「まだだ、まだピッチを上げるのは早い!」

『不在の騎士』号のスキッパー席では、カヤマが叫ぶ。

「今からこんなにピッチを上げていたら、かんじんのところでへばってしまうぞ! もう少しパワーを温存しろ、タイラー!」

「いいんだ」

 タイラーは言った。この若者にはめずらしく、顔付きが真剣である。

「抜ける時に、抜いておきたい!! やれる!」

「わかった!」

 カヤマはタイラーのそうにすべてをあずけた。

「任せる! おまえの好きなようにやれ!!

 ついに二隻はへさきならべた。

!?

 ヤマモトには、わからない。

「艇の性能でも、クルーの腕でもおとっているはずの敵に、何故追い付かれる!?

「いや……」

イイジマが言った。

「艇の性能はともかく、クルーの腕では連中も負けていないそ。特に舵取りの腕は、我々より上らしい……。認めたくはないが──」

「私は認めんぞ!」

 ムキになって叫ぶヤマモト。

だんじて認めええええん! あんな連中に、軍のめい!! ましてやユリコ・スター候補生の、唇をなどと──」

「ヤマモト……」

 あきれつつ、ヤマモトの顔を見るイイジマ。

「おまえ何か、あの連中と約束を……」

「またか」

 と、クルーの一人がぼやいた。

「ヤマモトは何かあると、必ず誰かとかけをする。そうやって、よせばいいのに自分を抜き差しのならないところまで追い込んでしまうんだからな……」

「まったく困ったもんだ」

「うう……」

 うなるヤマモト。

「うるさああああい! とにかく死ぬ気でやれ!!

「やってるんだけどね……」

 と、舵手。

「確かにくやしいが、あっちの舵手の方が、俺より腕がいい……。こんな奴が、無名の大学にもれていたなんて……」

「相手にこんなふくへいがいるのなら、やはりあらかじめ舵手を代えておくべきだったかな?」

 イイジマがつぶやいた。

「二年後輩のハロルド・カトリ……。初年生ながら、あいつの操舵技術は士官学校でもピカ一だ。操舵科の教官もいちもく置いているくらいだ。奴をばつてきしておけば、ここまで追い上げられることはなかった……」

「何を言う!」

 とヤマモト。

「軍人に、『もしも』はきんだ! 今与えられたじようきようで、全力をくすしかない!! なんとしても──」

「ああっ!」

 ついに、抜かれた。

「なんて速いんだ!」

「信じられん……」

 レース対抗艇の後ろ姿など、多くの士官学校生が初めて見る。

「ひゃ、百万艇身……」

 イイジマが唸った。

「離された……」

 がっくりと、うなだれる。

「完敗だ……」

「まだだ!」

 と、ヤマモト。とうくつはこのころからだった。

「まだレースは終わってはいない! 最後まであきらめるな!」

「しかし……」

「つべこべ言う奴は、艇外へほうり出すぞ!」

 だが──、

 悪い時にはとことん悪いことが重なるものだ。

「ぜ、前方に、いんせき!」

 レーダー手が叫んだ。

「お、大きい!!

 巨大隕石と言うよりも、ゆう小惑星と言った方が近い大きさだ。

しようとつコース!」

けろ!」

!!

 めいになっていた。

「もうおそい!」

「うっ、うっ……」

 ここでヤマモト。何を思ったか、

そういん、衝突用意!!

 と命令してしまったから、さあ大変。

『我が青春のバラクーダ』号の中は、しゆうしゆうのつかないさわぎになってしまった。泣く者、き合ってごうきゆうする者、両親にててしよを書く者、『真白き富士の』を歌い始める者、ばんざいれんする者──。

 当然『不在の騎士』号の方でも、巨大隕石の存在に気付いてはいた。

かいコースだ!」

 と、すかさずカヤマは命令していた。

「士官学校の連中には気の毒だが……。ぐずぐずしていると、飛び散ったへんでこっちまでがいを受けるおそれがあるからな……」

 だが──、

 舵手のタイラーは、その命令にはしたがわなかった。

 とつにスピードをゆるめ、舵を切る。

「あっ、何をするタイラー!?

「見捨てて逃げても、後味がね……」

 彼は微笑んでいた。

「うまくいったら、おなぐさみ!」

「責任は誰が取る!?

「責任?」

 振り向いたタイラーの笑顔を、カヤマは死ぬまで忘れなかった。

「ンなもん、知ったことか!!

 たたんでスピードを殺し、『不在の騎士』号は『我が青春のバラクーダ』号に並んだ。

「えいやっ!」

 タイラーが大きく舵を切る。『不在の騎士』号の艇体が、『我が青春のバラクーダ』号の艇体をはじき飛ばした。

「あっ──!!

 その一瞬に、タイラーとヤマモトの、目線が合った。

「あいつ……」

 ヤマモトが思ったいとまもあらばこそである。

『我が青春のバラクーダ』号はこのごういんはば寄せによって大きくコースを変え、からくも隕石との衝突コースは回避した。

「何故だ……!?

 というもんだけが、ヤマモトののうに残った。

「何故、勝利を捨ててまで!?

『宇宙のおとこなら、ヨットマンなら、当然だよ……』

 と、タイラーなら言ったかもしれない。

 とにかく──。

 最悪のたいだけは回避された。

 が──、

『不在の騎士』号は、隕石をけ切れなかった。

 艇体そんという最悪の事態は避けられたものの、限石の衝撃波によって帆を破損──。

 こうこう不能になって、自分たちが助けた『我が青春のバラクーダ』号にえいこうされて、ようやくドック入りしたのである。


「おめでとう」

 と、ヤマモトのほほに軽くキスしながら、ユリコは言った。

「どんな勝利も、勝利は勝利よ」

 だがマドンナの甘い言葉も、すっかり意気しようちんしたヤマモトを元気付けることはできなかった。

「いいえ……」

 の鳴くような声で、彼は言った。

「これ以上はない、敗北をきつしました。あらゆる意味で、我々は、負けたのです……」

「その負けのきようくんを、次にかせばいいのではないかしら? ヤマモト候補生……」

 ユリコは言った。

「今日の敗北のくつじよくを、明日の勝利のかてとする。それが、軍人でしょう?」

「うっ、うっ……うおおお!」

 やおら、ごうきゆうを始めるヤマモト。

「その通りであります!!


「負けた上に、ゆいいつの部のざいさんであるヨットまで、こわしてしまい、もうわけない……」

 と、がらにもなくあやまるタイラー。

「すべて、僕の責任だ」

「いいんじゃないの? 心にもないこと、言わなくても……」

 壊れた『不在の騎士』号のデッキに、タイラーと並んで腰けながら、カヤマはさわやかに笑う。

「勝つのはあの場合、むしろたやすかった」

「確かに──」

「だけど、あれ以上カッコいい負け方は、ちょっとなかった。そうだろ、タイラー。気にすんな」

「ま、僕も最初からそう思っていたんだが……」

「こいつめ!」

 コツンと軽く、頭をく。

「おまえはまったく、退たいくつさせちゃくれないよ。ジャスティ・ウエキ・タイラー……」

 その名が宇宙全体にとどろき渡るには、あと十年近くを待たねばならない。


「軍人だからとて、民間人をあなどるべきではない」

 翌日の朝食の前に、りようちようヤマモトはさっそく一席ぶった。

「現に民間人の中にも、りつな人間はいくらでもいる。そのことを我々は、身をもって思い知らされた……」

 この日から、ヤマモトはほんの少し変わったようだ。以前のように、やかましいことを言わなくなった。寮生たちは、むしろこの変節を喜んだ。当然であろう。

 ジャスティ・ウエキ・タイラーの行動が、第三者を幸福にした、思えばこれが初めてだったのかもしれない。

 むろん、当人たちはそんなことは知るよしもないのだが……。


「マコト・ヤマモト少尉!」

 任官式を終えて、真新しいえりの制服に身を包んだヤマモトに、上官が声をかける。

 それは誰あろう、あのセッシュウ・ミフネ中将であった。

「はっ!!

 さっとけいれいするヤマモト。

「ミフネ……かつ……」

「君は──」

 眼光するどく、ヤマモトを見るミフネ。

そんけいする人物はおるのかね?」

「おります!」

「それは誰か?」

「はっ!! それは……実は、名もなき一人の、ヨットマンであります」

「ほう……?」

 ミフネ中将の目がきよう深そうに彼を見た。

「君のようなぜんゆうぼうな軍人が、名もなきいつかいのヨットマンを尊敬するとはな……」

「いけませんか?」

「いかんということはないが──。を聞かせてもらえんかな?」

「そのヨットマンは、自らの危険もいつだにせず、身をていして我々を助けてくれたのです」

「その一件は、聞いている」

 とミフネ。

ゆうかんな若者たちだった……」

「あの日から、自分は知ったのであります。民間人の中にも、尊敬にあたいする人物がいると……。私は、自らも彼のように、尊敬されるべき軍人になりたいと。そして、そうなった時改めて、自分を救ってくれたあのヨットマンに改めて名乗り出ようと、思うのであります!」

「わかった」

 おうように、うなずくミフネ。

「そのヨットマンに関する君の言葉は、覚えておこう……」

 こうして、自分でも気付かないところでまたひとつ、けつったマコト・ヤマモトであった。

 何故ならばミフネ中将は立場上、その一人で十数人の命を救った、ヨットマンの名前を覚えていたからである。ジャスティ・ウエキ・タイラーというその名を、数年後に入隊者めい簿の中に再び発見した時、ミフネ中将が取った行動とは──、

 ヤマモトを、タイラーと再びめぐり会わせるべく、二人が同じかんはいぞくされるよう、かげでこっそりとかくさくすることだったのである。

 その時、ミフネはこうのたまわったと、伝えられている。

「すべては貴様の希望通りだからな、ヤマモト中佐……。だからして、この人事でワシをうらむのは、筋違いというものだぞ。自分の言ったことを、ゆめ忘れるなよ……」

『我が名はヤマモト』完