第4章 宇宙暦507410……いんふういん



 草木も眠るうしつ時。

 くらやみたたずむ男の姿があった。

 書き物机の前にきっちりと正座し、目を固く閉じている姿は、めいそうしているようでもある。

 男は何かを思い立ったように、ふと立ち上がると、「もよおしてしまった」とつぶやきながらろうに面したふすまを開き、すたすたと歩いていった。

 便所で用を足した男は、自室へもどろうとはせず、客間の襖を音も立てずに開けた。

 中では、この家に下宿する二人の少女が眠っている。

 ぞうは、すこぶる悪かった。

 特に水色の髪の方は、とんははねのけ、マクラも彼方かなたに飛ばし、しき布団を抱いて……とにかくうら若い女の子の寝姿としては、目をおおうものがある。

 しかも、寝乱れたナイスバディは高校生とは思えない色気があった。

 男は、もう一人の方の、日本的な顔だちに長い黒髪をした、少女の清らかな(?)寝顔をじっと見つめていた。

 静かな寝息が、安らかな眠りの中にいることを物語っていた。

「天地さま……」

 夢を見ているのであろう。

 月明かりのおかげで、男の顔が見えた。その顔は、はるなんおくこうねんの彼方の星々に、思いをせているように、見えないこともなかった。が、ただのすけじじいが若い女の子の寝顔と寝乱れ姿に、鼻の下を長くしていると思ったほうが正しいだろう。

 しばらく少女に見入っていた男は、やがて思い切ったように部屋を出た。

 男は、縁側に立って、春の星空をあおいだ。

 光化学スモッグなどの公害が取りされている時代ではあったが、この地方都市では、空は高く、空気はんでいた。

 男ののうには、おさない頃の思い出がよみがえりはじめていた……。


 あの頃の私は、まだほんの子供で、父上に従って、毎日、剣のけいはげんでいた。

 ある時、父上が言った。

ようしようじゆらいおうというものは、この樹雷星はもちろん、宇宙のすべての平和のために戦わなくてはならないのだ」

「はい。父上」

 その頃の私は、すでしんどうなどと呼ばれていた。

 未来の樹雷を背負って立つのは私しかいないなどと、多少、思い上がった考えを持った、おませな子供だった。

「遥照、今日はお前に、全宇宙のために戦った樹雷皇のらしい姿を見せてやろう。こちらへおいで」

「はい」

 父上は私を連れて、これまで行ったことなどなかった、王宮から続く深い森を、奥へ、奥へとどこまでも進んで行った。

 どれほど歩いただろうか。

 ふと、目の前が明るくなった。

 私たちは小さな湖のほとりに出た。

 湖の真ん中には、小さなほこらが立っているのが見える。

 父上は、私の手を取って、水の上をすべるように飛ぶと、私を祠へといざなった。

 そこにたどりいて、中をのぞいた私はおどろいた。

 祠の中は、どこまでも広く、外から見た、あの祠の中だとはとうてい思えなかった。

「これは、どこです!?

 驚く私に、父上は静かな調ちようで言った。

「遥照、目に見えるものがすべてではない。あの祠は入り口に過ぎないのだよ」

 哲学的な言葉だが、今にして思えばあたり前のような気がしないでもない。

 祠の中には、無数の木の根のようなものが安置されており、それぞれ弱いが美しい光を放っていた。

「これは……!?

「宇宙船の記憶だよ」

「宇宙船の、記憶?」

「そうだ。お前も知っている通り、樹雷の皇族はみんな自分の生命とも言える宇宙船を持っている。これは、われらが皇族といつしよに戦い、疲れ、休息している宇宙船の記憶たちなのだ」

「宇宙船のゆうれいなの?」

「幽霊? たましいという意味ではそうかもしれない。だが、これらは死んではいない。ただ、静かに眠っているのだよ。さあ、こちらへおいで」

 父は、さらに祠の奥へ、奥へと私をいざない、ようやくある宇宙船の記憶の前で立ち止まった。

「これだよ。さあ、この記憶に手をれてごらん」

 父に言われるままに、私はその薄く光るものに手を触れた。

「わっ」

 たんに、激しいしようげきが身体をつらぬき、私は手を引っ込めた。

だいじようだよ。その衝撃は宇宙船の記憶だ。現実のものではない。さあ、手をかざして、記憶を辿たどってごらん。その宇宙船と、宇宙船に乗っていた者の心に触れるのだ」

 再び、手を触れた私は、その宇宙船の記憶の奥深くに引き込まれていった。


 ものすごいパワーだった。何もかもがみ込まれていく……。

 人も、建物も、宇宙船も……。

 その時私は見たのだった。しかしそれは、あまりにも不確かな存在だった。のうめんのような顔に、長いマントをつけた、あれは人だったのだろうか?

 いや、あんなエネルギーを持った人間がいるわけがない。