野営地のような印象を抱く。しかし、行き交う人々は鎧兜で武装した兵士たちではなく、ただの村人ばかり。冒険者や自警団と思しき者もちらほら交じっているけど、うん、やっぱり騎士団が駐留しにきたって感じではなさそうだ。 

 この雰囲気は、そうだ、モンスターの大軍が出現して、急いで避難を始めているような感じだろう。村人達は誰もが不安そうな表情を浮かべながら大荷物を抱えてるし、ちょっと周囲を見渡せば、荷物を満載させた馬車が目立つのに気づく。さらに注意して見れば、アルザス村では見かけない顔の人々が交じっていることも分かった。付近の村々からここへ人が集まってきているのは間違いなさそうだ。 

 「もしかして、本当に緊急クエスト出てたりして……」 

 近くの村から避難する人々でごった返し、物々しい雰囲気に包まれる様子を見れば、ただならぬ緊急事態が起こっていると否応にも想像してしまう。 

 けど、僕には適当に村人を捕まえて「何があったんですか?」と話しかけるのは、それなりの度胸を必要とする。情けないことに、人見知りする性格だという認識はあるし、おまけに、僕は余所者だ。このアルザス村で僕が会話した人物は、宿屋の主人と冒険者ギルドの受付のお姉さんだけである。 

 僕にパーティメンバーはいない。つまりソロ。冒険者ランク1で。こんな状況は昨日今日、登録したばかりのド新人か自殺志願者だけだろう。僕はどちらでもないのが、残念なところだけど……まぁ、一人で冒険者やってるのは、理由があるから仕方ない。 

 とりあえず、今の状況を確認するために冒険者ギルドへ行くのが一番手っ取り早いし、何より、こうして持ち帰った薬草を納品しなければいけない。報酬は子供のお小遣いみたいなモノだけど、僕にとっては貴重な収入である。そうして、足早にギルドへ向かった僕を、さらなる衝撃が襲った。 

 「うわっ、なんかギルドが黒くなって!? 

 一週間前、僕がクエストに出発するその時は確かに白塗りだった冒険者ギルドが、今は闇夜のような黒一色に染まっているのだ。この劇的なビフォーアフターを見間違えるはずがないし、記憶が狂うほど僕の頭はボケちゃいないはず。 

 「塗装工事……なワケないか……」 

 この変化も、村の不穏な状況と関係あるのだろうか。不気味にそびえる暗黒のギルドを前に、中へ入るのに若干躊躇するけど、入らないわけにはいかない。 

 怪訝な表情を浮かべながら、僕はギルドの扉へ手をかけてゆっくりと開いた。 

 「うわ……」 

 思わず、声が漏れる。ギルドのロビーには、武装した冒険者がひしめいていた。でっかい両刃剣を背負ったオークの剣士や、ギラつく大斧を担ぐドワーフの戦士。どれも、見たことのない顔ばかり。やはり一週間前に比べ、人数が増えているのは明らか。 

 恐らくは他の村人と共に、冒険者もここへ集まったのだろう。お蔭で今や、都市部の冒険者ギルドのような賑わいだ。何やら真剣な様子で話し合っている屈強な冒険者達の間を、掻き分けるように潜り抜けカウンターへと足を進めた。しかし、そこで三度目の衝撃が僕を襲う。 

 「カウンター閉まって!? 

 本日の業務は終了しました、とばかりにギルドの受付は空席。右を見ても、左を見ても、鎧かローブ姿の冒険者ばかりで、紺色の制服に身を包んだ職員の姿は見当たらない。 

 「なんで……っていうかどうしよう……」 

 これからどうするべきか、どこでクエスト達成の報酬が受け取れるのか、今ここで何が起こっているのか誰に聞くべきか。ぐるぐると思考しながら、僕はとりあえずロビーの隅に戻って、半ば呆然としながら立ちすくむ。本当にどうしよう。もう、国に帰ろうかな…… 

 「なぁ、そこの君」 

 うつむき悩む僕の頭上から、突然声がかかった。 

 「な、なに、お兄さん?」 

 ハっと驚きつつ視線を上げると、そこに立っているのは黒髪黒目に黒いローブ、頭の天辺から足のつま先まで黒一色の男。種族は人間かな。如何にもといったデザインのローブをまとっていることから魔術士っぽいけれど、僕の頭二つ分近く越えるほどの長身に、広い肩幅と引き締まった筋肉は、ダイダロス軍を退け続けた勇猛なスパーダ騎士にも勝ろうかというほど立派な体格だ。 

 顔は鼻が高く輪郭やそれぞれのパーツは整っているものの、恐ろしく鋭い目つきが、この男に圧倒的な威圧感を与えている。 

 一目で察する。僕の苦手なタイプだと。それは偏見ではなく、経験則。背が低く貧弱な体格の僕は、同年代の少年からは常に嘲笑の対象だった。特に恵まれた大きな体格を持つ者は、ことさら軽蔑の眼差しを向けてきたことを、子供心によく覚えている。 

 僕はエルフなんだから、小さかろうが細かろうが、魔力さえあれば腕力なんて関係ない――そう言い返せないのは、僕に魔力がないからだ。魔力に恵まれると有名なエルフでありながら、僕蝋燭ろうそくほどの火も、コップ一杯分の水も、魔法で生み出すことはできない。魔法が、使えない。冒険者ランク1は、確かに僕の実力を正確に反映したものだ。 

 でも今は、そんなトラウマめいた思いは胸のうちに留めておこう。今は関係ないことだし。僕はあくまで無感情に、男の声に応えた。 

 「見かけない顔だったから、今日クエストから戻ったのか?」 

 「そうだけど……」 

 少しばかり冷たい返事になるのは、当然だった。初対面の冒険者には警戒する。 

 しかしながら、こうして声をかけられたんだし、ここはこのお兄さんに何があったか聞いてみるのが良いかもしれない。どの道、誰かに聞かなければいけないことだ。改めて自分から、見知らぬ人に声をかけるより、このまま会話を続行させた方が楽だし、自然だろう。 

 よし、と小さく覚悟を決めてから、説明を求める台詞を続けようとしたんだけれど―― 

 「君が背負ってる武器、もしかして銃じゃないのか?」 

 その言葉に、僕は驚かざるを得なかった。 

 「……なんで知ってるの?」 

   

 ◇◇◇ 

   

 仮眠は一時間ほどで済ませた。ゆっくり休んでいる暇はないということだが、幸いにも、俺の体は特別製。体力だけでなく、回復力も中々のもの。流石に魔力は全快とまではいかないが、少なくとも疲労感はすっかり抜けている。 

 一時間前とは違う軽やかな足取りで階段を下り、冒険者がひしめくギルド一階のロビーまで戻ってきた。彼らはここで、ただたむろっているワケではない。ここに集っているのは剣士や戦士など、前衛を担当するクラスを中心とした面々だ。種族も装備も見事にバラバラな集団だが、決戦の時まで多少なりとも連携がとれるよう、時間の許す限り練習しようというわけである。最低でも、突撃と撤退の笛の音が聞き分けられるようになれば十分だ。 

 そんなワケで、彼らを引き連れて「練習に行くぞー」っと号令をかけようとしたその時、ふと、あるモノが目に入った。 

 「あ、あれは――」 

 俺の視線の先にいるのは一人のエルフ。その特徴的な細長い耳で即座に判明する。灰色のショートヘアに、リリィのように大きく円らなエメラルドの瞳と、幼く愛らしい顔つきの少女……いや、少年だろうか? 濃紺のコートを身にまとい、下は革のズボンにブーツという軽装の冒険者ではよくある格好をしており、その服装から男女の区別がつけられない。 

 ともかく、俺はそんな性別不明の男の娘に一目惚れして衝撃を覚えたのではない。あの子が背負っている武器に目を奪われたのだ。 

 「もしかしなくても、銃じゃないのか」 

   

  

   

 その長い重厚な鉄の筒は、どう見ても銃だとしか思えない。細長い銃身を備え、グリップとトリガーがついているのが確かに見えた。ショットガンのような、いや、より正確にはストックのないライフルのような形状だ。十字軍の兵士や、流れの冒険者がボウガンを持っているのを見かけたことはあったが、鋼鉄製の銃は初めてお目にかかった。 

 まさか、剣と魔法が戦いを支配するこの世界において、銃があるとは思わなかった。これは気になる。いや、純粋な興味を除いたとしても、あの銃は大きな戦力になるかもしれない。そんな淡い期待を胸に抱きながら、俺はロビーの隅で所在なさげに立ちすくむエルフっ子に向けて足を進めた。 

 何故だろう、ちょっと緊張してきたぞ。声をかけるのは当たり前の行動だし、この子が可愛いからといっても、別に下心があるわけでもない。しかしながら、不思議と街中でナンパするみたいな心境に立たされる。まぁ、ナンパなんてした経験はないのだが。 

 「なぁ、そこの君」 

 変に意識しないよう、つとめて冷静に声をかける。その子は兎のようにピクっと体を震わせてから、おずおずと顔を上げて、真っ直ぐ上目遣いで見つめてきた。 

 近くで見ると、ホントに可愛い顔してるな。これはもう『彼』じゃなくて『彼女』に三人称は決定か。 

 「な、なに、お兄さん?」 

 俺の変な思考が読まれてしまったのだろうか、拒絶オーラ全開な冷たい言葉が彼女から返ってきた。そんなあからさまに氷点下な態度をされると若干ショック。まぁ、俺みたいな目つきの悪い黒尽くめの怪しい格好した男に声かけられたら、警戒するのは当然か。 

 「見かけない顔だったから、今日クエストから戻ったのか?」 

 「そうだけど……」 

 ここにいる以上、冒険者であることは間違いないようだ。今日戻ったということは、今起こっている事情も知らないのだろう。 

 それにしても、二言目にしてもう彼女から険悪な気配が放たれつつある。こ、これはまずい。まだ本題に入ってないのに、このままでは次の台詞がこの場を立ち去る内容に確定だ。そもそも俺に、相手の警戒心を解く巧みな話術などあるわけないし。早いとこ銃について問いたださなければ。 

 「君が背負ってる武器、もしかして銃じゃないのか?」 

 「……なんで知ってるの?」 

 質問がそんなに驚きだったのか、大きな愛らしい目が一杯開かれる。 

 「普通は知らないものなのか?」 

 「銃なんて、よほどの武器マニアじゃなきゃ知らないよ。普通は、ってお兄さんの常識はどうなってんのさ」 

 出会って数十秒の相手にいきなり常識を疑われてしまった。でも確かに、異世界生活一年未満の俺には、常識知らずと言われても仕方ない。まだまだ知らないことばかりだしな。 

 「俺の故郷では普通だったんだよ」 

 言い訳くさいが、嘘ではないだろう。日本でだって、警察官の腰元を見れ38口径のリボルバーを目にすることができる。 

 ともかく、これで彼女の背負っている武器が銃だと確定した。というか、一応この異世界にも銃は存在しているらしいことも分かった。銃に関しては、聞けば割と素直に教えてくれたのだ。 

 しかし、こんな立派な銃があるのに全く普及していないのは何故なんだろうか。魔法の方が便利だからなのか、高価すぎるのか。あるいは、これから普及し始める時代なのかもしれない。 

 「とにかく、俺は君の銃にもの凄く興味があるんだ。良かったら見せてくれないか?」 

 「僕の銃は魔法機構を一切使ってない鉄の塊だよ。魔術士のお兄さんが期待するような術式なんて、ないと思うけど」 

 どうやらこの世界で『銃』といえば、魔法の杖の一種であるらしい。銃弾に何らかの魔法効果を籠めたり、発砲そのものを魔法で行ったり。あるいは、細長い筒から火や雷といった攻撃魔法をぶっ放魔法具マジックアイテムなんかも、まとめて銃と呼ばれるらしい。思えば、俺の『ブラックバリスタ・レプリカ』も銃の形さえしていれば、見た目通りの効果を発揮してくれるな。 

 「それじゃあ、魔法を使ってないなら、ソレは鉄と火薬で鉛弾を飛ばす純正の銃ってことだな」 

 「お兄さん……なんで、そんなコトまで知ってるの」 

 あれ、似た台詞をついさっき聞いたばかりだが。そして彼女の驚愕の表情も二度目だ。 

 「魔法の代わりに、火薬を使って弾丸を飛ばすタイプの銃は僕が作ったんだ。まだ誰にも構造を教えたりしてないのに、どうして火薬を使ってるって分かったのさ?」 

 細い眉をキっとしかめて、訝しげな視線を強める彼女だが、今は気にしていられない。 

 「本当に、君が作ったのか? 一切魔法を排除して、イチから弾丸を飛ばす機構を考案して、作り上げた。もしかして、火薬も自分で調合したのか?」 

 「調合ってほど立派なものじゃないけど、そうだね。だから僕以外に、火薬を使う銃を知ってるわけないんだ。あ、いや、もしかして、お兄さんの故郷じゃこのタイプの銃がすでにあるってこと……」 

 ぶつぶつと独り言のようにつぶやく彼女を前に、俺は銃を見つけた時を超えたさらなる衝撃に震えた。 

 「天才だ」 

 地球において、銃の歴史は浅くない。火縄銃のようなモノが完成するまでも、火薬の発明から様々な試行錯誤の末に生み出され、洗練されていった武器だ。 

 何もないところから、たった一人でこの形状へ行き着くなんてありえない。 

 いや、彼女には何かしらのヒントがあったのかもしれない。だとしても、火薬の存在していないこの世界で、自ら作り出し銃を生み出すというのはやはり、天才という他ない。 

 「凄い、凄いぞ、頼むからその銃を見せてくれ!」 

 「うぅ……そこまで言うなら、いいけど……」 

 俺の勢いに引いてしまっているのか、困り顔の彼女だが、もう今はそれを気にしていられるテンションじゃない。おずおずとこちらへ差し出される銃。 

 「おお、ありがとう!」 

 受け取ると、ずっしりとした鉄の重量が手にかかる。モデルガンくらいなら持ったことはあるが、実銃は初めてだ。しかしこの重量感は、やはり本物であると思わずにはいられない。 

 「これ、弾は入ってる?」 

 「まさか、今は抜いてる。トリガーを引いても何も起こらない、ただの鉄の筒だよ」 

 なら、下手にいじって暴発なんて事故は起きないな。安心して観察できる。 

 「猟銃のような感じだな――」 

 外観はストックのない猟銃。そういえば、こういう形は狩猟用のシングルショット・ピストルでもあったはずだ。ただ、この銃は小柄な彼女が使うことを前提に作られているためか、グリップはやや細く、全体としてコンパクトな形状をしていると思われる。 

 「けど、構造もほとんど同じだな」 

 マガジンもボルトもないところを見ると、一発一発弾を装填する、正しくシングルショット。 

 流石に彼女一人で開発したためか、現代の銃に比べて、弾丸を撃つための必要最小限の機構しか備えていないようだ。銃身を覗けば、内側は滑らかでライフリングもな滑腔かっこう銃身。火縄銃と同じように、丸い弾丸を発射するんだろう。 

 撃鉄の先に赤く輝く石が取り付けられているから、恐らくこれで点火させるフリントロック式か、それに近い方式のはずだ。ということは、火薬と弾丸は別々に装填しているってことか? 

 トリガーを引けば、ガキン、と撃鉄が叩く音。ちょっと感動だ。 

 「リロードはどうやるんだ? 銃身から弾を込めるのか?」 

 「前はそうしてたんだけどね、今は――」 

 銃を返すと、彼女は慣れた手つきで構える。すぐにガシャン、と音を立ててバレルが折れた。 

 「中折れ式だと……何て格好良さだ」 

 「そう? あ、ありがと」 

 素直な賛辞と受け取ってもらえたようだ。彼女はちょっと嬉しそうにはにかむ。その反応から、銃に対する思い入れが察せられる。きっと、苦心して作り上げたんだろう。 

 そんな苦労が垣間見える可愛い彼女の姿に、ちょっとキュンとしてしまう。いかん、出会って間もない少女相手に、何を心奪われかけているんだ俺は。まだ名前だって――ああ、そういえば名乗ってもいなかったか。 

 「まだ、自己紹介してなかったな」 

 「え、うん」 

 俺は首から下げたギルドカードを懐から取り出して、彼女へ見せる。 

 「クロノだ、よろしくな」 

 「……シモン」 

 お互い、ギルドカードはランク1を示すアイアンプレート。だが、俺は確かな期待を込めて、彼女と握手を交わした。 

   

 ◇◇◇ 

   

 シモン、という男っぽい名前の少女は、錬金術師だ。その名の通り、金を錬成することを目的とする者――だったが、それはいつしか魔法を用いない科学者を指すクラス名へと変貌していったという。自然科学や物理といった分野の研究者も名乗ることが多いらしいが、あまり厳密な定義はないようだ。 

 ともかく、独力で銃を開発してみせたこの天才少女は、他にも何かしら現代に通じる発明品を生み出しているのかもしれない。異世界に召喚されてから、今までずっと魔法に振り回されてきた身としては、久しぶりに科学技術に触れ合いたい。 

 そんなワケで、俺は半ば無理を言ってシモンちゃんの研究室を訪れたのである。 

 「ど、どうぞ……」 

 そこに建っていたのは小屋、というよりも物置だった。ちょっとばかし強い風が吹けば、そのまま倒壊してしまいそうなレベルのボロ屋。 

 シモンがバツの悪そうな表情で、立てつけの悪い扉をギギギと開いて中へ招いてくれる。 

 「これが研究室、か」 

 「しょうがないでしょ、ランク1の冒険者が広い部屋を借りる余裕なんてないんだから」 

 「いや、別にケチつけてるワケじゃないぞ」 

 ここは冒険者ギルドから徒歩三分ほどの場所に建つ宿屋である。故あってアルザス村を拠点にしているシモンは、乏しい資金で宿と研究室を確保した結果、この有様となったワケだ。 

 どの道、寝泊以外の目的に客室を使うのは許可できないだろうし、少しばかり金があったところで、このアルザス村で他に目ぼしい施設がそもそも存在しない。シモンがこの物置で研究し、寝泊まりしていることはある意味当然の結果だと理解はできるし納得もいく。だがしかし、である。 

 「不憫だ……」 

 俺は聞こえないようにストレートに心情を吐露した。 

 「座って」 

 普段使っているであろうデスクから、小さな木の椅子を俺へ勧めてくれる。他に椅子はなく、シモンはベッドへ腰掛けた。ってよく見たらアレ、木箱を並べた上にシーツをかけただけで、そもそもベッドですらない。ヤバいぞ、シモンちゃんは世界名作劇場に登場する不幸な生い立ちの主人公みたいな生活してんのか、ホントに不憫だ。 

 「お兄さん、今ちょっと失礼なコト考えてなかった?」 

 「いや、そんなことはないぞ。それよりも、確かにここは研究室って感じがするな――」 

 ぐるりと部屋を見渡せば、最初に出てくる感想は「物で溢れてる」だ。 

 向かい合う俺とシモンの間にあるデスクの上には、年季の入った辞典のような厚い本うずたかく積み上げられ、種々の工具が散らばっている。作りかけ機械カラクリ、原色が目に眩しい怪しげな液体、鱗や牙といったモンスターの素材。そんなモノが机、テーブル、棚、床、至る所に雑然と並んでいた。 

 うん、いかにも研究室といった感じだ。何もこんなところまでファンタジーイメージじゃなくてもいいのに、と思えるくらい見事な散らかりっぷり。確かにコイツは錬金術師の研究室だぜ! と違和感なく思える、まぁ他の錬金術師がどうなのかは分からんが。 

 「――とりあえず、あまり時間もないし、早速本題に入ろうと思う」 

 「え、うん」 

 俺の真面目な雰囲気を察したのか、若干緊張といった面持ちのシモン。 

 すでに、お互いの身分は明かしてある。俺が冒険者同盟のリーダーを務めているという情報を含めて。ランク1で、とは驚かれたが、俺の外見は強面なので、その辺は違和感ないそうだ。こういう時、舐められない容姿ってのは有利なのかもしれない。 

 もっとも、重要なのは俺のことではなく、十字軍を迎撃して避難の時間稼ぎをする緊急クエストの遂行についてである。 

 「先に確認しておくけど、君は緊急クエストを受けるか?」 

 「できればお断りしたいところだけど、キャンセル料払える懐事情じゃないからね」 

 ランク1のつらいところである。だが、協力の意思が確認できれば十分だ。 

 「でも、僕じゃ大して役には立たないと思うけどね。戦闘は勿論、雑用だって満足にこなせるかどうか分かんないよ」 

 見た目通りに非力だから、と自嘲気味に続ける。細見のエルフに加えて、こんな小さな女の子だというなら、腕力の弱さは当たり前だと思うのだが。 

 「いや、君には特別に頼みたいことがあるから、それをやってくれさえすればいい」 

 「頼みって……何さ?」 

 またしても怪訝な表情のシモン。俺は一体どんだけ警戒されてるんだ。でもまぁ、こんな凶悪顔の男と密室で二人きり、とくれば身の危険が……うわ、改めて考えると、今のシチュエーションって結構犯罪的だぞ。いや落ち着け、俺は真面目な依頼を彼女にしてるだけだ。 

 失礼かつ不埒な思考を振り切って、俺は単刀直入に頼みを口にする。 

 「銃を作って欲しい。単発じゃなくて、連射できるものだ」 

 俺が欲しいのは、機関銃だ。マシンガン、アサルトライフル、では足りない。機関銃なのである。 

 十字軍の主力は、当たり前だが人間の歩兵だ。イルズ村で俺が散々に殺してやった、白いサーコートにチェインメイル装備の兵士。一人当たりの戦力は、野良ゴブリンとどっこいか、人の知能があるだけやや上か、といったところだが、やはり脅威的なのはその数だ。改造強化された俺だって、断続的に戦い続ければ体力も魔力も尽きる。事実、イルズの時は最後の最後は死にかけたわけだし。 

 ともかく、十字軍を迎え撃つにあたって必要なのは、この圧倒的な数を止める火力。そして、そのための機関銃である。俺魔弾バレットアーツと合わせて十字砲火できれば、歩兵の正面突撃は粉砕できるだろう。あくまで、希望通りのスペックの機関銃ができればの話だが。 

 「連射、か……製作期間は?」 

 「一週間あるかどうか、ってとこだ」 

 「うん、無理」 

 一蹴されてしまった。愛想笑いも何もなく、真顔での否定。綺麗な緑の瞳が、俺の正気を疑っている。 

 「単発で、どうにか実戦に耐えるモノができてるって状態なのに、連射なんて無理だよ。一応、連射する機構のアイデアは幾つかあるけど、まだまだ構想段階で、試作にも至ってないからね」 

 全く、仰るとおりである。ソレができるんだったら、シモンちゃんの武装はフリントロック銃ではなくアサルトカービンだろう。 

 無論、俺だって提案する前から、そんなことは承知している。いくら天才少女でも、一週間でブローニングM2重機関銃を仕上げてくれってのは無茶な要求である。 

 「魔法を組み込めば、どうだ?」 

 「それは魔術士に頼んでよ。魔法の杖を作る専門のね」 

 「いや、発射そのものは使用者の魔術士が、攻撃魔法で火薬代わりの爆発力を与える。弾丸は別に用意しておく。装填は、薬室内に召喚する。できれば、ここは自動化したいところだが」 

 「……ちょっと待って」 

 そうシモンが口にした瞬間、目の色が変わった。あくま比喩ひゆ表現ではあるのだが、本当にエメラルドの瞳がギラリと輝き、彼女の雰囲気が一変したのだ。 

 「魔法はあくまで補助……術式は省いて術者依存にすればよくて……必要なのは……」 

 ぶつぶつと念仏のように独り言をつぶやきながら、シモンは一枚の紙と一本の万年筆を手に取った。次の瞬間には、彼女の細腕が雑多なモノで溢れ返っている机の上を邪魔だとばかりに薙ぎ払った。他の本やら工具やらは、ガラガラと音を立てて床へ追い落とされる。 

 強引に机のスペースを空けるなり、薄汚れた白紙を広げて万年筆で何やら描き始めた。 

 「設計図か?」 

 「ううん、イメージだけの落書き」 

 俺の方一瞥いちべつすらせず、ガリガリとお絵かきに集中するシモン。彼女の姿には、どこか鬼気迫るものが感じられる。 

 「こんな感じで……っていうか、反対側にいたら見えないでしょ、こっち来てよ」 

 ポンポンとベッドを叩きながらも、右手は忙しなく書き込みで動いている。色気のない誘い方――なんてセクハラ的な冗談など、とても言えない。はい、ボーっとしててすみません、なんて反射的に謝ってしまいそうな雰囲気である。 

 「どうかな、お兄さんが言ってるのって、こんな感じ?」 

 相手が異性であることを鑑みて、少し間隔を空けて隣に座ったのだが、一瞬で距離を詰められた。銃のイメージ図が描き上がったらしい紙を手に、肩が触れ合う、正確には彼女の肩が俺の胸にあたる、くらいに急接近。ふわり、と少女の芳しい香りが鼻をくすぐった。 

 「あ、ああ、大体そんな感じであってる」 

 何を意識しているんだ俺は。彼女は今、錬金術師として物凄く真剣になっているんだぞ。不埒な感情はさておいて、機関銃構想に集中しなければ。 

 シモンが速攻で書き上げた図は、お世辞にも上手いとか綺麗とかいえない雑然としたラインと、アルファベットモドキな異世界文字によるメモの走り書きが踊っていた。解読するには、少しばかり凝視しなければいけなかったが、よく見れば、確かに俺が意図した通りの仕組みがそこに描かれていることに気づかされる。 

 銃の基本構造はそのままに、発砲に必要な推進力を得る部分のみ、魔法を使用するという構成。シモンの持つ銃と似たショットガン型の図に、弾丸を表すだろう丸い円が矢印で示されている。 

 「そういえば、銃弾は丸いし、銃身も滑膣式だよな。この機会にライフリングを施して、弾丸も円錐形に変えたらいいかもな」 

 この子なら、簡単な説明だけですぐに理解できるとは思うが、一応、分かりやすく例を示す。シモンの顔の前で、俺はいつもお世話になってい魔弾バレットアーツの疑完全被鋼弾フルメタルジャケットを作り出す。掲げた人差し指の先に、黒い流線形の弾丸が形成され、ゆっくりと回転を始める。勿論、発射はしない。 

 「――あ!? 

 これを見た瞬間に、シモンの大きな目が驚愕で見開かれる。まるで、初めて魔法を見たような反応だ。俺の黒魔法は珍しい方かもしれないが、そこまで驚くほどのものではないと思うが。 

 「こういう形の方が、空気抵抗が小さいから弾道が安定する。高速で回転させるのも、弾道を安定させるためだ。ジャイロ効果、とかいうらしいが、詳しい原理は俺もよく分からん」 

 「な、なんで……こんな簡単なコトに気づけなかったんだろ……」 

 うわー僕の馬鹿ーっと、灰色の髪をワシャワシャして何やらショックな様子。どうやら、今まで球形の弾丸にこだわっていたことを後悔しているようだ。 

 確かに、この弾丸の形状はちょっと工夫すれば思いつきそうなモノではあるが、そうそう上手くいかないのが人ってものだろう。 

 「ねぇお兄さん、もしかして、他にも銃について何かアイデアあったりする?」 

 悔しいけれど、気になっちゃう、みたいな上目遣いで問いかけられる。思わず意地悪したくなるような、何ともそそる表情。だが、俺は可愛い子を泣かせて喜ぶ趣味はないし、ツンデレでもない。思いつく限りのことを話してやろう。 

 「そうだな、シモンの使ってる銃だったら銃床ストックとかスコープをつけるとか。こっちの連射できるヤツは、設置型でもいいからもっと大型にしても――」 

 そうして、俺は警戒感よりも興味を優先させるシモンと、銃についてアレコレと語り合うのだった。 

   

 ◇◇◇ 

   

 リリィとフィオナは姉妹のように仲良く並んで、階段から一階ロビーへと降りてきた。 

 「ポーション作製は目が疲れますね」 

 「うーん、しぱしぱするぅー」 

 量を正確にするため秤とにらめっこを続ける調合作業を終え、二人は一旦休憩兼食事のために下りてきたのだった。 

 「お疲れさん、休憩するんかい?」 

 二人に声をかけたのは、動く白骨死体改めスケルトンの闇魔術士モズルン。共和国なら真っ先に討伐対象となる死神を思わせる邪悪な髑髏の風貌だが、すっかり見慣れた仲間の顔である。 

 「はい、お腹が空いたので」 

 「あっはっは、いっつもソレやなぁ、戦う前に兵糧食い尽くしたらあかんでぇ」 

 「善処します」 

 「ねークロノーっ、クロノどこー」 

 リリィがキョロキョロとロビーを見渡すが、お目当ての黒い長身は見えなかった。そもそも、ロビーは閑散としており、モズルン以外に人影は見えない。 

 「そういえば、前衛組みで演習すると言ってませんでしたっけ?」 

 「その予定やったけど、旦那は別件で出て行ったで、ふへへ」 

 何故か下品な含み笑いをしながら、髑髏の面が答える。 

 「えーどこいったのー?」 

 というリリィの幼い問いかけに、モズルンはあごの骨を不気味にカタカタ鳴らしながら懇切丁寧に答えた。やはり、やらしい笑いを含ませながら。 

 「えらい可愛らしいエルフのお嬢ちゃん口説いて、出て行ったで」 

 刹那、膨大な魔力が瞬時に膨れ上がった。魔術士であるフィオナとモズルンであっても、身震いせずにはいられない、強烈な気配。 

 「……嘘」 

 ぼんやりと、だが、はっきりとリリィはつぶやいた。 

 気が付けば、その姿は美しい少女の体へと変貌を遂げている。先ほどまでにこやかで愛らしい表情を浮かべていた幼子の面影は最早どこにもなく、能面のような冷たい美貌があるのみ。 

 「嘘、だよね?」 

 リリィは真っ直ぐにモズルンを見つめて問いかける。だが、そ仄暗ほのぐらく淀んだ深緑の瞳は、もっと遠く、別の何かを見ているよう。恐ろしく、不気味な視線。 

 「う、嘘やないて……ホンマに」 

 しかし、ここで嘘偽りない真実を答えられたのは、流石はソロでランク4の実力者。今度は恐怖で骨をガタガタ鳴らしつつも、モズルンはリリィにありのままを説明する。 

 クロノが仮眠を終えてロビーに現れるなり、恐らく今日クエスト帰りだったのだろう、見覚えのない顔の美少女エルフに声をかけ、すぐにそのまま「彼女と話してくる」と言い残し出て行ったこと。演習はイリーナに任せたこと。自分はただ、黙って見ていたこと。 

 「ふーん、そうなんだ。それじゃあ私、ちょっとクロノを連れ戻してくるから」 

 その言葉に、反論どころか質問さえ、差し挟むことはできない。できるはずもない。今のリリィは、触れれば大爆発を起こしそうな雰囲気なのだ。その身をつつ妖精結界オラクル・フィールドが、ビカビカとヤバ気な明滅を繰り返している。 

 「……大事にならなければ良いですね」 

 可憐な背中に、怒れる鬼神の如き気配をまとうリリィが冒険者ギルドを出ていくのを見送ったフィオナは、そう祈るより他はなかった。 

   

 ◇◇◇ 

   

 「――ヤバい!? 

 とんでもない殺気と魔力の気配を感じた。そう思った時にはもう、シモンの物置小屋、もとい研究室の薄っぺらい木の扉が木端微塵にぶっ飛んだ。 

 咄嗟の反応で対処できたのは、爆風からシモンを庇うため、そのままベッドへ押し倒し覆いかぶさるところまでだった。 

 「うわぁー!? なに、なんな!? 

 俺の体の下で、シモンが驚愕と困惑の絶叫をあげる。叫びこそしないが、俺も一体何が起こったのか、瞬時に把握できていない。十字軍の奇襲か、あるいはサラマンダーでも飛来したか。 

 「クロノっ!」 

 しかし、その聞きなれた麗しい少女の声音が、俺の予想を否定した。 

 「リリィか!? なんだ、っていうかどうした!」 

 虹色の羽を後光のように眩しく輝かせながら、雑然とした室内に踏み込んでくるのは紛れもなくリリィ。しかも、少女の姿で。 

 「今すぐそいつから離れてっ!」 

 仇敵を目の前にしたかのような憤怒の形相を浮かべるリリィは、物凄い迫力だ。軽やかに掲げられた右手の先に灯る眩いエメラルドの光球が、彼女の本気度合を示している。あの光の球から撃ちだされるレーザービームは、鋼鉄の装甲板さえ焼き切る威力を秘めていることを、俺はよく知っている。 

 そして、そんな輝く破壊力の矛先が向けられているのが、俺の腹の下にいるシモンであるらしい。 

 「え、ちょっと、あの人、誰? っていうか僕……狙われてる?」 

 見ず知らずの妖精少女にロックオンされていることを、溢れ出る殺意の気配から察せざるを得ないのだろう。俺の腕の中で、シモンの小さな体が震えた。 

 「ちょっと待てリリィ! 絶対なんか勘違いしてるぞ!」 

 全くもって意味不明な危機的状況であるが、とにかく、このままじゃマズいってことだけは分かる。うっかり取り返しのつかない最悪の事態は避けるため、とりあえず俺は体を起こしてから、リリィの前に立ちはだかる。万が一リリィビームが撃たれても、一発くらいなら黒盾シールド』で防ぎきれる。 

 「落ち着け、彼女はただの冒険者だ。敵じゃない」 

 半ば反射的に言い返した台詞だが、はたと気が付く。もしかしてリリィは、シモンのことを敵、つまり、十字軍のスパイか何かと勘違いしているんじゃないだろうか。 

 シモンは今日アルザス村に戻ってきたのだから、彼女の顔に見覚えがないのは事実である。確かに、見ない顔がいきなり混じっていれば、怪しい。怪しいのだが、そこには特別な事情など何もない。 

 「信用できない」 

 「今日クエストが終わって帰ってきたから、見たことがないというだけだ。十字軍のスパイとかじゃないだろう。というか、スパイを送る理由もないだろ、向こうには」 

 十字軍は正面から俺達を叩き潰せるだけの大軍だし、アルザスは難攻不落の大要塞というワケでもない。貧弱な防備の田舎村に立て籠もる冒険者相手に、スパイなんて搦め手は全く必要ないのだ。 

 それにしても、いつも聡明なリリィが気づけないはずがないとは思うが……どうやら、勘違いが暴走したってことなのだろう。ともかく、今は一刻も早く誤解を解くことなのだが―― 

 「そうだ、シモンにテレパシーをしかけてみろ! それで、嘘かどうか分かるだろ」 

 だから撃つなよ、絶対撃つなよ、とアピールしながら、俺は背中に庇っていたシモンを前へ出す。急に矢面に立たされて涙目な表情のシモンを、リリィは鋭い視線で睨みつけるが、それでも右手の光球は消してくれた。 

 「よしシモン、リリィに自己紹介だ。なるべく、友好的に頼む」 

 「え、あの、えーっと……シモンです。命ばかりは助けてください」 

 自己紹介というよりただの命乞いであるが、これでリリィにはシモンに敵意がないことは伝わっただろう。涙を流してガタガタ震えるほどの感情を、リリィのテレパシーが読み取れないはずがない。 

 だが、もしも、本当に万が一、シモンが十字軍のスパイだったとすれば、次の瞬間には首と胴が泣き別れとなる。強力なテレパシー能力を誇るリリィを相手に、隠し事は不可能なのだ。 

 「……くっ、分かったわ……ごめんなさい」 

 渋々といった表情だが、ついにリリィが納得してくれた。他ならぬ自らの能力によって、正しい事実を認識してくれる。細い眉をしかめた不満気な顔ではあるが、それで妖精結界オラクル・フィールドの光は弱まり、臨戦態勢は解除された。 

 勇んで登場した手前、中々に引っ込みのつかない立場であろうが、それでも自らの非を素直に認めたリリィは大人である。流石は実年齢三十二歳。 

 「良かった、分かってくれたか」 

 「ええ、ランク1の錬金術師で、エルフのくせに魔法が全く使えないってことはね。あと、クロノとは何もなかったってことも……最悪の事態にならなくて、ちょっと、安心したわ」 

 俺とシモンはベッドの上で銃について語り合っていただけで、決して命を狙われるような危険はない。お蔭で、この短い間に彼女と仲良くなれた気がする。濃密な時間を過ごしたものだ。 

 「でも、詳しい事情は聞かせてもらおうかしら」 

 誤解は解けたはずなのだが、何故かムっとした表情の晴れないリリィが、厳しい追及の姿勢を見せる。まぁ、何もやましいところはないのだから、説明するにやぶさかではないが。 

 「分かった。とりあえず、座ろうか」 

 俺はようやく窮地を切り抜けた安堵感と脱力感と共に、再びベッドへ腰を下ろす。未だに緊張でガチガチに固まってるシモンも一緒に、隣に座らせてやる。 

 「あの、僕、状況がまだよく分からないんだけど」 

 そりゃあいきなり命を狙われて、勝手に相手が矛を収めてくれたのだから、事情の把握などできるはずもないか。まして、リリィとは初対面だし。最悪の顔合わせとなってしまったが。 

 「大丈夫だ、その辺もちゃんと説明す――」 

 「ちょっと、そこ空けなさいよ」 

 台詞の途中で、リリィが俺とシモンの間に強引に割って入り、腰を下ろす。シモンの無実は明らかなのに、まだ警戒しているのだろうか。 

 対するシモンは、ぐいぐいと迫るリリィに恐れをなして、転がるように距離を空けた。 

 「それじゃあ、えっと、どこから話すかな――」 

 こうして、俺はリリィに長々と事情説明をする羽目になるのだった。シモンの名誉回復のためにも、しっかりと銃の有用性と彼女の天才ぶりをアピールしておこう。 

   

 ◇◇◇ 

   

 「怖い顔をして、どうかしたんですかリリィさん? もしかして、本当にクロノさんは――」 

 「いいえ、何もなかったわ。ただあの骸骨の下品な勘違いよ」 

 フィオナの問いかけに、リリィは努めて冷静に返事をする。 

 だが、すでに幼児の肉体へ戻ってしまっても、フィオナをして「怖い顔」と言わしめるほどの表情をしてしまっていることに、リリィは気づけない。 

 「それなら良かったです。色恋沙汰で内部分裂というのは、そう珍しい話ではないですからね」 

 「経験あるの?」 

 「いえ、私は一人で外から眺めているだけだったので」 

 外野でいる分、その人間関係と恋模様をじっくり観察できたということだろう。 

 「ウチは大丈夫よ。クロノは性欲も満足ぎょせないような、頭の悪い男じゃないから」 

 そして、リリィは少し休むと言い残し、フィオナの前から立ち去った。向かう先はクロノと自分が利用している客室。本人は今もまだ、扉が消滅して風通しの良くなった物置研究室でシモンと語り合っている最中。 

 リリィは主のいない客室に入ると、すぐにベッドへ飛び込んで、小さな手足を投げ出して寝転がった。 

 「……イライラする」 

 布団を被り、枕に顔をうずめるリリィは、そこに染み付いているクロノの匂いを胸いっぱいに吸い込む。普段ならこれ以上ないほど心を落ち着かせてくれるその香りも、今はリリィの心の波を殊更に掻き立てるだけの効果しかない。 

 「なんで、クロノ……あんな……」 

 一体何が、これほどまでに自分の心をかき乱すのか、分からない。だが原因はハッキリとしている。 

 「あんなに、嬉しそうにしてるの……」 

 それは、クロノがシモンへ向けていた感情。 

 銃の存在、魔法を使わない錬金術。そんな事情説明を聞いている間に、クロノがシモンの持つ『能力』に対して大きく心が惹かれていることが分かってしまった。それこそ、テレパシーを使わずとも、理解できてしまうほどに。 

 歓喜、好奇心、期待。そんな正の感情が入り混じった思いは、変に歪むことなくストレートに賛辞の言葉となってシモンへ届けられていた。 

 「あんなの知らない。あんな思いは、一度も、向けられたことなんて、無い」 

 リリィはこれまで間違いなくクロノと心を通わせて、圧倒的な信頼関係を築き上げてきた。それは勘違いではなく、自他共に認められる確かな絆。クロノの信頼と親愛は嘘偽りなく本物だ。そして、それをリリィも理解している。 

 だがしかし、親愛と興味はまた別の感情である。 

 リリィは確かにこれ以上ないほどクロノの『情』を獲得しているが、好奇心的な興味・関心を惹いているわけではない。しかし、シモンはソレを錬金術によって一気に集めた。何故クロノがそれほどまでに錬金術という技術に心惹かれているのか、分からない。テレパシーでも分からない。 

 そもそも、リリィはクロノの深層心理まで、テレパシーをしかけたりしない。それはクロノに対する誠意であり、信頼の証でもある。もっとも、クロノの頭は改造実験を受けた影響なのか、心の奥底まで覗き込めないような複雑かつ強固な精神防壁が構築されているのだが。 

 「気に食わない、なんで、どうして、あんなヤツが……」 

 だが今は、現実としてシモンがクロノの興味を一身に集めていることが、何よりも納得いかない。 

 リリィはこれまで一度も、クロノとの関係に不満を覚えたことはない。それはクロノの態度だけではなく、自分自身に関しても。 

 例えば容姿。クロノの前に現れる様々な女性、中にはフィオナやイリーナのように見目麗しい者がいる。今は亡きイルズ村のニャレコも可愛らしかったし、アテンも中々の美人であった。 

 だが、彼女達の美貌に対して自分が劣っていると、リリィは思わない。故に、その美しさを嫉むことなどない。 

 また、冒険者として命がけの戦いをするクロノ。そんな彼と肩を並べて戦う力も持っている、何ら無力感に苛まれることもない。そう、自分はクロノ相手パートナーとして一切不足のない、完璧な存在。 

 だがしかし、今日この日、シモンという人物の出現によって、最もクロノの心を惹いていたという事実が覆されたのだった。 

 「なんで、なんでよ、悔しい――」 

 そうして、ついにリリィは自分が持て余す感情の正体に気づく。それは、完全無欠の美と力を持つ彼女にとって、これまで全く無縁であった感情。 

 人として本能に近いほど原始的な感情にして、大罪とも称される、負の思い。 

 「――そうか、私、嫉妬してるんだ」 

 リリィは、生まれて初めて嫉妬の感情を覚えたのだった。シモンという名の『男』を相手に。 

   

 ◇◇◇ 

   

 アルザス村にやって来てから早くも五日が過ぎ去り、新陽の月三十日。最短襲来予想である三日を過ぎても十字軍は現れなかったので、より強固な防衛線を築くべく今日も工事中である。 

 アルザスの正面を守る、堤防沿いに設けられた木の柵はほぼ完成といってよいほどに仕上がり、大量の有刺鉄線によって補強されつつある。砦となるギルドの方も、俺の『黒化』とモっさんの永続エタニティ』は上手く機能し続け、今も一部の隙もなく黒一色のまま。ペンキが剥がれ落ちるようにボロボロになったらどうしよう、と実はちょっと不安だったが、杞憂で済んでよかった。 

 工事だけでなく、冒険者の訓練の方も順調に進んでいる。ある程度の連携はとれるようになってきたし、突撃、撤退を意味する笛の音を戦闘中でも聞き分けられるようになった。 

 「――おいヴァルカン、今ちょっと退くのが遅れただろ」 

 俺の手にあるのは、一本の角笛。コイツを思いきり吹くとブォーブォーと響く音色が、撤退の合図にすると決めてある。現在は、MPK作戦から無事に帰還したヴァルカンらのメンバーも含めて、アルザス村のはずれにある草原で演習を行っている最中だ。 

 ちなみにMPKとは、モンスタープレイヤーキラーの略で、ネトゲにおける悪質なPK行為である。俺の友人はこのMPKの達人だったが、まさかリアルで実行する時が来るとは思うまい。 

 ともかく、このだだっ広い草地に、木剣や棍棒で武装した前衛組みが揃って、前進、後退の練習をしている。二組に分かれて、片方が俺の吹く角笛に合わせて行動し、もう片方は自由に行動させる。模擬戦の集団バージョンといった感じだ。 

 そんな中で、ヴァルカンが敵役との斬り合いに夢中になりすぎ、撤退が遅れた様子を俺は見逃さなかった。あと一歩遅ければ、囲まれていたぞ。 

 「うるせーっ、笛の音が小さすぎるんだよ!」 

 「その立派な犬耳は飾りか」 

 「狼だっ!」 

 ウガーっと吠えるヴァルカンだが、これはこれで反省しているのだと、最近分かるようになってきた。ちょっと練習すれば、すぐに注意点が改善されるのだから、口では文句言いつつも、きっちり理解しているのだ。 

 「それじゃあ、十分休憩したら、次は組みを入れ替えてやるぞ」 

 そう指示を飛ばすと、冒険者達は模擬専用の木製武器を手放し、その場に座り込み休み始める。人間やエルフもいるが、ここにいるほとんどは、ヴァルカンのような獣人、オークやリザードマンといった大柄で屈強な種族が多い。外見的にも、実際の戦力的にも、頼りになる逞しい戦士集団である。 

 そんな彼らでも、割と本気で木剣でボカスカ殴り合えば、ある程度の負傷はする。この休憩は、怪我を治療するための時間でもある。 

 「はーい、リリィが治してあげるねー」 

 そう言って戦士達の間をウロチョロしている幼女リリィは、そ回復役ヒ−ラーの筆頭だ。彼女が小さな手のひらをかざすと、ぼんやりと優しい緑の光が発し、傷が癒えていくのだ。俺もガルーダに突っ突かれた傷を、そ固有魔法エクストラで治してもらった経験がある。 

 愛らしい外見の妖精に癒してもらえば、あんな怖い顔のオークも思わず頬が緩むほどの和み振り。 

 ちなみにリリィ以外にも、真っ当現代魔法モデルの治癒魔法を習得し治癒術士プリーストの冒険者は、少数ながらもいる。彼らのトレードマークは、白い法衣。無論、十字のマークは描かれていない治癒術士プリーストは、パンドラ神殿という宗教組織の法衣が標準装備であるらしい。 

 厳かな法衣姿のオッサ治癒術士プリーストに治癒されている冒険者の青年は、ちょっと面白くなさそうな表情。もうちょっとありがたみを持っても、いいんじゃないだろうか。 

 「あの、クロノさん」 

 治療風景を眺めていると、後ろから声をかけられた。俺をさん付けで呼ぶ人は、フィオナ以外にも結構いる。一応、リーダーだし。 

 「ああ、えっと、ローラだっけ? 確かイリーナの妹の」 

 振り向き見れば、そこに立つのは黒衣の魔女ではなく、鋼鉄の鎧をまとう少女。俺の問いかけに「はい」と静かに応えて、一礼してくれる。 

 「合同自警団の副団長が、何の用だ?」 

 後で知ったことだが、彼女は正式に合同自警団の副団長という肩書であるらしい。クゥアル村の自警団長は、村長の息子という地位によって決められたが、アルザス村の自警団は実力主義であるらしい。 

 イリーナ曰く、次女のローラは三姉妹でも一番強く、戦いの才能に溢れている。故にダイダロス騎士を目指したし、それを村の者も認めていた。ローラの経験のために、アルザス自警団は彼女を副団長に任命していたのが、その信頼の証だろう。 

 「すみません。勝手ながら、少し見学させてもらっていました」 

 「いや、別に文句があるわけじゃないんだ、謝らないでくれ」 

 ちょっとそっけない態度になってしまったことを後悔する。自警団には、ギルドでケチをつけに来られた件もあるし、つい身構えてしまう。それでも、彼女個人に恨みはない。問題があるのは、あの小太り男の団長様だからな。 

 「そっちは訓練とか、しなくてもいいのか?」 

 「防衛戦はどっかり座って待っているものだ、と団長が言うので」 

 下手に目立つ動きはできないということか。難儀なものだ。 

 「まぁ、大人しくしてくれるっていうなら、いいけどな」 

 実はこの自警団、まだアルザス村に駐留している。というより、防衛戦に参加するつもりらしいのだ。彼らは現在、村の中心部にある村長宅と付近の家屋を利用して、駐留している。 

 自警団を二分して、片方は本来の役割である避難民の護衛に出し、もう半分をアルザス村の防衛に残したという構成だ。兵数は五十人といったところか。一人でも多くの兵士が欲しい現状において、ありがたい話であるはずなのだが、どうにも不安が拭えない。この防衛部隊を、あの団長が率いるのだから。 

 イリーナが言っていたが、どうやら団長は何かしらの戦功が欲しいようなのだ。十字軍相手に戦果を挙げ、スパーダに逃げ延びた後に自分を売り込む腹積もりらしい。そういえば、この男もダイダロス騎士を目指して教育が云々と叫んでいたから、今度はスパーダ騎士を目指すということなのだろう。 

 もっとも、この危険を伴う防衛戦参加を決意させたのは、俺とのギルドの一件が原因らしい。要するに、見下している冒険者にコケにされて対抗意識がメラメラと、といった具合である。 

 「本当に、勝手なことばかりで、申し訳ありません。隙を見て避難の手伝いくらいはしているのですが、柵の工事などは……」 

 自警団員の個々人としては、団長の徹底的な待機命令を順守するのは、かなり心苦しいようだ。村の危機である以上、自分でできることは何でもやる、といった気持ちになるのは当然だ。 

 しかしながら、困ったことにこの団長は「そんなのは我々の仕事ではない」と、突っぱねている。その傲慢なスタンスのせいで、堂々と避難の手伝いもままならないという有様。荷車への積み込みやら物資の搬入やらといった力仕事は、自警団を務めるような逞しい者が率先して協力すべきだと思うのだが、団長は一切譲らない。自分をすでに高貴な騎士とでも思い込んでいるんだろうか。 

 「工事の人手が欲しいって時に、黙って待機してるだけの連中が見えるのは不満だが、下手にしゃしゃり出てこられる方が困るからな。元より、自警団の人員はアテにしてなかったし」 

 「うぅ……本当に、すみません……」 

 いかん、そのつもりはなかったのだが、凄い嫌味で糾弾してしまったみたいだ。ローラは青い瞳を薄らと潤ませて、力なくうつむく。心なしか、エルフの長耳も、シュンと下がってるように見える。 

 「別に、責めてるワケじゃないんだ。なんというか、そっちも大変だな、上司がムチャクチャで。俺達のことは、気にしないでくれ」 

 「……戦いでは、必ずお役に立ってみせますので」 

 頼む、とだけ返して、話を切り上げる。自警団はあの団長が一人で好き勝手やってるような状態だ。今更トップを代えても混乱が生じるだけだし、戦う前に内部分裂なんてなったら、目も当てられない。 

 果たして、同じ現場に別々の指揮系統の集団がいて、上手く防衛に動けるかどうか。激しく不安だが、こればかりは今更どうしようもない。本当に、自警団が余計な真似をしないのを、祈るばかりだ。 

 「あの、良かったら私と、手合わせしてもらえませんか?」 

 もう話は終わったか、と思いきや、いきなりそんなことを頼まれた。というより、俺に声をかけたのは、こっちが本題だったのだろうか。 

 「俺は構わないけど、いいのか?」 

 ウザい団長が目を光らせてる、というような話をしたばかりである。ケチをつけられれば面倒くさいし、そうでなくとも、彼女がお叱りを受けるのも避けたいところだ。 

 「団長は今頃、作戦会議という建前で酒盛りしてるので、見つかることはありません」 

 できれば、冒険者の方々にも黙っていてもらえれば幸いです、と念を押すローラ。どうやら彼女、嫌々ながらも真面目に団長命令に従う、というワケでもなく、バレなければOKといしたたかさもあるようだ。 

 「分かった、口止めはしておく。もし他に、俺達と一緒に訓練したいというヤツがいたら、連れてきてもいいぞ」 

 「ありがとうございます」 

 とりあえず、お互いに真剣でやり合うのはまずいので、木剣と木槍を用意する。という建前で、傍らでさりげなく俺達の様子を見守っていた姉のイリーナに声をかけた。 

 「一応、確認しておきたいんだが、ローラの行動に裏があるってことはないよな?」 

 「うふふ、意外に疑り深いのね、クロノくん。安心して、あの子はただ純粋に戦ってみたいだけだから」 

 戦闘狂というほどでもないが、騎士を目指すだけあって、強い者と手合わせするのは彼女の望むところであるらしい。 

 「万が一、自警団からちょっかいかけられたりしたら、面倒だしな」 

 「大丈夫よ、誰もあの団長に忠誠なんて誓ってないから」 

 立場上、命令には従うが、アイツに義理立てしようなんて者は、誰もいないようだ。 

 「そんなことよりも、油断せず戦いに集中した方がいいわよ」 

 自慢の妹を紹介します、とばかりに自信満々な顔で、イリーナは言葉を続けた。 

 「あの子は『加護』を習得しているから」 

 「……加護?」 

   

   

 神はいるのかいないのか? 信じる人の心に神はいる? いや、それでは神が実在していることにはならないのでは? 神について様々な議論はあるけれど、俺が十七年間生まれ育った現代日本において神の存在なんて幻想でしかない。別に宗教や信仰心そのものを否定するつもりはないが、目で見て触れるような、それでいて奇跡を成してくれる実物の神様は、地球では誰も目にしたことがないのは事実だ。 

 しかしここは異世界、俺がいた世界とは別の理・法則が支配するファンタジーワールド。そう、この異世界において『神』は実在するのだ。 

 その証拠の一つが『加護』である。 

 単純にいえば神様が人に力を与えること、またソレによって得た能力そのものが『加護』と呼ばれる。例えば、強化魔法を使わずに通常より身体能力が上昇したり、習得していない特別な魔法を使えるようになるなど、その効果は様々だ。 

 「黒き神々……か。そういえば、イルズでも聞いた覚えがあるな」 

 「うん、パンドラに伝わる神様の総称ね。妖精女王も、この黒き神々の一柱だし、私が元の姿に戻れるのも、加護の力のお蔭ってことなのよ」 

 そんな説明をしながら、幼女リリィが俺の右手首をペタペタと触りながら、治癒魔法を念入りに施してくれている。淡く輝く緑の光が、ほんのり暖かで気持ち良い。 

 「八百万の神々みたいな感じだな」 

 この黒き神々を祀っているのが、パンドラ神殿というわけである。首都ダイダロスにも大きな神殿があり、ど偉い神官だか司祭だかいう人物もいたのだとか。ちなみに、この神殿で本当に加護を授かっているかどうか、証明する儀式を受けられるという。 

 「ローラの加護は、『暗黒騎士・フリーシア』って言ってたよな」 

 「魔王に仕えた最初にして最強の騎士。永遠の忠誠を誓う、騎士の代名詞といえる英雄ね」 

 黒き神々は、かつてこの世界で実際に生きた人物が、死後に神様へと存在を昇華されて誕生するといわれている。無論、誰でもというわけではなく、何かしらの偉業を成し遂げた伝説的な人物ということになるが。もっとも、その伝説というのは良い意味でも、悪い意味でもある。一国を救った英雄は神になるが、また、一国を滅ぼした邪悪なドラゴンもまた、神になることもあるという。善い神と悪しき神、全て混ざって黒き神々なのだ。 

 当然、この中にはパンドラで最も有名な人物である『魔王』その人も含まれるが、未だかつて、魔王の加護を習得した者は誰もいない。だが、定期的に「俺は魔王の加護を授かったぞーっ!」という大ホラ吹きが現れるので、挑戦者は現代でも後を絶たないようだ。 

 「加護の能力を実感できなかったのは、ちょっと残念だな」 

 すでにして、俺とローラの模擬戦は決着がついている。試合的なルールでいえば、俺の負け。実戦的な意味では、俺の勝ちという、やや複雑な決着であった。 

 流れとしては、まず俺の木剣とローラの木槍が数合、打ち合う。彼女の突きや払いは、どれも鋭く的確だが、まだ俺の眼も体もついていけるスピードだった。そして、互いの体つきを見れば一目瞭然だが、パワーでは圧倒的に俺が勝る。 

 ローラの巧みな槍捌きを、俺が力任せに切り開く。そうして、間合いを一歩踏み込んだその時、槍の穂先が俺の剣に絡みついた。 

 固い木の穂先なのに、蛇がうねるように動いた錯覚。その瞬間に、俺は自ら剣を手放した。一瞬でも反応が遅れていれば、俺の指か手首は強かに打ちつけられていた。無論、本物の槍なら、切り落とされていたところだ。 

 ダメージこそ受けずに済んだが、ここで武器を手放してしまった俺は、試合的に見れば敗北だろう。武器を弾き飛ばす、ローラの技あり。 

 だがしかし、俺も冒険者同盟のリーダーとして、ただで負けてやるわけにはいかない。素手になったにも関わらず、往生際悪く戦闘を続行。 

 その意思は、すぐにローラも察した。彼女は一切の油断も容赦もなく、次の一手を繰り出してきたのだから。今度こそ俺を叩きのめす、強烈な突きが放たれた。 

 ここで俺は、勝負をかけた。迫り来る穂先、それを直接、掴み取る。成功したのは、半分以上は偶然である。 

 相手の得物を掴んだ俺は、そのまま力任せにぶん投げた。そのまま真っ直ぐ上に持ち上げるように、ローラの体が浮く。いくら鎧を着ているとはいえ、所詮は細い少女の体。その総重量などたかが知れる。というより、俺の腕力なら、重装備のオークだって持ち上げられる。 

 最後まで槍を手放さなかったローラは、そのまま地面に叩き付けられた。そこで、パイルバンカーを顔面で寸止めすれば、完全に勝負は決した。 

 「普通は模擬戦じゃあ、加護は使わないからね。誰が見ても、クロノの勝ちよ」 

 「ありがとな、これで面子は保てたよ」 

 ローラとしても、潔く「私の完敗です」と認めていた。リリィもこう言ってくれるなら、ただ花を持たされたというワケでもないのだろう。 

 「しかし、何て言うか真面目な子だな。騎士の加護を授かったってのが、ちょっと分かるよ」 

 そんな彼女は今、冒険者と混じって訓練に参加している。ローラは長らく『三猟姫』のメンバーとしてアルザス村で活動してきたから、周辺の冒険者とは顔見知りだ。何とも自然に馴染んでいる。 

 ちなみに角笛はイリーナに渡して、俺は呑気に回復中。 

 「むぅー、リリィも頑張ってるんだけど。妖精女王様の加護持ってるんだけど」 

 急に子供に戻ったリリィが、何故かちょっとむくれて抱き着いてくる。治癒魔法は途中で放棄。まぁ、別に負傷したってワケじゃないから、別にいいんだが。 

 「そうだな、リリィが一番頑張ってるな、よしよし」 

 そうやってリリィを猫可愛がりしている内に、本日の演習は終了と相成った。 

 だがしかし、今日の本番というか、メインイベントはこれからである。 

   

   

 「よし、全員揃ったな。これより、俺達の『エレメントマスター』の実力を確認する実験を行う!」 

 高らかに宣言する俺の目の前には、最初から一緒だったリリィと、後から合流したフィオナがいる。 

 時刻はそろそろ日暮れかといったところ。冒険者達は訓練を終わらせ先にギルドへ帰らせ、この事実上の演習場と化した原っぱには、俺達三人しか残ってはいない。 

 この実験の趣旨は、本当にただの実力確認という意味合い以上のものはない。しかしながら、俺は大人状態のリリィとフィオナが最大でどれほどの威力の攻撃魔法を使えるのか把握していない。 

 リリィとは三ヶ月の冒険者歴を共にしているが、全力で戦うような強い相手は避けてきたし、フィオナに至っては、斥候部隊との戦闘しか見ていない。パーティを名乗る以上、メンバーの実力の把握は重要である。それが分かってないと、的確な役割分担などできないのだから。 

 「二人の実力はかなりのものだと思うし、きっと今回の戦いの鍵になるはずだ。期待してる」 

 「面と向かって言われると、何だか照れますね」 

 「ねーっ!」 

 本当に照れてるのかどうか分からない表情のフィオナと、ニコニコ元気な笑顔のリリィ。このツーショットは、なんだかんだで絵になるな。華のあるパーティメンバーである。 

 「それじゃあまず――」 

 「クロノさんからどうぞ。リーダーですので」 

 「頑張って、クロノー」 

 そうか、俺もやるのか。確かに、この二人もまた、俺の最大火力の技を目にしてないことになる。すっかり失念していたな。 

 「よーし、じゃあいいとこ見せるぜ!」 

 「わー」 

 「わーっ!」 

 フィオナの無感動な拍手とリリィの無邪気な拍手が耳に心地いい。 

 さて、俺の魔法で最大火力といえば魔弾バレットアーツ全弾発射フルバースト』だ。魔剣ソードアーツ』も貫通力だけでいえば魔弾一発あたりを遥かに上回るが、これは武器依存の攻撃力なので置いておこう。それと魔法と武技は別扱いなので、『呪怨鉈「腹裂」』を装備して発動可能となる『黒凪』もここでは除外。 

 それで、魔弾バレットアーツ全弾発射フルバースト』なのだが、その効果は黒色魔力の弾丸を大量に撃ち込むというものだ。こ遮蔽物しゃへいぶつのない平原で撃ちっぱなしにすれば、その弾丸は遥か彼方へ飛んでゆくのみで、特に爆発が起こるわけでも光るわけでもなく、後には攻撃前と何の変化もない風景が広がるのみ。 

 これではあまりに寂しすぎるということで、俺はターゲットとなる的を使うことにする。 

 「見れば分かると思うけど、あの的に向かって魔法を撃つ」 

 俺の指し示す先には、ぶっ殺した十字軍兵士から剥いだ歩兵装備を着せた、人型の的、ぶっちゃ山子かしが立っている。この村はずれの草原を演習場にするにあたって、わざわざ用意したのだ。 

 何でこんなもんがあるかといえば、前衛組みが弓の練習に使うためである。作戦通りに事が進めば、十字軍はアルザスの真正面から、流れる川をザブザブ渡って突撃してくる。奴らが正門まで辿り着くまでの間、剣士や戦士も弓の一発でも撃ってくれなければ、人手も時間も無駄である。 

 ベテランならどんな武器でもある程度は使いこなす器用さをみせてくれるが、ランク1や2くらいだと、得意武器しか使えないという者は多い。ここに集った冒険者も、半数以上はランク2以下である。戦いまで短い時間だが、それでも練習しておくに越したことはない。 

 ついでにいえば、人数分の弓を揃えるのも地味に苦労したところだ。イリーナが率先して手を打ってくれていなければ、ヤバかった。本当に頼れるお姉さんである。 

 ともかく、今は魔法の発動に集中しなければ。 

 「――行くぞ」 

 俺は二人から一歩前へ進み出て、『ブラックバリスタ・レプリカ』を構えた。すでに弾丸は『装填』済み。俺の周囲を取り巻くように、黒き弾丸の列がズラリと現出する。 

 魔弾バレットアーツ全弾発射フルバースト 

 千を超える漆黒の弾丸が、一斉に的へ向かって撃ち出される。本当に十字軍兵士へ向かって撃つように、発射された弾の威力に加減はない。木端微塵に、砕け散れ。 

 およそ百メートルの距離を刹那の間にゼロにして、ターゲットへ到達。的は蜂の巣になる、という状態すら通り越して、木製の人型も、チェインメイルとサーコートも全て、ミキサーにでもかけたようにバラバラに吹き飛ぶ。的があってもなくても、撃ち終わってみれば結局、そこに元から何もなかったかのような平野の風景が広がるのみであった。 

 「どうだ?」 

 「えーと、終わりですか?」 

 小首を傾げて、フィオナが聞いてくる。 

 「え、これで終わりだけど?」 

 それほど驚かれることはないだろうとは思っていたが、まさかここまで拍子抜けされるとは…… 

 「爆発したりとかは?」 

 「いや、爆発もしないし、ただ魔力を固めただけだから」 

 「あ、では追尾性能を持っているとか?」 

 「……真っ直ぐにしか飛ばないよ」 

 「ただ魔力の塊を撃っただけなんですか?」 

 「ああ、魔力の塊を大量に撃ってるだけだ」 

 「そうですか――」 

 どこか残念な人を見てしまったように、フィオナの細い眉が僅かひそめられる。 

 「――思ってたよりも、地味なんですね」 

 フィオナの容赦ない感想に、俺はちょっとだけ泣いた。そっか、俺の黒魔法って、地味だったんだ。 

 「クロノー、元気だして」 

 「すみませんクロノさん。私、思ったことが口に出てしまうタイプなので」 

 「いや……いいんだよ。俺の魔法が地味なのは事実だし……」 

 「はい、嘘でも凄いですと言ってあげるべきでしたね」 

 全然フォローになってないフィオナの台詞を甘んじて受け止めた俺は、どうにか気を取り直して、ネガティブ状態から復帰する。健気にダメな俺を慰めてくれるリリィだけが心の支えだぜ。 

 「よし、それじゃあ次はリリィがやるか?」 

 「うん!」と元気一杯に応えたリリィは、いつの間に取り出したのか、テニスボールくらいの大きさの真っ赤な宝玉を手にしていた。 

 紅水晶球クイーン・ベリル』と呼ばれるそ大魔法具アーティファクトは、妖精女王の加護を引き出し、リリィを本来の姿へ戻すことができる。制限時間付きではあるが、そこに秘める魔力量は膨大だ。 

 「ええーい!」 

 可愛らしい掛け声と共に、リリィの体が眩い光に包まれる。思わず目を背けるほどに。 

 「――ふぅ、それじゃあ私も頑張っちゃおうかしら」 

 そして次の瞬間にはもう、そこに幼いリリィの姿はなく、大人と子供の中間にある少女の美しさを具現化したような、成長したリリィが立っている。 

 「的は必要ないわね。私の魔法は地味な方じゃないから」 

 「ぐはぁ!」 

 唯一の味方だと思っていたリリィがこんなこと言うなんて!? 

 「んふふ、ごめんごめん、クロノの魔法が凄いって、私はちゃんと分かってるから、ね?」 

 意地の悪い笑みを浮かべながら、いつもとは逆にリリィが背伸びして俺の頭を撫でてくる。 

 なんだこのアメとムチ作戦は、こうやって男を手玉にとるイケナイ娘なのか少女リリィよ。 

 「お、俺のことはもういいから、早いとこやってくれ」 

 「はーい」と、驚くほど自然にウインクを俺へくれたリリィは、こちらに輝く羽が生える背を向けて、詠唱を開始した。 

   

   

 「素晴らしい魔法です。この威力を完全に制御できているのは、羨ましい限りですリリィさん」 

 目の前に広がる直径五十メートルほどのクレーターを前に、フィオナが賛辞を送る。リリィの必殺技星墜メテオストライク』の予想を超えた威力を前に、俺もフィオナと同じ心境だ。 

 っていうか、魔法ってここまで凄い威力を出せるものなんだな。コレに比べりゃ俺の魔弾バレットアーツ』なんて、地味どころか無に等しいんじゃないのか。 

 「ふふ、ありがとね。でもコレ、威力はあるけど攻撃速度遅いし、素早い相手だと上手く中心に捉えられないのよ。クロノの魔弾は必要な殺傷力だけを維持して無駄を省いてるから、人間相手ならそっちの方が便利だわ」 

 「そうですね、同じ数の相手を倒すにしても、クロノさんの方が魔力の消費はずっと低く抑えられるでしょう。リリィさんの方は、見た目通りかなりの魔力を消耗するのではありませんか?」 

 「連発できない程度にはね。確実に当たる時じゃなきゃ使えないわ」 

 二人とも、さり気ない俺へのフォローをありがとう。 

 「しかし、これだけの威力は並の魔術士じゃ出せるもんじゃないよな?」 

 「まぁね、今の私ならランク5の実力はあるし」 

 「十字軍にも、これだけの威力を一人で出せる魔術士はほんの一握りでしょう」 

 「やっぱりリリィだけ抜きん出て実力あるな。三十分だけとはいえ、守りの要になる」 

 「うふふー、そうでしょう、だから褒めて褒めてっ」 

 子供状態の時と同じようにすりすりと身を寄せてくるリリィ。少女の姿でやられるとえらい恥かしいぞ。でも、ちくしょう、可愛いヤツめ! 

 「では、最後に私の番ですね」 

 「あ、ああ、思い切りやっちゃってくれ」 

 甘えるリリィのせいで緩みかけた表情をキリリと引き締める。だが俺の右手はリリィの頭を撫で続けたままではある。離しがたい、この手触り。 

 「はい、お二人には今の内に、私の全力を見ておいて欲しいです」 

 フィオナは魔力の制御が上手くできず、図らずとも広範囲に攻撃してしまうせいでパーティを組めなかったという過去がある。それが紛れもない事実であろうことは、斥候部隊との戦いの折に、俺が身を持って証明している。逃げ出した敵の少女を仕留めるべく放った、中級攻撃魔法の火炎槍イグニス・クリスサギタ』でさえ、アレなのだ。確実に、上級を超える超威力の大魔法が飛んでくるに違いない。 

 しかしながら、その危険性を受け入れてこそ、フィオナを真のパーティメンバーにできるといえよう。すでにして、元十字軍傭兵に異邦人と、お互いの正体を明かしているんだ。そしてその時から、彼女の名前も呼び捨てにするようになった。短い付き合いながらも、確かな信頼関係が、築かれつつある。今は、さらに信頼を深める機会の一つだろう。だから俺は、恐れずフィオナの全力を見ようじゃないか。 

 「ああ、一番強いのを頼む!」 

 「はい、それでは――」 

 そして、フィオナが普段から手にする『アインズ・ブルーム』という銘長杖スタッフを振り上げて、朗々と詠唱を紡ぎ始めた。 

   

   

 リリィが造った五十メートルのクレーターは、今やその面影はない。何故なら、俺の目の前には新たに穿たれた破壊の跡、その大きさ実に直径百メートルに近い巨大なクレーターが誕生しているからだ。 

 「……大丈夫、クロノ?」 

 未だ少女姿のリリィが、正面から俺に抱き着いている。気が付けば、彼女の体を覆妖精結界オラクル・フィールドの光の内に、俺も全身が覆われていた。 

 「ああ、庇ってくれてありがとな」 

 「うん、無事で良かった」 

 そう、フィオナが一番強い魔法を放ったその瞬間、リリィが俺の元に駆けつけ守ってくれたのだ。割と遠くで炸裂したフィオナの魔法だったが、その余波がここまで及んだからこその行動であった。 

 大爆発によって生じたクレーターは、俺とリリィの目と鼻の先で止まっている。もしあの範囲にいれば――その答えは考えるまでもないだろう。 

 「……どう、ですか?」 

 そして、この大破壊をもたらした本人、フィオナがゆっくりとこちらへ振り返り言った。 

 どうだったかだって? そんなの決まっているだろう。 

 「凄いぞフィオナ! これで十字軍に勝てるっ!」 

 そう、凄い。とにかくこの火力は凄いぞフィオナ。全く俺の想像を遥かに超える素晴らしい威力だ。この破壊力をたった一人で叩き出す彼女はとんでもない魔術士、いや、魔女だ。 

 「やっぱり、フィオナが仲間になってくれて良かった。この火力、存分に生かしてくれ」 

 フィオナの前に立って、堂々と歓迎の意を伝える。 

 「そう、ですか……頑張ります」 

 トレードマークの三角帽子、その広いつばがやや下向きにフィオナの表情を隠す。なんだか、あまり元気のない返事だが。 

 「ん、大丈夫か?」 

 「すみません、この魔法を使うと――」 

 そのまま、フィオナは俺の胸へと倒れこんでくる。 

 「――しばらく動けなくなるくらい、疲れてしまうのです」 

 イルズ村で俺が一人で十字軍部隊と戦い、フィオナが助けに入った時とは逆だな。 

 あの時、倒れる俺を優しく抱きとめてくれたように、今度は俺がフィオナを受け止めた。 

 「そうか、ゆっくり休め」 

 「はい、お言葉に甘えます」 

 「しかしあれだな、一発撃つとぶっ倒れるっていうなら、使いどころはよく考えないとな」 

 「そうですね、でもそこはクロノさんが考えてください」 

 「分かった、ここぞという時に使わせてもらおう」 

 早速、攻め寄せる十字軍との戦いを脳内シミュレートしながら、俺はフィオナの体を抱き上げた。いわゆる、お姫様抱っこという状態だ。 

 「ふわぁ!? ク、クロノさん、この体勢は……」 

 「動けないんだろ? このまま村までちゃんと運んでやるから安心しろ」 

 「そういうことでは、その、なくてですね……」 

 三角帽子をいよいよ顔の前まで持ってきて、表情を完全に隠すフィオナ。 

 あ、もしかして、女性の体に軽々しく触ってんじゃねーよ的なことを思われたか……あくまで善意でやった行動なのだが、余計だったか。 

 「やっぱり降ろそうか?」 

 「そういうことでも、なくてですね……いえ、ではもうこのまま村までお願いします」 

 「おう、任せとけ!」 

 さぁ行くか、と思ったその瞬間、背中にぶつかる小さな衝撃。 

 「クロノ、私も、動けないくらい疲れたから、運んで」 

 「お、おい、リリィ?」 

 「運んでよ、私も」 

 振り返り見ると、いつもの微笑みを浮かべて可愛くお願いしてくるリリィ。 

 だが俺には分かる、目が笑ってない、いうなれば、ちょっと怖い。 

 「いや、リリィさっきまで普通に元気だったじゃ――」 

 「疲れたの、今どっと疲労が押し寄せてきて立ってられないの。だから私も運んでよ、抱っこしてよ、フィオナだけズルイ」 

 「……分かったよ」 

 抵抗できる気がしなかった。結局、リリィとフィオナをおんぶに抱っこの状態で、俺は頑張ってアルザス村目指して歩くことになるのだった。そして帰還した俺達の姿を、冒険者達が何も言わず生温かい目で出迎えてくれたことは、言うまでもないだろう。 

   

   

 「な、何だこれは……」 

 エレメントマスターの最大火力実験を終え、ギルドへ戻る頃には夜を迎えていた。そして、扉を開けて発した第一声が、これである。いや本当に、何だコレ。 

 目の前に広がるロビーには、提灯によく似た光を放つ飾り付けがそこら中に施され、デカい笹の葉みたいな植物が設置されており、殺風景な空間が一変して七夕のお祭り会場が如き装いだ。おかしい、俺が昼過ぎにギルドを出て行ったときには見慣れたロビーだったはず。 

 「おう、帰ってきたなクロノ」 

 「ヴァルカンか、なんだこの――ってお前の格好もなんだ!? 

 現れたヴァルカンは、厳つい狼ヘッドに捻り鉢巻、それとどうみて法被はっぴにしかみえない薄手の衣服を灰色の巨躯に羽織っている。その背にはデカデカと、『夏』を意味する一文字が。 

 「そりゃお前ぇ、今日は夏越しの祭りだろうがよ」 

 「そうか、そういえば今日が、新陽の月三十日だもんな……」 

 そうだ、今日この日、本来なら俺はイルズ村で過ごしていたはずだった。ニャレコと、ニーノと、アテンと……友人達と一緒に屋台を回り、歌い、踊り、一晩を飲み明かす。 

 けれど、それはもう二度と叶わぬ夢。幻の日だが、祭りの当日は、やって来たのだ。 

 「実は俺、夏越しの祭りは初めてでさ。屋台とか沢山出るって聞いて、楽しみにしてたんだ」 

 「流石に屋台までは用意できねぇな。この村に残ってんのは、もう俺らくらいだしよ」 

 こうしてギルドを飾り付け、酒盛りを開催するのが精一杯なのは、仕方のないことである。むしろ、短い間によくここまで用意したと評価すべきだろう。 

 「な、なに辛気臭い顔してやがる! 今はパーッと飲むことだけ考えりゃいいんだよ!」 

 そんなに感傷的な気分が顔に出てしまったのか。それとも、意外にヴァルカンが空気の読める男なのか。両方な気がする。 

 「そうだな。明日一日くらいは余裕ありそうだし、今夜は飲んで気晴らししても良いか」 

 何より、荒くれ冒険者のくせに全員お行儀よく席について、乾杯の宣言を今か今かと待ちわびる期待の眼差しを一心に受ければ、中止の選択肢はありえない。 

 「おらっ、みんな待ってんだ、さっさと乾杯の音頭をとりやがれっ!」 

 「はい、どうぞクロノくん。最初の一杯麦酒エールでいいわよね?」 

 促すヴァルカンの背後から、黄金色の液体と真っ白な泡でイッパイになったジョッキを片手に、頼れるお姉さんことイリーナが現れる。その服装は、何故かギルドの給仕服。恐らくは、今日限りの特殊装備なのだろう。そんな美人のメイドエルフからジョッキを受け取り、高らかに掲げて叫ぶ。 

 「よし、それじゃあ今夜は好きなだけ飲め野郎ども!  乾杯っ!」 

   

   

 思えば、こうして全員で酒盛りってのはなかった。斥候部隊を殲滅した晩に、クゥアル村ギルドで飲んだが、あの時は今の半分くらいの人数だ。イリーナ含め、各村の冒険者達が合流する前だったからな。 

 俺はこの機会に冒険者達との親睦を深めるべく、あいさつ回りの営業マンよろしく各テーブルの間を右に左に大忙しだ。もっとも、ここ何日も共に迎撃準備を過ごした仲だ、全員顔見知りにはなっている。 

 「しかし、凄い混雑ぶりだ……」 

 現在、冒険者一同が集ったギルド一階は満員御礼の盛況ぶり。酒場席だけでは足りず、クエスト受付のカウンターがあるロビーの方までテーブルを運び込んで座席を拡大している。 

 おまけに、よく見れば冒険者以外にも、合同自警団の団員と思しき者もちらほら見受けられる。とりあえず、彼らの中で唯一の顔見知りである副団長のローラに声をかけた。 

 「よう、ローラ。よく来てくれた」 

 「こんばんは、クロノさん。勝手に参加したことを、まずはお詫びします」 

 やや申し訳なさそうに頭を下げるローラ。今の彼女はオフであるため、薄手のシャツにカーゴパンツのようなズボンというラフな装い。武装した格好しか見たことなかったから、どこか新鮮に映る。 

 普段は兜で半ば隠れている綺麗な顔とブロンドのロングヘアがはっきり露わになっているのには、グっとくるものがある。イリーナといいシモンといい、やはりエルフは美形揃いだ。 

 「少しでも冒険者の方と交流が深まればと思ったのですが、もし迷惑でしたら――」 

 「そんなに遠慮しなくていいぞ。飲みたいから来た、ってだけでも十分だ。歓迎する」 

 こういう場ではケチケチしてもしょうがない。まぁ、村の酒蔵に残されたのを勝手に拝借してるだけなので、そもそも俺のもんじゃないし。二つの意味で、細かいことは気にしない。 

 「そう言ってもらえると、助かります」 

 いいってことよ、気にすんな。そうして、俺麦酒エール入りジョッキとローラ葡萄酒ワイン入りグラスを合わせる。乾杯。 

 「おおーっ、小姉ちゃんが男の人と仲良くしてる!」 

 と、わざわざ指差しまでして言いながらひょっこり現れたのは、小さいイリーナ。否、金髪碧眼に三つ編みとそっくりな容姿であるが、この子は『三猟姫』のエルフ三姉妹の末っ子、ハンナである。 

 「ハンナ、人を指差してはいけまん。あと、余計なことも言わないように」 

 「えー、クロノさん顔は怖いけどぉ、強いし真面目だし良い人だと思うよ。アタシのイチオシ!」 

 「すみません、クロノさん。こういう子なんです……」 

 やれやれとばかりに嘆息しながら、ローラが俺に申し開く。 

 「いや、気にしないでくれ。もう知ってるから」 

 ハンナは中学一年生といったやや幼い容姿であるが、彼女は立派に『三猟姫』のメンバーだ。大姉ちゃんことイリーナと、二人コンビということになる。 

 冒険者である以上、彼女にも当然、迎撃準備を手伝ってもらっている。ハンナのクラスは射手でも騎士でもなく、召喚士サモナー』だ。捕えたモンスターを調教したり、卵から育てて飼いならしたりして、自らの使い魔サーヴァント』として使役する、ちょっと特殊なクラスである。 

 ハンナは十五歳という若年ながらも、複数の使い魔を所有する優秀な召喚士だと、イリーナがやっぱり妹自慢してくれた。しかしながら、それは決し身内贔屓みうちびいきということではなく、実際に彼女は使い魔によるアルザス村周辺の警戒という役割を見事に務めてくれた。 

 ウィンドルという狼型のモンスターと、ブラックバードという大きなカラスみたいなモンスターの二種を行使し、地上と空の両面から警戒、索敵をしてくれる。そして、使い魔からもたらされる情報と、今朝方、アルザス村に帰還したスーさんの報告によって、かなり正確に十字軍の進軍状況を把握できているのだ。今こうして飲んで騒いでいられるのも、ハンナの活躍があってこそである。 

 しかし、やはりこの年頃の女の子らしく、色恋の話題に無暗矢鱈むやみやたらに積極的。未婚の大姉ちゃんイリーナの婚期を心配してるだとか、クロノさんはリリィさんとフィオナさんどっちが本命なんですかとか、何でもかんでも恋愛に結び付けるちょっと困った子だ。 

 「ああ、それとハンナ、本人の前で人物評を語るのはやめてくれよな」 

 「ええー、折角クロノさんのことベタ褒めしてあげたのにー」 

 ベタ褒めしても、俺の凶悪面はフォローされないんですね。子供って、素直だ。 

 「ハンナ、いい加減にしなさい」 

 「でもさ、小姉ちゃんを倒したんなら、クロノさんはお付き合いする最低条件はクリアして――」 

 「ハンナ、いい加減に、しなさい」 

 諌める言葉こそ変わらないが、ここでローラのアイアンクローが炸裂した。哀れ、可愛い三女は暗黒騎士フリーシアの加護を宿すお強いお姉さまの手によって、強制的に台詞を止められる。ふがふが、と恐らく許しの言葉だろう声音が、ハンナの口から漏れている。 

 「本当にすみません、クロノさん。この子には、よく言い聞かせておきますから」 

 何だかローラには謝られてばかりな気がする。そして俺も、「気にするな」と返してばかりだ。だが、やはり今回も同じ言葉を返さずにはいられなかった。 

 そうして、俺はローラの席を離れて次に向かう。 

 「えーっ、こんな時にお説教とかマジ勘弁―っ!」 

 ハンナの絶叫が、後ろから聞こえる。どうやら、ローラは飲むと説教臭くなるタイプらしい。 

   

   

 「おう、戻ったのか。あいさつ回りたぁ、へっ、マメなこったな」 

 廻り巡って、最初に着いた席に戻ってくるなりヴァルカンが言った。 

 「大事なんじゃないのか、こういうの」 

 そう考えるのは俺が日本人だからだろうか? まぁいい、とりあえずあいさつ回りも一段落して、ようやく落ち着いて飯が食える。現在このテーブルに着いてるのは、他にモっさんとスーさんの二人。我が冒険者同盟のエース、ランク4が勢ぞろい。 

 「そういえば、リリィとフィオナはどこ行った?」 

 思えば、俺がギルドに戻って法被姿のヴァルカンと話し始めた時点から、姿を消していた。改めて周囲を見渡してみても、やはりいない。他の女性冒険者とガールズトークしているワケではなさそうだ。 

 「お嬢ちゃん達ならもうすぐ来る。ま、後はテメーのパーティ同士で親睦を深めてくれや」 

 そんなコトを言うなりヴァルカンは立ち上がって、さっさと他の盛り上がってるテーブルへ向かう。 

 「ほんならワシも、後は若いモンに任せて、外させてもらうで。リリィさんの邪魔はできへんし……」 

 何故かリリィを気にするような台詞を漏らしながら、モっさんがヴァルカンに続く。 

 「私は、ああ、そうだ、あの錬金術師、シモンと言ったっけ。何か開発で忙しいと部屋に籠り切りだから、差し入れでも持って行ってあげようかな」 

 どこか嬉しそうに微笑みながら、スーさんも軽やかに席を立つ。 

 「なんだスーさん、シモンと会ったのか」 

 「今朝ギルドに戻ってきた時、ちょっとね。ふふ、可愛いよね、彼」 

 何故かちょっと不純に見える微笑みに変化させて、スーさんは颯爽と去っていく。それにしても、今の台詞にはどこか違和感が……なんだろう? 

 疑問に思うが、最終的には俺が一人だけテーブルに残ることとなった。あれ、俺もしかして避けられてる? なんて心が傷つきかけたその時、だった。 

 「クロノぉーっ!」 

 現れたのは、我が『エレメントマスター』のメンバーであるリリィとフィオナ。何故かリリィは真の姿である美少女状態になっているが、気にするべきポイントはそこではない。 

 「な、何て格好してるん!? 

   

  

   

 その姿、一言で表すならバニーガール、だ。二人の少女が身に包むのは、水着程度の面積しかない黒地の服。胸元は半分程度しか覆われていないし、両足も全て露わになっている。 

 頭には何の毛皮を使っているのかわからんが、やたらモフモフしたウサミミをしっかり装着しているため、やはりバニーガールにしか見えない。 

 「どう、似合う?」 

 「……どうですか?」 

 絶対の自信が表情から滲み出ているリリィに対し、フィオナの目は泳ぎ、頬はほんのり赤く染まって実に恥かしそうだ。恥ずかしいなら無理して着なきゃ良かっただろうに、と思うが、普段のボンヤリと眠たげな表情しか見せないフィオナが恥じらっている様子は、ただそれだけで千金に値する価値があるんじゃないのかと即座に考え直す。 

 リリィの容姿魅了チャームを宿すほど美しいということは実感しているが、そんな彼女の横に並ぶ恥じらいフィオナは、そんな妖精に勝るとも劣らないほど可愛らしいものだった。 

 「に、似合ってると、思うぞ」 

 二人見蕩みとれるが、どうにか返答する。ちょっとどもった。恥ずかしい。 

 「うふふー良かったぁ」 

 満面の笑みを浮かべるリリィは、そのまま真っ直ぐこちらへ歩み寄ってくると、当然といった風に俺の膝の上へと腰を下ろした。 

 「うおっ、ちょ、リリ!? 

 「んん、なぁにクロノ?」 

 膝の上に横向きで座るリリィは露わになった艶かしい両足を組むと同時に、そのか細い両腕が俺の首元へ回される。 

 ヤバい、顔が近い、いやもっとヤバいのはリリィの白い素肌が俺の胸元と直に触れ合ってることだ。しっかりガードしてくれよ、我が黒ローブ悪魔の抱擁バフォメット・エンブレス』よ。この感触は彼女いない歴イコール年齢の男子高校生が耐えられるレベルじゃないんだよ。 

 なんだかぶっ飛びつつある思考をどうにかこうにか押し留め、この嬉し恥かしな事態の解決を図る。 

 「ちょ、ちょっと離れような、リリィ」 

 「うふふ、イ・ヤ」 

 このやり取りは初めて会った時もやったよな。やっぱり少女リリィは反抗期に違いない。この三十二歳の妖精さん、遅れてやってきた反抗期である。 

 「ほら、この状態だと飯食えないしさ」 

 「大丈夫、ちゃあんと私が食べさせてあげるから」 

 真っ直ぐ俺を見つめるエメラルドの瞳が妖しく煌く。どこか獲物を前にし猛禽もうきんのよう。つまり、どうあっても俺を逃がさない意思が見て取れた。 

 「あーえーと、それは、なんつーか、普通に恥かしい、人目もあるし」 

 「えーっ、しょうがないなぁ、それじゃあね――」 

 と、小悪魔的な笑みを浮かべるリリィ。 

 「ここにキス、してくれたら離れてあげる」 

 指し示すのは仄かに朱に染まった、プニプニと柔らかそうな頬。 

 「ほ、本気かリリィ……」 

 「ふふ、冗談かどうか試してみてよ、クロノ」 

 さぁどうぞと言わんばかりに、瞳を閉じて横を向くリリィ。俺がほんの僅か顔を前に動かせば唇が届く距離、魅惑のほっぺがある。 

 「ほら、早くしてよ、私も恥かしいじゃない」 

 なんて言うが、その口調は俺と違ってはっきりとした余裕を感じさせる。 

 くっ、何だか一人悩んでる俺が馬鹿らしくなってくる。リリィが酔っているのか、ふざけているのか、からかっているのか、マジなのか。その心は分からんが、ここまでされてほっぺにチュー如きで戸惑うのは男すたるってもんじゃねぇか。初めてだけどな、女の子のほっぺにチューすんの。 

 「ええいっ、行くぞっ!」 

 覚悟を決め、俺の唇に柔らかい感触がする直前。 

 「うおっ! 眩し!? 

 眼球に真っ白い閃光が突き刺さった。 

 「な、なんだよ! ドッキリかこれ!? 

 残念だよちくしょう! とか思いつつ、ホワイトアウトした視界が数秒で正常に戻ってくる。 

 「んー、はやくー、チュー」 

 視線を下げると、俺の膝の上にいるのは、ついさっき色っぽい表情で俺へ頬を向けたそのままの体勢でいる、子供の姿のリリィであった。本日の変身時間、終了である。 

 「はいはい、ほっぺにチューね」 

 俺は何の抵抗も覚えずリリィを抱え上げ、その丸いほっぺたに唇を落とした。 

 「キャ!」 

 頬を赤く染めて恥じらっているのか身をよじるリリィ。うん、実に可愛らしいぞ、やっぱりリリィはこうでなくちゃな。 

 「はい、じゃあちゃんと自分の椅子に座ろうな」 

 「はーい」と、デレデレと嬉しそうな表情の幼女リリィを、右隣の席へと降ろす。 

 刺激的なバニーガールの衣装は体が小さくなったせいで脱げ落ち、頭にあるウサミミが残るのみである。ちょっと懐かしの全裸リリィであるが、その素肌は妖精の白い輝きが戻り、その身を優しく包み込んでいた。 

 「ふぅ、なんかドっと疲れたぜ」 

 「リリィさんは残念だったでしょうけど」 

 気がつけば、いつの間にやら左隣の席へ腰を下ろしているフィオナ。勿論バニー姿のままだが、すでに自分の前に肉料理山盛りの皿を用意しているあたり実に彼女らしい。俺とリリィの恥かしいやり取りを間近で見ていたせいか、すでにフィオナはいつもの冷めた表情となっていた。 

 「……フィオナまでキスしろとか言わないよな?」 

 「言って欲しかったのですか?」 

 「魅力的な話ではあるけど、今は困る」 

 「それでは、代わりといってはなんですが、私が料理を食べさせてあげましょう」 

 思わぬ返答に、目を丸くする。 

 「え、マジで?」 

 「遠慮しなくても良いですよ、これは特別サービスですので」 

 特別サービスってなんぞ。祭りだからか? それともバニーだからか? 

 「ではどうぞ、あーん」 

 俺の疑問を他所に、自分のペースでさっさと料理を差し出すフィオナ。 

 顔の前に突き出されたのは肉汁滴る謎肉、ではなくドルトスの肉。イルズ村のギルドでリリィと一緒に初めて食べた、思い出の一品だ。 

 「あーん、あ~~~~ 

 「分かった分かった、今食べるから急かすな!」 

 思い出に浸る間を与えてくれないようなので、意を決して目の前の肉にかぶりつく。 

 「うん、美味い。やっぱ謎に――ドルトスの肉は美味いな」 

 「そうですか」 

 フィオナは再びジューシーなドルトス肉をフォークで突き刺す。俺もまた、口を開いて食べさせてくれるのを待つ。 

 「モムモム――確かに美味しいですね」 

 「俺に食べさせてくれるワケじゃないのか!? 

 一人であーんって口開けて待ってた俺がバカみたいである。 

 「もう一口あげたから良いじゃないですか?」 

 後の料理はもう全て私のモノだと言わんばかりに、高速のフォークさばきでドルトス料理を消費してゆく。なんという肉食系の兎だろうか。 

 「いや、うん、期待した俺が馬鹿だったよ……」 

 フィオナのサービスタイムは早くも終了。今の彼女はもう自分と料理だけの美味しい世界に旅立っていったのだった。 

 「はいクロノ、あーん!」 

 右隣から聞こえてくるのは、天使、改め麗しき妖精の声。小さな手にフォークを握り締め、俺へ料理を差し出してくれている。 

 「うぅ、ありがとなリリィ……」 

 口にする料理の味は、いつものよりずっと美味しく感じた、愛情補正って凄い。 

   

   

 そんなこんなで、リリィとキャッキャウフフしつつ一頻ひとしきり食事を終えて、俺は改めてこの話題を切り出すことにした。 

 「ところでさ、その格好は一体何なんだ?」 

 何かおかしなところでも? と本気で分からない顔をするフィオナ。俺の顔と自分の格好を三往復くらい見てから、「ああ、コレですか」と、ようやく理解を示してくれる。 

 「この辺に伝わる、若い女性の伝統的なコスチュームらしいですよ」 

 バニーガールが? そりゃまた随分とヤラシイ伝統もあったもんだ。 

 「ここ一番で装備するのだとか」 

 ここ一番ってどのタイミングを指すんだよ。 

 「リリィさんが夏越しの祭りにかこつけて、この格好でクロノさんにサービスして労ってあげましょう、というワケなのです」 

 自信満々に言い切るフィオナ。登場時の恥じらいはどこへやら、今は何の後悔もありませんという顔をしている。いや、まぁ嬉しくないといえば100%ダウトになるが、如何せん唐突すぎた。嬉しさよりも、驚きが先に来るのは仕方ない反応である。 

 「うん、でもありがとな」 

 「いえいえ」 

 フィオナへ素直に礼を言いつつ、リリィを膝の上に乗せて、その細くサラサラな金髪を撫でる。 

 「ありがとなリリィ、元気でたぞ」 

 「えへへー」なんて甘い声で笑いながら、くすぐったそうに微笑むリリィ。ヤバい、可愛すぎて俺のリリィがヤバい。 

 「しかし――」 

 改めてフィオナに視線を戻すと、凄い格好だなとしみじみ思う。 

 少女リリィよりも肉体的な年齢が上のフィオナは、ちゃんと出るところは出るような女性らしい丸みを帯びた体つきであることが今なら分かる。見事にくびれた腰回りなど、世の女性が羨むことしきりだろう。おまけに胸も、何だ、思ったよりも、かなりある。これが着やせするタイプか。 

 「どうかしましたかクロノさん?」 

 俺の不躾な視線の前に突如割り込んでくる黄金双眸そうぼう。その目には言葉通りの疑問の色しか浮かんでいないことが、かえって心苦しい。 

 「スマン、なんでもな――痛っ!」 

 とは言うが、言うほどのダメージはない。指先に走る僅かな痛み。見れば、リリィがジト目で俺を睨みながら指にカプカプ噛み付いていた。 

 「うーっ!」 

 「あーっ、ごめんごめん、俺が悪かったから離してくれ」 

 「ぷん」 

 頬を膨らませてそっぽを向くリリィ。いかんな、これは俺がいかがわしい感想をバニーフィオナに抱いたことを読まれたに違いない。恐るべし、妖精さんのテレパシー能力である。 

 「ごめんなー」 

 怒ってるくせに俺の膝の上でごろごろするリリィは、なんだかワガママな猫みたいだ。ならばここはしっかり撫でて、ご機嫌をとらなきゃな。 

 「そういえば、こうして三人だけ集ったのは、リリィさん曰く『エレメントマスター』としての親睦をより深めようということらしいですよ」 

 「あぁ、だからみんな席を外してくれたのか」 

 意外と気が利くんだな。感心すると同時に、空気の読める冒険者達に感謝する。 

 「ところで、親睦を深めるって具体的に何をどうすればいいんだ?」 

 「それは私にも分かりません。学生時代はそういった集まりにまるで縁がなかったものですので」 

 サラっと悲しいことをカムアウトしちゃうフィオナ。 

 「えーと、学生時代の話は触れない方がいいか?」 

 「いえ、別に。ずっと一人でも卒業はできましたし」 

 うわ、もっとイヤなこと聞いちゃった。これは確実に友達ゼロ人だよ。俺も友人は多いほうじゃなかったけど、ゼロってのはあんまりじゃないか。いくらフィオナが超ヤバい威力の攻撃魔法をダンジョンで撃っちゃうからって、それだけで避けなくたっていいじゃないかよ。 

 だが当の本人は特に気にしていないように言う。でも、それが却って悲しくて…… 

 「よし、今夜は飲もうぜフィオナ」 

 イヤなことがあったら、お酒を飲んで忘れるのが大人ってものさ。俺はまだ高校生で、飲み会の経験なんか向こうの世界では一度もなかったけどな。 

 しかしながら、こっちに来てからはそれなりに嗜むようになった。 

 「もう飲んでますけど」 

 「いいんだよ、こういう勢いが大事なんだ。それじゃあエレメントマスターの親交を深めるために――」 

 乾杯、と三つのグラスが合わさる。さて、何を話そうかな。なんだか今のノリで行くと、あることないこと余計な話をうっかり喋ってしまいそうだ、気をつけなければ。 

   

   

 翌日、月は替わり初火の月一日。昨晩の飲み会、もとい、夏越しの祭りの片付けもすっかりすんだギルドのロビーにて、冒険者同盟のメンバー百数十人が一堂に会していた。 

 俺はクエスト受付カウンターの前に立ち、彼ら全員の視線を一心に浴びながら、口を開く。 

 「ついに、十字軍は隣村の占領を完了させた。奴らはもう、明日にでもここへ攻め込んでくる」 

 それは、ちょうど昼過ぎにスーさんからもたらされた確定情報である。夜明け前からアルザスを発ち、そのまま偵察に向かった。そして、無人となった隣村にゾロゾロと十字軍が現れたのを目撃し、そのまま引き返してきたという流れだ。ついでに、ハンナの使役するブラックバード使い魔サーヴァントも、上空から隣村の広場に陣取る白い軍勢を確認して裏付けもとっている。 

 本当に奴らはもう、目と鼻の先まで来ているのだ。俺の言葉に、冒険者達はいよいよ決戦の時が近いことを悟り、室内にはより一層の緊張感が漂う。 

 「つい先ほど、敵の斥候が村の近くに現れたと報告があった。スーさん、頼む」 

 壁際にひっそりと佇む女盗賊へ、皆の視線が移動する。スーさんは相変わらず、いつもの飄々とした態度で、よどみなく偵察報告をしてくれる。 

 「見つけたのは、前にイルズで潰したよりも少人数の斥候が数組み。それと、空には鳥使い魔サーヴァントも飛んでたね。もしかしたら、避難民の列まで確認されてるかも」 

 となれば、十字軍は俺達の思惑を正確に把握できていることになる。イルズで殺したあの司祭のように狂信的なヤツが指揮官だったなら、魔族を一人も生きて逃がすな、と命令を徹底するかもしれない。どうであれ、大人しく見逃してくれる可能性はゼロだろう。 

 「ここが突破されれば、村人達は全滅だ。自警団の守りも、焼け石に水だろう。何としても、俺達が十字軍を食い止める」 

 そのために、今日まで防備を整え、訓練をしてきたのだ。たったの一週間だが、やれることは、全てやった。 

 「イリーナ、物資の備蓄はどうだ?」 

 「兵糧については問題ないわ。元々、村にはほとんどの食料が残されてあったから。この人数でも、一ヶ月は食べていけるだけの量があるわよ。ただ、武器の方はちょっとギリギリかもしれないわね――」 

 元より、こんな田舎村で大規模な戦闘を実施する用意などあるはずもない。各村から、可能な限り剣や槍といった武器をかき集め、矢の収集と製造も同時進行で行っていた。やはり、十分だと思える量は用意しきれなかったか。 

 「けれど、回復用のポーションは予想以上に充実しているわよ。特に『妖精の霊薬』が人数分あるのは、大きいわ。リリィさんに感謝ね」 

 おおーっと、冒険者達からどよめきと拍手が沸き起こる。俺のすぐ足元にいるリリィも、「ふふーん」と誇らしげな様子。本当にありがとう、リリィさん。 

 そうして、傍らに控えるイリーナの詳細な報告を聞き終え、俺は一つ頷いて答える。 

 「すでに偵察の結果で明らかになっているが、向こうは大軍だ。備蓄を気にしてケチな攻撃したら、とても勢いは止められないだろう。まずは一日、防ぎきることだけを考えて戦おう」 

 いざとなったら、撤退することも視野に入れている。そうなったら、ガラハド山中に潜んでゲリラ戦を仕掛けることになるだろう。下策ではあるが、無策ではない。 

 「シモン、機関銃の方はどうだ?」 

 「ええっ、は、は!? 

 いきなり話を振られるとは思ってなかったのか、徹夜明けでぼんやりした表情で端の方に立ってたシモンが、ビクンと反応する。同時に、多くの注目も集まり、俄かに緊張の面持ちに。頑張れ、シモン。 

 「あ、うん、えーと、とりあえず機関銃の方は完成したよ。あとは換えの銃身と弾がどれだけ用意できるかによるね」 

 「よくやってくれた。弾の方は俺がなんとかする」 

 機関銃用の弾丸は、実は全て俺の手作りである。大量に魔弾を作り出したのを、モっさんが永続エタニティ』をかけて、魔力弾物質化マテリアライズを確立するという手法だ。鍛冶工房で本物の鉛玉を生産するには、素材も設備もノウハウも、何もかも足りない。こんな内職で作ったモノで本当に大丈夫かと思うが、これ以外に方法がないのもまた事実。とりあえず、試射したところ不具合はでなかったと報告を聞いているので、大丈夫だとは思うが。 

 「銃身は換えが少ないし、魔法で冷やしつつ騙し騙し使っていくしかないな」 

 むしろ本当に一週間で完成させただけ、十分過ぎる成果である。 

 「うん、流石に今から冷却機構は実装できそうにないし」 

 「機関銃が二丁あれば必ず敵の突撃を止められる。モっさん、使い方は大丈夫か?」 

 「おう、ワシに任せとき!」 

 サムズアップで自信のほどを表すモっさんは、いつもの調子のよさ。だが、そこは流石のランク4冒険者、闇魔術の高い実力は今日まで何度も垣間見ている。彼なら大丈夫だろう。 

 それから、幾つか補給やメンバーの配置に関して報告を聞き終えてから、最後に言う。 

 「ついに明日、敵はここへやって来る。俺達は少なくとも一週間はここで敵を食い止めなきゃいけない。苦しい戦いになるだろうけど、みんなの命は俺達にかかってるんだ、死力を尽くして戦おう」 

 そう静かに決意の言葉を述べる。こんなありきたりな演説で、集った冒険者達がそれぞれ何を思ったかは分からない。ロビーは静まり返っている。 

 「戦おー、おーっ!」 

 その時、リリィが小さな拳を振り上げて声を上げる。 

 「おー」 

 フィオナも無表情ながらリリィの声に続く。そして、次の瞬間には―― 

 「おおぉーっ!」 

 この場に集った全ての冒険者がときの声を上げた。ギルドを揺るがすほど勇壮鯨波げいはが轟く。どうやら、冒険者達の意志は一つとなったようだ。 

 これで決戦に臨める。そんな心強い確信を抱いた瞬間だった。 

 「――クロノさんっ!」 

 バァン、とけたたましい音を立てて、ギルドの扉が開かれた。名前を呼ばれた俺だけでなく、冒険者達も何事かと注意を向ける。 

 「ローラか、一体どうした?」 

 ロビーに慌てて駆け込んできたのは、合同自警団の副団長こと、エルフの少女騎士ローラである。兜から覗く彼女の表情は顔面蒼白。その顔色だけで、何かまずい状況になったと即座に察せられた。まさか、十字軍の奇襲か? 

 「あ、あの……クロノさん……ごめん、なさい……」 

 ローラの取り乱しようは尋常じゃない。俺に近寄ってくる足取りも、フラフラと非常に怪しい。取り返しのつかないミスを犯したような不安に震える青い目元には、薄らと涙が光る。 

 「落ち着けローラ。何があった、話してみろ」 

 今にも倒れそうな彼女の肩を支えるように手をかけて、そう問いかける。 

 「ごめんなさい……だ、団長が……逃げました」 

 逃げた。絞り出すような声で、ローラは確かにそう言った。 

 「団長は、自警団の半分以上を連れて、逃げたんです……」