「結局、来てしまったな……」
と、惑星連合宇宙軍最高司令長官マコト・ヤマモト元帥は、流砂に沈む惑星ハレックの毒々しいまでに赤い夕陽を浴びながら呟いた。紫外線カットシートを貼った全面強化ガラス張りのカフェテラスで、地球標準語版の夕刊を読みながら、美味とは言えないカフェ・ラテを啜る。
『私も、馬鹿かもしれない。厄年にもなって……』
だがヤマモトは、来ずにはおれなかった。
『彼』がこの星に来ているという理由だけで。愛する妻──またもや臨月──と、子供たちをほっぽってまで……。
『シゲチヨと動物園に行く約束を、また反古にしてしまったな……』
もうじき小学校に上がる長男には、済まないと思う。聞分けのよい、よく出来た息子だ。
『あいつは言うんだよなあ……。お父さんのお仕事の方が大切です。どうか僕のことなど気に掛けず、行って来てくださいって……。そして、どうか必ず無事でお帰りになってくださいって……』
考えがそこに及ぶなり、ヤマモトはテーブル上のナプキンを取って、思わず鼻を拭かずにはおれなかった。
「私は駄目な父親だ。年端もゆかぬ息子にまで、気遣われるなんて──」
だが、それでも彼はこの辺境の砂の惑星ハレックに、来ずにはおれなかったのだ。それこそ、
「居ても立っても、いられない!」
とばかり、気が付いたら単身ここに来る航宙券を、手配してしまった後だった。
それほどに、この惑星にいる『彼』のことが、ヤマモトは気になってならなかったのだ。
臨時休暇は、いともあっさり取れた。
マコト・ヤマモト元帥は軍に入って以来、休暇らしい休暇を取っていなかったのだ。加えて颱宙ジェーンによる未曾有の脅威も去って久しい銀河は、かつてなかったほど平和な時を迎えている。はっきり言って軍は、
「死ぬほど、暇」
だった。
「行ってらっしゃい、元帥」
と、彼の部下たちは上司の突然の思い付きを、むしろ喜んだ。
「いいことですよ。あなたはもう少し、休むべきなんです。これまでだって──」
部下たちの心遣いも、嬉しかった。
だが、このハレックでも、どうやら自分は休めそうにないなという予感が、まだ若い元帥──歴代司令長官中、今のところ最年少──を漠然とではあるが捕えていた。それ以上に、仕事一徹真面目軍人である彼の心が、何よりも彼に、寛ぐなどという『不遜な』気分を許さなかった。
「さて、来てはみたものの……」
と、ヤマモトは読んでもいない夕刊をめくりながら、呟いた。見出しには『頻発する海賊事件・事態は深刻化』とあるが、当然彼の目には入っていない。そんなことよりも最近とみに、彼は独り言が多くなっていた。いくつになっても若い愛妻のシアに、
「やだ、マコちゃん。年寄りみたい」
とからかわれる所以だ。
「逢わずにおくのが正解だろうな。閣下とその奥様とには……」
その男のことを、ヤマモトはいまだに『閣下』と呼ぶ。彼が閣下でなくなって、既に数年の歳月が流れ去ろうとしているのにだ。いや、おそらくヤマモトにとって、彼は永遠の『閣下』であった。心から──。
『してみると、この惑星には特に見るべき観光名所は、ないのが寂しいな……』
ハレックは、地表のほとんどが砂で覆われた、流砂の惑星である。リゲル宙域にあり、ワープ航法を駆使して銀河中央から三日。辺境ではあるが、ド辺境という程でもない。流砂の海を遊覧砂上船で巡航する『奇岩巡り』も、かつて銀河のほとんどを股にかけたヤマモトのような船乗りにしてみれば、別段取り立てて感銘を受けるような景色ではないだろう。せいぜい生涯のほとんどをひとつの惑星の地表にへばりついて過ごした年寄り連中を喜ばせるのが関の山だ。敢えて自分から動こうという気がしない。わざわざ取った臨時休暇を、こうなってみるとたちどころに、彼は持て余し始めていた。
『考えてみれば……』
自嘲気味に、ヤマモトは苦笑する。
『私はいつだって、自分から積極的に行動を起こしたことはなかった。いつも事件に巻き込まれ、翻弄される中で奇妙な才能を発揮することで、ここまで引き立てられてきた人物ではなかったか……』
彼のその自己評価は、皮肉なことにまったく正しかった。特に、『閣下』はいつも彼を楽しい楽しい、楽しくて涙が出るほど愉快な事件に巻き込んでくれたものだった。ヤマモトの今日あるは、『閣下』のお陰には違いない。それは自覚している。
「また閣下が、私を抜き差しならない事件に巻き込んでくださればよいのだが……。まあこの平和な観光惑星まで来て、そいつはちょっと無理だろうな……」