ダイダロス王城の謁見室は、職人ドワーフ謹製の
「ようこそ、ダイダロスへ」
呟くような小声で歓迎の言葉を発すのは、パンドラ遠征十字軍の総司令官。竜王ガーヴィナルを単身で屠り、竜殺しと讃えられる第七使徒サリエルだ。
「わざわざ様子見に来てやったんだから、感謝しなさいよねっ、サリエル!」
少女特有の甲高い声でサリエルを呼び捨てるのは、第十一使徒ミサ。改造法衣のミニスカートから曝け出される艶かしい脚を組み、椅子にふんぞり返っている。
「お、お久しぶりです、サリエル卿」
信者が見れば鼻血を噴いて卒倒するほど、頬を赤らめてそわそわと実に可愛らしい緊張の様子を見せる美貌の少年は、第十二使徒マリアベル。色々と気の利いた台詞を必死に考えていたようだが、いざ本人を前にすると無難な挨拶の言葉しか出てこないようだ。初心な姿に、隣のミサが笑いを堪えている。
「お元気そうでなによりです、サリエルちゃん」
そうして、正しく『聖女』に相応しい柔らかな微笑みを浮かべるのは、第三使徒ミカエルである。
新陽の月も半ばを過ぎた今日この日、三人の使徒はサリエルの『お見舞い』に訪れたのだ。ミカエルの提案は、本当に実行されたのである。三人もの使徒が来訪する、という知らせは首都を占領したばかりで立て込んでいる十字軍を大いに困らせた。しかしながら、涙ぐましい十字軍将校の努力の結果、どうにかこうにか、聖なる使徒を出迎える準備を整えたのだった。
もっとも、大将であるサリエル本人は暇を持て余していたのだが。彼女に与えられたのは、神の敵を殺す戦闘能力のみで、他には何もない。占領政策にも一切口出しせず、ただ形式的に報告を聞き、必要書類に判を押す軽作業を繰り返すだけの、お飾り司令官。
故に、こうして使徒三人組を出迎えるのは、サリエルにとって久しぶりのお仕事であった。
「……はい」
だからといって、遥々お見舞いに訪れた三人に対し、気の利いた挨拶も出てこないのだが。幸いにも、それを無礼と咎められる者はいない。三人も彼女がそういう性格である、というのを重々承知している。むしろ、軽快なトークに小粋なジョークを披露するサリエルなど前にしたら、彼らは一瞬にして偽物と断じて攻撃を始めるだろう。
「けれど、お怪我はまだ、治ってないようですね」
ミカエルは着席せず、サリエルの前へ立ったまま。華奢で
「あらあら大変、こんなに大きな穴が空いてしまって」
サリエルの紅葉のような手、その包帯が巻かれている右掌を、ミカエルは両手で優しく包み込む。傷口は見えず、血も滲んでいない。だが、ミカエルは包帯の下にある怪我の具合を正確に見抜いている。
サリエルの掌には、直径三センチほどの穴が穿たれ、今も塞がりきっていない。それは勿論、クロノに呪いの毒針を撃ち込まれ、腐食部位ごと自ら槍で貫いた傷である。
「痛いの痛いの、飛んで行けー」
のんびりしたミカエルの言葉。しかしこの場にいる誰も、彼女がふざけているのだとは思わない。
「……ありがとうございます」
「いいえぇ、これが私の役目ですから」
ミカエルが手を離すと、掌に巻かれていた包帯が一人でに解けてゆく。曝け出されたサリエルの手には、あるはずの痛々しい傷跡はどこにも見当たらない。最初から怪我などなかったかのように、すべすべした白い掌があるのみ。
これは果たして、高度の
「その傷さぁ、誰にやられたの?」
サリエルとミカエルが席についたと同時に、ミサの鋭い声が飛んだ。
ガーヴィナルとの戦いは、使徒の身であっても負傷するほど苛烈を極めたものであると、すでに聞き及んでいるはず。だが、ゴルドランの戦いから今日までの時間があれば、どんな負傷でも使徒ならば回復しきっているだろうとも、予想がつく。つまり、竜王の他にサリエルに傷を負わせるだけの存在が、最近現れたという事実を、示していた。
そんなミサの問いかけに、サリエルは黙秘で応える。彼女でなければどうとでも嘘を言えただろう。しかし、極端に不器用なサリエルは嘘を吐くことが不可能なのである。故に黙秘。
「ふぅーん、答えられないんだぁ」
押し黙るサリエルの様子に、ミサの瞳がキラリと光る。
恐らく、彼女は見抜いている。サリエル自ら、敵を見逃したのだと――
「ふふん、アンタ、間抜けにも事故って怪我したんでしょ!」
かと思いきや、別にそんなこともなかった。コイツがバカで良かった。凡そ、そんな風な感想を抱いたサリエルは、ほんのかすかに、安堵を覚える。
クロノを身勝手な情けで見逃したこと。それを誰にも悟られないよう黙っていること。そして、隠し通せたことに安心すること。自分でも驚く。自らに、まだ人間らしい感情の動きが残っていた事実に。
「どうせ、不用意に武装聖典の刃に触れてブシュっとイっちゃったんでしょ」
「それは前に君がやった失敗だろ」
溜息交じりのマリアベルがツッコむ。かつてミサが「武装聖典って使徒も切れんの?」と思い立ち、その鋭いなんてレベルじゃない刃を素手で鷲掴み、あわや手首切断か! という大怪我を負った、非常に恥ずかしい失敗談を思い起こす。
「っさいわねっ! アタシでもミスるんならサリエルだってミスるでしょっ!」
「君の他に、誰があんな馬鹿馬鹿しいミスするか」
「隠してもサリエルがミスったことは分かってんだからねっ!」
都合の悪い事は聞こえない便利な耳栓スキルを発揮して、マリアベルの発言をスルーしながらサリエルへ詰め寄るミサ。
そんなミサに対してサリエルは、「……ん」と小さく一つ頷いた。
嘘は吐けないが、向こうの勝手な勘違いをわざわざ訂正することもない。微妙に肯定とも否定ともとれないよう曖昧な頷き。サリエルは自分にできる精一杯の行動で、クロノのことを誤魔化すのであった。
「ほらぁ! やっぱり事故ったんじゃない!」
「誰にでもミスってありますよね」
僅か数秒で意見を百八十度翻すマリアベル少年の発言。
「マリアベル、アンタねぇ……」
さっきと言ってること違うだろ、と視線で語るミサ。だが彼は
「僕はサリエル卿の味方なのです」
「ふんっ、イエスマンはモテないんだから」
「っ!?」
ミサの一言が少年の心を
「当然サリエルも、主体性のない男なんて絶対ゴメンよねぇ?」
「私は――」
「ほら見なさい! サリエルもアンタみたいなのはイヤだって言ったわ!」
まだ何も言ってない。だが、サリエルは最早口を挟むタイミングを失っていた。
「うぅ……サリエル卿、これは違うんです、僕はただ、その……」
目に見えてガックリ肩を落とすマリアベル。それを勝ち誇ったドヤ顔で見下すミサ。無表情ながらも、内心は何か言うべきだろうかと頭を悩ませるサリエル。とても十字教信者や率いる兵士達には見せられないような、間の抜けた構図が謁見室に展開されていた。
「うふふ、やっぱりお見舞いにきて正解でした。みんな、とっても楽しそう」
遥かに年下である若き三人の使徒を、ミカエルが優しい眼差しで見守る。先生として、何とも懐の深い対応である。ようするに、幼稚な言い争いを収拾するつもりは全くない、ということであるが。
ともかく、パンドラ大陸初の使徒同士による会談は、こうして楽しげな雑談だけに費やされた。政治的・宗教的に重要な話題は一切出ることなく、グダグダと緩やかな時間だけが過ぎてゆく。
パンドラの地をどう治めるか、そこに住む人々がどうなるのか。使徒にとってそんなものは、考えるに値しない
◇◇◇
新陽の月二十五日、防衛線を敷くアルザス村に到着した。道中に幾つかある村の冒険者達を集め、最終的には百名ちょっとの人数となった。十字軍と戦うには心もとない数だが、いざ立ち並ぶ姿を前にすれば、そんな机上の数字は無意味に思えてくる。彼ら全員の命を、俺は背負うことになるのだから。
緊急クエストにより集った冒険者同盟の頭数も揃ったことで、俺は気を引き締めてアルザス村冒険者ギルドへと踏み入った。
「貴方がクロノさんね。イルズで顔は見かけたけれど、こうして言葉を交わすのは、初めてね」
俺を出迎えてくれたのは、弓を背負ったエルフの女性だ。特徴的な細長い耳に、目鼻立ちのくっきりした端整な顔立ちは、男女ともに美形が多いと名高いエルフの評判通りである。
そんな美人のお姉さんといった彼女の姿には、確かな見覚えがある。イルズ村で俺がダウン寸前の時に駆けつけてくれた救援メンバーの一人だと、すぐに思い至った。
「『
ランクは3で、三人姉妹のパーティだったが、今は次女が抜けて二人なのだという。ちなみに、新メンバーは募集してないそうだ。応募は殺到しているらしいが。この美貌なら、さもありなん。
「『エレメントマスター』のクロノだ。こちらこそ、よろしく頼む」
ランク1だと言ったら驚かれたが、何やら意味ありげに微笑まれた後、特に突っ込まれることなく流された。どうやら、何かしらの事情アリ、と察した様子。話が早くて、助かる。
そうして軽い自己紹介を済ませると、場所をギルド三階の会議室へと移した。イリーナはアルザス村の冒険者代表として、俺がやって来る今日まで色々と下準備を済ませておいてくれたらしい。
彼女の仕事はまず、拠点としている故郷のアルザス村に十字軍の情報を届けることであった。イルズ救援の時に、本当に村が壊滅していることを確認。倒れた俺がギルドのベッドで眠っている間に、イリーナは伝令役としていち早く出発した。そうして、危機的状況であると途中の村々に触れ込みながら、ダイダロス領の最西端にあるアルザスまで戻ってきたのだ。
今は緊急クエストの発令に加え、俺がどういう方針で十字軍と対決するかという簡単な概要は、すでに彼女の元まで届けられている。ほとんど説明を省いて、すぐに本題へ入れた。
「故郷を戦場にするのは心苦しいけれど……村を捨てざるをえないのは、みんな同じだから、反対できないわ。それに、貴方の作戦も理解できる。ヴァルカンに任せるよりは、見込みがありそうよね」
上品にクスクスと笑いながら、アルザス防衛計画への理解を示してくれた。
「とりあえずは、ギルドマスターから冒険者ギルドの使用許可をとりつけてあるわ。それと、防衛用に柵なんかも建てるでしょうから、工事の人員も確保しておいたわよ」
なんという手際の良さだろうか。もうこの時点で彼女に頭が上がらないような気がする。
俺は「ありがとうございます」と心からのお礼を述べてから、より突っ込んだ防衛計画を話す。長らく故郷で冒険者として貢献した実績のお蔭で、村人達にも顔の利くイリーナには、迎撃準備のサポートをしてもらいたい。計画を詳しく把握しておいてもらわないと、後々に困る。
「――でも、本当にこんなオンボロギルドが砦で、大丈夫なのかしら?」
ちょっと火矢を射かけられたら、あっという間に全焼よ、と暗に目が語っている。築ウン十年という木造建築ではあるが、四階建てとそこそこの大きさを誇り、尚且つ、村の正面を一望できる立地にある以上、砦として利用しない手はない。
「石造り並みに強化できるアイデアが、一つある」
「もし、それがダメだったら?」
「その時は、大人しく補強工事をするだけだ」
もとより、取り壊す時間もない。どの道、ギルドはこのまま利用するより他はないのだ。それも最初から分かっているのだろう、イリーナは頷き一つで納得してくれた。
「一番問題なのは、柵を作るにも資材が心もとないということね」
アルザスはイルズとどっこいな規模の小さな農村だ。潤沢な工事用資材の備蓄など、あるはずがない。各村からもかき集めればそこそこの量は手に入るだろうが、運ぶ人手も時間もない。
「柵は正面だけあればいいから、最悪、スパーダ側の柵はとっぱらって利用しても問題ない」
アルザスを囲む柵だけでなく、家屋も同じである。取り壊せば、そこそこの材木は手に入る。
「それでも、十分とは言えそうもないわね」
「できる範囲でやるしかない。これは工夫の一つになるんだけど、ちょっと見て欲しいモノがある」
影空間から一本のワイヤーを取り出し、テーブルの上に載せる。長さは三メートルほどで、グルグルと巻いてひとまとめにされている。鈍色の輝きは、この材質が鉄であると示す。
これだけなら、さして珍しいモノではない。鉄のワイヤーは結束材料から動物を捕らえる罠など色々なところで利用されている。鉄製品を扱う鍛冶工房なら、どこでも多少は在庫があるだろう。何の変哲もない鉄線であることを確認したイリーナは、これがどうかしたのか、とやや訝しげな視線を向ける。
とりあえず、口で説明するより実際に作って見せた方が早い。俺はクゥアルの道具屋で見つけてきた一本の
この棘を一か所、二か所、三か所目を作ったところで、俺は工作の手を止めた。
「これは有刺鉄線という。文字通り、ただ棘の有る鉄の線というだけだ」
イリーナが手作り有刺鉄線を手に取り、繊細な白い指先で、棘をちょんちょんと突っつく。流石に、それで指を刺すようなドジは踏まない。
「この有刺鉄線を設置すれば、人間相手なら確実に足止めの効果がある」
リザードマンやゴーレムなど、硬い鱗や皮を持つ種族には効果は見込めないだろうが、十字軍の兵士は人間のみ。そう、柔らかい皮膚しか持たない、人間だけなのだ。
前もって、リリィやフィオナに見せたが、有刺鉄線の存在は知らなかった。しかし、この形状を見れば一目で理解できるだろう。これが侵入者を防ぐ効果を持つものであると。そもそも鉄線という材料自体はあるのだ。開発されて普及するのも時間の問題であったかもしれない。
「なるほど、いいんじゃないかしら。これなら騎兵も防げそうね」
作り方も、見せた通りに簡単なものだ。少しばかり巻き付け方を工夫すれば、立ち入り禁止の看板とセットで見られる地球の有刺鉄線と同じモノができるだろう。
「ところで、準備にはどれくらいの猶予があるのかしら?」
具体的な防衛設備の作製計画を練る前に、最も重要な前提条件を確認する質問が飛んできた。
「騎兵だけの先遣隊が来れば、最低でも三日後にはここに到着する」
俺が馬に乗ってクゥアルからアルザスまで、約三日かかっているから、奴らも飛ばせばそれくらいの早さで来られるだろう。もっとも、歩兵が戦力の中核をなしている十字軍が、危険を冒して騎馬隊だけを先行させる可能性は低い。
十字軍の目的は占領である。ゆっくり進んだところで、土地は逃げない。また、逃がしては困るような人物も、ここにはいない。ダイダロスの王族や将軍なんかがいるのであれば、逃がすまいと急いで追っ手を繰り出すこともあるだろうが。
「順当に進んで来るなら、どれくらい?」
「一週間もあれば、いい方だと思う」
十字軍は特別に急ぐ理由はない。だが、遅く進む理由もまた、存在しない。むしろ、本隊そのものの進軍速度は上げてくると推測される。俺達はすでに、イルズ村の占領部隊を叩きのめしている。血の気の多い司令官なら、躍起になって反撃を考えるだろう。
こっちとしては、臆病で慎重な司令官がおっかなびっくり兵をゆっくり進めてきてくれれば御の字なのだが、期待するべきではない。状況は、常に最悪を想定して動くべき。
「一応、少しでも進軍を遅らせるための手は打ってあるんだが、どこまで効果があるかは分からない」
「ヴァルカンやスーさんの姿が見えないのは、それが理由ね?」
「ああ。でもスーさんだけは偵察に行かせている」
「彼女ほど適任の者は、いないものね」
どうやらイリーナも、スーさんの能力を知っているようだ。あの人なら絶対に、偵察に行って敵に発見される、なんてミスは犯さないと信じられる。彼女の隠形は、それくらい凄い。
何を隠そう、イルズの斥候部隊奇襲で一番の殺害数を誇ったのが、スーさんなのである。気配を隠して、次々に背後から必殺の一撃を急所に見舞い、着実に死体を作り上げていく。彼女の手柄を俺が知ったのは、戦いが終わった後のことである。
乱戦中は絶対に遭遇したくないタイプだ。まぁ、彼女を認識したその時は、もう背後をとられて刺される瞬間だろうが。あの人が味方で、本当に良かった。
「なんにせよ、あまり時間はないわね」
「ああ、かなりの突貫工事になる」
全く、戦う前から厳しい状況だな。それでも、俺には逃げる気も、諦める気もまるで沸いてこない。この胸にあるのは、今度こそ皆を守り切ってみせるという決意だ。
だから俺は、絶対に作り上げてみせる。一週間で、十字軍を血の海に沈め、死体の山を築き上げるだけの、絶対防衛線を。
◇◇◇
「暑ぃな……」
鬱蒼と生い茂る森の中で、ヴァルカンがぼやく。それは決して、彼が軟弱だから言うのではない。
毛皮に覆われた獣人が全身を覆う厚手のコートを着込み、初夏の日差しの下を歩けば、暑さを訴える文句の一つが出るのも当然だろう。
「こんなんで、本当に上手くいくのかよ……」
暑苦しい思いをして頭から被っているのは、十字軍兵士のシンボルともいえる白いサーコート。要するに今の彼は敵に変装中というワケだ。
何ゆえそんな真似をする必要があるのか。それは焦土作戦に続き、敵に損害を与える為の作戦第二弾、通称『MPK作戦』としてクロノが命令したからである。
「成功しなかったらクロノの野郎、一発ぶん殴ってやるぜ」
一応は作戦の概要は事前に説明されている。
十字軍の進軍を少しでも遅らせる時間稼ぎがしたい。だが、人数の乏しいこちら側からちょっかいはかけたくない。そこで、野生のモンスターを利用して、十字軍を襲わせようというのである。
村人はとっくに避難しており、今頃はアルザスを除けばどの村も無人の廃村同然。ここに、餌を使ってモンスターをおびき寄せる。村にモンスターが集まっている頃に、十字軍が占領しにのこのこやって来てくれれば、作戦成功である。
しかして、ヴァルカンは気付かない。この作戦の成功を見届ける者は誰もいないということに。十字軍がモンスターと接触する頃には、冒険者達はみな、アルザスへ帰るのだから。
「おーい、ちょっと休もうぜぇ」
頭にしっかりと被ったフードの中で、情けなく耳を萎えさせながら、ヴァルカンが言う。
「もうちょっとで着くだろ、我慢してくれよリーダー」
苦笑しながら振り向き答えたのは、
「俺のはお前らよりも厚いんだっつーの」
「へへっ、そのデカい体に合わせたオーダーメイドだろ、いいじゃん」
「カーテンで作った急造品じゃねーか!」
牙を剥き出しにしてケラケラ笑うメンバー達に、ヴァルカンがウガーと吠える。パーティ名から、ヴァルカンのワンマンチームに見えるが、彼らの間には確かな信頼関係が成立していた。
ここにいるメンバー五名は全員が
結成したのは、ヴァルカンがランク2に昇格した頃だ。メンバーは変わらず、欠けず、もう十年来の付き合いということになる。ベテランの冒険者だけが持つことを許された、頼れる仲間たちである。
「まぁ、文句言いつつもやってやるのが、ウチのリーダーの良いところってね」
「うるせぇ、俺は決闘に負けたんだ。従うのが筋だからな」
「にしても、ホントに負けるとは思わなかったよなぁ。クロノさんが名乗り上げた時、まーた粋がった小僧が挑戦してきたって思ったし」
魔術士クラスの狼獣人が、
「へっ、お前ぇは相変わらず見る目がねーな。俺はクロノと向かい合った時から、ただのガキじゃねぇと分かったぜ」
「魔術士の小僧がー、とか言ってたくせに」
「馬鹿野郎、演技に決まってんだろ」
もとより、あの決闘は単なるデモンストレーションでしかなかった。ヴァルカンは如何にも力自慢な冒険者を演じつつ、集った冒険者の反応を観察していた。勿論「俺がリーダーになるぜっ!」と己の実力も把握できない勘違い野郎を先にブッ飛ばして、大人しくさせておくという意味もある。
「あんな鍛えた体したヤツが、ただの魔術士なワケねーだろうが」
狼獣人には、イマイチ人間の顔や体格の区別は見分けにくい。だが、それでもクロノの体格の良さははっきりと判別できる。おまけに、面構えも他の冒険者と一線を画した覚悟を秘めていた。
「本職は狂戦士でした、ってね。ヴァルカンを殴って気絶させるとは、驚きだったよ」
「……ん、まぁな」
クロノのギルドカードには『黒魔法使い』と書いてあったような気がする。ヴァルカンはそう逡巡したが、やはり気のせいだろうと思い直す。あの顔と体に、呪いの大鉈を振り回す男が、
「みんな止まれ。目的地だ」
先頭を進んでいた、目の良い射手が声を上げた。彼の示す先には、深緑の蔦が不気味なほどに生い茂った、大きな洞窟の入り口がある。いっそ、穴が蔦を吐き出している、といった方が適切だろうか。
ここがランク2ダンジョン『クゥアル洞窟』である。何とも気味の悪い雰囲気だが、内部には想像を絶するような化け物が潜んでいるわけではない。ランク2の危険度が保証している。
「よし、いいか、狙うのはゴブリンのガキども。必ず生け捕りで、最低でも三体は確保」
クロノから命じられた作戦内容は、誘拐と呼ぶ他はないものである。要するに、
外道のような行いであるが、モンスターを特定の場所におびき寄せたり、巣から離したい場合に冒険者がやる罠の一つとして知られている。もっとも、実際にやる者は少数だが。
「ま、あんま気分の良いクエストじゃねぇが、さっさと済ませるとしようぜ」
そうして、ヴァルカンは背負った自慢の大剣、『牙剣「悪食」』の柄へ手をかけ、クゥアル洞窟へと突入していった。
◇◇◇
リリィとフィオナの二人は、アルザス村冒険者ギルドの一室で迎撃準備を行っていた。
「 »Ÿ «‰«Ê Ÿ«‘ ◊—œ «‰ÿ‰«Â «‰‘— ‘—‚… »Ÿ «‰«Ê Ÿ«‘」
室内に響くリリィの詠唱。そして彼女を中心に展開される光の魔法陣。呪文を紡ぐ度に、目の前の器に山と盛られた白い粉末が淡く明滅を繰り返す。
幼い姿でありながら、熟練の職人を思わせる集中力を発揮するリリィを、フィオナは見つめる。
額に汗を浮かべて魔法を行使するリリィとは対照的に、フィオナは普段よりも輪をかけて眠そうな顔で、その手にするすり鉢と乳棒でゴリゴリとひたすら薬草をすり潰す簡単な作業に従事していた。
「 »Ÿ «‰«Ê Ÿ«‘ ◊—œ «‰ÿ‰«Â «‰‘— ‘—‚… »Ÿ «‰«Ê Ÿ«‘っ!」
一際強く魔法陣が光を発し、次の瞬間にはフっと
「それで完成なのですか?」
遊びつかれて昼寝しているようにしか見えないリリィへ、フィオナは声をかけた。
「んーん、まだ。あとはね、最後の仕上げが残ってるの」
小さな顔に汗は浮かんでいるものの、ほとんど疲労を感じさせない元気な声でリリィは応える。そんな様子に「子供状態は本当に可愛らしいですね」なんてやや失礼な感想をフィオナは抱く。
「では、後ほど元の姿に戻る必要があるということですね」
「うん、リリィ頑張るよ!」
にこやかな笑顔だが、フィオナは素直に和めない。不敵な笑みを浮かべる少女リリィの顔が、脳裏にちらつくのだ。実はこれも演技なのでは、と思わず疑ってしまうには十分な印象。
「私の方はもうすぐ終わります。リキセイ草の束も今ある分で最後のようですし。これ以上はお手伝いできることはありませんので、終わり次第、普通のポーション作りに取りかかります」
現在、二人がやっているのは『普通』ではなく『特別』なモノを作り上げる作業であった。
それは『妖精の霊薬』。三十年間、リリィが販売してきた信頼と実績の万能薬である。
これまで主に病気の治療に用いられてきたが、リリィが誇る高度な
これから十字軍を相手に戦うのだ、治癒のための薬品はいくつあっても足りない。村中から素材をかき集めて、ポーションなど回復薬の量産体制に入っている。
中でも『妖精の霊薬』は店売りのポーションを遥かに凌ぐ回復効果を発揮する。リリィの元には最優先で必要な素材が集められ、その製造にあたっているのであった。
(私も治癒魔法が得意だったなら……)
フィオナの心のつぶやきは、リリィのテレパシーでも聞こえなかった。その治癒の力で人々から頼られる彼女へ、僅かばかり羨望の眼差しを送っていることもまた、リリィは気付かない。
もし自分が暴発する攻撃魔法ではなく、治癒魔法の使い手だったならば、誰に疎まれることもなく人の役に立てたかもしれない。そんな考えを、フィオナは無駄なことだと思考を打ち切る。
(クロノさんとリリィさんは私を認めてくれている。今はそれだけで十分)
リリィは偏見なしで、純粋に実力を評価してパーティ入りを誘ってくれた。そして何より、クロノはあの炎魔法に巻き込まれたにも関わらず、許したのだ。これまで出会ったどんな人物でさえ「君とパーティは組めない」と言わしめた、あのとんでもないフレンドリーファイアを。
いいや、そもそも許すとか、許さないとか、そんな問題ではない。「怒るって、何が?」と、クロノは本気で分からないといった風な顔で問い返してきたのだから。味方から死亡レベルの巻き添えを喰らっておきながら、これである。彼は一体どんな聖人だ、とフィオナは驚くやら呆れるやら――けれど、最後に胸に残ったのは、嬉しさだった。
(もしかしたら、今回こそ上手くいくかもしれない)
こんな自分でも、パーティとしてやっていけるかもしれない。本当の意味での『仲間』が、できるかもしれない。そう、期待せずにはいられなかった。
だからこそ、打ち明けた。アーク大陸の、シンクレア共和国の人間であると。出会った時からリリィに悟られていたとはいえ、自ら話すのがパーティメンバーとしての誠意だと思った。
(流石に、異邦人だとは思わなかったですけど)
次元を隔てた全く別の世界、つまり異世界からやってきた者は『異邦人』と呼ばれている。呼び名があるということはすなわち、前例が存在することを示している。フィオナもかつて異邦人が現れたという話を聞いたことがあった。中には、シンクレアの歴史に名を残す大業を成し遂げたほどの人物もいるのだ。もっとも、彼らが本当に異邦人であったのかどうか、確かめる術はないが。少なくとも、現代に生きる異邦人の存在を、フィオナは知らない。
ともかく、クロノが本物の異邦人であろうと、遥か遠い外国からやってきただけであろうと、大した問題ではない。重要なのは、パーティが続くかどうか。信頼関係を築けるのか、固い仲間の絆を結べるのかどうか、なのだから。
少なくともフィオナは、まずはクロノとリリィの二人を、信じてみようと思うのだった。
「よーし、次!」
リリィの元気な声が部屋に響き、フィオナは思考を切り替えた。見れば、リリィが羽を瞬かせて床から勢いよく飛び起きるところだった。そのままジャンプすると、大きなテーブルの上に降り立つ。そこにはフィオナがすり潰した薬草を始めとした、多種多様な素材がそれぞれ器や瓶に入って並べられている。ここから、リリィだけが知る秘密のレシピに基づいて調合するのだ。
一般的に流通するタイプのポーションであれば、つい去年までエリシオンの魔法学校に通っていたフィオナは当然のように生成方法を知っている。しかし、
リリィには調合に必要な集中力に、治癒魔法の効果を篭めるための膨大な魔力消費。その上、普段なら丸一ヶ月かけて作り上げる『妖精の霊薬』を、十字軍が押し寄せるだろう一週間以内に仕上げなければならないのだ。多大な負担をかけることになるが、彼女しか作れない以上は仕方がない。『
「んーむむむ……」
両手に器と瓶を持ち、眉をしかめて真剣な目つきで調合に挑むリリィ。
(秤も使わずそのまま調合してる……あんなので本当にできるのでしょうか? いや、できるんでしょうね、この子は)
正確な量も測らず、気まぐれで混ぜ合わせているようなリリィの姿は、ままごとに興じる幼子にしか見えない。本人は真面目でも、何とも不安な製造風景であった。
◇◇◇
陽が傾き始め、空が赤に染まる夕暮れ時になっても、アルザス村の正門付近で要塞化工事に従事する作業員に撤収する様子は見られない。安全に工事ができるのはたったの三日。それ以降は、いつ十字軍の大部隊が姿を現してもおかしくない。日数が限られている以上、高価な油を消費して光を灯しながらの夜間工事を行うのは当然の結果である。
そして勿論、冒険者同盟のリーダーである俺も休んでいる暇はない。これから、夜を徹して行わねばならない仕事が控えているのだ。
「ん~、ま、こんなモンやろ」
「お疲れ様、あとは俺の仕事だな」
ギルドの裏手にいるのはエセ関西弁のスケルトン、モっさんだ。いつもの軽い口調はどこまでも胡散臭いが、闇魔法の腕前は確か。俺も少しばかり教えを乞うた。お蔭で、黒魔法の改良も一歩前進といったところである。先達はあらまほしきことなり、だな。
「ほんなら、これでワシの仕事はお終い、っと」
壁に向かって佇むモっさん。その身にまとう漆黒のローブの隙間から、影そのものが実体化したような黒々とした不気味な触手が何本も飛び出している。白塗りの壁面をキャンパスに、黒い触手が墨のような色合いで魔法陣を描いていたのだが、ちょうど今、完成したようだった。
蛇が絡み合うような太線と無数のミミズが
筆としての役目を終えた触手の束は、一本また一本と黒い霧のように中空に消えていった。
「いやぁ、半日でギルドの壁覆うんは、ホンマに苦労したでぇ」
モっさんは、地面に接する底面を除いた全ての壁面に、緻密な闇の魔法陣を一人で描ききったのだ。
これが発揮する効果は二つ。一つは闇の『
基本的に魔法は、発動と同時に空気中へ魔力の拡散が始まる。魔力がなくなれば当然、魔法の効果は消滅する。厳密にいえば、魔法によって生み出したモノ全てが消えるというわけではないのだが。
例えば、空のコップに魔法で生み出した水を注いだとしよう。この水は完全に物質として顕現しているので、本物の真水として残り続けるのだ。勿論、飲めば喉を潤すことができる。
しかし、魔法で水の壁を作ったり、圧縮して水球にしたり、といった場合だと、時間経過による魔力拡散で、効果の減少・消滅が発生する。水で作った壁も球も、形状を維持し続けることができず、最終的に地面へと零れ落ちるのである。
この場合では、水を壁の形に保つ魔法術式と、水を球形に圧縮する魔法術式が、魔力の減少で効果が切れてしまったことを意味している。しかし、
こうした魔力の拡散現象だが、防ぐ方法はすでに幾つも確立されている。その内の一つが、この『
「しっかし、ギルドを丸ごと
半信半疑で問いかけられたこれこそ、俺がイリーナに話したギルド強化のアイデアだ。
施設を強化する魔法そのものは存在しているし、パンドラでも広く普及している。しかし、それは大工が家を建てるのと同じような手間をかけて、複数の魔術士が行う一種の工事である。日曜大工が如く、気軽に一人でできるようなものではない。
モっさんに聞いたのだが、魔術士の常識に則れば、四階建ての建造物であるアルザス村冒険者ギルド全体に何らかの防御効果を施すなら、ランク3相当の魔術士が五名、一週間の時間をかけて行うのが妥当であるという。
まぁ、そこを俺は一人で、しかもたったの一晩で建物全てを強化してみせると言ったのだから、信じられないのは無理もない。
「壁だけ強化するならなんとかなる。というか、なんとかする」
「少しくらい時間かかっても、えんんやないの」
「いや、こればっかりにも、かまけてられないからな」
「ま、あんま無理はせんといてや。あかんかったら、そん時はそん時や、がはは!」
そうしてモっさんは、白骨の掌をひらひら振りながらその場を後にした。一人残った俺は早速、先ほど完成したばかりの黒い魔法陣へ両手を押し当て、魔力の感触を確かめる。
「――おお、凄いな」
魔法陣に触れた掌から、黒色魔力が活性化するのを即座に感じられた。これなら、いけそうな気がする。成功を確信した俺は、目をつぶって全神経を魔法の発動に集中。
「行くぞ――黒化っ!」
剣などの武器を己の魔力で包み込んで強化すると同時に、手を触れず自由自在に操れるようにするのが『黒化』の魔法である。
機動実験を繰り返し、黒魔法の扱いにそこそこ慣れてきた頃に編み出した。黒化した剣が毎回サリエルに破壊されたり、宝箱を開けたりするのに役立ったりと、色々思い出のある魔法だ。
黒化を受けたモノに共通する効果は、何よりもまずその物質が強化されることである。要するに、黒化して剣の強度を上げるのと同じように、木造建築のギルドも丸ごと強化しようという、単純な発想だ。
しかしながら、黒化は対象物を完全に黒色魔力で包み込むことで完成される。あとは、どこまで魔力を浸透させることができるかで、強化の度合いも変わってくる。
包むモノが大きくなれば、その分だけ必要量が増えるし、一定以上は浸透させないと望むだけの硬さも得られない。ただの黒メッキになっては、困るのだ。
この冒険者ギルドは、剣や宝箱と比べるべくもないほど、遥かに巨大な表面積と体積を持つ四階建ての建築物。その消費量はこれまで行ったどんな魔法より、あの呪鉈を進化させた時よりも、魔力を消費することは予想できる。それでも、一晩かけて少しずつ黒化させていけば、絶対に行けるはずだ。
黒化の消費量と自分の自然魔力回復量を天秤にかければ、十分に可能。ただし理論的にはだ。時間の経過で黒色魔力が回復したとしても、黒化の魔法を行使し続けるための集中力と根気は削られる一方。
まぁ、要するに、俺の根性次第ってことだ。
「長い夜になりそうだ……」
◇◇◇
新陽の月二十五日、十字軍はついにイルズ村を占領した。最初は占領部隊の先遣隊が叩き潰され、今度は送りこんだ斥候が全滅。魔族の激しい抵抗を想定し、慎重に本隊を進めてきたが、最後はあっさり制圧となった。
「……逃げられたな」
村はすでにもぬけの殻。当然である。野生のモンスターだって、強大な敵が近づけば一目散に逃げ出すのだから。
恐らく、ここに住んでいた魔族は難民と化して隣国スパーダへ逃亡を図ったのだと、ノールズ司祭長は推測した。だが、彼らはただ逃げただけではなかった。
「村人だけでなく、糧食、財貨、およそ利用価値のあるものは、ほとんど全て失われています」
副官であるシスター・シルビアの報告は、焦土作戦が実行されたことを裏付ける。ノールズとしても、焼失した冒険者ギルドの跡地を発見した段階で、薄々感づいていたのだが。
お蔭で、わざわざ天幕を設営して、その中を司令部にしなければいけなくなっている。
「ちっ、魔族共め、小賢しいマネを」
共和国で幾度も戦争・紛争に参加した経験を持つノールズは、撤退した敵が利用価値のある施設を破壊する焦土作戦の結果、どういう影響が発生するのか身を以て知っている。しかしながら、それを踏まえても尚、現在の状況は悪態一つつく程度のものであると認識した。
「まぁいい、これまで村から徴収した兵糧はいくらでもあるからな。急いで運ばせろ」
焦土作戦が本領を発揮するのは、敵が現地調達を当て込んで補給が満足にできない状況にこそある。その点でいえば、イルズの前に占領した村には未だ十分な食料が残っており、補給のあては確保できているのだ。実り豊かなダイダロスの地に、感謝である。
「では、そのように手配しましょう」
てっきり皮肉の一つでも返されるかと思ったノールズだったが、素直な肯定の言葉に一抹の違和感を覚えた。
「珍しく素直じゃあないか、シスター・シルビア」
「戦いは貴方の役目ですから。村の統治が必要ない以上、私の仕事は補給を整えるくらいですので」
いつも通りの冷めた態度だが、その言葉の内容自体は謙虚なものと受け取ることすらできる。
「ほう、そうかね」
「ええ、そうです、余計な口出しはしませんので、どうぞ貴方のご自由に指揮を振るってください」
「そうさせてもらおう」と鼻を鳴らして答えながら、ノールズは思う。意外なところで身の程を
この女はこれまでいちいち自分のやることに口出しし、ケチをつけることしきりであった。だが、魔族の激しい抵抗による戦闘が発生する可能性が極めて高い今の状況になってからは、全く反対意見などその口から出ることはなくなった。
所詮は小賢しい知恵と女の武器で枢機卿に取り入っただけの、浅ましいシスター。そう、シルビアを副官にするよう口添えてきたのは、他ならぬメルセデス枢機卿である。キプロス傭兵団のような曖昧な指示ではなく、はっきり名指しで「副官にしろ」と進めてきた以上、二人の関係は明白である。
シルビアがずけずけと遠慮なくノールズに意見できるのは、そういうバックがついているからだ。聖職者としての栄達を夢見るノールズとしては、何としてもシルビアを生還させなければならないのだ。勿論、お手付きするなど、とてもできはしない。
何にしろ、扱いが面倒な彼女が大人しくしてくれる現状は喜ばしいことこの上ない。魔族相手に敗北がありえないことは当然だが、副官に余計なことばかり言われ水を差されれば、勝利の美酒もその分だけ薄まってしまうのだから。
「ふっ、明日は久しぶりに暴れさせてもらおう」
「明日?」
「魔族共はこの先のクゥアルで待ち構えているだろうからな、戦いは明日になる」
こんなことも分からないのか、といわんばかりに溜息をついてから、ノールズはさらに言葉を続けた。
「クゥアルはこの辺で唯一石の防壁を持つ村だ。村人を逃がす時間稼ぎに戦いを挑むならば、最も堅い守りを誇るこの村を選ぶのは当然だろう」
「先ほど戻った斥候の報告によれば、クゥアルに敵影なし、とあります」
「……なんだと?」
聞こえなかったはずはないが、思わずもう一度問い返してしまった。
「クゥアルには、誰もいません」
とんだ恥をかいた、と思うがその直後には別な思考が回る。
「いや待て、それが本当なら、兵も冒険者も村人と一緒に逃げ出したということか? ふははっ、とんだ腰抜けどもだ!」
ノールズはてっきり、血の気の多い魔族は自分達に真っ向から抵抗するものだと思っていた。しかし現実は、三十三名の斥候部隊を攻撃したのを最後に、彼らは逃げの一手を打ったのだ。
「まさか、あの程度の攻撃と中途半端な焦土作戦だけで、逃げるに十分な時間を稼いだと判断するとはな。いや、単純に仲間割れでも起こったか……」
魔族の内部事情など、考えるだけ無駄である。重要なのは、魔族が全員逃げ出した事実。
「ならば最早、警戒は無用。一刻も早く兵を進めるぞ、愚かな魔族は一匹たりとて逃がしてはならんのだからな!」
追撃に向けて熱くなるノールズだったが、シルビアが変わらぬローテンションで報告を続けた。
「話は変わりますが、先ほど一通の封書が届けられました。送り主はグレゴリウス司教です」
グレゴリウス司教は、ノールズにとって直接の上司にあたる。メルセデス枢機卿の腹心と呼ばれる男で、パンドラに派遣された枢機卿の兵を預かる司令官を務めている。
「まさか、帰還命令ではあるまいな」
占領部隊の壊滅でそこそこの死傷者は発生したものの、即時帰還が命令されるほどの損害ではない。いや、そもそもグレゴリウス司教は首都ダイダロスにいるはずで、報告そのものが届いていない。
これまで順調に村の占領を続けてきたノールズには、殊更ケチをつけられるところなど全くないのは自他共に認める事実である。
様々な予想を頭に浮かべながらノールズは十字の
「……援軍だと」
思わずノールズが呟いた。
「援軍要請ですか?」
「逆だ、援軍を送ったとある、読んでみろ」
シルビアは書面を受け取り、一通り読み終えるとノールズへ告げた。
「ノールズ司祭長の行く先に、不吉な黒い影が立ちはだかっているのを見た、とありますが、何かの暗号ですか?」
「知らん、恐らくそのままの意味だろう。グレゴリウス司教は自ら『予言者』を名乗るなんとも胡散臭い男だ、知らんのか?」
自分の上司にあたる司教を胡散臭いと切って捨てるノールズ。だが、絶対確実な未来予知の魔法など存在しない以上、『予言者』などと名乗れば、その能力には誰もが疑念を抱く。
「その『予言』というのは当たるのですか?」
「路地裏の占い師と同じだ。誰にでも当てはまることを、それらしく言っているに過ぎん」
しかし、ただ抽象的で適当なことを言っているだけの男ではないが故に、グレゴリウスは司教という高位にまで登り詰めた。あの男は、狐のように狡猾な、曲者である。
「『予言』とはいうが、恐らくは高度な『予測』だ。要するに司教は凄まじく頭のキレる男で、それを『予言』と称して婉曲的に伝えているのだ。どういう意図で、そんなまどろっこしいことをしているのかは知らんがな」
「では、この『不吉な黒い影』とは、司教が何らかの脅威を察知してこちらへ援軍を送った、と解釈できますね」
「うむ、しかし……」
ノールズは腕を組み、考える。この文面にはただ占領部隊の行く先に『不吉な黒い影』が立ちはだかるのを予見し、万一に備えて援軍を送ったとだけ書いてあり、何処の部隊で、どれだけの兵数か、という援軍の詳細は一切不明。千人単位で受け入れ自体は可能だが、それよりも司教がこのタイミングで援軍を送る意味が理解できない。
もしも本当にノールズの兵だけで対処できないような脅威、黒い影という表現になぞらえるなら、大量のアンデッド、あるいは黒竜が出現するというのなら、司教の『予言』は当たったといえるだろう。
だが曖昧なもの言いである『予言』というものは、後になってからどうとでも解釈できる。『影』の正体がモンスターではなく、突発的な事故であったり、部隊の反乱などという可能性も考えうる。
そこまで思い至った時、ノールズはどうにもこの援軍が純粋に自分を助けるためだけに派遣されたと信じられなくなった。しかしながら、今のところ真面目に任務を遂行し、特にメルセデス枢機卿に対し二心もない自分を、暗殺などで排除する必要性もないはずだ。
分からない。援軍の存在意義が、まるで分からない。
「……現段階で援軍の必要性はない。もしも部隊がやってきたら、本隊には合流させず、イルズより先の村には進ませるな」
「はい、ではそのように」
怪しいならば、距離をとって放置しておけばいいのだ。今この現場での指揮権は自分にある。やって来た援軍には、適当に理由をつけて後方待機させておけば、何も問題はない。
グレゴリウス司教は十字軍の組織においては直属の上司ではあるが、信頼しているわけではない。馬鹿正直に受け入れれば、後で泣きを見そうになる。この『予言』に基づいた意味不明な援軍も、きっと十字軍内部に渦巻く権謀術数の一つなのだとノールズは解釈したのだった。
「ふん、全く余計なことをしてくれる」
ノールズは隠すことなく、上司への悪態をついた。
◇◇◇
ノールズ率いる本隊に同行し、キプロス傭兵団も二十日の段階でイルズ村へ駐留することとなった。
アイは十字軍兵士に「うろちょろするな!」と怒られない程度に人目を避けて、焼け跡があちらこちらに残るイルズ村を見て回った。一時間もしない内に一通り回り終え、適当な場所へ腰を下ろしたアイは、ポーチから『携帯食料』と呼ばれる成分不明の飯を食べ始める。
「まっず、もうちょっと味つけてよねー」
チョコレートバーのような色と形だが、アイが愚痴るように味はほとんどなく、おまけに硬いパンのように食感も悪い。腹が減っても、しばらくは口にするかどうか躊躇する代物だ。
「ツミキ、食べる?」
足元に座り込んでいる黒猫は、そっぽを向いて走り去って行った。
「そんな拒否しなくたっていーじゃん……」
ツミキが姿を消した方向をジト目で睨むアイに、後ろから声がかかった。
「よぉ、こんなとこにいたのかよアイ」
「うっわ、ただでさえ不味いご飯がさらに不味くなった」
アイは不機嫌さをそのまま台詞に乗せて言う。振り向き見れば、そこには軽い口調の声の主が立っている。生理的に嫌悪感を覚える、いけ好かない男が。
「ああソレ、クッソ不味いよね、よく食ってられるねー」
一見すると、それなりに体格も顔も良い優男。だが、下品なニヤけ面に、鎧の一つも装備せずに半端に衣服を着崩しているその姿は、粋がった悪ガキがそのまま成長しましたという風にしか見えなかった。
彼の名はキプロス。アイが所属する傭兵団の、団長である。
「アンタがみんなに配ったんでしょーが」
「そうだっけ? 憶えてねーわ」
ゲラゲラと笑うキプロス傭兵団長の姿から、アイはすぐに目線を逸らす。キプロスの両脇には、護衛だと思われる二人の女傭兵が付き従っていた。暑いから、というくだらない理由で鎧をつけていない団長に対して、二人の女性はフルプレートというほどではないが厚手の鎧をしっかり装着している。
両者とも深く被ったヘルムによって表情はよく見えない。少なくとも、笑ってはいないようだ。そんな二人の存在を、アイは全く気にせず声を放つ。
「こんな不味いのもう二度と配んないでよね。食料が全部コレになったら暴動起きる、つーかアタシがアンタを殺す、心臓にゆっくりナイフ刺して殺す」
「それなんだけどさぁ、悪知恵の働くクソヤローが村の飯を根こそぎ焼き払っちまったせいでロクな食いもんがねーんだわ」
「え、嘘!」
「マジだって。そこら中焼けてんのアイも見たっしょ?」
下手な詐欺師のようにいつも適当なことばかり言ってるキプロスであるが、このセリフだけはアイに否定できなかった。紛れもない事実として、イルズ村は焼け落ちているのだから。
「じゃあ十字軍に食料分けてもらいなよ。あっちは多少の余裕があるでしょ」
「イヤ無理、あのムサいオッサンに頭下げて恵んでもらうとかマジで無理だから、俺のプライド的に」
この男は自分の体面のためだけに、本気で傭兵団全員に餓えを強いることができる。しかも一切悪気無く当然のように。早く誰か刺さないかな、と思うことしきりである。
「いやでも大丈夫、俺の飯はちゃんとあるから、美味いヤツ」
「みんなの分は?」
「携帯食料」
「死ね、アンタはホントに死んだほうが良い」
半分マジで言い放ったアイのセリフに反応したのか、二人の護衛が腰に差すブロードソードへ手をかけた。座り込んだ体勢のアイから、ヘルムの下に隠れている二人の無表情が見える。ぼんやりとこちらへ視線を向けるその黒い瞳は、戦士というより奴隷の目つきだとアイは思った。
「いーいじゃん携帯食料、コレと水さえありゃ生きていけんだからさぁ、みんな仲良く食べよーよ。俺は食べないけどぉ」
二人の様子に気づいているのかいないのか、キプロスが変わらずふざけた口調で話を続けたお蔭か、剣が抜かれることはなかった。
「てかさー、アイが俺と一緒に食事してくれたらソレで解決だろ。な、だから今夜オレんとこに来いよ」
「はぁ?」
「酒もハッパも色々あるし、楽しーよ?」
舐めるようなキプロスの視線に、心底嫌悪しながら拒絶の言葉をつき返す。
「楽しいのはアンタの頭ん中だけだ。女に餓えてんなら他をあたりな」
「いやぁウチで残ってるのアイだけなんだわ。いい加減コイツらも飽きたし、十字軍のシスターに手ぇ出すわけにはいかねーし、魔族もしばらく手にはいんねーし」
全く持って、知ったことではない。もうそろそろ会話を続ける限界だと思ったアイは、携帯食料の最後の一欠けらを口に放り込んでさっさと立ち上がった。
「とりあえずアンタが団長なんだから、食料どうにかしてよね」
「うぇーい」
気のない返事をするキプロスを一瞥せずに、アイはその場から去った。
このまま野営地へ戻るのか、再び村を歩き回るのか、彼女自身も決めてはいない。とりあえずこの気持ち悪い男の前から離れられれば、それで良かったのだ。
「あーあ、やっぱツレねぇなーアイちゃんはさー」
つまらなそうにつぶやいたキプロスは身を翻すと同時に腕を振り上げる。隣に立つ護衛の女、その顔面へ真正面に拳が叩き込まれた。
悲鳴を漏らすことなく、鼻血を噴きつつ仰向けに倒れこむその様子を、キプロスも殴られなかった方の女も特別気にかけない。殴るのは当たり前、殴られるのは当たり前。そこに正当な理由などないし、理由を求めることはそもそも許されない。そういう関係。
「あークソっクソっ、なんで魔族がいねーんだよ、逃げてんじゃねーぞ面倒くせぇ」
キプロスは倒れた女へ、ブーツの厚い靴底を叩きつける。地に這う羽虫を踏みにじるように、容赦も遠慮もない。
「マジでどーすっかな、しばらく飯も女も手に入りそうにねぇ……いっそ先に進んじまうか――ダメだな、あーダメだ、まだマズいんだよなそーいうのは……クッソ、結局我慢するしかねーのかよ」
ぶつぶつとつぶやきながら、考え事を終えたのか、胡乱な目つきの顔を上げる。
「まぁいいか、どうせ半分以上は数合わせだ。適当に放り出しときゃ魔族に追いつくまで飯は持つだろ。おい行くぞ、いつまで寝てんだ甘えてんじゃねーぞ」
◇◇◇
「なんだとぉ! おい、ふざけるなよお前っ! そんなことが許されるワケ――」
新陽の月二十六日。早朝。ギルドの黒化という大仕事を完徹で終えて、疲労感と達成感でふんわりした気持ちでロビーに戻ってくると、そんな怒声が耳をつんざいた。
おいおい何だ、揉め事か。少しばかり重くなった瞼をこすりつつ、周囲を観察すると、どうやら騒動の中心は酒場席であることが窺える。俺がヴァルカンと決闘した時と同じように、冒険者達はギャラリーと化し、ザワザワしていた。事の次第を適当なヤツに問いただすより、自分から現場に飛び込むべきだろう。リーダーである以上、冒険者間のトラブルを仲裁する義務がある。
「おい、朝っぱらから騒がしいぞ。一体どうしたんだ?」
少しばかり、棘のある物言いになる。流石の俺も、一晩中の魔法行使で魔力と精神力をガリガリ削られた疲労状態で、こんな騒ぎに付き合わされる羽目になれば、多少なりとも不満が現れる。今すぐベッドに飛び込んで、リリィを抱き枕にぐっすり眠りたい欲望をグっと堪えて、仲裁にあたるのだから。
「あっ、クロノくん……」
酒場席の真ん中あたりを貸切のように陣取って、テーブルについているのは『三猟姫』のイリーナ。見た目通り、頼れるエルフのお姉さんといった感じの彼女だが、今は「参ったわ」とばかりに細い眉を八の字にしかめて俺を見る。
その様子からして、彼女は問題を起こした当事者というより、その解決にあたろうとしているが上手くいかずに困っている、という状況が一瞬で察せられる。
とすると、騒ぎの元凶は、彼女の対面にいる男女二人組か。
「クロノだと!? そうか、お前のせいかこの野郎ぉ!」
鼓膜がビリビリ震えるほど馬鹿デカい大声で、口角泡を飛ばすのは小太りの男。種族は人間。青年ともオっさんとも呼び難い微妙な年頃は、三十前後といったところか。やけに気合いの入った鎧姿だが、あまり着慣れてないのかどこか不格好。
そんな、冒険者メンバーの中では見た覚えのない男に、何だか知らんが、いきなり俺のせいにされた。
「とりあえず、説明してくれないか?」
小太り男の方は、もう誰がどう見ても頭に血が上って冷静さを失っており、客観的な視点に基づく的確な事情説明は不可能であると判断できる。ぶっちゃけ、口を利きたくない。
そんなキレた男とは対照的に、直立不動で立っている女、というより少女の方は、随分と大人しくしている。その立ち位置からして、男の副官のようなポジションなのだろう。
金髪碧眼の端整な顔立ちと、兜から出ている細長い耳からして、イリーナと似てるという印象を抱く。まぁ、同じエルフだから、似たように見えてしまうだけかもしれないが。
そんな可憐な容姿に、無骨な槍と鎧で武装しているが、不思議と馴染んでいるように見える。男と違って、それなり以上に槍も鎧も使い込んでいるのだろう。立ち姿にも、隙がないし。
実力はありそうだが、男の副官か護衛であるなら発言権は期待できない。下手に彼女へ説明を求めたら、恐らくこのデブはキレるだろう。やはり、ここで説明を聞けるのは冒険者サイドのイリーナだけ。俺の問いかけと視線をすぐに察して、彼女は口を開いた。
「えっと、この人はクゥアル村の自警団の団長で――」
「悠長に説明なんてしてる暇ないぞぉ! いいからお前はさっさとクゥアル村を守りに行け! 何のための冒険者だと思ってやがる!」
ご丁寧に説明を遮って怒りの自己主張を通すこの男。要するに、俺に喧嘩を売りに来たという解釈でよろしいか? 指先に魔弾を装填しかけるが、何とかグっと堪えて理性的に考える。
男はクゥアル村の自警団長。そして「クゥアル村を守れ」と叫んでいる。この肩書と主張内容からいって、冒険者のリーダーである俺に対する不満の内容は……
「クゥアルを捨てて、アルザスを防衛線にしたことに、文句があるんだな?」
「ここは一番端の村だぞ、地図も見たことないのかぁ? こんなところに陣取りやがって、どうせ危なくなったらすぐガラハド山脈に逃げるつもりだろうが、そんなの俺が許さんぞぉ!」
どうやら俺のアルザス防衛作戦は、自分たちの即時撤退を前提とした、非常にヤル気のみられない布陣と思えるらしい。
「俺達は十字軍の迎撃に最大限の準備と努力をしている。村人が避難を完了するまで、必ず敵を足止めしてみせる」
「そんなの当然だこの間抜け! 緊急クエストだぞ、死んでも達成しろ!」
額に青筋を浮かべて怒鳴り散らす男の態度に、今度は拳全体に魔力がみなぎってくる。落ち着け、俺。危うくパイルバンカーを反射的に繰り出しそうになるが、鋼の理性で抑え込む。
「なぁイリーナ、コイツにアルザス防衛の理由を説明したか?」
「ええぇ、一応は、ね」
それでこの反応ということは、理路整然と訴えかけても無駄に終わるだろう。
「こらっ、ちゃんと聞いとるのか! 分かったら、さっさとクゥアルを、俺の村を守りに行って来い!」
なるほどね。コイツの言い分はよく分かった。これなら、別の方法で説得するしかないか。
「おい、お前は何の権限があって、俺に命令してるんだ?」
徹夜の疲労からくる不機嫌と、傲慢な物言いに対する怒りの感情を、隠すことなく顔と言葉に滲ませた。俺のただでさえ悪い目つきが、本気で睨みつける。文字通り悪鬼の形相となっていることだろう。鏡を見たくないな。自分でも思う。
「き、緊急クエストの達成は絶対だろうが! お前ら冒険者には、戦う義務がある!」
男の声がやや上ずっている。こんな程度で気圧されるなら、底が知れるというものだ。
「勘違いするなよ。俺達は義務で戦うんじゃない。義理があるから、命をかけるんだ。お前に指図される
なんだったら、今すぐ冒険者全員、緊急クエスト放棄してやってもいいんだぞ。どうせダイダロスは完全に十字軍に占領されるのだ。隣国スパーダの冒険者ギルドに、俺達が緊急クエストをキャンセル料も払わず放棄した、という情報は正確に伝わることはないだろう。問い合わせるべきダイダロス冒険者ギルドは、消滅するのだから。
「本性を現しやがったな、この薄汚い冒険者風情がっ! どうせ
「自警団の仕事は村人の護衛だけだろ。道中にモンスターが出なければ、一体誰と戦うっていうんだ? 何だったら、十字軍を足止めする
冒険者は緊急クエストで、明らかに損な役回りを押し付けられている。少なからず、不満はある。それでも、彼らは黙って俺に従い、迎撃準備を進めているのだ。それを、安全な護衛任務だけの自警団から口出しされれば、我慢も限界というものだ。少なくとも、俺は半ばキレかけている。
「ふざけるな! 村人の命と治安をまもる重大な任務を、冒険者如きに任せられるワケないだろうがっ! 立場をわきまえろ!」
「なら、その重大任務を果たすためにさっさと行けよ。こっちは迎撃準備で忙しいんだ、邪魔するな」
「だから、その迎撃をクゥアルでしろと言っとるだろうが!」
「アルザスでの防衛は俺が決めた。そして、冒険者は俺の指示にしか従わない」
隠すことなく魔力と殺気をみなぎらせながら、俺は一歩、男が座る席へと近づく。「ひっ」と小さな声が、そのやかましい怒声しか出ない男の口から漏れる。威嚇の効果は十分。
「冒険者に命令したければ、俺を決闘で倒せ」
そしたら、晴れてコイツは新リーダー就任だ。堂々と命令しても、誰も、文句は言わない。
「決闘するなら、今すぐ受けて立つ。やらないなら、さっさと失せろ」
「そ、そんなのは横暴だっ! 少しは状況と立場を考えろ、大人しく俺に冒険者どもの指揮権を寄越せ」
「力を示さなければ、誰も従わない。それが冒険者の流儀だ」
「俺はクゥアル村の村長の息子だぞ、冒険者やるような馬鹿と違って、高度な教育を受けているんだ。行く行くはダイダロス騎士として取り立てられるようにな。やはり、お前のような粗暴なだけのヤツに指揮は任せられん! いいな、だから俺に――」
パイルバンカー。黒き破壊の渦をまとう腕が、テーブルに大穴をあけてぶっ壊す。そのけたたましい破砕音が、聞くに堪えない男の主張を遮った。
ギルド内がしんと静まり返ったのを確認してから、俺は言う。
「やるのか、やらねぇのか、どっちだ?」
男の視線が、苛立ちに濁った俺の瞳と、足元で原型を留めない木屑の残骸と化したテーブルとを、往復する。
さぁ、答えろ。根性みせて「やる」と言えば、その瞬間に脂汗の浮かぶ顔面に、渾身の一発をぶち込んでやるぞ。
「く、くそ……これだから冒険者は……話が通じん、もういい!」
怒りに任せて席を立った、ように見せたいのだろうが、その震える足と引けた腰は男の恐怖を如実に表している。慌てて逃げ出すように、男はギルドの入り口へと情けない早歩きで向かって行った。
「……ごめんなさい、姉さん。迷惑をかけて」
男が姿を消すと同時に、一言も発せず黙って立ったままだったエルフの少女騎士が口を開いた。
「いいのよ、ローラ。貴女も大変ね」
「なるべく、冒険者に迷惑かけないようにはするから」
そうして、彼女は俺の方にも「ごめんなさい」と謝罪の一礼をしてから、足早に男の後を追った。
「妹さん、だったのか」
「ええ、あの子はアルザスの自警団員なのよ」
彼女こそ、かつて『三猟姫』のメンバーだった三姉妹の次女ローラ。彼女の夢は、ダイダロス騎士になること。冒険者は実力をつけるため、自警団は騎士になるために必要なキャリアを積むため。二十歳を迎える頃には、アルザス村長の推薦状を携えて、首都に入団試験を受けに行く予定であったらしい。
十字軍のせいで、その夢は儚くも
「あんなムチャクチャ言う奴がトップで、自警団は大丈夫なのか?」
「アレでも、この辺じゃ一番立場が上だから、仕方がないのよ」
クゥアル村は、このダイダロス西部では最も大きく栄えた村だ。抱える人口も多い分、周囲への発言力も大きい。そんなクゥアル村の村長の息子であれば、周辺の村々が集ったこの状況下において、自然と上のポジションに収まる。
元々は、先にイリーナが説明しかけていたように、クゥアル村の自警団長だったが、各村の自警団とも合同になったことで、彼らの中でのトップとなったようだ。冒険者同盟のリーダーとなった俺と同じように、アイツは合同自警団のリーダーとなったのだ。
「まぁ、これで大人しく護衛だけに集中してくれれば、何でもいいんだがな」
これ以上の面倒事は御免である。ただでさえ時間の余裕がない上に、今の俺は眠いのだ。
「余計なトラブルになっちゃって、ごめんね。後は私の方から、上手く自警団と話をつけておくから」
「すまん、後は頼んだ」
そうして、俺はようやく休息を得られるのであった。それにしても、十字軍と戦う前からこんなんじゃあ、全く前途多難である……もっと頑張ろう、俺。
◇◇◇
クロノより偵察任務を任された女盗賊スーさんは、クゥアル村へ続く街道脇の森に身を潜めていた。
「まだ列が続いてる……ホントにあんな沢山いたんだ」
街道を進む長い十字軍の列を直接その目で見たスーさんは、改めて敵対する存在の大きさを認識する。
白地に黄金の十字マークが描かれた旗を高々と掲げ、またそれと同じデザインが記された白いサーコートを着た軍団が足並みを揃え整然と進軍して行く。歩兵の掲げる長槍が林立し、その先を兵も騎馬も白銀の甲冑に身を固めた重装騎兵が、
「これは竜王も負けるワケだ。スパーダ軍でも、油断できる相手じゃなさそうだなぁ」
黒竜であるガーヴィナルと同じく黒色の鎧で統一された漆黒のダイダロス軍に対し、白一色の十字軍は対照的だ。目の前の軍勢が堂々とダイダロス領内を闊歩している様を見て、この白い軍団が本当にダイダロス軍を打ち破ったのだと思い知らされる。
「うわ、アレってもしかして――」
スーさんがふと視線を上げると、晴れ渡った青空に幾つかの影が確認できた。
「
穢れのない純白の翼を広げ、見事に編隊を組んで悠々と空を行く天馬騎士の部隊に、いつも穏やかで冷静なスーさんも、流石に驚きを隠せない。
騎乗生物としてペガサスは馬よりも圧倒的に高価だ。それに加えて、空を自由に飛べるようになるために必要な技術は、ただの乗馬と比べ物にならないほど高度である。ついでに、ペガサスは女性しか乗せない。騎乗者も限られる。
金も育成時間もかかる天馬騎士はしかし、空を飛べるというだけで、デメリットを補って余りあるほど価値の高い兵となる。そんな天馬騎士はどんな都市国家でも保有できるほど安い代物ではない。専用の部隊があるというだけで、その国の国力の高さを示す一例になり得る。
「クロノ君、本当にあんなのと戦うつもりなのかい……」
はぁ、と重苦しい青色吐息。たった百人そこそこの冒険者集団で、これほどの軍勢と正面切って戦わなければならないのだ。如何にランク4の実力者といえども、不安の一つくらいは口から漏れる。
「でも、見捨てるワケにもいかないしね。やるしかない、か」