とハルコーネン。

「身代金を、無駄にしたくはねえからな」

「ジャスティ……」

 ふるえながら見守るユリコ。

「大丈夫……。僕はこんなつまらない死に方はしない。たぶん……」

 言いつつタイラーは、細い板に向け、第一歩を踏み出した。

「ちょっとスリリングな、アトラクションといったところかな……」

 その瞬間に、ちょっとしたアクシデントが起こった。流砂の影響で、二隻の船が小さく揺れたのだ。それはわずかな振動であった。しかし、二隻の間に渡された細い板きれを上に乗った人間ごと振り落とすには、じゅうぶんな衝撃であった。

「ジャスティ!」

 ユリコの悲鳴の中、タイラーは真っ逆さまに、流れるありごくのような流砂の海へ──。


「うおおっ。艦長!」

『近江』のブリッジでは、ヤマモトが思わずおうちになっていた。とつの場合、彼がタイラーのことを呼ぶときには『閣下』でも『提督』でも、ましてや『大統領』でもない。もっともれ親しんだ、『艦長』が出る。彼の中ではタイラーは、永遠の『艦長』なのだ。

「た、直ちに救助隊を出せ!」

 ろうばいしながらも、命ずる。

「草の根分けても、タイラー『艦長』をお救い申し上げろ! 私も行く!!

 そう言って、船外作業着を着た。

『か、艦長……どうか御無事で。このマコト・ヤマモト、すぐに閣下のおそばまいります!』

 もしもタイラーにまさかのことがあったとしても、彼がちゆうちよなくその『お側』に参るつもりであったことは言うまでもない。

『どうか、どうか御無事で!!


「浮かんで来ないぞ……」

 流砂の海面を見下ろしながら、口々に騒ぐ海賊たち。

「当たり前だ!」

 とハルコーネン。

「ここらの流砂は、水銀並みの流動性で、比重は水とそう変わらんのだ。おまけにどうもうなスナザメが、手ぐすね引いてお待ちかねだ」

「じゃあタイラーは……?」

「二度と浮かんじゃ、来やしねえ。ああ、まったく惜しい金づるだったがな」

 そう言って、ハルコーネンはがつしようした。

「南無阿弥陀仏……」

「ジャスティ!」

 半狂乱の、ユリコ。

「いやあっ!!

 ガロフィ船長と船員たちが数人がかりで押さえつけなければ、彼女は夫の後を追って流砂に飛び込みかねない勢いであった。

「離して!」

「離すわけには、参りません!!

 と老船長。

「お気を確かに!」

「そうそう……」

 別の誰かの、気楽そうな声が言った。

「死んで花実が、咲くものか」

 その声に、電気に打たれたようにユリコは反応した。どんなときでも、聞き間違えようのない声である。

「ジャスティ!!

「ふふ。自分で渡らないで、正解だった」

 そう言って、微笑むタイラーは、下着姿だった。

「悪運は、まだ続いているようだったのでね」

「じゃあ、落ちたのは?」

「気の毒な『スナッピー』ロボットくんのために、祈ってやってくれたまえ」

 タイラーは咄嗟のてんで、手近な場所にいた『スナッピー』の一体に自分の服を着せ、板を渡らせたのである。

「ちょっと冷えるね……」

 そう言って、はなすすった。

 船長があわてて、手近にあった雨合羽あまがつぱかぶせる。

「何はともあれ、一件落着!」

「な~にが一件落着だ!?

 とさかにきた海賊連中が、一斉に銃を向ける。

「事態はな~んも、変わっちゃいねえんだよ!! とうへんぼく!」

 中でもいきり立っているのが、ハルコーネン。自ら無反動けんじゆうを抜いて、タイラーに迫る。

「よくもこの俺様を、にしてくれたな……」

「唐変木はどっちかな~?」

 と、微笑むタイラー。

「それにしたところで、芸のない台詞せりふだ。やはり君は、二流の役者だね。僕には相手不足さ」

「なにっ!?

「そんなことより、自分の頭の上のはえでも、追った方がいいと思うよ。ハルコーネンくん」

「なにっ!?

 タイラーに言われ、思わず見上げた頭上から、災厄が降ってきた。

 ぐしゃっ

 というしようげきとともに、降下して来た鋼鉄のよろいに、彼はのしかかられたのだ。

「むぎゅう……」

 死にこそしなかったが、ハルコーネン船長はかえるみたいに、つぶされてしまった。彼を踏みつけた強化服の中身は二メートルを超す大男であり、体重は百三十キロほどであったが、プラス鎧と装備の合計が八十キロばかりあり、総重量ではわずかながらハルコーネンをしのいだ。

「ようし、そこまでだ!」

 ハルコーネンをクッション代わりに甲板上に軟着陸した強化服の男は、虚空に向け突撃銃を乱射した。

「下手な考え、起こすんじゃねえぞ!」

 同じ装備の装甲突撃兵が、二個中隊ほども降下して来る。形勢は完全に逆転した。もっとも、最初から戦力の差は圧倒的であり、それを知らなかったのは当の海賊ばかりである。

「御無沙汰しております、提督」

 そう言って、ハルコーネンを退治した巨漢の隊長が、ヘルメットを外す。

 鉄の面の下から、さらにいかつい顔が現れた。まだしもマスクのままの方が可愛い。

「遅くなりまして……」

「クライバーン中佐!」

 ユリコが歓声を上げた。

「あなたこそお元気そうで──」

「こいつは殺しても死なないよ」

 と、タイラー。

「キーナンだって、アンドレセンだって、脳だけになって、しっかり生きてるだろ」

「これで生身は、自分だけになってしまいました」

 と、発情期の熊がうなるようなえ声で、海兵隊中佐、ミッキー・クライバーンは言った。その彼にしたところでまんしんそう、体の各部や臓器の大半を人工品にかんそうしたサイボーグである。

「近々二人とも、機械の体をもらって、生き返るとか抜かしてましたよ」

 こわもての顔に微笑──本人はそのつもり──を浮かべ、クライバーン。

「小回りの利かないふねの体は、もう飽きたそうです」

「新しい体ったって、どうせヒラガー技術中佐とドクター・キタグチの共同開発に決まってるんだから……」

 と、楽しそうにタイラー。

「隠し武器が楽しみだな。ロケットパンチはぜひとも欲しいところだろうが……」

 馬鹿なけんばなしの間に、海賊たちはほぼちんあつされてしまったようだ。

「あらら、いいところをみんな、部下どもにさらわれちまった……」

 頭を搔くクライバーンに、

「君もそろそろ、後進に道をゆずったらどうかね? 僕のように第一線を退いて、ゆうゆうてきにね」

 とタイラー。

「自分は暴れるのが、好きなんです」

 とクライバーン。

「死ぬまで暴れ続けて、最後は大勢の敵に囲まれて、笑いながら討ち死にするのが夢でしてね、こればっかりは、譲れませんや」

「敵がいればね」

「作ってくださいよ、閣下」

 こんがんする、クライバーン。

「退屈なんです。今日だって、勇んで駆け付けたのに──」

「考えておこう」

 と、タイラー。

「そう遠くなく、君の夢見る世界が来るかもしれないよ、中佐。だからそれまで、残り少ない生身の体を大切にしなさい、ね」


「またしても、後始末は私が……」

 と、言葉とは裏腹に、妙に楽しそうなマコト・ヤマモト元帥。

「そうなんだ。いつもいつも、あの人の後始末は、私なんだ。私でなきゃ、駄目なんだ」

 喜々として言った。

「それより……」

 ドレクスラー少将が、遠慮がちに言う。

「タイラー閣下にお会いにならずとも、よろしいのですか?」

「やめておこう」

 と、ヤマモト。

「何か、気恥ずかしくてな。それに私は、縁の下の力持ちに徹するのが、やはり性に合っているのだ」

「こう申し上げてはなんですが──」

 肩をすくめ、ドレクスラーは言った。

「ヤマモト閣下も、なんな性格でいらっしゃいますな……」

 おそらくこの損な性分は、一生直るまいと思われた。それはそれで、幸せなのかもしれないが──。


「いい子にしていたか、キサラ」

 と、旅装を解きながら、タイラーは一週間ぶりに見るまなむすめの頭をでた。

「うん。もちろん!」

 元気よく、今年九歳になるキサラは言った。

「パパもすごかったね。テレビで見てたよ」

「そうかそうか……」

 思わず目を細める。タイラーもこの娘にだけは、底抜けに甘いのだ。

「いつかあたしも、パパみたく海賊を手玉に取ってやるからね。その参考にさせてもらうよ」

せいがいいのね」

 と、ユリコ。

「留守中、寂しくなかった?」

「ぜんぜん」

 ケロッとして、キサラは言った。

「ずっとシゲチヨと、遊んでいたもの」

「あら、シゲチヨくんと……」

「うん。いつも通り、可愛がってやったよ」

 傍点付きが、ミソだ。

「そう、数少ないお友だちなんだから、仲よくね」

「大丈夫さ」

 自信たっぷりに、キサラは言うのだった。

「シゲチヨの方で、あたしからは離れられっこないんだから……。永遠にね」

『ミッシングリンク』完