第一章 エレメントマスター

   

 新陽の月十九日。十字軍の占領部隊によって壊滅したイルズ村の村人達は、ひとまず隣村のクゥアル村への避難を始めた。 

 たった一夜にして、村長をはじめ、村の代表的な人物は軒並み殺害され、自警団も一人残らず全滅という惨状。しかし、それでも避難は驚くほどスムーズに行われた。 

 小さな村では強力なモンスターが襲来した場合を想定し、迅速な避難ができるよう備えがある。ドラゴンに喰われるのも、十字軍に斬られるのも、どちらも大切な人が死んでしまう悲劇ではあるが、生き残った村人達は現実に向き合いすぐに行動できる程度にしたたかであった。 

 避難と同時に、犠牲者の埋葬もまた、同時並行で進められた。無論、いつまた十字軍が戻ってくるか分からない状況だ。伝統的なパンドラ神殿の形式にそった葬儀など、できるはずもない。涙ながらに、まともに弔ってやれないことを死者に詫びるより他はなかった。 

 そうして、俺も無念や後悔といった感情を抱えつつも、村のみんなとの別れを済ませ、避難の準備を始めることにした。 

 「おぉ、ウチは無事で良かったな」 

 約一週間ぶり妖精の森フェアリーガーデンに建つ我が家へと帰宅する。もしかしたら光の泉を目指して侵攻した十字軍部隊に小屋が発見され、焼き払われているんじゃないかと思いはしたが、杞憂ですんでなにより。すっかり見慣れた室内に向かって「ただいま」と言うと、少しだけ心が落ち着いた気がした。 

 「お邪魔します」 

 そして、後に続いたのはリリィの元気な「ただいまーっ!」ではなく、抑揚のない少女の声。その正体は、謎の魔女フィオナ・ソレイユさんである。 

 「悪いけどフィオナ、先にクロノと大事な話があるから、ちょっと待っててくれる?」 

 「なるべく早くすませてくださいね。ちょっとお腹が空いてきたので」 

 話を早くすませることと、空腹との間に如何なる因果関係があるのか不明だが、とりあえずフィオナさんはリリィに促されて、大人しくベッドへと腰を下ろした。あれ、そういえばこの人、ついさっきギルドで炊き出しされたスープをたらふく飲んでいたと思ったんだが…… 

 まぁいい、フィオナさんのことはさておいて、まず優先すべきはリリィとのお話だ。避難の準備は同時並行で。必要なモノは大抵、俺もリリィ空間魔法ディメンションに収納しているから、あまり手間はかからない。 

 「それで、クロノはこれから、どうするつもり?」 

 魔女と並んでベッドに座り込んだリリィが、俺へ問いかける。そのはっきりとした口調に、確かな知性の光が宿るエメラルドの瞳を見れば、リリィが今、無邪気な子供ではなく、理知的な大人の意識に戻っていることが分かる。だが、それは本当意識だが戻っているのであった。つまり、体は幼女、頭脳は大人、なのである。前に見た時も思ったが、やはり、凄まじい違和感であ 

 「そりゃ当然、冒険者として避難の護衛をするさ。すぐにでも緊急クエストが――って、そういえば、まだスパーダに避難するかどうか決まったワケじゃないんだよな……」 

 俺は十字軍から逃れるには、これしか方法はないと思っているが、村人達も同じ考えとは限らない。実際に虐殺の憂き目にあったイルズの村人は避難に賛成するかもしれないが、クゥアル村では対岸の火事とばかりに、十字軍の脅威を楽観視するかもしれない。 

 事実、クゥアルからやって来た冒険者の援軍を前に、無様に敗走する占領部隊の姿が目撃されている。十字軍を山賊か盗賊の類だと勘違いされてもおかしくない。そもそも彼らは、未だに竜王ガーヴィナルが討たれ、首都ダイダロスが占領されたことさえ知らないのだから。 

 「ああ、それは大丈夫よ。私がクゥアル村の村長を説得してくるから」 

 「そんなに上手く納得してくれるか?」 

 「村長が生きてるのは私のお蔭なの。『妖精の霊薬』の一番のお得意様だから」 

 もう二十年来の付き合いになる、とリリィは少し悪い笑みを浮かべた。それ、旧知の仲だからっていうより、命を握ってるから言いなりってこと……いや、リリィはきっと誠意溢れる説得をするのだろう。俺はそう、固く信じている。ああ、信じているとも。 

 「それじゃあ次の問題は、スパーダが避難民を受け入れてくれるかどうか、ってとこか?」 

 「うーん、そればっかりは今考えても仕方がないわ。とりあえず使者を先行させて交渉。入国を渋ったら、あとはもう国境でゴネるしかないわね」 

 いくらなんでも無辜むこの民が完全武装の軍隊に虐殺される様を、黙って見ていることはしないだろう。スパーダとしても、謎の軍隊が国境に接近すれば警戒するだろうし。 

 「となると、考えるべきは俺達、冒険者が実際にどう動くかってとこか」 

 スパーダ避難の緊急クエストが発令されれば、すぐにでも冒険者が集まって打ち合わせが始まるだろう。クゥアル村は石壁に囲まれているのを見れば分かるように、イルズと違ってそれなりに大きな規模の村だ。当然、それに伴って滞在している冒険者の数も多い。これに加えて、最寄りの村々の冒険者も合わせれば、百人くらいは集まるんじゃないだろうか。 

 「誰がリーダーになるか、ってのが最初に話し合われるんじゃないか」 

 「うん、私が言いたかったのはね、そこなのよクロノ」 

 我が意を得た、とばかりにニヤリと笑うリリィ。やはり、その幼い容貌に相応しくない表情だ。しかし、妙に似合っていると感じるのもまた事実で、少々複雑な心境である。 

 「もしかしてリリィ、俺がトップに立てって言いたいのか?」 

 「その通り! 頑張ってねクロノ!」 

 「いや待て、それは無理だろ、だって俺はまだランク1だぞ?」 

 こういう場合は普通、一番ランクの高いヤツがやるもんだろう。あるいは、冒険者として経験を積んだベテランだとか。まかり間違っても、冒険者歴三か月の新人が任されていいポジションではない。 

 「確かに、ランクとか経験とか、冒険者仲間に顔が利くっていうのは大事な要素かもしれないわね。でこの国ダイダロスじゃあ、もっと大事なものがあるわ」 

 「……力か?」 

 その通り、と満足気にリリィが頷く。 

 「緊急クエストが発令されれば、すぐにでもリーダーの座を巡って決闘騒ぎが起きるわ。クロノがそこで一番強いのを倒してくれば、誰もが認めるリーダーの誕生よ」 

 どう、簡単でしょ? みたいな雰囲気で言われても、素直に頷けない。 

 「どの道、寄せ集めの冒険者じゃあロクな作戦はたたないわよ。せいぜい、石壁のあるクゥアル村でみんな戦おう、くらいがいいところね」 

 下手すれば、今すぐ十字軍の本隊を探して突撃しよう、なんて言いだす可能性もあるらしい。リリィがここまで言うのは、別に冒険者に対して偏見を持っているからではない。 

 「だってダイダロス騎士でさえ、正面から突撃するしか能がない猪騎士だもの」 

 残念ながら、ダイダロスではあまりにも兵法というものが普及していないらしい。そう、この国で最も尊ばれるのは、個人の武勇なのである。故に、戦場は常に個々の力量に任せた正面突撃のみ、なのだ群雄割拠ぐんゆうかっきょの戦国時代を勝ち抜き、生き残ってきたという歴史を持つスパーダに敗北し続けるのも、さもありなんといったところか。 

 そこそこ教養のある騎士階級でも、これなのだ。学のない冒険者なら、言うに及ばず。 

 「相手の戦力は圧倒的、こっちは一度の失敗で全滅するほどの小勢。そんな状況で信頼できない人の下で戦うなんて、絶対にご免だわ」 

 俺達は別に、王様に絶対忠誠を誓う騎士じゃない。上官の命令は絶対、ではないのだ。嫌なものはイヤ、というリリィの主張は至極まっとうなものだ。 

 「いっそ、こう言ってもいいわ。私はクロノがリーダーになってくれなきゃ十字軍と戦わないって、ね」 

 流石にそこまで言っちゃうのはどうかと思うが。咄嗟に反論しようと思ったが、肝心の台詞は喉から出てこなかった。否定する言葉が、すぐには見つからなかったからだ。 

 僅かな沈黙。気まずく泳いでしまっているだろう俺の目とは対象的に、リリィの円らな瞳は頑として譲らない、覚悟の色が浮かんでいる。 

 「……私だって避難民を見殺しにするようなことはしたくない。でもね、私にとって一番大事なのは私とクロノが生き残ること」 

 その優先順位は、苦渋の選択の末につけたのだろう。果たして、俺はそこまで考えていただろうか。 

 「今のクロノは自分の命を捨ててでも戦う、って感じがして、すごく心配なの」 

 そんなに立派な覚悟じゃないさ。あの磔にされた仲間たちの姿を前に、正しく怒りに狂った俺の姿を、リリィは見ていない。きっと、俺の心の奥底にあるのは、奴らに対する恨みだろう。 

 「心配してくれて、ありがとな、リリィ。それでも俺は、やっぱり自分だけ逃げるわけにはいかない」 

 「うん、分かってる。だからね、出来ることは何でもやるの。人任せにしないで、自分で最善だと思う手を打つのよ。大丈夫、クロノなら必ず、みんなを守れるって、私は信じているから」 

 俺は、そこまで自分に自信が持てない。真っ先に頭へ浮かび上がるのは、サリエルに二度も無様に敗北させられた記憶だ。あんな化け物を擁する十字軍に「絶対勝てる!」と豪語できるほど、楽観的な性格はしていない。 

 それでも、リリィが信じてくれると言うのなら……応えよう。いいや、必ず、応えてみせる! 

 「分かった、リリィ。俺が冒険者のリーダーになってやる」 

 まだ、本当になれるかどうかは分からないが、それでも覚悟は決まった。いいだろう、決闘でもなんでも、やってやろうじゃないか。 

 「けど、俺に人を率いた経験なんてないから、サポート頼むぞ、リリィ」 

 「うん! 一緒に頑張ろうね、クロノ!」 

 早速、情けなくも助力を期待する俺の台詞に、満面の笑顔で答えてくれるリリィ。ああ、俺のこういうところも、リリィは分かりきっているのだろう。やっぱり最高の相棒―― 

 「すみません、お話は終わりましたか?」 

 俺が覚悟と感動に心が満ち溢れた正にその瞬間、冷や水を浴びせるが如く平坦な声がかけられた。 

 「ちょっと貴女、もう少し空気を読みなさいよ」 

 あからさまなふくれっ面で、リリィがジト目で隣の魔女を睨む。 

 そうだそうだ、と言いたいところだが、よくよく考えてみれば、部外者からすれば俺とリリィのやり取りなんて見ていても、感じ入ることなんて別にないだろうな。 

 「私のお腹も、そろそろ我慢の限界だったので」 

 だがしかし、意味不明な弁解をするフィオナさんもフィオナさんだろう。そういえば、初対面の時から、受け答えが妙に噛み合ったりしなかったし……やはり天然、なんだろうか。 

 「……まぁいいわ、貴女との約束もあるしね」 

 はて、約束とは何のことだろうか。俺が問いかける前に、察しの良い大人なリリィが続きを口にした。 

 「約束については、本人から聞いてね。実は私、もうあんまり今の意識を保っていられる時間がないの」 

 言いながら、リリィは懐から真っ赤に光り輝く宝玉を取り出す。大きさはテニスボールくらいだろうか。完全な真球を成すソレは、一個の宝石と考えると、とんでもないサイズだ。 

 「これが、光の泉にある妖精女王の宝物、紅水晶球クイーン・ベリル』よ」 

 リリィが救援に向かった光の泉がどうなったか、というのは、帰宅の道すがら聞いた。妖精達と協力して、宝を求めて押し寄せてきた十字軍をなんと殲滅せんめつしたが、その戦いで妖精の聖域は荒れてしまい、女王の加護が失われてしまったと。そうして、これから十字軍と戦うリリィに、この女王の加護が満ちるキーアイテムであ大魔法具アーティファクトが贈られたという結果だ。 

 実際に目にしてみれば、確かに、これなら何か神様の力が宿ってそうな凄味を感じさせる。 

 「これのお蔭で、私は光の泉の外でも、満月の夜でなくても、元の姿に戻れるの」 

 ただし三十分くらい、とリリィが付け加える。そして今、行使している真っ最中である「意識だけ戻す」というのは、完全な変身能力を応用させたものであるらしい。肉体は変化させずにすむので、その分だけ効果時間も長く、魔力消費の負担も大幅に軽減されている。だが、それでも限界があることに変わりはないのだ。 

 「そういうワケで、もう子供の私に戻っちゃうから、後はよろしくね!」 

 ほとんどそう一方的に言い放ち、リリィはばったりとベッドに倒れ込んだ。まさか、かなりの精神的疲労がかかっていて気絶したんじゃ―― 

 「んークロノーリリィいっぱい考えて、ちょっと疲れたのー」 

 白いシーツの上で仰向けになったリリィが、ゴロゴロし始めた。なんか大丈夫そうである。 

 「なるほど……これが俗に言う幼児プレイというものなのですね」 

 「いや、プレイじゃねーよ」 

 本当にリリィは純真無垢な子供に戻ってるんだよ。と、俺はガチ幼女の精神性を持つ今のリリィに変わって、頑張って弁解する。 

 「はぁ……そこまで言うなら、そういうことにしておきましょう」 

 ごめんリリィ、俺つたない説得では誤解を解き切ることはできなかったよ……まぁ、その内に分かってくれるだろう。リリィの幼女力は本物だからな。幼女歴三十二年のプロ幼女だし。 

 「それで、約束ってのは何なんだ?」 

 ようやくフィオナさんとの本題に戻ってこられた。この人と話すと、回り道ばかりな気がする。 

 「ええ、それはですね、私に――」 

 その瞬間、眠そうな無表情だったフィオナさんの目が、鋭い眼光を放ったように見えた。 

 はっ、まさかこの人、俺を炎の壁で助けたことに対して、莫大な金銭を要求する気なのでは!? ちくしょう、この魔女め、俺のなけなしの金貨貯金を根こそぎ奪うつもりか! 

 「――アイスキャンデーを好きなだけ食べさせてくれる、と」 

 「……え? なんだって?」 

 おかしい、俺の聴力は改造実験のお蔭で常人の三倍、くらいはあるような気がしないでもないのだが、フィオナさんの台詞がよく聞き取れなかったぞ。 

 「アイスキャンデーを好きなだけ食べさせてくれる、と」 

 好きなだけ、という部分を強調して、大事なことだから二回言いましたとばかりに念を押すフィオナさん。 

 「食べさせてくれますよね?」 

 ノーと言ったらこの小屋燃やしますよ、といわんばかりの気迫が感じられる。この人はマジだ。マジで、心の底から、アイスキャンディーを食べたいと渇望しているんだ。 

 「いや、まぁ、それくらいなら別にいいけど」 

 俺を助けてくれたことに対するお礼とするなら安いものだが、本当にこんなんでいいのか、とも思う。例えば、金一封とか……いや、よく考えたらこの人、アイスキャンディーを買い占めるために、大判の金貨をポンと出したんだったな。金には困ってないだろう。 

 「それでは、よろしくお願いします。できるまで大人しく待ってますので」 

 後は任せたパティシエ殿、みたいな丸投げな感じで、フィオナさんも倒れた。腰かけたベッドの上で、仰向けに。リリィと一緒にゴーロゴロ。どこまでも自由なお人である。 

 「あーえっと……今はそんなに材料ないから、沢山は作れないぞ?」 

 「食べられるなら、なんでもいいです」 

 そんなこんなで、俺は決闘の前にアイスキャンディー作りをすることとなるのだった。何とも気の抜ける話だが……まぁいいか。これで食いしん坊な魔女が満足してくれるなら。 

   

   

 翌日、新陽の月二十日。クゥアル村冒険者ギルドの一階ロビーには、溢れんばかりに冒険者達の姿がある。この村を拠点に活動、あるいはたまたま宿泊していた冒険者がほぼ全員ここに集っているのだから、この混雑ぶりも当然といえる。 

 彼らをここへ集めたのは、クエスト掲示板に大々的に張り出された一枚の依頼書だ。 

   

 緊急クエスト・スパーダへの避難 

 報酬・未定 

 期限・未定 

 依頼主・ダイダロス冒険者ギルド、クゥアル村長ナハド 

 依頼内容・十字軍を名乗る、謎の勢力による侵攻を受け、全村民のスパーダへの避難が決定した。道中の実質的な護衛の役目は各村の自警団が受け持つので、冒険者諸君は最後尾にて敵を抑え、村人が避難する時間を稼いで欲しい。敵に関する情報は、人間の軍団であるという以外は一切不明。これまでにない危険なクエストだが君達に村人全ての命がかかっている。勇気ある冒険者諸君の参加を願う。 

   

 この緊急クエストの依頼書が張り出されたということは、リリィが村長の説得に成功したことを意味している。昨晩クゥアル村では、村長と冒険者ギルドマスター、自警団長など村の代表者が集まって、事態の対処が話し合われていた。そこへリリィが単身で乗り込んで行き、話をつけてきたのだ。 

 行動方針さえ決まれば、実行は早い。この緊急クエストも今朝に発令されたのだ。 

 緊急クエストとは、その名の通り緊急を要する内容の依頼である。例えば、強力なドラゴンやオークの大集団などが人里に現れた場合、即座に冒険者を招集して対処にあてるのだ。また、地震や洪水、嵐といった自然災害での救助活動などでも、駆り出されることがある。 

 基本的に緊急クエストは冒険者ならば必ず受けなければいけない。冒険者ギルドを利用する上で、一つの義務のようなものであると、前にニャレコから説明を聞いた。一応は断ることも可能であるが、その場合は高額のキャンセル料を支払うことになる。サボったりバっくれたりしたら、そのまま冒険者ギルドから除名の罰則が下る。 

 勿論、俺はこの緊急クエストを断るつもりはないし、ギルド内の雰囲気からいって、他の冒険者達も受ける気満々のようだ。というより、大方の者はすでに受注手続きを済ませ、この依頼をどうこなすかという方へ関心が向いている。 

 そして今現在クゥアル村に滞在する、九つのパーティ単独ソロで活動する十数名、合わせて五十名以上に上る参加メンバーを誰が仕切るか、という最も重要な事項を彼らはこの場で話し合っていた。 

 「ハっ、雑魚はすっこんでな、ウラぁ!」 

 いや、正確には殴り合いであった。軽鎧を着た戦士の冒険者が、鈍い音を立てて殴り飛ばされる。転がる先には彼と同様に、床へ伏せって動けなくなった者がちらほら。 

 リリィが語った予測通りの光景が、目の前で繰り広げられている。つまり、決闘でリーダーを決めようという荒っぽい選出方法が、本当に実行されているのだ。 

 「俺がテメェらを仕切る! 文句があるヤツは前へ出な!」 

 そう吼えるのは身の丈二メートルをゆうに超える巨漢狼獣人ワーウルフだった。 

 ただデカいだけではない。灰色の毛に覆われた巨躯には鍛え上げられた筋肉が隆起し、体の端々に走る古傷が、彼の激しい戦闘経歴を表している。 

 彼は確か、イルズ村の救援に駆け付けた一団の中にいたはずだ。巨大なモンスターの牙をそのまま刃にしたような大剣を振り回し、嬉々として逃げ惑う十字軍兵士を追いかけていた。 

 「次は俺だぁ! ヴァルカン、お前にばっかデカい顔はさせねぇぜ!」 

 「上等ぉ、かかってこいやオラぁ!」 

 息つく間もなく、新たな挑戦者が名乗り出て、男と男のガチンコ勝負が始まる。ぶつかり合う拳、うなる筋肉、飛び散る汗と血。何というか、酷く暑苦しい。だが、悪くない。 

 「うぉおおおお! やっちまえヴァルカン、格の違いを見せてくれぇ!」 

 「一発は耐えるんやで! パンチ二発で賭けとるんやから!」 

 周囲の冒険者達も、観客気分ですっかり盛り上がっている。血の気の多い荒くれ冒険者は、こういうイベントが大好きなのだ。まぁ、こうして公に実力を示すことで、リーダーに対する信頼感を作り上げるのだから、急いで寄せ集めた冒険者をまとめるには、有効なパフォーマンスでもあるだろう。 

 「――へっ、俺に挑むにゃ十年早かったな。ランク上げて出直してきな!」 

 再び、狼獣人ヴァルカンの勝ち名乗りが上がる。またしてもワンパンで挑戦者の男をノックダウンしてみせた。あの丸太のような腕の見た目通り、凄まじい腕力である。 

 この余裕で連戦連勝といった様子から、クゥアル村の冒険者の中では、このヴァルカンという男が頭一つ抜きん出て実力があるようだ。彼がランク4という高位の冒険者であるという情報は、この場にいれば自然と耳に入ってくる。どうやら、この辺の冒険者なら誰もが知っている実力者であるようだ。 

 「どいつもこいつも、まるで相手にならねぇな! おいモっさん、アンタはやんなくていいのかよ?」 

 とうとう挑戦者も打ち止めといった空気の中、ヴァルカンは鋭い爪の生えた指で、壁際たたずむ一人の冒険者を指差した。 

 「いやぁーワシは勘弁な。リーダーなんて向いてへんし」 

 モっさんと名指しされた男は、カラカラ髑髏どくろの口を不気味に鳴らせて笑う。そう、彼は人間ではなく、スケルトンなのである。黒いローブに髑髏の顔という死神同然の姿は、見覚えがある。彼もイルズ村に駆けつけた冒険者の内の一人だ。 

 わざわざヴァルカンが呼ぶってことは、彼も実力者なのだろうか。気になるが、この人の台詞が関西弁に聞こえてくる方が気になって仕方ないのだが。 

 「そんじゃあスーさんは?」 

 「右に同じさ。それよりモっさん、早く寄越しなよ、銀貨三枚」 

 飄々ひょうひょうとした態度で、ヴァルカンのご指名を断り、モっさんなるスケルトンから銀貨を巻き上げているのは、地味な――そう、顔も体型も雰囲気も、何とも地味で影の薄い、女性である。一見すると、人間の成人女性にしか見えないが……なんだろうか、こう、違和感のようなものを覚えてならない。長いマフラーとマントのオーソドックスな盗賊スタイルくらいしか印象に残らない彼女だが、何か秘密があるのだろうか。 

 「そんじゃあ、もう決まりだ。この俺を相手にしようってヤツぁ、もうここにはいねぇようだしな」 

 確かに、名乗りを上げる者はいない。ヴァルカンの圧倒的な力は、もう十分に伝わったことだろう。 

 だからこそ、そんな強さを誇る彼を倒せば、これ以上ないほど実力を認めさせることができる。挑戦者がついに打ち止めとなった今こそ、絶好の機会だ。 

 「待て、次は俺がやらせてもらう」 

 無難な名乗りを上げながら、俺はギャラリーを割って前へ出る。いざヴァルカンの前に立つと、その巨大さを実感する。人というより、モンスターと対峙している感覚だ。 

 「へへっ、最後の挑戦者が魔術士の小僧か」 

 「アンタを倒せば、小僧でもリーダーになれるんだろ?」 

 「ほぉう、言うじゃねぇか」 

 ヴァルカンのモロに狼の顔が、全力でガンを飛ばしてくる。本物の肉食獣の視線と比べれば、日本の不良など子猫の眼差しも同然だな。かなりの迫力だが、サリエルの真っ赤な瞳に見つめられるよりかは、ずっと心地よい。 

 「俺はイルズ村の冒険者、クロノだ。十字軍と戦うなら、俺が指揮をとりたい」 

 「なるほど、敵討ちってぇワケかい」 

 全くその通りだ。戦う理由としては、十分すぎる。 

 「イルズは酷ぇ有様だったからな。同情はするが、それだけでお前には手加減してやれねぇぜ」 

 グローブみたいなデカい手で拳を握り、バキバキと骨を鳴らすヴァルカン。誰であろうと、勝負するからには思い切りぶん殴るという意思表示。 

 「本気でやってくれ。じゃないと、誰も納得してくれないだろう」 

 「安心しな、俺は手加減ってヤツが苦手だからよ」 

 自信満々に軽口を叩きながら、ヴァルカンは一歩二歩三歩、と俺から距離を開けた。移動に伴って、俺達を囲う人並みも自然と円形に広がる。 

 「テメェが撃つまで動かないでいてやる。一発も魔法が撃てずにやられちゃあ、格好つかねぇだろ?」 

 どうやら、ヴァルカンはこのローブ姿から俺を生粋の魔術士だと思っているようだ。いや、まぁ黒魔法使いを名乗っているのだから、誤りってワケでもないが……俺は今この瞬間まで、普通に殴り合う気でいたよ。 

 でも、そうか、魔術士クラスが決闘するというのなら、パンチの代わりに魔法を使っても良いのだ。杖がなければ、魔法の威力は大きく落ちる。その戦闘力は、剣を手放した剣士と同様。 

 もっとも、俺は機動実験で素手での魔法行使に慣れているから、そこまで不利を感じないが。 

 「そりゃどうも――行くぞ」 

 ドンっ! という音が同時に響いた。片方はヴァルカンが床を踏み込む音、もう片方は俺が魔法を放つ音。選んだ魔法は勿論、俺の十八番。 

 魔弾バレットアーツ 

 瞬時物質化マテリアライズされた無数の黒き弾丸が、巨大な的でしかないヴァルカンへ殺到する。致命傷を与えないよう通常より柔らかく、さらに弾頭を丸めて形成した魔弾だが、着弾時の衝撃は相当なもの。普通の人間なら、頭部に一発くらえば卒倒するくらいのショックは与えられるはずだ。 

 「がっ――」 

 ちょうど一歩目を踏み出したところで、革鎧と毛皮と筋肉で守られたヴァルカンのボディへ、魔弾全弾命中フルヒットした。流れ弾が出ないよう弾をばら撒く範囲を絞ったから、普通の散弾といったイメージ。 

 超高速で飛来する弾丸を正面からモロにくらい、前へ走り出すはずだったヴァルカンの巨躯が大きく後ろに傾ぐ。 

 そのまま倒れるか、と思った瞬間、狼の後ろ足は力強く床を叩いた。 

 だが、俺の攻撃もまだ、終わってはいない。 

 「―全弾発射フルバースト 

 あらかじめ『装填』しておいた魔弾を、コンマ一秒だけズラしてぶっ放す。そして、次の瞬間にはターゲットへ着弾。その衝撃は、後ろ足で踏ん張ったヴァルカンの頑張りを無にした。 

 肉球のついた足の裏が、ギルドの床から僅かに浮く――その隙を逃さぬとばかりに、コンマ一秒遅れてやって来る第二波、第三波が襲った。 

 刹那の間を置いて断続的に飛来する散弾の塊は、鉄槌を叩き込まれたも同然の打撃力を発揮したことだろう。ついにヴァルカンの巨躯は宙を舞った。 

 連続的に分厚い筋肉の鎧を強かに打つ鈍い音が、狼獣人の叫びをかき消す。最後は、後方の酒場席に背中から突っ込み、ボロっちい木製のテーブルとイスを巻き込む破砕音が響き渡った。 

 その後は、ただ静寂だけがギルドを支配した。 

 「……結構、効いたぜ」 

 一拍の間をおいて放たれたその台詞は、静まり返ったロビーによく響いた。真っ二つに割れたテーブルの残骸をガラガラとどかしながら、仰向けに倒れていたヴァルカンが、ゆっくりと体を起こした。 

 うわ、マジかよ。いくら殺傷力を弱めたとはいえ、ここまでノーダメージとは――なんて感想よぎったその時、再び、ヴァルカンと目があった。 

 さっきよりもギラついた、正しく野獣と呼ぶべき鋭い眼光が俺を射抜く。どうやらこの一発で、本気にさせてしまったようだ。 

 魔弾バレットアーツっ!」 

 まだ床に座り込んだ状態のヴァルカンに向かって、俺は咄嗟に発砲していた。今度は本気の、疑完全被鋼弾フルメタルジャケット。直感が命じるのだ、容赦するなと。 

 開幕と同じく、ドンという二つの音がけたたましく響き渡った。その音源も、やはり同じ。一方はヴァルカンが床を蹴った音だし、もう一方は俺が魔弾を放った音だ。しかし、先と結果は逆転。 

 「避けた!? 

 俺の弾丸が吹っ飛ばしたのは、テーブルとイスの残骸だけ。撃つべきターゲットは、すでに右方へ転がっていた。残像が見えるほど、素早い回避行動。 

 四足をついたその体勢は、本物の狼。いや、本物以上の迫力だ。瞬きした次の瞬間には、喉笛を食い千切られるんじゃないか、そんな想像をさせるほど。 

 急速に膨れ上がる危機感と緊張感を覚えながらも、俺は冷静に指先で再度ロックオン。 

 「はっ、遅ぇ!」 

 魔弾は虚しく、木張りの床を抉るだけ。またしても、すでにターゲットの姿はそこになく――というか、マジでどこ行っ!? 

 一瞬、本気でそう錯覚した。あの巨体を見失うはずがない。俺の目は、俊敏な獣の動きを確かに捉えていたのだから。 

 「上かっ!」 

 見上げたその時にはもう、天井の梁を蹴飛ばし、真っ直ぐこっちへ飛び掛かってくるヴァルカンの姿が映った。灰色の巨獣が拳を振りかぶって迫る光景を前に、俺は悟る魔弾バレットアーツじゃ迎撃しきれない――俺がただの魔術士だったら、ここで終わっていただろう。 

 「パイルバンカー」 

 それは、最初にして最速の黒魔法。ゼロ距離で殴り合う超接近戦において、これほど頼りになる技はない。瞬時に拳へ集約される黒色魔力。迸る破壊のエネルギーが、俺の右腕に螺旋の渦を巻く。 

 獣の剛腕と、俺の豪拳。交差は一瞬。決着も、一瞬だった。 

   

  

   

 「が、はっ……」 

 強烈なインパクトの感触が、固く握った拳に届く。それを実感した時には、短い呻き声、そして、ドっと床へ重いものが落ちる鈍い音が聞こえた。 

 アッパーに振り切った腕を戻しつつ、僅かに視線を横へ移す。そこには、大の字になってギルドの床に寝転がる、狼獣人の巨体があった。堂々とした寝姿はしかし、白目を剥いていることから、完全に気絶しているのだと、見る者に理解させてしまう。 

 「……俺の、勝ちだ」 

 ギリギリの紙一重だったがリーチの長さは相手に分があった。先走って放てば、ハンマーのような拳が俺の顔面をぶん殴る方が早い。 

 そこを冷静に見切って、回避を成功させてからパイルバンカーの打撃を放った。いわば後の先。肉弾戦でもそれなりに自信があると思えばこそ、この土壇場でも落ち着いて対処しきれたのだろう。いやホント、サリエルみたいに防がれなくて良かった…… 

 それでも結果としては、誰の目にも明らかな勝利だろう。 

 「これで、俺がリーダーだ。文句があるヤツは前へ出ろ」 

 決闘に勝利したといっても、油断大敵。ここで弱みを見せたら、冒険者に「アイツもギリギリだったろ」と舐められるかもしれない。だからこそ、ちょっとくらい傲慢な感じで勝利宣言してみたんだが……あれ、おかしいな、まだギルドが静まり返っているんだけど。 

 ひょっとして俺の台詞、物凄くスベった……? 

   

 ◇◇◇ 

   

 事は全て、リリィの計画通りに進んでいる。 

 クゥアル村のスパーダ避難は誠意溢れる説得の末、すんなりと決定し、今朝にはギルドから緊急クエストも発令された。そして、クロノも自ら冒険者を率いる気になってくれた。 

 だがしかし、リリィには一つだけ不安要素が残っていた。 

 「――それで、話とはなんですか妖精さん?」 

 この、フィオナ・ソレイユという魔女である。 

 二人は今、クゥアル村での宿泊場所である冒険者ギルドの二階客室にて対峙していた。幼い姿のリリィはベッドに腰掛け、今しがた扉を叩いてやってきたばかりのフィオナは立ったまま。 

 「リリィ、でいいわよ」 

 その幼くも愛くるしい顔に、涼しげな微笑みが浮かぶのを見れば、彼女がすでに大人の意識を戻していると理解できるだろう。昨日の時点で、フィオナは変身のカラクリを知っている。なにより、この魔女は天然だが馬鹿ではない、そうリリィは確信している。 

 「うん、貴女とちゃんと契約しようと思ってね」 

 「何の契約ですか?」 

 「私達と正式にパーティを組んで欲しいの」 

 冒険者の基本は、仲間と共に戦うパーティプレイ。固い絆で結ばれた冒険者パーティが、仲間と助け合って危険なダンジョンを踏破し、困難なクエストを達成する――というのは創作の中だけではない。紛れもなく現実の話だ。単純に、人数はイコールで力になるというだけのことでもある。一人より二人、二人より三人、三人より……もっとも、限度というのもあるが。 

 ともかく冒険者にとって、パーティへのお誘いというのはありふれた話題だ。今や立派なランク1冒険者たるリリィが話すには、全く不自然なところはない。あくまで、表向きには。 

 「貴女とクロノさんの二人パーティ、という認識でいいですか?」 

 ここで素直に「うん」と肯定するのに、どれだけリリィが忍耐力を要したか。その努力を知る者は、本人以外にはいなかった。リリィとクロノの二人――そう『二人きり』という最高の環境を壊してまで、仲間に引き入れようというのだから。 

 無論、その小さな胸の内に秘めるクロノへの思い、あまりに大きく、重い、その感情を誰に吐露とろしていないのだから、この苦悩と葛藤は分かろうはずもないが。 

 「パーティ名は別に決めてないけど、貴女が入ったら何か考えないとね。それで、どう?」 

 「お断りします」 

 フィオナは一瞬迷ったような素振りを見せたが、きっぱりと拒絶の言葉を発した。 

 「理由を聞いてもいいかしら?」 

 想定内の回答である。リリィは特に気を悪くした風は見せず、むしろ不敵に笑って問いかける。クロノにはちょっと見せられない、どこか邪悪な笑みだった。 

 「向いてないんです。私がパーティを組んで、三日以上もったことはありません、クエスト中に解雇されたこともあります」 

 フィオナは相変わらず眠そうな無表情で、淡々と語る。その様子は、自らの力量についてこれない弱者ばかり、と切って捨てるような傲慢さすら、見る者に感じさせるかもしれない。 

 しかし、リリィの誇るテレパシー能力は、彼女の感情の揺らぎを敏感に察知した。憂いの色を帯びた感情が、魔女の強固心の壁マインド・プロテクトから僅かに滲み出る。 

 未だはっきりと喜怒哀楽の表情を見せないフィオナであるが、どうやら人並みに感情はあるらしい。同じ無表情でも、サリエルとは大違いだ。改めて、リリィは認識する。 

 もっとも、フィオナにとってこれまでの解雇経験が多少なりともトラウマになっているらしい、というのを察しつつも、リリィに彼女を慰める気など毛頭ない。重要なのは気持ちではなく、ここで如何に彼女を己の内に引き込んでおくか。 

 そう、パーティを組むことが不可能なほど『力』を持て余す、フィオナという魔女を。 

 「貴女が途轍もなく魔法の制御がヘタクソなのは知ってるわ。それも含めて誘っているの」 

 「どうして知っているのですか?」 

 特に驚いた風もなく、フィオナは静かに問いかける。 

 「ただの火盾イグニス・シルド』をあんな派手に発動させる人なんて、初めて見たわ」 

 力尽きたクロノを矢の雨から救った炎の大防壁。その正体をリリィは一目で見抜いていた。 

 「妖精族は、魔法に詳しいんですね」 

 やはり驚かないフィオナ。まるで以前にも同じような言葉を聞いたことがあるかのようだ。 

 「私はちょっとだけ、特別なの」 

 少なくともリリィは、一介の魔術士とは比べ物にならないほど魔法に対する知識・分析力を持っている。リリィが生まれたときから持ちえている固有魔法エクストラの一部に過ぎない。天性の才能である。 

 「貴女の気持ちはこの際置いておくとして、こっちの事情も多少は理解しておいて欲しいの」 

 どういうことですか、とフィオナの問いかけに、リリィは淀みなく答える。 

 「クロノはこれから村人達を逃がすために十字軍と戦う。そんな中で、貴女みたいな四方百里を焦土に変えるような暴走魔女をフリーにさせたくないの」 

 同じ魔法でも、使い手によって効果の高低、威力の大小は変化する。しかし、下級防御魔法である火盾イグニス・シルド』が上級並みに、というのは、いくらなんでも『個人差』の範囲を逸脱している。 

 それはつまり、完成された一つの魔法ではなく、フィオナのソレは欠陥魔法であると示していた。リリィがすでに指摘した通り、フィオナは魔力の制御が下手。より詳しく言うのなら、一発の魔法に込められる魔力量が多すぎるのだ。 

 クロノを助けた時は、防御魔法だったから特に問題は発生しなかった。しかし、これで援護のつもりで、後ろから攻撃魔法を放ったとすれば……いわゆる味方への誤射フレンドリーファイアというヤツだ。 

 「失礼、ちょっと言い方が悪かったわね。私は貴女の力を高く評価しているの。その攻撃力は是非、手元においておきたい」 

 「ありがとうございます。私の魔法を褒めてくれたのは、貴女が二人目です」 

 皮肉ではなく、心からそう言っている。フィオナの表層意識に現れる感情の動きを読み取って、リリィは愛らしい笑みで答える。 

 「うふふ、アーク大陸にはよほど見る目がないバカばっかりなのか、ちょっとお尻に火が付いたくらいで泣きわめく軟弱者ばかりなのかしら」 

 これほど強力な魔術士、いや、魔女なんて早々お目にかかれない。ひょっとすれば、彼女が本気になれば、リリィ最強の攻撃魔法たる星墜メテオストライク』を超える威力を叩きだせるかもしれないのだ。これから大軍を相手にしようというのだから、その火力はこの上なく魅力的。 

 「私とクロノは、強いわよ。貴女と組めるくらいにはね」 

 フレンドリーファイアがなんぼのもんじゃい、と言わんばかりの気迫が籠ったリリィの瞳。それを見つめたフィオナは、少し考え込むようにうつむいた。 

 もう一押し、といったところか。リリィは冷静に推し量る。 

 「貴女が哀れな村人を助けたいと願う善良な冒険者であるなら、私達に協力して欲しい。ただ保身のために一人で先にスパーダへ逃げ込むというなら止めないし、十字軍へ戻るようなら……それでもいいわ、見逃してあげる」 

 「私は十字軍へ戻るつもりはありません。それに、パンドラ大陸の冒険者として緊急クエストに協力したいと思っています」 

 即座に答えるフィオナだが、そう答えることが分かりきっていたと、リリィの満足そうな表情は物語っていた。 

 「貴女は素直だから。十字軍に未練がないこと、虐殺行為を許せない正義感、そんな気持ちは、妖精の私には分かる。だから私は貴女を信頼できると思っているし、貴女も私を信頼して欲しい――いえ、まずは信頼してもらえるよう、少しだけ歩み寄ってもらえないかしら」 

 また少しだけ考える素振りを見せるフィオナ。だが、今度はその頭を縦に振るのだった。 

 「そうですね……私を受け入れてくれるというのなら、断る理由はありません」 

 「そう、ありがとう。これからよろしくね、フィオナ」 

 リリィは満面の笑顔で、パーティ入りを承諾した魔女を歓迎する。 

 フィオナとしても、リリィの言葉に心打たれて、なんてことではないだろう。状況的に、組んでも悪くない、上手くいかなければ即解散すればいい、くらいの打算的な決定と思われる。 

 しかし、今はそれで十分だった。信頼とは、時間と経験を重ねて築き上げるのだから。 

 「ん……そろそろ時間かな」 

 なにが? と間抜けな問いかけをフィオナはしない。幼児プレイ再開、もとい、大人の意識でいられる制限時間が切れるのだと、すぐ察したに違いない。 

 「ふわぁ……それじゃあ最後に、ウチのセールスポイントでも言っておこうかしら」 

 遊び疲れておねむ、というようにしか見えないリリィ。昨晩の会議で村長以下、村人達を説得した際は当然、大人の意識で答弁をしていた。フィオナへのパーティ勧誘にあてられる時間は、ギリギリであったのだ。徹夜したから眠い、というのとほぼ同じ感覚である。 

 「はぁ、セールスポイントですか」 

 あんまり興味のなさそうな反応。実際、大抵の人が喜ぶようなモノ・サービスについて、フィオナはほとんど関心を示すことはないのだろう。 

 「うふふ、甘いものがアイスキャンデーだけだと思わないことね」 

 しかして、リリィはすでに彼女嗜好しこうを把握している。この一言だけで、これ以上ないほどにフィオナの興味を惹いてみせた。 

 心など読まずとも分かる。何故なら、彼女は身を乗り出してリリィに迫っているのだから。 

 「それは……本当ですか?」 

 「クロノはとても遠い国の出身だから、貴女の知らない美味しい料理を作れるの。だからウチにいる間は、色々と珍しいモノが食べられるかもね。例えば、プリンとか」 

 「な、なんですかその『ぷりん』という聞くからに甘そうな響きの食べ物は」 

 初めて耳にする謎の食品名に、魔女の期待は高まる一方のようである。いや、今のフィオナは魔道の探究者たる魔女というよりも、美食の求道者たる食いしん坊と呼ぶべきか。 

 「まぁ、詳しいことは本人に聞いてちょうだい」 

 「すぐに確認します」 

 フィオナはキューと鳴った腹の虫の鳴き声と共に応えた。 

 「そうそう、一番大事なルールを言うのを忘れていたわ」 

 これが本当に最後の言葉、とばかりに大きなあくびをしてから、リリィは言った。 

 「パーティ内の恋愛は禁止だから、絶対に、忘れないでおいてね」 

 僅かばかり殺気がにじみ出ていた。そんな本気の警告を言い残し、リリィは力尽きたようにぱったりとベッドへ倒れこんだ。直後には、可愛らしい小さな寝息がフィオナの耳に届いたことだろう。 

   

 ◇◇◇ 

   

 「はぁ……すげぇ緊張したな……」 

 安堵の溜息をつきながら、俺はギルドの階段を上がりリリィの待っている客室へ向かう。 

 しっかし「これで、俺がリーダーだ。文句があるヤツは前へ出ろ」とか言ってシーンとなった時は、焦った。ヴァルカン全弾発射フルバーストから復活した時よりも焦った。 

 でもまぁ、結果的には当初の目論見通り、公の場で実力を示してリーダーの座を勝ち取った、というように冒険者達は納得してくれたようだから、大成功と言えるだろう。 

 とりあえず、この後は早速、作戦会議を実施する予定である。集った冒険者の中から代表的なメンバー、例えばパーティのリーダーなど、を選抜して行う。全員参加で会議なんて収拾つかないし、俺が一人で全部決めるというのも、良くないだろう。自信がない、というより、俺の思いつく作戦が実行可能なのかどうか、きちんと確認しておきたい。いくらイルズ村での生活でこの異世界に馴染んだといっても、まだ三か月。日本人の常識で「コレができるだろう」と思って命令したら、「そんなのできるワケないだろ」なんてことが後に発覚しても困る。 

 そうでなくとも、仲間内での意見調整は必要だし、まずは話すことから始めないと。 

 さて、その作戦会議には勿論、リリィも出てもらわないと困るので、こうして呼びに来た次第である。というか、会議の前に色々と話し合っておきたい。俺の精神安定という意味も含めて。ぶっちゃけ、リーダーとか普通に緊張するワケで…… 

 そんな情けないことを考えながら、俺は目的地である客室に辿り着きノックを鳴らす。 

 「リリィ、戻ったぞ」 

 「クロノさんですか、どうぞ」 

 ん、この声はリリィじゃなくて、フィオナさんか? 開錠の音に続き、ギギィーと音を立てて木造の扉が開かれると、そこには確かに魔女の姿。とりあえず入室すると、リリィがベッドの上で横になっている姿もすぐに視界に入り、眠ってしまったのかと状況を把握する。 

 「リリィはフィオナさんに話があるって聞いてたけど、もう終わったのか?」 

 「はい。ぷりんという甘いものがあると聞きました」 

 何気ない問いかけに、斜め上の答えが返ってきた。 

 「は? プリン?」 

 「ぷりん、ないんですか?」 

 やけに期待に満ちた金色の瞳で見つめてくるフィオナさん。 

 「いや、ないよ? 別に俺は料理しに行ってたわけじゃないし」 

 そんな目で見られても、無いモノは無い。 

 「そうですか……」 

 あからさまに落胆の表情をするフィオナさん。え、なにこの俺が悪いみたいな感じ? 

 「食べたかったら、今度作ってみるから」 

 「本当ですかっ」 

 急に元気。この反応は、アイスキャンディーをあげたあの時を思い出すな。 

 「今度な、今は無理だぞ。緊急クエスト終わるまでは忙しいし、材料もないし、あと上手くできるかどうかも期待せんでくれ」 

 「大丈夫です、必ずスパーダまで避難を成功させましょう」 

 心強いお言葉ありがとう。とりあえずスパーダについたら、キッチンを貸してくれる場所を探すことにするよ。 

 「それでは早速、私達のパーティ名を考えましょう」 

 「え?」 

 「え?」 

 まずい、なんかフィオナさんと全然意思疎通できてなくないか? 

 プリンに続いて、今度は何の話だよ。パーティ? 避難が成功したお祝い的なパーティーなのか? 

 「私はクロノさんのパーティメンバーですよね?」 

 「そうなの?」 

 「違うんですか?」 

 もうイヤだ、この語尾がクエスチョンマークにしかならない会話。 

 いや落ち着け、諦めるな俺。なんとかフィオナさんの関連性不明の言葉から、意味を見出すんだ! リリィの話、プリン、パーティメンバー…… 

 「えーと、リリィの話って、フィオナさんをウチのパーティに加えるとか、そういう話だった?」 

 「はい」 

 ビンゴっ! 冴えてるぜ俺っ! 

 「なるほど、分かった、全て分かったぞ」 

 「納得してもらえたようで何よりです」 

 よし、ようやく話が見えてきた。 

 「それじゃあ、フィオナさんは俺とリリィのパーティに入ってくれるってことでいいのか?」 

 「はい。リリィさん曰く四方百里を焦土に変える暴走魔女の私ですが、よろしくお願いします」 

 なにその不安になる自己紹介。リリィがそんなヤバい評価を下していたなんて聞いてないよ。 

 「魔法に自信があります、って意味に受け取っていいのか?」 

 「はい、魔法の威力にだけは自信があります。敵味方関係なく全て灰燼かいじんしてみせましょう」 

 ツッコミを入れるのを我慢するため、一拍おいてから問いかける。 

 「……敵だけ焼き払ってくれるわけにはいかない?」 

 「私、魔力の制御がちょっとだけヘタなので。それでもいいから是非、仲間になってくれと熱烈に勧誘されたので、パーティ入りを決めました」 

 ふん、と鼻息が出ているかのように胸をそらして自信満々なフィオナさん。 

 「そ、そうか……まぁリリィがいいって言うんなら間違いないだろう。それじゃあ、これからよろしくなフィオナさん、俺も歓迎するぜ」 

 どこまでも不安の残る自己紹介だったが、結局は彼女を受け入れることに是非はない。 

 フィオナさんの魔法の威力は、炎の壁で矢の雨から救ってくれた一件で、俺も信頼はしている。彼女はそんな命の恩人、拒む理由などない。 

 「はい、よろしくお願いします」 

 お互いに固い握手を交わし、ここに契約は成立した。 

 「色々と聞きたいことはあるけど、まずはパーティ名を決めておこうか」 

 ようやく、さっきフィオナさんが言った「パーティ名を考えましょう」に繋がったわけだ。 

 とりあえず、この後の作戦会議ですぐにでも名乗ることになるだろうし、早く決めておかないと。パーティは結成しているが名前はまだない、なんて言ったら、一体どんな新人だよと不安になるかも。まぁ、冒険者歴三ヶ月だし、新人なのは事実だが。 

 「しかし、パーティ名なんて今まで一度も考えたことなかったな」 

 いや一度もというのは嘘か。ラノベ書くのが趣味だった高校時代は、そりゃあ組織とか機関とか部隊とかの名前を考えたもんさ。まだ一年も経ってないはずだが、酷く懐かしく思える。 

 ともかく、中二病患者的な感性でのネーミングは避けたいところだ。漆黒の堕天使・ルシフェルがどうこうとか、最終戦争ラグナロク何ちゃら、みたいな大げさな名前はつけたくない。リアルに名乗るなら、やはり身の丈にあった名前が良いだろう。 

 「普通はどういう感じでパーティ名をつけるもんなんだ?」 

 「基本的にはみなさん好き勝手につけますが……そうですね、出身地だとか、メンバーのクラス、特徴からとるのが多いのではないでしょうか。伝説にあやかったものや、探し求める宝の名前を用いる場合もありますね」 

 俺達の場合、出身地はバラバラ。というか俺はそもそもこの世界ですらない。『イルズ・ブレイダー』のように同郷出身者で構成されていないので、そういう名づけはできないな。 

 それにこの世界の伝説なんて、魔王伝説がある、というくらいしか知らない。探し求める宝といっても……強いていえば、元の世界に帰れ古代魔法エンシェントの転送装置を探しているといえば探しているが、今この状況を捨て置いてそんなものの捜索をする気はない。 

 「俺達の共通点といえば、全員が魔法を使うってくらいか」 

 「前衛になってくれる戦士がいないとは、何とも心もとないパーティですね」 

 全くもってその通り。俺は苦笑しつつ言い訳のように応える。 

 「ランク1のクエストしか受けてこなかったから、今までは戦うことを考えなくてよかったんだよ」 

 「でも私が攻撃すると必ず前衛を巻き込むので、かえってこの方が良かったと思います」 

 フィオナさんはどんだけ自分の攻撃コントロールに自信がないんだ。いや、これ以上はあえて突っ込むまい、自分でも気にしている風だったし。 

 「そういえば、フィオナさんは炎の魔法が得意なのか? 俺を助けてくれた時も火焔城壁イグニス・ランパートデファン』使ってたし」 

 「あれはただの火盾イグニス・シルド』です」 

 なんだよその理屈は、最強アピールかなんかですか? それとも、言ってみたかっただけなのか。 

 「正真正銘火盾イグニス・シルド』です。私が魔法を使うと、下級魔法でもあの程度の大きさになってしまいます」 

 なら攻撃魔法を撃ったらどうなる、という疑問には、フィオナさんは懇切丁寧にお答えしてくれた。 

 火矢イグニス・サギタ』でも範囲魔法と同じ、威力は通常の火焔長槍イグニス・フォルティスサギタ』になるかならないか、といったところでしょう」 

 なるほど、これは確かに「敵味方関係なく灰燼に帰してしまう」な。特に遺跡や洞窟のような狭いダンジョンで撃たれたらと思うと……使いどころをよくよく考えないと、大惨事だ。 

 しかしながら、なぜリリィがわざわざ彼女をパーティに引き入れたのかよく分かった。フィオナさんを野放しにして、予期せぬタイミングで大爆発が起こったらたまったもんじゃない。 

 「私は火の属性が最も得意ですけど、光と闇以外の属性は、全て中級まで使えます」 

 少しだけ自慢げに言うが、少しといわずそれは実際かなり凄い。俺だって、多少なりとも魔法の常識はある。基礎はアテンから色々と教えてもらった。 

 「二つくらいなら珍しくないけど、ほとんど全部使えるって人は初めてだ」 

 俺なんて黒魔法オンリーしか使えないし、っていう自虐は虚しくなるだけなのでしないでおこう。そもそも、単一属性は弱いというワケでもない。万能になれないのは確かだが。 

 「俺の闇とリリィの光をあわせれば、全属性を網羅できるな」 

 俺が使う黒魔法現代魔法モデルと術式系統こそ違うものの、闇の属性を顕現させることには変わりない。魔弾バレットアーツ』はただ物質化マテリアライズで分かりにくいが、『影空間』は完全に闇の属性を利用した魔法といえる。 

 「全ての属性を扱えるなんてあまり他にはないパーティですよ。一人で行使できれば、伝説の元素の支配者エレメントマスター』を名乗れます」 

 「エレメントマスターか……いいなソレ、カッコいいじゃん」 

 全ての属性を扱えれば、魔術士やモンスターなど属性と密接な関わりのある相手の弱点をつくことができる。逆に、相手の攻撃を耐性の高い属性で防ぐこともできる。 

 使える属性の数だけ、取りうる戦術の幅も広がる。いわば、オールラウンダー、万能型。勿論、魔法に限った話だが……うん、それでも中々強そうなパーティ構成じゃないか。 

 「全ての原色魔力を一人で操るのが、エレメントマスターって呼ばれるのか?」 

 「そういう認識で正しいです。上級以上の全属性魔法を行使し、必ずなにかしらの偉業を成し遂げ、歴史にその名を残します。魔術士が抱く理想の一つですね」 

 おお、やはり良いじゃないか。全ての属性を操る伝説的な魔術士の称号。 

 「なるほど、じゃあその名を俺達で名乗らせてもらおうじゃないか」 

 「そうですね、私は良いと思いますよ。リリィさんも賛成してくれるに違いありません」 

 かくして、パーティ名は決定した。 

 「よし、今から俺達は『エレメントマスター』だ」 

   

   

 「俺が『エレメントマスター』のリーダー、クロノだ」 

 俺は決まったばかりのパーティ名を、ギルドのロビーに集合した五十名以上の冒険者達に早速紹介して、リーダー就任の挨拶をした。とはいっても、ハリウッド映画に登場するやたらパワフルなアメリカ大統領並みの熱い演説などできるワケもなく、緊急クエストの内容確認、中心となるメンバー紹介など、事務的な話しかしなかった。 

 彼らに具体的な作戦命令を下せるほど、まだ何も固まっていない。とりあえずは戦いに向けた準備と、クゥアル村の避難の手伝い、隣村の冒険者達への伝令、などなど、今すぐやらなければいけないことだけ指示しておいた。 

 凡その作戦プランは立てているが、それはこれから始める作戦会議で発表、決定をする。だが、あまり悠長に議論している暇はない。 

 正午を知らせる鐘が鳴るよりも前に、冒険者ギルド三階に設けられた会議室へ、俺は冒険者の中核となるメンバーを集めた。ギルド所有の大きな地図を広げたテーブルを、合わせて五人が囲む。 

 俺とリリィの他には、ついさっき目覚めたというヴァルカン。あとは、決闘で賭け事をして楽しんでいたスケルトンの魔術士『モっさん』と、地味な顔立ちの女盗賊『スーさん』だ。本名はそれぞれ『モズルン』と『スース』なのだが、皆あだ名で呼んでるからそれで、とさっき自己紹介の折に言われた。 

 それで、この三人はイルズ村へ駆けつけてくれた冒険者だが、それを恩義に感じて呼んだわけではない。三人全員ランク4と、最も高位の実力者だから選抜したのだ。彼らの賛同を得られれば、他の冒険者も大人しく従ってくれるだろう。 

 「これから『冒険者同盟』の作戦会議を始める」 

 冒険者同盟とは読んで字の如く、今回緊急クエストに参加を表明した冒険者全員を指す名前だ。俺が勝手につけたワケではなく、こう呼ぶのが通例なのだとか。 

 さて、俺は言いだしっぺの議長らしく、作戦会議の開催を堂々と宣言したのだが―― 

 「……はぁ?」 

 あれ、何やらかんばしくないリアクション。リリィ以外の三人は一様にポカンとしていて、その反応は実に冷ややかなものだ。 

 「作戦会議って、何よ?」 

 疑問符を浮かべる者達の代表として、ヴァルカンが狼の口を開いた。 

 「何って、作戦会議は作戦会議だ。パーティならクエスト挑む前には誰でもやるだろ?」 

 ギルドの食堂やロビーで交わされる冒険者達の会話内容は専らそれである。 

 「そりゃパーティだからだろ。こういう寄せ集めを仕切んのはリーダーの独断だ」 

 「そうなのか?」 

 「当たり前ぇだろ! いちいち他のヤツの話なんざ聞いてちゃ何も決まらねぇだろが。だからケチつけらんねぇよう、一番強ぇヤツがリーダー張るんだろうが」 

 ヴァルカンの言い分は動物の群れのボスを決定するのと同じ理屈ではあるが、少なくともダイダロスの冒険者では当たり前の考えであるようだ。モっさんとスーさんも、うんうんと頷いて理解を示している。ついでに、何故かリリィも。意識は子供のままにしているようだ。 

 「ヴァルカンの言うことはもっともだ。けど、俺は冒険者ランク1で経験豊富じゃない。ベテランの意見も欲しいんだ」 

 「おい、お前、ランク1だったのか!? 

 そこに反応するのかよ。まぁ、嘘だと思われてもしょうがいし、とりあえずギルドカードでも見せておくか。首元から下げたドッグタグのようなギルカを、ローブの内から引きずり出す。 

 「うおっ、マジでアイアンプレートじゃねーか……」 

 俺ぁはこんな素人に負けたのか、とガックリ項垂れるヴァルカン。狼の耳がペターっしおれて、ちょっと可愛らしい。 

 「まぁまぁ、そういうことならエエんやないの? 知恵くらいいくらでも貸しまっせ。減るモンやないしな!」 

 ウハハ、と笑いながら賛成意見をくれたのはモっさん。やはりこの人の台詞は、どうやってもエセ関西弁にしか聞こえてこない。恐らく、どこかの方言なんだろう。俺の頭の中に組み込まれているだろう言語翻訳の魔法がバグったとは思いたくない。 

 「私も賛成かな。ランクは1でも、その実力は決闘で証明されているしね。魔法も使える戦士なんて、頼もしいじゃないか」 

 ブラウンの髪をかきあげながら、スーさんも賛成してくれた。しかし、俺のクラスを戦士がベースだと勘違いしているのは、後ほど訂正させてもらわないと。俺は黒魔法使いなのだから。 

 「まぁ、俺が負けたのは事実だからな。言うことは聞いてやるぜ」 

 拳で語り合った甲斐があったというものだ。なんだかんだでヴァルカンもすぐに納得してくれた。 

 「ありがとう。これから、よろしく頼む」 

 「おう、俺らで経験不足なリーダーの面倒みてやろうじゃねぇか!」 

 「せやな、ここは一つパーティや思て仲良くいきましょ」 

 「見たところクロノさんは馬鹿じゃなさそうだし、意見を募っても上手くまとめられそうだよね。期待できそうかな」 

 三人とも、温かい応援のお言葉を本当にどうもありがとう。何はともあれ、つつがなく意見統一ができて良かった。これで憂いなく本格的な作戦会議に入れる。 

 「緊急クエストの内容は知っての通り、俺達殿しんがりとなって敵を足止め、避難が完了する時間稼ぎをすることだ」 

 言うは易し、行うは難し。後退する部隊の最後尾を務める殿は、基本的に支援や援軍を望めず、限られた戦力で追撃を食い止めなければいけないので、非常に危険かつ過酷な役割である。 

 いくら緊急クエストとはいえ、何とも損な役回りを押し付けられたものだ。本来ならば、本職のダイダロス騎士がやるべき任務だが、いないのだから仕方ない。 

 「普通に殿を務めるなら、最後尾で避難民の列についていくだけだが、それじゃあとても十字軍の追撃を止めることはできない」 

 「十字軍たってよぉ、あんな人間だけの腑抜けじゃねーか」 

 「ヴァルカン達が見たのは、奴らのほんの一部だ。村を襲った部隊の半分くらいは光の泉に向かったようだし、残った方も俺がそこそこ減らしておいたからな。なにより、あの時点で部隊を率いていた司祭を殺していたから、ほとんど敗走寸前だったんだよ」 

 自分の手柄と誇示するつもりはないが、この辺はしっかりと釘を刺しておかなければ。十字軍は盗賊でも何でもなく、一国を侵略する強大な軍事集団であると。 

 「まぁ、確かにそんな感じはしたね。私達が現れた時点で、彼らはすっかり戦意喪失だったし」 

 「せやな、広場にも仰山死体が転がっとったし。派手な格好で真っ二つになってたんが、その司祭ってヤツやろ」 

 スーさんとモっさんは、よくよくイルズ村の状況を観察していたようだ。ランク4ならそれくらい察して当然、といった余裕さえ感じられる。 

 「そんじゃあ、十字軍が本気だしたらどうなるってんだ?」 

 「詳しいことは分からないが、ダイダロス軍が正面から戦って敗北したのは事実だ」 

 もし本当にその戦力でやってこられたら、俺達の抵抗など無に等しい。いや、サリエル一人が来ただけでも、敗北するには十分だ。 

 「十字軍がどれほどの戦力を有しているか分からない以上、俺達ができる最大限の迎撃準備を整えるべきだろう」 

 そこで提案するのが、一か所で防衛線を構築し、敵を迎え撃つというものだ。防衛設備の有無は大きいし、何より、寡兵で大軍を迎え撃つに相応しい場所を選ぶというのが重要。 

 「じゃあ、このクゥアル村で迎撃するってことになるのかな?」 

 「石壁になっとんのは、この辺じゃクゥアルしかあらへんしな」 

 真っ当に考えたら、そうなるだろう。イルズ村にあるような木の柵と、ここのしっかりした造りの石壁とでは、防御力は雲泥の差がある。 

 しかし、それだけじゃダメなのだ。この平坦な場所に建つクゥアル村では、十字軍の数に飲み込まれる。俺達の人数では、とても村の石壁全面を守りきれない。 

 そう前置きした上で、俺は用意していた作戦を提示する。 

 「クゥアルは捨てる。俺達の防衛線はアルザス村だ」 

 アルザス村はダイダロスの最西端、つまり、隣国スパーダとの国境線に最も近い位置にある村だ。規模はイルズと同じ程度、一般的な農村で特別なものは何もない。 

 「なんでアルザスなんだ?」 

 「川がある」 

 この村は二つの河川に挟まれる中州のような地形に立地している。門は東西に二つ。ダイダロス方面から来ても、スパーダ方面からきても、橋を渡らなければ村へ入ることはできない。 

 テーブルの上に広げられた地図上でも、確かに二つの川と、そこにかかる橋が記されている。 

 それが実際にどんなものか、というのは知っている。実は以前に一度だけ、アルザス村を訪れたことがあるのだ。イルズ村の道具屋店主から頼まれたお使いクエストだったな。巡り巡ってダイダロスの一番端まで行く羽目になるとは、なんてボヤいていた当時の俺が懐かしい。 

 「大事なのは設備よりも地形。俺達の前にそこそこ大きい川があるってことだ。ここなら、まず大軍に四方を囲まれる心配はないし、背後に抜けられることもない」 

 人間は他の種族と比べて特別に秀でた能力を持たない。故に、ただ川があるだけでその行動は大きく制限される。水辺での行動が得意なワニ型のリザードマン人魚マーメイドなど、川が全く足枷にならない種族は多々あるが、人間に限っていえばその心配は全くない。 

 「アルザスなら、少ない戦力を正面だけに集中させることができる。そして、渡河中の無防備なところを叩こうというのが基本的な作戦だ」 

 「ふぅん、なるほどな。まぁ、敵を有利な場所おびき出すってのはよくある話だな」 

 「いくら寄せ集めの冒険者といっても、大人しく待ち伏せくらいはできるよね」 

 確実な有利を見込めるし、複雑な作戦行動を求められるわけでもない。十分、実行可能な作戦だと思っていたが、こうして賛成を得られれば、尚更に心強い。 

 「ほんなら早速、アルザスに向かった方がええんとちゃいますのん?」 

 「いや、その前にイルズ村でやっておきたいことがあるんだ」 

 「すでに引き払ってもぬけの殻となった村に、一体何の用があるんだい?」 

 「焦土作戦だ」 

 そう、俺はリリィが言った通り、出来ることは何でもやる、という覚悟を決めた。だから、思い出の詰まったイルズ村だって、必要だと思えば――焼き払ってみせるさ。