「絶対がない何よりのしようにな、ヤマモト」

 すずしいひとみが、ヤマモトの心をる。

「俺は子供のころから、軍人にだけは、なるまいと思っていたよ。強運というのなら、士官学校に入らなければならなくなった時点で、俺のめいうんきた」

「そんな──」

「俺は、本当はきになりたかったんだが……。ま、ひまがあったらポスターでも描くか」

「そうしてください」

「だから、おまえにもちゆうこくしておくぞ。いつどんなことになっても、いの残らないように生きろ! それが俺からの、もしかしたら最後になるかもしれん忠告だ。たのむぞ、寮長……」

「う……うぉううぉう!」

 ヤマモトは、いつしかごうきゆうしていた。

「き、キクチヨ……ミフネ少尉、ばんざい! ばんざ~い!!

「おいおい、よせよ、こんな所で──」

 ミフネはもうれつれた。士官学校校庭の、桜づつみの上である。

「は、ずかしいじゃないか……」

「な、泣けるのであります!」

 とヤマモト。

「泣かせてください!!

「やれやれ……」

 人目を気にしつつ、肩をすくめる。

 今年入学したらしい士官学校女子部の生徒たちが、そんな二人を横目で見ながら、くすくすと笑い合って通りぎる。

「お、おまえといつしよだと、これからの人生にしようきたすかもな……」

 とミフネ。

「あの……」

 女生徒たちの群からはなれた一人の少女が、おずおずと二人のそばに近寄って来た。

「これ、落とされましたよ」

 その手には、白い手袋がにぎられている。

 春風をおもわせる、少女であった。

「あ、済まない……」

 とミフネ。ほほあからめながら、受け取る。少女の名札を、読んだ。

「スター……くん」

「どうかうんちようきゆうを、少尉殿!」

 少女はさっと敬礼した。

「何年か後には、あたしも戦場にまいります。どうかそれまで──」

「うん」

「ユリコ!」

 同級生たちが、彼女の名を呼んだ。

「行くわよ」

「え? あ、うん……」

 け去りながら、ユリコ・スター候補生はもう一度だけ、笑顔を見せた。

「では──」

「うむ」

 微笑んで見送るミフネ。

「いいなあ……。だができればあの子たちは、戦場には出したくないよ。そのためにも、俺はたたかう!」

 それから、ヤマモトの方をり向く。

「これで、なみだけ」

 手袋をポケットにしまうついでに、さっとハンカチを取り出して、そそくさとヤマモトに手渡す。

「それからついでに、その鼻血もな」


「能力は、あるのだが……」

 というのが、マコト・ヤマモト候補生に対する、教官たちのおしなべて共通するひようであった。

「無用のプレッシャーが、悪い方向にはたらき過ぎる」

 と言うのである。

「だが、それをこくふくできれば、彼はらしい指揮官になれるだろう」

 キクチヨ・ミフネ少尉の意見も、まったく同じであった。

「で、そのおとこは……」

 と、セッシュウ・ミフネ中将は口を拭きながら息子にたずねた。

「おまえの見るところ、いつざいなのだな」

「同期の中では、ピカ一でしょう」

 デザートにスプーンを入れながら、息子は言った。

「父さんの下でだって、りつつとまりますよ、きっと──」

にくか?」

 とミフネ中将。

「はい」

 悪びれもせず、うなずく息子。

「彼はきっと、しゆつしますよ。いろいろと苦労も多いでしょうが……」

「ただ問題は、きよくのプレッシャーというわけか……」

「そうなんです」

 早くもミフネ少尉のむねには、さんぜんと光り輝くくんしようがあった。ういじんでいきなり、敵の巡洋艦を沈めたのである。作戦自体は、いつも通りの負け戦であったが──。

「何か、彼に自信をつけさせる、いい方法はないものでしょうかね、父上?」

「おまえがワシに相談するとは、よっぽどその後輩のことを気にけているのだな」

「はい。宇宙軍のためにもなることだと思いますよ。彼は間違いなくとうかくを現し、軍のちゆうすうに喰い込んでいくでしょうから──」

「そうか。それを聞いただけでも、いそがしい時間をっての、この会食はではなかったな……」

「そうですよ」

 と息子。

「お互い軍人です。次はないかもしれませんよ」

「そうだな……」

 と頷く父。

「ワシの経験から言わせてもらおう」

「はい」

「軍にはおうおうにして、ヤマモト候補生のようなタイプがいる。同期に何人か、必ずいる。彼ほどはなはだしくは、ないにしても……」

「でしょうね」

「才能に恵まれながら、極度のプレッシャーでなかなか能力を発揮できない人間だ。中には、自分で自分のつぶしてしまう者もな。だが、そういうケースは非常にまれだ」

「そうですか?」

「軍で長生きできれば、おまえにもおいおいわかる。プレッシャーに潰されるようでは、しよせんそれまでの人間だ。だが、戦場はそんな甘えが許される場所ではない。きよくげん状況の連続だ。しかも軍艦というへいされたかんきようの中ではな──」

「今のままそういう状況に追い込まれれば、ヤマモトはドツボにまるかもしれませんね」

「ところが、そうはならんのだ」

 とミフネ中将。

がたいことにな」

「どうしてですか?」

 スプーンを運ぶ手を休め、父親の顔を見る。

「プレッシャーどころでは、なくなってしまうのだ」

「はあ……」

「そんななまやさしいことは、言っておられぬ。覚えておけよ、キクチヨ。その時こそ、軍人としてのしんが問われるのだ」

きもめいじておきます」

「ヤマモト候補生も戦場に出て、プレッシャーなど吹き飛ぶようなピンチにそうぐうし、その時初めて、正体が知れよう。おまえの言う通り逸材か、それともだおしかな……。だから、逆に心配することなどないのだ。ましてや、このままではあたらちような才能をなどと、他人がとやかく言うことなど、まったくもってしようなのだ」

「さすが父上です」

 全面的ではないにせよ、キクチヨは得るところ大であった。

「遅かれ早かれ、戦場が彼をとうすると、つまりはそうおっしゃりたいのですね?」

「そう。真の軍人は、戦場によってのみきたえられるものなのだ。刀と同じだ」

「では──」

 息子はここで、わるく微笑んだ。父親をろんする方法を、だしたのだ。

「その論法でいくと、戦場でがらを立てて出世しているおとこは、すべて逸材であると、そういうことになりますね」

『こいつめ』

 と、父は思わず息子をにらんだ。

『痛いところを、突いてきよる』

「違いますか?」

「そうではない。残念ながら──」

 にがむしみ潰す、ミフネ中将。

「逆は必ずしも、真ならずだ。まったくもって才能なく、運だけで出世する者も、希にではあるがおる。認めたくはないがな……」

たとえば──」

 微笑みつつ、キクチヨ。

「父上のおきらいな、参謀本部のフジ中将ですか?」

「こら、声が大きい」

 辺りをはばかる。

「どうですか?」

「そうだ……」

 ミフネ中将は小声で、しかしきっぱりと認めた。

「ワシは、奴ほど虫の好かん奴はおらん」

「でしょうね」

「ところが奴は、他人に取り入る術だけは天才的だ」

「それだけは、認めていると……」

「認めん!」

 中将はテーブルをたたいた。

「断じて認めんぞ!」

 歯ぎしりさえした。

「だが──」

 と、そこでふっと一瞬だけにゆうになり、

「哀しいことに、そういうタイプの方が、往々にして出世が早い。現にワシは、階級でとうとうフジ参謀総長に並ばれてしまった……。追い越されるのも、時間の問題だろう。おまえは奴のように立ち回るかね?」

「まさか……」

 一笑に付す。

「僕はそれほどようじゃありませんよ、父さん」

「それを聞いて安心した……」

「でも、僕は父さんとも少し違う意見なんです。しゃべってもいいですか?」

「言ってみろ」

 おうように頷く。

「聞いてやる」

「例えば──」

 キクチヨは、切り出した。

「父さんのような現場のだんと、フジ参謀総長のような文官派とが、もう少し仲くできていたら、後方と前線で意見の対立がなくあしみがそろっていれば、ここまで一方的にラアルゴンにやられっ放しということは、なかったはずです」

「む──」

「違いますか?」

「たかが少尉ぜいが、上層部のことに口をはさむな……と言いたいが、おまえの言うことは正しい。おそらくな……」

「わかっておられるなら──」

「それができれば、苦労せんのだ」

 キクチヨは父親のこれほどさびしそうな顔を、初めて見た。

「今にわかる。今に──」

「僕は、それがわかるほどには長生きしたくありませんよ」

「とにかくワシは、フジとだけはあいれん仲なのだ」

「わかりました。だったら次の世代に希望をたくしましょう」

 キクチヨは言った。

「自分の見るところヤマモトは間違いなく、二十年後の軍で、ちゆうかく人物になりますよ」

 彼の予言はおおむね的中した。実際には十年とかからなかっただけの話である。

「その時になって、ヤマモトの欠点をサポートしてくれる、強力なパートナーさえいれば……。いや、奴の才能はどちらかと言えば参謀向きだ。だから、彼がぜんしんぜんれいをもってサポートするに足る、強力なあいぼうがいれば、この戦争、勝てるかも──。お互いが、お互いの欠点をおぎなう形で……」

「おまえではなのか、キクチヨ」

 父はしみじみ尋ねた。

「父さん、僕はそれほど自惚うぬぼれ屋じゃありませんよ。もっとも、僕とヤマモトがコンビを組めば、結構なところまではいけるんですが……。いまひとつ決め手に欠けるんです。どちらも、ちょっと過ぎるんです」

「生真面目が悪いのか?」

「生真面目だけでは、ラアルゴンに勝てないんです。残念ながら、それは証明済みですよ」

「確かに──」

 めんぼくだいもない。

「生真面目過ぎるという言葉が悪いなら、そう、二人ともあまりにも『軍人過ぎる』と言っていいかもしれないな……」

「ワシの目から見れば、おまえだって充分に軍人らしくない」

「僕だって、なんだかんだ言って父上の子ですよ」

「ではワシは、なんだ?」

「そうですね……」

 キクチヨはちょっと考えて、

「軍人の、化石でしょうか……」

 とおくめんもなく言った。

「こいつめ!」

「でも、充分にそんけいするに足る、化石ではありますがね。化石があるから、我々は昔のこともわかるんです」

「そのうちに、化石のを見せてやるからな。待っておれよ」

「待てないかもしれませんよ。とにかく、僕はヤマモトのことが、かりなんです」

「わかった」

 おもむろに、ミフネはナプキンをたたんだ。

「おまえがそこまで言うなら、一度そのマコト・ヤマモト候補生に、会ってみよう」

 こうして、本人も知らないところでヤマモトのおもが、またひとつ……。


しよくん、来月はいよいよ、年に一度の学園祭だ」

 と、マコト・ヤマモト寮長がおごそかに言った。

「そこで、メインとなる出し物を、決めねばならない。しかるにこれは、しき事態だ」

 どこまでも、事大主義である。

「戦局をかんがみるに、今はゆうちように、学園祭などとうかれている場合ではない。それでもだんとして学園祭をすいこうする以上は、我々の出し物は、時局に相応ふさわしく、士官学校生は言うにおよばず、民衆の戦意をもするものでなくてはならない!」

「いいんじゃないの……」

 と、実行委員長が言った。

「こういう時流だからこそ、パ~ッと楽しくやらなきゃそんだよ。学園祭は、俺たち世間とかくされている士官学校生が、年に一度、民間人の女の子と、おおっぴらに遊べる場なんだから──」

「たるんどるぞッ、さま!」

 ヤマモトはげつこうした。

「それでもでんとうある、士官学校の生徒かッ!? はじを知れ!」

 そのヤマモトを、後ろから副委員長がめにする。

「寮長、落ち着いてください!!

「ええい、だまれ! まったくなげかわしい!!

 はらはらとらくるいしながら、ヤマモトはわめき続けた。

「で、去年のメインの出し物は?」

「お化けしき

 と委員長。

「先輩たちがお化けになって、うっかり入ってきた女の子の体、さわほうだい……」

「ああ、たるんどる! なんたることか!? まったく情けない……」

「でも──」

 と、副委員長が言った。

「それをそつせんして、いちばん楽しそうに、としてやっていたのは、あのミフネ先輩だったよ」

「はぁ~」

 と、ヤマモトのため息。

「まったく先輩も、そんなところさえなければ、かんぺきに尊敬できる軍人のかがみなのだが……」

「そうかなあ……」

 首をひねる一同。

「むしろりつだと、思うんだけどなあ……」

「とにかく!」

 ヤマモトはげんで机を叩いた。

「この第六百六十六代寮長であるマコト・ヤマモトの目が黒いうちは、らちな出し物は一切禁止だ!!

「で、具体的にはどのような?」

 恐るおそる、実行委員長が尋ねる。

「うん、そうだな、例えば──」

 ヤマモトはしばらく考えた末に、

「このさんな戦争の状況を伝える写真展、だが、あまり悲惨さばかりを強調してもいけない。あくまでも一般市民の戦意を高めるようなものでなければ……。それをメインに、他にはせんきよくのための公開とうろんかい、そして、軍事評論家の講演、武器展示、それから、ウム、たくじよう演習なんてのもいいかも──」

「ちょ、ちょっと過ぎないか?」

 と副委員長。

「そんなんじゃあ、女の子は来てくれないよ」

「構わん!」

 とヤマモト。

「この非常時に、何が女の子だ。たるんどるぞ!」

「はぁ~っ……」

 一同、ため息。

「でも、それではあまりにも地味というか、花がないぞ。何か、学園祭らしい目玉のイベントを──」

「そうだ!」

 書記がていあんした。

「ソーラーディンギーによる、恒星一周レースなんてのはどうだろう!?

「ソーラーディンギー?」

 ヤマモトは知らなかった。

「太陽風をに受けて進む、小型の宇宙ヨットのことさ」

 と委員長。

「それ、いいかもな。りのスポーツだし、航海訓練のいつかんとして、今までの訓練の成果を発表する場としても……」

「うん。女の子にも人気があるし、レガッタ形式にして女子部の生徒にチアリーダーでもやってもらえれば、はなやぐぞ」

「ついでだ。士官学校だけじゃつまらない」

 副委員長の、提案。

「民間の大学にも参加を呼びけて、対抗形式にしたら?」

「それはいい!」

 と書記。

さんせい!」

「しかし、仮にも士官学校生が、民間大学のヨット部ぜいになんか負けたら、それこそ恥だぞ」

 ヤマモトはねんした。この頃から、し苦労性であった。

「いいんじゃないか。その方がやる気が出る。我が校の実力を世間に示す、いいチャンスだ」

「確かに──」

「よ、よし、やろう!」

 とヤマモト。

「やるからには絶対、優勝だ。さつそく明日からでも、せんばつメンバーで猛特訓だ!」

 いつたんその気になりさえすれば、ヤマモトのけつだんは早かった。

 だが──。


だね」

 と、実行委員長。

「どの大学も、ことわってきたよ」

!?

 とヤマモト。

「今さら士官学校となんかやっても、メリットがないってよ。銀河中央大学、惑星連合義塾大学、ユナイテッド・ユニバーサル・カレッジ……全部断られた」

「うおおおおお~」

 ヤマモトのぜつきよう

「何故だああああああ!?

「要するに士官学校って、ダサいイメージのきよくなんだよ。民間人から見れば……」

「しかし、一校くらい──」

「あるよ」

 と、副委員長。

「一校だけ、出場オーケーという返事が、来てる」

「それは──」

 わらにもすがる気持ちで、ヤマモト。

!?

「銀河産業大学」

「銀河産業大学?」

 首をかしげる。

「聞いたことないぞ……」

しんせつの、大学だ」

 と委員長。

「三流の──」

「だが、ヨット部に関してはなかなかの実力だと、聞いているぞ。未知数だが……」

「よ、よし、ともかくないよりはマシだ」

 とヤマモト。

かれも山のにぎわい、王者らしく受けて立とう!」

「どこが王者だって?」

「しかし我々は、航海術のプロだ。そうでなければならん」

「そうだな」

 と委員長。

「じゃあヤマモト、言った以上は、おまえがバウマンな」

 バウマンとは、バウに立ってヨットの進路を決めるたいせつなポジションである。

「望むところだ!」

 とヤマモト。

「このせいに親の金でのんに遊んでいる、民間大学のヨット部などには、死んでも負けん!」

 彼の決意は、固かった。

「必ず、勝ぁつ!!

 だが──、

 その銀河産業大学のヨット部にこそ、彼のしゆうせいの宿命のパートナーがざいせきしていることを、神ならぬ身のヤマモトは、この時点では知るよすがとてなかった。

 いんが回る糸車。

 がつしよう──。


「おい、タイラー」

 と、スキッパーのコウサク・カヤマが彼の名を呼んだ。

「『不在の騎士』号の姿せいせいぎよノズルの吹き抜けがイマイチなんだ。見ておいてくれないか?」

「わかったよ」

 銀河産業大学ヨット部の名物男、ジャスティ・ウエキ・タイラーはこの時二十歳はたち、学生という以外にまだ何のかたがきもない、一見へいへいぼんぼんな若者にすぎなかった。

「セイル・ワイヤーのてんけんが終わったら、そっちの方も見とく……」

 いつも眠そうな目をしている若者だ。その表情の下で何を考えているのか、イマイチわからないところがある。たいていの仲間はそんな彼を、

『単に、いつもぼんやりしているやつ

 としか、ひようしていない。

 本人もそれをことさら気にしているふうでもなかった。よくも悪くも、常にマイペースなのである。

「まったくソーラーディンギーにれている時のおまえは、幸せそうだなあ……」

 微笑ほほえみながら、ヨット部長であるカヤマは言う。大金持ちのぼんぼんで、どうらく息子のてんけいのようなカヤマだが、まったくタイプの違うタイラーとは親友同士と言ってよい。少なくとも、部内でタイラーをもつとも評価しているのが彼だった。

「幸せだなあ……。僕はヨットといる時が、いちばん幸せなんだ。僕は死ぬまでヨットをはなさないぞ……ってか」

 やっかみながら、カヤマは言う。

「幸せなんだよ」

 びした声で、後に銀河でだれ一人知らぬ者はないというほど有名になる男は言った。しかし、もちろんこのころの彼に、そのへんりんじんもない。

「本当に、こうしてヨットに触れていると、幸せなんだ」

おれもヨットは好きだが……」

 カヤマにはむしろ、そんなタイラーがうらやましかったのかもしれない。

「おまえのは度をしているぜ、タイラー」

「こうしていると……」

 意にかいさず、タイラーは言った。

おやがどうしてあんなにもヨットを愛したのか、わかるような気がするんだ」

「そうか……」

 うなずくカヤマ。

「親父さん、宇宙ヨットで行方ゆくえめいになったんだっけな」

 セイル・ワイヤーの点検作業をもくもくと進めながら、ごんで頷くタイラー。彼の父であるアベレッジ・ウエキ・タイラーは三年前に太陽系からプロキシマへのたんどくおうだんこうこういどんだまま、しようそくっていた。

とつぜん、会社をめてまでのぞむほどのみだったそうじゃないか」

 当時は小さいながらもホログラフ新聞の記事にすらなった。

「あの記事は、俺も読んだよ。言ってみりゃヨットとしんじゆうだ。ヨットマンとして羨ましいとさえ思った。まさか、その息子と、大学に入ってから知り合いになろうとはな……」

「親父はね──」

 あいわらずヌボーッとした表情のままで、たんたんと語るタイラー。

「医者からまつがんを、せんこくされていたんだよ……」

「そうだったのか……」

「好きなヨットで死ねて、ほんもうだったんじゃないかなあ……」

「そう思うよ。俺もそんな死に方ができたら、本望だ」

「わかってくれて、うれしいよ」

 なおな笑顔を、タイラーはカヤマに向けた。

しんせき中じゃ、あんまり評価されてなくてね。僕がしようがくきんで大学に行けるほどゆうしゆうなら、もう少し風当たりもよかったんだけど……」

「おまえは優秀だよ、タイラー」

 名スキッパー(ていちよう)であるカヤマはがおでそう言った。

「少なくとも、俺はおまえより優秀なヨットマンを知らない。今度の対抗レガッタでは、おまえのかじが勝敗を決することは間違いない。しっかりたのむぞ!」

「ありがとう……。でも、なんで士官学校なんだろうな? 少々相手が、きびしすぎないか? ウチはそんなに、いいチームじゃないだろう」

「士官学校ということで、どこもけいえんしたんだ」

 とカヤマ。

「勝って当然、負ければ軍のはじだなんて考えているような相手と、誰がやりたい? トロフィーもなしに……」

「でも、君は受けて立った」

「そうなんだ」

 とカヤマ。心なしか得意げである。

ちようせんを受けるメリットはある。何しろ相手は軍だ。こっちとしては負けてもともと、勝てば大きな宣伝になる。三流大学と見下している他の大学ヨット部の、鼻を明かしてやれると思ってな」

「カヤマはなんで、この大学に入学したんだ?」

 ぼくもんを、タイラーは口にした。

「カヤマなら、その気になればもっといい大学にも入れただろうし、親のコネだって強力だろうに……」

「俺は受験勉強ってやつが、きらいでね」

 にがわらいしながら、とうかいするカヤマ。

「そんなひまがあるなら、少しでもヨットやスキューバをして、遊んでいたかった。ウクレレをいたりな。それに、どうせ卒業したら親父の会社に入ることは決まってたんだ。どうせそこでコネを使うなら、せめて大学くらい『実力』で入ってもいいじゃないか。そう思ってね。自力で合格できそうな大学で、ヨット部があるのはここだけだった……」

「なるほど……。いずれにせよ、僕とはえらい違いだな」

「ヨットの上では、そんなこと関係ないぞ」

 カヤマは言った。

「俺たちは、同じクルーだ。それ以上でも、以下でもない」

「社会に出れば、いやでも差が出るさ。僕なんか、しゆうしよくのあてもない」

「いざとなったら、ウチの会社に来い!」

 胸をたたくカヤマ。

「うちの会社にも、ヨット部はあるから、そこのもんということでやとってやる。重役たいぐうでな」

「気持ちはがたいけど、えんりよしとく」

 タイラーは微笑んで。

「僕は僕の運を、ためしてみるつもりだから……。まだ、何になるか決めていないんだけど──」

あせることはない」

 とカヤマ。

「じっくり考えて、けつろんを出すんだな」

「そのつもり。それより今は、当面の対抗レガッタだ」

「うん。タイラー……」

「なんだ?」

「勝とうぜ」

「うん」

 微笑んで、タイラーは油だらけの顔をそでぐちでこすった。

「そのつもり……」


 銀河産業大学ほどの三流大学でも、やはり学園祭ともなればせいきようきわめる。その内容も、ちゆうれき以前の地球の学園祭と、そう変わるところはない。

「おい、タイラー」

 と、学園祭の初日、カヤマがタイラーをさそった。

「ノリコ・バッハちゃんのコンサートチケット二枚、ハイパー麻雀マージヤンけでせしめたぞ。見に行こうぜ」

「でも……」

 真空ドックでにゆうねんに、彼らのあいてい『不在の騎士』号の最終点検を行っていたタイラーは、いつしゆんちゆうちよした。

「まだ調ちようせいが──」

「レースは明後日あさつての最終日だろ。まだいいじゃないか」

「そうだけど……」

「たまには息抜きしろよ、タイラー」

「僕にとってはヨットにれていることが、いちばんの息抜きなんだけどな……」

「かわいいぜ、ノリコちゃん」

 と、目を細めながらカヤマ。

「ほら、ちゃんと親衛隊の奴から、はつとメガホンも借りてきたんだ」

ようしゆうとうだな」

「今をときめく、銀河一のアイドルだ。見といてそんはないぜ」

「ラアルゴン帝国と戦争中だってのに、気楽なもんだな……」

「士官学校でも、ノリコ・バッハの人気はダントツだってよ。もんに来て欲しいアイドルのナンバー・ワンだ。そんなもんだよ、軍隊なんて──」

 しぶるタイラーを、カヤマはやり連れ出した。

 コンサート自体は、どうということもない。学園祭にありがちな、ぎわと、ありきたりなプログラム。歌と、あまりたつしやとは言えないノリコ・バッハのステージ・トーク。それでも彼女は申し分なく愛らしく、もとよりファンの連中はつたないおしゃべりにも大感激だ。ミニのフリル付きしようで大サービスするノリコは、ねつえんと言ってよかった。おにも上手じようずとは言えない歌も、親衛隊のだみごえコーラスにき消され、あまり目立たない。

 このステージで、タイラーはすっかり、ノリコのとりこになってしまった。もともと女性に対するめんえきはないに等しい。

「は~い。ではここで、お約束のていばん、ファンのみなさんとノリコちゃんの、楽しいゲーム大会で~す!!

 進行はだがこういうノリだけはみように達者な司会の女子学生──もちろん卒業後はマスコミぼう。行きつく先はたいていワイドショーのレポーター──があおってさけぶ。

 こういうありきたりも許せてしまうほど、ノリコちゃんは可愛かわいい。

「これから、客席のみなさんと、ノリコちゃんがジャンケンをしま~す!」

 げんみつに言えば、『客席』という表現はてきせつでない。ステージの下はエリアで区切ってあるだけで、最初から『そうち』じようたいだからだ。

「あいこはですよ~! 勝った人だけ、ステージに上がる権利があります。そこでノリコちゃんと、あくしゆできま~す!」

 人間、やっていることは七千年間変わらない。どれほど科学技術が進歩しようとも、愚かな戦争とアイドルコンサートの、どくとくのあのノリだけは、変わりようがないのである。

「では、ノリコちゃん、お願いします」

「は~い!!

 元気よく、手を前に出すノリコ・バッハ。

「じゃ~んけ~ん、ぽ~ん!」

 いきなり三分の二がだつらくした。その中にはカヤマもいた。

「最初から、負けかよ」

 となりにいるタイラーを、やっかむように見る。

がんってくれよ」

 タイラーは勝ち残った。この頃から、持ち前の強運だけはあったのだ。

「おいおい」

 目を見張るカヤマ。

「マジかよ。ステージで握手だぜ……」

 タイラーは、かれたかのようにステージへ。もちろんカヤマの、

「後で、俺にもサインな」

 というささやきも、聞こえていたかどうか……。

「はい。勝ち残ったのはこの方です」

 と、司会のお姉さんが妙にれた手付きでマイクを差し出す。

「お名前をどうぞ」

「経済学部産業流通学科の、タイラーです」

「タイラーさん。ノリコちゃんと握手できますよ。今の気分は?」

「最高ですよ」

 いつものびした声で、タイラー。

「夢みたいです」

「では夢かどうか、かくにんしてもらいましょう! ノリコちゃん、お願いします!!

 いきなりノリコが、タイラーのほっぺをつねった。痛かった。

 客席からはやっかみのブーイング。

「実はタイラーさん」

 と、ここで司会のお姉さんは、やおら切り出した。

「あなたには、すでに、天下のノリコ・バッハちゃんと握手する権利があるわけですが、さらにここで、ノリコちゃんとのゲームに勝てば、なんと、ノリコちゃんからほっぺにキスしてもらえるという、願ってもないチャンスなのです。もちろんこのゲームに負ければ、キスはおろか、握手の権利も失うわけですが、どうですかタイラーさん。一か八か、やってみませんか?」

「やめろ~!!

 会場の最前列で、親衛隊が叫んだ。

「握手だけにしとけ~!」

「やれ、タイラー!」

 カヤマがけしかけた。

「おまえなら、やれる!! 今をおいてこんなチャンスは、二度とないぞ!」

「やります!」

 めずらしくきっぱりと、タイラーは答えた。

「負けてもともとです」

「よく決意してくださいました。このイベントのしゆをよくかいしていてくださって、こちらとしても満足です」

 しゆさいしやサイドとしても、ついほんが出る。

「ではさっそく、そのゲームの内容を、ノリコちゃん自身から説明していただきましょう」

「はい」

 小首をかしげて、ノリコは言った。

「ズバリ、ノリコが今考えていることを、当ててくださ~い!」

「当たりっこないじゃん」

 と、いささかふんがいするカヤマ。

「もし当たっても、違うと言い張ればいいんだから──」

 そんなものである。

 だが、当のタイラーは自信たっぷりに、

「そんなの簡単ですよ」

 と微笑むのだ。

「本当に、いいんですか?」

「ええ」

 うなずくノリコ。

「宇宙のアイドル、ノリコ・バッハですもの、約束は守ります」

「よかった……」

 あんするタイラー。

「ではタイラーさん、ノリコちゃんの考えていることを、当てていただきましょう!」

「はい」

 頷く。

「ノリコさん」

「ええ……」

「あなたは、間違っても僕とキスなんかしたくないと思っているでしょう?」

「あ──」

 思わずぜつする、ノリコ。

「当たりです……ドンピシャ」

「ほらね」

 ここぞと笑う、タイラーであった。

「なんと、当ててしまいました……」

 司会者も、これにはあつに取られる。

「ま、そうだよな……」

 感心する、カヤマ。

「もしもはずれても、それならノリコちゃんはタイラーの野郎にキスしてもいいってことになるんだから……」

 抜けているようでいて、タイラーはなかなかするどい。

「では、約束通り……」

「え、ええ……」

 ノリコはしぶしぶ、本当にしぶしぶ、タイラーのほほにキスしようとした。

 そのしゆんかんに、タイラーが首をひねった。

 結果──、

 文字通りの『せつぷん』となった。


くやしいわ!」

 と、ひかえしつに戻ったノリコはれた。

「あんなのに、くちびるうばわれるなんて!!

「でもその直後のひら打ちは、いかにもノリコちゃんらしかったね」

 と、マネージャーのイジューイン氏が言った。彼の家系は宇宙暦以前から綿めんめんと続く、歴代アイドルマネージャーのいえがらである。

「ちょっとイジューインさん、馘首クビにするわよ!」

「ははは……」

「でも、妙に気になるわ……」

 とノリコ。

「どうしてかしら……。あのタイラーとかいうひんそうな男のことが、なんでこんなに気になるのかしら?」

「もしかして、恋?」

「イジューイン、げんぽう六か月!」

「ごめんなさい……」

「でも、本当に気になるのよ」

 自分でも、わからなかった。もしかしたら彼女は、天性のかんで、何かを感じていたのかもしれない。


「その時のタイラーの表情ったら、なかったぜ」

 と、大いにふいちようするカヤマ。

「してやったりって、顔だったな。こいつなりに、ねらってたんだぜ」

「もしかしたら──」

 と、部員の一人が言った。

「ノリコちゃんは、我がヨット部の、まもり神かもな……」

「それだ!」

 とカヤマ。

「『不在の騎士』号のしゆしんは、ノリコ・バッハに決まった! みんな、フィギュアヘッドに、ノリコちゃんのしようぞうきざむんだ!」

 フィギュアヘッドとは、はんせんさきちようこくされた、女神像のことである。

なし!」

「大さんせい!!

 さっそく、そうかりでその作業にぼうさつされる、ヨット部員たち。

「これで士官学校との対抗レガッタも、勝利間違いなしだぜ」

「だといいんだけどな……」

「キャプテン……」

 と、部員がおずおずとやって来た。

「表に、変わったお客さんが、お見えですけど──」

「誰だ?」

 とカヤマ。

「もう夜中だぞ。学内にいるのは、学園祭のてつ組くらいなものだが……」

「それが……」

「ジャスティ・ウエキ・タイラーさんは、どこ!?

「あ──!」

 カヤマは絶句した。そこにいたのは、フェイクファーのコートを着て、サングラスでへんそうした(つもりの)ノリコ・バッハに他ならなかったからだ。

「昼間の『お礼』に、来ましたの」

「止めたんだけどねえ……」

 その後ろに、影のように付きしたがう、マネージャーのイジューイン氏の姿が──。

「これはこれは、ノリコちゃん」

 昼間のことも、忘れたように、ヨットのかげからタイラーが、ひょっこり現れた。

「わざわざ僕に? まんざら僕も、捨てたもんじゃないねえ……」

「思い上がらないで。あたしはどうしても、あなたに言っておきたいことがあったのよ」

 ノリコのプライドは、そうとう高い。そのプライドを傷付けたタイラーが、許せないのだ。

「それはそうとして、またえて僕はうれしいよ」

「安心しなさい、もう二度と現れないから」

「そんなつれないこと、言わないでよ」

「いいこと!」

 サングラスを外し、キッとなってタイラーをにらみつけながら、ノリコは言った。

「あたしの唇をけがした責任は、きちんと取ってもらいますからね!」

「どうやって?」

「あなたは今日から、あたしのれいになりなさい!! いやとは言わせなくてよ」

「いいよ」

 嫌がると思いきや、あっさりと、それもとして頷くタイラー。

「喜んで!」

「いいのか、タイラー?」

 カヤマがあわてた。

「そんなに簡単に、引き受けて……」

「いいんだ」

 とタイラー。

「それこそ望むところさ」

こうかいするわよ」

 とノリコ。

「の、ノリコちゃん……」

 イジューインがうろたえた。

「いいこと。これからあなたは、あたしの言うことには、ぜつたいふくじゆうするのよ」

「します」

 けろっとして、タイラー。

「あたしが死ねと言ったら、死ぬのよ」

「はい」