第2章 西暦1996年、まさ家断絶



 くずれ落ちたかべ、砂だらけのゆか、割れたガラス窓……。

 あるじのない家に、それでも春の光がむなしく差し込んでいた。

 ガラッとまた、残っていた壁の一部が崩れ白いほこりった。

 そして、そして、それをなすすべもなく見ているだけだった……おれ

「あーっ、ちくしよう!」

 思わず叫んでしまってから、不意に気づいて回りを見渡した。

「な、なんという……あれは夢だったのか?……悪夢だ……」

 ちゃんも、ほしさんも、きよさんも、そしてりようおうも、昼間の疲れが出たのか、ぐっすりと眠っている。

 皆を起こさずにすんだことに、ホッとため息をついて、俺はそーっと、テントの外へ出た。

「あーっ」

 大きく伸びをして見上げた空には、無数の星がまたたいている。

 今日、柾木家につづく石段で見た、あの少女の横顔が思い出された。ほおを西日に染め、ふと不安げにあたりを見ていた少女のまなしが。

 それはあのフィルムの中でほほんでいた、美少女のものだった。

 1970年、春の夜空はやけに晴れわたっていた。

 1996年に17歳の春を過ごしていた俺が、どうしてこの時代で眠れない夜を過ごさねばならないのか──。

てん兄ちゃん……」

 テントの方を振り返った。

 砂沙美ちゃんの寝言だ。


「天地兄ちゃん……」

「……お手伝いしようか?」

 あれは……。

 1996年のあの日、じっちゃんになんの整理を言いつけられた俺は、古い8ミリフィルムを見つけた。

 それは、まだ小学生だった頃、一度見せてもらったおぼえのあるフィルムだった。

 すぐにそのフィルムがどういうものであるか思い出した。

 フィルムには、一人の女子高生が中心に写っていた。

 おやの照れながらもうれしそうな解説で、その女子高生がおふくろだと知らされた。

 きれいな人だと思った。

 だが、おさなかった俺の記憶の中のお袋は、ひとつの実感として残っていた。

 それは、母としてのものだった。

 しかし、そのフィルムの中に出てきた女の人は、親父が何と言おうと、実感のないフィルムの中の人であり、くうの映像上の登場人物にしか思えなかった。

 複雑な思いでフィルムを見ていた。

 俺はそのことを、口に出しては言わなかった。

 出会った頃の元気なお袋の姿を見るのがつらかったのか、親父はそれ以来、一度もそのフィルムを見せることはなかった。

 いや、親父はうすうす俺の気持ちに、感づいていたのかもしれない。


「天地兄ちゃん、お手伝いしようか?」

「ミャ~?」

 俺がフィルムを手に、そんなことを考えていると、不意に砂沙美ちゃんが声をかけてきた。

「ねえねえ、天地兄ちゃん、それ何?」

「これかい? これはね、8ミリカメラっていう個人で映画をる機械で、親父が撮ったフィルムさ」

「ふうん。何が映ってるの?」

「ん? 見たいかい」

「見たい、見たい!」

「ミャア! ミャア!」

 じやな砂沙美ちゃんの笑顔に、背中を押されるようなかんじで、俺はその8ミリフィルムを映写してみようという気持ちになった。

 居間にしやこうカーテンを引き、にわか映写室に仕立てあげた俺は、映写機に8ミリフィルムをセットした。

 ソファには、砂沙美ちゃんと魎皇鬼はもちろん、さわぎを聞きつけたりようさんもすわって、映像が映し出されるのを待ちかねていた。

 カタカタ、ジーとフィルムの回る音がして、不意にさくらなみを歩く、セーラー服の女子高生の姿が映し出された。

だれだよ、この女!」

 魎呼がいきなりげんな声を上げた。

「天地様、おっしゃってくださいまし!」

 阿重霞さんもせっぱ詰まった声で詰め寄ってくる。

「お、お、お袋だよ、俺の」

 ああ、思わず言いわけがましくなった自分がなさけない。

 しかし、魎呼はなおも問い詰めてきた。

「お袋さんにしちゃあ、若すぎるんじゃねえか?」

「あ、あたり前だろう、高校生の時だもの。若い頃のお袋を、親父が撮影してたやつだよ! 親父は昔っからこの手の機械に目がなかったのさ」

 何を、どうしても、言い訳がましくなるのはなんだろうか。俺はでんだと思っているのだが。

 魎呼と阿重霞さんは、同時にせんべいをかじって言った。

「天地のお袋さんか……」

「天地様のお母様……」

「優しそうな人だねえ」

 砂沙美ちゃんの声に、俺は再び映像に視線をもどした。

 桜並木を歩くそのひとは、確かに美しく、画面に向けられる笑顔は、生き生きと輝いている。

 まさか、この少女がたった34歳でこの世を去るなど、一体、誰が予想し得ただろうか。

 やっとなつとくしてくれたらしく、大人おとなしく映像を見ていた魎呼が言った。

「なかなか、きれいなひとじゃないか。親父さんも、やるねえ」

 俺が口を開く間もなく、阿重霞さんが言う。

「天地様のお母さまということは、じゆらいおうの血筋ですもの。美しいのは当然ですわ」

「そいつは変だなあ。おめえだって、樹雷皇家の血ィ引いてんじゃねえのか?」

「どういう意味ですの?」

「そういう意味だよ。血のめぐりも悪いのか」

 いつもの二人のけんに巻き込まれ、てんやわんやしていたその時、砂沙美ちゃんが突然大声で叫んだ。

「天地兄ちゃん、フィルムが……!!