心の中で叫んでいる言葉が、声にならない。
次の瞬間、様々な記憶がフラッシュし、一瞬にして消えていってしまった。
白いレースのカーテンの隙間から漏れる薄い光が、まだ朝が早いことを教えてくれている。ボンヤリとした意識が、少しずつ目覚める。眠りの闇の中から浮かび上がる風景が、見慣れた部屋の天井であることにホッとした。
頭を少し起こしてみる。
「……またあの夢だわ……一体何なのかしら……」
ふと机の上に目をやると、昨夜やりかけの、古文のノートが開きっぱなしだ。
壁には万国博覧会のポスターや、今をときめく人気フォークグループのポスターが貼ってある。
無造作にテニスラケットが床に置いてあった。
どこを見ても何事もない、平凡な一日の始まりを予告していた。
でも、今見た夢を何気なく片づけてしまうには、あまりにも胸のうずきがあった。
どこかで見たあの光景。
どうしても思い出せない記憶。
苛立つ気持ちを抑えようと、大きく深呼吸してみる。
と、頰に涙の跡があることに気づく。
この涙が語ろうとしているものは、なに?
「一体、あの子は……」
ここ数日、繰り返して見る夢を、いくら分析してみてもどうしても分からない。
記憶にない、悲しい思いをたどることなど、しないほうがいいのかも。
自分自身、多感な年頃だと自嘲して、もう一度大きく伸びをする。
「ちょっと早いけど、朝ごはんの支度でもするか!」
スラリと伸びた足を空に上げ、下ろす反動で布団から少女は飛び起きた。
柾木阿知花、17歳。
花も恥じらう、青春真っ只中の現役女子高生。
あまりにも普通で平和な日々を送る少女は、この時、自分の身に待ち受けている、強烈な運命のイタズラを知る由もなかった。
季節は、少しずつ春の気配をましていた。