Part 01: ……お昼を少し過ぎた頃に古手神社を訪れると、屋台とかの片付けはもう終わった後だった。 魅音(冬服): みんな、お疲れ様!手伝ってくれて本当にありがとうねー! 帰り支度を始める村の人たちそれぞれに、魅音さんは労いと感謝の言葉をかけている。 お正月の三が日は昨日までだったけど、彼女は翌日も休まずに現場の指揮を執っていたようだ。……本当に働き者なんだなと、改めて尊敬する。 魅音(冬服): あれっ……あんたたち、来てくれたの?今日は声をかけていなかったのに、ひょっとして詩音から連絡でもあったりした? 一穂(冬服): ううん、そうじゃなくて……お正月明けも色々と作業があるかもしれないから様子を見に行こう、って美雪ちゃんがね。 美雪(冬服): 人手があった方が、何かの役に立つかなってさ。でも、どうやら一足遅かったみたいだね。 魅音(冬服): あっはっはっはっ、お気遣いどうも!まぁ片付けに関しては毎年恒例の仕事で、こっちも慣れたもんだからねー。 魅音(冬服): ……けど、心配してくれただけでも嬉しいよ。それにお正月だってあんたたちの手伝いがなかったら、本気でどうなるかと頭を抱えていたくらいだしさ。 魅音(冬服): いやー、持つべきものは仲間だなーって改めて実感したね! ありがとっ、本当に! そう言って魅音さんは、あたしたちに向けてそっとこぶしを差し向けてくる。 それがどういう意図によるものかわからなくて、あたしと一穂はきょとん、としてしまったけど……。 美雪はすぐに察したのか、にこやかに笑うと自分のこぶしをこつん、と彼女のそれに当ててみせた。 美雪(冬服): ほらほら、一穂と菜央も合わせてっ。握手やハイタッチの代わりみたいなものだよ♪ 一穂(冬服): あっ……う、うん。 菜央(冬服): えっと……こう、かしら? 美雪に言われたとおり、あたしたちは見よう見まねの要領でおそるおそる魅音さんのこぶしにげんこつでそっと触れる。 少し照れくさくて、くすぐったかったけど……それ以上に達成感が湧き上がってくるようで、思わず笑みが口元からこぼれ出てきた。 魅音(冬服): そういえばあんたたち、初詣はまだだったでしょ?昨日はせっかく着飾って足を運んだってのに、まさかあんなことになるとは思わなかったしさ。 美雪(冬服): あー……うん。 そう答えながら美雪は苦笑交じりに肩をすくめ、あたしたちと顔を見合わせる。 「あんなこと」とは、昨日のトラブルのことだ。人手も足りているというので、お正月の最終日くらいは初詣をしておこうと着飾って神社を訪れたのだけど……。 いざお参り、という直前に神社の裏山で『ツクヤミ』が現れたとの知らせを受け、急ぎあたしたちは現場へと急行した。 幸い、すぐに対処したこともあって怪我人も出ず大事には至らなかったものの……。 警察への対応や参拝客への説明、おまけに晴れ着も汚してしまったこともあって仕方なく日を改めることにしたのだ。 美雪(冬服): いやー、まさか年明け早々に『ツクヤミ』が現れるなんてね。完全に予想外だったよ。 魅音(冬服): 千雨の方は大丈夫? 帰り際にちらっと見た時、なんだか元気がないみたいだったからさ。 美雪(冬服): たぶん、問題はないと思うよ。寝る前はちょっと体調を崩した感じだったけど、朝になったら治ったって言ってたしね。 菜央(冬服): 『ツクヤミ』相手に暴れ回って汗をかいたのに、そのままにしておくからよ。だから着替えなさいって言ったのに。 菜央(冬服): 昨日の朝も縁側で、薄着のまま寝てたし……美雪の寒がりもそうだけど、千雨の暑がりも困ったものよね。 美雪(冬服): ちょっ……私は関係ないじゃん!本来注意するべき相手がここにいないからって、矛先を向けてくるのは止めてよねー? 一穂(冬服): あ、あははは……。 美雪(冬服): そんなわけで、今日は一応念のために家で大人しくしてるってだけだから……魅音が気にするほどじゃないと思うよ。 魅音(冬服): ……そっか。なら、いいんだけどね。もしかしたら無理でもさせたんじゃないか、って心配だったからさ。 美雪(冬服): 無理だったら、千雨は正直にそう言ってるよ。あんまり気にしなくていいって。 美雪(冬服): あと……菜央が家を出る前に、卵粥とか薬とかを準備してくれてたみたいだからね。今頃は起きて、食べてる頃じゃないかなぁ。 菜央(冬服): なっ……あんた、見てたのっ? 美雪(冬服): 私たちの寝てる場所と台所は近いんだから、物音が聞こえてくれば誰だって目が覚めるよ。おいしそうな匂いもしてたしね。 菜央(冬服): 早朝だから、気づかれないと思ってたのに……。 置き手紙をして、こっそり千雨だけに伝えておくつもりでいたのだけど……ぐっすり寝てると思って、油断してしまった。 魅音(冬服): くっくっくっ……やっぱり菜央ちゃんは、世話好きだよね。そういうところ、レナそっくりだよ。 菜央(冬服): …………。 魅音(冬服): ? どうしたの、菜央ちゃん? 菜央(冬服): あ……ううん、何でもないわ。 どうしたんだろう。「レナちゃんと似ている」なんて、あたしにとっては何よりも誇らしい褒め言葉のはずなのに……。 菜央(冬服): (なんだろう……この感覚。あたしは何か、大事なことを忘れてるような……?) 得体の知れない違和感に、あたしは困惑を抱く。ただそれが何なのかと聞かれても、答えようがないのだけど……。 魅音(冬服): まぁ、そんなわけだから……初詣を改めてやるってのはどうかな、ってさ。 美雪(冬服): んー、そうだね。なんだかんだ言って、#p雛見沢#sひなみざわ#rに来てから初めてのお正月だし。 詩音(冬服): それに、「一年の計は元旦にあり」……って言いますしね。神様にきちんとご挨拶しておいた方がいいと思いますよ。 魅音(冬服): って、詩音……?あんたが、なんでここに? 詩音(冬服): そりゃもちろん、忙しいお姉をお迎えに来たんです。……あと、「例の件」の報告もね。 そう言って詩音さんは、片目をつぶってみせる。すると魅音さんは、ぱっと明るい表情になってあたしたちに顔を向けていった。 魅音(冬服): ねぇ3人とも、よかったらこの後私の屋敷に来てもらってもいい?お参りのための、下準備ってやつでさ。 美雪(冬服): 下準備……?けど、こうして神社まで来てるんだからわざわざ戻る必要なんてないんじゃない? 詩音(冬服): いえいえ、ダメです。新しい年の初めに神社を訪問するんだったら、TPOを弁えないといけませんからね。 一穂(冬服): TPO……? Part 02: 魅音(冬服): どう? 寸法あわせは昨日すませてあるから、特に動きにくいとかはないと思うんだけど。 一穂(冬服): わぁ……すごい……! 美雪(冬服): すっかり綺麗になってるね……!結構あちこちに泥とか、ついちゃったのにさ。 着替え終わった自分の姿を見下ろしながら、一穂と美雪は嬉しそうに歓声を上げている。 魅音さんと詩音さんに促されるまま、車に乗って園崎本家に向かったあたしたちを出迎えてくれたのは……昨日汚れてしまったはずの晴れ着たちだった。 詩音(冬服): いやー、たまたま職人さんの手が空いていて助かりましたよ。通常だと最短でも1週間とか、平気で言われてしまいますしね。 菜央(冬服): じゃあこれ、一穂たちのために……? 詩音(冬服): 一穂さんたちが頑張ってくれたおかげで、参拝客にはほとんど被害が出ませんでした。これくらいのお礼は、当然だと思いますよ。 菜央(冬服): ……ありがとうございます詩音さん、魅音さんも。新年早々、素敵なプレゼントです。 あたしは心からの感謝を込め、深々と頭を下げる。……だけど、2人はなぜか意味深に視線を交わすとこちらに笑顔を向けていった。 魅音(冬服): 感謝してくれるのはまだ早いよ、菜央ちゃん。あんたへの「お年玉」が、まだ残ってるんだからね。 菜央(冬服): えっ……お年玉……? 詩音(冬服): えぇ……これは結果オーライってやつです。初詣が一日順延したおかげで「こっち」を間に合わせることができました。 菜央(冬服): 間に合わせるって、何を……? 詩音(冬服): もう入ってきてもいいですよ。あとはよろしくです。 詩音さんの合図と同時に、横の襖が開く。そして、向こうに控えていたのかレナちゃんがあたしたちの前に姿を現した。 菜央(冬服): ……レナちゃん! まさか来ているとは思っていなかったのでちょっと驚いたが、すぐに嬉しさが上書きされてあたしは満面の笑みでレナちゃんに駆け寄る。 すると彼女は、手に抱えていた何かの衣装をそっとあたしに差し出し……にこやかに言った。 レナ(冬服): あのね……菜央ちゃん。実はレナ、あなたのために晴れ着を作ってみたんだ。 菜央(冬服): えっ……? レナ(冬服): けど……菜央ちゃんと違ってあんまり上手くないから、思っていたよりも時間がかかっちゃって。 レナ(冬服): 昨日、間に合わせてあげられなくてごめんね。……でも、今日渡すことができてよかったよ。 菜央(冬服): ……っ……!! 手渡された晴れ着を見つめながら、あたしは感激のあまり……泣きそうになってしまう。 あたしのための、レナちゃんお手製の晴れ着……これ以上のお年玉が、他にあるとでもいうの……?! 菜央(冬服): こ、これ……あたしが、着ても……いいの?ほんとに? 着て……いい? レナ(冬服): うん。気に入ってくれると嬉しいんだけど……着てくれるかな、かな? 菜央(冬服): も……もちろんっ!あたしはこの着物、ずっと着るわ!寝る時も学校に行く時も、ずっと! 美雪(冬服): いや、さすがにそれはダメでしょ……ってここで水を差したら殴られそうだね、菜央に。 菜央(冬服): 殴るなんてことしないわ!ただちょっと、切り刻むかブッコロがすだけよ? 美雪(冬服): 報復レベルが段違いに上がってるじゃんか?! 一穂(冬服): あ、あははは……よかったね、菜央ちゃん。 菜央(冬服): うん! うんっ! 自分でも子どもっぽい返事だったと思うけど、素直な気持ちであたしは大きく何度も頷き返す。 そんなあたしのことを、レナちゃんはとても優しげな笑みで見守ってくれていた……。 Part 03: そしてあたしたちは、改めて古手神社へと向かった。 もちろん全員が、お正月らしく着物にお着替えだ。心はずっと弾みっぱなしで、身体も羽が生えたように軽い。 菜央(着物): (はぁ……もしこれが夢だったら、ずっと覚めないでほしいぃ……) レナ(正月): 菜央ちゃん、足下は大丈夫?本殿まで支えてあげるから、レナの手につかまって。 菜央(着物): ほわっ……う、うんっ! 草履で歩くのは幼い頃から結構慣れているので、支えなんて本当は必要なかったのだけど……。 レナちゃんと手を繋いで歩くことができるのだから断る選択肢なんて、地球上に存在するはずがなかった。 美雪(着物): んー、屋台が建ち並んでてにぎやかな境内を練り歩くのも悪くないけど……。 美雪(着物): こうして友達同士だけで集まって参拝するのも、なかなか風情があっていいもんだねー。 魅音(宵越し): そう言ってもらえると、私たちも嬉しいよ。……けど、だったら千雨も一緒に来ればよかったのにね。せっかくあの子の着物も用意したんだからさ。 美雪(着物): まぁ、いいんじゃない?千雨ってこういう衣装を着るのは別に嫌いじゃないけど、あまり人に見られたくない性分だからさ。 詩音(伝統芸能): 嫌いじゃないけど、見られたくない……?じゃあ、どんな時に着たりするんですか? 美雪(着物): んー、たとえば自分の部屋でこっそり着てひとりだけで楽しむとか、もしくは私だけに見せてくれたりとか……かな。 詩音(伝統芸能): ……なんですか、それは。他人の趣味趣向にケチをつけるつもりはありませんが、なんか暗くないですか……? 美雪(着物): いや、男勝りだって皆に思われてるのを自覚してるからなるべくそのイメージを崩さないようにしてるんだよ。 美雪(着物): 恥ずかしがって怒ったりしてるのも、ポジショントークってやつだね。その証拠に嫌がっても、渋々着てくれるでしょ? 詩音(伝統芸能): ……言われてみれば、確かに。あと、最近になって気づいたんですが千雨さんって、結構周りに気を遣っているところがありますよね。 詩音(伝統芸能): 表向きはマイペースで我が道を行く、って感じに振る舞っているのに、実は世話焼きというか……。 美雪(着物): そうそう。詩音もよく知ってる、身近な誰かさんみたいだよねー。 詩音(伝統芸能): ……なるほど。納得です。 魅音(宵越し): ? なんであんたたち、同時に私の顔を見るのさ。何か私に言いたいことでもあるの? レナ(正月): あっ……ねぇ菜央ちゃん、せっかくだからレナと一緒に今年の願い事を書こうよ。魅ぃちゃん、絵馬はどこで買えばいいかな……かな? 魅音(宵越し): 昨日で社務所は店じまいだけど、鍵は預かっているからすぐに開けてあげられるよ。ちょっと待っていてね。 そう言って魅音さんは足早に境内の奥へと向かい、社務所の裏側へと回る。……そしてほどなく姿を見せ、たくさんの絵馬を抱えて戻ってきた。 魅音(宵越し): とりあえず、近くで目についたものを持てるだけ持ってきたよ。好きなだけ書いて、あっちに奉納してね。 美雪(着物): いや、さすがに複数枚の願い事は反則だから1枚だけで十分だって。……一穂も書く? 一穂(正月着物): う、うん……!えっと、何を書けばいいかな……? 菜央(着物): ……。願い事……。 渡されたペンを宙に浮かせたまま、あたしはしばらく息をのんでその場に佇む。 あたしが神様に届けたい願い事なんて、考えるまでもなくたったひとつしかない。だけど……。 菜央(着物): (本当に、書いてもいいのかしら……?) 万が一にでも実現すれば、あたしは間違いなく幸せだ。だけどそれは、きっと他の大切な人を苦しめることに繋がってしまう……。 菜央(着物): ……っ……。 だから、……書いた。本当のものとは少しだけ違う、だけど叶えたい思いに嘘偽りなどはない「願い」のひとつを……。 レナ(正月): 『みんなと一緒に、楽しく過ごせますように』……か。菜央ちゃんらしくて、素敵な願い事だね。 菜央(着物): う、うん……。レナちゃんは? レナ(正月): あははは、菜央ちゃんと一緒だよ。『みんなと一緒に、幸せでいられますように』ってね。 菜央(着物): ……そうなんだ。 願いがほぼ一緒で良かったという思いと……「みんな」ではなく「あたし」だったらよかったのに、というわがままが入り交じって……苦笑してしまう。 でも、……これ以上は望まない。いや、望んではいけないんだ。 だって、今は……十分すぎるくらいに幸せなんだから。あまり欲張りすぎると、全てが消えてしまいそうで……。 レナ(正月): ……菜央ちゃん? 菜央(着物): っ? あ、ご……ごめんなさい、レナちゃん。ちょっと、考え事をしちゃってて……。 はっと我に返り、少し心配げな表情のレナちゃんが目に映ったので……そう答えながら笑顔でごまかす。 すると彼女は、あたしの胸の内を察したのかどうかわからないけど……そっと手を握りながら、あたたかく包み込むような笑みで優しく言ってくれた。 レナ(正月): 叶うといいね……菜央ちゃんの、願い。 菜央(着物): うん。レナちゃんのも、神様に届けば……。 ……お願いします。この人と1日でも長く、一緒にいさせてください。 そんな願いを込めて、あたしは空を見上げる。この青い空間の向こうにいるかもしれない、神様という存在が見てくれていることを祈って……。