Prologue: ――平成8年。 TVで見た天気予報によると、今年のゴールデンウィークはほぼ全期間中、なかなかの快晴の日が続くという。 というわけで、せっかくの高校生活最後になる黄金週間をどう過ごすべきかを考えて、考えて……。 美雪: ――よし、キャンプに行こう! そう思い立つや早々、私は行動を起こすことにしたのだった。 菜央: ……急に電話がかかってきたものだから、いったい何事かと思っちゃったわ。 千雨: あぁ、私もだ。連絡してきた時は、受験勉強のやりすぎで頭がおかしくなったと訝ったくらいだ。 美雪: はーい、ぶつくさ言ってないで手を動かす。夕飯をパンだけで終わらせたくないでしょー? 千雨: いや、ぶつくさ文句を言ってるわけじゃなくて単純に心配したってことなんだがな……。 黄金週間ど真ん中の、当然ながら休日の昼過ぎ。私は千雨と菜央に電話をかけて2人を誘い、近場のキャンプ場にまで足を運んでいた。 菜央: やっぱりこの期間中だと、人が多いわね……美雪が予約してくれたおかげで、助かったわ。 ニンジンの皮を巧みに剥きながら、菜央が大勢の人でごった返すキャンプ場の盛況ぶりを見つめて、ため息をつく。 目を離しても、手つきに迷いやブレはない。元々料理は上手かったが、中学生になってさらにその腕は上達したようだ。 菜央: キャンプなんて、#p雛見沢#sひなみざわ#rで行った時以来よ。美雪に誘われてなかったら、きっとこの先も考えることさえしなかったでしょうね。 千雨: ん? 菜央はこういう野外での活動って嫌いだったりするのか? 菜央: そんなことないわ。……ただ、キャンプで寝泊まりするのって、よほど気心が知れた相手じゃないと楽しめないし。 菜央: それに、美雪や千雨と一緒に遠出すると言えばついつい「あっち」を選ぶことになっちゃうから……キャンプをしようって発想にならなかっただけよ。 千雨: 確かにな。だったら今度、泊まりがけで沖縄の水族館にでも行ってみるか。活きのいいサメがたくさんいて、楽しいぞ。 菜央: ……考えておくわね。 千雨: あぁ。……しかし、珍しいこともあるもんだ。お前が、キャンプに行こうと言い出すなんてな。 美雪: んー、だって大型連休に出かけても人が少なくてのんびりできそうなところって、キャンプ場くらいでしょ? 美雪: せっかくのゴールデンウィークだから、みんなでどこか行こうかって考えても遊園地、動物園、水族館、映画館……。 美雪: ショッピングセンターだって、きっと激混みだよ。あとお金もないしね。あははは……。 菜央: つまりは消去法だったのね……まぁ、いいけど。 菜央: でも、千雨はこの時期に遊んでも大丈夫なの?大学の受験勉強って、結構大変だって聞いたけど。 千雨: …………。 ……菜央の言葉に、料理を手伝っていた千雨の手が止まる。そしてうんざり、と言いたげに重いため息をついていった。 千雨: 正直……もう、勉強したくない。特に古典。 千雨: だいたい「あはれ」ってなんだよ。何千年も経ってもう使ってない古っるい文章を無理やり読まされる私の方があわれだろうが。もう飽きた嫌だめんどくせぇ。 千雨: あー……1日中サメ肌のブツブツを数えてたい。 美雪: 大半の人は、古典よりそっちの方が速攻で飽きそうだけどね……。 千雨: 私は飽きない。むしろ楽しいし心地いい。 美雪: はいはい。 気分転換の方法なんて、人それぞれだ。このあたりについては深く突っ込まないでおこう。 千雨: ……にしても、消去法とは言えキャンプ場がお前の選択肢に入ってくるとは思わなかったな。 美雪: んー、なんで? 千雨: その……お前はもう、キャンプには行きたくないんじゃないかって思ってたからさ。 微妙に言葉を濁しながら、私の様子をちらりとうかがってくる。 美雪: (……もう。せっかく菜央が気を遣って、話題を変えてくれたのにさ) ただ、千雨がここまで心配する原因が過去の自分にあったという自覚はあったので、私としては苦笑いを返すしかなかった。 菜央: ……大丈夫よ、千雨。そのあたりの経緯についてはあたしも知ってるから。 千雨: えっ……?美雪、あのことを菜央ちゃんに言ったのか? 菜央: この前美雪の家に泊まった時に、ね。ガールスカウトの時に、新参組と男の子を巡ってトラブルになったってことよね。 菜央: まぁ、会ったばかりの頃なら信じなかったでしょうね。美雪が男の子絡みで厄介ごとに巻き込まれる、なんてちょっと想像ができないもの。ふふっ……。 美雪: おぅ……私が嘘をついてるとでも? 菜央: 嘘とまではいかなくても、話を盛ってるとは思ったわ。美雪って、そういうことに興味がなさそうだしね。 美雪: 失礼だなー。私だって年相応に考えたことはあるよ。ただ、そういう対象がいなかっただけで。 菜央: それを興味がないって言うのよ。でもまぁ、今ならわかるわ……あんたがモテる理由がね。 美雪: いや……あれはむしろ、単なる勘違いだと思うけどさ。 とはいえ、だからこそ余計に話がこじれたのだろう。 今なら同じ間違いは犯さない……と思いたいが、私には恋する乙女の適性がないようで、今でもクラスでそういう話になると居心地が悪くなる。 美雪: まぁ、同じテツは踏まないようにとは気をつけてるけど……って、なんで2人とも変な顔してるの? 菜央: ……美雪。あんた、彼氏できたらあたしに会わせなさい。 菜央: というより、付き合う前に紹介するように。ちゃんとした男かどうか、見てあげるから。 千雨: あぁ、それがいい。ついでに私も呼んでくれ。 美雪: えぇ……? 私って、そこまでおかしな男にひっかかりそうに見える……? 菜央&千雨: …………。 笑う私を見つめる、4つの冷たい瞳……そうか、そうだったんだ。こっち系だとまるで信用ないんだね、私って。 美雪: はいはい、わかったわかった!ちゃんと会わせるから! 菜央: 約束よ。 美雪: ったく……にしても、当時は死ぬほど辛いって思ってたんだけどね。今思い返せば、そこまで悩まなくてもよかった気がするよ。 そんなふうに振り返ることができるのは、あれから時間が経ったからか。それとも私が大人になったからだろうか……。 美雪: あの子たち、今頃どうしてるかなー。 千雨: ……さぁな。少なくともしぶとく生きてるだろ。ドブネズミってのは、そういうもんだ。 美雪: 千雨さぁ……キミの方が、相当根に持ってる感じに聞こえるんだけどね。……っと、火ぃついたっと。 パチパチと小さな音を立てて燃え始めた焚き火を見ながら、菜央が感心したようにわぁ、と歓声を上げた。 菜央: さすが、元ガールスカウト。腕は衰えてないわね。 美雪: まぁね。……けど、最近は火災予防の関係で焚き火禁止のサイトが増えたから、このスキルも披露する機会が減っていくんだろうけどね。 美雪: ……さて、と。下ごしらえも終わったことだし、本格的に夕飯作りをはじめよっか。 夕飯を食べ終えて、手早く片付けを終わらせる。その頃になると陽は地平線の向こうに落ちきり、空には満点の星空が輝いていた。 菜央: ただいま。洗いもの終わったわよー……って美雪、あんた何してるの? 美雪: 見ての通り、お湯を沸かしてる。ココアとコーヒー、どっちがいい? 菜央: ココアがいいけど……ちゃんと甘くしてね。前に家で作ってくれたの、結構苦かったんだから。 美雪: そう言うと思って甘いやつ持ってきましたよ、お嬢様。千雨は塩と黒胡椒ちょい入れでいいんだよね? 千雨: あぁ、サンキュ。……お前は? 美雪: インスタントだけど、せっかくコーヒー持ってきたしココアにちょっと入れようかな……お、お湯が湧いた。 それぞれに合わせたココアを用意し、菜央と千雨に手渡す。 菜央: ……おいしい。 千雨: うん……うまい。 美雪: そう、よかった。 菜央も千雨も満足そうに、それぞれの味に舌鼓を打つのを横目に、自分もカップを口に運ぶ。 まだ少し冷たい5月の風が吹く中、温かくて、甘くて……ちょっと苦いココアが身に染みる。 そしてふと、私たちは誰からともなく頭上の夜空を見上げた。 ……満天の星をちりばめた、美しい光景。 都会では考えられないほどの強い輝きを見せる星々に、気づけば3人揃って無言で見入っていた。 千雨: ……星の海を旅するとは、よく言ったものだな。こうして見つめてると、吸い込まれそうになる。 菜央: そうね……。千雨は将来、本物の海を旅するつもりなんでしょう? 菜央: ……この前美雪から聞いたんだけど、志望校は水産学部がある大学にしたんですってね。 千雨: あぁ。国立で海洋系の勉強ができるところと言えば、そこが最上だからな。一点狙いだ。 美雪: じゃあ、やっぱり私大は受けないつもりなんだね。関西にはそっち系ですごく本腰を入れてるところがあるって聞いたし、併願があってもよかったのに。 千雨: うちの家の財布事情は、お前だってよく知ってるだろ?学費はどうにかなっても、生活費がな。 千雨: まぁ、場合によっては大学校も選択に加えたかったがさすがに求められる学力が高すぎるからな。 菜央: ……大学校? 美雪: 海自……海洋自衛隊の防衛大学校だよ。他には海上保安庁の、海上保安大学校もあるね。 美雪: そこだと学費免除に加えて、公務員として給料も出るんだよ。 千雨: 公務員なら食べる分は最低限確保されるからな。うちの社宅にも家が貧乏で、食い扶持を稼ぐために警察官になったって人もいるし。 千雨: ま、警察の場合はいくつかのルートがある。むしろ出世するなら、大学を出た方が……。 美雪: といっても、操船技術を学ぶのと海洋水産学じゃ意味合いが変わってくるでしょ。サメの研究とかもできるの? 千雨: ……できない。ただ、サメが住んでる海を守るというのは、それはそれで意義があると思うぞ。まぁ私の成績だと、無縁の世界だがな。 千雨: あと、国立は前期と後期で2回のチャンスはあるものの、後期の枠はほんのわずか……つまり、一発勝負ってやつだ。 美雪: 千雨の場合、そっちの方がむしろ気合い入ってなんとかなりそうだねー。頑張ってね。 千雨: ……あぁ。 複雑な表情で千雨はココアをすする。 美雪: (多分、一般大学を出た後でも警察官になるルートはあるって話の流れに持っていきたかったんだろうなぁ) おそらく千雨は、私が警察への道を諦めたことに納得できていないのだろう。 私がさりげなく話をそらしたことに、千雨はもちろん菜央も気づいている……。 私がそう言えない理由も、彼女たちはよく知っていた。 菜央: …………。 勘のいい菜央は何かを察してか口をつぐみ、私も千雨も何も言わなかったためにしばらく流れる微妙な空気。 千雨: ……そう言えば。 話題を変えるためか、千雨の視線がテントを立てた直後に設置した大型の望遠鏡に向けられる。 千雨: 今回大荷物だと思ったら、またえらく大きな望遠鏡を持ってきたな。あれ、城田の兄ちゃんのだろ。 菜央: 城田さんって、確か同じ社宅の人よね? 美雪: お、よく覚えてるね。 菜央: あんたの家に遊びに行った時に紹介されたじゃない。そういえば、会った時も望遠鏡を担いでたわね。 美雪: あの人UFOマニアで、たくさん望遠鏡持ってるからね。お願いして1つを借りてきたんだ。 千雨: 私たちはあれでUFO探し……じゃないよな。星を見るってのか? 美雪: ……うん。まぁ同じ星でも、今日見られるかどうかはわかんないんだけどねー。 呟きながら、星空を見上げる。 Part 01: ――昭和58年。 4月の最終週を目前に控えた、夕方。分校の授業が終わって家に帰った後、私たち全員に魅音さんから招集がかけられた。 魅音(私服): 諸君。集まってもらったのは他でもない……。 魅音(私服): そう、もうすぐゴールデンウィークである!しかし残念なことに、我々には現状予定がない! 沙都子(私服): むむむ、それはゆゆしき問題ですわね……。 レナ(私服): はぅ……毎日色んなことがあって楽しかったから、予定を立てるのをすっかり忘れていたよ。 一穂(私服): え、えっと……ゴールデンウィークは普通に部活する……だと、ダメなの? 魅音(私服): 甘い、甘いよ、一穂隊員ッ! 一穂(私服): た……隊員っ……? 菜央(私服): そこ、いちいち驚かないで流しなさい。……というわけで魅音隊長、続きをお願いします。 魅音(私服): うむ、ノリがいいのは感心な心がけだ!あとでアメ玉をあげよう、菜央隊員! 圭一(私服): 大阪のおばちゃんかよ……のぐほっ?! 一穂(私服): う、裏拳っ……? 菜央(私服): 雉も鳴かずば撃たれまいに……まったく。 魅音(私服): さて、愚かにも水を差してきた空気を読めない圭一隊員はさておいて……。 魅音(私服): せっかくの長い休み、普段と違う場所に行ってみんなで盛り上がろうと欲張りたくはないかっ?! 一穂(私服): ご、ごめんなさいっ! 欲張りたいです……っ! 魅音(私服): うんうん、素直でよろしい。というわけでこれから、私たちは作戦を立案する!各自のアイディア協力に期待したい!! 詩音(私服): つまり……お姉。行動自体は決めても、ゴールデンウィークをどう過ごすかまでは考えていないってことですね? 魅音(私服): うっ? か、考えてはみたんだよ?けど、どこもかしこも一長一短というか、帯に短したすきに長しという感じで……。 圭一(私服): ノープランなのかよ……って、待て魅音!その振り上げたこぶしは反則だ! 暴力反対ッ! 圭一(私服): けど、まぁ……魅音の言う通り、みんなでどこかに出かけるってのはありだよな。 一穂(私服): う、うん……毎日部活でも楽しいけど、一緒に遠出するのもワクワクするよね。 梨花(私服): では、みんなでいい案を持ち寄るのですよ。三人寄れば文殊の知恵、十人だと……みー? 沙都子(私服): 文殊菩薩は知恵の神様ですし、その上となると何になりますの……? 菜央(私服): とにかく、ゴールデンウィークは来週だから早くここで予定を決めちゃいましょう。 羽入(私服): あぅあぅ、天気予報によるとゴールデンウィークはずっと晴れるそうなのですよ。 一穂(私服): それなら、屋外でも大丈夫そうだね。どこがいいかな……うーん……。 レナ(私服): はぅ……海は、シーズン的に早いよね。他に思いつくのは動物園に水族館、遊園地……どれもお金が結構かかっちゃうかな、かな。 沙都子(私服): それ以上に、どこの行楽地もすごい人出で混雑しているでしょうし……遊ぶどころか、移動するのも大変だと思いましてよ。 詩音(私服): ……ですね。#p雛見沢#sひなみざわ#rの温泉宿でさえ、昨日の聞いた話によるともう予約で一杯になっているそうです。 詩音(私服): まぁ、色々と手伝ってきた私たちとしてはありがたい話ではあるんですが……。 魅音(私服): 商売繁盛は結構なことだけど、今回は期待ができない感じだねぇ。さて、どうしたものか……。 早々にアイディアが尽きてしまい、全員が頭を抱えてしまう。 スケジュールと金銭的な問題、人混み……その3つの制約が並ぶとさすがに選択肢が絞られてしまうのも当然だろう。 と、そんな中……。 梨花(私服): ……みー。では、キャンプならどうですか? 沙都子(私服): キャンプ……ですの? 私たちの視線が、梨花ちゃんに集中する。すると彼女は笑顔を浮かべ、全員に頷いていった。 梨花(私服): はいなのです。雛見沢から少し離れたところにキャンプ場がある、と以前に富竹が言っていたことを思い出したのですよ。 圭一(私服): キャンプ場か。確かにそれなら、テントさえ持っていけば宿の心配はなさそうだな。 羽入(私服): あぅあぅ……ですがそのテントは、どこで調達するのですか? レナ(私服): はぅ……全員分のテントを用意するとなると、結構お金がかかるよね……。 魅音(私服): あー、その点に関してはおじさんに任せて。アウトドアを趣味にしている人が親戚にいるからさ。 魅音(私服): 他にも全員分の寝袋とか、バーベキューの道具……必要なものは私たちで確保してくるよ。だよね、詩音? 詩音(私服): はいはい、そうなると思いましたよ。お姉こそ、私に任せっきりにしないでちゃんと働いてくださいよね。 圭一(私服): えっ、いいのか……? 詩音(私服): えぇ。これまでの親戚連中からの御用聞きをやってきたツケと貸しを、ある程度回収する絶好の機会ですからね。 そう言って詩音さんは、親指を立ててみせる。……さすが園崎姉妹、こういう時も頼もしい。 詩音(私服): あと、アウトドアの知識に関しては頼もしいインストラクターがいるじゃないですか。ですよね、美雪さん……? 美雪(私服): ……おぅ? 突然話を向けられ、美雪ちゃんは驚いたように声を上げて顔を上げる。そんな彼女に対し詩音さんはにこやかに笑いながら、続けていった。 詩音(私服): 確か美雪さんって、以前ガールスカウトをやっていたって言っていましたよね。 詩音(私服): だとしたら、火起こしのルールとか野外ご飯の作り方とか……そのあたりに結構詳しいんじゃないかと思いまして。 美雪(私服): ……軽く雑談で言っただけなのに、よく覚えてたね。 魅音(私服): 詩音って、そのあたりの記憶力だけはなかなか大したものだからねー。……で、どうなの美雪? 美雪(私服): んー……まぁ、一通りはね。水場が近くにない時には、安全に飲める水を調達する方法とかも知ってるよ。 圭一(私服): いや、そこまでいくとキャンプじゃなくてサバイバルだろ……。 圭一(私服): けど、そういう専門知識がある子が一緒ってのは心強いかもなー。 沙都子(私服): ……あの、圭一さん。 圭一(私服): ん、どうした沙都子? 沙都子(私服): 今更の質問になってしまいますけど……ガールスカウトって、なんですの? 圭一(私服): ……改めて聞かれると、なんだろうな。ボーイスカウトの女の子版……だと思うけど、そもそもボーイスカウトって何をやるんだ? 美雪(私服): んー……まぁみんなで野外を中心に集まって、チームワークを鍛える部活みたいなものだよ。キャンプもそのうちの一つだね。 レナ(私服): えっと……つまり、自然の中で生きていく力を身につける活動ってことかな? かな? 美雪(私服): あはは、そんなところだ。 魅音(私服): そういった技術なら、おじさんも負けないよ!こう見えてもあれこれ訓練受けてるからねっ! 一穂(私服): えっと……魅音さんの技術は、どこで発揮されるの? 魅音(私服): ……ジャングルとか? 菜央(私服): あの……あたし、ジャングルはさすがに行きたくないんだけど。 梨花(私服): ボクはちょっと行ってみたいのですよ、にぱー。 羽入(私服): ぼ、僕もほんの少しだけ、興味が……。 レナ(私服): はぅ……でも、いきなり初心者にジャングルは大変なんじゃないかな? かな? 詩音(私服): というより、旅費がすごいことになります。安全性も低くなりそうですしね。 美雪(私服): ……あははっ、レナの言う通り。だからフツーに、キャンプを楽しもうよ。 沙都子(私服): をーっほっほっほっ、決定ですわ!それではゴールデンウィークの部活は、キャンプで決定でしてよ~♪ 沙都子(私服): ところで、荷物は何を持って行けば……?着替えと、あとは……あ、花火なんていいですわね! レナ(私服): はぅ~、花火いいね~っ!レナも楽しみだな、わくわくっ♪ 菜央(私服): あ、あたし……線香花火を長持ちさせるの、結構上手よ! レナ(私服): あははは、そうなんだ!じゃあ、誰が一番長く持たせられるか一緒に競争しようねっ。 詩音(私服): あと……ご飯はどうします?キャンプ飯と言っても、色々ありますが。 魅音(私服): 定番のカレー……は、ちょっと芸がないよね。だったらビーフシチューでも作っちゃおう! 一穂(私服): (カレーとシチューって、そんなに違いがあったりするのかな……?) 圭一(私服): おぉ、そうだ!バーベキュー台があるなら、串焼きを焼こうぜ!外国映画に出てくるような、でっかいやつを! めいめいがわからないことを聞いたり、提案をしたりしながらトントン拍子で話が進んでいく。 美雪(私服): …………。 楽しそうにみんながキャンプについて思いを馳せる姿を、美雪ちゃんはにこにこと笑顔で……。 でも、どこかぼんやりとした瞳で見つめていた。 一穂(私服): …………? 浮かない表情……というより、まるで……どこか遠いところを見ているような感じだ。 一穂(私服): (いつもの美雪ちゃん、じゃない……?) そう感じた私は、思わず彼女に歩み寄って具合を尋ねずにはいられなかった。 美雪(私服): ? どうしたの、一穂? 一穂(私服): あの……み、美雪ちゃん。体調でも悪いのかと思って、それで……。 美雪(私服): ……心配してくれて、ありがとう。でも、なんでもないから……気にしないで。 美雪ちゃんの顔は、いつも通りの優しい笑顔。 でも、なんだかその表情が仮面のように固く……冷たい感じだった。 Part 02: ――そして数日後、ゴールデンウィークのお出かけの日。 私たちは迎えに来てくれた富竹さんの車に荷物を積ませてもらい、ぞろぞろと中の座席に乗り込んだ。 魅音(私服): すみませんね、富竹さん。それに鷹野さんも。せっかくの休みの日に、お手間を取らせてしまって。 鷹野: くすくす……いいのよ。せっかくのゴールデンウィークなんだから、賑やかに楽しく過ごさないとね。 私たちが乗った車の運転席には富竹さん、助手席には鷹野さんが座っている。 魅音(私服): ほんと、申し訳ないです。葛西さんに車を出してもらうことになっていたんですが、急に用事が入っちゃって。 魅音(私服): 正直、どうやって移動しよう……って困っていたところでしたので、思い切って相談して大正解でした。 鷹野: これくらいのことなら、お安いご用よ。……ただ、ちょっと車内が狭いのは我慢してね。 詩音(私服): 狭いだなんて、そんなことないですよ。まさか、マイクロバス級を持ってきてくれるとは思ってもみませんでした。 詩音(私服): こんな大きな車を持っている富竹さんって、何者なんですか? フリーのカメラマンにしては装備が良すぎますよね……? 富竹: あ、あははは……そのあたりは、各々のご想像にお任せするよ。 鷹野: でも、場所が近くて助かったわ。あなたたちがこれから行くキャンプ場って、私たちが向かう場所の途中だったから。 魅音(私服): 鷹野さんと富竹さんは、確か温泉に行くって言っていましたよね。そこの宿に泊まる予定ですか? 鷹野: えぇ。全国でも有名な、素敵な温泉宿にね。 詩音(私服): ほほぉ……?連休の時期にそんなところで宿をとるなんて、富竹さんも隅に置けませんねー。 詩音(私服): 宿の手配、さぞ大変だったんでしょうねぇ……半年? 1年?どれくらい前から予約していたんです? 圭一(キャンプ): 一年前……?! いや、でも確かに有名な宿だとゴールデンウィークに部屋とかを押さえるのは、それくらい前じゃないと無理だろうな……。 富竹: あ、いや……あははは。知り合いの口利きで、まぁなんとかね。ラッキーだったよ。 魅音(私服): ……なんて富竹さんはごまかしているけど、絶対にかなり前から予約していたってのが見え見えだねー。 梨花(私服): みー、きっと富竹は昨日の夜もワクワクしすぎて眠れなかったのですよ。……今朝の沙都子みたいに。 沙都子(キャンプ): わ、私はちゃんと寝ましたわよ?!い、いえ、楽しみにしていたことは間違いありませんけど……。 詩音(私服): くすくす……わざわざキャンプ向けに揃えた服を着込んでいる時点で、あんたが気合い十分なのは推して知るべしってやつですよ、沙都子。 沙都子(キャンプ): そ、それを言い出したら一穂さんもですわ……!いつの間にそんな服をお買いになったんですの? 一穂(キャンプ): あ、あははは……ちょっと前に買ったんだけど、うっかりいつもの服を洗濯した後干してなかったから着ていくものがこれしかなくて……。 菜央(私服): そういうきっかけでもなければ、ずっとタンスの奥の肥やし状態だったじゃない。服は着てこそ意味があるんだから、良い機会よ。 沙都子(キャンプ): をーっほっほっほっ、確かに。それにとても似合っておられますし、よろしいと思いましてよ。 沙都子(キャンプ): ところで……美雪さんはもう眠っておられますの?まだ車が走り出したばかりだというのに……。 美雪(私服): ぐー……。 話を反らすように沙都子ちゃんがこちらを見る。 最後部座席に座る私の肩にもたれるように眠る美雪ちゃんの姿に、前の席に座ったレナさんがくすっと笑う。 レナ(私服): あははは。美雪ちゃんも楽しみで眠れなかったのかな? かな? 一穂(キャンプ): そ、そうかもだね……あはは……。 一穂(キャンプ): (……そうだといいけど) 羽入(私服): あぅあぅ、でも鷹野は富竹の苦労を察しながらさらっと流したのですよ……。 一穂(キャンプ): なんだか凄いね……大人って、これが普通なの?それとも、これが恋の駆け引き……とか? 菜央(私服): 一穂……あんた、ドラマの見過ぎよ。そういう余計な知識は身につけないようにね。 一穂(キャンプ): ご、ごめんなさい。 最後部座席に座った私は、そっと運転席と助手席を盗み見る。 これから温泉宿に泊まるというのに、2人とも沙都子ちゃんみたいなウキウキと言うかワクワクと言うか……浮かれた様子が全くない。 一穂(キャンプ): (それだけ、旅行とかに行き慣れてるのかな?気を遣わない関係ってのも、素敵だなぁ……) 美雪(私服): ぐー……。 なんて思いながら落ちかけた美雪ちゃんの頭を肩に乗せ直していると、一つ前の席の梨花ちゃんが隣の羽入ちゃんの耳元に口を寄せているのが見えた。 梨花(私服): ……ところで羽入、大丈夫なの?その、外に出ても……。 羽入(私服): あぅあぅ。いつものように「あの子」に協力してもらったので、なんとかなったのですよ。 梨花(私服): そう……。 一穂(キャンプ): (……協力? 何を協力してもらったんだろう?) 何の話をしているのか尋ねようとすると同時、車体が大きく傾いた。急カーブを曲がったのだ。 鷹野: もうすぐ、目的のキャンプ場に到着するわよ。みんな、そろそろ下りる準備をして頂戴。 魅音(私服): はーい! 梨花(私服): みー……#p雛見沢#sひなみざわ#rの近くに、こんなキャンプ場があったなんて知らなかったのです。 富竹: うん……僕も知り合いに聞いて初めて知ったよ。いいところだけど、意外な穴場なんだってさ……よっと。 圭一(キャンプ): うぉっ、富竹さん荷下ろしが早ぇ……!なんか、手慣れているんだな。 富竹: はは、これくらいはね……っと、これで最後だ。 魅音さんたちが親戚から借りてきたというキャンプ道具はあっという間にトランクから下ろされて、地面に小山を作る。 鷹野: それじゃあ私たちはそろそろ行くわね……と、その前に梨花ちゃん。 梨花(私服): ……みー? 呼ばれた梨花ちゃんがとことこと歩み寄ると鷹野さんは小さくて黒い箱のようなものを鞄の中から取り出し、それを手渡していった。 鷹野: 私のポケベルを預けておくわ。診療所で使っている医療用のものだけど、念のために持っておいて。 魅音(私服): えっ……いいんですか、鷹野さん?ここに診療所から呼び出しがあったりすると、監督たちが困っちゃうんじゃ……。 鷹野: 大丈夫よ。入江先生にはこの2日間、何があっても連絡はできないって言っておいたから。……看護婦だって、休みは必要でしょ? 詩音(私服): まぁ、そうですよね。休みの日ならともかく大事な人とのデートまで邪魔されたんじゃ、たまったものじゃありませんし。 鷹野: 予定通りに迎えに行くつもりだけど、何かあったらこれを鳴らして連絡するわ。その時は私たちの宿に電話してきてね。 鷹野: 電話番号は、このメモに書いてあるから。もし私たちが宿から移動して不在の時は、この下の番号にお願いね。 梨花(私服): ありがとうなのですよ、鷹野。 レナ(私服): それじゃ、富竹さんと鷹野さん。お二人も温泉旅行を楽しんできてくださいね。 富竹: ははっ、ありがとう。みんなも火の始末とか、怪我とかに気をつけて楽しんでね。 鷹野: それじゃ、また明日ね。 魅音(私服): いってらっしゃ~い。 私たちが手を振りながら見送る中、富竹さんと鷹野さんが乗り込んだ乗用車は軽やかな動きで去っていく。 一穂(キャンプ): 富竹さんの努力、少しでも報われるといいね……。 詩音(私服): くすくす……大丈夫ですよ。鷹野さんってあぁ見えて、富竹のおじさまにベタ惚れですしね。 圭一(キャンプ): ベタ惚れって……本当か?いや、俺にはそう見えないんだが……。 一穂(キャンプ): (私も、前原くんと同じ意見……) 詩音(私服): 相変わらず圭ちゃんはお子ちゃまですねぇ。まぁ、いつかきっとわかるようになりますよ。……ですよね、お姉? 魅音(私服): 余計なことは言わんでいい……ッ!! なぜか魅音さんは、詩音さんに向かって顔を赤らめながら睨んでいる。……なんで彼女は怒っているのだろう? 魅音(私服): とにかく、ぼさっとしていないでとっとと準備!で、何から始める? トイレ用の穴掘りから? 梨花(私服): みー、トイレならあっちにあるのですよ。 レナ(私服): はぅ……キャンプ場なら、水場やお手洗いはちゃんと用意してあるものだよ。魅ぃちゃん、どこでキャンプしたの? 魅音(私服): あー……ごめん。秘密にするって誓約書に判子を押しちゃってるから、そのあたりについては一切言えないんだよ。 圭一(キャンプ): 誓約書って……少なくとも、まともなキャンプ場ではなさそうだな。 一穂(キャンプ): あ、あははは……。 沙都子(キャンプ): では、寝床になる場所の確保ですわ!美雪さん、テントを張るにあたって適したところはどのあたりがよろしくて? そう言って意気込む沙都子ちゃんは、早速とばかりに美雪ちゃんに尋ねかける。が、 美雪(私服): …………。 それに対して彼女は、キャンプ場に向けてぼんやりと視線を送りながら……気もそぞろな表情で立ち尽くしていた。 沙都子(キャンプ): あの……美雪さん? 美雪(私服): えっ?……ごめんごめん、テントの場所だね。とりあえず水はけが良くて、平らなところを選ぶのが基本だよ。えっと……。 美雪(私服): ……んー、そうだなぁ。もしかしたら明日雨が降るかもしれないし、あっちの木の下なんていいと思うよ。 梨花(私服): みー……? こんなにもいいお天気なのに、雨が降るというのですか? 羽入(私服): あぅあぅ、昨日の夜の天気予報ではずーっと晴れの予定だったのですよ。 美雪(私服): 山の天気は変わりやすいんだよ。特にここは高地だから、通り雨の可能性もあるしね。天気予報はあまりあてにならないと思った方がいい。 圭一(キャンプ): だったら、あっちの広いところの木の下なんていいんじゃないか?あれだけ大きいなら、雨宿りにもなりそうだしな。 ほら、と前原くんの指さす先には、原っぱの真ん中にぽつんと佇む大きな木が見える。確かに、複数のテントでもすっぽり収まりそうだ。 沙都子(キャンプ): ……圭一さん。あんな広い場所にぽつーんと立っている木は雷が落ちやすくて危険でしてよ。 美雪(私服): その通り。だからちょっと低い木の方がいいと思うよ。 圭一(キャンプ): なるほど……言われてみれば、そうか。天候が崩れるってことは、そっちの危険も念頭に入れておくべきだよな。 詩音(私服): くすくす……よかったですね、圭ちゃん。雷直撃で黒焦げにならなくて。 魅音(私服): でも、そうなるところは見てみたいかもねー。……圭ちゃんだけテント、あっちにしてみる? 圭一(キャンプ): するかっ! だったらお前が行け、魅音!金属系のものを集めておいてやるから! 一穂(キャンプ): あ、あははは……。 何はともあれ、美雪ちゃんのアドバイス通り私たちは少し低い木が集まる場所に移動した。 レナ(私服): それじゃ美雪ちゃん、テントを広げてもいい? 美雪(私服): あ、その前にブルーシートを敷いておこう。で、その上に食材を入れてあった段ボールを広げて……テントはその上で組み立ててね。 沙都子(キャンプ): ……なるほど。保温性とクッション性を高めるんですのね。 美雪(私服): そうそう。テントは3つだから、ちょっと離して設置して……あっ、その前に管理棟へお金を払いに行かないと。 魅音(私服): あ、そっちは私たちに任せてよ。詩音、あんたは財布係なんだから一緒に来て。 詩音(私服): はいはい。あと、富竹さんが管理棟で氷を売っているって教えてくれたので、ついでに買ってきましょう。 美雪(私服): じゃあお願い。その間にテント張っちゃうからさ。 指示を出していく美雪ちゃんに従い、みんなもそれぞれに役割を分担してテントを手際よく設営していく。 このあたりのフットワークの軽さは、さすが部活メンバーだと思う。おかげであっという間に、テントの設営が完了した。 沙都子(キャンプ): 美雪さんがいて助かりましたわ。やはり経験者がいると、頼もしいですわね。 梨花(私服): みー、沙都子がとっても楽しそうなのです。ひょっとして、キャンプに興味があったのですか? 沙都子(キャンプ): えぇ。ただ、キャンプ道具は結構なお値段ですし子どもだけだと計画するのは難しいですから……。 沙都子(キャンプ): 今回はまさに渡りに船で、とっても嬉しいですわ~♪ 羽入(私服): あぅあぅ、みんなで来られてよかったのですよ~! 美雪(私服): ……そっか。そう思ってくれるんなら、よかったよ。 はしゃいでいる沙都子ちゃんたちを見つめながら、美雪ちゃんはなぜか大人びた笑みを浮かべる。 それは、心から笑っていない表情で……彼女の様子を見ながら、菜央ちゃんが私だけに聞こえるくらいの小さな声で呟いた。 菜央(私服): ……美雪、ちょっと変よね。キャンプの話題になって、やろうって決まってからなんだか乗り気じゃない感じ……。 一穂(キャンプ): うん……。 ……その後のキャンプは、とても楽しかった。 夕飯はみんなでバーベキューをして、お腹いっぱいになるまで食べて……暗くなった後は花火で遊んだ。 線香花火の長持ち大会は白熱の戦いで、最後は梨花ちゃんと沙都子ちゃんの一騎打ちの末、梨花ちゃんが優勝した。 ……私の火が真っ先に落ちたのは、言うまでもない。 その後はそれぞれのテントに入って寝袋へ潜り込み、美雪ちゃんはあっという間に眠ってしまった。 話をしようとした私と菜央ちゃんも、機先を制されたので仕方なく眠ることにして……。 真夜中、ふと目が覚めて……気づいた。 一穂(キャンプ): ……あれ? 美雪ちゃんがいない? 菜央(私服): すぅ……すぅ……。 テントの中を見回しても、菜央ちゃんと私だけ。……美雪ちゃんの姿は、どこにも見えない。 寝袋は空っぽで、……手で触れると冷たい。抜け出してからかなり、時間が経っているようだ。 一穂(キャンプ): (トイレ……にしては、長いよね……) そう思って私は、そっとテントから顔を出して周囲に目をこらす。 暗い中、最初は何も見えなかったけど……少し離れた場所に小さな明かりが目に入り、そのそばに座る人影を見つけた。 一穂(キャンプ): …………。 菜央ちゃんの寝顔をちらり……と見てから意を決した私は、テントの外へと出る。 明かりの出元は、ガスコンロの火だった。その灯火に照らされながら美雪ちゃんは、地面に座り込んで……空を見上げていた。 美雪(私服): ……星は綺麗だな。この光景だけは、あの時と同じか……。 一穂(キャンプ): 美雪ちゃん……? 声をかけると、美雪ちゃんが振り返る。一瞬少し驚いたように目を見開いていたけど……私とわかったのか、すぐに笑顔になってくれた。 美雪(私服): ごめんね、一穂。……起こしちゃった? 一穂(キャンプ): ううん。たまたま、起きただけで……。 美雪(私服): ……よかったら座りなよ。もうすぐお湯が沸くから、何か飲む? 一穂(キャンプ): うん……。 小さなガスコンロを挟み、向かいに座る。 一穂(キャンプ): (魅音さんが用意してくれたキャンプ道具の中に、こんなのもあったんだ……) 言われたことしかしていなかったので、何を持ってきたのかもよく理解していなかった。……人任せにしすぎた自分が、情けない。 一穂(キャンプ): (ほんと私って……いつも美雪ちゃんたちに頼ってばかりだな……) コンロの上に乗せられた小鍋の中の水は、ふつふつと小さな泡をたてて湯気を立ち上らせている。 一穂(キャンプ): (私なんかじゃ、美雪ちゃんの悩みは解決できないかもしれないけど……) 美雪(私服): ……ココアでもいい?朝食のパン用のバターをちょっともらってさ、それを入れるとおいしいよ。 一穂(キャンプ): あ、あのね……美雪ちゃんに、聞きたいことがあるの。 美雪(私服): ……おぅ? コップを用意していた美雪ちゃんの手が止まる。一瞬怯みかけたけど……ぐっとお腹に力を入れ、私は自分の気持ちを奮い立たせた。 一穂(キャンプ): (聞かなきゃ……!美雪ちゃんが何かに悩んでるんだったら、少しでも力に……っ!) 一穂(キャンプ): キャ……キャンプ場に来て……じゃなくて。 一穂(キャンプ): キャンプに行こうって話をした時から、ずっと美雪ちゃんの様子……おかしかった。だから、あの、それで……。 美雪(私服): あー、そっかそっか……顔に出てた?ごめんね、心配かけてさ。 美雪(私服): でも、本当に大したことじゃないんだよ。だから大丈夫、大丈夫。 一穂(キャンプ): で、でもっ……! 美雪(私服): ……しっ! と、慌てて食い下がろうとした私の声を、美雪ちゃんの小声が遮った。 小さな炎に照らされた美雪ちゃんの顔からはさっきまであった寂しそうな色は消え去り、鋭い視線で左右を油断なくうかがっている。 一穂(キャンプ): ど……どうしたの? 美雪(私服): いや……今、物音がした気がしてさ……。 美雪ちゃんはそう告げてコンロに手を伸ばし、音も立てずに素早い動作で火を落とす。 そして、固唾を飲む私の肩をそっと引き寄せ……警戒に声を潜ませながら呟くようにいった。 美雪(私服): 誰かが、近くにいる……? Part 03: 懐中電灯を片手に進路を照らし、美雪ちゃんと一緒に気配のする方向へと慎重な足取りで歩いていく。 一穂(キャンプ): あの……美雪ちゃん。感じた気配って、もしかして『ツクヤミ』……? 美雪(私服): ……いや、そこまで邪悪な感じじゃないよ。もしそうだったら、こんなふうに明かりを不用心に使ってないしね。 一穂(キャンプ): そ、そうだよね……あれ?あっちの大きい木の下に、誰かいるみたいだよ。 懐中電灯の光が照らし出した先には、前原くんが最初にテントを張ろうと主張したこの辺りで一番大きな木の姿が映り……。 そこから少し離れた場所で、折りたたみ椅子らしきものの上に誰かが座っているのが見えた。 一穂(キャンプ): (何をしてるんだろう……?) 一穂(キャンプ): あ、あの……。 年配の女性: ……光を消して! 見えづらくなっちゃうから! 一穂(キャンプ): ご、ごめんなさい……! 小声で注意され、慌てて懐中電灯の光を消す。……一瞬だったからよく見えなかったけど、声の感じからして年配の女性のようだ。 すると、美雪ちゃんが私を背にかばうように一歩前に出て……いつもの軽い調子で相手に尋ねかけていった。 美雪(私服): こんばんはー。望遠鏡で、星を見てるんですか? 一穂(キャンプ): ……美雪ちゃん、見えるの?こんな暗い中なのに。 美雪(私服): ここまで片目だけ閉じておいて、暗がりに慣らしてたからねー。夜の闇の中で行動する時の基本だよ。 驚く私に対して美雪ちゃんは事もなげにそう答える。 すると、その女性は姿勢を変えないまま声だけを私たちに返してきた。 年配の女性: 彗星を探しているのよ。今夜みたいに月のない時は、星がよく見えるからね。 美雪(私服): ……なるほど。つまりあなたは、コメットハンターさんってわけですね。 一穂(キャンプ): コメットハンター……って、お米……? 美雪(私服): あはは、お米じゃなくてコメット、彗星のことだよ。 美雪(私服): で、ハンターは新しい彗星を見つけようと星空を観測してる人をさすってわけ。 一穂(キャンプ): 新しい彗星……って、見つけたら何かいいことがあるの? 願いが叶うとか……? 美雪(私服): あはははっ、それは流れ星だよ。流れ星だと大気との化学反応で一時的に光って、そのまま燃え尽きちゃうんだけど……。 美雪(私服): 彗星ってのは地球の周囲を回った後、離れていって……何十年か何百年経ってからまた戻ってくるものなんだ。 美雪(私服): で……新しい彗星を発見できたら、ルールを守れば発見者が好きな名前をつけることができるんだよ。 美雪(私服): 人名の場合は……確か、早い順から3人までその彗星に名前をつけることができるんだっけ。 美雪(私服): 世界中にそれを目的にして観測をしてる人が結構いて……日本人の名前がついてる彗星も50近くあるって話だよ。 年配の女性: ……あら、詳しいのね。ひょっとしてあなたも、彗星探しの経験が? 美雪(私服): あ、いえ。私が住んでる社宅の近所に、巨大望遠鏡を買った人がいたので色々と話を聞かせてもらったんです。 美雪(私服): まぁその人は、UFOを探すために買ったらしくて……ご両親に無駄遣いだって怒られてましたけどね。 美雪(私服): 「俺が買ったのは望遠鏡じゃない、夢なんだ」……なんて言い張ってましたよ。 一穂(キャンプ): そ、そうなんだ……。 年配の女性: うふふっ。UFOよりは彗星の方が見つけやすいかもね。 少し剣呑そうな口調だったその女の人は、望遠鏡から目を離さないままではあるけど……いつの間にか、くすくすと笑っている。 一穂(キャンプ): (美雪ちゃんって、いろんな人とすぐ仲良くなって……すごいなぁ) 彼女の話には、社宅――警察官舎の人の話が出てくるけど、本当にいろんな人がいて……その全員と仲良しらしい。 凄いな、と思うと同時に私にはできないな、とも思ってしまう。 一穂(キャンプ): (そんな美雪ちゃんが、いったい何に悩んでるんだろう……?) 年配の女性: あら……ひょっとしてあなたたち、今日のお昼にサイトの使用手続きに来た双子ちゃんのお友達かしら……? 美雪(私服): はい。……ってことは、管理棟の方ですか? 年配の女性: えぇ。ここのキャンプ場は、元々私の主人が管理人を務めていたのよ。今は、私がその代理なんだけどね。 年配の女性: 星が好きで、彗星探しが趣味だったんだけど……そのせいで昼間の仕事がほったらかしでね。 年配の女性: それである時、大げんかして……その数日後に急な病で倒れちゃって、それっきり。 年配の女性: 謝る言葉も伝えられずに、あの人はこの星の向こうに行ってしまったの……。 一穂(キャンプ): えっ……じゃあ、仲直りできないまま……? 年配の女性: ……後悔しても、遅かったわ。だからね、せめてあの人の代わりに彗星を見つけてあげたいの。 年配の女性: 主人の名前をつけるには、私が見つけてあげなくちゃいけないからね。 美雪(私服): ……そういうことでしたか。すみません、物音が聞こえたのでもしかして熊かと思っちゃって。 年配の女性: 一応対策はしてあるわ。でも、絶対に出ないとは限らないからあまり遠くに出歩いたりしないでね。 美雪(私服): わかりました。じゃあ私たちはこれで……行こう、一穂。 一穂(キャンプ): えっ……? 美雪(私服): ココア、淹れてあげるからさ。 一穂(キャンプ): う、うん……。 おばさんと別れて、火を消したコンロの元へ戻る最中。 一穂(キャンプ): 美雪ちゃん、あの……。 美雪(私服): ……本当に、なんでもないんだよ。 先回りして答えられて、私は息をのむ。すると美雪ちゃんは、暗い中で肩をすくめ……苦笑いのように息を立てていった。 美雪(私服): ちょ~っと、キャンプ場にまつわる嫌なことを思い出しちゃっただけなんだ。ただ、それだけの話。 一穂(キャンプ): えっと……前にキャンプ場に熊が出た、とか?もっ、もしもの時は私……頑張るから! 美雪(私服): いや、頑張らなくていいから逃げなって。熊には勝てないんだからさ。 美雪(私服): でも……くくっ。まさか熊とも戦う気でいるだなんて……ふっ、ふふふふっ……! ……美雪ちゃんの肩がぷるぷると震えている。笑いをこらえている様子にも見えるのだけど、何がそんなにおかしかったんだろう……? 美雪(私服): でも……昼間みんなが騒いでるのを見てたら、なんか私も楽しくなってきたんだよね。 美雪(私服): 特に沙都子のはしゃぎようったら凄かったじゃん? 美雪(私服): それを見てたら、こんな楽しいところでぐちゃぐちゃとくだらないことを考え込んでた自分が馬鹿らしくなってきちゃってね。 だからさ、と美雪ちゃんは続ける。 美雪(私服): 心配かけてごめんね……けど大丈夫だから、一穂はめいいっぱいキャンプを楽しんでよ。 一穂(キャンプ): ……私がキャンプを楽しんだら、美雪ちゃんは嬉しい? 美雪(私服): もちろん。 一穂(キャンプ): わ……わかった。私、全力で楽しむ! 美雪(私服): 怪我しないように気をつけてね。 一穂(キャンプ): うっ……う、うん。 美雪ちゃんと、真っ暗なキャンプ場をさっきまでとは違う軽い足取りで歩く。 その後、みんなに内緒で作ってもらったバター入りのココアは、とっても甘くておいしくて……。 安眠効果もあったのか、テントに戻ると同時にすぐ眠ってしまった。 Part 04: あったかいココアでお腹いっぱいになった後は、なんだか安心して、すぐに眠くなってしまって。 美雪(私服): 起きて、一穂……一穂。 だから名前を呼ばれて身体を揺さぶられた時は、まだかなり眠くて、眠くて……。 一穂(キャンプ): ふぁ……おはよう、美雪ちゃん。もう朝ご飯の時間……? 眠い目を擦りながら起き上がると、至近距離で困ったように笑う美雪ちゃんの顔が目に映った。 美雪(私服): ご飯の前に、テントの撤収を手伝って。……雨が来るよ。菜央もほら、起きて。 菜央(私服): うぅ、チェーンステッチが上手くいかない……。 むにゃむにゃと言いながら寝返りを打つ菜央ちゃんを横目に、美雪ちゃんはテントを出て他の子たちも起こしに行く。 一穂(キャンプ): (……まだ早いし、今日もいい天気のはずなのに……?) そう思って枕元に置かれた時計を見ながら、眠い目を擦りつつテントの外に這い出ると……。 空を覆い尽くしていたのは、晴天ではなく分厚い雲だった。 圭一(キャンプ): うおおぉぉっ……?すげぇ本格的に降ってきやがったな……。 屋根のある炊事場に全員が荷物とともに逃げ込んでから、五分後にはポツポツと雨が降り始めて……。 今ではすっかり、土砂降りに近い雨になっていた。 魅音(私服): いやー、この雨の中でテントに閉じ込められていたかもと思うと、さすがにぞっとするね。 詩音(私服): この調子だと、テントを畳むのも大変だったでしょうね……美雪さんのおかげで助かりました。 ずぶ濡れになりながら慌てて荷物を片付け車に乗り込んでいく他のお客さんを見ながら、みんなで感慨深くため息をつく。 レナ(私服): ありがとう、美雪ちゃん。ここなら屋根があって朝食の準備も大丈夫だし、富竹さんたちが来るまでしのげそうだよ。 美雪(私服): 褒め過ぎだって……けど、これはちょっとまずいかもしれないよ。 沙都子(キャンプ): 確かに。この雲の流れは気になりますわね。 圭一(キャンプ): 何が気になるんだ? 沙都子(キャンプ): 空の動きを見てくださいませ。この雲、富竹さんたちが向かった宿の方角から流れてきておりましてよ。 美雪(私服): ここまで局所的に強い雨が降ったとなると……富竹さんたちが泊まってるところも心配だね。 美雪(私服): 昼過ぎには迎えに来てくれると言ってたけど、ひょっとしたら……ん? ピピピピ、と炊事場に鳴り響く電子音。その音を辿った先には……。 梨花(私服): 噂をすればなんとやら、なのです。 梨花ちゃんの小さな手には、鷹野さんから渡されたポケベルが握られていた。 魅音(私服): ただいまーっ! 富竹さんたちと電話してきたよー! レジャーシートを傘代わりに広げた魅音さんが、少し離れた場所に設置されてある公衆電話から再び炊事場へと駆け戻ってくる。 距離はそう遠くないはずなのに、彼女の身体はずぶ濡れで……この雨の勢いの凄さを改めて感じさせられた。 レナ(私服): 魅ぃちゃん、大丈夫? はい、タオル。 魅音(私服): ありがとっ。いやー、雨つめたかったーっ! 詩音(私服): ……お姉のその顔を見る限り、あまり朗報は期待できませんね。 魅音(私服): 朗報どころか、大悲報だよ!宿に続く一本道が、大雨で通行止めだって。なんでも土砂崩れがあったらしくてさ。 羽入(私服): あぅあぅあぅ?! 沙都子(キャンプ): それで、お二人は無事なんですの? 魅音(私服): あ、それは大丈夫みたいだよ。ただ、土砂崩れの心配がなくなるまで今の宿から動けないかも……って。 梨花(私服): ……みー、それは困ったのですよ。 魅音(私服): 迎えに来られるようになるのは、早くても明日の朝らしくてさ……。 魅音(私服): 急ぐようなら富竹さんが、知り合いに連絡して迎えに出てもらえるか頼んでもいい、って。 魅音(私服): そっちの方はみんなの意見を聞きたいから、いったん保留にして戻ってきたけど……どうする? 菜央(私服): ……ちょっと、気がひけるわね。いくら富竹さんのお知り合いでも、あたしたちは初対面だし。 詩音(私服): 葛西を呼びますか? この緊急事態ですし、彼本人か誰かを派遣してくれるとは思いますが。 圭一(キャンプ): けど、ここに来るまで結構な山道だったから……視界が悪い中で運転をするのは、事故の危険性が高まるから難しいと思うぜ。 美雪(私服): うん。下手をすると来てもらってる最中に土砂崩れが起きる可能性も……というか、もう起きてる可能性も否定できないしね。 沙都子(キャンプ): はぁ……一難去って、また一難ですわね。 どうしようもない現実を前に私たちが頭を抱えていると、ぱしゃん、と大きく水の跳ねる音が背後で聞こえる。 日並: あら、あなたたち……? 土砂降りにかき消されそうなほど小さな声が聞こえてきた方向に顔を向けると、そこにいたのは傘をさした……。 魅音(私服): あれ、昨日の……。 美雪(私服): キャンプ場の管理人さん? 菜央(私服): すみません、おじゃまします。 管理人: はい、タオル。たくさんあるから、好きに使って頂戴。 沙都子(キャンプ): ありがとうですわ。では、お言葉に甘えまして……。 羽入(私服): あぅあぅ~!広くて暖かくて、快適なのですよ~! 詩音(私服): テントの中もそれなりに快適でしたけど、屋根のあるところの方が落ち着きますね~。特に、こういう悪天候の時は。 魅音(私服): でも……いいんですか?こんなにも大人数で管理棟に押しかけちゃって。 室内を見渡しながら申し訳なさそうに魅音さんが言うと、管理人さんは気にしないで、とばかりに明るく笑ってくれた。 管理人: ふふっ、いいのよ。ここの建物はもしもの時のためにあるんだから、遠慮なくゆっくりしていって頂戴。 ……昨日は少し怖そうな人に見えたけど、明るい場所で見るとそんな風には見えない。 おそらく昨日は、彗星を見つけるために神経を研ぎ澄ませていたのだろう。早めに失礼して正解だった、と改めて実感する。 管理人: 他のお客さんはもう帰っちゃったし、今日の予約もこの様子だとおそらくみんなキャンセルでしょうしね。 管理人: それに、普段ここのキャンプ場は人も少なくて放ったらかしだから……たまにはこうして賑やかなお客さんが来てくれる方が嬉しいわ。 圭一(キャンプ): ありがとうございます!そう言ってもらえると、俺たちも気が楽になります。 羽入(私服): あぅあぅ……でも、この様子だと#p雛見沢#sひなみざわ#rに帰れるのはいつになるかわからないのですよ……。 管理人: あら、呼んだ? 羽入(私服): えっ? い、いえ……? 管理人: そうなの?今「ヒナミ」って聞こえたと思ったんだけど。 一穂(キャンプ): …………? 話の流れがわからず首を傾げていると、あっとレナさんが声をあげた。 レナ(私服): あの……まだお名前を聞いていなかったんですが、もしかして……? 日並: 「ヒナミ」よ。日にちの日に並盛りの並……もしかして聞き間違えちゃった? レナ(私服): はぅ~、すごい偶然!私たち、雛見沢って村から来たんです。 魅音(私服): 雛見沢は鳥の雛に見るで、雛見沢なんですけど……一部の名前が同じって、なんだか運命を感じますね。 日並: あら、そうなのね……。ふふっ、偶然の一致の縁といえば実はもうひとつあったんだけどね。 沙都子(キャンプ): もうひとつのご縁って……なんですの? 日並: もう何年前のことになるかしら……今日みたいに急に大雨が降って、道がふさがった日があってね。その時もここに避難してきた子たちがいたのよ。 日並: あなたたちのような友達グループじゃなくて、確か若い叔父さんと小さな姪っ子さん2人の……うん、3人家族だったと思うわ。 日並: あの子たちも、今日のあなたたちと同じように炊事場で雨宿りをしていて……それでつい、声をかけちゃったのよ。 沙都子(キャンプ): そうでしたの……その方々に感謝ですわね。 一穂(キャンプ): えっ? な、なんで……? 詩音(私服): よく考えてみてください、一穂さん。その家族を助けて恩を仇で返されていたら……。 詩音(私服): 似たような状況で困っていた私たちを、日並さんは助けてくれたと思いますか? 一穂(キャンプ): あ、そ、そっか……。 もし、前の人が日並さんに迷惑をかけていたら……彼女はまた同じ迷惑をかけられるかもと警戒して、私たちに声をかけようとはしなかったかもしれない。 私たちが助けられたのは、日並さんの善意。そして前任者がきちんとその善意に答えたという先例があったからだろう……。 一穂(キャンプ): じゃあ、私たちも次の人のためにちゃんとしないと……! 羽入(私服): あ、あぅあぅ! 梨花(私服): 羽入、一穂。肩に力が入りすぎなのです。 日並: ふふっ、そんなに緊張しなくて大丈夫よ。何もないところだけど、くつろいでくれていいから。とりあえず、温かいお茶でもどう? 菜央(私服): ありがとうございます。喜んで。 魅音(私服): じゃあみんなで、トランプでもやろっか!よかったら日並さんも、一緒にどうですか? 日並: あら、いいの? 沙都子(キャンプ): えぇ、大歓迎ですわ!それに大勢のほうが、楽しいですしね。 日並: ふふっ、トランプなんて何年ぶりかしら。 梨花(私服): みー。負けたら日並も、罰ゲームなのですよ。 美雪(私服): いや……さすがに罰ゲームはなしでいいんじゃない? Part 05: 雨は一日中、ざぁざぁと降り続けて……。 日付が変わるかどうかの時刻になって、まるで見計らったようにぴたりと止まった。 その頃になってから外に出ると、頭上には満天の星空が広がっていた……。 美雪(私服): うわっ、綺麗……!雨上がりのあとは星空がよく見えるって本当なんだね……ん? 一穂(キャンプ): あれ、美雪ちゃん? 雨上がりの冷たい風に吹かれながら空を「観測」していた私は、振り返った先に管理棟から出てきた美雪ちゃんを見つける。 美雪(私服): 一穂……に、沙都子と梨花ちゃん? 一穂(キャンプ): ごめんね、もしかして起こしちゃった? 美雪(私服): いや、勝手に起きただけだから気にしなくてもいいけど……って、それは昨夜の私の台詞だよね? 一穂(キャンプ): あ、あははは……昨夜とは立場が逆になっちゃったから、つい。 美雪(私服): いや、面白かったよ。……まぁそれはさておき、キミたちの横にあるのって管理人さんの望遠鏡だよね? そう言って美雪ちゃんが泥を踏みながら、レジャーシートの上に座る私たちのもとへやってくる。 そう……私たち3人のそばにあったのは、昨夜管理人の日並さんが彗星探しに使っていた「あの」天体望遠鏡だった。 美雪(私服): 勝手に持ち出して大丈夫なの? 沙都子(キャンプ): 管理人のおばさまは、今夜もう休まれるそうですわ。 沙都子(キャンプ): ですのでその間、この望遠鏡をお借りすることになりましたのよ。 そう言って沙都子ちゃんが望遠鏡を覗き込み、梨花ちゃんが言葉を続ける。 梨花(私服): 日並は今日昼寝をしなかったので、この時間に起きるのが少し辛いと言っていましたのです。 美雪(私服): あー……私たちの寝床の準備やらなんやらで昼間もバタバタしてたもんね……。 梨花(私服): ……みー。たまたま起きたボクたち3人が物音を聞いて一緒に見に行ったら、帰りかけた日並が居たので引き継いだのです。 梨花(私服): 今日のお礼に、ボクたちが新しい彗星を見つけてあげようと思ってかわりばんこで観測中なのですよ。にぱー。 沙都子(キャンプ): 昼間、日並さんが話しておりましたのよ。以前私たちと同じように、困っていた客がいたと。 沙都子(キャンプ): そのお客さんは、泊めていただいたお礼に壊れていた家電を修理してくれたそうですの。 沙都子(キャンプ): ですから私たちも、ぜひ恩返しをしたいと思いましたのよ~。 美雪(私服): ……それで、彗星探し?あはは、そりゃ見つけたら大喜びだろうね。 沙都子(キャンプ): をーっほっほっほっ!だからこうして探しておりましてよ~! 楽しそうに沙都子ちゃんが望遠鏡を覗く姿を、美雪ちゃんはにこやかに眺めている。 沙都子(キャンプ): しかし、難しいですわね……。どれもこれも似たような星ばかりで、違いがよくわかりませんわ。 美雪(私服): もっと拡大すればはっきりするだろうけど、そこまで見られるようなものは天文台レベルの超巨大なやつじゃないと無理だろうしね。 美雪(私服): でも、これもかなりいい望遠鏡だよ。 沙都子(キャンプ): それはわかりますわ。この望遠鏡、操作が難しいですもの。 梨花(私服): とか言いつつ、沙都子は上手に操作しているのですよ。 一穂(キャンプ): 私は説明されたけど、全然わからなかったよ……。 梨花(私服): 美雪も望遠鏡、見てみますですか? 美雪(私服): えっ……いいの? 梨花(私服): 一穂の次ならいいのですよ。……沙都子、そろそろ交代なのです。 一穂(キャンプ): 美雪ちゃん、先に見てもいいよ。 美雪(私服): いいって、一穂がお先にどうぞ。 一穂(キャンプ): う、うん。じゃあお言葉に甘えて……。 沙都子ちゃんと交代して、そっと望遠鏡を覗き込む。 美雪(私服): 本格的な望遠鏡で星を観測するなんて、久しぶりだなー。 梨花(私服): みー……前に観測したことがあるのですか? 美雪(私服): うん……でも、今日の方がワクワクするよ。 一穂(キャンプ): ……あれ? と、その時……私は一度望遠鏡から目を離し、ちょっと目尻を擦った後で再び覗き込む。 一穂(キャンプ): ねぇ……彗星って、尻尾みたいなのが伸びてる星のことだよね? 沙都子(キャンプ): えぇ、おばさまはそう話しておりましてよ。 一穂(キャンプ): 私……見つけちゃった……かも。 梨花(私服): みー……? 美雪(私服): いやいや……いくら何でも素人がこんな短時間で見つけるなんて、ビギナーズラックでもありえないって。 美雪(私服): 見つかる可能性ってどれくらいだっけ……ものすごく低いんじゃなかった?何かの星と見間違えたんじゃない? 沙都子(キャンプ): その可能性は大だと思いますけど……念のため、おばさまに聞いてみた方がよろしいのでは? 梨花(私服): ボクが、日並を呼んでくるのですよ。 泥でぬかるんだ場所を猫のように器用に避けながら、梨花ちゃんは管理棟へと戻って……。 ……数分後、寝起きでぼんやりとしている日並さんとともに再びやってきた。 日並: えっと……彗星を見つけたって……? 一穂(キャンプ): か、勘違いかもしれないですけど……。 日並: ふふ、いいのよ。そういうことはよくあるから。 日並: でもせっかく見つけた星の名前、あなたたちも知りたいでしょ?望遠鏡、動かしたりしていない? 一穂(キャンプ): そのままです。 日並: じゃあちょっと失礼するわね。えーっと……。 私が退いた場所に日並さんが入れ替わり、ゆっくりと望遠鏡を覗き込む。 そして……。 日並: ……彗星じゃ、ない。 美雪(私服): あー、やっぱり。 沙都子(キャンプ): そんな簡単には見つかりませんわよね。 一穂(キャンプ): ご、ごめんなさい。勘違いして……。 日並: 彗星じゃない……新しい小惑星よ! 一穂(キャンプ): ……小惑星? 日並: すぐに連絡しましょう! 一穂(キャンプ): えっ、えっ? 裾が汚れるのもかまわず、泥道を慌てて駆け戻る日並さん。 その背中を呆然と見送っていくと、ぽんと肩を叩かれた。 美雪(私服): 一穂……キミ、とんでもないものを見つけちゃったようだね。 一穂(キャンプ): え……えぇっ……?! Epilogue: 美雪: いやー……おかげであの後は、大騒ぎだったよ。 私は平成8年のすっかり日が落ちた夜空を見上げ、クスクスと笑う。 美雪: 天文台へ電報を打って、連絡待ちして……新しい小惑星の発見ってわかった時は、全員で大歓声をあげちゃってさ。 菜央: ……そんなこともあったわね。あたしは美雪たちが深夜に大騒ぎをしてるから、雨が建物の中に入り込んできたのかと思ったわ。 美雪: みんな興奮しすぎてて……明け方だっけ?一穂が小惑星ってなに?! って叫んだのって。 千雨: 彗星が岩とか氷でできたガスを噴出する小天体で、小惑星が岩でできてて何も噴出してない天体だろ。 千雨: ……って一穂ちゃん、それすらも知らなかったのか? 美雪: んー、そうだったみたい。何と彗星を見間違えたのかはよく知らないけど、それが小惑星だったんだからビックリだよね。 菜央: 無知の勝利ってやつかしら。あの時ほど、一穂が恐ろしいと思ったことはなかったわ。 千雨: そういえば、以前にもそんな話をしてたな。けど、あの時は星は地球から離れてるって……。 千雨: あ……そういうことか……! 千雨: ……ひょっとして、今夜は見られるのか?お前たちが発見した、その小惑星を……。 美雪: そういうこと! ちゃんと座標も覚えてるから、ちょっと待っててねー……えーっと確か……。 美雪: あれ……?これ、どうやって調節するんだっけ? 千雨: ……貸せ。あと座標を言え、合わせてやる。 美雪: ありがと。 望遠鏡から離れてメモした座標を読み上げると、千雨が手早く目盛環を設定してくれた。 菜央: 千雨って、機械も得意なのね。 千雨: 得意というか……望遠鏡の扱いは覚えた。何もない海だと、星しか目印がないからな。 美雪: モールス信号も、すぐ覚えちゃったよね。あれにはびっくりしたよ。 千雨: 必要に対応しただけだ……よし、これでどうだ。ピントは任せる。 美雪: ありがと。……よっ、と。 千雨と再び交代して望遠鏡を覗き込み、ピントを調節して……。 美雪: ――見つけた! あの日見たものと同じ形のものを発見して、歓声をあげた。 美雪: 千雨も見てみなよ。真ん中にセットしてあるからさ。 千雨: あぁ……これか? これだな。 美雪: ちょっと小さいけど……見えるでしょ? 千雨: なるほど、これか。……菜央も見てみるか? 菜央: えぇ。13年ぶりになるのかしら……懐かしいわね。 千雨と交代し、菜央が覗き込む。 美雪: 普通の小惑星は周期が長いものばかりなんだけど、この『ヒナミザワ小惑星』は13年ほどで地球に戻ってくるんだってさ。 千雨: ……『ヒナミザワ小惑星』? 千雨が怪訝そうに眉をひそめる。 千雨: 発見者は一穂ちゃんだろ。なんで本人の名前をつけなかったんだ? 美雪: それがさ……一穂は望遠鏡の位置を調節したのは沙都子だから、沙都子の名前をつけるべきだって言い出したんだけど……。 美雪: 沙都子も見つけたのは一穂だって、大もめに揉めちゃってね。 美雪: だったら、おばさんの旦那さんの名前をつけるのはどうか、ってことになったんだけど……それは申し訳ないって、断られちゃって。 美雪: で、部長権限で魅音が一穂に決定権を渡したら、今度は全員の名前をつけたいって言い出したんだよ。 菜央: ……あの時は全員で、頭を抱えたわね。普段は気が弱いくせに、全然譲らないし。 美雪: で、最終的に「ヒナミザワ」で登録することになったんだよ。おばさんたちの名字も入ってるからね。 千雨: あぁ、なるほど。そういう経緯があったのか。 菜央: ……けど、あたしたちの間だけでも呼んであげてもいいんじゃない?『カズホ小惑星』ってね。 千雨: あぁ、そうだな……サメも学術名とそれぞれの国での呼称の他に、地域別の呼びがあるんだ。 千雨: 名前が複数あっても構わないさ。私も海に出るようになったら、クルーにそう教えるようにするよ。 美雪: そのためには英語頑張らないとね。 千雨: まぁ、ぼちぼち……なんとか、うん……。 菜央: 一気にテンションが下がったわね。 美雪: モールス信号もすぐに覚えたんだし、千雨はやればできるんだって!……やる気の振り幅が大きいだけで。 千雨: だな。サメ映画を字幕なしで見るために頑張るか……。 美雪: そこ? 千雨: 翻訳と吹き替えで内容が違う場合あるから、混乱するんだよ……で、そのおばさんは今も星を探してるのか? 美雪: それが、おばさんはもう平成になる直前に亡くなっちゃったみたいでね。生きてたら、話をしたかったんだけど……。 #p綿流#sわたなが#rしの惨劇の後、一穂と離れ離れになり……私と菜央だけしか、平成に戻れなかった。 私たちは自分たちで真実を明らかにしようとして、その足がかりとしてあの旅行先のおばさんにも会いに行こうとしたんだけど……。 結局彼女は、その後もコメットハンターを続けていたが……自ら星を見つけることなく亡くなったらしい。 でも、その死に顔は穏やかで……星に『#p雛見沢#sひなみざわ#r』と名付けたことを後悔していなかったと遺族に聞いた時は……少しだけ、ほっとした。 美雪: (『雛見沢』の言葉の響きは、悪い意味を連想するものになったからね……) あの村の名前は、もはやそれを聞いただけで悲劇と死を連想させてしまうようになった。 それほどに『雛見沢大災害』の被害者は多く……また、派生した事件も痛ましいものだった。 けど、あの日のキャンプの思い出の延長、ただの寒村の名前としての「ヒナミザワ」は……今も私たちの頭上、遥かなる空の上に残っている。 美雪: (あのキャンプの思い出は、確かにあったんだ。だってその証として、あの星があるんだから……) 千雨: 菜央。もう一度、見てもいいか? 菜央: えぇ、もちろん。 楽しそうに星を見つめる菜央と千雨の笑顔を見ながら、私は裸眼のまま空を見上げる。 美雪: ……一穂。 美雪: キミの見つけた小惑星だって、13年たったら戻ってくるんだ。 美雪: だから私たちも、キミがいつか帰ってくる日を待ってるよ……。 美雪: まぁ、こっちからも探しにいくけどね!