第1章 西せいれき1970年の世界



 頃は春。

しゆんみんあかつきおぼえず〟のたとえを地で行くかのように、のどかなあくびが聞こえた。

 もう、ひるどきである。

 一人の男が一件の家に向かって歩いてきた。

「ふあ~っ!」

 もう一度大きなあくびをすると、首を二度三度回し、肩を上下に揺すった。

 たまじやの音を規則正しく立てながら、家の前まで来ると、くるりと回れ右をした。

 おもむろに手を腰にあてると、背をらしてニッとほほんだ。

 見た目のとしのわりには柔らかい体だ。

 れた家がさかさまにうつった。

 その家は、いわゆる日本の木造建築で、門がまえも、鬼がわらも、この家が相当にりつなものであることを物語っていたが、いかんせん古い。

 手入れはおこたっていないようだが、家の大きさに比べ、人のはいは少なく、しんかんとしたふんただよっていた。

 男はだまって家の中に入っていった。

 どうやら同じ敷地内にある神社のぐうで、昼飯をりに自宅に戻って来たらしい。

「いやー、どうもいかん。つい居眠りをして、昼をぬくところだった。わしも年かな」

 ぼそっとつぶやいた。

 家の中には人の気配はなく、台所にも調理をする物音はなかった。

 男は、台所に入ると、フキンのかかったテーブルの上のおひつのふたを開けた。

 いたものらしい銀シャリが輝いている。

 続いて冷蔵庫を開けると、昨日きのうの残り物の、うまそうな煮物やつけものが入っている。

 男一人が軽い昼食を採るには十分だったが、何かひらめいたらしく冷蔵庫を閉めると、流しの上の引き戸を開け、なにやら取り出し、フッと目を細めた。

 男が取り出したはつぽうスチロールのカップには、〝カップヌードル〟という文字が読み取れる。

 り物に弱い性格なのだ。

 男は、名をまさかつひとという。

 そう、われらが〝てんのじっちゃん〟である。

 勝仁はやかんに勢いよく水を入れるとコンロの上にのせ、せんをおもいきりよくひねった。


 静けさを破って突然、細く開いたままの玄関の外からニギニギしい声が聞こえてくる。

 家の前では、いつのまにか無責任きわまりないやつら、イヤ失礼、皆さんが無責任極まりない意見を戦わせていた。

 ご存じ宇宙人に化け物女にギャラクシーポリスの刑事たちである。

「なんだよ~、このうすぎたないボロ屋は。うそだろ~、宇宙一のかいぞくのアタシが、何だってこんなぎたない家にまんなきゃなんないんだよ」

 おそらく、これまでにこの家が受けた評価の中で、一番ひどいであろうとうびせたこの女は、りよう

 元宇宙海賊のかいりき女で、おまけに壁抜けや空間移動さえ朝飯前の化け物である。

 まばゆいばかりのナイスバディをこれみよがしに、ことあるごとに天地にせまりくる自称宇宙一のいい女でもある。

「まあ、下品なおっしゃりようね。それにしても26年前というと、へんきようの地球もさらにひなびておりますわねえ」

 魎呼の家に対する暴言を下品だとたしなめながら、自分は地球ぜんぱんを批判する、この女は、

 宇宙広しといえども、さぞ最先端をいっているであろうじゆらいおうの第一おうじようそいつわりのないしようしんしようめいのホンマもんの姫君である。

 ちょっと、くどかったか。

「てめえ、どっちが下品なんだよ」

 とたんに火花がバチバチとはじけ飛んだ。

 とうに日常化した魎呼と阿重霞のこの種のやり取りは、もう芸術的いで、息もピッタリ。

 他の者たちは多分にしよくしようだが、そんなことおかまいなく二人はけつこう楽しんでいるようだ。

「お姉様たち、そんなこと言っちゃ悪いよ。天地兄ちゃんの生まれた家なんだから。なんだかきようの民宿みたいでいいじゃない」

 ぜんじゆつの二人をたしなめながら、じやな発言で家のプライドをノックアウトする少女は、ちゃん。

 阿重霞の妹で、樹雷星の第二皇女である。

「ねえ、ねえ、ここって天地さんの家の周りに似てませんか~」

「当たり前でしょっ。ここは、26年前の天地さんの家の前なのっ」

「え~、私たち、どうしてこんなとこに来ちゃったのお。1996年の地球の警備があるのに~、ヤダ~」

「だからそれは、何度も説明したように、天地さんのお母さんが……。あ~、もういいわ。後でゆっくり説明してあげるから」

 まんざいり広げている女二人は、ほしとそのあいかたきよ

 こう見えても、二人ともギャラクシーポリスのびんわん刑事である。

 と、思っているのは当人たちだけだが。

 その天下一品、宇宙絶品のボケとツッコミは銀河漫才大賞もので、いつも期待通りの迷コンビぶりをろうしてくれる〝あぶない刑事さん〟たちなのである。

 さてどっちが美星の発言で、どっちが清音の発言であるかは、けんめいな読者には自明の理なので、説明はかつあいさせていただきたい。

 そして、もう一人。

 いや、もう一匹。

「ミャア、ミャア、ミャア~」

 彼女は、りようおう

 見かけは長い耳がキュートなアニマルだが、正体は、魎呼の宇宙船。

 ニンジンが大好物である。

 そしてそして、忘れてはいけない主人公、柾木天地。

 決して忘れていたわけではないが、か今回は少々影が薄い。

 いずれそのわけもだいに明かされよう。


 というわけで、ひとしきり自分たちの主張を終えると、魎呼と阿重霞が玄関の呼びりんを押した。

 どちらが押すのかということで、もうひともんちやくあったことは言うまでもない。

「いてえ~! てめえ、わざと人の指を押しやがったな」

「あ~ら、わたくしが押そうとしたのに、魎呼さんのお指さんが割り込んだんじゃありませんか」

「このへりくつ女にゃ、どたまにくるぜ」

「まあ~、ますます頭がおかしくなったらもう絶望的ですわよ」

「貴様! その口にファスナーつけてやる!」

「二人ともいいかげんにしろよ!」

 天地はたしなめておいて、他の三人プラス一匹と、ものかげへ身をひそめた。

「ピンポーン!」

 なにゆえ、カップヌードルははしではなく、透明のプラスチック製のフォークを使用するのかを考えながら、最後のスープをすすっていた勝仁は、呼び鈴の音を聞き、ふとけわしい表情になった。

 はる彼方かなたの、にがい想いをえるようなその横顔は、いつかいの宮司のものとは思えなかったが、おいしいものを食べているのにじやされて怒っているオヤジには十分見えた。

 仕方なく立ち上がった勝仁は、玄関へとおもむいた。

「どなたかな?」

 問いかけながら玄関を開けたたん、プシューッ!!

 阿重霞が何やらあやしげな(コックローチに似た)スプレーを勝仁に吹きかけた。

 が、表面上は何事も起こりはしなかった。

(あら、期待はずれ?)

 勝仁が玄関を開けると、そこには高校生の娘と同じくらいのとしかつこうの美少女が二人、立っていた。

 一人は現代的な感じでちょっと不良っぽいが、意外にじゆんすいで美しいひとみをしている。めすぎたかな?

 そして、もう一人はいかにも良家のお嬢さんといった感じの純日本風の顔だちだった。

「あの、私たち、学校の先生に紹介していただいてうかがったのですけれど……」

 純日本風の方が口を開いた。

「先生に?」

「はい」

「とにかく、玄関先では何だからお入りなさい」

「ありがとうございます」

「ところで、昼飯はもうまされましたかな? まだでしたら、ごいつしよにどうかな」

 とうとつなことには慣れっこの二人であったが、みやくらくがないわりには、どこかはくりよくのある言葉にいつしゆんたじろいだ。

 この時の勝仁の心理状態を分かるはずもなかったが、二人は本能的にうなずいていた。

 というより、本当におなかがすいていたのだった。


 勝仁、阿重霞、魎呼の三人は、柾木家の茶の間にすわっていた。

 三人の前には、それぞれお湯を入れて、あとは3分間待つだけの、カップヌードルとプラスチック製の透明フォークが置かれている。

「さあさあ、腹が減ってはいくさじゃなくて、話もできません。食べながら伺いましょう。ちよう、食事の相手が欲しかったところです」

 勝仁は、二杯目を食べる口実ができて、じようげんだった。

 どうもこの新しい味に、ハマってしまったようだ。

「ありがとうございます。わたくし、申し遅れましたが、阿重霞と申します。となりにおりますのが、の魎呼です。従姉妹のわたくしが申し上げますのも何ですが、まあとんだ乱暴者の不良でして、ついに両親にもさじを投げられ、深いわたくしの両親が引き取ったのですが……」

「てめえ、おとなしく聞いてりゃ、なんだと~! じいさん、聞いてくれよ。こいつの家はなりきんだったんだが、悪徳の限りがばれて、ついに一家さん! わいそうに思ったあたしの両親が……」

「なんですってーっ!!

 二人の口論が、取っ組み合いに発展するかと思った矢先、落ち着いた調ちようで勝仁が重々しく言った。

「それは複雑なご事情ですなあ。まあ、めんが伸びないうちにどうぞ」

 そして、自分のカップヌードルのふたを開くとズズーッとフォークで麵をすすった。

 勝仁の静かな口調に調子をくずした二人もまた、それぞれのカップヌードルの蓋を開け、麵をすすった……。

 フー、フー、ズルズルズル、ズズーッ。

 ……平和なひと時が流れた。

「分かりました。お二人の下宿の件はお引き受けしましょう」

 突然、勝仁がまたしても冷静な口調で平和を破った。

 といってもビリビリという音はしなかったが。

「え? あの……わたくしたち、まだなにも……」

 当惑した阿重霞に、勝仁はほほみながら言った。

「実は、さっき先生から電話をいただいたんですよ。転校生二人が、えんきよ通学で困っているんですが、とな。なんでも娘のと同じクラスだそうですな。阿知花も、一人っ子ですから、あんたたちが来てくれて喜ぶでしょう」

「でも、そんなはずは……」

 なおも当惑する阿重霞を押しのけて、今度は魎呼が言った。

「なんだ。分かってるんだったら早く言えよ。じいさんも人が悪いなあ」

 ハハハハハ、と何となくむなしい三人の笑い声が茶の間にこだまするのであった。

 気まずい空気とはこういう時のことを言うのだと、三人は心の中でほぼ同時に思った。

「じゃあ、わしは神社にもどるから、自分の家だと思って、ゆっくりおくつろぎなさい」

 そう言い置いて、勝仁はさっさと神社へと消えていった。

 にこやかに見送った阿重霞だったが、勝仁の姿が見えなくなったたん、魎呼に切り出した。

「おかしいですわよ。学校から連絡があったなんて……。鷲羽わしゆうさんがくれたこの〝一時的一部おくじよきよスプレー〟本当にいているのかしら」

 しかし、能天気な魎呼はまつたくもって取り合わない。

「いいじゃねえか、どっちでも。目的はこの家に下宿することなんだから。第一、鷲羽が学校に手を回したのかもしれねえぜ。それより、ちょいと家の中を見て回ろうぜ」

「まあ、そんなはしたない……」

 魎呼は、めんどうくさいとばかりに、阿重霞の言葉を待たずにろうに出た。

「およしなさいってば……」

 魎呼を追って、阿重霞もまた、家の奥へと入っていくのだった。

 心の奥底では、きようしんしんなのである。

 茶の間の向かいの部屋は、台所だった。

 魎呼が、冷蔵庫を開けて口笛を吹いた。

「ヒューッ、うまそうな煮物じゃねえか」

 ヒョイとひとつをつまんで口に入れる。

「うめえ!」

「まあ、およしなさいな。みっともない。育ちが分かりますわよ!!

 大口を開けてる阿重霞の口に、魎呼が煮物をひとつ放り込む。

「まあっ、ぬ、ぬあんてこと……モグモグ……あら、おいしい。の味つけに似てますわね」

「だろう? じいさんも自分の家だと思えって言ってくれたんだから、堅いこと言うなよ」

「まあ、それもそうですわね……」

 二人は、カップヌードルだけでは物足りなかったのか、はしたなくも煮物を平らげてしまった。

 今度は茶の間の隣の部屋に入ってみた。

 整然と片づけられた部屋は、勝仁のものらしい。

「なんだ、今と代わりえしねえなあ」

「あら、これは……」

 阿重霞が手に取ったのはアルバム。

 全ページが、若い頃の勝仁とその妻の写真でまっていた。

 の姿で明るくくつたくのない笑顔を絶えず見せている美しいひと

 地球で勝仁が愛した女。そして、二人の間にはかけがえのない娘が生まれた。

 そして、そのことはとりもなおさず天地の誕生につながることでもあった。

「これでは、じゆらいに戻られなかったのも当然ね」

 思い切りやさしい目をして、苦笑しながら阿重霞はつぶやいた。

「おめぇとは比較になんねぇよなぁ」

 肩越しにのぞき込んでいた魎呼が、ここぞとばかりに毒づいた。

「なんですってぇ~」

 目をつりあげながら振り向いたが、すでに魎呼はそこにはいなかった。

 客間、風呂場と次々に得意の壁抜けと空間移動を使して、柾木家を荒らし回っていたのだ。

 そして、たどりいたのは一番奥の部屋。

 その部屋だけは改装したらしく、フローリングされたモダンな洋間だった。

 ドアを開けた正面の窓には、白いレースのカーテンがれていた。

 広い窓の方を頭にして、ギンガムチェックのカバーがかけられたベッドがあった。

 その上で、スヌーピーのぬいぐるみがしよざいなげにこちらを見ている。

 ベッドの横には、きれいにせいとんされた勉強机があり、せいびんしられんな姿でけてあった。

 読みかけだったのだろうか、チェーホフの文庫本の途中のページにしおりがあった。

 そして、すぐそのそばには東京の名門女子大学のガイドブックが数冊と地元岡山の大学案内があった。

 この部屋のあるじの心のまどいがかい見える。

 といっても、魎呼にそんな観察眼を望んでみても仕方のないことではあるが。

 ドアのあるかべぎわには、やはり白い整理ダンスとクローゼットに、ドレッサー。それに、テニスラケットがたてかけてあった。

 また、一方の壁には整然とほんだなが並び、その大半を占領している考古学や古代史のぶんけんからは、住人の年齢がはかれない。

 しかし、勝仁の部屋でないことははっきりしている。

 となると……そう、ここは勝仁のひとり娘の阿知花の部屋だった。

「魎呼さん、魎呼さん、どこにいらっしゃいますの」

 さっきのいかりもへやら……。

 勝仁のアルバムを盗み見している間に、魎呼に置いていかれた阿重霞もまた、魎呼を探すうちに一番奥の部屋へたどり着いた。

 ふすまられた他の部屋とは明らかに違う、かわいらしいノブカバーのかけられたドアには、『ACHIKA』と書かれたコルクボードがけられている。

 阿重霞の胸に熱いものがこみあげてきた。

 と、その時。

「ギャーハッ、ハッ、ハッ!!

 中から、不意にけたたましい笑い声が聞こえてきた。

「なんですの、そのばんな叫びは? 人がせっかく優しい気持ちになっていたというのに」

 ドアを開けて阿重霞が中をのぞくと、お腹をかかえて魎呼がころげ回っていた。

 笑いをかみ殺しながら、魎呼が言った。

「まあ、おめえも見てみろよ」

「何ですの?」

 魎呼に手渡された本は、どうやらまんの本らしい。

「漫画じゃございませんこと? 漫画なら天地様のお父様もたくさん持っていらっしゃいますから……」

「まあ、読んでみろって」

 ごういんすすめる魎呼に負けて、阿重霞は漫画を読み始めた。

 表紙に、深刻そうな少女の顔が描かれたその漫画は、どう見ても笑える話ではないようだが、あまりに真実一路の物語は、くつせつしきった二人、もとい、現代的な二人にはギャグとしか思えなかったのである。

こんじようで、記録がのびるかよなぁ、阿重霞」

「そうですわ、いじめられてるとも知らないで、コーチ、ありがとうだって。信じられませんわ」


 やがて、阿重霞もゆかをドンドンたたきながら、窒息しそうに笑い始めた。

 こういう時の二人は、ホント、すごく仲良しに見える。


 その頃、柾木家へと続く長い階段をうらめしげに見上げている少女がいた。

「あーあ。毎日、毎日、この階段を上ったり下りたり、いやになっちゃう。足が太くなっちゃうわよ」

 しかし、そうつぶやく彼女は、健康的ではあるがほっそりとした体つきの美少女である。

 腰まで伸ばしたまっすぐの髪を、後ろでぞうにひとつにたばね、セーラー服に身をつつんでいる。

 顔形だけを見ると、たんせい大人おとなしげなのだが、きっぱりとしたまなしとかいかつものごしが、彼女を美人というよりはキュートな印象に見せている。

 文句を言いながらも、階段を上り始めた阿知花は、ふと強い視線を感じて周囲をさっと見回した。

 が、だれもいない。

 春とはいえ、日が暮れはじめると、まだまだはだ寒い。

 西日に赤く染まった少女は、少し肩をすぼめた。

 そして、もう一度あたりを見渡すと小首をかしげ、視線を振り切るように足早に階段を上っていった。

 すっと黒い影が現れたのは、少女の後ろ姿が消えかけた時だった。

 視線のぬしは天地であった。

 魎呼と阿重霞を柾木家へ下宿にやったものの、四人と一匹は心配でずっとよううかがっていたのである。

『いいこと? 天地殿はきよくりよく母上とせつしよくしないこと。タイムパラドクスが生じると危険だからね』

 自他ともに認める〝宇宙一の天才科学者、鷲羽ちゃん〟の言葉が天地ののうをよぎる。

「母さん……。あれが、本当に……?」

 おさない記憶に残る母のおもかげはあるものの、自分と同じ年頃にしか見えない少女を見送る天地の心には、きつねにつままれたような不思議さと、たまらないなつかしさが複雑にからみ合っていた。

 そしてすぐに、もうひとつの事実を思い出さずにはいられなかった。

「あの……フィルムの中の……」

 口の中で呟いた言葉だった。が、確かにそう聞こえた。

「天地兄ちゃん、清音さんたちがそろそろ行こうかって」

 砂沙美が、じやに、だが少し心配げに呼びかけた。

「ああ……そうだね」

 にっこり笑って砂沙美に答え、もう一度、柾木家の方を振りあおいだ天地は、心で呟いた。

『母さん、必ずおれが守ってあげるよ』


 長い階段を上り切り、ようやく我が家にたどり着いた阿知花は、外まで聞こえてくるにぎやかな笑い声におどろいた。

 いつもと様子が違う……。

「お客さんかしら……」

 それにしては少しそうぞうしすぎるのでは。不思議に思いながら玄関をそっと開けた。

 のぞき込むように見ると、れない女物のくつが二足、並んでいる。

 いや、正確にはそのうちの一足は、いかにも脱ぎっぱなし! という感で、玄関に取っ散らかっていた。

 持ち主の性格が丸出しである。

 靴を片づけて家に上がり、茶の間のふすまを開けると、「おかえりーっ」とせいのいい声がかかった。

 父親の勝仁と、見慣れない二人の女の子に、いきなり三重奏でむかえられたのだ。

 の前で、お茶をすすりながらくつろいでいる、三人の顔をしばらく代わる代わる見て、やっと言葉が出た。

「た、ただいま。お父さん、こちらの方たちはどなた?」

「阿重霞さんと魎呼さんじゃ。今日からうちに下宿されることになった。仲良くな」

 くつたくなくニコニコ答える勝仁の横で、阿重霞と魎呼も元気よく、いや調子よく、「ヨロシク~」と笑顔を振りいた。

「はあ? 下宿って、あの、お父さん……?」

「まあまあ、そんなところに立ってないで、お前もここにすわりなさい」

 かたなく腰をおろしながら、突然の同居人の顔をもう一度見た。

 長い水色の髪を、ロックミュージシャンのようなユニークな髪型にしている方は、旧知の親しい友達のように、気軽に手を振ってみせた。

 もう一人のお嬢さま然としている方は、あいかわらずニコニコと、あらんかぎりの愛想を振り撒いてくる。

「お二人とも遠距離通学でなんしておられるそうじゃ。いや、よかったよかった」

「お父さん、よかったよかったって、一体誰がお二人のお世話をするの?」

「まあー、そんなことは後でゆっくり考えればよい」

「後でって……」

「ともかく母さんが死んでから、おまえにもずいぶんとさみしい思いをさせたからな。少しは気もまぎれよう」

 二人の女が、調子を合わせてうなずいた。

 こんな時の父に何を言ってもだと、過去17年のつき合いで知っている阿知花は、かたなくあきらめた。

 が、仲良く四人でお茶をすする気分にもなれなかったので、茶の間のだんらん退たいした。

「私、夕食のたくをしなくっちゃ……」

 そう言って、セーラー服を着替えようと自分の部屋に入った阿知花を待ち受けていたのは、ナ・ナント、ごくのような光景だった。

 本はことごとく本棚から引っ張り出され、整理ダンスもクローゼットも開けられたけいせきがある。

 しかも、あろうことかおこづかいをめて買った、お気に入りのフォークグループのアルバムが、レコードプレーヤーの上で傷だらけになっていた。

「なんなのよ~、コレはあ~!!

 ぜつきようする阿知花の声に、勝仁、魎呼、阿重霞がけつけた。

 ドアの前でこおりついている阿知花に、勝仁が声をかける。

「阿知花、どうしたんだ」

「どうしたのかじゃないわ! どういうことよ、コレ」

「あら、ごめんなさい。ちょっと散らかっちゃったかしら。お部屋を見せていただいてたんですのよ」

 ケロリとして阿重霞が言う。

「ちょっとって……ねえ、なんで部屋を見るのにクローゼットまで開けるのよお!」

「なんでって、お前のおやさんに家族のような気持ちでって言われたからさあ……。ちょっと心配になって……」

 と、魎呼。

「何がどう心配なのよ!」

「だってなあ、17歳にもなってこんな色気のない、パンダのイラスト付きのパンツはいてたら……」

「キャーッ、何てこと言うのよ!!

 阿知花は、真っ赤になって絶叫した。

「そうねえ。阿知花さんには、ぜひお父様の心をつかんで、天地さまを産んでいただきませんと」

 阿重霞も魎呼にせいする。

「な、なに、わけ分かんないこと言ってんのよ!」

 阿知花は阿重霞をいつかつしたが、魎呼の悪ノリはまだまだ続く。

「第一、お前、男の趣味がなってねえよ。何だよ、この長髪のチャラチャラしたやつらは」

 そう言いながら、魎呼が指さしたのは、ハデハデしようを身にまとった、今をときめくロックグループのポスターである。

「何よ、あんたたち。ロックは不良だなんて言う大人の味方なの? それより、このレコード、どうしてくれんのよ!」

 阿知花は、傷だらけになったレコードを手に、阿重霞にった。

「こ、これは魎呼さんがいけませんのよ。レコードは、針でくものだっておっしゃるから、こうツーッと……」

 阿重霞は、レコード盤の上にギギーッとレコード針をじゆうおうじんに走らせて、またもや傷を付けた。

「もう、やめてよ! お父さん、何とか言って!!

 ついに阿知花は勝仁に助けを求めたが、ご存じの通り、それはというものであった。

「うん、うん。にぎやかになってよかったなあ。じゃあ阿知花、わしは夕飯まで調べ物をしているからな」

 そう言い残すと、勝仁は自分の部屋にとっととこもってしまった。

「ところで、阿知花、この民族楽器はどうやってくんだ?」

 もうすっかり友達気分で、気安くそう聞いた魎呼が手にしていたのは、白いフォークギターだった。

 阿知花は、もう何も言うまいと思った。

『台所へ行って食事のたくをしなくちゃ』

 そうけなげに決心した彼女を待っているものが、魎呼と阿重霞が食い散らかした後の、これまた地獄のような光景だとは、その時の彼女は知るよしもなかった。


 その頃、柾木家の近くのき地に張られたテントからは、おいしそうなカレーのにおいがただよっていた。

「みなさ~ん、お食事ですよう!!

 お玉を手に、元気に叫ぶ砂沙美の声に、天地、清音、美星の三人は、リンゴの空き箱を並べた、急ごしらえのテーブルに集まってきた。

 魎皇鬼は、すでにちゃっかりとニンジンを丸かじりしている。

 と、突然、テーブルの横にあったモニターが作動した。

「よっ、にそっちにいたみたいね」

 広い宇宙においても、るいなき頭脳、時空間を越えた天才、とのほまれ高いマッドサイエンティストの声だ。

「鷲羽さん!」

 モニター画面ににこやかにうつった鷲羽に、天地が駆け寄った。

「鷲羽さん、無事にって……何か危険でもあったんですか?」

 横で清音がいた。

「いやあ~、時間じくを固定しつつタイムトラベルっていうのは、思ったよりむずかしいものなのよね~。さすがのこの鷲羽ちゃんも、%の確信がなかったの」

「あのね~」

 のんびり話す鷲羽に、皆はぜんとした。

「まあまあ、いいじゃない。とにかく目的通りになったんだから。それはそうと、あの二人、無事勝仁殿に気づかれず入り込めたようだね」

「ああ、例のスプレーで……ところで鷲羽さん、母さんに何かが起こる、正確な日時と場所は分かったんですか?」

 天地が気をとり直して、モニターに向かった。

「ああっ……今計算中なんだけど、ここ7日以内としかまだ言えないんだ」

「そんなー!」

 砂沙美ちゃんが後ろから顔を出した。

「それから、天地殿のシールドのエネルギーも7日間だけ……いいかい、この間が勝負だよ」

 鷲羽の言葉に、皆真剣な目になった。

 おっと一人だけ違っていた。皆の真剣な目とは別に美星だけは、うらめしそうにカレー皿を見つめていた。

「何もこんな時に出てこなくてもぉ。カレーがめちゃいますぅ」

 ブツブツ言っている美星に、鷲羽が呼びかける。

「フフフッ、あいかわらずね。美星殿、時間がないのよ、早くこっちへ来て。どうやら今回の事件の原因はカ……イ……ン……ら……しい……」

 と言いかけた途中から画面がプレはじめ、鷲羽の顔も声も遠のいていく。

「鷲羽さん、鷲羽さん、鷲羽さん!!

 天地は、モニターにすがりつくように呼びかけた。

 その天地の肩に優しく手をかけ、清音が言った。

「無駄よ。通信がもう、えてしまってるわ」


 何も分からない短い通信だった。

 皆が失望の目でたがいを見合った。その後に続く言葉がなかった。

 ただ「カ・イ・ン」という単語だけが、ハッキリと皆の頭の中に深くきざみ込まれていた。