「ドボドボでは?」

『ドボでいい……』

 汗をかくボールという、珍しい光景であった。

「両チームのジャンパーは、前に!」

 ホイッスルを片手に、主審が叫んだ。

 アストロスカウツからはシゲチヨ、ブラックキャッツからはトム・キッシンジャーの両フォワードがサークルに入った。キッシンジャーの方が七センチも背が高いが、ジャンプ力ではシゲチヨも負けていないはずだ。

「頼むぞ、シゲチヨ」

 と、シュレジー。

「ああ」

 頷くシゲチヨ。

「頼むからツヨシくんにも、パスを回すんだよ」

「わかってるよ」

 にやりと嗤う、シュレジー。

「シュレジー、シゲチヨからボール来たら、速攻でまず先制するからな。走れよ」

 と、カール。

「間違っても、ツヨシにはボール回さねえ」

「当然だぜ」

 と、シューターを横目で睨む。

「こうなったら、三人だけでも勝てるってことを、証明してやらんとな」

「そういうこと……」

「それでは──」

 と、ボールをトスしようとした主審は、

「おや?」

 と、首をひねった。

「試合に使うにしては、妙に薄汚れたボールだなあ……」

 しかも、どこかいびつである。

「ま、いいか……」

 貧乏性の審判は、小さいことにはこだわらない性格であった。

「位置に着いて──」

 ホイッスルが鳴った。

 シゲチヨのジャンプは、キッシンジャーよりも高かった。


    X


 コートの中は、○・二四七Gの人工重力に保たれている。

 地球の標準重力の、約四分の一だ。

 一跳び軽く、三~四メートルはいく。これがドリフトボールのだいだ。

 シゲチヨはキッシンジャーの頭越しに、タップされたボールを弾いた。

「よし、先制だ!」

 がっちりとボールを受け取ったガードのカールは、

「シュレジー!!

 と叫んで、パスを出す。もちろん予定通り、シューターのツヨシは端から無視だ。シューターにだけある基本点プラス1ポイントの特典も、考慮の対象外である。

「よし、ナイスパス!」

 と、既にダッシュの体勢に入っていたシュレジーはボールをつかもうとした。予定通り、速攻による先制だ。

 が──、

 ボールは実に不可解な動きで、待ち構えていたシュレジーの腕をするりとくぐり抜け、その向こう側にいたツヨシの手の中に──。

「え──!?

「あ……」

 パスを出したカールも、受け損ねたシュレジーも、信じられないという顔でお互いを見た。

「うまい!」

 客席で、キサラが叫んだ。

「絶妙の変化球パスだ。あれには意表を突かれるよな」

 突かれて当然である。パスした当の本人が、いちばん意表を突かれていることからも、それは明らかだ。

「幼年学校のレベルじゃないな」

 とキサラ。

「プロでも見たことない……」

 と、連れのマスミ。

「でも、あんな動きをするかなあ……。まるでボールが生きているみたいだった」

「細かいことはどうでもいいのよ!!

 と、キサラ。

「先制のチャンス!」

 ツヨシはノーマークだった。

 しかし、ポイントを加算するために、彼はえて待った。

 敵の三人が、彼に殺到する。

 ツヨシは一人をクリアし、二人目をかわした。

 副審が、二名クリアのサインを出した。これでシュートすればロングレンジなので、基本点2、さらにツヨシはシューターなので基本点は3点となる。

「9点シュートだ!」

 と、シゲチヨ。

「打て、ツヨシくん!!

 だがツヨシは強引に、三人目のブロックを待った。敢えて絶好のシュートチャンスを捨ててまで、12点シュートにしようというのである。

「何故だ!?

 シゲチヨは、目を疑った。

「何故打たない!?

 三人目がおおかぶさるようにブロックする。両チームを通じて最大の巨漢、ブロッカーのイワン・カーディフであった。

 昨年の全銀河中学生大会でも、ベスト4に選ばれ、シュート阻止率のレコード保持者でもある。正直言って、ツヨシなどとは格が違うのだ。

 ツヨシはしかし、おくせず打った。決まれば12点だ。

 だが──、

 ブロックされ、フォームは大きく崩れている。

「馬鹿野郎!」

 と、それまでの行き掛かりも忘れて、シュレジーは叫んだ。

「何故戻さない。そんなの入りっこねえ!」

 ボールはあさっての方向に外れそうになったが、シゲチヨはそれでもリバウンドを取るため、走っていった。

 しかし──、

 彼のフォローは、無駄であった。

 ボールが途中から大きくコースを変えて、まるで自分の意志ででもあるかのように、リングをするっと潜り抜けたのである。

「は、入りやがった……」

 がくぜんとなる、カール。

「じゅ、12点シュートだってえ……」

「さすがはカール!」

 と、シゲチヨがそのカールのてのひらを、ぱあんとはたいた。

「なんだかんだと言っても、本番ではきちんとツヨシくんにパスしてくれたね。それも、シュレジーにパスすると見せ掛けて相手を陽動するなんて、高等テクニック。こっそり隠れて練習してたんだ!」

「あ、ああ……」

 呆然と立ち尽くすカール。

 じっと、手を見る。

「し、してないよな、そんな練習……」

「何ぼさっとしてる!」

 客席からキサラが叫んだ。

「敵が来るぞ!! さっさと走らんか!」

 誰が監督か、わからない。

 あまりなことに、ディフェンスへの移行がかんぺきに遅れていた。辛うじて相手の動きに対応できたのは、ツヨシ一人であった。

「しまった!」

 ブラックキャッツのエース、アラン・ベイツが猛然とダッシュする。

 が──、

 その彼に、ツヨシは敢然と立ち向かった。

「おまえじゃ無理だ、ツヨシ!」

 と、カールは叫んだ。

「すっこんでろ!!

 しかし、またしても奇跡は起こった。起こるべくして──。

 誰にも真似ができないほど低くドリブルするベイツのその手を、まるで嫌うかのようにボールがイレギュラーバウンドしたのだ。

「え──!?

 当のベイツ自身が、いちばん信じられなかったに違いない。小学生の頃から十年近くドリフトボールをやってきて、初めての感触だった。

 ボールに、裏切られたのは──。

 その、文字通り上手の手からこぼれたボールを、次の瞬間にはツヨシがしっかりと摑んでいた。

「な、なに!?

 カールが受けた衝撃も、すさまじいものだった。

「あ、あのベイツから、ボールを奪いやがった!」

 物理的法則はともかくとして、はたには完璧なスティールであった。

「こ、この俺でさえこの二年間、あいつとのワン・オン・ワンではボールに指一本、さわらせてもらえなかったのに……」

 足元のコートが、音を立てて崩れるかのようだ。

 しかし、ツヨシはシュートには非凡な才を見せても、ボール運びは素人に近かった。それはチームの誰もが知っている。

「ようし、一旦回せ!」

 こうなりゃツヨシ中心でいくしかないとばかりに、カールは叫んでいた。

「俺が運ぶ」

 が、そのカールに向けて、ツヨシは軽く微笑んだ。