「ちゃんと全部、磨いておけよ!」

 と、部員たちはボール磨きをツヨシ一人に押し付けて、寮に帰ってしまった。

「爪を立てるんじゃねえぞ、泥棒猫」

 ツヨシは誰もいなくなった用具倉庫の中で、黙々とボールを磨き続けた。

 涙が光って、ボールに落ちる。

 誰かに見られるところで泣くほど、彼はかつではなかった。これはそれだけ、ツヨシの苛められ歴が長いということを意味する。

 彼の受難は、幼稚園の年少時代にまでさかのぼることができる。

 それでも彼は、ボール磨きをやめなかった。部を辞める気も、なかった。

 ドリフトボールが、純粋に好きだったのである。

「おや?」

 と、彼は一個のいびつなボールを手に取り、しげしげと眺めた。

「こんなボール、あったかなあ……?」

 それでも手に取り、丹念に磨こうとする。

 その瞬間──、

『おお、いたたたた!』

 と、不意に彼の頭の中に声が響いたのである。

『勘弁してくれよ、苛められっ子!』

「誰だ!?

 思わず叫ぶ、ツヨシ。

「何処にいる!?

『ここだ』

 と、再び声が言った。

『おまえが膝に抱いてる』

 ぎょっとなって、ボールを離すツヨシ。しかし小汚ない、いびつなボールは転がらず、その場でピョコンと、奇妙に弾んで棚の上に止まった。

「君は──」

『おまえのことは、全部見てたぜ』

 と、ボールは言った。

 ズーキーだったのだ。

『一部始終な』

「どうして、こんな所に?」

『ひょんなことからこの学校の体育館に転がり込んだのよ。そいつが十年ばかり前だ。俺は俗世のしがらみってやつが嫌いでな、よく似たドリフトボールの中に身を隠して、ずっと思索していたんだ。宇宙と俺との関係について、哲学していた。ここは静かで居心地もよかったんだが、なんだか最近、そうぞうしくなってな。それがおまえたち人間のゴタゴタだったというわけさ』

「ごめんね。邪魔しちゃって」

『まあいいさ。今ではおまえを観察している方が面白くなった。それにしても歯痒いな。どうしてあんなに一方的にやられて、反撃しない』

「しても仕方がないのさ」

『そうでもないぞ』

 と、人一倍たいなくせに、お節介焼きなズーキーは言った。

『俺はおまえが気に入った。よかったら俺が、手助けしてやろう』

「君に何ができるの?」

『いろいろとな。おっと──!!

 不意に動かなくなるズーキー。ただの薄汚いボールに戻った。

「ツヨシくん」

 倉庫のとびらを開けて、シゲチヨが入って来た。

「僕も手伝うよ、ボール磨き……」

「ほっといてくれ!」

 せっかくの楽しい異生物とのコンタクトを邪魔されて、ツヨシは心底からそう思った。

「僕のことなんか──!!

「そうもいかないよ」

 と、シゲチヨ。それが善意に根差したものであるだけに、始末に終えない。

「君のことを、放ってなんかおけない」

「僕なんかに関わると、君まで苛めの標的になるぞ」

「構わないよ」

 と、シゲチヨは言った。

「僕は、その……なんと言うか、苛めにはある程度の免疫があるのさ。苛められ慣れちゃっているのさ。慣れれば苛めも、楽しいもんだよ」

 そうなのか? 本当にそうなのか、シゲチヨ!?

「苛めも、相手によるさ」

 と、ツヨシ。

「君がそれだけとしていられるところをみると、君を苛めている人は、そんなに悪い人でもなさそうだしね……」

「よくわかるね」

「苛められっ子としたら、僕の方がプロだ!」

 妙なところでプライドを持つ。

「とにかく、ほっといてくれ! 僕は一人が好きなんだ!!

「わかった」

 と、微笑むシゲチヨ。

「でも僕が必要な時には、いつでも声をかけてくれ」

「多分ないと思うよ……」

『何だ今のは』

 シゲチヨがいなくなると、再び自分で動き出すズーキー。

うつとうしい奴だな』

「そうだろ」

 とツヨシ。

「苛めっ子なんかより、よっぽどたちが悪いんだ。ああいう、何もわかっていない奴……」

『悩みとは無縁の奴か……』

 同じ悩みをかかえているからこそ、苛めっ子は苛められっ子を苛めるのである。この図式がわかっていない奴には、正直何を言っても無駄だということを、ツヨシは本能的に知っていた。

『まあ俺は、あいつよりはおまえの味方になってやれると思うぞ』

「そのようだね」

『ドリフトボールが好きなのか?』

 無言で頷く、ツヨシ。

『俺にはそんな気持ちは理解できんが、おまえが喜ぶなら力を貸してやる。連中を見返してやろう』

「どうやって?」

『そこだ。いいか、俺のこの姿を見ろ』

「薄汚いボールだね」

『正直な奴だ。だがまあ、その通りだな』

 自嘲するズーキー。

『おまえは次の試合に、勝ちたいんだろう?』

「よくわかるね」

『おまえの考えていることくらい、お見通しさ』

「さすがは知的生命体……」

『知的生命体としても、俺たちはおまえらよりずっと、先輩なんだぞ。おまえらがまだ原始哺乳類だった頃から、俺たちの仲間は思考していた。その頃、俺たちの先祖にはまだ手足や胃袋があったが、思索の邪魔なので退化させてしまったというわけさ。俺たちの先祖は、おまえらに似た姿だったのかも知れんな』

「ふうん……」

『しかしおまえらは、わざわざ手足の退化を防ぐため、スポーツなんぞというものまで発明してしまった。その気持ちは理解できんが、そこまでのめり込めるなら、俺が勝たせてやろう』

「どうするの?」

『いいか──』

 と、ズーキーは延々、説明を始めた。身を乗り出すツヨシ。

 いつしかズーキーは、自分でも知らないうちにこの『くだらない』計画に夢中になっていた。

 もとより彼らは、他人の現実に首を突っ込むことが、大好きな種族なのである。

 それは、彼ら種族の間では自分自身の『現実』よりも、しばしば優先されることなのである。


    IX


 試合当日──。

 両チームの先発メンバーは、以下の通りであった。


ハイキャッスル・アストロスカウツ

FF シゲチヨ・ヤマモト 6

ST ツヨシ・ドルトムント 15

DG カール・フレーベ 7

BL シュレジー・ターナー 4


アポロポリス・ブラックキャッツ

FF トム・キッシンジャー 4

ST アラン・ベイツ 8

DG アルフレート・リスター 9

BL イワン・カーディフ 5


「いいか!」

 と試合直前、整列したメンバーにかつを入れるガーナー監督。

「邪心を捨てろ! 何があろうと、絶対勝たねばならん!!

「はいはい……」

 と、適当に頷くシュレジー。

「ま、自分の仕事はきっちりやりますけどね……」

 事実上、三人で四人に立ち向かうに等しい。

「ツヨシくん!」

 と、シゲチヨはツヨシの肩をポンとたたいた。

「いろいろあったけど、今はただ、母校の名誉のためにもお互い頑張ろうね!」

『君は一生、そうして頑張っていたまえ……』

 と、むしろツヨシはシゲチヨをあわれんでいた。

『君にはそれが、お似合いだよ』

「やれやれ、どうにかゲーム開始には間に合ったみたいだぞ」

 と、ようやく客席に姿を見せた少女があった。

「マスミ、だいたいあんたが寝坊するからいけない!」

「はいはい」

 と、連れの少女は処置なしという表情である。

「あたしがちゃんと、先に起きてあなたを起こさなかったのが悪いのよねえ……」

「そう、その通り!」

 自分の寝坊は棚に上げ、胸を張ってるビクトリー・キサラ・ウエキ・タイラーであった。

「くぉらあ~、シゲチヨ!」

 と、メガホンを片手に叫ぶ。たとえ寝坊しても、メガホンを持って来ることは忘れないところなど、実になんとも、彼女らしい。

「あたしが試合前に発破をかけなかったからって、手ェ抜いたら承知しないよ!!

「はいはい……」

 コートの中で、汗をかくシゲチヨ。いつものことだ。

「ふうん……あれがシゲチヨの天敵か」

 と、ツヨシは横目でキサラを見た。

「なんのかんの言ったって、あいつは恵まれてるよな」

『よそ見をするな』

 と、彼にだけ聞こえる声が言った。

『手筈通り、やるんだ。いいな』

「わかってる」

 頷くツヨシ。

「君は僕の友だちだよ、ドボ」

『誰がドボだ!?

「ドリフトボールのボールだから、ドボだよ」

『もうちょっと考えたネーミングにしてもらえんかな……』

「じゃあ──」

 と、ツヨシは言った。