「絶対がない何よりの
「俺は子供の
「そんな──」
「俺は、本当は
「そうしてください」
「だから、おまえにも
「う……うぉううぉう!」
ヤマモトは、いつしか
「き、キクチヨ……ミフネ少尉、
「おいおい、よせよ、こんな所で──」
ミフネは
「は、
「な、泣けるのであります!」
とヤマモト。
「泣かせてください!!」
「やれやれ……」
人目を気にしつつ、肩を
今年入学したらしい士官学校女子部の生徒たちが、そんな二人を横目で見ながら、くすくすと笑い合って通り
「お、おまえと
とミフネ。
「あの……」
女生徒たちの群から
「これ、落とされましたよ」
その手には、白い手袋が
春風を
「あ、済まない……」
とミフネ。
「スター……くん」
「どうか
少女はさっと敬礼した。
「何年か後には、あたしも戦場に
「うん」
「ユリコ!」
同級生たちが、彼女の名を呼んだ。
「行くわよ」
「え? あ、うん……」
「では──」
「うむ」
微笑んで見送るミフネ。
「いいなあ……。だができればあの子たちは、戦場には出したくないよ。そのためにも、俺は
それから、ヤマモトの方を
「これで、
手袋をポケットにしまうついでに、さっとハンカチを取り出して、そそくさとヤマモトに手渡す。
「それからついでに、その鼻血もな」
「能力は、あるのだが……」
というのが、マコト・ヤマモト候補生に対する、教官たちのおしなべて共通する
「無用のプレッシャーが、悪い方向にはたらき過ぎる」
と言うのである。
「だが、それを
キクチヨ・ミフネ少尉の意見も、まったく同じであった。
「で、その
と、セッシュウ・ミフネ中将は口を拭きながら息子に
「おまえの見るところ、
「同期の中では、ピカ一でしょう」
デザートにスプーンを入れながら、息子は言った。
「父さんの下でだって、
「
とミフネ中将。
「はい」
悪びれもせず、
「彼はきっと、
「ただ問題は、
「そうなんです」
早くもミフネ少尉の
「何か、彼に自信をつけさせる、いい方法はないものでしょうかね、父上?」
「おまえがワシに相談するとは、よっぽどその後輩のことを気に
「はい。宇宙軍のためにもなることだと思いますよ。彼は間違いなく
「そうか。それを聞いただけでも、
「そうですよ」
と息子。
「お互い軍人です。次はないかもしれませんよ」
「そうだな……」
と頷く父。
「ワシの経験から言わせてもらおう」
「はい」
「軍には
「でしょうね」
「才能に恵まれながら、極度のプレッシャーでなかなか能力を発揮できない人間だ。中には、自分で自分の
「そうですか?」
「軍で長生きできれば、おまえにもおいおいわかる。プレッシャーに潰されるようでは、
「今のままそういう状況に追い込まれれば、ヤマモトはドツボに
「ところが、そうはならんのだ」
とミフネ中将。
「
「どうしてですか?」
スプーンを運ぶ手を休め、父親の顔を見る。
「プレッシャーどころでは、なくなってしまうのだ」
「はあ……」
「そんな
「
「ヤマモト候補生も戦場に出て、プレッシャーなど吹き飛ぶようなピンチに
「さすが父上です」
全面的ではないにせよ、キクチヨは得るところ大であった。
「遅かれ早かれ、戦場が彼を
「そう。真の軍人は、戦場によってのみ
「では──」
息子はここで、
「その論法でいくと、戦場で
『こいつめ』
と、父は思わず息子を
『痛いところを、突いてきよる』
「違いますか?」
「そうではない。残念ながら──」
「逆は必ずしも、真ならずだ。まったくもって才能なく、運だけで出世する者も、希にではあるがおる。認めたくはないがな……」
「
微笑みつつ、キクチヨ。
「父上のお
「こら、声が大きい」
辺りを
「どうですか?」
「そうだ……」
ミフネ中将は小声で、しかしきっぱりと認めた。
「ワシは、奴ほど虫の好かん奴はおらん」
「でしょうね」
「ところが奴は、他人に取り入る術だけは天才的だ」
「それだけは、認めていると……」
「認めん!」
中将はテーブルを
「断じて認めんぞ!」
歯ぎしりさえした。
「だが──」
と、そこでふっと一瞬だけ
「哀しいことに、そういうタイプの方が、往々にして出世が早い。現にワシは、階級でとうとうフジ参謀総長に並ばれてしまった……。追い越されるのも、時間の問題だろう。おまえは奴のように立ち回るかね?」
「まさか……」
一笑に付す。
「僕はそれほど
「それを聞いて安心した……」
「でも、僕は父さんとも少し違う意見なんです。しゃべってもいいですか?」
「言ってみろ」
「聞いてやる」
「例えば──」
キクチヨは、切り出した。
「父さんのような現場の
「む──」
「違いますか?」
「たかが少尉
「わかっておられるなら──」
「それができれば、苦労せんのだ」
キクチヨは父親のこれほど
「今にわかる。今に──」
「僕は、それがわかるほどには長生きしたくありませんよ」
「とにかくワシは、フジとだけは
「わかりました。だったら次の世代に希望を
キクチヨは言った。
「自分の見るところヤマモトは間違いなく、二十年後の軍で、
彼の予言は
「その時になって、ヤマモトの欠点をサポートしてくれる、強力なパートナーさえいれば……。いや、奴の才能はどちらかと言えば参謀向きだ。だから、彼が
「おまえでは
父はしみじみ尋ねた。
「父さん、僕はそれほど
「生真面目が悪いのか?」
「生真面目だけでは、ラアルゴンに勝てないんです。残念ながら、それは証明済みですよ」
「確かに──」
「生真面目過ぎるという言葉が悪いなら、そう、二人ともあまりにも『軍人過ぎる』と言っていいかもしれないな……」
「ワシの目から見れば、おまえだって充分に軍人らしくない」
「僕だって、なんだかんだ言って父上の子ですよ」
「ではワシは、なんだ?」
「そうですね……」
キクチヨはちょっと考えて、
「軍人の、化石でしょうか……」
と
「こいつめ!」
「でも、充分に
「そのうちに、化石の
「待てないかもしれませんよ。とにかく、僕はヤマモトのことが、
「わかった」
おもむろに、ミフネはナプキンを
「おまえがそこまで言うなら、一度そのマコト・ヤマモト候補生に、会ってみよう」
こうして、本人も知らないところでヤマモトの
「
と、マコト・ヤマモト寮長が
「そこで、メインとなる出し物を、決めねばならない。しかるにこれは、
どこまでも、事大主義である。
「戦局を
「いいんじゃないの……」
と、実行委員長が言った。
「こういう時流だからこそ、パ~ッと楽しくやらなきゃ
「たるんどるぞッ、
ヤマモトは
「それでも
そのヤマモトを、後ろから副委員長が
「寮長、落ち着いてください!!」
「ええい、
はらはらと
「で、去年のメインの出し物は?」
「お化け
と委員長。
「先輩たちがお化けになって、うっかり入ってきた女の子の体、
「ああ、たるんどる! なんたることか!? まったく情けない……」
「でも──」
と、副委員長が言った。
「それを
「はぁ~」
と、ヤマモトのため息。
「まったく先輩も、そんなところさえなければ、
「そうかなあ……」
首を
「むしろ
「とにかく!」
ヤマモトは
「この第六百六十六代寮長であるマコト・ヤマモトの目が黒いうちは、
「で、具体的にはどのような?」
恐るおそる、実行委員長が尋ねる。
「うん、そうだな、例えば──」
ヤマモトは
「この
「ちょ、ちょっと
と副委員長。
「そんなんじゃあ、女の子は来てくれないよ」
「構わん!」
とヤマモト。
「この非常時に、何が女の子だ。たるんどるぞ!」
「はぁ~っ……」
一同、ため息。
「でも、それではあまりにも地味というか、花がないぞ。何か、学園祭らしい目玉のイベントを──」
「そうだ!」
書記が
「ソーラーディンギーによる、恒星一周レースなんてのはどうだろう!?」
「ソーラーディンギー?」
ヤマモトは知らなかった。
「太陽風を
と委員長。
「それ、いいかもな。
「うん。女の子にも人気があるし、レガッタ形式にして女子部の生徒にチアリーダーでもやってもらえれば、
「ついでだ。士官学校だけじゃつまらない」
副委員長の、提案。
「民間の大学にも参加を呼び
「それはいい!」
と書記。
「
「しかし、仮にも士官学校生が、民間大学のヨット部
ヤマモトは
「いいんじゃないか。その方がやる気が出る。我が校の実力を世間に示す、いいチャンスだ」
「確かに──」
「よ、よし、やろう!」
とヤマモト。
「やるからには絶対、優勝だ。
だが──。
「
と、実行委員長。
「どの大学も、
「
とヤマモト。
「今さら士官学校となんかやっても、メリットがないってよ。銀河中央大学、惑星連合義塾大学、ユナイテッド・ユニバーサル・カレッジ……全部断られた」
「うおおおおお~」
ヤマモトの
「何故だああああああ!?」
「要するに士官学校って、ダサいイメージの
「しかし、一校くらい──」
「あるよ」
と、副委員長。
「一校だけ、出場オーケーという返事が、来てる」
「それは──」
「
「銀河産業大学」
「銀河産業大学?」
首を
「聞いたことないぞ……」
「
と委員長。
「三流の──」
「だが、ヨット部に関してはなかなかの実力だと、聞いているぞ。未知数だが……」
「よ、よし、ともかくないよりはマシだ」
とヤマモト。
「
「どこが王者だって?」
「しかし我々は、航海術のプロだ。そうでなければならん」
「そうだな」
と委員長。
「じゃあヤマモト、言った以上は、おまえがバウマンな」
バウマンとは、
「望むところだ!」
とヤマモト。
「この
彼の決意は、固かった。
「必ず、勝ぁつ!!」
だが──、
その銀河産業大学のヨット部にこそ、彼の
「おい、タイラー」
と、スキッパーのコウサク・カヤマが彼の名を呼んだ。
「『不在の騎士』号の
「わかったよ」
銀河産業大学ヨット部の名物男、ジャスティ・ウエキ・タイラーはこの時
「セイル・ワイヤーの
いつも眠そうな目をしている若者だ。その表情の下で何を考えているのか、イマイチわからないところがある。
『単に、いつもぼんやりしている
としか、
本人もそれを
「まったくソーラーディンギーに
「幸せだなあ……。僕はヨットといる時が、いちばん幸せなんだ。僕は死ぬまでヨットを
やっかみながら、カヤマは言う。
「幸せなんだよ」
「本当に、こうしてヨットに触れていると、幸せなんだ」
「
カヤマにはむしろ、そんなタイラーが
「おまえのは度を
「こうしていると……」
意に
「
「そうか……」
「親父さん、宇宙ヨットで
セイル・ワイヤーの点検作業を
「
当時は小さいながらもホログラフ新聞の記事にすらなった。
「あの記事は、俺も読んだよ。言ってみりゃヨットと
「親父はね──」
「医者から
「そうだったのか……」
「好きなヨットで死ねて、
「そう思うよ。俺もそんな死に方ができたら、本望だ」
「わかってくれて、
「
「おまえは優秀だよ、タイラー」
名スキッパー(
「少なくとも、俺はおまえより優秀なヨットマンを知らない。今度の対抗レガッタでは、おまえの
「ありがとう……。でも、なんで士官学校なんだろうな? 少々相手が、
「士官学校ということで、どこも
とカヤマ。
「勝って当然、負ければ軍の
「でも、君は受けて立った」
「そうなんだ」
とカヤマ。心なしか得意げである。
「
「カヤマはなんで、この大学に入学したんだ?」
「カヤマなら、その気になればもっといい大学にも入れただろうし、親のコネだって強力だろうに……」
「俺は受験勉強ってやつが、
「そんな
「なるほど……。いずれにせよ、僕とはえらい違いだな」
「ヨットの上では、そんなこと関係ないぞ」
カヤマは言った。
「俺たちは、同じクルーだ。それ以上でも、以下でもない」
「社会に出れば、いやでも差が出るさ。僕なんか、
「いざとなったら、ウチの会社に来い!」
胸を
「うちの会社にも、ヨット部はあるから、そこの
「気持ちは
タイラーは微笑んで。
「僕は僕の運を、
「
とカヤマ。
「じっくり考えて、
「そのつもり。それより今は、当面の対抗レガッタだ」
「うん。タイラー……」
「なんだ?」
「勝とうぜ」
「うん」
微笑んで、タイラーは油だらけの顔を
「そのつもり……」
銀河産業大学ほどの三流大学でも、やはり学園祭ともなれば
「おい、タイラー」
と、学園祭の初日、カヤマがタイラーを
「ノリコ・バッハちゃんのコンサートチケット二枚、ハイパー
「でも……」
真空ドックで
「まだ
「レースは
「そうだけど……」
「たまには息抜きしろよ、タイラー」
「僕にとってはヨットに
「かわいいぜ、ノリコちゃん」
と、目を細めながらカヤマ。
「ほら、ちゃんと親衛隊の奴から、
「
「今をときめく、銀河一のアイドルだ。見といて
「ラアルゴン帝国と戦争中だってのに、気楽なもんだな……」
「士官学校でも、ノリコ・バッハの人気はダントツだってよ。
コンサート自体は、どうということもない。学園祭にありがちな、
このステージで、タイラーはすっかり、ノリコの
「は~い。ではここで、お約束の
進行は
こういうありきたりも許せてしまうほど、ノリコちゃんは
「これから、客席の
「あいこは
人間、やっていることは七千年間変わらない。どれほど科学技術が進歩しようとも、愚かな戦争とアイドルコンサートの、
「では、ノリコちゃん、お願いします」
「は~い!!」
元気よく、手を前に出すノリコ・バッハ。
「じゃ~んけ~ん、ぽ~ん!」
いきなり三分の二が
「最初から、負けかよ」
「
タイラーは勝ち残った。この頃から、持ち前の強運だけはあったのだ。
「おいおい」
目を見張るカヤマ。
「マジかよ。ステージで握手だぜ……」
タイラーは、
「後で、俺にもサインな」
という
「はい。勝ち残ったのはこの方です」
と、司会のお姉さんが妙に
「お名前をどうぞ」
「経済学部産業流通学科の、タイラーです」
「タイラーさん。ノリコちゃんと握手できますよ。今の気分は?」
「最高ですよ」
いつもの
「夢みたいです」
「では夢かどうか、
いきなりノリコが、タイラーのほっぺをつねった。痛かった。
客席からはやっかみのブーイング。
「実はタイラーさん」
と、ここで司会のお姉さんは、やおら切り出した。
「あなたには、
「やめろ~!!」
会場の最前列で、親衛隊が叫んだ。
「握手だけにしとけ~!」
「やれ、タイラー!」
カヤマがけしかけた。
「おまえなら、やれる!! 今をおいてこんなチャンスは、二度とないぞ!」
「やります!」
「負けてもともとです」
「よく決意してくださいました。このイベントの
「ではさっそく、そのゲームの内容を、ノリコちゃん自身から説明していただきましょう」
「はい」
小首を
「ズバリ、ノリコが今考えていることを、当ててくださ~い!」
「当たりっこないじゃん」
と、いささか
「もし当たっても、違うと言い張ればいいんだから──」
そんなものである。
だが、当のタイラーは自信たっぷりに、
「そんなの簡単ですよ」
と微笑むのだ。
「本当に、いいんですか?」
「ええ」
「宇宙のアイドル、ノリコ・バッハですもの、約束は守ります」
「よかった……」
「ではタイラーさん、ノリコちゃんの考えていることを、当てていただきましょう!」
「はい」
頷く。
「ノリコさん」
「ええ……」
「あなたは、間違っても僕とキスなんかしたくないと思っているでしょう?」
「あ──」
思わず
「当たりです……ドンピシャ」
「ほらね」
ここぞと笑う、タイラーであった。
「なんと、当ててしまいました……」
司会者も、これには
「ま、そうだよな……」
感心する、カヤマ。
「もしも
抜けているようでいて、タイラーはなかなか
「では、約束通り……」
「え、ええ……」
ノリコはしぶしぶ、本当にしぶしぶ、タイラーの
その
結果──、
文字通りの『
「
と、
「あんなのに、
「でもその直後の
と、マネージャーのイジューイン氏が言った。彼の家系は宇宙暦以前から
「ちょっとイジューインさん、
「ははは……」
「でも、妙に気になるわ……」
とノリコ。
「どうしてかしら……。あのタイラーとかいう
「もしかして、恋?」
「イジューイン、
「ごめんなさい……」
「でも、本当に気になるのよ」
自分でも、わからなかった。もしかしたら彼女は、天性の
「その時のタイラーの表情ったら、なかったぜ」
と、大いに
「してやったりって、顔だったな。こいつなりに、
「もしかしたら──」
と、部員の一人が言った。
「ノリコちゃんは、我がヨット部の、
「それだ!」
とカヤマ。
「『不在の騎士』号の
フィギュアヘッドとは、
「
「大
さっそく、
「これで士官学校との対抗レガッタも、勝利間違いなしだぜ」
「だといいんだけどな……」
「キャプテン……」
と、部員がおずおずとやって来た。
「表に、変わったお客さんが、お見えですけど──」
「誰だ?」
とカヤマ。
「もう夜中だぞ。学内にいるのは、学園祭の
「それが……」
「ジャスティ・ウエキ・タイラーさんは、どこ!?」
「あ──!」
カヤマは絶句した。そこにいたのは、フェイクファーのコートを着て、サングラスで
「昼間の『お礼』に、来ましたの」
「止めたんだけどねえ……」
その後ろに、影のように付き
「これはこれは、ノリコちゃん」
昼間のことも、忘れたように、ヨットの
「わざわざ僕に? まんざら僕も、捨てたもんじゃないねえ……」
「思い上がらないで。あたしはどうしても、あなたに言っておきたいことがあったのよ」
ノリコのプライドは、
「それはそうとして、また
「安心しなさい、もう二度と現れないから」
「そんなつれないこと、言わないでよ」
「いいこと!」
サングラスを外し、キッとなってタイラーを
「あたしの唇を
「どうやって?」
「あなたは今日から、あたしの
「いいよ」
嫌がると思いきや、あっさりと、それも
「喜んで!」
「いいのか、タイラー?」
カヤマが
「そんなに簡単に、引き受けて……」
「いいんだ」
とタイラー。
「それこそ望むところさ」
「
とノリコ。
「の、ノリコちゃん……」
イジューインがうろたえた。
「いいこと。これからあなたは、あたしの言うことには、
「します」
けろっとして、タイラー。
「あたしが死ねと言ったら、死ぬのよ」
「はい」