「準備OKよ! 急いで!!

 清音が叫んだ。

 その美星と清音に、襲いかかろうとする禍因の前に回り込んだ天地は、天地剣をかまえてけんせいして言った。

「早く、母さんを!」

 叫んだ天地の耳に鷲羽の言葉が残る。

『いいかい、れいけつかい発生装置のシールドを3分間だけ弱めるから、その間に決着をつけるんだ』

「さあ、早く!」

 ぽっかりと口を開いた空間の裂け目から、まず信幸を抱きかかえて、阿重霞が脱出する。

 清音が、そうパネルのボタンを操作しながら、さらに叫ぶ。

「エネルギーレベル・マクシマム! カウントダウン・スタート!」

 次元しんどうだん起動し、カウントダウンを始める。

「行くわよ、美星!」

「は~い!」

 美星と清音も、空間の裂け目へ向かって走り出す。

 空間が、じよじよしようめつし始めた。

 禍因の周囲に、プラズマのあらしが起こる。

「うわあっ」

 そのしようげきに巻き込まれ、天地は吹き飛ばされた。

 その手から、天地剣が転がり落ちる。

 阿知花を助けて、脱出しようとしていた魎呼は、天地の危機に気づき、瞬間移動しようとした。

「うわあっ!?

 だがすさまじいプラズマのあらしが、魎呼をもはじき飛ばした。

「早く! 時間がありませんわよ!」

 空間の向こうから、阿重霞のきんぱくした声が聞こえてくる。

 次元振動弾のカウンターが、目まぐるしい勢いでカウントダウンを続けている。

「天地様!」

 阿重霞が叫んだ。

 天地は、気を失っていた。

「もう時間がない!」

 清音も必死だ。

 阿知花は、天地の取り落とした天地剣が、自分の足元にあることに気づいた。

 急いでそれをひろい上げ、グッとにぎめると、天地剣にさんぜんたる光の刃が出現した。

 天地剣をかまえた阿知花のりんとした姿は、まさにじゆらいの直系のおうじよの姿だ。

「すげえ! さすがは天地のおっかさん……だが相手が悪すぎるぜ。阿知花っ、ひきあげるんだ!」

 魎呼がそう叫んだ時にはすでに、阿知花は禍因に向けて、剣を突き出そうとしていた。

「魎呼さん、天地を……は、早く連れて行って……お願い」

 と、言うが早いか、せまり来る禍因に向かい、こんしんの力を込めて、天地剣を振り下ろした。

 これが禍因の恐れていた力なのだろう。

「ギャアアアアアアーッ」

 なんと見事に剣先が、一撃で禍因の能面を打ちくだいた。

 絶叫し、もだえ苦しむ禍因。

「早くっ!!

 天地をかかえた魎呼の呼ぶ声に、阿知花は、空間の裂け目へとけた。

「グ、グオオオオーッ」

 苦しみながらも禍因が迫った。その黒い影が追いつく寸前、阿知花は裂け目に飛び込んだ。と同時に裂け目はその口を閉じた。

 一瞬の後、次元振動弾のカウンターがゼロを示した。

 せんこうを放って、次元振動弾が爆発した。

 空間全体にれつが走り、ひび割れた鏡のように、異空間がこなごなに砕け散ってゆく。

 やみに消える最後の閃光に、能面のような禍因の顔が浮かび上がったかに見えたが、それを天地たちが知ることはなかった。


 東京タワー前のバスターミナルは、さきほどどんてんうそのように、明るい日差しの中にあった。

 修学旅行最後の見学を終えた生徒たちが、ガヤガヤとバスにもどってきている。

「あの子は?」

 心配そうにたずねる阿知花に、清音が答えた。

「応急手当をして、休ませています。だいじようですよ。もうじき、気もつくでしょう」

「そう。ありがとう」

 ごりしそうな阿知花に、禍因のしようめつと共に過去へやって来た、鷲羽が切り出した。

「阿知花殿。禍因が消滅した今、すべてのいんりつは元に戻りました。今度のことは、だれにもおくされるべきものではありません。すでに、あなた以外の人たちの記憶は、消してあります。もちろん信幸殿の傷も、こんせきはすべてです。そして、あなたの記憶も消さねばなりませんわ」

「ええ……私は信幸くんといつしよに生きます……それでいいの」

「そうね」

 鷲羽は「ふっ」とほほんだ。

「もう、行ってしまうの?」

 魎呼の、阿重霞の、美星の、清音の、そして砂沙美と魎皇鬼の顔を見渡しながら、阿知花が言った。

 皆もさびしそうに、でもきっぱりとうなずいた。

おやさんと、いや、信幸と仲良くな」

 魎呼がいつもの調子で言った。

「ええっ……さようなら。あなたたちが来てくれて楽しかったわ。でも、もう二度と会えないのね……。天地を……あの子をよろしくね」

 阿知花は、そこで言葉を切ると、思いきったようにつけ加えた。

「私は、あの子が一番大変な時に、いつしよにいてやれないみたいだから」

「阿知花殿!」

 鷲羽がとがめるように、でも小さく叫んだ。

 皆はただじっと、阿知花の形のいいくちびるを見つめた。

 阿知花は、少しほほんで言葉をつないだ。

じゆらいの力にめた時、私は未来を見てしまったの。でも大丈夫、こわくないわ。私には信幸君がいる。そして、信幸君の血を引く天地を産むんですもの……」

「天地殿に会わせてあげたいけど、タイムパラドクスが生じる危険があるの」

 鷲羽が冷静に言った。

「ええ、分かっています」

「阿知花ちゃーん!」

 バスの中から、阿知花を呼ぶ信幸の声が聞こえた。

「私たちももう行かなくっちゃ」

 鷲羽は、寂しそうな、しかしぜんとした阿知花の横顔をじっと見つめ、そして阿知花の記憶を消した。

「あばよ」

「お元気で」

「さよなら」

「サヨウナラー、グスッ」

 それぞれが、阿知花に別れの言葉を告げた。


 東京タワーを後にしたすずめ観光バスは、たくさんのすずめたちと思い出を乗せ、東京駅へと着いた。

 予定通りの新幹線ひかり号に乗車した一行は、なつかしい故郷への帰路についた。

「あー、疲れたあ」

「ねえ、ねえ、お土産みやげ、何買った?」

「もう帰るのかー。なんか寂しいなあ」

 ワイワイガヤガヤと相変わらずうるさいクラスメイトたちの中で、阿知花は、ぼんやりと窓の外をながめていた。

「阿知花ちゃん、疲れたのかい?」

 となりの席で信幸が、心配そうに阿知花を見た。

「なんだかぼくは、変な夢でも見ていたようでとっても疲れちゃった。ほんとにだいじよう?」

「ええ。ねえ、信幸君、いつか見せてくれた、家の絵があったでしょう?」

「ああ」

「ほんとにいつか、いつしよにあんな家に住めたらいいね」

「え? あっ……うん」

 うろたえて、真っ赤になりながらも、信幸は大きくうなずいた。

 この時、信幸の夢の家に、もうひとつ大きな夢が加わった。

 今、隣にいる阿知花を、家の住人にすることだ。

 二人は、過ぎていく東京のざつとうながめながら、同じ夢を交差させていた。しかし、この時まだ二人には、そんな夢が現実になるなど、思いもよらないことだった。

 まだまだ二人はこれから、進学やしゆうしよくという人生のハードルを、いくつも越えていかなくてはならない。

 にがくも楽しい青春の日々は、まだまだ続く。

 暮れなずんでいた大都会にも、人々のこもごもをつつかくすように、静かに夜のベールが降り始めた。

 やがて西へ向かうひかり号のテールランプが、すうっとやみ彼方かなたへ消えて行った。