第1章
頃は春。
〝
もう、
一人の男が一件の家に向かって歩いてきた。
「ふあ~っ!」
もう一度大きなあくびをすると、首を二度三度回し、肩を上下に揺すった。
おもむろに手を腰にあてると、背を
見た目の
その家は、いわゆる日本の木造建築で、門
手入れは
男は
どうやら同じ敷地内にある神社の
「いやー、どうもいかん。つい居眠りをして、昼をぬくところだった。わしも年かな」
ぼそっとつぶやいた。
家の中には人の気配はなく、台所にも調理をする物音はなかった。
男は、台所に入ると、フキンのかかったテーブルの上のおひつの
続いて冷蔵庫を開けると、
男一人が軽い昼食を採るには十分だったが、何かひらめいたらしく冷蔵庫を閉めると、流しの上の引き戸を開け、なにやら取り出し、フッと目を細めた。
男が取り出した
男は、名を
そう、
勝仁はやかんに勢いよく水を入れるとコンロの上にのせ、
静けさを破って突然、細く開いたままの玄関の外からニギニギしい声が聞こえてくる。
家の前では、いつのまにか無責任
ご存じ宇宙人に化け物女にギャラクシーポリスの刑事たちである。
「なんだよ~、この
おそらく、これまでにこの家が受けた評価の中で、一番ひどいであろう
元宇宙海賊の
まばゆいばかりのナイスバディをこれみよがしに、ことあるごとに天地に
「まあ、下品なおっしゃりようね。それにしても26年前というと、
魎呼の家に対する暴言を下品だとたしなめながら、自分は地球
宇宙広しといえども、さぞ最先端をいっているであろう
ちょっと、くどかったか。
「てめえ、どっちが下品なんだよ」
とたんに火花がバチバチとはじけ飛んだ。
とうに日常化した魎呼と阿重霞のこの種のやり取りは、もう芸術的
他の者たちは多分に
「お姉様たち、そんなこと言っちゃ悪いよ。天地兄ちゃんの生まれた家なんだから。なんだか
阿重霞の妹で、樹雷星の第二皇女である。
「ねえ、ねえ、ここって天地さんの家の周りに似てませんか~」
「当たり前でしょっ。ここは、26年前の天地さんの家の前なのっ」
「え~、私たち、どうしてこんなとこに来ちゃったのお。1996年の地球の警備があるのに~、ヤダ~」
「だからそれは、何度も説明したように、天地さんのお母さんが……。あ~、もういいわ。後でゆっくり説明してあげるから」
こう見えても、二人ともギャラクシーポリスの
と、思っているのは当人たちだけだが。
その天下一品、宇宙絶品のボケとツッコミは銀河漫才大賞もので、いつも期待通りの迷コンビぶりを
さてどっちが美星の発言で、どっちが清音の発言であるかは、
そして、もう一人。
いや、もう一匹。
「ミャア、ミャア、ミャア~」
彼女は、
見かけは長い耳がキュートなアニマルだが、正体は、魎呼の宇宙船。
ニンジンが大好物である。
そしてそして、忘れてはいけない主人公、柾木天地。
決して忘れていたわけではないが、
いずれそのわけも
というわけで、ひとしきり自分たちの主張を終えると、魎呼と阿重霞が玄関の呼び
どちらが押すのかということで、もうひと
「いてえ~! てめえ、わざと人の指を押しやがったな」
「あ~ら、わたくしが押そうとしたのに、魎呼さんのお指さんが割り込んだんじゃありませんか」
「このへりくつ女にゃ、どたまにくるぜ」
「まあ~、ますます頭がおかしくなったらもう絶望的ですわよ」
「貴様! その口にファスナーつけてやる!」
「二人ともいいかげんにしろよ!」
天地はたしなめておいて、他の三人プラス一匹と、
「ピンポーン!」
仕方なく立ち上がった勝仁は、玄関へと
「どなたかな?」
問いかけながら玄関を開けた
阿重霞が何やら
が、表面上は何事も起こりはしなかった。
(あら、期待はずれ?)
勝仁が玄関を開けると、そこには高校生の娘と同じくらいの
一人は現代的な感じでちょっと不良っぽいが、意外に
そして、もう一人はいかにも良家のお嬢さんといった感じの純日本風の顔だちだった。
「あの、私たち、学校の先生に紹介していただいて
純日本風の方が口を開いた。
「先生に?」
「はい」
「とにかく、玄関先では何だからお入りなさい」
「ありがとうございます」
「ところで、昼飯はもう
この時の勝仁の心理状態を分かるはずもなかったが、二人は本能的にうなずいていた。
というより、本当におなかがすいていたのだった。
勝仁、阿重霞、魎呼の三人は、柾木家の茶の間に
三人の前には、それぞれお湯を入れて、あとは3分間待つだけの、カップヌードルとプラスチック製の透明フォークが置かれている。
「さあさあ、腹が減っては
勝仁は、二杯目を食べる口実ができて、
どうもこの新しい味に、ハマってしまったようだ。
「ありがとうございます。わたくし、申し遅れましたが、阿重霞と申します。
「てめえ、おとなしく聞いてりゃ、なんだと~! じいさん、聞いてくれよ。こいつの家は
「なんですってーっ!!」
二人の口論が、取っ組み合いに発展するかと思った矢先、落ち着いた
「それは複雑なご事情ですなあ。まあ、
そして、自分のカップヌードルの
勝仁の静かな口調に調子を
フー、フー、ズルズルズル、ズズーッ。
……平和なひと時が流れた。
「分かりました。お二人の下宿の件はお引き受けしましょう」
突然、勝仁がまたしても冷静な口調で平和を破った。
といってもビリビリという音はしなかったが。
「え? あの……わたくしたち、まだなにも……」
当惑した阿重霞に、勝仁は
「実は、さっき先生から電話をいただいたんですよ。転校生二人が、
「でも、そんなはずは……」
なおも当惑する阿重霞を押しのけて、今度は魎呼が言った。
「なんだ。分かってるんだったら早く言えよ。じいさんも人が悪いなあ」
ハハハハハ、と何となく
気まずい空気とはこういう時のことを言うのだと、三人は心の中でほぼ同時に思った。
「じゃあ、わしは神社に
そう言い置いて、勝仁はさっさと神社へと消えていった。
にこやかに見送った阿重霞だったが、勝仁の姿が見えなくなった
「おかしいですわよ。学校から連絡があったなんて……。
しかし、能天気な魎呼は
「いいじゃねえか、どっちでも。目的はこの家に下宿することなんだから。第一、鷲羽が学校に手を回したのかもしれねえぜ。それより、ちょいと家の中を見て回ろうぜ」
「まあ、そんなはしたない……」
魎呼は、
「およしなさいってば……」
魎呼を追って、阿重霞もまた、家の奥へと入っていくのだった。
心の奥底では、
茶の間の向かいの部屋は、台所だった。
魎呼が、冷蔵庫を開けて口笛を吹いた。
「ヒューッ、うまそうな煮物じゃねえか」
ヒョイとひとつをつまんで口に入れる。
「うめえ!」
「まあ、およしなさいな。みっともない。育ちが分かりますわよ!!」
大口を開けて
「まあっ、ぬ、ぬあんてこと……モグモグ……あら、おいしい。
「だろう? じいさんも自分の家だと思えって言ってくれたんだから、堅いこと言うなよ」
「まあ、それもそうですわね……」
二人は、カップヌードルだけでは物足りなかったのか、はしたなくも煮物を平らげてしまった。
今度は茶の間の隣の部屋に入ってみた。
整然と片づけられた部屋は、勝仁のものらしい。
「なんだ、今と代わり
「あら、これは……」
阿重霞が手に取ったのはアルバム。
全
地球で勝仁が愛した女。そして、二人の間にはかけがえのない娘が生まれた。
そして、そのことはとりもなおさず天地の誕生につながることでもあった。
「これでは、
思い切り
「おめぇとは比較になんねぇよなぁ」
肩越しにのぞき込んでいた魎呼が、ここぞとばかりに毒づいた。
「なんですってぇ~」
目をつりあげながら振り向いたが、すでに魎呼はそこにはいなかった。
客間、風呂場と次々に得意の壁抜けと空間移動を
そして、たどり
その部屋だけは改装したらしく、フローリングされたモダンな洋間だった。
ドアを開けた正面の窓には、白いレースのカーテンが
広い窓の方を頭にして、ギンガムチェックのカバーがかけられたベッドがあった。
その上で、スヌーピーのぬいぐるみが
ベッドの横には、きれいに
読みかけだったのだろうか、チェーホフの文庫本の途中のページに
そして、すぐその
この部屋の
といっても、魎呼にそんな観察眼を望んでみても仕方のないことではあるが。
ドアのある
また、一方の壁には整然と
しかし、勝仁の部屋でないことははっきりしている。
となると……そう、ここは勝仁のひとり娘の阿知花の部屋だった。
「魎呼さん、魎呼さん、どこにいらっしゃいますの」
さっきの
勝仁のアルバムを盗み見している間に、魎呼に置いていかれた阿重霞もまた、魎呼を探すうちに一番奥の部屋へたどり着いた。
阿重霞の胸に熱いものがこみあげてきた。
と、その時。
「ギャーハッ、ハッ、ハッ!!」
中から、不意にけたたましい笑い声が聞こえてきた。
「なんですの、その
ドアを開けて阿重霞が中を
笑いをかみ殺しながら、魎呼が言った。
「まあ、おめえも見てみろよ」
「何ですの?」
魎呼に手渡された本は、どうやら
「漫画じゃございませんこと? 漫画なら天地様のお父様もたくさん持っていらっしゃいますから……」
「まあ、読んでみろって」
表紙に、深刻そうな少女の顔が描かれたその漫画は、どう見ても笑える話ではないようだが、あまりに真実一路の物語は、
「
「そうですわ、
やがて、阿重霞も
こういう時の二人は、ホント、すごく仲良しに見える。
その頃、柾木家へと続く長い階段を
「あーあ。毎日、毎日、この階段を上ったり下りたり、
しかし、そう
腰まで伸ばしたまっすぐの髪を、後ろで
顔形だけを見ると、
文句を言いながらも、階段を上り始めた阿知花は、ふと強い視線を感じて周囲をさっと見回した。
が、
春とはいえ、日が暮れはじめると、まだまだ
西日に赤く染まった少女は、少し肩をすぼめた。
そして、もう一度あたりを見渡すと小首をかしげ、視線を振り切るように足早に階段を上っていった。
すっと黒い影が現れたのは、少女の後ろ姿が消えかけた時だった。
視線の
魎呼と阿重霞を柾木家へ下宿にやったものの、四人と一匹は心配でずっと
『いいこと? 天地殿は
自他ともに認める〝宇宙一の天才科学者、鷲羽ちゃん〟の言葉が天地の
「母さん……。あれが、本当に……?」
そしてすぐに、もうひとつの事実を思い出さずにはいられなかった。
「あの……フィルムの中の……」
口の中で呟いた言葉だった。が、確かにそう聞こえた。
「天地兄ちゃん、清音さんたちがそろそろ行こうかって」
砂沙美が、
「ああ……そうだね」
にっこり笑って砂沙美に答え、もう一度、柾木家の方を振り
『母さん、必ず
長い階段を上り切り、ようやく我が家にたどり着いた阿知花は、外まで聞こえてくる
いつもと様子が違う……。
「お客さんかしら……」
それにしては少し
のぞき込むように見ると、
いや、正確にはそのうちの一足は、いかにも脱ぎっぱなし! という感で、玄関に取っ散らかっていた。
持ち主の性格が丸出しである。
靴を片づけて家に上がり、茶の間の
父親の勝仁と、見慣れない二人の女の子に、いきなり三重奏で
「た、ただいま。お父さん、こちらの方たちはどなた?」
「阿重霞さんと魎呼さんじゃ。今日から
「はあ? 下宿って、あの、お父さん……?」
「まあまあ、そんなところに立ってないで、お前もここに
長い水色の髪を、ロックミュージシャンのようなユニークな髪型にしている方は、旧知の親しい友達のように、気軽に手を振ってみせた。
もう一人のお嬢さま然としている方は、あいかわらずニコニコと、あらんかぎりの愛想を振り撒いてくる。
「お二人とも遠距離通学で
「お父さん、よかったよかったって、一体誰がお二人のお世話をするの?」
「まあー、そんなことは後でゆっくり考えればよい」
「後でって……」
「ともかく母さんが死んでから、おまえにも
二人の女が、調子を合わせてうなずいた。
こんな時の父に何を言っても
が、仲良く四人でお茶をすする気分にもなれなかったので、茶の間の
「私、夕食の
そう言って、セーラー服を着替えようと自分の部屋に入った阿知花を待ち受けていたのは、ナ・ナント、
本はことごとく本棚から引っ張り出され、整理ダンスもクローゼットも開けられた
しかも、あろうことかおこづかいを
「なんなのよ~、コレはあ~!!」
ドアの前で
「阿知花、どうしたんだ」
「どうしたのかじゃないわ! どういうことよ、コレ」
「あら、ごめんなさい。ちょっと散らかっちゃったかしら。お部屋を見せていただいてたんですのよ」
ケロリとして阿重霞が言う。
「ちょっとって……ねえ、なんで部屋を見るのにクローゼットまで開けるのよお!」
「なんでって、お前の
と、魎呼。
「何がどう心配なのよ!」
「だってなあ、17歳にもなってこんな色気のない、パンダのイラスト付きのパンツはいてたら……」
「キャーッ、何てこと言うのよ!!」
阿知花は、真っ赤になって絶叫した。
「そうねえ。阿知花さんには、ぜひお父様の心をつかんで、天地さまを産んでいただきませんと」
阿重霞も魎呼に
「な、なに、わけ分かんないこと言ってんのよ!」
阿知花は阿重霞を
「第一、お前、男の趣味がなってねえよ。何だよ、この長髪のチャラチャラした
そう言いながら、魎呼が指さしたのは、ハデハデ
「何よ、あんたたち。ロックは不良だなんて言う大人の味方なの? それより、このレコード、どうしてくれんのよ!」
阿知花は、傷だらけになったレコードを手に、阿重霞に
「こ、これは魎呼さんがいけませんのよ。レコードは、針で
阿重霞は、レコード盤の上にギギーッとレコード針を
「もう、やめてよ! お父さん、何とか言って!!」
ついに阿知花は勝仁に助けを求めたが、ご存じの通り、それは
「うん、うん。
そう言い残すと、勝仁は自分の部屋にとっととこもってしまった。
「ところで、阿知花、この民族楽器はどうやって
もうすっかり友達気分で、気安くそう聞いた魎呼が手にしていたのは、白いフォークギターだった。
阿知花は、もう何も言うまいと思った。
『台所へ行って食事の
そうけなげに決心した彼女を待っているものが、魎呼と阿重霞が食い散らかした後の、これまた地獄のような光景だとは、その時の彼女は知る
その頃、柾木家の近くの
「みなさ~ん、お食事ですよう!!」
お玉を手に、元気に叫ぶ砂沙美の声に、天地、清音、美星の三人は、リンゴの空き箱を並べた、急ごしらえのテーブルに集まってきた。
魎皇鬼は、
と、突然、テーブルの横にあったモニターが作動した。
「よっ、
広い宇宙においても、
「鷲羽さん!」
モニター画面ににこやかに
「鷲羽さん、無事にって……何か危険でもあったんですか?」
横で清音が
「いやあ~、時間
%の確信がなかったの」
「あのね~」
のんびり話す鷲羽に、皆は
「まあまあ、いいじゃない。とにかく目的通りになったんだから。それはそうと、あの二人、無事勝仁殿に気づかれず入り込めたようだね」
「ああ、例のスプレーで……ところで鷲羽さん、母さんに何かが起こる、正確な日時と場所は分かったんですか?」
天地が気をとり直して、モニターに向かった。
「ああっ……今計算中なんだけど、ここ7日以内としかまだ言えないんだ」
「そんなー!」
砂沙美ちゃんが後ろから顔を出した。
「それから、天地殿のシールドのエネルギーも7日間だけ……いいかい、この間が勝負だよ」
鷲羽の言葉に、皆真剣な目になった。
おっと一人だけ違っていた。皆の真剣な目とは別に美星だけは、
「何もこんな時に出てこなくてもぉ。カレーが
ブツブツ言っている美星に、鷲羽が呼びかける。
「フフフッ、あいかわらずね。美星殿、時間がないのよ、早くこっちへ来て。どうやら今回の事件の原因はカ……イ……ン……ら……しい……」
と言いかけた途中から画面がプレはじめ、鷲羽の顔も声も遠のいていく。
「鷲羽さん、鷲羽さん、鷲羽さん!!」
天地は、モニターにすがりつくように呼びかけた。
その天地の肩に優しく手をかけ、清音が言った。
「無駄よ。通信がもう、
何も分からない短い通信だった。
皆が失望の目で
ただ「カ・イ・ン」という単語だけが、ハッキリと皆の頭の中に深く