Part 01: 美雪: ……んがあああぁぁぁああぁっ!!ちきしょう、ちっくしょおおぉぉぉおぉぉっ!! 圭一: ど……どうしたんだ美雪ちゃんっ?急に大声を出して立ち上がって、まだ昼休みじゃないぞ……?! 美雪: えぇい、やかましいッッ!それくらい私のガラスのハートに深い傷が刻み込まれてるってことだよぉぉ!! 千雨(制服): ……美雪の場合、ガラスはガラスでも拳銃で撃っても割れない防弾ガラスだろ? 菜央: あるいは自己修復ガラスじゃない?まだ理論上の可能性だけで、実現はしてないけど。 美雪: そこの2人っ! 変な補足を入れて意味をねじ曲げるんじゃないッ!! 美雪: くっ……完全に油断した!家庭科といっても飯ごう炊さんだから、絶対負けないって思ってたのに! 千雨(制服): 確かに。通常の料理実習ならともかく、野外での調理はお前にとって得意中の得意分野だものな。 千雨(制服): 自分が他人よりも自信のある分野で負けたら格別にショックだって気持ちは、よくわかる。私も素人に格闘技で負けたら、自害するかもしれん。 魅音: いや……個人戦の格闘技って、ビギナーズラックとかまぐれとかの入り込む余地がほぼゼロに等しい競技だと思うんだけど……。 魅音: っていうか美雪、今はまだ授業中だよ。自習形式で先生がいなくても、私語は慎みなって。 美雪: んなこと言われたって、仕方ないでしょ!黙ってると「あの」罰ゲームを食らったトラウマが脳裏に蘇ってくるんだからぁぁぁ!! 菜央: 確かに、「あれ」はすさまじかった……わね。さすがのあたしも、直視するのが哀れすぎて思わず目をそらしてたわ。 梨花: みー……ボクは喜一郎の御用につき合ったおかげで美雪の罰ゲームを見ることができなかったのですが、どんな目に遭ったのですか? 沙都子: ……聞かないであげてくださいまし。私はあの時ほど、魅音さんが恐ろしい方だと思ったことはありませんのよ……。 羽入: あ、あぅあぅ……シチュー対決の前に挑発しすぎた美雪も美雪なのですが、あそこまでやる必要はなかったと思うのです……。 レナ: はぅ……美雪ちゃん、とーってもかぁいかったよ~♪お持ち帰りできなかったのがすっごく残念だった……☆ 梨花: ……舌なめずりするレナのこの様子だけで内容を聞く前にがくがくぶるぶる、にゃーにゃー全身が震えてくるのですよ……みー。 美雪: っていうか、みんなも!そこまで哀れに思ったんだったら止めてよ!むしろ面白がってたじゃんか?! 美雪: 唯一の救いは、偶然通りがかった富竹さんのカメラを危機一髪で押さえられたことだけど……他に撮影してた人はいなかったよね? ねっ?! 菜央: …………。 美雪: ちょっと菜央、なんで目をそらすのさっ?一穂も答えてよ、誰にも撮られてなかったって! 一穂: ご、ごめんなさい……。 千雨(制服): 安心しろ。隠し撮りしてたやつは5名ほどいたが、全部取り押さえた。フィルムも回収してある。 美雪: ほ、ほんとにっ? それはよかっ――。 千雨(制服): お前の今後次第では、いつでも現像できる状態だ。……いっそのこと大判に引き延ばしてリビングに飾ってやろうか? 一番目立つ場所で。 美雪: ダメだったあぁぁぁああぁっ!!一番渡しちゃいけない人が聖剣エクスカリバーを手に入れてたぁぁあぁっ! 一穂: お……落ち着いて、美雪ちゃん!千雨ちゃんをもう怒らせたりしなければ、きっと大丈夫……だよ、ね……? 美雪: 言っててキミ自身が信用してないじゃんかー!くっ……こうなったら……! 美雪: 第二ラウンドだ、リベンジだ!やい千雨っ、私はキミに勝負を申し込むよッ! 一穂: しょ、勝負って言っても……千雨ちゃんに暴力で勝てっこないよ、美雪ちゃん! 千雨(制服): ……おい一穂。暴力じゃなくて、格闘技だ。しばきあげるぞこのヤロウ。 一穂: ひぃっ? ご、ごめんなさいぃ! 美雪: んなこと、私だってわかってるよ!ヒグマに素手で一騎打ちを挑むほど、私は周りが見えてないわけじゃないって! 魅音: いや、見えていないでしょ……授業中だってのに。騒ぎすぎて、知恵先生が職員室から飛んできても私は知らないんだからね。 千雨(制服): それに加えて、美雪まで私を猛獣呼ばわりか……。で、何で勝負を決めようってんだ? 美雪: そんなの、ひとつしかないでしょ?料理で屈辱を味わったなら、料理で仇をとるのが当然の流れ……! 美雪: 私が勝ったら、フィルムは回収させてもらう!というわけで来週、野外料理で勝負だぁぁっ!! レナ: は、はぅ……意気込みはよく理解できるけど、来週の家庭科はお裁縫じゃなかったかな……かな? 菜央: そうよ! あたし、レナちゃんにとっておきのトルコレースの刺繍テクを教えてあげることになってるんだから! 美雪: そんなの、たとえ授業がなくてもキミたちは2人きりでやってるじゃんか!1回くらい譲ってよ……この通りっ! 魅音: あのさぁ……いくら私たちが納得したとしても、知恵先生がうんって言わなきゃ意味ないでしょ?授業の内容を、勝手に変えられるわけが――。 知恵: ……皆さんさえ良いのであれば、私は構いませんよ。 魅音: わっ……知恵先生、いつの間にっ? 知恵: たった今です。少々騒がしい様子でしたので、注意するために顔を出したのですが……。 知恵: そういった事情であれば、吝かではありません。前回の野外実習では、些か消化不良なところがありましたしね。 一穂: しょ、消化不良……? 知恵: では赤坂さんに、黒沢さん。来週と言わず明日は水曜日なので、選択授業を野外料理の実習としましょう。 知恵: 献立は、カレーです。いいですね? 美雪: あっ……は、はい!ありがとうございます、知恵先生! 千雨(制服): ……なぁ、魅音。選択授業だから先生の裁量の範囲内だと思うが、作るのがカレーで決まってるってことは……。 魅音: うん。知恵先生……前回の実習でカレーじゃなくてシチューだったのが、よっぽど心残りだったんだね。 沙都子: そういえば、材料棚のところにいろんな種類のカレールーが使われずに置かれていましたわね。……なにげに先生、楽しみにされていたのかしら? 梨花: 献立がシチューになったと聞いた時は、知恵はこの世の終わりを迎えたように絶望的な顔で肩を落としていたのですよ。みー……。 一穂: あ、あははは……。 Part 02: 魅音: まぁ、雌雄を決する約2名を除いた私たちは普通にカレーを作るとして……。 魅音: 美雪、千雨っ!ここまでお膳立てしてもらったんだから、せいぜい好勝負を期待しているよー! 千雨(制服): いや、この場を望んだのは美雪ひとりだけで私は別にやりたくもないんだが……。 知恵: 頑張ってくださいね赤坂さん、黒沢さん。……カレー作りに手を抜くようなことがあったら、先生は決して許しませんよ。 千雨(制服): ……いたよ。美雪の他に、カレーの鬼さんが。 魅音: あと、せっかくだし2人にはそれぞれパートナーを1人つけてあげるよ。で、それをくじ引きで選ぶってのは? 美雪(クッキング): おっけー! 野菜の仕込みとか、米とぎとかが正直面倒かなって思ってたから、助かるよ! 美雪(クッキング): よし……それじゃ、引くよー!理想としてはレナか魅音が来れば最高だけど……っと。 美雪(クッキング): ……前原くんか。んー、可もなく不可もなくって感じだね。 圭一(クッキング): ひでぇ言いようだぜ……美雪ちゃん。 千雨(制服): 私は……っと、菜央ちゃんか。すまん美雪、2連勝が確定したな。 美雪(クッキング): え、ええぇぇぇえぇっっ?なんだよその鬼引きはッ!もしかして八百長、仕込みっ?! 菜央: 失礼なことを言わないでよ。単純にあんたのくじ運が悪かっただけじゃない。 圭一(クッキング): 菜央ちゃんにまで、ハズレくじ扱いとは……これを機会に、俺も料理を覚えようかな。 一穂: だ……大丈夫だよ、前原くん!私の場合よりも、ずっとマシな扱いのはずだから! 一穂: ……。自分で言ってて、悲しくなってきたよ。 沙都子: 見事なくらいに自殺点的な発言ですわね……。 美雪(クッキング): というわけなので……こうなったら死に物狂いで先生をうならせるようなカレーを作るしかない!そのためにも前原くん、キミの力が必要だ! 圭一(クッキング): お、おぉ……わかったぜ。にしても美雪ちゃん、そんなに悔しかったのか? 美雪(クッキング): 悔しいに決まってるじゃんか!一穂と菜央はともかく、幼なじみの千雨にまで料理の腕を疑われたんだよっ? 美雪(クッキング): こうなったら、あの子に目にもの見せてやらなきゃ気が済まない!私の実力、見せつけてあげるよ……ふふふ……! 圭一(クッキング): ……一応聞いておくが、味対決だよな?毒盛って吠え面どころか断末魔上げさせるとか、そういう話じゃないよな……? 美雪(クッキング): んなことやるわけないでしょ、まったく。私のことをなんだと思ってるのさ……。 圭一(クッキング): いや……警察の家かヤクザの家かの違いだけで、美雪ちゃんは本質的に魅音と変わりがないから……のわっ? 美雪(クッキング): あー、ごめん。手が滑った。私ってばうっかりだねー、包丁を取り落とすなんてさ。 圭一(クッキング): いやいや、今のは落としたとかじゃねぇだろ!思いっきり手首がスナップして、こっちに向かってまっすぐに飛んできたぞ?! 羽入: ……現段階で、すでに仲間割れが発生している様子なのです。大丈夫なのでしょうか? 梨花: 面白そうなので、見守ってあげようなのですよ。にぱー☆ 沙都子: ……むしろ「見放す」とか、「見捨てる」とかの方が適切な用法かも知れませんのよ。 Part 03: 美雪(クッキング): んー、そして野菜と肉を鍋に投入っと。あとはしっかり煮込めば、完成だねー。 圭一(クッキング): おーい、美雪ちゃん。米の研ぎ具合は、こんなものでいいのか? 美雪(クッキング): うん、それでいいよー。あとは例の「アレ」を中に入れて、いい感じに炊き上げてねー。 圭一(クッキング): あ、あぁ……けど、本当にいいのか?いくらカレーがそれなりに仕上がったとしても、ご飯がおかしな味になったらぶち壊しだぞ。 美雪(クッキング): しっかり洗ったから、大丈夫だよ。私を信じて……ね? 圭一(クッキング): っ……わ、わかったぜ。俺のデイキャンプの知識以上に、美雪ちゃんはガールスカウトでの経験者だからな。 美雪(クッキング): そうそうっ。本気の私の姿を、この機会にみんなに見せてあげるよ。ふふ、くふふふっ……! 圭一(クッキング): だ、だから怖ぇよ、美雪ちゃん……! 千雨(制服): よし……私たちは、こんなもんか。あとは煮立つまで寝て待て、ってやつだ。 千雨(制服): さて、美雪の方はうまくやってるかな……。前原と一緒なら、まぁ心配はいらんと思うが。 菜央: 心配いらないって……大丈夫なの?別に前原さんを悪く言うわけじゃないけど、彼ってそこまで料理が上手じゃないでしょ? 菜央: レナちゃんと魅音さんは欲張りすぎでも、梨花か羽入、沙都子あたりがパートナーだった方がずっと有利に進めたんじゃない? 千雨(制服): ふっ……そこで自分の名前を出さないところが、菜央ちゃんの謙虚さってやつか。 千雨(制服): だが、あれでいいんだ。前原か一穂のように自分が率先して動かなければいけない方が、あいつは本気になって全力を出してくるからな。 菜央: ……どういうこと? 千雨(制服): たぶん、菜央ちゃんは気づいてると思うが……美雪は元々、誰かと勝負することを好まない。むしろ回避するか、妥協を選びたがる。 千雨(制服): 体育会系に籍を置いてきた私にとっては、その姿勢が昔から気に食わなかった……。それは本気の相手への気遣いではなく、侮辱だ。 千雨(制服): だからこうして、時々挑発してやるんだ。本当はものすごく負けず嫌いなはずの本性を忘れるな……って、願をかける意味でな。 菜央: なるほど……そうだったんだ。だからあの時も、怒ってるように感じなかったのにあえて怒ったそぶりを見せてたのね。 千雨(制服): 苛立ちはしてたがな。美雪は信頼できる相手がそばにいると、途端にやる気をなくしちまう。そこそこ成果が上げられるなら、それでいい……と。 千雨(制服): だが、そんなのは駄目だ。未知と可能性に挑むからこそ、成長が生まれる。たとえ失敗しても、次の糧にできる。 千雨(制服): ……幼なじみの身内びいきだと承知の上だが、美雪は本人でさえ全く気づいてないようなものすごい力と才能がある、と私は思ってる。 千雨(制服): あいつにはいつか、それに気づいて最大限に発揮できるような立場と……努力に見合う評価を受けてもらいたい。 千雨(制服): だから、たとえつまらない種目だったとしてもこうやってあいつが勝負を挑んできてくれると、私は……嬉しい。 千雨(制服): まぁ、だからといってわざと負けるつもりはさらさらない。……それこそさっき言ったように、本気の相手に対しての侮辱だからな。 菜央: ……千雨。あんたって本当に、美雪のことが大好きなのね。 千雨(制服): あぁ、そうだ。……サメの次に、だがな。 菜央: ふふ、あはははっ……。 美雪(クッキング): というわけで、完成~!さぁみんな、しっかりと食べちゃって♪ 一穂: う、うん……い、いただきます。 一穂: ……。あ、あれっ……?なんだかすごく、おいしい……! 美雪(クッキング): うっしゃぁぁああっっ!どうだ見たか、これが美雪ちゃんの真の実力だー! 菜央: ……本当ね。そこそこどころか、かなりおいしいわ。 レナ: はぅ……! 優しい口当たりとまろやかさが、とってもいい感じだよ……♪ 知恵: …………。 美雪(クッキング): あの……先生?ずっと黙ってるみたいですが、もしかしてお口に合いませんでした……? 知恵: ……赤坂さん。 美雪(クッキング): は……はいっ?! 知恵: 確かに、カレーの出来自体は他の方々ともそう大きく差異がありません。これは黒沢さんのカレーも、同様です。 知恵: ですので、双方のカレーに優劣をつけるのはとても難しい……難しいのですがっ! 知恵: 特筆すべきは、このご飯です……!艶やかでふっくらと硬すぎず、柔らすぎでもない極上の炊き上がり! カレーにはぴったりです! 知恵: カレーの味にこだわるのではなく、それと必ず合わさるご飯にこだわりを見せるとは……私、とても感動しましたっ! 知恵: よってこの勝負、赤坂さんたちに軍配を上げます!このカレーライス、本当においしかったです! 美雪(クッキング): よ……よおおぉぉぉおおっっし!勝った、勝ったよー! これでリベンジ達成だー!! 圭一(クッキング): おぉ……やったぜ、美雪ちゃん!言った通り、炭と一緒に炊き上げて正解だったな! 魅音: 炭……? あっ、なるほど!備長炭を中に入れて、一緒に炊き上げたんだね! 沙都子: 炭を一緒に、ご飯の中へ……?なんだか口の中がシャリシャリしそうですわ。 レナ: 備長炭をよく洗えば、大丈夫だよ。逆にそれを入れると、ご飯を炊く水が綺麗になる効果があるんだって。 菜央: 炭の中にある微細な穴が、水道水の塩素や不純物を取り除いてくれるのよ。あと、ご飯を炊く水のpH値を最も適した弱アルカリ性に保つ効果もあるわ。 羽入: あぅあぅ、昔の人の知恵なのですよ~。 梨花: すごいのです、美雪。見事に料理で、料理の仇をとったのですよー。 美雪(クッキング): ありがとう、梨花ちゃん!……さぁ千雨、例のフィルムを渡してもらうよ!ついでに、私が受けた罰ゲームもねっ! 千雨(制服): ……あぁ、いいぞ。お前がお前らしくなれるってのなら、それくらいのことはしてやるさ。