第8章 宇宙暦507484……禍因消滅



「まさか、こんな……」

 鷲羽わしゆうは、事の深刻さに言葉を失った。通信機からもれたその言葉に、てんもいつもの冷静さを失っていた。

「鷲羽さん、母さんは、母さんはどうなるんだよ!」

「…………」

 鷲羽は答えない。

 通信機から、いら立った声が聞こえてくる。

「どうしたんだよ。何があったんだ、天地!」

「天地様! お母様はごではないのですか!?

「天地さん!」

「天地兄ちゃん!」

「天地さん!」

「ミャー!」

 しばらくのちんもくの後、鷲羽が重々しく口を開いた。

「天地殿の母上と、のぶゆき殿まで異空間に連れ去られてしまったのよ」

 鷲羽の言葉が、終わるか終わらないかのうちに、りようが叫んだ。

「なんだって! どういうことだよ、鷲羽!」

「お母様たちを、お救いする方法はありませんの!?

 も、せっぱ詰まったようだ。

「ムリよ……異空間の次元座標を特定することは不可能に近いわ。つまり、こちらからは行きようがないってことよ……」

「そんな……!?

 天地が絶句した。

 皆から絶望のため息がもれた。

「……あっ、でも……でも、まさか、それは危険だわ!」

 何か思いついた鷲羽に、天地はまさにわらにもすがるような思いでこんがんした。

「何ですか、鷲羽さん! 何か方法があるんなら言ってください。おれ、俺、母さんを助けるためなら何だってします!!

「天地殿……」

 鷲羽は、母をこれほど思う天地に、心打たれた。

 そして、えて危険も法律をもおかすことを決意した。

「分かったわ。皆、とにかく東京タワーの天地殿の元に集まってちょうだい。私は、その間に準備を進めるから……」

 と、言い残すと、鷲羽はいつたん通信を切ってしまった。


 その頃、信幸はどこまでも果てしなく広がる、青い光に満ちた異空間に、一人、ぼうぜんと立ちつくしていた。

「ここは、一体……?」

 あたりを見回しても、何もなかった。空も地面も何の区別もない、ただただ青い世界があった。信幸は、あらんかぎりの力をりしぼって叫んだ。

ちゃーん、阿知花ちゃーん、返事してくれよお」

 それはむなしい叫びだった。

 一体、何が起こったというのか。

 自分たちは修学旅行で、東京タワーに来ただけじゃないか。

 何だって、こんなことになったんだ。

 そんな思いで歩き始めた。あてがあるわけではない。しかし、じっとしていられなかった。

 信幸は何かに取りかれたように、もくもくと歩いた。いや、そうすることしかできなかったのだ。


 一方、阿知花は、いんとらわれの身となっていた。

 異空間にみ込まれたショックで、気を失っている阿知花を見下ろしながら、禍因はな笑いを浮かべた。

「クククククッ。おまえの身は私のこの手にゆだねられた……。お前さえ消えてくれれば……」

 禍因は黒いマントを広げ、気を失ったままの阿知花へ向けて、プラズマを発しようとかまえた。

「阿知花ちゃん!」

 その時、信幸が倒れている阿知花と、それに向かう恐ろしいかいじんを見つけ、け寄ってきた。


 東京タワーの展望台に、天地を中心に、魎呼、阿重霞、きよほし、それにりようおうが集まっている。

 通信モニターから、鷲羽が語りかけた。

「天地殿の母上と父上を見つける、万にひとつの可能性があるとしたら……天地殿に母上、つまり阿知花殿の脳波をトレスさせて、魎呼にそのポイントまでテレポートさせることよ」

「母さんの脳波を俺が……!?

 天地は、不安なおもちでつぶやいた。

「そうよ。息子である天地殿になら、できるはずよ」

「だったらすぐに追いかけましょう!」

 阿重霞である。

「ちょ、ちょっと待ってよ。たとえそれで場所を特定できても、禍因をほろぼすことはできないわ」

「じゃ、どうするんだよ!」

 魎呼が、じれったそうにモニターをたたいた。

「そこで、危険だけど『次元しんどうだん』を使うわけ!」

 ゆうぜんと言ってのけた鷲羽に、清音がおどろきの声を上げた。

「じ、次元振動弾ですって? じようだんじゃないですよ、鷲羽さん。あれはわくせいどころか、小銀河をかいするほどのりよくを持っているはず……第一、使用には許可がいります!!

きんきゆう事態よ、清音殿。目をつぶって欲しいの」

 そう言った鷲羽の声は、いつになくきんぱくしていた。

「お前らがやらないって言ったって、あたし一人だってやるさ! こちとら、すでに宇宙のおたずね者なんだ。今さら、次元振動弾のひとつやふたつ、ぶっぱなすのにおじけづいてたまるかい!!

 魎呼がきっぱりと言い放つ。

「私だってやりますわ!」

 阿重霞も後に続く。こんな時も二人の息はピッタリだ。たのもしいね!

「砂沙美だって、天地兄ちゃんのためなら、警察なんかこわくないもん!」

「ミャー! ミャー!!

「皆……俺のために……ありがとう」

 天地は、目の前が涙でかすむのを感じていた。

「まあ、相手が相手だから、ここで息の根を止めておかないと、また異空間から抜け出して来ないとも限らないしね」

 鷲羽は勢いを得て、ウインクした。

「清音ェ~!」

 美星が、清音の顔をのぞき込む。

「分かった、分かった……分かってるわよ。やりましょう」

 そう言った清音に、美星が抱きついた。

「だから大好きよ! 清音ェ!!

 本当に、この状況を理解しているのだろうか。

 疑問!!


 そして信幸は、いつ終わるとも知れない戦いに身をおいていた。

 ふるえながらも、せいいつぱいはくいんにらみつけた。

 睨み合いのきんこうを破ったのは、信幸のほうだった。恐ろしい怪人に向かって、こぶしり上げ、飛びかかっていく。

「うおおおっ!」

 拳が禍因の能面のような顔に命中した。いや、したと思ったが、何の手ごたえもない。あるのは、怪人のな笑いばかりだった……。

「ククククククッ」

「やあっ!!

「ハッハッハッハッハッ」

「えいっ!!

「ワーハッハッハッハッ」

 それは、何度り返しても同じことだ。

 やがて怪人は、もう十分楽しんだというように言った。

「さあ、疲れたろう。そろそろ、休ませてやろう」

 そして、また黒いマントを広げると、青白いプラズマをはなった。

「うわあああっ」

 プラズマにつつまれた信幸は、あっけなく禍因の足元にくずれ落ちた。

「あ、阿知……花ちゃん……」


 阿知花は、深い眠りの中にいた──。

 空から、いくまんものさくらの花びらが乱れ散る。

 はらはらと散りゆくのが悲しいのか、時折まどいを見せて桜が散っていく。桜吹雪ふぶきのその中を、歩いているのは……阿知花本人だった。頭にも肩にも、払っても払っても花びらがりる。

 急に風が吹いた。はながすみが晴れ、少しずつ向こうに何かが見えてきた。ジッと目をらして見ると、どうやら家のようだ。

 それは……どこかで見たことのある家だ。

 阿知花は「あっ」と思った。

 それは信幸のスケッチブックで見た、あの『夢の家』だった。

 阿知花は思わず笑顔になった。目を輝かせて見入っていた家の前に、誰かが立っていた。

「の・ぶ・ゆ・き・くん……」

 確かにそれは、やさしく笑っている信幸だった。阿知花は、信幸に向かってけ出した。

 信幸も阿知花に気づいて、手を振っている。

「阿知花ちゃ~ん……」

 その声は、はるか遠くの方から聞こえてくる。


「……阿知花ちゃん……」

「う……ん……」

 阿知花は、暗く深い眠りからめかけた。

 まだぼうっとする頭で、あたりを見回した。

 目の前に、信幸の顔があった。

「阿知花ちゃん……」

 信幸が、弱々しくほほんだ。

「信幸くん……どうして……」

 傷だらけになって倒れている信幸に気づいた。

「ククククッ、いいところで目覚めたな」

 その声で、一気に東京タワーでのことがよみがえった。悪魔のような、不気味な怪人いんのことが。

 そして、ゆうぜんと二人の前に立ちはだかっている、禍因を見上げると、ぞうの限りに叫んだ。

「あなたね、あなたがやったのね。許さない……私は、あなたを許さないわ!」

 風にあおられる炎のように吹き出したいかりに、阿知花は、いつか自分が恐れていたものが訪れたことを感じた。

 阿知花が、あの夕暮れ、ふと少年を振り返って感じたあの恐ろしさは、自分の力への恐怖だったのだ。

 地球で暮らす平和な日々のために、自分自身が、それとも勝仁が、封じ込めたじゆらいの力。

 しかし、もうその恐怖心さえ、阿知花を止めることはできなかった。

 禍因に立ち向かう阿知花の体は、まばゆい光に包まれていた。

「行くわよッ!」

 禍因に向かって、激しいしようげきを放つ阿知花。

 だが、禍因は黒いマントを広げてそれを受け止めると、そのまま阿知花に返した。

「ああっ!」

 自分の発した力をモロに受けて、阿知花は、地面にたたきつけられた。

 倒れた阿知花の上に、禍因がせまった。

 黒いマントがさらに四方に広がり、阿知花をマントの中へ吸収しようとする。

 だが、阿知花は力を振りしぼり、再び禍因に衝撃波を放った。

 不意を打たれた禍因が、いつしゆんひるむ。

 その時だった。

 阿知花の体にするどい衝撃が走った。

 更にきようれつ記憶デ・ジヤ・ヴよみがえってきた。

 母親の腕に抱かれ、安らかに眠るおさな

 町を見下ろす小高い丘のひようの前で、白い百合の花をたむける三世代の男たち。

 目の前をフラッシュバックする、数々の記憶の断片たち。その中でも、とりわけ阿知花の心を強く引きつけて、ふるわせたのは。り返し夢の中に現れ、理由もなく涙したあのシーンだった。

 シンシンと降る雪の中にたたずんで、泣きじゃくる一人の男の子。

 男の子の顔が、一瞬あの校門で見かけた少年の顔にダブる。

 男の子が泣きながらつぶやいていた言葉が、今ハッキリと聞こえてきた。

○○○○○!」

「お……さん!」

「お母さん!」

 ……天地!?……

 阿知花ののうに、聞いたことのない、だがなつかしい名前がひらめいた。

〝天地。天地。天地。ああ……〟

 不意のしようげきにとまどう阿知花に、体勢を立て直した禍因が、おそいかかろうとした。

 次の瞬間!

「待てっ!!

 阿知花の脳波をトレスした天地たちが、この異空間に現れた。

 まさに、阿知花に襲いかかろうとしていた禍因の前に、天地が割って入った。

おれが相手になってやるっ!」

「天地っ!?

 叫びながら天地を止めようとする阿知花の肩を、だれかがつかんだ。

「あなたは!?

「どうにか間に合ったか」

 振り返っておどろきの声をあげる阿知花に、魎呼は軽くウインクして、背後の阿重霞を指し示した。

「阿重霞さん……あなたたちは……」

 阿重霞は、信幸を助け起こしていた。

 そして、その横では美星先生とバスガイドの清音さんが、何やら装置をセットしている。

「みんな!?