「そう言えば」

 わざとらしく、呟くカール。

「練習の間中、ツヨシの奴がシゲチヨのドッシュを、うらやましそうに見ていたなあ……」

「そうそう。奴の家は貧乏だからな」

 とシュレジー。

「まさか、あいつがぬすんだなんてことはないよな」

「まさか──」

 一笑に付したシゲチヨだったが、

「念のためだ」

 と、シュレジーは言った。

「カール、ツヨシのロッカー、開けてみろ」

「そんな、チームメイトを疑うなんて!」

 強い抵抗を示すシゲチヨの意見は、しかしあっさりと無視された。

「冗談だよ。チームメイトなら、そんなことはしないってことさ。俺たちだって、まさかツヨシが、いくらなんでも、そんなこと……」

 何気なくを装って、ツヨシのロッカーを開けるカール。

「ああっ!」

 わざとらしい叫び。

「こ、これは、シゲチヨのドッシュ……」

「なんだって!?

 と、いささかオーバーリアクションのシュレジー。彼らは楽しんでいた。

「まさか、なにげにロッカーを開いていて、とんでもないものを発見してしまった! どうしよう!?

 演技が素人だ。だが、この際そんなことはどうでもよかった。

「軽い、出来心だよ……」

 と、人のいいシゲチヨは、人がいい故にそれをあっさりと信じ込んでしまった。つまり、彼はえんざいという可能性を、検討してみることすらしなかったのだ。

「このことは、黙っていよう」

 と、シゲチヨは言った。

「監督には、絶対に言ってはいけない。こうして靴は出て来たんだし、ツヨシくんはきっと、新しいドッシュが欲しかっただけなんだ。ちゃんと保管しなかった、僕が悪い。今回だけは、大目に見よう……」

「おや、うわさをすれば──」

 と、カール。

「靴泥棒の、お出ましだぜ」

「ついでにポジションも盗んだか……」

 とシュレジー。

「ツヨシくん……」

 と、シゲチヨはぼうぜんとしているツヨシを見た。

「き、君はちょっと、魔がさしただけだよね。出来心だよね……」

 実を言うと、シゲチヨのこの何気ない一言が、いちばんツヨシを傷付けた。彼にはまだ、人生のがわかってはいない。わかる年頃でもなかった。

 ツヨシは何も言わずに、駆け出した。

「あっ、ツヨシくん!」

 慌てて後を追うシゲチヨ。

「くくく……」

 シュレジーとカールは、顔を見合わせてわらう。

「大成功!」

「しっかし、シゲチヨがここまで単純とはな……」

「こちらの期待以上の、リアクションを見せてくれるな」

「ツヨシには、ショックだぞ。なにせ、あのシゲチヨでさえ自分のことを信じてくれなかったんだからな……」

「これであいつ、いづらくなるぜ」

「辞めるのも、時間の問題だ」

「そういうこと……。監督がいかに奴をプッシュしようとも、自分から退部届けを持って来る奴にはどうしようもないってことさ」

「さあて、後釜のシューターを、本気で考えなくっちゃな」

「誰がいい?」

「さてね」

「お互いワルだね、僕たち」

「ふふふ……」

「はっはっは……」


    


 しかしツヨシ・ドルトムントは彼らの期待に反して部を辞めなかった。

 そんな彼に対し、バッシングがますますエスカレートしたことは言をたなかった。

 彼がロッカールームに現れると、シゲチヨを除く全員が取り囲んで、

「泥棒猫!」

 のせいを一斉に浴びせる。

「泥棒猫……」

「泥棒猫……」

「泥棒猫……」

 と浴びせつつ次第に包囲の輪をせばめていくのだ。

「何をしとるか!?

 と、ガーナー監督が現れると、彼らは何事もなかったかのようにとぼける。その絶妙な切り替えに、ドリフトボール一筋の監督はまさか部内に苛めがあろうなどとは気付きもしないのだった。ツヨシ自身が、また何も言わない。言ってもどうにもならないことは、きっと彼にもわかっていたのだろう。

 三日目は、彼のロッカーが落書きされ、死んだ猫が入れられるところまでエスカレートした、もはや対抗試合よりも、彼らにとってはこちらの方が大きなイベントであった。

 四日目には、ツヨシが片付けたばかりのロッカーの中が再び荒らされ、彼のドッシュには水が満たされ、菊の花が一輪活けてあった。

「ああ、くせえくせえ」

 と、たまたま通りかかった風を装いながら、カール。

「ロッカールームが、泥棒猫臭え……」

 それでもツヨシは、何も言わない。

 見兼ねて声をかけるのは、シゲチヨ一人だった。

「大丈夫かい、ツヨシくん?」

 大きなお世話だと、ツヨシは言いたかったかも知れない。

「あんまりひどいようだったら監督に、相談した方がいいよ」

「何も変わらないさ」

 と、くらい表情で彼は言った。

「言ったって、何も……」

「そんな……。僕のドッシュは出て来たんだし、別に君に悪気はなかったんだよね」

 この一言が、どんなにツヨシを傷付けるかということに、シゲチヨは想いも及ばない。それが『究極の善人』シゲチヨの限界でもあった。

 しかし、ツヨシにとってはシゲチヨのこの無邪気で無思慮な一言の方が、他の部員の陰湿な苛めよりも、よほどこたえた。

「僕は……盗んでいない……」

 と、彼は言った。

「僕は……盗んでなんかいない……」

「え?」

「僕は、盗んでなんか──!!

 駆け出すツヨシ。

「あ、待ってよ、ツヨシくん!」

 その様子を、物陰から見てわらう、部員たち。

「こいつはいいや」

 と、カールは言った。

「俺たちが直接に手を下さずとも、シゲチヨが奴に、とどめを刺してくれるぜ」