Prologue: 私という存在を考えた時、真っ先に浮かぶこと――。 それは、黒沢千雨というやつが実のところ情の薄い人間なのかもしれない……というものだった。 千雨(制服): (もちろん、それを引け目に感じることはない。今までもないし、これからもない……と思う) 自分の生き方や価値観に信念を持ってるし、他人によって理不尽にそれらを変えるように言われることは、私にとって苦痛極まりない。 ……たぶん、この感情自体はそう珍しいものではないだろう。 だが――美雪を見ていると、時々思うのだ。 千雨(制服): もし、私が……お前みたいな性格だったらこれまでの人生、どうなってたんだろうな。 美雪: えっ……? なに、どうしたの突然。 しとしとと雨が降り続ける学校帰り。傘をさして通学路の途中にある公園を歩きながら呟いた私の声に、隣の美雪が驚いて足を止めた。 千雨(制服): いや……お前みたいに自分から誰かに優しくできて、周囲に気が回るような性分だったら……もうちょっと、まともに生きられた気がする。 千雨(制服): そんなことを、ふと思っただけだ。 美雪: んー……本当にどうしたの?帰り道の間もずっと元気がなかったみたいだけど、学校で嫌なことでもあった? 誰かとケンカした? 千雨(制服): いや、大したことじゃないんだ……が? 自分の傘と、美雪の傘……その2つに遮られていた先にあった美雪の表情を垣間見た瞬間、私は目を丸くする。 彼女は、怒っていた……それはもう、「怒髪天を衝く」という表現通りに。 普段は感情が爆発するまでの導火線が長いのに、私が他のやつと何らかの悶着があった、と聞くとなぜか過剰反応を示すことが時々ある。 まったくもって、実に厄介なやつだ……もっとも、そういう私にも似たところがあるので偉そうなことは言えないのだが。 千雨(制服): こらこら、そうすぐにいきり立つんじゃない。私よりもお前が先に怒って、どうするんだ? 美雪: いや、だって……!千雨がそうやって落ち込んでるくらいなんだから、よほど嫌な思いをしたってことでしょっ? 千雨(制服): あー……水を差して悪いが、そうじゃない。ただ、ちょっと考えさせられるきっかけになったってだけだ。 美雪: それで十分すぎるよ! 常に拳と蹴りが先行、コミュケーション手段は肉体言語のみの千雨に頭を使わせたってことなんだからさ! 千雨(制服): ……うむ、困ったな。むしろお前に対して怒りがわいてきそうだ。 暴走気味にいきり立つ美雪に内心少しだけ嬉しさを覚えつつも、私は苦笑交じりになだめる。 まぁ、こうして感情を露わにしてくれるほうが相手としては安心できるのも確かだ。そしてこちらも、逆に冷静になれる利点がある。 千雨(制服): (私の場合、不言実行で「制裁」するせいかついやりすぎるからな……今後は少し自重しよう) なんてことを思いながらふと横に目を向けると、美雪が今度は怪訝な表情を浮かべていることに私は気づいた。 千雨(制服): ? なんだ美雪、そんな顔をして。何か気になることでもあるのか? 美雪: あ、いやその……千雨が落ち込んでるのって、例のおじさんの事件絡みかな……ってさ。 千雨(制服): …………。 人の口に、戸は立てられない。まして刑事の親父が巻き込まれた「あれ」はインパクトが強すぎる事件だったので、学校でも噂になっているほどだ。 とりあえず、直接私と接点を持とうとする命知らずは現時点では皆無だが、今後の報道などで詳細な情報が出てくればどうなるかはわからない……が……。 千雨(制服): あぁ、違う違う。……言われたのは、私自身のことだ。それも直接じゃなくて、ただの盗み聞きでな。 そう言って美雪の懸念を取り除いてから、私は少し前の出来事を語っていった。 千雨(制服): 掃除の時に部室棟を通ったら、男子柔道部員たちの話してる内容が偶然聞こえてきたんだ。私が学校内で、どんなふうに言われてるかってな。 美雪: なんて言われてるの……? 千雨(制服): ……『殺し屋』だとさ。 美雪: あはははははっ!! さっきまでの緊張を綺麗に吹っ飛ばし、美雪は腹を抱えて爆笑する。……半ばその反応を予測していた私は、肩を落としてため息をついた。 千雨(制服): お前な……そこまで笑うか?まぁ、さっきみたいに殴り込みをかける勢いで怒るよりは、はるかにマシなんだけどな……。 美雪: ご、ごめん……もっと露骨な悪口かと思ったら、小学生みたいなあだ名が飛び出してきたからついちょ、ちょっと……ふふっ……。 千雨(制服): 小学生……まぁ、そうか。悪口にしても小学生レベルだよな。 千雨(制服): 他と比べても愛想無しなのは自覚してるし、協調性に欠けるって小学校の時から通信簿にずーっと書かれてたから別に良いんだが……。 千雨(制服): そんなに私って、誰彼お構いなく殺意を振りまいたりしてるように見えるのか?もう部活も辞めたってのに。 美雪: だって、千雨は全国級の格闘技の手練れだし。それに見合うぐらいに厳しい練習をしてきて、常に全身から緊張感が漂ってたしさ。 美雪: みんなも、キミの実力はよくわかってたと思うし……そういう迫力と驚異の印象が、とりわけ強く残ってるってことだと思うよ。 千雨(制服): 迫力と脅威……小娘への褒め言葉じゃないな。あと、『殺し屋』って文言が少しだけ引っかかる。 美雪: なんで? 千雨(制服): 海の殺し屋は、シャチのことを指すからな。なんでサメじゃないのかと問い詰めたい。 千雨(制服): あー……けどサメは種類が多すぎるから肩書きがありすぎて1つに絞れないんだよな。ある意味、全てが相応しいとしか……。 美雪: あーあー、そんなことよりほら見て!紫陽花やっと咲いたんだね。綺麗だね~。 千雨(制服): おい、露骨に話をそらすな……ったく。 多少目を泳がせてはいるものの、傘をくるくると回しながら紫陽花に近寄る美雪は普通に楽しそうだ。 ……海藻はそこそこ知っているが、私は陸の草花を見ても正直言ってよくわからない。雑草と花屋の花の区別はつくが、その程度だ。 千雨(制服): (逆にこいつは、いつの間にか花だけじゃなく野草とかにも詳しくなってたよな……) 草花を愛でる性分は、私が知らないガールスカウト時代の名残だろうか。……少しは利点があったようで、安心する。 と、なんてことを考えながらふと植え込みのそばに目を向けた私は――。 千雨(制服): ん……? 植え込みの茂みの中、ひっそりと隠すように置かれた段ボールの中で何かがもぞり……と動いた気がして近づく。 千雨(制服): なんだこれ……って、猫?誰だ、こんなところに捨てやがったのは。 上から覗き込む私と目が合った子猫は、しかし特に逃げる気配も見せずじっとこちらを見上げている。 子猫: …………。 猫は逃げない。にゃあ、とも鳴かない。ただ、じっと私を見つめ返していた。 美雪: おぅ……酷いことする人がいたもんだね。でも、こんな雨の中で濡れっぱなしだと風邪を引いちゃうよ。 千雨(制服): だよな……ん?こいつの目、なんか変な色をしてないか? 違和感に少し首をかしげながら、私は膝を屈めて猫の顔に自分の顔を近づけようとして――。 千雨(制服): あ……? その瞳の中に、意識が吸い込まれるような感覚を――。 Part 01: ……気がつくと、まず視界に映ったのは見知らぬ天井だった。 千雨: って……どこだ、ここは?! どういうわけか布団の中にいた私は、驚いて起き上がる。……そして、視界に広がる違和感ありまくりの光景に息をのんで固まった。 千雨: 私の家じゃ、ない……?! 明らかに自分の部屋ではない……というか社宅とは全く違うつくりの部屋だったので、もはや困惑するしかない。 千雨: (確かさっきまで、雨が降る公園の中にいたはずなのに……いったい何があったんだ?) 頭の中が混乱状態で痛みさえ覚えるほどだったが、とりあえず部屋を出て廊下の隅にあった階段を降りる。 美雪: おはよー、千雨。 千雨: あ……あぁ。なぁ美雪、ここはいったい……、っ? 1階のリビングらしき場所で制服姿の美雪を見て、一瞬安堵を覚えかけたが……直後、全身が強ばる。 テーブルには見知らぬ少女が、2人座っていた。ひとりは小学生くらいの女の子、そして――。 ショートカットの少女: 菜央ちゃん、はいバター。 ロングヘアの少女: ありがと、一穂。 美雪: うしっ……お弁当のおかずも、完了っと。あっ、千雨。トーストがあとちょっとで焼けるから、もう少しだけ待っててねー。 千雨: (……。なんだ、こりゃ) 一穂: おはよう、千雨ちゃん。今日は起きるの、ちょっと遅かったんだね。 絶句する私に、「一穂」と呼ばれた見覚えのない少女は笑顔で声をかけてきて……そして不思議そうに、私を見返した。 一穂: ……あれ、千雨ちゃん。まだ制服に着替えてないの? 千雨: いや……着替えるも何も、ここはどこだ? 菜央: どこって、あたしたちの家に決まってるじゃない。はむっ……。 さくさく、と薄めのトーストをかじる「菜央」と呼ばれていた少女はそう言って、私に呆れたような表情を見せる……が……。 千雨: (……知らない) どちらも……見覚えがない。私と美雪が住んでいる社宅の子じゃない、と断言してもいい。 なぜなら私は、同い年くらいの子であれば別棟であっても全員把握しているからだ。 美雪: お待たせー……って、どうしたの、千雨?洗面所で顔を洗って、着替えてきなって。早くしないと、学校に遅れちゃうよ。 菜央: ……ひょっとして千雨、まだ寝起きで頭がボケてたりしてるの? 違和感を抱くのが変だとでも言いたげに、首をかしげる美雪……そして、見知らぬ2人の女の子。 千雨: (……。よし……) とりあえず、自分の身に何が起こったのかを把握すべく私は、美雪の両肩をがっ、と掴み――。 美雪: えっ、ちょっと……?! 親友が声を上げるのも構わず、その肩を掴んだまま2階への階段を駆け上がった。 寝かされていた部屋に戻り、美雪の身体を敷きっぱなしの布団の上になるべく手加減して放り投げる。 美雪: うわっっと?! 上手く受け身を取った美雪はその勢いで布団から起き上がり……驚いた顔で私を見返してきた。 美雪: ちょ、ちょっと千雨……!いったい、どうしたのさ?! 千雨: むしろ、お前がどうしたっ?なんだあいつらは?! 千雨: っていうか、この状況はどういうことだっ?お前、なんとも思わないのか?! 美雪: お、おぅ……っ?! 動揺のあまり、困惑する美雪の両肩を激しく揺さぶる。 美雪: ちょっ、ちょっと落ち着いてよ千雨っ?キミが何を言ってるのか、さっぱり……?! と、そんな私の様子を奇異なものを見るように美雪は目を白黒とさせていたが……。 美雪: ……あっ……。 ふと何かに気づいたように声をあげ、恐る恐るうかがうように……口を開いていった。 美雪: ひょっとして、キミ……「千雨」じゃない……? Part 02: 千雨: (……「千雨」じゃない、だと?) 聞き間違いでなければ……確かに美雪は、そう言った。 よりにもよって……あの、赤坂美雪が……?! 千雨: ……っ……!! 湧き上がって沸騰しそうな不快感にみるみる自分の顔が歪んでいくのを感じながら、私は目線を合わせるように布団の上に座り込む。 千雨: なぁ……? ひょっとしてお前、私が偽者か何かだと疑ってるのか? 千雨: だったら潔白を証明してやるよ!なんでも質問しろ! 答えてやるよ! 美雪: いや、そういう意味じゃなくて……っていうか、なんで喧嘩腰なのさ? 千雨: 怒るに決まってるだろうがっ!他のやつならまだしも、お前に偽者呼ばわりされて黙っていられると思うのか?! 美雪: だから、違うって……! 私はただ、こっちの「世界」に存在してる千雨じゃないんだね、って言ったんだよ。……はいどうどう、落ち着いて。 千雨: 私は馬かっ?! 美雪: いや、うま年は私の方で千雨はひつじ年だよね……って前にもやったネタだよね、これ。 そう言って、美雪が笑う……私のよく知っている、親友の顔で。 千雨: …………。 そのおかげもあってか、若干怒りを削がれた私に美雪は順を追うように説明していった。 …………。 ただ、その内容は奇妙奇天烈のオンパレードでにわかには受け入れがたいものだった……。 千雨: ……じゃあ、なんだ?私たちは調査に向かった先で、なんとかという神様とやらに出会って……。 千雨: ここ……昭和58年の#p雛見沢#sひなみざわ#r大災害で滅ぶ前の雛見沢に飛ばされたってわけか……。 千雨: で……その雛見沢だと、時々他の「世界」の人物と別の自分が入れ替わることが起こっている……と? 美雪: あー……うん。ただ実際にこの目で見るのは、私も初めてだよ。たぶん、他の子たちもないと思う。 千雨: 見るのは初めて……ってことは、過去にそういった例でもあったのか? 美雪: あったって文献を、古手神社で見せてもらったんだよ。この前大掃除した時に見つけたやつでね、みんなで面白い昔話だなーって話したばっかりで……。 美雪: で、その場には当然千雨もいたんだけど……キミは知らないんだよね? 千雨: あぁ、知らん。初耳だ。 昔話と言っていたが、状況的に見た文献とやらは読み物のような創作物などではなく、ある意味で過去の記録の類いなのだろう。だとしたら……。 千雨: つまり私は、昔話と同じく私の知らない「私」とやらと入れ替わってここにいるってのか?なんともややこしい話だな……。 美雪: なんでこんなことが起きてるかはわからないけど……今の状況をキミ自身が理解できて、客観的立場の私がそうだって認識してるだけ、まだマシだと思うよ。 美雪: そうでなきゃキミ、頭がおかしくなったと思われて最悪の場合病院送りになってたかもしれないんだから。 千雨: ……確かに最悪だな。ここが昭和58年なら手持ちの保険証は使えないし……入院費とか、どれだけとられるかわからんぞ。 美雪: おぅ……そういう冷静な話が飛び出るあたりは、私の知る千雨とあんまり変わんないね……だからさ。 美雪: さっき私が言った、千雨じゃないって発言はキミを千雨の偽者って決めつけたものじゃないってことだけは……受け入れてくれないかな? 美雪: あ、違うな……謝るのが先だった、私も動転してたみたいだし。言葉選びを間違えちゃったよ……ごめんね。 そう言って美雪が頭を下げるのを見て、うっ……と喉が詰まる。 動転して怒鳴り散らした分、過失としては私の方が失点が多いだろう。……なのに美雪は、先に謝ってきた。 こういうところも、あいつらしい……それを理解したおかげで、私の中から猜疑めいた思いは跡形もなく消えていた。 千雨: ……すまんな、美雪。私もとっさのことで、混乱したみたいだ。怒鳴ったりして悪かった。 千雨: とりあえず……現状を把握させてくれ。私はお前と一緒に、平成5年からこの「世界」……過去の雛見沢に来たってことでいいのか? 美雪: うん。で、1階にいたのは私たちと同じように、平成の「世界」から来た公由一穂と鳳谷菜央。 美雪: 同じような立場だから、みんな一緒にまとまっておいたほうがいいだろう、ってことでこの家の本来の持ち主の子に協力してもらって……。 美雪: この家を借りて、共同生活を送っているんだよ。 千雨: ……。今の説明だけでもツッコミどころが満載で、思考と感情が破裂しそうなんだが……。 千雨: ただ、のんきに状況を確かめるためのやりとりをしてる時間はなさそうだ。 美雪: えっ……? 私の呟きに美雪が反応すると同時に、部屋の外から体重が違うと思われる足音が2人分響いてくる。 そして間を開けずにふすまが開き、心配そうな表情をした2人の女の子――一穂と菜央が顔を覗かせてきた。 一穂: あの……大丈夫、千雨ちゃん?なんだか様子がおかしいように見えたんだけど。 菜央: どこか具合でも悪いの?最近何かとあんたに頼りっぱなしで、無理させちゃったせいかしら……? 美雪: んー、軽い風邪っぽいね。昔からそうなると千雨って、喉を真っ先にやられる体質なんだけど……。 美雪: 風邪引くの自体が、久しぶりすぎたせいかな?声が上手く出なくて、びっくりしたみたいだよ。 だよね、と尋ねるように美雪がこちらの顔を見ながら尋ねてくる。その目の動きで、私は彼女の意図を察した。 千雨: (……あぁ、なるほど、そういうことか) 千雨: あー……悪かったな、朝から醜態見せて。 そう言って頭を下げると、やや心配したような面持ちだった彼女たちはさらに怪訝な様子になっていった。 菜央: えっ、そうなの……?じゃあ、学校は休んだ方がいいんじゃない? 美雪: どうする、千雨? 休む? 尋ねる美雪に、首を横に振ってみせる。休むのもひとつの手だが、今は情報が必要だ。できれば収集の機会は逃したくない。 美雪: あー、なんか大丈夫みたい。前もそういうことあったけど、声が出ないだけで普通に授業は受けられたからさ。 美雪のフォローも合わせて、私は頷く。もちろん、そんな実体験は一度もない……が。 千雨: (話はこっちで合わせてやるから、ボロを出さないようあまり喋るなってことか) 一穂: の……喉、大丈夫? 痛い?ご飯、ちゃんと飲み込める?パンより、おかゆとかの方がいいかな……? 菜央: それは一穂が食べたいだけでしょ……学校行くなら、多少はお腹いれておきなさい。簡単だけど冷やご飯でおかゆ作っておくから。 美雪: ありがと、よろしく~。 安心したように階段を下りていく2人の軽快な足音を聞き流して、美雪が「さて」と切り替えてこちらをうかがい見てきた。 美雪: えーっと……。 千雨: わかってる。あの2人には、まだ私が入れ替わったことは黙っておきたいんだろ? ちゃんと合わせる。 美雪: ありがと。……あの2人って心配症だから、説明するにしてもタイミングを見た方が……って、それもあるけどさ。 美雪: 学校は、本当に行っても大丈夫? 千雨: あぁ、問題ない。お前もうまくフォローしてくれるだろうしな。それに……。 立ち上がり、視線をあげる。カーテンレールにかかった木製のハンガーが、見慣れた自分の制服を掛けて揺れていた。 千雨: ……滅んだはずの雛見沢とやらを、私もこの目で見てみたいしな。 Part 03: ポニーテールの少女: あっおはよー、みんな! レナ: はぅ~、おはよう魅ぃちゃん。今日もあいにくの雨で、ちょっと残念だね。 菜央: 梅雨時なんだから、しょうがないわ。……もちろん、あたしは雨だろうが嵐が荒れようがレナちゃんがいれば最高に幸せだけど♪ 一穂: さ、さすがに嵐の日に登校するのは危ないんじゃないかな……? ポニーテールの少女: 確かに。増水して川が氾濫するかもだし、あんまり雨が続くと土砂崩れの備えとかもしておかないとダメだろうね。 ポニーテールの少女: あ、美雪と千雨もおはよー。 千雨(制服): ……あぁ、おはよう。 通学路の途中、待ち合わせの場所で合流した活発そうな女の子と挨拶を交わす。 そして、わいわいと盛り上がる一同を遠巻きに眺めていると……美雪がさりげなく近づいてこそっ、と耳打ちしてきた。 美雪: ……園崎魅音。この#p雛見沢#sひなみざわ#rで知り合って仲良くなった、同じ分校の子だよ。 千雨(制服): ……ん。 了解、の意味も込めて頷く。家に迎えに来た竜宮レナの時と比べたら、2度目ということですぐに落ち着けた。 魅音: あれ……どうしたのさ、千雨?今日はいつもと違う感じだけど、どこか体調でも悪いの? レナ: はぅ……千雨ちゃん、なんでも軽い風邪を引いちゃったみたいなの。 レナ: 身体の方は平気なんだけど、喉をやられちゃって声が出にくいから……なるべく喋らないようにするんだって。 魅音: ありゃー、そりゃ大変だ!もしかして昨日の深夜にやっていた、サメ映画のせいで寝不足だとか? 魅音: いやー、千雨なら絶対かぶりつきで観ていると思ったけど、予想通りだったねー!くっくっくっ……。 魅音という子はそう言うと、身体を折り曲げながら傘についた水滴を豪快に飛ばして大笑いする。 千雨(制服): …………。 彼女に悪意がないとは、理解している。……ただ、どうやら彼女は私の知らない「私」を知っているようで、あまりいい気がしなかった。 美雪: とにかく、早く分校に行こうよ。こんなところで油を売ってたら、身体が冷えちゃうしさ。 レナ: うん、そうだね。早く行こうっ。 頷き合って私たちは、分校に向けて歩き出す。 ……傘を連ねてぞろぞろと登校する姿は、なんだか群れで移動する魚群のようだった。 美雪: ……あと、教室で仲の良い他の子のことも先に教えておくね。 美雪の耳打ちにこくりと頷き、話を聞きつつ傘の隙間から空を見上げる。 ……雨はまだ、止みそうにない。 教室の扉を明けて中に入ると、そこには生徒たちがまばらに散らばって机に座ったり、話し込んだりしていた。 ……明らかに年齢差を感じる子の姿も見えたので少し面食らったが、田舎だと生徒数の少なさもあって同じ教室で授業を受けることも珍しくないと聞く。 そして、その中のうちの3人がこちらに顔を向け、にこやかに話しかけてきた。 沙都子: おはようございますわ、皆さん。あら、結構服が濡れていますわね。 菜央: 途中で雨の勢いが少し強くなったのよ。……あんたたち3人は、大丈夫だった? 梨花: はいなのです。朝食の後に雨が止んだので、また降り出す前に早めに登校したのですよ。 羽入: あぅあぅ、またすぐに降ってきたので少しは濡れましたが、すぐに乾いたのですよ~。 美雪: 風邪を引かないように、身体を拭かないとね。特に千雨は念入りにさ。……私、もうひとつあるからこれを使って。 そう言って美雪が、少し離れた席にタオルを置いてくれる。 千雨(制服): (……なるほど、あそこが黒沢千雨の席か) さりげなく教えられた自分の席に鞄を降ろし、視線だけで彼女に感謝を送りながらタオルで髪と腕についた水滴を拭っていく。と、 沙都子: ……千雨さん……。 菜央ちゃんと同い年くらいの小柄な女の子……おそらく北条沙都子という子が、私の方へとにじり寄ってくるのが見えた。 千雨(制服): (ん……なんだ?) ふっ、とそちらに視線を向けてから思わずしまった、と自分の迂闊さに気づく。 ……「殺し屋」と噂された原因は複数あれど、おそらくそれは私の生来の目つきの悪さだと自覚していた。 だから、人に目を向ける時はなるべく意識的に表情を和らげるように気を遣っていたのだけど……。 いきなりだったのでつい、睨みつけるような感じのままになってしまった。……驚かせてしまっただろうか? 沙都子: をーっほっほっほっ、千雨さん!昨日はずいぶんご活躍でしたけど、今日こそは目にもの見せてさし上げましてよー! 沙都子ちゃんは特に気にしたふうもなく、高笑いをあげる。その反応に少しだけ安堵したが、今度は新たな疑問が頭を埋め尽くしてきた。 千雨(制服): (いや……活躍、ってなんだ?おい美雪、私はこの子に何かやったのか……?) 助けを求めるべく、美雪に視線を送る。すると勘の良い彼女はすぐに理解したのか、さりげない動作で割って入ってきてくれた。 美雪: もしかして沙都子、昨日の部活……という名の放課後恒例のゲーム大会でやったカードゲームで、千雨がボロ勝ちしちゃった件を根に持ってるの? 美雪: まぁ、それも仕方ないよね。最下位の沙都子に下った罰ゲームってそれはもう、口に出すのもはばかられる恥ずかしい格好で……。 沙都子: お……思い出させないでくださいまし、美雪さん!ふわぁぁあぁ、目を閉じればまだあの悪夢の光景が記憶の中に残って……ッ! 沙都子: うわぁああああぁぁぁぁああん~っっ!! よほど嫌な記憶だったのか、沙都子ちゃんは頭を抱えながら上下に激しく振る……まるで、ヘッドバンギングだ。 ……なるほど、部活とは放課後の教室でクラスの連中と行うゲーム大会のことか。 若干説明過剰でわざとらしさも否めなかったが、それも端的にこちらへ伝えるためだろう。……味なことをしてくれる親友だ、まったく。 梨花: みー。沙都子はかわいそかわいその中で、よく頑張ったのですよ。にぱー☆ 羽入: あ、あぅあぅ……同情すると見せかけて心の底から楽しんでいる梨花は、相変わらず鬼なのですよ……。 魅音: はいはい、罰ゲームが終わったら勝負も決着だよ。気持ちはわかるけど、あまり引きずらないように!これは部長命令だからねっ! 沙都子: ……わかりましたわ。 一穂: あ、あははは……でも、千雨ちゃんってカードゲームも強いんだね。昨日初めて見たけど、びっくりしちゃった。 菜央: 逆に一穂は弱すぎよ。あんたがやりたいやりたい、っていうからかなり強いものだと警戒してたのに……沙都子の次くらいにボロボロだったじゃないの。 一穂: だ、だって、やりたかったから……!カードゲームなんて、雨が降らないとできないし……。 羽入: あぅあぅ……沙都子があそこで引くカードを変えていたら、あの罰ゲームを受けていたのは一穂だったはずなのですよ。 一穂: か、勝ってよかった……! って言いたいけど、次はもう負けそうな気がする……うぅっ。 レナ: はぅ……気持ちで負けたら、本当に負けちゃうよ? 一穂: が、頑張る! 沙都子: をーっほっほっほっ、その意気ですわ!もちろん私も、次こそは汚名挽回してみせましてよー! 魅音: いや、汚名を挽回してどうするのさ……。それを言うなら「名誉挽回」か「汚名返上」のどっちかでしょ? 美雪: ……魅音だって、ちょっと前に間違えてたじゃんか。私に言われて、必死にごまかしてたくせにさー。 魅音: ぎくっ? そ、それは……。 千雨(制服): …………。 やっぱり記憶も自覚もないが、どうやら私たちは昨日の部活とやらで楽しく盛り上がっていたらしい。 千雨(制服): (あと……それなりに好かれてたみたいだな。この「世界」の私は、こいつらに……) 美雪: ……千雨、大丈夫? 不安げに尋ねてくる美雪に対して私はなんでもない、と制止のつもりで手を軽く上げ、席に腰を下ろす。 と、そこへちょうど教師と思しき若い女性が入ってきて、授業がはじまった。 Part 04: ……降り続ける雨の中、私はひとり通学路を歩く。 放課後になって部活が行われることになったが、喉の不調を言い訳にして先に帰ることにしたのだ。 千雨(制服): (せっかく誘ってくれたってのに、悪いことをしたな。……といっても喋れないのにゲームに参加しても、気を遣わせるだけだしな) ひとりで帰ると言った時、あの場にいた全員が心配そうに見送ってくれた。……本当に優しい連中だと、胸が温かくなる。 千雨(制服): はぁ……。 ただ、その姿を思い出すと申し訳なさがいっそうこみ上げてくるので、なるべく考えまいとため息をついて天を仰いだ……その直後。 背後から水を蹴散らすような足音が聞こえて、私は振り返った。 美雪: おぅ……もう、こんなところまで来てたなんてね。千雨が歩くの速いってこと、すっかり忘れてたよ。 千雨(制服): ……走った時の速さは、お前ほどじゃないさ。 そこにいたのは、やはり美雪だった。おそらく駆け足で追いかけてきたのだろう、両脚は膝まで跳ねた泥まみれになっていた。 千雨(制服): 部活は、どうした? 美雪: んー、ごめん。心配だから私も帰る、って抜けてきちゃった。 千雨(制服): ……そっか、悪いな。お前が何度もフォローしてくれたのに、うまく合わせられなくて。 美雪: 仕方ないよ。いきなり初対面状態の相手と友達でしたー、って感じで上手く振る舞えって言われても、私だってできっこないって。 千雨(制服): もちろん、それもある……が……。 千雨(制服): それ以上に、この「世界」の私は……どうにも自分と同一人物だって思えなくてな。 そう言って私は、視線を彷徨わせた後近くに咲いていた青い紫陽花へ視線を向ける。 品種改良などもされていない、普通の花……それでも私の目にはなんとなく、異世界で咲く不思議なもののようにも映っていた。 千雨(制服): 私が平成の「世界」だと、どういうやつだったか……お前だって知ってるだろ? 千雨(制服): 周りに合わせられないし、言いたいことを言わせたらキツい言い方になって相手をビビらせるか、怒らせる。 千雨(制服): 外見は母親そっくりの女の子だそうだが、中身は親父そっくりだなんて詐欺だ、って親たちにまで嘆かせる始末だ。 千雨(制服): 私が自分から声をかけても普通に接してくれるのは、お前以外だと昔から社宅にいる連中くらいだ。人付き合いがいいとは言えない……いや、悪い。 千雨(制服): だから、わかってるんだよ。……お前らの輪の中に入ると、どうしても浮いた存在のようになっちまうってな。 美雪: …………。 千雨(制服): まぁ、そういう部分が欠点って世間的に言われることも理解している。……直したいと思ったことはないがな。 千雨(制服): それに、無理に直さなきゃいけないと思うほど現状では困ってもいない。……だから、この先も今のままでいいと思っていたんだ。 千雨(制服): だけど……ここに来て、私は……っ。 一穂や菜央ちゃん、それに学校にいた連中のことを……思い出す。 全員が私に全く怯みもせず、にこにこと笑いながら「千雨」「千雨ちゃん」と楽しげに呼びかけてきた。 私でない「私」が、美雪とともにこの昭和の「世界」へ来てからそこまで時間は経っていないはずだ。 なのに、村の連中と打ち解けられていたのだから私でない「私」という人物とはつまるところ、ここにいる私と違って……結構……。 千雨(制服): この#p雛見沢#sひなみざわ#rの連中と親しくやってた「私」は……もう少し周りに気を遣える……その、なんだ。 千雨(制服): そこそこ、いいやつ……なんじゃないか、ってさ。 千雨(制服): そいつを差し置いて、私はお前に「黒沢千雨」だと名乗って……本当に、それでいいのか? 美雪: 千雨……。 美雪が傘を握り直すと、動いた拍子に傘に乗っていた雨粒がまとめて落ちて――。 その向こう側に、笑う彼女の顔が見えた。 美雪: ……大丈夫だよ、千雨。どんなに記憶が違ってたとしてもそういうところ、私の知るキミそのものだよ。 美雪: それに……。 何か言いかけた美雪に対して、私は下手な慰めなんてやめろ、と被せかけて……。 千雨(制服): ……っ……? 彼女のはるか後方……学校の方に、何か妙なものが見えた気がした。 美雪: ? どうしたの、千雨……? 千雨(制服): いや……なんだか知らないが、分校の方に妙なモノが見えた……ような? 美雪: っ、まさか……?! それを聞くや美雪は大きく目を見開き、持っていた傘ごと振り返る。 千雨(制服): お、おい美雪。なんだお前、あれに心当たりでも……? 美雪: っ……千雨!キミは、分校のみんなのことが嫌いか?! 千雨(制服): はぁ……っ? 顔を戻してきた美雪に早口で問いかけられて、とっさにその中身が理解できずに聞き返してしまう。 と、おそらく間抜けな顔をしているであろう私に対して美雪は、切羽詰まった表情でさらに問いを重ねていった。 美雪: 一穂や菜央、それに他の分校の子たち!嫌いじゃないなら、私と一緒に戻って!! 千雨(制服): い、いや……もちろん、嫌いなんてことはないが……。 美雪: よかった、じゃあ行こう!! 千雨(制服): お、おいっ……?! 走り出した美雪の後を、慌てて追いかける。 ぬかるんだ地面を蹴り上げ、濡れるのもかまわず雨の中を突っ切るように足を動かす。 薄暗い曇天と雨のせいで、前は見えにくくなっている。……というか、全体的に視界が悪い。 ただ、そのはずなのに……。 千雨(制服): …………。 前を走る美雪の背中だけは力にあふれて、妙にキラキラと輝いているように見えた。 Part 05: 走っているうちに、雨脚は弱まってほとんど止みかけていた。 そして、戻った学校で私たちを待っていたのは庭のあちこちにできた大きな水溜まりと――。 ツクヤミ: 『ッグアアアアァァァァアァッッ!!!』 今まで見たこともない、想像すらも超える異形の……って……?! 千雨(制服): な……なんだありゃ?!山の獣じゃないよな、なん、なん……?! 美雪: あれは『ツクヤミ』だよ!この#p雛見沢#sひなみざわ#rのあちこちで出没して、暴れ回ってる……妖怪? 千雨(制服): 妖怪より、むしろバケモノの類いだろうがッッ!! 一穂: ……っ……! ぬかるんだ足音に顔をあげると、すぐ目の前に顔をしかめた一穂と息を切らせた魅音の姿があった。 魅音: あっ……2人とも、いいところに!戻った早々で悪いけど、倒すのを手伝って! 千雨(制服): (倒すのを手伝え……? どういうことだ?まさか、こいつらと戦えってのか?!) 菜央: ダメよ、千雨は風邪を引いて万全じゃないんだから!いつもみたいに戦えないわ!! 千雨(制服): (いつもみたいに……戦えない……?おいおい、待て待て……ッ!) 何をどうやって、どう戦えって?!こいつらはいったい、どういうやつらなんだ……?! そんな困惑の中、周囲を見渡すとバケモノの合間を縫うように点在する生徒たちの手には「カード」のようなものがあって……? みんな: 『ロールカード・エスカレーション』ッッ!! 千雨(制服): ……。な、ななっ……?! その叫びとともに「カード」は質量保存の法則を無視したサイズの武器のようなものに変身し、彼女たちはバケモノに立ち向かって行く……?! 千雨(制服): (な、な……なんだありゃあ?!) ある意味でバケモノの存在以上に驚いて、私は呆然と立ち尽くす。……と、その時だった。 千雨(制服): (なんだ? ポケットが熱い……?) 困惑のままポケットに手を差し込み、熱源らしきものを掴んで……取り出す。 すると、ポケットから現れたのは彼女たちが持っているものと同じ「カード」だった。 美雪: 千雨……!それが『ツクヤミ』と戦う武器、『ロールカード』だよ! 美雪: とにかく念じれば、武器に変えて戦える……けど! そう説明しながら美雪は、ポケットから「カード」を取り出して頭上にかざす。 すると、それは他のやつらと同じように武器へと変わり……実に違和感どころか、場違い感満載の光景が目の前に繰り広げられていった。 千雨(制服): な……なんだこれはっ?!これは夢か?……いやいや待て待て、もし夢だったら痛みの感覚とかもないはずだから要するに――。 美雪: 無理だったら、後ろに下がって!自分の身を守ってくれてればそれでい、痛ぁっ?! 反射的に、美雪の頭を平手で引っぱたいていた。 千雨(制服): ……痛みはある、か。ということは夢じゃないってことだな。 美雪: 自分で痛みを感じなきゃ、意味が無いでしょっ?っていうか、なんで私で試したんだよキミは?! 千雨(制服): ムカついたからに決まってるだろうが!文句あるか、ああぁぁんんっ!! 千雨(制服): それに、まともな説明もなくムチャクチャなことをやれと言われるのもすっっっげぇムカつくが……! 千雨(制服): ひとりだけ隠れてるなんて卑怯なこと、私にやれって方が無理だろうがッッ!! そう叫んだ瞬間……手にした「カード」が、なぜか武器になった!あぁもうわけがわからないッ!! ……でも確かに、この手に武器の感触がある! 千雨(制服): 本当に変わりやがった……クソッ! とはいえ、こんなデカブツ相手だと徒手空拳はハンデにしかならない。だとしたらもう、この武器を使うしかない……! 千雨(制服): やってやるよ……! 私はわけがわからない武器を握りしめながら、半ばやけくそ気味に『ツクヤミ』の中へ突っ込んだ。 ……最初こそ戸惑っていたものの、戦い方は他のメンツを見ていれば理解できた。 千雨(制服): (要するに動けなくなるまで、叩き潰せばいいってことだな……!) ルールも何も無いことがわかっていれば、それだけで戦うのは楽だ。 千雨(制服): おい、一穂!後ろでボサッとするな!! ツクヤミ: 『ケェエエエエエッッ!!』 一穂: っ……!あ、ありがとう千雨ちゃん! 眼前の敵に気をとられていたせいで、一穂は背後に迫ったバケモノの存在に気づくのが一瞬遅れる。 それを見た私が素早く回り込み、間一髪で蹴り飛ばすとひゅう、と口笛があがった。 魅音: ナイス、千雨! レナ: はぅ……!でも千雨ちゃん、体調の方は……喉は大丈夫なのかな……かな?! 千雨(制服): ……あ?あぁ……なんか大声出してたら、……治った! 沙都子: あ、荒療治にもほどがありましてよ……。 梨花: みー……でも、確かに治っているみたいなのです。 菜央: ということは、具合は万全近くまで回復したってわけね。 羽入: あぅあぅ、むしろ絶好調に見えるのですよ~! 魅音: あっはっはっはっ、やるねぇ!おじさんも負けてられないよ! バケモノに囲まれているというのに、妙に楽しそうな女の子たち……それを見ていると、徐々に思考が落ち着いてきた。 千雨(制服): (……わからないことが山積みというか、わからないことしかないんだが……) 身体を動かしているうちに頭は冷え、代わりに少しだけ距離を置いていた格闘技の血が沸騰するように温度を上げるのを感じて……! 千雨(制服): 毒を食らわば皿まで……やってやるよ、おりゃぁぁああっっ!! Epilogue: ……私たちが絶妙のタイミングで加勢できたおかげか、『ツクヤミ』の群れはあっという間に一掃された。 千雨(制服): ……っ……?! ただ、気合いに任せて調子に乗りすぎたかもしれない。もちろん身体には、傷ひとつ負っていない……が……。 千雨(制服): き、きつい……!足元が悪い中の戦闘は、意外にきつかった……!! 滝のように流れる汗を拭い、ぜぇぜぇと息をつく。すると、そんな私のもとに美雪が駆け寄ってきた。 美雪: っ……千雨、大丈夫?膝がガクガクして、笑ってるみたいなんだけど。 千雨(制服): あ、あぁ……部活を辞めた、ブランクってやつかな。こんな程度で限界が来るなんて、情けない話だ……。 美雪: いやいや、いくらなんでも引き受けすぎだって。後半にはもう、何体も同時に相手してたじゃんか……! 千雨(制服): ふん、あの程度……って胸張って言えるように、明日から鍛え直しだな……。美雪、お前も付き合え。 美雪: えー、それは遠慮したいなぁ。千雨の現役時代のハードトレについていける子なんて、誰もいなかったんだからさ……。 千雨(制服): ……とりあえず、こんなもので良かったのか? 美雪: うん……お疲れ様。 私の呼吸が整うのを見守りながら、美雪が優しげに笑う。……そしてなぜか場違いな思い出話を語り出していった。 美雪: ねぇ、千雨……覚えてる?昔、古辺さん家の美々ちゃんが紫陽花の偽物を見つけたー! って大騒ぎした時のこと。 千雨(制服): ……美々? あぁ、みんなで見に行ったらただのピンクの紫陽花だったアレのことか。 美雪: そうそう。社宅の周りに咲いてる紫陽花は青か紫だから、初めて見たピンクの紫陽花を偽物だ……って思っちゃった笑い話だよ。 なんでそんな話を、と内心怪訝に思いながらも、私は嬉々として続ける美雪の話に耳を傾ける。 彼女は時々、唐突に社宅の連中の話をすることがあった。その大半は私も、当然覚えているものばかりだったが……。 それはたいていの場合、内容とは別の意図……教示的なことを言う際の照れ隠しだったりする。だから私も、黙って彼女の話に耳を傾けることにした。 美雪: ……千雨はさ。さっきは自分を黒沢千雨って呼んでいいのか、って言ってたけど……私は呼ぶよ。 美雪: 絶対、偽者なんかじゃない。ただ、変化はあったんだと思う……キミが知らない黒沢千雨の変化がね。 千雨(制服): なんだそれは……意味がわからん。 美雪: たぶん……だけどね。千雨が感じた自分への違和感の正体は、環境の変化じゃないかな。 美雪: 紫陽花は土壌のpH度で花の色が変わるよね?この「世界」の土は平成とは違う……だから、ここに来た千雨は自分を変えたんだと思う。 美雪: 『ツクヤミ』を見ればわかるけど、正直ここの環境とか状況とか、メチャクチャだし。 千雨(制服): ……つまり、なんだ。 千雨(制服): 「私」が上手くやれてたのは、ここの環境に適応した結果で……私も同じことができると? 美雪: うん……。 美雪: というか、色々と考えたんだけどさ。入れ替わっちゃった原因はそれかもしれない。 千雨(制服): は……? 美雪: もっと言うなら、私たちを守るために千雨が変わらなくちゃいけなかったから……。 驚く私が見た美雪は、雨に濡れた子猫のような途方に暮れたような顔をしていて。 美雪: 千雨が一番楽な振る舞いを封印して、自分を曲げてでもこの「世界」で上手くやろう、って頑張ってくれて……。 美雪: それが負担……ストレスになって、入れ替わりが起きたんじゃないか……ってさ。 千雨(制服): …………。 美雪: 他にも詩音……って、魅音の妹なんだけど。その子と千雨があんまり相性よくないみたいで、ちょっと色々なことがあって……。 美雪: 千雨にかなり、負担かけてたからさ……。 もごもごと美雪がよくわからない話を述べているが、要するに……。 千雨(制服): 自分たちのせいで「私」が自分を曲げて、ストレスがたまったせいで入れ替わったって?……それは違うだろ。 美雪: んー……でも、それくらいしか心当たりが……。 千雨(制服): 土の成分が変わっただけで、青でも紫でもピンクでも紫陽花は紫陽花なんだろ?……なら、私が断言してやるよ。 千雨(制服): 美雪の目に私が自分を曲げたように見えて、仮にそれが事実だとしても……私が決めて曲げたことだ。 千雨(制服): 勝手に私から、私の意思と判断を奪うな。 美雪: …………。 私がきっぱりと断言すると、美雪の丸い目が更に丸くなり……優しげに細められる。 美雪: ……ありがと。ごめんね。 千雨(制服): あ……? この流れで謝罪される理由がわからずに首を捻る私の目の前で、彼女の微笑みがどこかはかなげなものに変わった。 美雪: 私が#p雛見沢#sひなみざわ#rに一緒に行こうって言わなければ、こんなムリをさせずにすんだのにって思ってたからさ。 千雨(制服): ……は? いや、待て待て美雪。お前が雛見沢行きを言い出したそもそもの原因は――。 一穂: 美雪ちゃん! 千雨ちゃん! 名前を呼ばれ、美雪と同時に振り返る。 遠くから小動物のようにぬかるんだ地面を軽快に駆けてくるくせ毛の少女の名前は、確か……。 美雪: 一穂。無事だった? 一穂: うん! でも戻ってきてくれて助かったよ! 一穂: 雨が弱まってから、突然押し寄せてきて……!みんなびっくりして慌てて校庭に出たんだけど、数が多すぎて……! 興奮しているのか、せわしなく美雪に喋りかけていた一穂が、ふいにこちらを向く。そのせいでバッチリと目が合ってしまった。 一穂: やっぱり、千雨ちゃんはすごいね……!自分だけじゃなく、周りのみんなにも気を配って。私なんて、自分の目の前しか見えないから……。 千雨(制服): あ、いや……それより悪かったな。怒鳴りつけて。 一穂: えっ……?でもあれは、危ないから注意してくれたんだよね? 菜央: 千雨の言葉がキツいのはいつものことじゃない。 魅音: なになに、言葉がキツいってなんの話?雛見沢の方言? いやー、我が故郷ながらなかなか迫力あるよね~。 レナ: はぅ……雛見沢のお年寄りは方言がキツいから、なんてことない言葉でも怖く聞こえちゃう時があるよね。 沙都子: キツい以前に、方言で一方的にまくし立てられると何を言っているのかわからなくて困りましてよ……。 梨花: みー……慣れればちゃんと聞き取れるし、理解できるのですよ。 魅音: あー、でも外から来た人だと全然ダメらしいね。監督とか最初めちゃくちゃ戸惑っていたらしいし。 羽入: あぅあぅ、でも意味がわかれば怖くなんてないのですよ! 美雪: そうそう、千雨も言ってる意味がわかれば特に怖いことなんてないからねー。 一穂: ? 千雨ちゃんは怖くないよ?時々大きな声でびっくりしちゃうことはあるかもしれないけど……。 千雨(制服): …………。 賑やかに喋る女の子たちを見ながら……この「世界」にいた「私」のことを考える。 『ツクヤミ』やら「カード」やらわけがわからないことが山積みで……でも、それを飲み込まねば生き残れなくて。 ……「私」がこの「世界」で、多少どころかかなり無理をしていたのは事実だろう。 それに居心地の悪い違和感は、まだ澱のように腹の奥に残っている……けど。 千雨(制服): その、ありがと。私も結構、楽し――。 美雪: 千雨……? おーい、千雨ってば。 千雨(制服): えっ……? 美雪の声を聞いて、はっと我に返り顔を上げる。 ……周囲を見渡すと、見慣れた通学路の公園。私は美雪に傘を預け、湿った段ボール箱を抱えて箱の中で震える猫を見下ろしていた。 子猫: にーぅ。 か細い鳴き声をあげる猫を数秒見つめた後、慌てて周囲を見渡す。 千雨(制服): ……一穂はどこに行った?それに菜央ちゃんとレナ、魅音たちは……? 美雪: ? ねぇ、どうしたの?その猫を見ながら急に動かなくなったと思ったら、変なことを言い出して……大丈夫? 千雨(制服): あ、いや……。なんでもない。 緩く首を左右に振りながら、箱ごと猫を両手で抱える。 千雨(制服): (さっきのはなんだったんだ……?) 夢……にしては、妙にはっきりとした夢だった。しかも美雪の反応を見る限り、ほんの一瞬程度。 美雪: 千雨……その猫、どうする? 千雨(制服): ……とりあえず、雨がしのげる場所に移動させてやるか。 美雪: それは大前提だけど、その後だよ。猫を飼いたい子を探してみる? 千雨(制服): 一応、心当たりを電話してみるか……となると、一度帰らないとな。 美雪: じゃあ、一度家に連れて帰ろうか。社宅はペット禁止だけど、一時的な保護ぐらいなら見逃してもらえるだろうしね。 美雪: よかったね猫ちゃん。千雨に見つけてもらって~。 両手に持つ傘の片方を雨から守るように私と猫に傾ける美雪と並び、ゆっくりと歩き始める。 だけど……頭の中は猫の今後よりも、先程まで見た物でいっぱいだった。 千雨(制服): (白昼夢……一瞬見た夢……走馬灯、はなんか違うな) 浮かんでは消えていく可能性……ただの夢と片付けるには、妙にリアルで。 だけどロウソクの火のように、一瞬で消えてしまった……。 千雨(制服): (もしも……もしも、美雪が雛見沢に行くと行った時に、私が止めなかったら……いや) 千雨(制服): (もしも私も、一緒に行ってたら……) 子猫: にゃう。にゃう、にゃーん。 考え始めた思考を遮るように、抱えた箱の中で猫が鳴き声をあげる。 先程まで鳴き声ひとつあげなかったのに突然鳴き始めた猫をじっと見つめて……問いかける。 千雨(制服): ……お前の瞳って、そんな普通の色だったか? 「そうだが?」と言わんばかりに猫がにゃあ、と鳴いた。