「あたしがCMに出た商品は、チューインガムから高級エアカーまで、全部買うのよ! たとえ何十年、ローンを組んででも……」

「もちろんです」

 あくまでもにこやかに微笑む、タイラー。

「そのことをようく、覚えておきなさいね」

「はい」

「の、ノリコちゃん。やり過ぎだよ……」

 おろおろする、イジューインさん。

「この人、すっかり君にせんのうされちゃってるよ」

「いいのよ」

 と、ノリコ。

「あたしのじゆんけつは、それほど高価なのよ。このチンケな男の人生を、もてあそんでやるわ! いい、あたしが出るCMの命令は、絶対なのよ!!

「はい……」

 後にこのことが、大変な問題を引き起こすことになるのだが、今はその事の重大性を、誰もにんしきしてはいなかった。

「では行きます、イジューイン!」

「はい……」

「待ってください!」

 カヤマが叫んだ。

「何?」

「さ……」

 おずおずとかばんをまさぐり、意を決してカヤマは言った。

「サインしてください!!

 しきを差し出す。

「ファンなんです!」

ないしよよ」

 さすがに悪い気はしないらしく、そそくさとれたぐさでサインするノリコ・バッハ。いかにもアイドルのサインらしく、たつぴつだが読めない。

「あ、僕も……」

「こっちもお願いします」

 その場にいた部員たちが次から次へと申し出、ちょっとしたサイン会が始まってしまった。

「ツーショットで写真、お願いします!」

「ついでにヨットにも、サインを!!

「しょうがないわねえ……」

 それでもアイドルのさがで、カメラを向けられると笑顔を作ってしまうあたり、彼女もやはり芸能人であった。

 そんな中でタイラーだけはもくもくと、ヨットのせいを続けている。

『もうあたしに、きようはないってこと……』

 横目で見ながら、ノリコにはそれがしやくだった。

『このあたしのこうくつしない、おとこだなんて……。許せない、許せないわ!』

 ノリコはますます、タイラーをできなくなっていった。そんな自分に対し、今まで感じたことのないしようそうかんすら覚えるのだ。

『ジャスティ・ウエキ・タイラー……。この漢は、いったい何者?』

 たぶん──。

 タイラーのたいの知れないうつわの大きさに、最初に気付いた人間はノリコであったのかもしれない……。


「イジューイン」

 帰りのエアカーの中で、ノリコはとつぜん言った。

「あの仕事、受けることにしたわ」

「あの仕事って……」

 ハンドルを握りつつ、ろうばいするイジューイン。

「まさか、惑星連合宇宙軍の入隊かんゆうの?」

「他に、何があるの」

「でも、あれほどダサいからこんな仕事嫌だって、ことわってきたじゃないですか……」

「気が変わったの」

 へいぜんと、ノリコ。

「やると言ったら、やるわ。ジャスティ・ウエキ・タイラーという漢を、めつさせてやりたくなったの。軍でまれるといいんだわ……」

「そんな、一時のかんじようで──」

「イジューイン!」

「は、はい……」

 イジューインはこれ以上はんろんすることのおろかしさをさとった。一度こうと言い出したら聞かないノリコの性格を、知り抜いていたからである。

「わかりました」

「すぐに電話して」

「はい……」

 他惑星直通機能を持つ、自動車電話を取り上げる。

「あ、もしもし、惑星連合宇宙軍の広報課ですか? はい。オフィストレイシーのイジューインです……。実は──」

 銀河の運命は、実にこの瞬間に決まった。


「よし、どこから見てもかんぺきにノリコ・バッハだ」

 完成したフィギュアヘッドを見上げながら、満足そうに頷く部員たち。

「これで間違いなく、勝利の女神はわれわれかたむく」

「だといいね」

 ひとの抜けた顔でつぶやく、タイラー。

「おいタイラー、わかってんのか? 自分のしたことが……」

 部員がねて、たしなめた。

「わかってる、つもり」

「ま、こっちは握手もしてサインももらって、おまけに写真までれたから大満足だけどな……。タイラー様さまだぜ」

「まったく」

「それにしてもおまえ、意外にきようあるなあ……」

「うん。少し見直したぜ」

「あの女王様を前にして、少しも動じないんだからな。大物かも──」

 女王はおろか、こうていの面前でも、動じない漢なのだった。

「とにかく、士官学校との対抗レガッタでは、よろしくたのむぜ」

 とカヤマ。

「タイラー、さしずめおまえは我が部の救世主。そしてノリコ・バッハは、我が『不在の騎士』号の女神……。そうだな」

「かもね」

 静かに微笑むタイラー。動じない。

 後にタイラーは銀河の救世主、そしてノリコ・バッハは惑星連合宇宙軍の女神となるのであった。

 ともあれ──。

 レースは目の前だ。

「士官学校は強敵だが、タイラーとノリコちゃんがいれば、なんとかなるんじゃないかって気がしてきたぜ……」

「まったくだ」

 こんきよのない自信が、部員たちの間にえつつあった。

 せきを起こす男、ジャスティ・ウエキ・タイラー。

 その神話は、この時から始まったのかもしれない。

 しかし、まだまだ彼の全体像をあくしている者は、タイラー自身をもふくめて、全宇宙にはかいであった。

 運命の歯車は、確実にみ合い始めていたとしても──。


 かくて、惑星連合宇宙軍士官学校と銀河産業大学ヨット部とが、そのゆうを決する対抗レースの日は来た。とうしや以外はほとんどだれも注目していないとはいえ、どちらもそれなりにしんけんである。特に士官学校の連中には、メンツがかっていた。せてもれても民間人には負けられない。もし万が一にもこうじんはいするようなことでもあれば、軍のけんは地にちる。

 いや、じつさいにはそれほどおおなことでもないのであるが、少なくとも士官学校の中で約一名が、がんめいにそう信じていた。

「いいか!」

 と、その『約一名』が、クルーたちをしつげきれいする。

「負けたら一大事だぞ! なにしろていせいのうでも、クルーの質でも、こちらが上……ということになっているんだからな。学生ぜいに負けたら、軍の権威はいつきよしつついだぞ!」

「だったらレースなんか、やらなきゃいいのに……」

 と、士官学校ヨットはんの誰もが思ったが、さすがに口には出せない。

 勝って当然。負ければあかはじ。何のメリットもない。

 それでも、クルーたちにとってはいいげきである。普段のそうていくんれんの成果を見せられる場は、こんな時くらいだ。

「こうなりゃ十万艇身以上はなして、うでの差を見せつけてやるしかないな」

 と、艇長スキツパーのナオト・イイジマこうせいは言った。ヤマモトとは、常にしゆせきを争うライバルでもあるが、今はいつだんけつきずなで結ばれたクルーだ。

「遊びでやっている連中にだけは、負けたくない」

「そうだとも!」

 とヤマモト。

「逆に言えば十万艇身以上引き離せないようなら、こちらは負けたも同じだ! 敵は銀河産業大学の学生連中などではない!! 我々自身なのだ!」

 大きな声でふいちようするのは、ヤマモトのくせだった。むしろ、自分に向けて言っているのだが、それを聞かされる相手は当然、面白かろうはずもない。

「でかいことを言いやがって……」

 銀河産業大学ヨット部のキャプテンであるコーサク・カヤマは反対側のドックまで届くヤマモトの声に、しようせずにはおれなかった。

「あれで負けた時の、あいつらの顔こそものだぞ」

「いくら士官学校でも、あそこまで言わせておくことはないんじゃないですか、キャプテン」

 部員たちはみな、かなりカリカリきている。

「まあいい。我々も宇宙の海に生きるおとこだ。この借りは、レースで返そうじゃないか」

 きっぱりと、カヤマは言った。

「こちらには、タイラーがいる!」

「ぼく?」

 と、自分を指差すタイラー。

「いやあ、僕なんか……」

「いや。おまえが入部してから、この『不在の』号は負け知らずだ」

 とカヤマ。

「おまえは勝利の女神……いや、福の神かもしれないな、実際の話……」

「だと、いいんだけどね」

 ヘラヘラ笑うタイラー。レース前だというのにきんぱくかんのないことおびただしい。

「今回も、チアガールなしかあ……」

 と、部員の誰かが言った。

「しょうがねえよ。また野球部のリーグ戦と、カチ合ったのだもの」

「モテるのは、野球部とかサッカー部とか、バスケ部ばっかりだな……」

「グチるな。我々には、勝利の女神のノリコちゃんがいる!」

 そう言って、この前写したノリコ・バッハの立体ポートレートを見せるカヤマ。

「いくらノリコちゃんでも、やっぱり実物の女の子の方がいいなあ……」

「おい、見ろよ!」

 部員の一人が、反対側のドックを指差した。

「士官学校の方には、女の子がいるぞ!」

 それを一目見ようと全員が、わっとかたげんに寄ったので、艇がかたむいたほどだった。

「こいつはめずらしい……」

「しかも美人だぜ」

「あれが女子部の生徒か……」

「あと一年もすれば、しようさんってわけだ」

「救国のこころざしを持った乙女か」

「俺たちなんて、相手にもしてくれないんだろうなあ……」

「いずれにせよ、なかなかの美人だぜ」

「誰か、アタリをつけてくれねえかなあ。いつしよに記念さつえいをしたい」

「よし、そういうことなら!」

 カヤマがそうを代表して、みずから名乗り出た。

「俺が話をつけてきてやる!!

「あ、キャプテン、ずるいですよ!」

「俺も一緒に……」

「ひがむな! 部長のとつけん!!

 いさかからんようという気がしないでもない。

「必ず色良い返事を持って帰ってやるからな」

「頼みますよ、キャプテン」

「おう。まかせとけ!」

 カヤマは意気ようようと、相手側のドックへ。

「初めまして」

 こういう時は、ものじしないカヤマの性格は有利であった。いかにもヨットマンというさわやかな外見も、それにこうけんしている。

「僕、カヤマと言います。今日あなた方と戦う銀河産業大学ヨット部のキャプテンです」

「あら……」

 彼女はカヤマを見た。

「その……ていねいに。でも、あたしはただの士官学校の女生徒です。ただおうえんに来ただけですわ」

 誰のじゆんで見ても美人だった。カヤマのタイプでもある。どことなく、かのノリコ・バッハにも似たところがある。目の前の女性士官候補生の方が、はるかに知的でせいかんな印象だが……。

「おや、そうですか。僕はてっきり、あなたがマネージャーかと。その……あまりにも宇宙の海が絵になる女性だと思いましたので……」

「ええ、父は船乗りでした。もう戦死しましたけれど……」

「そうですか。それはお気の毒に……」

「どうしたんです、スター候補生!」

 カヤマにとって最もすいじや者が現れた。ヤマモトだった。

「あら、ヤマモト候補生……」

「あ、あ~っ、さま!」

 大袈裟にさけぶ。

「貴様、民間人のぶんざいで、我々士官学校生のあごがれの君、ユリコ・スター候補生をろうらくせんものとちょっかいを出すとは! さてはじゆんせいこうゆうが目当てだな!?

「いつの時代の言葉だよ……」

 カヤマはすっかり、気分をだいしにされてしまった。

「僕はただ、レース前のあいさつに来ただけだ」

『ヨット部の若大将』ことカヤマは、胸を張って言った。さすがにその堂々ぶりは、ヤマモトを相手に一歩もゆずらない。

「正々堂々、戦おうとな」

「む、そういうことなら……」

 ぶくろを取り、あくしゆを交わすヤマモト。

「言っておくが、負けんぞ!」

 カヤマは言った。

「今のうちに、せいぜいほざいておくことだ」

 こういう正面から来る相手なら、ヤマモトにもくみやすい。

「官民の間に大きなへだたりがあることを、しよくんらは思い知ることになるだろう」

「その台詞せりふ、覚えておこう」

 ヤマモトが力を込めてにぎってくる手を、さらに倍する力で、カヤマは握り返した。

「君の名は?」

「ヤマモト、マコト・ヤマモト……」

「僕はカヤマだ。コーサク・カヤマ。ヤマモトか、覚えておくぞ。青大将みたいな顔しやがって……」

「そちらこそ、ざわりなみ上げだな」

「ま、まあ……二人とも……」

 ねてユリコが間に入った。

「あくまで学園祭の、一イベントなんですから、そうムキにならずとも……」

「そうですね」

 カヤマがまず、微笑ほほえんだ。

「これはとんだすいを……」

「気安く声をかけるな!」

 ヤマモトが叫んだ。

「スター候補生が、民間人などを相手にすると思うか!?

「あら。そういう決め付けはよくないわ、ヤマモトさん」

 微笑むユリコ。

「カヤマさんには、下心などありませんわ。彼はしんです。紳士には、紳士たる礼をもってするべきではないかしら?」

「は、はあ……」

 ユリコにそう言われては、ヤマモトも立つがない。

『ははあ……』

 男女間のさといカヤマは、両者の力関係をいつしゆんの間に見いた。

『なるほど。そういうことか……』

 ニヤリ、わらう。

「ユリコさんとおっしゃいましたね」

「はい」

 うなずく。後のおもかげはあった。しかしこの外見で、性格はかなりキツい。それははからずもずっと後に生まれた、彼女の娘が身をもってしようめいすることとなる。

「ユリコ・スターと申します」

「あなたのような人とお知り合いになれて、僕ぁ幸せだなあ……」

 鼻の下を人差し指でこすった。

「まあ……」

「貴様!」

 カヤマのむなぐらつかむヤマモト。

「するに事欠いて士官学校のマドンナに……」

「やめてください、ヤマモトさん!」

 叫ぶユリコ。

「あたし、ぼうりよくきらいです! 特に、なんでもかんでも暴力でかいけつしようとする人は、大嫌いです!!

「し、しかし……」

 こんわくするヤマモト。

「ちょうどいい」

 微笑んで、カヤマは言った。

「ユリコさん。ここはひとつ暴力以外の方法で、解決しませんか?」

 ことさらにヤマモトをしつつ、カヤマは持ちけた。

「このレース、勝った方のクルー全員に、あなたがキスをしてくれるというのは、どうですか?」

「なっ、何を言うか貴様ァ!」

 はつ天をいきおいで、叫ぶヤマモト。

「スター候補生が、そのようなこと……」

「おや?」

 なんであんたが怒るの、という顔でカヤマはヤマモトを見た。

「あんたら、勝つに決まってるんでしょ。そんなこと言ってなかった、ヤマモトくん?」

「そ、それは…」

 たんにしどろもどろになる。こんなところが、彼の愛すべき一面なのだ。

「いいわ」

 クスクス笑いながら、頷くユリコ。

「軽いキスくらいなら、して差し上げるわ。どちらも、がんってくださいね」

「そ、そんな……」

 と、あごがダラリとれ下がるヤマモト。

「我々士官学校生のマドンナ、ユリコ・スター候補生が、そんな、よりにもよってこんな連中に、そのうるわしのくちびるを──」

「まだそうと決まったわけではありませんわよ、ヤマモトさん」

 微笑みながら、ユリコ。

「あなた方が勝てば、当然──」

「うおおお~ッ!!

 これがり切らずにおれようか。

おとこヤマモト、これは死んでも負けるわけにはいかなくなったァ~ッ!」

 単純なものである。

「ずぇったい勝ァ──────!!

『バカは単純でいいなあ……』

 思わずそう思うカヤマ。

『ま、いいや。これで頑張りもあるし、部員連中にも面子メンツが立つ』

 部員たちがきようらんで彼をたたえたことは言うまでもない。

 対抗レースは、観客がかいな割には、ように燃え上がる展開となった。


「奴らの艇の方が、出足が速い」

 カヤマは言った。

くやしいが、性能の差はいかんともしがたい。しかしながら、レース経験はこちらの方がほうだ。ただ何もないところをまっすぐに行くだけなら、奴らの方が速い。しかし、レースにはアクシデントが付き物だ。宇宙あらしにでもそうぐうすれば、レースれしていない奴らは必ずパニックにおちいる。そこがこちらの付け目だ。そこで一気に、差をちぢめ、追い抜いてやる。それまでは、こっちはひたすらまん、我慢だ。あせってり合おうなんて思うな。いいな!?

「う~ス!!

 気合の入った、返事。

「タイラー」

「ん?」

かじは、任せたぞ。おまえの舵取りに、すべてをたくす!」

「任されちゃったよ……」

 頭をくタイラー。

「実になんともはや……だね」

「俺から言うことは、これで全部だ」

 カヤマはぜんぷくしんらいを寄せるクルーたちを見た。

「おまえらのすべてを出し切れ! 以上だ」


「始まったわ」

 と、ユリコ。

「どちらが勝つのかしら……」

 それなりに、気になる。

 太陽風をはらんでドックを出る、二せきのソーラーディンギー。やはり艇の性能の差が、スタートダッシュに出た。士官学校の『我が青春のバラクーダ』号の方が数十艇身、『不在の騎士』号を引き離している。『不在の騎士』は必要以上に離されないように、たくみに艇をそうじゆうしつつ、その後を追う。勝負時に備えてパワーをおんぞんしているかのようにも見える。

 悪くない作戦だ。

「あのヨットの舵を取ってる人……いい腕だな」

 ヨットは素人しろうとのユリコにも、それはわかった。

「離され過ぎないように、うまく舵を取ってるわ。流れに逆らわない、いい舵さばきだ……」

 なんだかしように、敵であるはずの『不在の騎士』号の方をおうえんしたくなる。その舵を取っている人間が実は……などと、現時点のユリコにわかるはずもない。

「カヤマさん……」

 たった一人、顔も名前もわかっているカヤマの名を、ユリコは思わず口にした。

「カヤマさあん、頑張ってえ!」

 まさかその声に反応したわけではなかろうが、『不在の騎士』号がぜん勢いづいた。ぐんぐんと、きよめる。