「彼はああいうのが、死ぬほど好きだからな……」

「私はそうでもないわ」

 とユリコ。

 彼女も長年にわたる夫の感化で、少々の物事には動じなくなっているのだ。

「そんなことより、何かしら?」

「きっと、アトラクションだろう」

 たいぜんじやくと、タイラー。

「ほら、ファンタジック・ワールドによく似たのがあるだろ」

「そうね。それにあの旗……」

 と、砂上戦艦のマストにさんぜんひるがえる、黒地に白く染め抜かれたどくの旗を見た。

「なるほど、ブラックジャック(かいぞく)だね」

 と、タイラー。

「それにしても、また古風な……」

 次の瞬間、海賊船の主砲が、くうに向けて一発放った。

「今時、火薬式大砲だ」

 と、タイラー。

「アトラクションにしても、ぜいたっぷりだな。こいつはいいぞ!」

 子供のようにはしゃぐタイラー。ユリコは夫のそんな表情がたまらなく好きだったのだが、さすがに今は少々、不安になってきている。

『シャイフルドII』では、乗客がさわぎ始めた。

「海賊だ!!

 と、だれかが叫んだ。

「そんなわかりきったこと……」

 と、微笑むタイラー。

「楽しもうよ」

『やっぱりこの人は、大物だわ』

 と、ユリコは改めて思った。

『この人と一緒にいる限り、何があっても平気ね……』

 頼もしかった。自分の選択に、間違いはなかったのだ。

 海賊船のマストで、何かが光った。

「発光信号だわ」

 とユリコ。

「この船の船長てね」

かいどくしてくれ」

 と、タイラー。

「済まないが、僕は軍を辞めて久しいので、忘れてしまった」

 もともと覚えもしなかったくせにと、ユリコは思ったがそこは快く、

『停船、セヨ……』

 と、発光信号を読んだ。

『サモナクバほうげきスル……』

「芸がないな」

 と、タイラー。

「こういう内容は、誰がやっても絞切り型にならざるを得ないでしょ」

 と、ユリコ。

「僕なら、こうするね。『マッテクンナキャ、イヤ~ン』」

「ふんっ!!

 ユリコは夫のほほに、素早い平手打ちを見舞った。

「状況を考えなさい!!

「気分をほぐしてあげようと思ったのに……」

 頰をさすりながら、タイラー。

『サラニけいこく……』

 それにはこたえず、ユリコは続けた。

『停船セヨ。コノ船ハ、正真正銘ノ海賊船デアル』

「そんな、わかりきったことを……」

『我ラすべテノ旗ニそむキテ、誰ニモそくばくサレズ。何者ニモ屈セズ』

「いいことだ」

 と、タイラー。

「これぞおとこの、生き方だ……とでも返信してやりたい。この船の船長でないのが惜しいな」

「あなたは黙ってて!」

 とユリコ。けんめいに解読を続ける。

 以下を要約すると、次のようであった。

 諸君らは諸君らの船ごと、この海賊船『ブルーベアード』の大切な人質である。我々とても可能な限り諸君らを紳士的かつ友好的に扱うが、諸君らが逃走並びに反抗を試みたる場合においては、その限りではない。また、惑星ハレック政府とのこうしようしんちよくじようきようだいにおいては、我々の態度がひようへんすることもじゅうぶんにあり得るとこうりよされたい。諸君らのたいぐうは、政府の提示する身代金の額と、密接に連動していると心得よ……うんぬん

 以上『ブルーベアード』りやくだつ株式会社、代表取締役・船長、ロイ・ハルコーネン、拝。

「どこが紳士的なんだ」

 と、タイラーはふんがいした。

「これはもう、てつていこうせんしかないな」

「あなたがこの『シャイフルドII』の船長でなくて、本当によかったわ……」

 心からあんする、ユリコであった。

「この船は、軍艦じゃないわ。まるごしなのよ」

「隠し大砲の一門くらい、ないのか?」

「この船の設計者が、ヒラガー技術中将でもない限りはね……」

「なんだ、つまらない」

 と、タイラー。

「だが敵もそう思ってだんしている以上、いくらでも戦い方はある」

「この船の乗員乗客のほとんどは、そうは思ってないわ」

「なら──」

 と、タイラーはユリコを見た。

「君とぼくの、二人だけ。二人ぼっちの戦争だ。戦力としたら、それでじゅうぶんじゃないか?」

「そうね……」

 ユリコは微笑んだ。

「やりましょう、ジャスティ」


「ぬわぁんだと!!

 ホテルの自室で、することもないままダラダラと立体テレビ放送を見ていたヤマモト元帥は、ニュース速報にぎようてんした。

「砂上遊覧船『シャイフルドII』が、海賊船にされたァ!?

 これこそヤマモトが待ちに待った(?)不測の事態であった。

『やはり、起きたか……』

 そう思わずには、おれなかった。

『こんなことになるんじゃないかという、予感はしていたんだ』

 うろたえろうばいしながらも、どこか奇妙に喜々とした表情で、ヤマモトは部屋の中を右往左往した。動物園のくまもかくやである。

「こ、こんなときこそ、自分がしっかりしなければ……。どうする? 艦隊にしゆつどうようせいを出すか。いや待てよ、それとも、どっしりと構えた方がいいのでは……。に動いて、海賊を刺激しては、タイラー夫妻の安否が……。いや待てよ、それとも……」

 ヤマモトの取り越し苦労へきは、少しも改善されてはいない。それどころか自分が人質になったかのように落ち着かない。いや、ちようでなく拿捕された船上にあるふたつの命は、彼自身の命よりよほど大切なものであったのだ。当の人質である二人がむしろゆうぜんと構えているのとは、まことに対照的であった。

 しかし、まあそれが、ヤマモトのいいところと言えなくもない。

「そうだ!!

 さんざんに思いあぐねた未に、彼は旅行用トランクのふたを開けた。

 こんなこともあろうかと、大量に持ち歩いていた胃薬、頭痛薬、精神安定剤のたぐいを、まとめててのひらに取り、そのまま口に入れて、ボリボリとくだく。

 言うまでもないが、適量を遥かに超えていた。そのためにへきねんまくざいまで、彼は思い出したようにんだ。

 少しは気持ちが、落ち着いてきた。

「もしもし、フロント……」

 内心の激しいどうようられまいと、努めて冷静をよそおった声で、彼は受話器を取り上げた。だが何度叫べど聞こえない。よくよく見れば受話器が逆さまであった。

『わ、私としたことが……』

 ヤマモトは震える声で、フロントの係に言う。

「じ、自分は惑星連合宇宙軍のヤマモト元帥だ。な、なにッ!? ふざけるな! じょ、冗談でこんなことが言えるかッ!!

 ようやくにして、司令部への直通緊急回線を開かせる。ここまでで既に十分以上もの貴重な時間を、ヤマモトはロスしていた。

「あ、私だ」

 と、緊急回線に向けて、平静を装いつつヤマモトは告げた。

『どなたです?』

 と、応対に出た女性オペレーターの声が言った。

「だから私だ!」

『私だ、と言われましても……。最近多いんですよね。怪獣が出たとかいう、悪戯いたずら電話……』

「か、怪獣なものか!」

 思わずる。

「海賊だ!!

『はいはい……』

 すっかり悪戯電話ということに、されてしまった。

『で、あなたは?』

「馬鹿モン! 最高司令長官の声を、忘れる奴があるか!!

 司令長官になってもやっぱり影の薄い、ヤマモトであった。

『これはかつ、失礼を……』

 ようやく出た、聞き覚えのある声に、

「おおっ!! 君はドレクスラー少将だな?」

 と、きようするヤマモト。

『はい。ヤマモト閣下、ドレクスラーです』

 彼は艦隊司令官ではなく、人事部所属だったが、この際、まあよしとせねばなるまい。

「他の者はどうした?」

あいにくと皆、出払っております』

「たるんどるぞッ!!

 いつかつするヤマモト。

「そもそも軍人たる者は──」

 言いかけて、今はそれどころではないことにヤマモトは気付いた。

「この非常時に!!

『ですが閣下……』

 と、ドレクスラー少将はおずおずと弁解した。

おれも休むから、皆も休めと、出発前に景気よくおっしゃられたのは、閣下ではありませんか……」

「忘れたな」

 とヤマモト。

「ともかく、だ!」

『は──』

 受話器の向こうで、ドレクスラーがすじをしゃんと伸ばす音が聞こえた。

「動かせる限りの艦隊を、惑星ハレックの衛星軌道上に集結させろ! 至急、大至急だ!!

『無茶です、閣下。ニュースは自分も聞き及んでおりますが……』

「今動かさんと、一生後悔するぞ! 貴様も、俺もだ!!

『はあ……。ですがいかに我が軍の名誉元帥とはいえ、今は事実上いつかいの民間人に過ぎない者を救うために、集結可能な全艦隊を動かしたとあっては閣下の、ひいては惑星連合宇宙軍のしんが──』

「何を言っとるか!!

 ヤマモトは声を限りに叫んだ。

「『閣下』を救うためではない! 見物のためだ!!

『見物?』

 ドレクスラーには、ヤマモトの真意は測りかねた。

「タイラー名誉元帥が、いかにして海賊を手玉に取るか、その様子をしかと『見物』しろと言っておるのだ。めつにない見ものだ。これを見損なったら、皆後悔するぞ!」

『な、なるほど……』

「このマコト・ヤマモト四十二歳、厄年! 惑星連合艦隊宇宙軍最高司令長官たる権限をもって命ずる! ただちに全艦隊を、惑星ハレックの衛星軌道上に集結させろ!!

『りょ、了解しました。しかし、全艦隊とは……。ハレックの軌道上は、しようとつ回避のために交通整理が必要かもしれませんよ』

「君がやれ、ドレクスラー」

 と、ヤマモトは命じた。

「歴史に名をのこす、名誉ある任務だぞ」


「やけに暗くなったなあ……」

 と、豪華遊覧砂上船『シャイフルドII』のブリッジから夜空を見上げながら、タイラーはつぶやいた。

「当たり前じゃない」

 とユリコ。

「夜なんだから……」

「それだけじゃない」

 と、タイラー。

「何だかウジャウジャと、この星の周りに宇宙船が集まっているみたいなんだ。星が見えない。ハレックの夜空は、もう少し綺麗だと聞いているぞ」

「気のせいよ。今夜は雲が多いのよ」

「あの綺麗な夕焼けで?」

 と、タイラー。

「ま、いいや。朝になれば、僕の言い分が正しいことは証明できるだろう」

「今はそんなゆうちようなこと、言ってる場合じゃないでしょ」

「うん。キサラを連れて来なかったのは、正解だったかもしれない」

「……そうね」

「お待たせしました。ユリコ・タイラー……中佐」

『シャイフルドII』の船長であるシルベスタ・ガロフィが現れた。白髪の老人である。

「かつては自分も、惑星連合宇宙軍のまつたんに、身を置いたことがありまして……」

 と、ガロフィ船長は言った。

「ま、もっとも最終階級は少佐でした。喜んでこの『シャイフルドII』、あなたの指揮下にゆだねます」

「助かるわ」

 と、微笑むユリコ。

「でも船長はあくまであなた。私たちは単なるオブザーバー。それでいきましょう」

「結構です」

 帽子を取って、船長も微笑んだ。

「しかし、驚きましたなあ……。乗船名簿を見て、まさかとは思っていたのですが、そちらのお方が、かのタイラー大統……」

「し~っ」

 と、ユリコは唇に指を当てて船長を制した。

「それは一件落着まで、内密にお願いしますわ。これ以上事態を、ややこしくしたくはありませんので」

「そうですな」

 ガロフィ船長は帽子で汗をぬぐった。

「まあ、これで文字通り大船に乗った気にはなれましたが……」

「ええ」

 ユリコはこの状況下においても、自分たちの運命をじんも案じてはいなかった。それほどまでに彼女は夫を信頼していた。それとは少し違う意味で、老船長の表情からも不安が消えた。『タイラー』という名前には、それほどまでに魔法のような効果があったのだ。

『あの颱宙ジェーンですら、何とかしてしまった御方だ』

 と、彼は思ったに違いない。

『ましてやたかが海賊など、どれほどのことがある……』

 だが彼は、そう信じた我が身のツケを、高価などうようという形で、たっぷりと払わされることになるのであった。たとえそれが、ジェットコースター程度のスリルとリスクだったとしても──。


「集結完了です、閣下!」

 惑星ハレックの衛星軌道上に展開した艦隊の旗艦『近江おうみ』のブリッジにヤマモト元帥を迎え入れたドレクスラー少将は、さっと敬礼しながら言った。

「短時間によくやったぞ、ドレクスラー少将。正直君の手腕を、見直した」

 との、ヤマモトの言葉にも、しかしドレクスラーはけんきよであった。

「それが……閣下。自分はほとんど、何もしてはおりませんもので……」

「……というと?」

「すべて、フジ大将の、働きです」

「息子の方か……?」

「はい」

 惑星連合宇宙軍には現在、フジという姓の大将は二人いた。もっともその一人、父親のススム・フジ大将の方は既にゆう退たいしてえきである。今回見事な統率力を発揮したのは、息子のイサム・フジ大将の方だ。まだ二十代のえいである。しかしその若さで、既に子供が三人いた。ちなみに彼の夫人は、宇宙でいちばん偉いである。言ってしまえば妻の七光である。

 が、まんざらそればかりでもないさと、ヤマモトは思っていた。

「なかなかやるじゃないか」

「さすがに次期最高司令長官と、目されるだけのことはありますな」

 不要なことを、ドレクスラーは口走った。

「そうなんだ」

 と、頭をきながらヤマモト。

「ワンポイントリリーフの司令長官としては、つらいところなんだ……」

「こ、これは失礼を──」

「謝ることはないぞ」

 と、ヤマモト。

「なにしろ自分の後継者にと、あのタイラー閣下が定められた人物だ」

「はあ……」

「だが閣下から見れば、そのフジ大将ですら、さらにその次の主役のための、捨て石でしかないのかもしれん……」

「次の主役?」

 と、ドレクスラーはきようしゆくしながらも首をかしげた。

「誰です?」

「さあ、誰かな……」

 と、ヤマモト。

「いずれにせよ、あの方のみぞ、知るだ」

「それはそうと、この艦隊の状況は何とかなりませんか?」

 と、文字通りひしめき合う三次元レーダースクリーンを見やりながら、ドレクスラーは言った。

「この密度は、暴走寸前のレミングか、宇宙暦以前の東京の首都高速といったところです」

「オイルサーディンの缶詰でないだけ、まだマシだ」

「でしょうが……」

「まあ、しばらくは静観していよう」

「全艦、主砲の照準は地表の海賊船に固定、つい連動しています」

「ふむ……」

「閣下の合図で一斉に、ピンポイント砲撃可能です。人質となっている『シャイフルドII』には傷ひとつなしに、海賊船をじようはつさせることも可能ですが……」

「それはすいだな、少将」

 とヤマモトは言った。

「『閣下』ならと、笑い飛ばすことだろう……」

「でしょうな」

「夜明けまで待つ必要も、あるまい」

 ヤマモトには、確信があった。

「我々は言わば、保険だ。盛大に無駄なな」


「海賊船との、交信が開けました」

 ブリッジの通信士が、タイラーを見た。

「お話しになられますか?」

「そいつを待ってたんだ」

 と、腕まくりしてタイラー。

「わからずやの海賊に、説教してやる。貸せ!」

「言い過ぎないようにね」

 と、ユリコ。

「くれぐれも言うようだけど、こっちは丸腰で、向こうはたぶん、気が短いのよ」

「荒くれどもの気性と行動パターンは、じゆくしている」

 と、タイラー。

「さもなきゃとてもじゃないがアンドレセンやクライバーンみたいな連中と、一緒の酒は飲めなかったさ」

「そうだけど……」

「まあ、任せておきたまえ。ブワッハッハ!」

「こ、これが……あのタイラー……」

 ガロフィ船長は目をいた。

『これは、任せるべきではなかったかな……』

 後悔しても、もう遅い。

 スクリーンには、でっぷりと肥えたひげづらの海賊の姿があった。ただその髭の色は赤ではなく、青いくらいに黒かった。海賊船『ブルーベアード』(青髭)の船名の由来だろう。

「君がハルコーネン船長か?」

 たずねるタイラー。

『いかにも!』

 と、風船玉を思わせる海賊はうなずいた。

『俺がキャプテン・ハルコーネンだ』

 おそらく体重は、二百キロに近いのではあるまいか。

「なあんだ……」

 と、それを聞くなりタイラーはらくたんしたかのように言った。明らかに拍子抜けした声が、ハルコーネンには気に入らない。

「海賊というから、てっきりラアルゴン人かとばかり思えば、地球人だったのか」

『それがどうした!?

 はっきりと気分を害した口調で、ハルコーネン。

『俺たちはなまじなラアルゴン人より、おっかねえぜ。聞分けも悪いしな……』

うそだ!」

 げんにタイラーは、言ってのけた。わざわざ相手の神経を、さかでにしている。

「でもまあ、聞分けが悪いというのは本当だろう。ついでに頭も悪い」

『言ってくれるな、人質のぶんざいで』

 爆発しそうになるのをかろうじて抑えながら、ハルコーネン船長は言った。

『だがな、この星のお偉いさんは、もっと聞分けも悪けりゃ、頭も悪いぞ』

「どういうことだ?」

『人質解放の身代金の額に関して、どうしても俺たちと折り合わないのよ』

「ほう」

 面白そうにタイラー。

「で、いくら要求しているんだ?」

『六百人の人質に対して、一兆八千億ギガタイラスだ』

「それは無茶だ!」

 と、後ろでガロフィ船長が思わず叫んだのが、ハルコーネンにも聞こえたようである。

「一人頭三十億ギガタイラスだってえ!? あので有名なハレックの政府が、そんなに出すはずがない!」

「で、いくらなら出すと?」

『一人頭五千万ギガタイラスだ。それ以上は逆さに振っても、血も出ねえとよ』

 金額の差は、絶望的であった。

「ま、それくらいがとうな線かな……」

 とガロフィ船長。

「交渉して、両者が折り合う線となれば、一人一億ギガタイラスくらいか……」

「冗談じゃない!」

 叫んだのは、タイラーであった。

『何!?

「人を馬鹿にするにも、ほどがある。僕もめられたもんだ。人命を軽視しやがって!!

 珍しくタイラーが、本気でいきどおっていた。

「ここは最低でも、その百倍はふっかけてやるべきだったな、ハルコーネン船長」

『なに……?』

「そうだろう。船長や他の乗客は、一人百億ギガタイラスとしてもだ。この僕とユリコだけでも、百兆ギガタイラスくらいの価値はあると思うぞ、なあ」

『う──!?

 目を白黒させるハルコーネン船長、あまりなことに、言葉もなかった。

『き、貴様にそれほどの価値があるというのか!? 見たところ、さほどのVIPとも思えんが、どこぞの星間系企業の社長でもあるのか?』

「軍を企業と言っていいなら、宇宙一の大企業だぞ」

 とタイラー。

「もっとも今は役員職を退いて相談役といったところだが、僕のためなら軍は、百兆どころかその千倍だって喜んで出すぞ!」

『貴様正気か!?

「正気だとも! ついでに言うとギガタイラスというへいたんも、僕が定めた……」

『なにぃ!?

 その瞬間の、ハルコーネン船長の表情こそ見ものであった。

たら抜かすな、このだいもうそうきようめが!!

 海賊ともあろうものが、いつけんふうさいの上がらない中年男にほんろうされ、キレたに違いない。

『こっちは虫の居所が悪いんだ、なんなら砲撃で、てめえらを船ごと噴っ飛ばすこともできるんだぜ!』

「やってみれば?」

 とタイラー。背後で見守っている船員たちは一瞬きもを冷やした。

「その瞬間に、いや、その直前に、君の船の方が消えていると思うけどね。試してみるかい?」

『やめた』

 と、ハルコーネン。

『てめえらは大事な金づるだ。特におめえは、訳がわからねえながら何やら重要人物らしいしな。強気の交渉材料として、もう一度ふっかけてみるさ』

「悪いことは言わない。交渉相手はハレック政府なんてくさいこたぁ言わず、いっそ惑星連合政府にしなさい。その方が気前がいい」

『俺もたった今、そうしようと思っていたところさ。どうやらおめえさんには、それだけの価値があるようだしな……』

「さすがに君は賢い。正解だよ。身代金でその人物の評価が決まるなら、せいぜい吊り上げて、みせてくれ」

『おうよ! おきて破りの逆価格破壊、やってみせるぜ』

 一転してすっかり気分をくしたハルコーネンは、ごうかいに笑った。

『で、ひとついておきたい。おめえの名前だ』

 と、彼は切り出した。

『惑星連合政府に身代金を要求するときに、それがわからなきゃ困るしな』

「そうだね」

 と、頷いて、微笑む。

「じゃあ教えてあげよう。僕の名前は、ジャスティ・ウエキ・タイラー。四十歳……。元はん銀河政府、大統領」

『うげ──』

 ハルコーネンの目が、点になった。


 タイラーとハルコーネン船長とのやり取りは、惑星ハレックの衛星軌道上に展開した大艦隊により、一部始終ぼうじゆ中継されていた。タイラーの一挙手一投足に、艦隊が沸き返ったことはいうまでもあるまい。

「さすがはタイラー提督だ」

「宇宙一の、無責任男健在か……」

「いや、年を取って、ますます無責任に磨きがかかった」

 というのは、軍に長く在席し、現役時代のタイラーを知る者たちの評価であり、

「あんな豪快な人が、軍にいたのか。それも、名誉元帥として……」

「銀河を救ったと、教科書には書いてあったけど、まさかあんなてんこうな人だったなんて……」

 というのは、直接にはタイラーを知らない、若い兵士たちのかんがいであった。

 いずれにせよ、両者に共通していたのは、

「こうなったら、あの人に軍に戻って来てもらいたい」

 ということだった。今こそ宇宙軍は、タイラーのような人材を必要としていた。

「どうだ、私の計算通りになっただろう」

 と、旗艦『近江』のブリッジで、ヤマモト元帥は御満悦であった。

「卓見です。閣下」

 と、ドレクスラー少将も脱帽した。

「将兵たちには、思わぬ効果がありました。皆感動しております。不肖、この私も……」

「そうだろうそうだろう」

 自分がタイラーになったような気持ちで、ヤマモトは提督席にふんぞり返った。そんなところが、彼もまだまだ可愛かわいい。

「どうだドレクスラー、俺はずっとあの人と、コンビを組んでいたんだぞ。いつも、片時も離れず、宇宙一の名コンビと呼ばれたのだぞ」

 たとえそれがりん、タイラーの功績であったとしても、だ。

「さぞや楽しかったことでしょうなあ……」

「今でもだ」

 とヤマモト。

「楽しいぞ。やはりタイラー閣下を追ってハレックに来たのは、間違いでは……なかった」

 感極まってはらはらとらくるいするヤマモト。

「窓際司令長官も、これで報われたな……」

 とは、偽らざる感慨であった。

「で、閣下──」

 と、ドレクスラーは言った。

「そろそろ救出隊を組織して、人質の奪回を……」

「そんなものは必要ない!」

 ヤマモトは胸を張って断言した。

「しかし、タイラー名誉元帥のようないつざいを、むざむざと……」

「だから、その心配はないと言っているのだ」

「ですが……」

「くどい! あの御方は、きっと自分で何とかなさる。まあ見ておけ。この世紀の実況中継、面白いのはこれからだ」


『確かに確認したぜ』

 と、海賊船『ブルーベアード』のハルコーネン。

『乗客名簿から、ホテルの宿泊者名簿まで照会した。てめえは、信じられねえが、あのタイラーに間違いはないようだな』

「だから最初からそうだと、言っている」

『ならば、わかった』

 白い歯を見せて、ハルコーネンは海賊らしくわらったのである。

『人質は、おまえ一人でいい。残りの乗客は、解放する!』

「本当か?」

『海賊に二言はねえ。おめえ一人で、並の人質百万人分の値打ちがある!』

「君が物わかりのよい海賊で、助かったよ」

 これで少なくとも、ユリコの安全は確保できたわけだ。タイラーは表情にこそ出さなかったものの、心中ひそかにあんした。

『一人で来い!』

 と、ハルコーネンは言った。

『もちろん丸腰でだ。妙な素振りを見せやがったら、容赦なく船を砲撃するぞ。てめえにそれだけの価値があるということはだな、タイラー、裏を返せば他の人質は殺しても構わねえってことだ』

 さすがに馬鹿では、ないらしい。

「わかった」

 タイラーはうなずいた。

「僕一人で、行こう」

「ジャスティ!」

 その腕をつかんで、ユリコは引き止めた。

「駄目よ……」

だいじようだ」

 ゆっくりと、ユリコの目を見ながらタイラー。

「僕のツキは、まだあるはずだ」

「ジェーンでだいぶ、使ったじゃない」

「その後の『ちよきん』がある。あれからしばらく、ツイていないことだらけだったろ。犬が死んだり、ボヤが出たり、三年連続で風邪をひいたり、キサラが幼稚園の試験に落っこちたり……」

「そうね」

 と、思い出すようにユリコ。

「ほとんど全部、キサラのせいだけどね」

「ま、大丈夫だと思うよ」

 そう言って、ユリコの肩に手をやり、耳元にそっと、ささやいた。

「万が一、いや、億が一という場合は、おしいれてんじよううらに、僕のへそりがあるからね……」

「知ってたわ」

 と、ユリコ。

「額は八万三千ギガタイラスってこともね」

「ちぇ、白状して損した」

 頭をくタイラー。天下の無責任男も、ユリコにだけはかなわない。

『ブルーベアード』から『シャイフルドII』の甲板に、細い板が渡された。

「この上を歩けというのか!?

 叫ぶタイラー。

「そうだ。海賊式ってやつよ」

 叫び返すハルコーネン。『ブルーベアード』の指向可能なすべての火器が、『シャイフルドII』に向けられているので逆らうわけにもいかない。

「銀河を救ったてめえの運がどれほどのものか、試してやる!」

「古風なんだな……」

 へきえきするタイラー。

「言っておくが──」

 二隻の下を流れる流砂の海を指差しながら、ハルコーネンは言った。

「ここら辺りの流砂は、比重がやけに軽いんだ。流動性も液体並みでな、一度落ちれば、沈んだ人間は、二度と浮かんで来ねえんだ」

「知ってるよ」

 とタイラー。

「この惑星が、自殺の名所だってことくらい……」

「気を付けて渡れ」