Prologue: 刑事A: さーて、昼飯だ……って、奥の会議室は使用中か。最近誰も使っていなかったのに、珍しいな。 刑事B: ? 会議室がどうかしましたか、先輩? 刑事A: いや、ちょいとあそこの中でこのカップ麺を食おうと思っていただけさ。結構ニンニク臭が強いから、さすがに休憩室だと他の連中の顰蹙を買うと思ってな。 刑事B: インスタント食ばっかりだと、胃を痛めますよ。健康診断で医者に食生活を改めるように注意されたって、この前もこぼしていたじゃないですか。 刑事A: うっせぇ。この味を気に入っているんだから別にいいだろうが。……それはさておき、あの会議室って今は誰が使っているんだ? 刑事B: 大石さんですよ。さっき俺に会議室を使うことを伝えて、何人かと一緒にこもっちゃいました。 刑事A: そうなのか。……にしては、ずいぶん静かだな。何の打ち合わせをしているか、聞いたか? 刑事B: さぁ……俺も「超重要」な打ち合わせだから誰も近づけるな、って言われただけなので。 刑事A: 超重要って……まさか、S号案件か?! 刑事B: ……あ、一応確かめましたがそれとは違うみたいです。ただ、とにかく大事な話し合いとのことでした。 刑事A: S号じゃない、重要案件……?それはそれで気になるな。 刑事A: ちなみに、大石さんと一緒に入ったのってどんな連中だった? 刑事B: 俺も別件の用事をしながらだったので、全員の顔は見ていませんよ。ただ、その内のひとりは#p雛見沢#sひなみざわ#rにある診療所の――。 圭一(冬服): ……。さて、と……。 警察署内の喧噪から遮断されて、しんと静まり返った会議室――。 その議長席? らしき場所に陣取ってこの「重要な会議」のホスト役を務める圭一は一同を見渡し、おもむろに口を開いていった。 K: 忙しい中に集まってもらって、ありがとな。トミーにイリー、そしてクラウド。 K: 今日は折り入って、みんなに頼みがあって来てもらったんだ。 トミー: ははは、水臭い前置きは無粋だよ圭一くん。……いや、K。 トミー: 僕たちはどんな困難を前にしても支え合うと魂で誓った仲間、ソウルブラザーじゃないか! イリー: その通りですよ、K。心を通じ合わせた私たちの間に遠慮や気遣い、まして謝罪などは不要というものです。 クラウド: んっふっふっふっ……しかしまぁKが私たちを消臭、いや召集するとはよほどの事態が起きたようですね。 クラウド: あなたからの頼みとあらば協力は惜しみませんので、まずは話していただけませんか? K: …………。 クラウド: おや……どうしました、K? K: ……こんな頼みをしてもいいものか何日も迷って、悩みまくった。正直、俺のエゴだと思われても仕方ないだろう。 K: だけど、俺ひとりの力じゃどうにもならねぇ……。みんなの力を借りなければ、絶対に不可能なんだ! そう言って圭一は、切羽詰まった面持ちのまま机に額をこすりつけんばかりに深く頭を下げる。 そんな彼の姿を前にして集った3人は息を呑み、緊張と覚悟をはらんだ空気を室内にみなぎらせた――が。 K: 今月は、2月。そしてあと数日で14日だ。……みんな、この意味はわかるか? トミー: ? あ、あぁ……言わずとしれたバレンタインデーだね。 ヘアピンカーブ並みに急角度からの話題を差し向けられて、富竹はやや戸惑いながらも無難な回答で応じる。 入江と大石も、どれほど深刻な相談なのかと身構えていただけに……圭一の意図がわからず、毒気を抜かれた顔で視線を交わしあった。 トミー: バレンタインか……まぁ、独り身の僕にはあまり関係のないイベントだけどね。ははは……。 イリー: そんなことはありませんよ、トミー。あなたはご存知ないかもしれませんので、実に羨ましい情報をお知らせしましょう。 入江: 最近の鷹野さんは休憩のたびにお菓子作りの本を広げたり、有名店のチラシを広げて見比べたりしています。 イリー: ……この行動の理由と意味については、あえて説明する必要などありませんよね? トミー: あ、あははは……それが本当なら、嬉しい限りなんだけど……。 トミー: ただ、彼女はそうやって思わせぶりな態度でからかっておいて、いざ当日には僕を笑顔で谷底に叩き落とすようなことをする時があるから……。 トミー: 間違いなくもらえると確信できるまで、僕は期待しないことにしているんだ。 クラウド: ……そういえば去年、トミーはバレンタインの日にとある飲み屋で酔いつぶれていたと聞きましたよ。ひょっとして何か、落ち込むようなことでも……? トミー: 聞かないでください、大石さん……いえクラウド。とりあえずチョコはもらえたんですが、あの日のことは記憶の引き出しに封印したので……。 そう言って富竹は、うつろに遠い目をしてみせる。……いったい何があったのかと気になる大石だったが、気の毒にも思えてあえて聞かず言葉を飲み込んだ。 クラウド: まぁ……もらえただけでも、上々だと思いますよ。私なんて、お店のお姉ちゃんか飲み屋のママにお義理で市販のチョコをいただくくらいなのでね。 クラウド: ……そういえば、以前にまどかちゃんからもらったチョコは市販品だけど珍しいやつで、なかなか美味かったですねぇ……。 イリー: おや、大石さんにもいい人が……? クラウド: いえいえ、キャバクラで働いていた子ですよ。店はとっくの昔にやめていますが、今でもちょっと繋がりがありまして……イリーはどうです? イリー: 私も、顔なじみの患者さんからもらう程度ですよ。ご期待に応えられず、申し訳ありませんが。 イリー: ……その点、Kはいいですねぇ。雛見沢分校の皆さんからもらえるんですから。まさにハーレムじゃないですか。 そう言って入江は、若干の羨望も込めて圭一に話を向ける。しかし……。 K: …………。 なぜか当人は喜びも照れも一切見せず、むしろ落胆さえにじませながらため息をついていった。 K: なぁ、イリー。もらえないとわかっていて最初から諦めるのと、もらえるはずのものを諦めるのとだと、どっちが辛いと思う……? イリー: ……? それはどういう意味ですか、K? クラウド: おやおや……ひょっとしてK、誰かを怒らせてチョコなんてあげないとでも言われたんですか? クラウド: んっふっふっふっ、女の恨みは怖いですからねぇ。でしたら、早々に非を認めて謝ってしまうことです。きっと当日には、水に流してくれるはずですよ。 K: いや……そうじゃなくて。今日、3人に集まってもらったのは他でもなくそのバレンタインで相談したいことがあるからなんだ。 クラウド: ふむ……そこまで真剣なお顔をされての頼みとなれば、さすがに無碍にはできませんね。ぜひ、うかがいましょう。 K: ありがとうな。実は……。 Part 01: ――放課後。授業を終えて下級生の子たちが帰宅した後……。 魅音(冬服): はーいみんな、傾注傾注~! これから部活を始めるか、それとも帰宅するかで部長の指示を待っていた私たち全員に声をかけて、魅音さんは教卓の方へと向かう。 そして黒板に大きく「2月14日大バトル大会!!」とチョークで文字を書き込み、ばんっ! と大きな音が響くほどに叩いてこちらへと振り返っていった。 魅音(冬服): 知っての通り来週には、2月14日がやってくる!みんな、もちろん何の日かわかっているよね~? 美雪(冬服): うん、もちろん。関東で反乱を起こした平将門が、流れ矢に当たって死んだ日だよねー。 魅音(冬服): 違うっ! なんだよその、日本史の試験でも出てこないようなマニアック極まりない豆知識はっ? 美雪(冬服): いやー、あはは。この時期になると、みんなが同じような質問をしてくるからつい変化球をかけたくなっちゃってさ。 菜央(冬服): あんたってほんと天邪鬼というか、こういう時でも型にはまるのを嫌がる性分よね……。社会のルールを守ることには、すごく厳格なくせに。 美雪(冬服): そりゃ当然でしょ? ルールを守るのは、お上に安全を守ってもらうことと引き換えにした市民の義務であり、責任ってやつなんだから。 美雪(冬服): それに対して、すでに相手が答えを用意した質問はただ同意を求められるだけで創意工夫がない!だから社交辞令でもない限り、私は抗うのさーっ! 菜央(冬服): ……その気持ちはわからなくもないけど、調子に乗ってやりすぎると友達を減らすわよ。あと、TPOを意識して使いなさいよね。 一穂(冬服): あ、あははは……。 美雪ちゃんと菜央ちゃんのやり取りは、相変わらず軽妙な漫才のようだ。もちろんそれは、仲の良さの裏返しなんだけど。 魅音(冬服): ちょっとー、初っ端から話の腰を折らないでよ!美雪も空気を読んでよねー、まったく! 沙都子(冬服): ……確かにその通りなんですが、魅音さんが言うとつい私たちも突っ込みを入れたくなりますわねぇ。 梨花(冬服): みー。それが魅音たるゆえんなので生暖かく見守ってあげようなのですよ。にぱー☆ 魅音(冬服): って、あんたたちまでー!……まぁいい、このままだと話が進まないからね。 そう言って魅音さんは、気持ちを切り替えるようにごほんっ、と咳払い。そして改めて私たちを見回し、再び口を開いていった。 魅音(冬服): では、あえて言い直すよ……2月14日はそう、バレンタインデーだ!みんな、準備の方は万全かな~? レナ(冬服): はぅ~、もちろんっ!レナは菜央ちゃんと一緒に、かぁいいチョコケーキを作る予定なんだよ……ねっ、菜央ちゃん? 菜央(冬服): ほわっ……う、うんっ。そのために、お買い物もしたんだもの。 菜央(冬服): あたし、レナちゃんのために一生懸命素敵なケーキを作るから……楽しみにしててね♪ 美雪(冬服): んー……口を挟むのも野暮ってもんだけどさ。バレンタインのチョコって本来は、男の子に贈るものじゃなかったっけ? 菜央(冬服): あら、そんなことないわ。もとを正せば聖バレンタインってのは、好きな人に贈り物をする日なんだから。 菜央(冬服): そして、あたしの大好きな人はレナちゃん♪だから無問題でしょ? レナ(冬服): はぅ~、ありがとう菜央ちゃん。レナも菜央ちゃんのことが大大大、大好きだよ~♪ 菜央(冬服): ほ、ほわぁ……。 菜央ちゃんとレナさんは、手を取り合い……狭い教室の中でも机や椅子を器用に避けつつ、くるくるとオルゴール人形のように回っている。 「ダメだこいつら、早くなんとかしないと……」なんて台詞が美雪ちゃんから聞こえてきた気がしたけど、口を挟むのも野暮なので聞こえなかったふりをした。 菜央(冬服): 安心しなさい一穂、美雪。あんたたちにもちゃんと、チョコをあげるつもりよ。 一穂(冬服): あ、ありがとう、菜央ちゃん……? 何を安心すればいいんだろう……? と内心で疑問を抱いていると、美雪ちゃんがため息交じりに少し呆れたような表情を浮かべていった。 美雪(冬服): いや、菜央……キミのお気遣いに、文句をつけるつもりは全くないんだけどね。ただ……。 美雪(冬服): なんていうか……娘が好きな男の子に本命チョコを作ってて、その余りの処分を兼ねてお義理でチョコをもらったパパの心境だよ。 美雪(冬服): ……あー、そっか。これって、甘いはずのチョコがなんか苦い、って言ってた近所のおじさんたちの気持ちってやつか。 一穂(冬服): ま、まぁまぁ……。 愚痴っぽくこぼす美雪ちゃんの肩に触れ、私はぎこちなく笑いながら慰めるつもりでとりなす。 ……もっとも、この寸劇は予定調和みたいなもの。そういう意味では彼女も、菜央ちゃんたちのために少し空気を読んだということだろう。 梨花(冬服): みー。ボクも沙都子と、手作りチョコの交換をするのですよ。 沙都子(冬服): をーっほっほっほっ、楽しみですわねぇ!梨花のために、腕によりをかけて素敵なチョコを作ってさしあげましてよ~♪ 羽入(冬服): あ、あぅあぅ~!僕を仲間はずれにしないでくださいなのですよ~。 梨花(冬服): もちろん忘れてはいませんですが……羽入はどんなチョコを贈っても、味がわからないまま食べ尽くしてしまいそうなのです。 梨花(冬服): なので羽入には、大安売りの板チョコを束ねて渡してあげるのですよ。にぱー☆ 羽入(冬服): そ、それはあんまりなのです~!ちゃんと味わって食べるので、僕も梨花たちの手作りがいいのですよ~っ! 沙都子(冬服): ご安心なさいませ、羽入さん。いつもの梨花の冗談ですので、バレンタインは3人でチョコパーティーを行いましてよ~! 梨花ちゃんたちも家でバレンタインを楽しむらしい。……ただ、それを聞いた魅音さんはなぜか首を振り、私たちをたしなめるように続けていった。 魅音(冬服): いやいや……あんたたちさ。美雪の言う通り、バレンタインデーってのは男の子に渡すのが基本ってものでしょ? 魅音(冬服): で、私たちが真っ先に思いつく相手としたら……やっぱり圭ちゃんってことになるよね? 一穂(冬服): そ、そうかな……? 入江先生や富竹さんとか、他にもいると思うんだけど……むぐっ。 そう言いかけた私の口を、背後から誰かの手が覆ってきてフタをする。……振り返ると、それは美雪ちゃんだった。 美雪(冬服): まぁ、余計な口を挟むとまた脱線しそうだしとりあえず最後まで、話を聞いてみようよ。 美雪(冬服): つまり魅音が言いたいのは、前原くんにみんなでチョコを送るべき……ってことでいいの? 魅音(冬服): もちろん、それぞれの自由意志を尊重するつもりだよ。けどやっぱり、日頃から仲良くしている仲間のひとりに最低限の社交辞令ってのは大事だと思う。 菜央(冬服): ……あの、魅音さん。社交辞令って、こういう場合に使うような言葉なのかしら……? レナ(冬服): はぅ……それにレナたちは、当然圭一くんにもチョコを贈る予定でいたんだけど……。 そう言って菜央ちゃんとレナさんは、困惑したように顔を見合わせている。 だけど、魅音さんはそんな2人の応答が聞こえていないのか、教卓をばんっ! と叩くと「……しかしっ!」と言葉を繋いでいった。 魅音(冬服): 圭ちゃんなら、どんな出来のチョコであれきっと感謝して喜んで受け取ってくれるとしても……それではあまりに芸がない! なさすぎる! 魅音(冬服): #p雛見沢#sひなみざわ#rを代表するわが部活メンバーが、そんな型にはまったバレンタインデーでいいのか?いや、いいはずがないッッ!! 羽入(冬服): あ、あぅあぅあぅ……っ? 沙都子(冬服): な、なんだか妙な話になってきましたわね……。つまるところ魅音さんは、私たちにどうしろとおっしゃりたいんですの? 魅音(冬服): よくぞ聞いてくれた、沙都子ッ!! 恐る恐る質問を投げかけた沙都子ちゃんに、魅音さんはビシッ、と指さしてみせる。そして、 魅音(冬服): 部活メンバーである圭ちゃんが相手である以上、当然ルールも活動内容も、部活であるべきっ! 魅音(冬服): というわけで今回のバレンタインは、部活ルールにのっとって勝負するってのはどうっ? 一穂(冬服): (……バレンタインで、部活勝負……?) 混ざり合いそうで混ざらない2つのワードを提示されて、私は口を押さえられたまま困惑して美雪ちゃんに視線を向ける。 ただ、彼女も本来予想していたものとはあてが外れていたのか……「?」と怪訝そうに首を傾げている様子だった。 梨花(冬服): みー……圭一にチョコを贈るのを部活にする、というのはわかりましたですが……。 美雪(冬服): ……それって、勝負にする必要があるの? 梨花(冬服): ボクも同じ意見なのです。いつにもまして魅ぃの言っていることが、チンプンカンプンのさっぱりなのですよ。 沙都子(冬服): ですわねぇ。そんなまどろっこしいことをしなければいけないのか、全くもって意味不明でしてよ。 そう言ってみんな、反応が芳しくない。申し訳ないけれど、気合十分の魅音さんとは対照的に、冷え冷えムードだ。 普通に前原くんにチョコをあげてそれでおしまい、でいいような気がするのに……それだと魅音さんにとって何か問題があるんだろうか? ……なんてことを考えていたその時、教室の扉が大きな音を立てて開かれる。 そして廊下から中に入ってきたのは、#p興宮#sおきのみや#rの学校から直接ここを訪れたのか制服姿の詩音さんだった。 詩音(冬服): あー……やっぱりお姉、私に昨夜話したことをそのまま皆さんに伝えたんですねぇ。もう少し考えてからにしろ、って言ったのに……。 一穂(冬服): って、詩音さん……? 詩音(冬服): はろろーん、皆さん。とりあえず、私が補足させてもらいますね。……まずは美雪さん、ちょっとお耳を。 美雪(冬服): んー、私? 手招きで呼ばれた美雪ちゃんが、詩音さんのもとへと歩いていく。……口を塞がれたままの私も一緒に、ずるずると。 そして詩音さんは、そっと私と美雪ちゃんだけに聞こえるくらいの小声で囁くように言った。 詩音(冬服): なんでこんな話になったのか、お困りでしょうけど……ここは私に免じて、お姉に乗ってあげてくれませんか? 美雪(冬服): ……どういうこと? 詩音(冬服): あのヘタレ……じゃないお姉は、こういった大義名分を強引にでも入れなければ、圭ちゃんにとても渡す勇気が持てないみたいなんですよ。 詩音(冬服): レナさんや美雪さんたちだったら、普通にはいどうぞ、って渡せるんでしょうけど……なんせお姉は、御存知の通り意地っ張りなもので。 美雪(冬服): まぁ……そんなところだろうとは思ったよ。なんていうか、面倒くさいね。 一穂(冬服): あ、あははは……。 詩音(冬服): 結局のところお姉は、皆さんを巻き込んでもっともらしい言い訳がないと心が挫けちゃうんですよ。 詩音(冬服): 渡す相手がそばに居るのに、恥ずかしくて渡せないなんて何を甘えたことを、って言いたくなりますけどねー。 一穂(冬服): ……詩音さん? 詩音(冬服): おっとすみません、これは蛇足でした。いずれにしてもここで下手に指摘すると、意固地になるだけですので……お願いします。 美雪(冬服): はいはい……詩音がそこまで言うならいつもいろいろとお世話になってるし、話を合わせることにするよ。 美雪(冬服): んじゃ……こほんっ。 美雪ちゃんは軽く咳払いをしてから、教卓に向き直る。そして他のみんなを促すように、努めて明るい声で魅音さんに応えていった。 美雪(冬服): いいよ! そのバレンタイン勝負、私は乗った!最近『ツクヤミ』退治もちょっと飽きてきた頃だしね! 魅音(冬服): あっはっはっはっ、そう来なくっちゃ!他のみんなも、それでいいよねっ? その問いかけに対し、レナさんや沙都子ちゃんたちはややぎこちないながらも笑顔でうなずき返す。 元々前原くんにチョコを贈るつもりだったと言っていたので、反対する理由もないということだろう。……少しだけ、戸惑いはまだ残っている様子だったが。 美雪(冬服): ただ、バレンタインデーで勝負を決めるって……具体的にどうするつもりなのさ? 魅音(冬服): くっくっくっ……それはこれから説明するよ。競技内容は……ずばり、アピール! 魅音(冬服): どれだけ圭ちゃんを驚かせて、鼻血ブーな展開を見せられるかで勝者が決まるってわけだ! どうだい? 一同: 「「…………」」 レナ(冬服): えっと……つまりバレンタインをテーマにしたアピール対決ってことかな? かな? 梨花(冬服): みー……以前にも、誰が一番レナが気に入るようなかぁいいものを用意できるかで部活をしたことがあったと思いますが、それの延長みたいなものなのですか? 魅音(冬服): そうそう、まさにそういう感じ!さっすが梨花ちゃん、理解が早くて助かるよ~! そう言って魅音さんが上機嫌に進めるので、私たちはあえて口を挟むことなく話を合わせる。 なんというか……大人の接待って、こんな感じなのかもしれない。 詩音(冬服): はぁ……部活化したら気楽にチョコを渡せるかもしれませんね、と提案したのは私なんですが……企画内容に熟慮がなさすぎですよ、お姉。 美雪(冬服): きっと焦って、自分の中だけで盛り上がっちゃったんだろうね。……今さら言っても仕方ない話だけどさ。 一穂(冬服): は、はぁ……。 美雪(冬服): ……一穂、言いたいことはあると思うけど黙っておくのが吉だと思うよ。 美雪(冬服): ここで下手に本音を暴いたりしたら、魅音がムキになって暴れるか泣くかで誰も楽しくない結末になりそうだから。 一穂(冬服): う、うん……。 魅音(冬服): で、どうよ?! 菜央(冬服): まぁ……いいんじゃない? 自信満々の魅音さんに、最初に同意を示したのは菜央ちゃんだった。 菜央(冬服): 部活自体に、あたしは異論はないわ。アピールの仕方は考えさせてもらうけど。 沙都子(冬服): 鼻血ブーをさせるには、私たちは若干不利な勝負になりますわね……主に体格というか、体型的な意味で。 梨花(冬服): そんなことはないのです。知恵を絞ってふぁいと、おーなのですよ。にぱ~☆ 羽入(冬服): あぅあぅ、鼻血が出なくても要は圭一をドキッとさせればいいのですよ! 一穂(冬服): で……できるかな……? レナ(冬服): はぅ……きっと大丈夫だよ、一穂ちゃん。楽しいバレンタインになるように、みんなで頑張ろうね! ――かくして。 来週に控えるバレンタイン部活の火蓋はこうして切って落とされたのだった。 Part 02: それから、数日後のこと。 一穂(冬服): ……あれ? #p興宮#sおきのみや#rのスーパー、セブンスマートへと「とある目的で」買い物に訪れた私が見たのは、私服姿の鷹野さんに歩み寄る詩音さんだった。 ただ……それを見た瞬間、私はつい食品棚に身を隠してしまう。 一穂(冬服): (って……なんで私、声もかけずに2人から隠れようとしたんだろう……?) そんな自分の謎行動に対して首を傾げる間に、2人の会話内容が私の耳にも届いてきた。 詩音(冬服): こんなところで会うなんて奇遇ですね、鷹野さん。今日は診療所って、お休みなんですか? 鷹野(冬服): えぇ、私はね。患者さんが意外に少ないから自分ひとりでも十分診察対応ができる、って入江先生が言ってくれたのよ。 鷹野(冬服): それで時間ができたから、ちょっと買い物でもしておこうと思って。 詩音(冬服): くっくっくっ……そう言っておきながら鷹野さん、実は富竹さんのためにチョコを買いに来たんですよね? 鷹野(冬服): あら、やっぱりわかっちゃった?その通りよ……くすくす。 詩音さんはちょっとからかうようなセリフを、鷹野さんは薄い笑みとともにあっさりと認める。……さすが、大人の余裕といった感じだ。 そして、あっさり同意されると思っていなかったのか詩音さんは毒気を抜かれた顔で苦笑している。 そんな様子を見てくすっ、と笑いながら鷹野さんは移動し、詩音さんも彼女についていき……。 出るタイミングを失った私も、やや後ろめたく思いながらこっそりと2人のあとを追いかけた。 鷹野(冬服): ジロウさんにはずっと、お世話になっているから。こんな時くらいは奮発していい思いをさせてあげないとね。 詩音(冬服): それを言ったら、監督だってそうじゃないですか。今日も鷹野さんのために気を回してくれたんですから。 鷹野(冬服): そうね……入江先生にも、違うものを贈ろうかしら。ところで、そういう詩音ちゃんもバレンタインチョコを? 詩音(冬服): はい。最初は、エンジェルモートのイベント対応とかですごく忙しくなりそうなので、私はちょっと遠慮するつもりだったんですが……。 詩音(冬服): 面倒くさいお姉に妙なアドバイスをした手前、成り行きで圭ちゃんに渡すことになっちゃったんですよ。 詩音(冬服): まぁ、こんな時期にバイトだけというのも微妙な感じでしたし、圭ちゃんが相手だったら誤解もなく受け取ってもらえそうですしねー。 鷹野(冬服): あら……くすくす、それを気にするってことは詩音ちゃん、誤解されたくない相手でもいたの?だったらその子に渡せばよかったじゃない。 詩音(冬服): ……あははは。渡せるなら、渡したいですけどね。お姉とは違う意味で、難しい相手ですから。 詩音(冬服): でもまぁ、いつか叶えばとは思っていますよ。それに……、あれ? 辿りついたお菓子コーナーの一角で、詩音さんが声をあげる。 今はがらんとして、何もない陳列棚……だけど、以前お買い物に来た時そこには、ちゃんと「あれ」があったはず……? 一穂(冬服): (……どういうこと?) 私がその疑問に答えを見出すよりも早く、詩音さんは通りかかった店員さんを呼び止める。そして、そこにある違和感の正体を尋ねかけた。 詩音(冬服): ……あの、すみません。ここにあったはずのチョコレートって、もう売り切れちゃったんですか? 店員: はい……すみません。 店員: 店を開けた直後に黒ずくめの変な人たち……じゃない、お客さんが複数名でやってこられて全部の商品を買い占めてしまったんですよ。 詩音(冬服): 黒ずくめ……? 店員: えぇ。見るからに怪しい外見でしたが、ちゃんとお金を払ってくれたので断るわけにもいかなくて……。 店員: 明日には、商品が補充されることになっています。ですので、今日のところは申し訳ないです。 鷹野(冬服): そうなんですね。どうもわざわざ、ありがとうございます。 鷹野さんがお礼を言うと、店員さんは申し訳なさそうな顔で頭を下げてから去っていった。 詩音(冬服): タイミングが悪いですね……では今日のところは、諦めるとしますか。 鷹野(冬服): もしくは穀倉まで足を伸ばすか……でも、帰ってくるのが遅くなりそうね。 鷹野(冬服): それに、バレンタインは週明けすぐだから補充されてからだと作る時間が取れるかしら……。 そう言って二人は向き合ったまま、どう対処すべきかを考えあぐねている様子だ。 それにしても、チョコが全部売り切れ……?絶対にないとはいえないけど、この稼ぎ時に在庫が全てなくなるなんて、ちょっと考えられない……。 魅音(冬服): ……あれ?一穂、あんたもチョコを買いに来たの? 一穂(冬服): ひゃぅっ! 背後から声をかけられて、思わずその場で跳ねあがってしまう。 振り返るとそこには、魅音さんが怪訝な顔で立っていた。 魅音(冬服): なんか、予想以上の驚きようだね……もしかして、声をかけちゃまずい状況だった? 一穂(冬服): う、ううん……そんなことは、ないけど……。 鷹野(冬服): ……あら? 一穂ちゃんと魅音ちゃんじゃない。あなたたちも、なにかお買い物? 一穂(冬服): あっ、えっと、あの……! さっきまで隠れていたことが申し訳なくて、しどろもどろに言い訳を考える。 と、そんな私たちの横を足早にすり抜けて、棚を覗き込んだ魅音さんが失望のため息をつきながら声を上げていった。 魅音(冬服): あーっ、やっぱりここも全部売り切れ……?!いったい誰の仕業だよ、まったく……! 菜央(冬服): えぇっ、セブンスマートもなの……? レナ(冬服): はぅ……。 と、その声を聞いたのか奥の方からぞろぞろとレナさんと菜央ちゃん……そして、偶然にも梨花ちゃんたちまでやってきた。 詩音(冬服): お姉……?それにレナさんと、菜央さんたちまで。いったい何があったんですか? Part 03: 魅音(冬服): チョコがないんだよ、どこの店にも! お店を出てから、とりあえず人目があるので場所を変えようと#p興宮#sおきのみや#rの駅前近くに移動してから、魅音さんは困惑気味にそう切り出していった。 詩音(冬服): あの……どういうことですか? 沙都子(冬服): まとめ買いすれば安くなると思って、皆さんと一緒にチョコの材料を買いにきましたのよ。ですが、どこのお店にも在庫が見当たらなくて……。 美雪(冬服): 手分けしてあちこち探したけど、見つからなくてさ。最後の希望ってことで一穂にはセブンスマートへ行ってもらったんだけど……やっぱり無かったみたいだね。 一穂(冬服): う、うん……美雪ちゃん、他のお店は? 美雪(冬服): #p雛見沢#sひなみざわ#rの駄菓子屋も、空振りだったよ。他のお菓子は山ほどあるのに、なぜかチョコだけ一欠片もなし。 菜央(冬服): それだけじゃないわ……!あたしたちはもっと、酷い目に遭ったんだから!そうよね、レナちゃん? レナ(冬服): はぅ……そうだね。誰がやったのかはまだわからないけど、さすがに困っちゃったかな、かな……。 一穂(冬服): どうしたんですか、レナさん……?菜央ちゃんがこんなに怒るなんて、いったい何があったんです? 詩音(冬服): そういえば菜央さんとレナさん、今日は一緒にチョコケーキを作るって言っていましたよね。あと、ついでに圭ちゃんの分も作る~とか。 菜央(冬服): その予定だったのよ! なのに、なのに……! レナ(冬服): あらかじめ買っておいた製菓用のチョコが、全部なくなっていたんだよ。ちゃんと冷蔵庫の中に入れたはずなのに……。 詩音(冬服): えっ……つまり、盗まれたってことですか? 羽入(冬服): あぅあぅ……そうみたいなのですよ。 梨花(冬服): みー……それでレナと菜央が、代わりのチョコを買いに出た先で同じ目的のボクたちとばったり会って、一緒にチョコ探しの旅に出ることになったのですよ。 美雪(冬服): 金目のものならともかく、チョコだけを奪っていくなんて変な泥棒だよね……。そんなにチョコが好きだってことなのかなぁ? 沙都子(冬服): もしくは、チョコに恨みと憎しみを抱いている方の仕業かもしれませんわね……。 沙都子(冬服): なにしろ、もうすぐバレンタインデーですもの。チョコ恋しさが転じて憎しみに変わってしまった……そうおかしな話ではないように思えますわ。 詩音(冬服): うーん……まさかぁ、って普段であれば笑い飛ばしたいくらいの推理ですけど……。 菜央(冬服): 時期が時期だから、あまり笑えないわね。 美雪(冬服): チョコだけを奪っていく犯人か……。 レナ(冬服): はぅ……どんな犯人なのか、全く想像ができないよ。 魅音(冬服): いやいや、今はチョコ作りの犯人捜しよりチョコの調達の方が大事だよっ! 一穂(冬服): 確かに、明日買えたとしても作る時間があまりないかも……。 暗い空気が満ちていく中、詩音さんがやれやれと肩をすくめる。 そして私たちに向き直ると、元気づけるように笑顔を浮かべていった。 詩音(冬服): そういうことでしたら……私に任せてください。 魅音(冬服): えっ……詩音に? 詩音(冬服): はい。製菓用のチョコレートであれば、エンジェルモートにまだ少し在庫があったはずです。系列の他店で発注しすぎた分を引き取ったとかで。 詩音(冬服): 相談すれば、多少分けてもらえると思いますよ。なんせ業務用のチョコ大袋が山積みになっていたので。 美雪(冬服): おぅ……発注ミスってわけね。でもこの場合は、地獄に仏ってやつだよ。 レナ(冬服): はぅ……それは嬉しいけど、詩ぃちゃんは大丈夫なのかな、かな? 詩音(冬服): もちろんです。それにレナさんと菜央さんを始め、皆さんにはこれまでに色々と借りがありますから。 詩音(冬服): 店長だって、喜んで協力してくれるはずですよ。……まぁお姉の分については、でっかい貸しとして後日の交渉材料にさせていただきますね。 魅音(冬服): なんで私だけぇぇ?あんただって、私にでっかい借りをたくさん作っていたじゃんかー! 詩音(冬服): つーん。 魅音さんが非難の声をあげるも、詩音さんは知らんぷり。 と、そんな中鷹野さんがにこやかに私たちの話の輪に加わっていった。 鷹野(冬服): 部外者の立場で申し訳ないけど……よかったら、私も少し分けてもらっていいかしら。 鷹野(冬服): 移動の手間もあるし、もし穀倉まで行ってそこでも売り切れていたらせっかくの休みが無駄になっちゃうから……ね? 詩音(冬服): えぇ、もちろんですよ。鷹野さんにも色々とお世話になっていますしね。 詩音(冬服): それに、富竹さん1人分くらいだったら十分お釣りが来るくらいだと思いますよ。 鷹野(冬服): ありがとう。……じゃあ、甘えさせてもらうわ。 羽入(冬服): あぅあぅ、鷹野もチョコを作るのですか? 沙都子(冬服): きっと中に何か仕掛けをするつもりですわ。こう、噛むと爆発したりとか……。 梨花(冬服): みー。それは沙都子が作ろうとして盛大に失敗したトラップなのですよ。 鷹野(冬服): くす……沙都子ちゃん、あとでお話しましょうね。 沙都子(冬服): いやあぁぁぁぁああっっ?! 一穂(冬服): あ、あははは……。 私たちは楽しくお喋りをしながら、セブンスマートからエンジェルモートへと向かう徒歩圏内の道を進んでいく。 鷹野さんは車で来ていたそうなので、後から追いかけるとのことだった。 美雪(冬服): いやー、よかった。これでチョコが手に入るね~♪ 美雪ちゃんが安堵とともに喜んだように、私たちはそんな安心感もあって足取りも軽く……道中は笑い声が絶えなかった。 …………。 とはいえ、見込みが甘かったのかもしれない。レナさんと菜央ちゃんの話を聞いていたのだから、最悪の想定も念頭に置いておくべきだった……。 一穂(冬服): えっ……?! 沙都子(冬服): な……なんでエンジェルモートの前に警察の車がいっぱい停まっておりますのー?! その言葉の通り、エンジェルモートの前には赤々とランプを光らせた警察の車が何台も停まり、野次馬と思しき人が取り囲んでいる。 詩音(冬服): エンジェルモートに、警察……?いったいどういうことですかっ? 魅音(冬服): ちょっ……詩音! 詩音さんが野次馬の中に突撃していくのを、慌ててみんなで追いかけた。 詩音(冬服): ちょっと通してください! 刑事: あっ、キミ! 入っちゃダメだ! 警察の制服を着た若い男の人が、先頭の野次馬を突破した彼女の腕を掴む。 詩音(冬服): 何するんですか、離してくださいっ!私はこの店の関係者です! 刑事: 関係者だとしても入っちゃダメなんだ!ちょっ、待って…! 詩音(冬服): もう、頭の固い人ですねぇ……!こうなったら、力ずくでも……ッ……! 一穂(冬服): ……詩音さんっ! 警察相手にその態度ではまずいと、彼女を落ち着かせようとした時。 詩音さんの腕を掴む警察官の肩が、背後から伸びた手でポン、と叩かれた。 大石: おやおや、詩音さんじゃないですか。それに皆さんもお揃いで……んっふっふっふっ。 詩音(冬服): 大石のおじさま……? 一穂(冬服): 大石さん? 振り返った警察官に大石さんは笑顔のまま、「寒い中、お疲れ様です」とのんびりと声をかけた。 大石: そちらのお嬢さんたちは、私に任せてください。大丈夫ですよ、悪いようにはしませんから。 大石: それより、あっちの人手が足りないみたいなので手伝ってもらってもいいですか? 刑事: あ、はい。わかりました。 指差す方向へ駆け出した若い警察官を見送り、大石さんは笑みを浮かべたまままだ気が立ったままの詩音さんに向き直っていった。 大石: 怒らないでくださいね、詩音さん。彼はただ仕事をしただけですから。 詩音(冬服): っ……わかっていますよ、ふんっ。 大石: いやいや……それにしても、災難でしたねぇ。とはいえ、あなた方や他のスタッフさんにお怪我がなかったのがせめてもの幸いです。 詩音(冬服): 怪我……? 鷹野(冬服): 大石さん、この店で何があったんですか? 大石: おや、あなたは……。 背後からすっと現れた鷹野さんに、大石さんの目が向く。 鷹野(冬服): ごめんなさいね、車を停める場所が見つからなくて遅くなっちゃって……それで、何があったの? 大石: ……ここはしっかりと説明した方がよさそうですね。皆さん、こちらに。 ようやく野次馬を突破してきた部活メンバーたちを一瞥し、大石さんは私たちを立ち入り禁止区域の中に入れてくれた。 大石: 泥棒……と言ってしまってもいいのかは悩ましいところですが、犯行内容は強盗です。 大石: お客の少ない時間を狙って厨房に入るや、とある食料品を丸ごと盗み出した……。 大石: 目撃したウェイトレスの話だと、あまりにも大胆な行動だったので一瞬関係者かと思い、止められなかったそうです。 美雪(冬服): ……盗み出したものって、チョコレートですか? 大石: おや? よくわかりましたねぇ。 大石: まぁバレンタインデーが近い時期ですし、それを連想させる食べ物に恨みを抱いた輩が思い余って犯行を起こした――。 大石: なんてところだったりするかもしれませんがね、んっふっふっふっ……。 菜央(冬服): そんな冗談はともかく……大石さん。 菜央(冬服): さっきの言葉にあった「泥棒と言っていいのかわからない」って、どういう意味? 大石: …………。 レナ(冬服): 何か知っているんですか? 菜央ちゃんの質問に続いて、一瞬の迷いを突くようなレナさんからの鋭い指摘に……大石さんは困ったように口をつぐむ。 だけど、すぐに懐から煙草を取り出し火をつけると煙草を口にして……ふぅっ、と煙を吐き出した。 大石: ……ちょいと場所を移しましょうかね。あなた方に内々で、お伝えしたいことがあります。 Part 04: ここなら外でも聞かれる心配もない、と連れて来られたのは、閑散とした図書館前の駐車場の一角だった。 大石: ……馬鹿げた話かもしれませんが、とりあえず最後まで聞いてください。 2本目の煙草に火をつけながら大石さんはそう前置きして、口を開いた。 大石: 実は最近、K……ではなく前原さんから、少しおかしな相談をされちゃいましてね。 大石: なんでも彼によると、もうすぐ行われるバレンタインデーで皆さんに喜んでもらうため、力を貸してほしいというものでした。 一穂(冬服): 私たちに、喜んでもらうため……? 大石: えぇ。今回のバレンタインデーでは自分の失敗のせいでがっかりさせることになるので、その埋め合わせをしたいということでした。 魅音(冬服): それって、どういう意味?っていうか、今まさにがっかりして落ち込んでいるところなんですけど……。 大石: なっはっはっはっ、それはご愁傷さまです。 大石: ちなみに皆さん……プライベートをお聞きするようで申し訳ありませんが、前原さんにチョコを贈るつもりでしたか? レナ(冬服): あ、はい……つい最近も、圭一くんにどんなチョコをあげたら喜んでくれるかな、って話し合ったりしていました。 沙都子(冬服): ……まぁ、そのチョコの渡し方でインパクトを競おう、なんてことを冗談半分に申し上げておりましたけどね。 大石: まぁ、実際はその程度でしょうなぁ。……ですが前原さんは、妙に悩んでいるご様子でして。 大石: それで私たちも、少しでも力になればと考えて色々と対策を練ったんです。 大石: ……とりあえず前原さんが言うには、この企画を実現するためにはチョコが大量に必要になる、とのことでして。 大石: だったら、近場にあるチョコレートを全部買い占めてしまうのはどうか……なんて、バカバカしい案を出したりもしていたんですよ。 詩音(冬服): えっ……? チョコレートを買い占める、という話で雑談ムードだった空気が一気に冷えていく。 まさにそれは、今私たちが置かれている状況そのものだったからだ。 詩音(冬服): それじゃ、セブンスマートやあちこちの店の売場でチョコがなくなっていたのは……大石のおじさまが関わったせいってわけですか? 大石: ん~……そのあたりは、断言できないんですよ。 大石: 私にはそこまでの資金などありませんし、それに幸か不幸か急な呼び出しが入ったので、その場を一旦失礼させてもらったんです。 大石: ……ただ、今日になってチョコレートがどこの店でも売り切れになっていることに加え、あまつさえ盗難に遭っていると聞かされて……。 大石: さすがに無関係だとすっとぼけるわけにもいかず、ひとまず先にあなた方にお伝えしたというわけです。 一穂(冬服): そ、そうだったんだ……。 驚くべきか、呆れるべきか……とりあえず前原くんの意図が今ひとつ掴めないので、私たちはなんとも言えず顔を見合わせる。と、 鷹野(冬服): ですが……。 そこで口を挟んできたのは、黙って話に耳を傾けていた鷹野さんだった。 鷹野(冬服): いくら前原くんのためにチョコを買い占めるとしても……ジロウさんや入江先生が、盗みを行ったりするかしら? 大石: はい。その点については、私も同感です。少なくともあのおふたりは、どんなにトチ狂っても悪事に手を染めるような御仁じゃありません。 大石: もちろんその意味では、前原さんも#p然#sしか#rりだと思います。 梨花(冬服): みー……たとえそうであったとしてもここまで騒ぎが大きくなってしまった以上、圭一たちに事情を聞く必要があると思うのですよ。 羽入(冬服): あぅあぅ、確かに梨花の言う通りなのです。少なくとも大石に何か関係しているのではと疑われているのは事実なのです。 羽入(冬服): ……それはそうと大石、その圭一たちは今どこにいるのかわかりますですか? 羽入(冬服): あと、チョコを買い占める以外になにか気になることを言っていなかったか、教えてもらいたいのですよ。 大石: ふーむ、気になること……? 大石さんは吸いかけの煙草をくわえたまま、うーんと何度か唸った後。 大石: そういえば帰り際に前原さんが話していましたね。確か『チョコゴーレム』……? とやらを作り上げる方法を伝授してもらった、とかなんとか。 魅音(冬服): チョコゴーレム……だってぇ? 菜央(冬服): ゴーレムって、土でできた人形よね?ゲームの敵役で見たことあるけど。 魅音(冬服): いったい圭ちゃんは、そんな代物をどうやって……? 詩音(冬服): さぁ、よくわかりませんが……ここであれこれ想像してみたところで、ただの時間の無駄です。 詩音(冬服): ……あと鷹野さん、監督は診療所に残るって話でしたよね。ひょっとしてまだ、そこにいるって可能性はありませんか? 鷹野(冬服): 大いにあり得ると思うわ。 鷹野(冬服): ……今思い返すと、私に休んでもいいって言って診療所を追い出したのは、何らかの企みがあってのことかもしれないわね。 鷹野(冬服): 盗難まではともかく、何かしら関係があるなら一度きちんと問いただしましょう。 そして鷹野さんは私たちを促し、大石さんにも声をかけていった。 鷹野(冬服): 大石さん。今からこの子たちと一緒に診療所に戻りたいんですけど、全員を乗せるのはさすがに厳しいので……車をお借りできないかしら? 大石: えぇ、お安い御用です。私はこれから署に戻るつもりでしたので、ついでに何人かを運んであげますよ。 Part 05: 私たちは鷹野さんが運転する車、そして大石さんの車へとそれぞれ分かれて乗り込む。 入江診療所は#p興宮#sおきのみや#rから直接向かうと、それなりに距離のあるところにあるのだけど……車で向かえば、さほど時間はかからなかった。 診療所に到着するや、私たちは入口の前に車を停めてもらってドアを開け、わらわらと外に飛び出す。 そして去っていく大石さんの車を見届けてから、診療所の入口の扉を開けて中に入った。 美雪(冬服): おぅうっ……?! 診察室に駆け込むなり、漂ってきたのは圧倒されそうなほどに強烈な甘い匂い。……思わず鼻を押さえて後ずさってしまう。 どんなに香りが良いものでも、度が過ぎると悪酔いのような気分にさせられると言うけど……まさに今が、その典型例だろう。 魅音(冬服): ……まごうことなく、この匂いはチョコだね。しっかしまぁ、ここはチョコレート工場かと勘違いしたくなるくらいの濃さというか……うぷっ。 菜央(冬服): 病院特有の薬品臭を感じなくなるくらいに、甘い匂いで充満しているなんて……いったいどれだけのチョコを持ち込んだのかしら。 詩音(冬服): とりあえず、盗みを働いたかどうかはさて置いたとしても……お店のチョコレートを買い占めたのは、どうやら事実みたいですね。 一穂(冬服): う、うん……でも、どうして入江先生たちはそんなことをしたんだろう……? 美雪(冬服): んー……まぁいずれにしても、ここは本人に会って直接理由を聞くのが確実じゃないかなぁ。 魅音(冬服): 美雪の言う通りだね。……よし、行こう。 私たちは診察室を横切って中へと進み、匂いの源流らしきところを慎重に辿っていく。 ただ、直接だと嗅覚がおかしくなりそうだったのでレナさんの提案もあり、ハンカチで鼻を覆うことにした。……羽入ちゃんひとりを除いて。 羽入(冬服): ……だんだん強くなってきたのです。とってもいい匂いなのですよ……あぅあぅ~……。 梨花(冬服): みー……羽入はこの匂いの中で平気なのですか?ボクはハンカチ越しでも、胸焼けがしそうなのですよ……。 羽入(冬服): 甘くていい匂いに、濃い薄いはないのです!まるでお菓子の家に入ったみたいで、気分は最高なのですよ~♪ 沙都子(冬服): ……やはり羽入さんは、アルコール中毒ならぬ甘味中毒の気があるのかもしれませんわね。 鷹野(冬服): ……しっ、静かに。奥の病室に誰かいるわ。 そう言って鷹野さんは私たちに注意を呼びかけ、率先して前に進み出ると病室のドアに手をかける。 そして、背後に振り返ってみんなが無言で頷くのを確かめてから、ドアノブを回して扉を開け……。 こぶし1つ分くらいの隙間から見えたのは、床に倒れ伏している前原くんと入江先生。そして――。 鷹野(冬服): ……ジロウさん?! たまらず鷹野さんは扉を開け放ち、部屋からあふれ出てくる甘い香りに逆らって室内へと飛び込む。 その後をレナさんと沙都子ちゃんが続いて、ぐったりとなった前原くんのもとに駆け寄った。 レナ(冬服): 圭一くん……っ? 大丈夫、しっかりして! 沙都子(冬服): 圭一さんっ! 目を開けてくださいまし! 圭一(冬服): う、うぅっ……。 魅音(冬服): ……圭ちゃんっ!! 2人からわずかに遅れて、魅音さんも前原くんのそばにとりついて呼びかける。 すると、いつの間に移動してきたのか……鷹野さんが器用に彼女たちの間へと割って入り、前原くんの首筋にそっと手を当てていった。 鷹野(冬服): ……大丈夫、脈は正常よ。見たところ外傷もないようだし、意識を失っているだけみたいね。 鷹野(冬服): ジロウさんと入江先生も、ほぼ同様だったわ。だからみんな、そんなに血相を変えなくても大丈夫よ。 一穂(冬服): っ……よかった……。 倒れている前原くんたちの姿を見て、最悪の可能性もちらっと頭をよぎったので……私たちは大きく息をついて、安堵する。 それにしても、鷹野さんは最初かなり動揺して中へ駆け込んだようにも見えたのだけど……。 一方で3人のバイタルサインを即座に確かめていたのは、さすが医療関係者といったところだろう。 魅音(冬服): けど、いったいここで何が起こって……わっ?! 一穂(冬服): どうしたの、魅音さ……えっ……? 驚愕に固まる魅音さんの視線を追いかけて振り向いた私は……部屋の角を見つめたまま、言葉を失ってしまう。 そしておそらく、他のみんなも私たちと似たような反応をしていたはずだ。だって、だって……! 沙都子(冬服): な……なんで圭一さんが、そこにもう1人いるんですの?! #p前原圭一?#sまえばらけいいち#r: ――――。 気を失っている前原くんと瓜二つの姿をした「前原くん」が、黙ったままこちらを見ている。 おそらく、彼には意識があるようだ。……けど、一目でその「違い」はわかる。判別ができる……! 詩音(冬服): どっちが本物でニセモノなのか……なんて、考えるまでもありませんね。 詩音(冬服): この状況でニタニタと嫌な顔で笑えるなんて、圭ちゃんじゃありません……ですよね、お姉! 魅音(冬服): 詩音の言う通り……!というわけで、先手必勝ッッ! 魅音さんは即座に攻撃態勢に入ると、『ロールカード』をかざして武器を出現させる。そして――! 魅音(冬服): はあああぁぁぁあっっ!! 魅音さんの攻撃は、ニセモノの前原くんの胴体にあっさりと命中し……傷口からあふれた飛沫が、ちょうどすぐ近くにいた美雪ちゃんに降りかかった。 美雪(冬服): わわっ……な、なにっ……? 魅音(冬服): えっ……?! 斬り裂かれた身体の傷は、瞬く間に塞がっていく。しかも、飛び散ったのは真っ赤な血などではなく、茶色……いや、あれは……?! 美雪(冬服): ……って、甘っ?これ、チョコレートじゃんか?! 顔についた液体を、美雪ちゃんはペロッと舐めて驚いた表情を浮かべる。 確かに、香りと色から私もなんとなくそうじゃないかと思った……思ったけど……ッ! 菜央(冬服): ……だからって美雪、それを舐める?口に入れる?! 素っ頓狂に叫ぶ菜央ちゃんの台詞は、まさに私の代弁。他のみんなも、複雑そうに顔が引きつっていた。 沙都子(冬服): ……美雪さんって、道に食べ物が転がっていたらそのまま食べてしまいそうですわね。 梨花(冬服): みー……虫の死骸を豆とかと間違えて口に入れて、悶え苦しむ姿が目に浮かぶようなのですよ。 美雪(冬服): いや、しないって!っていうか、拾い食いするのはむしろ一穂でしょ?! 一穂(冬服): な、なんで私がっ?! 思わぬ方向からとんでもない濡れ衣を着せられて、私は反論しようと美雪ちゃんに顔を向ける。……と、 #p前原圭一?#sまえばらけいいち#r: ――ッ……!! 美雪(冬服): ……ちょっ、襲ってきたよ?! ニタニタと笑う前原くんのニセモノが、手近にいた美雪ちゃんに飛びかかって今にも襲いかからんとする姿が目に映った。 一穂(冬服): 危ない、美雪ちゃんっ!! レナ(冬服): ――はああぁぁぁあっっ! だけど、それよりも早く気づいたレナさんが彼女の前に立ちはだかり、攻撃を受け止めると打ち払いついでに反撃を放った――! #p前原圭一?#sまえばらけいいち#r: ――――。 逆袈裟懸けの一撃は、ニセモノの胸に大きな傷を刻み込む。……が、やはりその裂け目はまたしても即座に塞がって跡形もなくなった。 レナ(冬服): ど……どうすればいいのかな、かなっ?攻撃しても、すぐに元に戻っちゃうよ~! 沙都子(冬服): それに……ニセモノだとわかっていても圭一さんのお姿をした相手に暴力を振るうのは、どうしても気がとがめてしまいましてよ……! 沙都子(冬服): てええぇぇぇいぃぃっっ!やぁっ、そりゃっ、やあああああっ!!! 梨花(冬服): ……みー、そう言いながら沙都子は遠慮も容赦もなく偽圭一を殴って斬って、盛大にズタボロにしているのですよー。 沙都子(冬服): をーっほっほっほっ!ニセモノだとわかっていれば、これまでのお付き合いで積もりに積もった鬱憤を晴らすことができますわ~! 羽入(冬服): ……今の台詞、本物の圭一には絶対聞かせられないのですよ。あぅあぅ。 一穂(冬服): (沙都子ちゃん、前原くんによくからかわれてたの気にしてたのかな……?) ただ、何度攻撃を当てても傷は即座に塞がる。このままだと堂々巡りだろう。と、その時――。 菜央(冬服): っ……みんな、見て! 何かに気づいたのか、菜央ちゃんがニセモノの前原くんの身体を指さしていった。 菜央(冬服): あのニセモノ……身体を修復している間は動けないみたいよ。そこを狙えば、チャンスがあるかも……かも! 詩音(冬服): チャンスと言っても、回復される以上は結局同じだと思うんですが……。 沙都子(冬服): っ……圭一さんの姿をしているだけあって、しぶといですわねぇ。 美雪(冬服): 沙都子、下がって! 一穂、いける?! 一穂(冬服): うん! 沙都子ちゃん、交代! 一穂(冬服): はぁあああぁぁぁあっ! 沙都子ちゃんの代わりに、前線に出る。 一穂(冬服): はぁっ! やぁっ! 一穂(冬服): (このまま攻撃を続けていれば、修復能力が消えて自動的に倒れたりして……くれないかな? 無理かな……?) 戦いながら手がかりが得られないかを考え、私は沙都子ちゃんの手数重視の攻撃よりも重く深い攻撃を叩き込んでいく。 隙は大きいけれど、反撃してこないなら問題はない……はず……! 一穂(冬服): (あとは、私の体力がどこまで続くか……!) なんてことを考えながら狙い所を定めていた……その時だった。 鷹野(冬服): あっ……! 詩音(冬服): どうしました、鷹野さん。 鷹野(冬服): 今、前原くんの身体の中にちらっと……チョコ色じゃない、黒い……「カード」?みたいなものが、見えた気がしたの。 菜央(冬服): 黒い「カード」って、ひょっとして、『ツクヤミ』たちがたまに落とすやつ……?それが核になってるってことかしら? 美雪(冬服): 確かに……こういうゴーレムとか自動人形とかは、核を壊せば倒せるってのが常套だもんね! 詩音(冬服): ……なるほど。「カード」を露出させて、それを壊せば相手も壊れるってことですか。 詩音(冬服): 攻略法が見えましたね……では皆さん、総攻撃で叩きのめすとしましょうっ!! 魅音(冬服): みんな、やっちまええええぇぇぇぇええええ!!! Epilogue: 美雪(冬服): よしっ――見えた! 一穂、狙って!! 一穂(冬服): わかった……とぁあああぁぁあっっ!! 美雪ちゃんの攻撃で開いた隙間から、わずかに見える黒い「カード」らしきものを狙って私は大上段から武器を振り下ろす。 ……当たった瞬間、ガラスの塊が砕けるような音とともに武器を通じて両手に硬い手応えが伝わってくる。そして、 #p前原圭一?#sまえばらけいいち#r: ――っ……が……っ……!! 人の声なのか、何かの響きがそう聞こえたのかはわからないけど、チョコでできた「前原くん」の姿は溶けるように崩れて……。 やがて、床いっぱいに茶色の水たまりを広げピクリとも動かなくなった。 魅音(冬服): ぃよっしゃああぁぁぁ! ナイス、一穂! 詩音(冬服): さすが、こういう場面では頼りになりますねー。お見事ですよ、一穂さん。 一穂(冬服): あ、あははは……私はただ、みんなの攻撃で弱っていたところを狙っただけだよ……あれ? その時……背後で、何かが動く気配。一斉に私たちが振り返ると、そこに見えたのは起き上がった前原くんの姿だった 圭一(冬服): っ、ここは……? 俺は、いったい……? 呆然とした表情で周囲を見渡す、前原くん。それを確かめたレナさんと魅音さんは、ぱっと嬉しそうな笑顔を浮かべて駆け寄った。 レナ・魅音: 圭一くんっ(圭ちゃんっ)! 圭一(冬服): のわっ? お、おいなんだよ……2人とも。いったい、どうしたんだ? レナちゃんと魅音さんに左右から抱きつかれて、前原さんは戸惑いながらされるがままになっていたけれど。 ……部屋の惨状を見て、ようやく私たちがいることにも気づいてくれたのかこちらに顔を向けて尋ねてきた。 圭一(冬服): お、おい一穂ちゃん……?他のみんなもチョコまみれになって、いったい何があったんだ? 美雪(冬服): いや、何があったって……前原くんさぁ。それを聞きたいのは私たちの方なんだけどね。 菜央(冬服): ……とりあえず、覚えてる範囲でいいから話してもらってもいいかしら? 圭一(冬服): ? あ、あぁ……。 鷹野(冬服): それで……圭一くん、いったい何があったの? 美雪(冬服): うんうん、納得のいく説明がほしいところだね。場合によっては謝罪もっ! まだ目を覚まさない入江先生と富竹さんをベッドに寝かせて診察しながら、鷹野さんは呆れ顔で前原くんに尋ねかける。 そして私たちも、困惑に若干の憤怒を含めて雁首を揃え、彼に詰め寄っていった。 圭一(冬服): い、いや……実はちょっと前からでかい、虫歯ができちまったみたいでさ。実際、今も結構な痛みがあって……。 魅音(冬服): は……? 虫歯、だって? 圭一(冬服): あぁ。甘い物とかを食べると、のたうち回って気絶したくなるくらいにな……。 圭一(冬服): このままだとバレンタインデーでみんなからチョコをもらったりすることがあっても断らなきゃいけねぇ……それが、辛かった……。 レナ(冬服): はぅ……けど、チョコだと日持ちするから断らなくてもいいんじゃないかな? かな? 圭一(冬服): ケーキとかは日持ちしないだろ? 圭一(冬服): 前に菜央ちゃんと#p興宮#sおきのみや#rで会った時、レナとケーキ作るって嬉しそうに言っていたからさ。 圭一(冬服): 魅音たちもただのチョコじゃない、色々と凝ったものを作ってくれるのかと思って……。 圭一(冬服): 歯は痛ぇ!でも、みんながくれるチョコは食いたい!虫歯は俺の自業自得だ……でも、でも……。 圭一(冬服): ずっと……ずっと、苦しかったんだ……! 菜央(冬服): はぁ……前原さん、だからって……もがっ。 菜央ちゃんが開きかけた小さな口を、美雪ちゃんが背後からそっと手で押さえた。 美雪(冬服): 菜央、言いたいことがあるのはわかるけど、とりあえずこらえてよ。……それで、前原くんはどうしたのさ? 圭一(冬服): 悩んでたら、あるヤツが俺に言ったんだ。「身代わりを作ればいい」って……で、俺そっくりの土人形を作る方法を教えてくれたんだよ。 圭一(冬服): それを聞いてから、俺は思ったんだ。いっそ土で作るよりも、チョコとかで作ったほうがみんなに喜んでもらえて一石二鳥! 圭一(冬服): そうだ、バレンタインは男の子からチョコを渡してもダメなんて決まりはない!逆バレンタインデーだ! と、思って……。 圭一(冬服): ただ、俺だけじゃ資金も実験の場も用意できねぇ。だからソウルブラ……大石さんと富竹さん、あと監督にも協力してもらおうと思ったんだ。 圭一(冬服): まぁ、大石さんは途中で急用が入って中途半端にしか話ができなかったんだけどな。 圭一(冬服): ただ、いざ材料を揃えて診療所の病室を借りてチョコゴーレムを作っていたら、途中で一気に力が抜けて……それで……。 羽入(冬服): あぅあぅ……つまり圭一は、力を吸い取られたのですか? 梨花(冬服): ……みー。高い代償を払わされたのですよ。 沙都子(冬服): なんともバカバカしい真相ですわねぇ……。 詩音(冬服): 沙都子に同意ですね……ただ。 詩音(冬服): 気になったんですけど、いったい誰が圭ちゃんにチョコゴーレムなんて作り方を教えたんですか? 圭一(冬服): ……すまねぇ。会って教わったことまでは覚えているんだが、そいつが誰だったのかまでは……。 美雪(冬服): ……んー、なるほど。以前からキミと詩音が話してた、記憶に残らない「あの子」ってやつかな。 美雪(冬服): でも、いったいなんの目的があって前原くんにそんなことを教えたのやら……。 詩音(冬服): いいじゃないですか。わからないことをここで考えたところで、時間のムダってやつですよ。 詩音(冬服): それより今は、圭ちゃんたちが無事だったことを喜びましょう。 レナ(冬服): あははは、そうだね。圭一くんが無事で、本当によかったよ。 圭一(冬服): みんな……! 和やかな空気に、前原くんが目を潤ませる。……と、そこへ鷹野さんが口を挟んできた。 鷹野(冬服): ……状況はわかったわ。災難だったことは認めるけど、さすがに泥棒行為をしでかしたのはおイタが過ぎたんじゃないかしら。 圭一(冬服): ……。えっ……? 詩音(冬服): あー……そう言えば、レナさんの家やエンジェルモートでの盗難の件が残っていましたね。それはごめんなさいでは済みませんよ? 圭一(冬服): え……? は……? 前原くんは鷹野さんと詩音さんの間できょろきょろと落ちつかない様子だ。 罪を突きつけられてすっとぼけているというよりも、これは……本当に知らないように見える。 鷹野(冬服): この反応は……ちゃんと確認したほうがよさそうね。 圭一(冬服): は……はぁぁぁあぁっっ?レナの家やエンジェルモートに強盗?!お、俺はそんなことやってねぇぞ?! 詩音(冬服): ……と言っていますが、皆さんどう思います? 圭一(冬服): 信じてくれよ、頼むから! レナ(冬服): うん、信じるよ。 圭一(冬服): レナ……! 魅音(冬服): だよねー。第一、そんなことをしてレナや詩音の恨みを買ったら怖いってことを圭ちゃんが知らないわけないし。 圭一(冬服): レナはともかく、魅音のかばい方は癖があるな……?! と、そこへ。診察室の電話が鳴り響き、鷹野さんが受話器を取った。 鷹野(冬服): はい、入江診療所……あら、大石さん?えぇ、ぇえ……はい? 詩音(冬服): どうしたんですか? 詩音さんが声をかけると、振り返った鷹野さんが困ったような表情を浮かべる。 そして、呆れたようにため息をついてから言葉を繋いでいった。 鷹野(冬服): レナちゃんの家と、エンジェルモートに押し入ったチョコ泥棒……捕まったみたいよ。盗品のチョコも、ほぼ全部無事に押収したって。 レナ(冬服): えっ……? 鷹野(冬服): 『バレンタインを憎む会』とか言う集団がチョコの匂いを嗅ぎ分けられる人間とやらを使って、家々のチョコを奪って回っていたそうなの。 鷹野(冬服): 犯人たちは、「恋心を奪うチョコ、それを奪う我らは恋泥棒も同意義」。 鷹野(冬服): 「我らはモテないが恋は華麗に盗み出すラブハンター」……とかわめいてるらしくて。 一同: …………。 一瞬、シンっと場が静まりかえって。 詩音(冬服): わ……わ……。 詩音(冬服): わけがわからない! 詩音さんの叫びが響いた。 鷹野(冬服): そうね、わけがわからないわね。……あぁ、大石さんありがとうございます。えぇ、後ほど……では。 さて、と鷹野さんが電話を戻しみんなへ振り返る。その間も美雪ちゃんはブツブツと何事かを呟いていた。 美雪(冬服): いや、でも犯罪の大半は身勝手でわけがわからないものだし……うん……でも、今回は三本指に入るわけわからなさだけど。 美雪(冬服): チョコを嗅ぎ分けられる鼻ってなんだ! 警察犬か?!そんな能力があるなら別のことで活用しろよーっ!! 圭一(冬服): えーっと……つまり、どういうことだ? 菜央(冬服): チョコ買い占め事件とチョコ盗難が重なったから、前者の犯人である前原さんに盗難の疑いまでもがかかってしまったってことよ。 詩音(冬服): どっちも解決したみたいですけどね……はぁ。 詩音(冬服): まぁよかったですね、圭ちゃん。大石さんに感謝した方がいいですよ。 圭一(冬服): お、おう……? 鷹野(冬服): くす……でも、ジロウさんがおかしな事件に加担していなくてよかったわ。2人も、もうすぐ目が覚めるでしょうし。 鷹野(冬服): バレンタイン部活は、前原くんの虫歯の治療が終わってから、改めて開催してもいんじゃない? 鷹野(冬服): 14日は過ぎちゃうかもしれないけど……それでも、きっとその方が楽しいと思うの。 圭一(冬服): は……?バレンタインの部活動、って何の話だ? 詩音(冬服): ……今回の騒動の罰ゲームとして、当日のお楽しみにしましょう。 鷹野(冬服): 楽しそうね。私も混ぜてもらえるかしら。 沙都子(冬服): をーっほっほっほっ、もちろんですわ! 圭一(冬服): お、おい! なんの話だよ?!待って、待ってくれ~っ! 前原くんがわめくなか、美雪ちゃんがため息をついて。 美雪(冬服): ドッキリって、人を騙すってことだよね。人を騙すには覚悟して腹括ってから騙せってことかな? 菜央(冬服): あたし、前原さんにあげるためにレナちゃんとチョコケーキを作ろうとしたわけじゃないけど……。 一穂(冬服): それが発覚したら、前原くんへの一番のドッキリになりそうだね……あはは。