また独り言。

 だがヤマモトのそのぜいたくな期待感は、例によって報われるのであった。


「ジャスティ」

 と、愛する妻が彼の名を呼んだ。

上甲板サイトデツキに、出てみない? 夕陽がとてもれいよ」

「出たくない」

 と、惑星連合宇宙軍名誉元帥にして、元はん銀河政府大統領、今は一介の気楽なプータローであるジャスティ・ウエキ・タイラー氏は、顔にかけた『ナショナル・ジオグラフィック』誌銀河版をどかそうともせず、デッキチェアの上で大儀そうに言った。

「そんなこと言わないで……」

 と、妻のユリコは、彼をそう簡単にはじゆくすいさせてくれない。一児の母となっても、四十代へのカウントダウンが始まっても、まるで少女のようにかいかつであった。

「せっかくの、休暇なんだから……。それに、ここまで来てあれを見ないって手はないと思うの」

 むろん、それはタイラーのではなくて、ユリコの休暇である。夫が軍を辞めた後も、彼女はぐんせきに身を置いている。既に一生どころか十代先まで、相続税を差し引いても食うに困らないくらいの財産を『隠し持って』いるタイラー夫妻ではあるが、ユリコは惑星連合宇宙軍情報部という今の職場にを見出していた。

「ね、一緒に見よう?」

「そうだね」

 しぶしぶ、タイラーは起き上がった。

「この星は、好きじゃないな。紫外線は強いし、塩分の強い砂が口の中に入るしね」

「それをかんじように入れても、あの夕陽は見るだけの価値があるわ。早く行かないと、砂海のはてに沈んじゃうわよ」

「行くいく」

 妻に手を引かれ、サイトデッキへのラッタルを駆け上がるタイラー。

「どうせ大したことは──」

 だが不覚にも、彼はそこで絶句してしまった。

 見渡す限りの、オレンジ色──。

 朱色から山吹色までの、ありとあらゆる階調のオレンジ色が、そこにあった。見事な全天のグラデーションだ。

「うん。銀河もまだまだ、捨てたもんじゃない」

 と、タイラー。

「でしょう?」

「ああ。ジェーンのやつにくれてやらなくて、本当によかった……」

 自分が守った物の価値を、改めてめる銀河の救世主であった。

「キサラも……」

 と、いつの間にかタイラーの手は、ユリコの肩に回っている。

「連れて来てやるべきだったかな……。あとで写真を見て、悔しがるぞ」

「学校を休ませることは、できないわ」

 あくまでもげんかくに、母であるユリコは言った。

「それに今のキサラには、この美しさの価値が、どこまでわかるか……。もう少しとしを取ってから、自分の足で回ればいいのよ」

 結局自分で苦労してみなければ、物事の本当の価値はわからない。押し付けでは感動は味わえない。

「ま、キサラはキサラで、楽しくやっているだろう」

 気楽にも、父親は言ってのけた。

「おおかたまた、ヤマモト家の、シゲチヨ君あたりを玩具オモチヤにしているんだろうなあ……」

「あの子も気の毒ね」

 と、思わず微笑ほほえむユリコ。これが笑って済ませられなくなる段階に到達するまでには、あと数年を要する。

「まあ、本人がけつこう幸せそうにしているんだから、いいんじゃないか」

「そういう問題かしら?」

「人生のきびしさを、早い時期から知るのはいいことだ」

 と、無責任にタイラー。

「シゲチヨ君はきっと父親以上の、出来た人間になるよ」

「……でしょうけど」

「ま、何にせよキサラが、いたぶられる立場でなくて本当によかった」

「あなた……」

 シゲチヨ・ヤマモトの未来に幸多かれと、ユリコは祈らずにはおれなかった。

 夕陽はますます、そのぜつけいと感動の度合とを、高めつつある。夕陽がなかば砂海の地平線に沈み、シルクハット状態になった時が最高のしゆんかんと、ガイドブックにはある。

 ごうゆうらん砂上船『シャイフルドII』は、ゆっくりと砂海をゆうよくする。

「シャッターチャンスよ」

 と、ユリコ。

「わかってる」

 タイラーは指を、パチンと鳴らした。

 その音を聞き付けて、何体かデッキ上を走り回っていた『スナッピー』のひとつが、こちらにやって来る。これは頭部に高性能カメラ、腹部に急速現象・プリント装置をないぞうした移動式の自動撮影ロボットであり、銀河中のめぼしい観光地では必ずける。まずポーズを取って写真に収まり、一分ほど待って『スナッピー』の胸にあるディスプレーにタッチして欲しい枚数とサイズをセレクトする。後は料金分のキャッシュを入れるかクレジットカードを差し込めば、その場であざやかな写真が手に入るという代物だ。確かに便利ではあるが、まるで宇宙時代以前の空想科学映画にでも登場するような旧式ロボットそのままの姿は何とかしてほしいところだ。まあ、それはそれで味があってよいという人もいるが──。

「一枚、頼むぞ」

「あいあい・さー」

 機械的な声で『スナッピー』が言い、頭部のセンサーがチカッと光った。

「写シマス」

 目の位置のズームレンズが動き、人間ならけんの位置にあるフラッシュがせんこうを発した。夕陽がバックなのでフラッシュが必要と判断した『スナッピー』のセンサーが、日中シンクロを指定したのだ。もちろんまぶしすぎないように、光量は調整されている。こうしゆつも、機械任せでかんぺきだ。

「なかなかよく撮れているじゃない」

 と、出来上がったプリントを見て、ユリコは微笑ほほえんだ。

「二人とも、新婚みたい。あなたが撮ったんじゃ、とてもこうはいかないわ」

「僕はカメラおんだからね」

「ヒラガー技術中将みたいに、撮るのに時間がかからないのもいいわ」

「彼の場合は写真を撮る前に、まずカメラとレンズを選ぶところから始めなきゃいけないからね。女の子と軍艦しか撮らないし……」

『スナッピー』はプリントに続いて、ネガ画像の収まったマイクロフロッピーを吐き出した。これを持って行けば、銀河のどこのラボでも焼き増し可能だ。『スナッピー』自体にも四ツ切りサイズまでの引き伸ばし機能はあるが、やや割高である。

「ご苦労さん。行っていいぞ」

 タイラーが頭をでると、

「さんきゅー」

 との声を残し、『スナッピー』は別の客のところへ──。

「平和ねえ……」

 と、幸せそうに、ユリコ。

「ああ、平和だとも」

 と、タイラー。

「平和すぎて、不気味なくらいだ。僕のとぼしい人生経験から言っても、こういう平和は、長続き……」

 しなかった。

 不意に岩陰から、黒い砂上船がぬっと現れたのだ。つやしの、ロービジブラックに塗られたその船体には、はるか太古の地球の水上軍艦もかくやと思わせるばかりの大小の火器が、ニョキニョキと突出していた。言わば、砂上をこうする、せんかんといったおもむきである。

「ヒラガー中将がいたら、夢中で写真を撮りまくるぞ」

 と、タイラー。