『
と、その唇が動くのを、カールは見た。
そして次の瞬間には、超ロングシュートを放っている。
ほとんど味方のゴール下から、相手方のゴールに向けて放たれた、これ以上はないロングシュートだった。
「あほう!」
と、シュレジーがわめく。
「そんな苦しまぎれのあてずっぽうシュートが──」
入った。
スパッと、リングに
「へ──!?」
得点こそ3点にしかならなかったが、敵味方双方に与えた衝撃は、最初の12点シュートよりもむしろこっちの方が大きかった。
そして、観客席に与えた衝撃は、さらに大きかった。
どっと、場内は割れんばかりの歓声と拍手
「マンガみたい……」
と、マスミが呟く。
「マンガだって、きょうびのシリアス路線じゃ
とキサラ。
「あるいはマンガ以上かも……」
「アストロスカウツのシューターは、ベンジャミン・クレンナだけじゃなかったのね」
とマスミ。
「彼が出られないんじゃ勝ち目はないと思っていたけど、あんな凄いのを温存してたなんて……。層が厚いぞ幼年学校……」
「ありゃ神がかり状態だ」
とキサラ。
「きっと本人も、信じられないんじゃないかな?」
「でも、あの自信に
と、マスミの目が輝く。
「イリナたちも、来ればよかったのに……」
「ベンジャミンが出ないんじゃ、イリナは来ないわ」
「イリナは面喰いだもんね」
と微笑むマスミ。
「でも、来なかったことをきっと後悔するわ。もうこの試合、何が起きてもおかしくないって感じ!」
ツヨシ本人よりも、むしろ観客席がトランス状態になってきた。
ツヨシはむしろ、淡々としている。
39対11と、当初の予想を
XI
「なあ、ツヨシ。あ、いや、ツヨシくん……」
うなだれたままで、シュレジーは言った。
「その……今までのことを考えると、こんなこと、とても言えた義理じゃないんだが……」
「なんだい?」
「今日の君は、絶好調のようだ」
「これが実力さ」
と、平然と言い放つツヨシ。
「君たち凡人が、僕を本能的に恐れて、なんとか懸命に潰そうとしていたのも、頷けるよ」
「そ、そうだね……」
苦笑する。
「よし、とにかくこれで、作戦は見えた!」
と、ガーナー監督は上機嫌だった。
「ボールは全部、ドルトムントに集めろ! ドルトムントでいけるところまでいく!!」
誰にも異存はなかった。
「今日は外す気がしません」
とツヨシ。
「当然、相手のマークもキツくなるぞ」
「それだけ得点が、倍増するだけのことです」
「とにかく、ツヨシを全員で敵のチャージから守るぞ!」
とシュレジー。今朝までの彼の態度からは、信じられない
「それで、今までのことを許してくれとは言わない……」
「いいんだ」
こうなると、一転してツヨシは帝王だった。
「
「ツヨシくん!!」
と、シゲチヨが
「君のその態度は、感心しないよ」
彼は誰に対しても公平であった。ツヨシが苛められている時は唯一、彼の味方(のつもり)であったが、立場が逆転すると今度は逆に、唯一ツヨシに対して忠告できる存在になった。
そこがまあ、シゲチヨのシゲチヨたる
「バカ、シゲチヨ!」
と、カールが慌てて制する。
「今のツヨシさまに、逆らうなんて……。気分を害されてシュートが入らなくなったら、どうするつもりだ!?」
「大丈夫だよ」
とシゲチヨ。
「君たちの苛めにも、耐えたんだ。これくらいのことでシュートを外すツヨシくんじゃないよ。でも──」
と、シゲチヨはふと寂しそうな
「たとえ天才的なプレイヤーでも、僕は

「なあに、あのフォーメーション!?」
と、マスミが目を
「シューター以外の三人が、
「当然だ」
とキサラ。
「ブラックキャッツは第一クォーター、ほとんどツヨシ一人にやられてる。他の奴には点を入れられても、ツヨシは押さえなきゃ負けると踏んだんだ。戦略の基礎だぞ」
「じゃあアストロスカウツは──」
マスミは言った。
「他の子たちにボールを回すかしら?」
「それもないな」
と、冷静に状況を分析するキサラの目。
「今日のツヨシはバカツキだ。マークがキツいってことは、裏を返せばそれだけ高得点シュートのチャンスが増えるということでもある。ガーナー監督は
「さすがはキサラ、勝負師ね」
「たはは、おだてんな! まあここはじっくり、観戦しようぜ」
ブラックキャッツのマークは、
シューターのアラン・ベイツを除く三人がかりで、ツヨシ一人を猛烈にチャージする。
「囲め囲め!」
「囲んで潰せ!!」
今やブラックキャッツにとって、ツヨシはそれだけの価値のある敵だった。
「ツヨシを守れ!」
と、昨日まで率先して彼を苛めていたカールが叫ぶ。
「身を
が、やはり実力ではブラックキャッツが
ボールを手にしたツヨシは三人に囲まれて、ラフなチャージを受けている。
「
とシュレジー。
「おまえらそんなことして、恥ずかしくないのかよ!」
つい十分前までの自分のことは棚に上げて、
「ツヨシくん、パスだ!」
と、ノーマークのシゲチヨが叫ぶ。
「ここはチームプレイの、むしろチャンスだ!」
彼には状況が見えている。
しかしツヨシは、パス出しを拒んだ。
「だあれがパスなどするか!」
と、後生大事にポールを抱える。
「今まで誰も、僕にバスをくれなかったじゃないか……。一度だって……誰も……」
不意にツヨシが床に、ボールを落とした。
故意に落としたのである。
そのボールに、相手方の三人が殺到する。
その
誰もがボールは、敵の手に渡るとみた。
が──、
ボールはまるで生き物のように、三人の手を避けて転がった。誰にも摑まえられない。
そして、自分からツヨシの手の中に、ぴょんと飛び上がった。
「三人クリア!」
と、副審が叫ぶ。
シュートを打とうとしたツヨシの頭に、相手の一人の手が当たった。故意ではなかったが、相当強烈な一撃だ。
「ディフェンス・チャージング!!」
ファウル一本がカウントされた。
これが入れば12点だ。
「いけ! ツヨシ!!」
シュレジーが叫ぶ。
「うぉっ!」
ツヨシは
「ああ、駄目だ!」
とカール。
「届かない……」
が──、
ボールは自分からするするとよじ登るようにして、スルッとリングを潜った。
「ツヨシ・ザ・ミラクル!」
観客席が沸いた。
「もう……どうなってるんだ……?」
とシュレジー。
「俺が習ったドリフトボールの常識が、通用しねえ……」
「これでわかった」
と、ガーナー監督は腕組みをしたまま、頷いた。
「何があろうと、ツヨシでいくしかない!」
59対23で、第二クォーターを終えた。

「ツヨシくん!」
と、ベンチに戻ったシゲチヨは、彼を厳しく問い詰めた。
「君がどんなトリックを使ったのか、僕は知らない。しかし、ズルはいけないよ!」
「誰がズルだって?」
と、開き直るツヨシ。
「君は僕に濡れ衣を着せるのが好きだね」
「君もスポーツマンなら、正々堂々、自分の力で勝負したまえ!」
「何を言う。失礼な! 全部僕の実力だ!!」
「そうだとも」
と、一転してツヨシを
「シゲチヨ、ツヨシくんに謝れよ!」
「ツヨシくん……」
と、シゲチヨは言った。
「君がそうしたいなら、それでもいいよ。でも、僕は何があろうと、君の友だちだよ。友だちというのは、上でも下でもない。対等でなければならないんだ。思っていることは全部言えること、それが対等だ。それで信頼関係は崩れたりはしない……。わかるかい? もし君が、人の上に立ちたいというのならそれでも構わない。でも、人の上に立つのも、人の下に立つのも同じくらい寂しいことなんだよ。それがわからないのかい? そういうのは、友だちとは言わないんだよ。でも、僕は君の友だちだ……」
「ほおお……」
観客席ではキサラが、そのシゲチヨの台詞を一部始終聞いていた。
「シゲチヨでもいっちょまえに言うようになった。あとであたしの前で、同じ台詞が吐けるかどうか試してやろう。ちょい、シメてやんなきゃ……」
「ちょ、ちょっとキサラ……」
冷汗のマスミ。
「ま、あいつの言ってること自体は正しい。ただ、物事には
キサラの一言は、奥が深い。
「対等な人間関係なんて、どこにもあるもんか!」
と、ツヨシ。
「僕はこれまで、
「はいはい……」
「なんでしょう?」
別人のように低姿勢の二人。
「シゲチヨの言うことなんか無視して、じゃんじゃんパス回せよ!」
「そりゃもう……」
「神様仏様、ツヨシさまですからねえ……」
「ま。僕の実力をもってすれば」
『やあめた』
と、不意にツヨシの頭の中で、声がした。
『俺はもうやめる』
「ドボ!!」
ツヨシは叫んだ。
「どういうことだ?」
『もうやめた。おまえは案外、つまらない奴だったということさ』
「ちょっと待ってくれ。今さら降りるってのか!?」
他の者には、ツヨシが一人でうろたえているようにしか見えない。
「どうしたんだ?」
と、首を
「さあ……」
とカール。
「おおかた、電波が来てるんだろう」
「それで今日のあいつは、神がかりなのか……」
「ま、シュートが入るなら、どうでもいいけどね」
『あばよ。もう少しましなパートナーを捜すことにする。人助けもたまにはいいかと思ったが、
「待ってよ、ドボ!」
叫ぶツヨシ。
「君がいないと、僕は……」

「こんなフォーメーション、見たことないわ!」
とマスミ。
「四人がかりで、ツヨシくん一人を徹底マークだなんて……」
「まあ当然よね」
とキサラ。
「前半の、彼の活躍を見る限りにおいてわね。それに、四人がかりでマークするってことは、今まで以上に高得点のリスクが大きいってことでもあるわ。あたしだったら、もうツヨシはノーマークにして、好き勝手に打たせる。たとえ決まってもノーマークなら、3点どまりだもんね。12点や15点シュートを決められるよりは、よっぽどマシよ」
「でもブラックキャッツにもプライドがあるわ」
とマスミ。
「どうやら相手はムキになって、ツヨシくんを潰しにかかるみたい……」
「そのツヨシの様子が、どうもおかしい……」
と、キサラ。
「前半の自信に溢れた様子が、
キサラがそう思ったとしても無理もないほどに、ツヨシは意気消沈していた。
「ドボ……君がいないと、僕は……」
そんな彼に敵は、前半と同じくらい、いや、さらに執拗に激しくチャージしてくる。
ツヨシは突然、シュートが入らなくなった。
いや、より正確には、シュートを打つことすらできなくなった。
ペナルティースローをもらっても、何でもないシュートをことごとく外す。
リングに当たりさえしないのだ。
「何でフリースローを外す?」
シュレジーにもカールにも、訳がわからない。
「まるっきり別人だぜ……」
観客席も、ざわつき始めた。
「やっぱりあいつ、どっかから電波を受けてたのかな?」
そうとしか思えない。
「魔法が解けたな」
と、シゲチヨにはなんとなくわかった。
となると、やはりブラックキャッツは強豪の名に恥じない。
マークする価値すらなくなったツヨシを無視して、アラン・ベイツを中心としたフォーメーション・プレイで厳しく攻め立てる。たちまち点差は縮まり、そして
「どうしたんだ!?」
走りながらシュレジー。
「ツヨシ、おまえはやっぱり、ツヨシでしかないのか?」
当人も意識してはいないが、これはなかなかに核心を突いた台詞だった。
ツヨシは、走ることすらできない。
「あれならまだ、誰か控えと変えた方がいいね」
と、キサラ。
「いっそ、いない方がマシかも……。コート上で単なる邪魔者と化してる……」
「その分シゲチヨが、活きいきとしてきたみたい!」
とマスミが叫ぶ。
「また決めたわ!!」
「だけどシゲチヨだけじゃ、勝てないんだ……」
とキサラ。
「相手は全中ベストエイトの強豪なんだから……」
所詮、格が違う。こうなると誰の目にも、その差は明らかだった。
第三クォーターを終えて、71対84と、逆転された。
このクォーター、ツヨシは無得点と見る影もない。
それでもそれほど点差が開かなかったのは、シゲチヨが懸命にこぼれ球を拾って、着実にシュートを決めていたからだった。彼はピンチに強いプレイヤーだ。派手な活躍もしない代わりに、確実な得点が見込める。何より点差が開いても、集中力を失わない。
「監督、ツヨシを変えてください」
と、見兼ねてシュレジーが言った。
「今のままでは足手
「そうだな……」
ガーナー監督も、さすがに潮時と思った。
「マニングス、出られるか?」
控えシューターのマニングスは頷いた。彼はレギュラー陣に較べればガクッとレベルが落ちる。それでもツヨシよりはマシだ。
「待ってください!」
とシゲチヨ。
「ツヨシくんは、ここへ来てほとんどノーマークです。今なら敵も警戒していないからフリーで入るはずです」
「しかし……」
「いいんです……」
力なく、ツヨシは言った。
「代えてください、監督……」
「駄目だ!」
と、お節介にもシゲチヨは言った。
「確かに君の魔法は解けた。でも、君の実力だってそんな捨てたものじゃないはずだ。そうじゃなきゃ、監督だって君を抜擢したりはしなかったろう……。僕は君が一人黙々と、誰もいなくなった体育館でシュート練習するのを見ていたよ。君ならやれる!」
「でも……」
「そうだ、ツヨシ、やれ!」
と、シュレジーが言った。
「おまえなら……やれる。な?」
「ああ」
頷くカール。
「本当のことを白状すると、みんなおまえの実力を
「よし!」
と、ガーナー監督。
「第四クォーターも、ドルトムントでいく。ただし、状況を見てヤマモトにもボールを回せ!」
「アストロスカウツ・ファイッ!!」
四人はコートに散った。
XV
「まず一本!」
と、ノーマークのツヨシにボールが渡った。
「平常心だよ、ツヨシくん!」
シゲチヨが叫ぶ。
「練習を思い出すんだ!」
「そうだった」
と、ツヨシは思い出した。
「僕は小学校の頃は、ドリフトボールの神童と呼ばれていたんだ……」
ノーマークで、シュートした。放った瞬間に、
スパッと、気持ちのいい感触。
これこそが、ドリフトボールの基本だ。
「入った!!」
初めて公式戦で、それも実力でシュートを決めたのだ。ツヨシは躍り上がった。
「決まったといったって、たったの2点じゃない……」
とマスミ。
「おっつかないわ」
「敵も馬鹿じゃない」
とキサラ。
「とことんツヨシをノーマークでいく戦法に切り替えたらしい。こうなってくると、双方のシューターの実力の差が痛いな……」
アラン・ベイツは平均8点ペースで着実にシュートを決め、点差は開く一方である。アストロスカウツもシゲチヨのミドルレンジシュートや、シュレジーのダンク、それに二回に一回の確率で決まるツヨシのノーマークシュートで追い上げるが、やはり実力の差は
ラスト一分を切って、スコアは108対137──。
「駄目だ!」
と、キサラ。
「おっつかねえ!」
「まだシゲチヨくんは、
とマスミ。
「なんか、
「ダメ……」
とキサラ。
「シゲチヨは、あたしの所有物!」
「はいはい……」
そのシゲチヨから絶妙のパスが、ツヨシに通った。
「決めるんだ!」
と、シゲチヨ。
「ドリフト部時代の、勲章を残せ!!」
頷いてツヨシは、イージーシュートの体勢に入ろうとした。
『ちょっと待て!』
と、声がした。
『俺がもっと、面白くしてやる!』
「ドボ!!」
『右へ三歩──』
ドボがアドバイスし、一人クリア。
『左へ回れ!』
教科書に載せたくなるようなターンアラウンドで、二人目をクリア。
『下がれ!』
三人目をクリアし、同時にインサイドレンジから外へ出る。その時、相手の手がツヨシの肩に触れた。ファウルポイント1点加算だ。
『よし、右に行くと見せかけて、フェイクしろ!』
四人目をクリアした。これで決まれば25点だ。
『もう少し待て!』
とドボ。
『一発逆転にするには──』
正面に回ったブロッカーのイワン・カーディフが、いきなりドボをはたこうとした。
「友だちには、指一本触れさせない!」
「チャージ!」
副審が叫ぶ。ファウルポイント、さらに1点追加。決まれば30点。逆転シュートだ!
「いけ、ツヨシ!」
と、カールが叫ぶ。
「おまえは最高だ!!」
『よし、あとは
とドボ。
「ドボ! 君は動くな!!」
と、ジャンプしながらボールをリリースする瞬間、ツヨシは叫んだ。
「入っても外れても、この一本くらいは、実力で──」
『わかった』
と、ドボ。
『好きにしろ。いずれにせよおまえにはもう、俺は必要なさそうだ』
「そうだ、それでいいんだ!」
と、シゲチヨは叫んだ。
「結果より
シュートは、ひどくゆっくりとしたストップモーションで、息を殺し静まり返った観客席の観衆が見守る中を、漂うように飛んだ。
自ら動くことをやめ、思索モードに入ったドボが放物線を描き切った瞬間、試合終了を告げるホイッスルが鳴った。
『パーフェクト・アドバイザー』完