え? 振り返ると、なんとフィルムが燃え上がっていた。

 あわてて火を消そうと、映写機に手を伸ばすと……????俺の手がない!?

「うわっ!」

「天地ィー!!

「天地さまあ!!

「天地兄ちゃん!!

 三人が口々に叫んでいる。

「お、俺のからだが……!」

 消えかけているのは手だけではなかった。

 手から腕、そして肩口まで消えかかる。

「ど、どういうことなんだこれは。このままじゃ体が消えてしまう」

 半透明状に出たり消えたりしている俺を、三人はどうするすべもなく、ただオロオロととり囲んでいるだけだった。

 俺は、あせった。

 意識までがどこかへ飛んで行ってしまいそうになった。

 桜並木を歩くお袋、俺の手を引いて歩く親父とお袋、そしてお袋が死んだと知った雪の日……。

 そんな映像が俺の頭の中に、浮かんでは消えていった。

 バシュッ!!

 いきなり、しようげきを受けた次のしゆんかん、俺の体は元にもどり、透明の球体につつまれていた。

「ふーっ、なんとか間にあったようね」

 居間の入り口には、コンパクト・コンソールをそうしている鷲羽わしゆうさんの姿があった。


「過去に問題あり!」

 何が何だか分からない俺たちを居間に座らせて、鷲羽さんが言った。

 俺の体にはシールドが張られたままだった。

「そのしように、これを見てごらん」

 鷲羽さんは、俺たちに燃え残った8ミリフィルムを差し出した。

「これが、どうかしまして? あっ! こ、これは?」

 初めに手に取った阿重霞さんが、おどろきで次の言葉を失った。

「何だって言うんだよ、全く」

 阿重霞さんが放り出したフィルムを、魎呼が手に取った。

「な、何だ、これは! お袋さんが、天地のお袋さんがフィルムから消えている!!

「何だって?」

 俺は、魎呼からひったくるようにフィルムを取って見た。

 そこにあるのは、桜並木ばかり。

 さっきまで見ていたお袋の笑顔も、ずかしそうにしてみせたVサインの姿も、こつぜんと姿を消している。

 俺は、言葉を失った。

「どういうことなんだよ、鷲羽!」

 魎呼が叫んだ。

「さっきも言った通り、過去に問題が生じたのよ。今から26年前の、天地殿の母上の身に何かが起こった。そして、一人娘を失った柾木家は……」

 らしくもなく、次の言葉を言いよどんだ鷲羽さんに不安をつのらせ、俺は鷲羽さんにつかみかかった。

「柾木家は、どうなったんだよ、鷲羽さん!!

 俺につかみかかられてバランスを失った鷲羽さんは、いつたんひとみを閉じてから、俺の方にまっすぐに向き直って、決意したようにはっきりと言った。

「柾木家は、死に絶えたのよ」

「そんな!」

 あまりの話にバカバカしくなって、俺は笑ってしまった。

「そんな話ってあるかよ。26年前が何だって言うんだ。だって、俺は今、1996年の今、ここにいるじゃないか!」

 必死になって、現実からのがれようとしている俺に、鷲羽さんは冷静に言った。

「天地殿、さっき、消えそうになったでしょう? 26年前、母上は死んでしまったの。そして、天地殿はこの世に生まれてこなかった。つまり、柾木天地なんて人は、初めからこの世に存在しなかったのよ」

「そんなはずあるかよ!」

 いきなり、魎呼が鷲羽さんにつかみかかった。

「天地がいないなんて、初めからいないなんて、そんなはずがあるわけねえじゃねえか。だって、あたしは天地を知ってる! 天地をおぼえてる! あたしに笑いかけてくれた、あたしといつしよに戦ってくれた天地を憶えてるんだよぉ……」

 泣きながら、鷲羽さんをさぶりつづける魎呼の姿に、俺は胸が熱くなった。

 俺のために、俺の存在のために、こんなに泣いてくれる人がいるなんて……。

「そうですわ。天地様がいらっしゃらないなんて、そんなはずはありません。そんな…、天地様がいらっしゃらない宇宙なんて、私にとって何の価値もございません!」

 はっきりと言い放った阿重霞さんを見て、俺は思い出していた。

 どこまでもじようなこの人の、意外なまでのはかなさとやさしさを。

「分かっているわ」

 鷲羽さんが言った。

「私だって、天地殿を助けたいの。それに、この26年前の天地殿の母上の死をきっかけに、宇宙全体に異変が起こっているのよ。たまたま亜空間の研究室にいた私は、時間因子の急激な乱れをキャッチすることができて、天地殿をふくむ、ここにいる皆をシールドで時間じくからブロックすることができたけれど、それがせいいつぱいだったわ。こうしている今も、26年前の柾木家を中心に、異変はどんどん進んでいる。天地殿の母上を守らなければ、歴史そのものが変わってしまうのよ」

 みんなぼうぜんと話を聞いていた。

「そんなことって……」

 誰かがつぶやいた。

 その後は、深いちんもくがつづいた。誰もがあまりにも想像を絶することに、反応できないでいた。

 えかねたように、魎呼が大声でった。

「冗談じゃねえ!!

「でも、事実なのよ」

 鷲羽さんが、いつになく真剣なまなしを向けた。

「いったいぜんたい、天地のお袋さんに何があったってんだよ!?

「それが分からないんだよ」

 鷲羽さんは小さく首を振った。

「どうすればいいんですか。どうすればお袋を救えるんですか」

 俺の言葉に、鷲羽さんはきっぱりと答えた。

「過去へ行ってちょうだい。26年前に行って、とにかく母上を守るのよ。私はここに残るわ。私が時間いんりつをコントロールしなければ、天地殿はもちろん、皆だって消えてしまう可能性があるし、とにかく原因を突き止めなくっちゃあね……」

 その時だった。

 俺たちの目の前のしきが、急に変わり始めたのは。

「ああっ!?

 いっせいに声が上がった、次の瞬間。

 フィルムが消え、映写機が消え、ソファが消え、すべてが消えせて─。

 そこに現れたのは、見たこともない部屋のあわれな姿だった。

 くずれ落ちたかべ、砂だらけのゆか、割れたガラス窓からは、むなしく春の光が差し込んでいる。

「異変が家にも及んできたようね。これは、住む人のいなくなった旧柾木家の1996年の姿よ……」

 鷲羽さんの言葉を振り切るように、俺はおぼえのない家を飛び出した。

 畑はなく、草は伸び放題に伸び、そして柾木神社は崩れかけたとりを残し、ざんにもとうかいしていた。

 すでに何十年も放置されていたようなはいきよとなっていた。

「じっちゃん、じっちゃんは……」

 思わず神社の方へけ出そうとした俺を、鷲羽さんが引き止めた。

「天地殿、この鷲羽ちゃんを信じなさいって」


 月の光が、廃墟を寒々と照らしていた。

「おい、連れて来たぜ」

 その夜、湖のほとりに集合した俺たちの前に、さっきから姿の見えなかった魎呼が、パジャマ姿のきよさんとほしさんを下宿先から連れてやって来た。

 いや、正確には美星さんは眠ったまま、魎呼にかかえられていた。

「何しろ、人ひとりの命を守んなきゃなんねえんだ。警察に協力してもらったって、バチは当たらねえだろう」

 魎呼が俺にウインクをよこして言った。

 まつたく、こいつはいつだって、まず行動ありきなんだ。

「行かないとは言ってないわよ、行かないとは。事情を説明しなさいって言ってるのよ、私は……」

 気の毒な清音さんは、春とは言え、パジャマ一枚で夜気にさらされ、寒そうに肩を抱きながら魎呼に詰め寄ったが、鷲羽さんのきんぱくした声にだまらざるを得なくなった。

「時間がないのよ。説明は道々聞いてちょうだい。いいこと? これから、この時間因果律コントローラー2号機によってあんたたちを26年前に送り込むから、向こうでは私の指示に従って行動すること。天地殿の母上の身にいつ、どこで、何が起こるかは、まだくわしいデータがそろってないからしんちようにね。とにかく24時間、誰かがつきそっていること。いいわね」

 鷲羽さんは、いつたん、ここで言葉を切ると、今度は俺だけに向き直って言った。

「天地殿。いくらなつかしくても母上とのせつしよくは避けるように。タイムパラドクスが起こったら危険だからね」

「おい! だいじようかよ?」

 魎呼にしては弱気な発言だ。

「天地さま、私たち二人でこの困難を乗り越えてみせましょう」

「阿重霞、てめえ……どさくさにまぎれやがって」

「あーら、こんな時こそ愛のきずなの深さが証明されましてよ」

「それを言うなら、あたしと天地の絆は宇宙広しといえど、なんぴとたりとも入り込むことができないくらい、強く結ばれているのさ。なーあ、天地」

「まあー、いやですわ。天地さまがごめいわくだと言ってますわ」

「ちょっとちょっと、二人とも。今度のことはいつもとはちょっと違うのよ。ケンカしていては、とても解決できるもんじゃないのよ」

 鷲羽さんが見かねて言った。

「どうでもいいけど、なんで私たちまで巻き込まれるわけ?」

「眠いんですけど~」

 清音さんと美星さんの言葉も、鷲羽さんがさえぎった。

「とにかく向こうにいたら、むやみやたらと鹿な行動はしないこと! これ以上歴史が狂ったらお手上げだよ」

「へいへい、分かりやしたよ」

「魎呼、おまえが一番信用できないんだよ! とにかく、皆、たのんだわよ!」

 そう言うと、鷲羽さんはそのまま時間因果律コントローラーのスイッチを入れた。

 こうして俺たちは、26年前の世界に旅立ったのだった。