Prologue: 平成5年、12月。私は「彼女」と会うため、待ち合わせ場所に指定された銀座のカフェに向かっていた。 千雨: っ……結構、冷えるな。 出かけ間際に流し見したTVの天気予報だと夜更け頃に雪が降るかもしれないとのことだが、この寒さだと今にも降ってきそうな気配だ。 都会で雪が降るのは、実に厄介極まりない。路面が滑って危ないし、電車などの交通機関が止まったり、大幅に遅れが発生したりする。 年を追うごとに都市の設備は新しくなり、生活の質と便利さは格段に増しているはずなのに……。 自然の脅威には相も変わらず無力なままというのが、おかしいというか皮肉を覚えずにはいられなかった。 千雨: 12月は受験生にとって、追い込みの大事な時期。なのに、こんな場違いの場所でほっつき歩いて私は何をやってんだかな……。 ほろ苦く自嘲を含んだ思いで笑いながら、私は暖を取るつもりで近くの自販機で買った缶コーヒーの残りをあおり飲む。 そして、空になって冷たさを増していくスチール缶をさっさと手放そうと思い、近くにゴミ箱がないものかと周囲に目を向けた。 千雨: ……ぁ……。 そこへ、ふいにおいしそうな料理の写真が視界の中へと入ってくる。 それは、とある料理店の場所を示す立て看板に貼られたもので……期間限定でクリスマスディナーが割引になる、との宣伝文が下に書かれてあった。 千雨: この辺りは大通りを外れるだけで人の流れが途端に少なくなるから……こういう看板が必要なんだろうな。 千雨: にしても、これは……ふむ……。 しゃがみ込んで写真をじっと見つめ、私は首を傾げる。 そして立ち上がり、興味が引かれないまま背を向けて再び歩き出した。 千雨: ……身内びいきかもしれんが、「あの2人」の作った料理の方が見栄えはよかった気がするよ。 千雨: やっぱり、あの姉妹が目をかけただけあってあいつらの腕は確かだったんだろうな……。 なんてことを呟いていると、ちょうど通りすがりの路地のそば辺りにゴミ箱を発見。一歩後ずさり、空き缶を手首のスナップで放り投げる。 弧を描きながらそれは見事に中へと吸い込まれて、少しだけ喝采をそっと胸の内で上げてみたが……。 「あの日」からずっと抱えていた憂鬱さを癒やすには、その程度のことでは到底足りなかった。 千雨: あれから……10年か。銀座は移り変わりの早い街だと聞いてたが、思ったほど変わらないものなんだな。 といっても、私の印象に残っているのは銀座通りの入口付近の交番、そして時計台がある昔ながらの建物が有名な交差点くらいだろう。 元々私は、ブランド品に興味がない。高級品を長く持ち続けるより、安物を早めに使い潰す方が変化があって効率的だと考えているクチだ。 まぁ、スポーツ用品に関しては丈夫さと同時に機能性の善し悪しがあるので、こだわることも多少はあったりするが……。 見栄えだけがきらびやかなアクセサリー系をつけたいとは全く思わない性分だったせいか、以前のこの街の様相をほとんど覚えていなかった。 千雨: ……。約束の時間より、ちょっと早いな。 フリマで買い叩いたダイバーズウォッチで時刻を確かめてから、私は大手デパートの排気口付近に立ち止まって暖を取る。 千雨: ……カフェに入るほどでもないし、ここで時間を潰すことにするか。 そして、人の流れを邪魔しないようにショーウィンドウのそばへと移動してから……街並みをぐるりと見渡した。 行き交う人々は、クリスマスを間近に控えて楽しそうに、嬉しそうに笑いながら肩を寄せ合い笑顔を浮かべていて……。 だけど私は、そんな彼らと同じような気分にはとてもなれなかった。 千雨: #p雛見沢#sひなみざわ#r大災害が存在せず、大きな事件も事故も起こらずに新しい年を目前にしていた12月の、あの日……。 千雨: 私たちが取った選択は、あれで本当に正しかったんだろうか……? いまだに答えがわからず自問を繰り返す私は、天を仰ぐ。 ……すると、曇った空からちらほらと白くて小さな塊がいくつも降り落ちてくるのが見えた。 千雨: やっぱり、降ってきやがったか。こんなんだったらこじゃれた洋食じゃなく、鍋料理とかの方がよかったかもしれんな……。 そう言って私は、恨めしい思いで雪が降り続ける空を見上げ、大きくため息をついた……。 Part 01: ……10年前の、昭和58年。クリスマスを間近に控えたある日のことだ。 クリスマスケーキの予約の受付だの、エンジェルモートのバイトだので一穂や美雪たちがてんてこ舞いにかり出されている中……。 私は今夜の食事当番として、手軽に量が食べられる鍋料理を仕込んでいた。 千雨: ……よし、野菜と肉はこんなもんか。あとは夕方頃に鍋にぶち込めば、あいつらが帰ってくる頃に仕上がるだろう……ん? 台所で一仕事を終えて軽く伸びをしたその時、ジリリン、とレトロな着信音が聞こえてくる。 もしかして、美雪たちの帰りが遅くなるのかそれとも早まったのか、と思って私は火を止め、電話が置かれたリビングに移動して受話器を取った。 千雨: はい、もしもし……? 詩音(冬服): 『あっ、千雨さんですか? 詩音です』 千雨: ……詩音? 想定した相手と違っていたので、私は少し驚いて思わず相手の名前を繰り返す。 すると詩音は、無駄話はおろか挨拶の言葉もなくのっけから本題を切り出していった。 詩音(冬服): 『今、ご自宅でお一人ですよね?迎えをよこしますので、ちょっと#p興宮#sおきのみや#rまで来てもらってもいいですか?』 千雨: 興宮って……いきなりだな。用件があるんだったら、お前がこっちに来ればいいじゃないか。 詩音(冬服): 『あと1時間ほどで、一穂さんと美雪さんがバイト上がりなんです。そっちに行くと、帰宅した彼女たちと鉢合わせになるかもなので』 千雨: ……あいつらには聞かせたくない、ってことか。 詩音(冬服): 『理解が早くて助かります。間もなくそちらに葛西の車が着くと思うので、それに乗ってきてください。では』 千雨: あ、おいっ……? 行く行かないの返事をするよりも早く、かかってきた時と同様に電話は唐突に切られる。 そして、「なんなんだ……」と呆れた思いで受話器を戻したその時、玄関からチャイムの音が聞こえてきた。 とりあえず私は、適当に防寒着を羽織りお迎えの車の後部座席に乗り込んで……。 運転席の葛西さんとは会話を交わすでもなく興宮までの道中、流れる外の景色を窓越しにぼんやりと眺めながら過ごした。 やがて車は、興宮図書館の前に停車する。するとすぐ近くで待ち構えていたのか、詩音がこちらへと駆け寄ってくるのが見えた。 車の窓を開け、座ったままドア越しに詩音をじろりと睨みつける。しかし彼女は怯む様子もなく、あっけらかんとした様子で愛想笑いを向けていった。 詩音(冬服): 急にお呼び立てしてすみませんね、千雨さん。来てくれてありがとうございます。 千雨: ……来るもなにも、電話を切った直後に葛西さんが玄関口に立ってたんだがな。 正直、黒服サングラスは別に怖くもないのでもし脅してくるんだったら断ってやろう、と本気で思ったほどだ。 ……仕方なく同行することにしたのは、強面の彼が低姿勢を崩さず「……お願いします」とやや情けない表情で頼んできたからだった。 詩音(冬服): それほど時間はかけません。帰りは来た時と同じように、葛西に送らせます。……なので、ちょっと付き合ってもらえますか? 千雨: クリスマスフェアとかの買い出し……ってわけじゃなさそうだな。どこに行くんだ? 詩音(冬服): とっておきのところです。すぐ近くのお店なので、ついてきてください。 そう言って詩音が連れてきたのは、興宮の中心部から少し離れた場所にある小さな喫茶店だった。 千雨: ……っ……? 入口の扉を開けるなり、煙草の臭いがきつくて思わず顔をしかめてしまった。 千雨: (昭和の一般的な喫茶店は喫煙OKだから、とにかく煙草の臭いがすごかった、って母さんが以前話してくれたことがあったな……) ただ、詩音は特に気にもならないのかさっさと店の中へと入っていく。 そして、入口のドアを開けたまま支えてくれている葛西さんに丁寧な仕草で促され、私は渋々中に続いた。 防寒具を脱ぎ、横の椅子の背もたれにかける。……よく見たらこれ、美雪の上着だった。道理で保温の度合が高かったはずだ、と納得。 詩音(冬服): マスター、電話でお願いしていた「あれ」をお願いします。 マスター: かしこまりました。もう準備はできていますので、お持ちします。 ……ほどなく私と詩音、そして葛西さんの目の前に巨大なパフェが並べられた。 千雨: おい……なんだこれは。 詩音(冬服): なんだ、と言われましても、これはパフェです。『スイートストロベリーコンポートパフェ』、このお店の自慢の逸品なんですよ。 千雨: パフェだってことは、見ればわかる。私が言いたいのは、なんでこんなものがいきなり出てきたんだ……ってことだ。 詩音(冬服): まぁまぁ。話をする前にちょっと甘いものでも食べてください、という私なりの心遣いです。 千雨: 心遣いって……この寒い中で冷たいパフェってのは、むしろ軽い嫌がらせのような気がするんだがな。 いずれにしても、せっかく出されたものを食べないとあってはこのお店のマスターにも申し訳ない。そう思って私はスプーンを手に取り、食べることにした。 詩音(冬服): で……千雨さん。食べながらで聞いてください。実は……。 千雨: クリスマスプレゼントを買いに行くから、一緒に付き合え……だと? パフェをつつく手を止め、詩音に目を向ける。確かにうまかったので、あっという間に半分を平らげてしまったが……。 せめて面倒事に巻き込まれないよう、食べる前に依頼内容を確かめておくべきだったかもしれない。……今となっては、もう遅いか。 詩音(冬服): 今週のどこかで、都合をつけてもらえませんか?ちょっと遠いところまで足を運ぶ予定ですので、バイト代と電車賃は持たせてもらいます。 千雨: 遠いところって……どこに行く気だ? 詩音(冬服): 銀座です。……東京の。 千雨: ……確かに遠いな。 興宮から大きな駅まで移動し、そこから新幹線の駅へ行って東京に着くまでだいたい5~6時間といったところだ。 ただ、費用が詩音持ちならそこまで辛くはない。問題があるとしたら、やはり……。 千雨: まぁ、諸々協力してもらったこともあるから内容次第では受けても構わないがな。 千雨: ……にしても、なんで私なんだ?というか、手伝うのは私ひとりだけか? 詩音(冬服): いえ、そう決まったわけではありません。必要な人員は、千雨さんの判断にお任せします。 詩音(冬服): ただ、人手をかり出すとしてもあなたが一緒に住んでいるあの3人が最大限にしてもらって……。 詩音(冬服): 他の子たちには、この話を伝えないでもらえるとありがたいです。 千雨: つまりレナや沙都子、羽入には何も言うなってことか。……ちなみに魅音は、どっち側だと考えればいいんだ? 詩音(冬服): レナさん側か、一穂さん側か。あるいは私と同じ立場か……そういう問いであれば、お姉はレナさん側です。 詩音(冬服): クリスマスプレゼントを用意することも、全く伝えていません。 千雨: ……理由は? 詩音(冬服): だってプレゼントは、サプライズでもらってこそ嬉しいものじゃないですか。 詩音(冬服): ……って、そんな怖い顔をしないでください。もちろん冗談ですし、建前上の理由です。 そう言って詩音はおちゃらけた態度を改めると、咳払いして居住まいを正す。 そこまで不機嫌になったわけではないのだが、詩音にはそう見えたらしい。……気をつけよう。 詩音(冬服): ちなみに、千雨さん。私たちの親がまとめている『園崎組』のことはご存じだったりしますか? 千雨: ……建築会社ではない、ってことくらいはな。 詩音(冬服): なら、話が早いです。完全に裏稼業なので、美雪さんが聞けば機嫌を悪くされるかもしれませんが……。 詩音(冬服): この地元を中心に勢力を広げて、それなりの存在感を示す「そっち系」の団体です。 千雨: それについては安心しろ。美雪が嫌ってるのは、薬だの何だのと非合法な手段で儲けを出したりしてるロクデナシどもだ。 千雨: ただヤクザだからって色眼鏡で見たり、嫌ったりはしてない……で、それがどうかしたのか? 詩音(冬服): まぁ、これまでの経緯とか詳細とかを話し始めるときりが無いので、簡単にまとめますと……。 詩音(冬服): ドラマとかでも良くある内部不和が、今の組織内で起きているんです。親分の首をすげ替えるか翻意させることで、自分たちが権力を握る……。 詩音(冬服): 反抗的な連中の目論見は、まぁそんな感じに盛り上がっちゃっているんですよ。 千雨: つまり親分の人柄か、組が現在やってるか先々やろうとしてることが気に入らなくて、結束した跳ねっ返りどもってわけか。 千雨: だったら、気心知れた仲間と一緒に出ていって自分たちの組織を立ち上げればいいのにな。 詩音(冬服): あー……その辺りはちょっとややこしいので説明してきますと、対抗勢力は一応お父さん……組長のことを慕っているんです。 詩音(冬服): ただ、その後を継ぐ「小娘」とやらが気に入らないらしくて。 千雨: 気に食わないのはトップじゃなく、後釜……ね。だが、それが今回のプレゼントの買い出しとどう繋がる? 詩音(冬服): ちょっとした探りみたいなものです。お姉が少ない数のお供だけを連れて、#p雛見沢#sひなみざわ#rの外で行動していたら……相手はどう反応してくるかな、と。 千雨: ……つまり私は、お前の護衛役ってわけだな。人選としては間違ってないし、レナや魅音たちに内緒にしろって理由もわかった。 千雨: 確かにこんなことをあの連中に話したら、絶対に止めろって言ってくると思う。 詩音(冬服): わかってもらえたのであれば、幸いです。……というわけで当日は、よろしくお願いしますね。 そう言って詩音は、さっさと店を出ていく。会計はすでに済んでいるのか、マスターに呼び止められる様子もなかった。 私は残りのパフェを平らげ、家まで送ってくれる葛西さんに促されて立ち上がる。 そして防寒着を羽織りながらふと、テーブルの上のパフェグラスを見ると……。 千雨: ……ん? 詩音とは違う席のそれが空っぽになっていることに、今さらになって気がついた。 千雨: あの……葛西さん、いつパフェを食べたんですか? 葛西: ……どうぞ、お気になさらず。 そう素っ気なく葛西さんは店を出て、私もそれに続く。車は店のすぐ近くに停めてあり、後ろから回り込むと彼はすぐさま後部座席のドアを開けてくれた。 千雨: (……意外にこの人、愛想無しに見えるけど内面は結構面白いのかもしれないな) 朴訥だけど紳士的な振る舞いの葛西さんを見ながら、私はそんなことを思って内心可笑しさを覚えていた……。 Part 02: その後、家に戻った私は夕食の鍋を全員で食べた後、美雪たちに詩音からの依頼内容を伝えた。 ひとりで引き受けることも考えたが、護衛ともなれば様々なケースに対処する必要がある。過信と準備不足がないよう、意見を聞くことにしたのだ。 千雨: ……というわけだ。危険な仕事には違いないが、詩音がやるという以上放っておくわけにはいかない。 千雨: それに、連中が何を企んでいたとしても衆人環視の中であからさまな行動に出たりするほど無謀なバカじゃないと思うんだが……どうだ? 美雪(私服): …………。 菜央(私服): …………。 一穂(私服): え、えっと……私は……。 予想通り、とでも言うべきか……美雪と菜央ちゃんは腕を組んだり、眉間にしわを寄せたりして押し黙ったまま考え込んでいる。 対して、一穂はそんな彼女たちを見ながらおろおろと気遣い、不安そうな様子だった。 美雪(私服): 千雨がやるっていうんだったら、手伝うことについては異論はないよ。ただ……。 千雨: ただ……なんだ? 美雪(私服): いや、魅音のふりをして銀座の街を歩く意図はよくわかったけど……そんなことをする必要があるのか、ってのが正直な感想なんだよねー。 一穂(私服): えっと……それは、どうして? 美雪(私服): だって、囮を仕掛けて敵の動きを誘うってのは相手の正体や動きを探り出す際によく使われる常套手段でしょ? 美雪(私服): けど今回の場合だと、犯行をしでかす連中が誰なのかはある程度の目処がついてるわけだしさ。あえて危険を冒す理由はないと思うんだよ。 ……やはり、こういう時の美雪は敏い。私がなんとなく詩音に抱いた違和感を、彼女は的確に指摘していた。 菜央(私服): だったら……敵の勢力が攻撃してきた、って現場を写真か映像、何かの証拠に収めることで親か組織に訴え出よう、ってつもりなのかしら。 菜央(私服): ただ、詩音さんが敵と思う相手がそこまで無防備というか、考えなしの連中とはさすがに思えないわね……。 千雨: ……だな。簡単に尻尾を掴ませるやつらなら、とっくに事が露見して制裁対象になってるはずだ。 そもそも、そんなド三流なヤクザを相手にあの詩音が自らを囮にするような危険な真似をするとはとても考えられない。となると……。 一穂(私服): と、というより……大丈夫なの……?いくら千雨ちゃんが強いからって、もし相手が銃とか刃物とかを持ち出してきたら……っ? 千雨: その辺りは、十分に用心するつもりだ。まぁ私はSPとかじゃないし、ほどほどに注意して自分の命を最優先に行動させてもらうさ。 そう言って私は、心配する一穂に問題ないと伝える。そして表情を改め、3人に向き直っていった。 千雨: ここの3人に話してもいいと詩音が言ったのは、おそらくお前たちにも一緒に来てもらいたいということだと思うんだが……どうする? 美雪(私服): 愚問だね。千雨が危ない橋を渡ろうってのに、私が黙って見送るわけがないでしょ? 菜央(私服): あたしも同感。ただ、千雨ほど修羅場に慣れてるわけじゃないからそこまで戦力にならないかもだけど……。 菜央(私服): 危ないと感じたら、すぐ近くの交番に駆け込むわ。だから一緒に行って、いい? 千雨: あぁ、それでいい。私もプロのボディガードじゃないんだから、無理はしないつもりだ。……で、一穂は? 一穂(私服): もちろん、私も一緒に行くつもりだけど……。 一穂(私服): 詩音さんはどうして、敵を挑発するようなことをするんだろう? それに、敵の動きも気になって……。 千雨: 気になるって……どういうところがだ? 一穂(私服): ……ごめんなさい。うまく言えない。 そう言って、一穂は申し訳なさそうに口をつぐむ。 彼女の様子に、少し引っかかるものを感じたが……まずは詩音が本心で何を考えているのかを探るのが優先なので、それ以上は気にしないことにした。 美雪(私服): あと……千雨。詩音が囮役を務めるんだったら、キミは少し離れて行動した方がいいんじゃない? 美雪(私服): その方が全体が見渡せて、複数人が相手であってもも動きを把握できると思うよ。 千雨: なるほど。……だったら、詩音とやり取りをする時に「あれ」を使わせてもらおう。持ってるかな、あいつ? 一穂(私服): えっと、千雨ちゃん……「あれ」って、何? 千雨: ちょっとした便利ツールだよ。おそらくこの時代でも、それなりのやつが揃ってるはずだからな。 Part 03: それから、数日後。 詩音にはバイトの穴埋め人員の手配を頼み、悪夢あるいは地獄のようなクリスマス過密シフトをなんとかやりくりして……。 私たちは「飾りつけを買いに穀倉へ」の名目で実際にはさらに遠路はるばるの東京、そして銀座の街へと5人で繰り出した。 美雪(冬服): ……ここが、昭和58年の銀座の街か。何度か来たことがあるけど、私たちの時代とはあまり変わってない感じに見えるね。 菜央(冬服): そう? あたしの記憶だと、あっちの建物はもっと高くてお洒落なビルになってたはずよ。あのお店も、もっと大きくて綺麗だったし。 菜央(冬服): でも、あのデパートは老舗だけあってあんまり外見が変わってないわね。ふふ……なんだか不思議な感じだわ。 そう言って菜央ちゃんは嬉々とした笑みを浮かべ、楽しそうにあちこちの店をのぞき回っている。 ……小柄という利点もあるだろうが、なんとも機敏な動きだ。人混みの間を抜けるさまはまるでサッカーの一流プレーヤーのように素早い。 千雨: 『おい、お前ら……浮かれたくなるのはわかるが、本来の目的を忘れるなよ。物見遊山が目的で、ここに来たんじゃないんだからな。……どーぞ』 詩音(冬服): はいはい、わかっていますよ。とりあえず千雨さん、この騒がしさの中でもマイクの感度は良好みたいですね。……どーぞ。 そう私に言葉を返しながら詩音が、着替えに入ったデパートの中から着飾った装いで一穂たちのもとに近づく様子が遠目に見える。 ……目を引くためとはいえ、なかなかに派手な服だ。しかも「魅音らしさ」を際立たせるために、髪型だけでなく着こなしも活動的にまとめている。 なんとなく、普段の冬服のままの私たちと比べると大人っぽさが増した感じで……ちょっと、悔しい。 ちなみに私は、少し離れた場所から彼女たちの周囲を警戒する役目だ。そして通信手段は、詩音から借りた最新式のトランシーバーを用いていた。 千雨: 『いかにも魅音が着そうな感じの服だな。そんなの、どこで手に入れたんだ?……どーぞ』 詩音(冬服): この前本家で泊まった時に、ちょいと……ね。1着くらいなら借りても、全然ばれませんし。……どーぞ。 千雨: 『体型が一緒だと、こういう時に便利だな。私と美雪だと、服の傾向以前に寸法が合わなくて貸し借りは上着以外あまりやらないんだ……どーぞ』 詩音(冬服): 一緒じゃないです、訂正を求めます。実は胸がキツキツで、結構苦しいんですから。……どーぞっ。 千雨: 『なんで見栄を張る……?ものすごくぴったりにしか見えんぞ。……どーぞ』 美雪(冬服): っていうか千雨、聞こえたよ!今の発言はひどいんじゃないっ? 美雪(冬服): どーせ私は洗濯板で、キミの服だと胸辺りがぶかぶかで余っちゃいますよー! ふんっ! 千雨: 『ややこしいから、お前も参戦してくるんじゃない。……そういえば、一穂はどこに行った? どーぞ』 詩音(冬服): あっちで菜央さんと一緒に、ショーウィンドウのバッグとかを見ていますよ。……彼女の注目は、値札にあるみたいですが。 詩音の言葉の通り、商品を見つめながらキラキラと目を輝かせている菜央ちゃんと違って……隣の一穂は身じろぎせず固まっているように見える。 千雨: (……あいつの家って、確か#p雛見沢#sひなみざわ#r御三家だよな?魅音や詩音ほどじゃなくても、それなりに金には困ってない家庭のはずなんだが……) まぁ、家庭方針によって小遣い事情は違うものだから一概に決めつけるのはよくないだろう。そう思って私は、ひとまず今後について話すことにした。 千雨: 『事前の打ち合わせ通り、美雪たちは反対側だ。ショーウィンドウを見たりしながら、詩音の様子を逐一確かめるようにしてくれ。……どーぞ』 美雪(冬服): 了解。……まぁ菜央たちの様子を見る限り、カモフラージュの必要はなさそうだけどね。 そう言って美雪は軽く手を上げ、詩音の前から軽やかな足取りで去っていくのが見える。 ……今夜はまだ、さほどの寒さじゃなくてよかった。あまり気温が冷えると、寒さに弱い彼女は思考も動きも凡人並みに機能が落ちてしまうからだ。 千雨: 『とりあえず……今回は、あくまでも試しだ。かえって相手を怪しませるかもしれないんだから、あまり時間をかけすぎるなよ。……どーぞ』 詩音(冬服): えぇ、もちろんわかっていますよ~。……はぁ、それにしてもこの銀座ってところは見渡す限りカップルだらけですね。 詩音(冬服): あちこちで何かを買ったり、食べたりして幸せな時間を過ごしている……羨ましいです。 千雨: 『あのなぁ……シーバー越しに無駄話するなっての。どーぞ』 囮として身をさらしているのに、呑気なものだ。……まぁ、こうして軽口を叩くことが詩音なりの不安の解消方法なのかもしれない。 千雨: 『お前もやっぱり、好きな男とこういうところを一緒に歩くのが憧れってわけか?……どーぞ』 詩音(冬服): 私たちのお年頃なら、別に不思議じゃないと思いますよ。千雨さんは違ったりするんですか? 千雨: 『私は……こんな人の多いところより、水族館の方がいいな。ひとりで一日中、サメを見続けていたい。どーぞ』 詩音(冬服): くっくっくっ……誰かと一緒にいるのが面倒だと? 千雨: 『そこまでは言ってない。……あと、どうぞを言え。タイミングがわかりづらい』 まぁ正直に言うと、美雪が妙な騒動に巻き込まれたのを聞いて以来、男子と関わるのが面倒になったのも確かで……最近話した同年代の男は前原か、「あいつ」だけだ。 美雪と一緒にいるのはとても楽しい。趣味の話をしても最後までちゃんと聞いてくれるし、こちらも気兼ねなく心を許して接することができる。 そういう相手が男子の中にいるのであれば、考えなくもないけど……残念ながら今のところ、そういった存在は皆無だった。 詩音(冬服): ……千雨さん。 と、その時……ふいに詩音が足を止める。そしてしばらく通話ボタンを押したまま沈黙の後、呟くように言った。 詩音(冬服): ……あと少しだけ時間がずれていたら、あの時会った「彼」と一緒にここへ来ることができたのかもしれませんね。 千雨: 『は……? 「彼」……あの時……?』 詩音(冬服): くっくっくっ……千雨さんは忘れてしまいましたか?クリスマスケーキをつくって売ろうとしていた時に、突然現れた「彼」のことです。 詩音(冬服): 一度、クリスマスを迎えた気がしたのでひょっとして夢でも見たのかと思っていましたが……なるほど、時間が少し巻き戻ったんでしょうね。 千雨: (……っ……?!) 詩音の言葉を聞いて、私は驚きのあまり息をのんでその場に固まってしまう。 クリスマスケーキを売ろうと企画した際に、見知らぬ男子が仲間に加わっていたあの日の記憶は私と一穂だけのもの……の、はずだった。 実際、直後に美雪や菜央ちゃんたちに確かめても全員が一様に困惑した顔で……首を傾げていたのだ。 もちろん詩音も、尋ねた時は彼女たちと同じように「知らない」と答えていた……なのに……っ? 千雨: 『詩音、お前っ……!偽者の悟史のこと、本当は覚えてたのか……?』 詩音(冬服): とぼけてしまって、すみません。あの時は周りにお姉も、沙都子もいたので……話を合わせるしかなかったんですよ。 詩音(冬服): あと、覚えていたというのはちょっと違います。……実は私、これが初めてじゃないんですよ。 千雨: 『初めてじゃない……?つまり、何度もこういったことがあったってのか?』 詩音(冬服): はい。どういうわけか連中は、私にやたらと悟史くんのいる「世界」を見せてくるんです。 詩音(冬服): まるで私こそが、雛見沢の結束を崩す弱点……アキレス腱だと言わんばかりに……ね。 そして詩音は振り返ると、背後の私を見つめてくる。……遠目でその表情はよくわからなかったが、離れた場所にもかかわらず異様な気配が伝わってきた。 詩音(冬服): ……千雨さん。私と何度か、2人きりで会ったことがありましたよね。その時、私はどんな話をしていましたか……? 千雨: 『は……? どんな話って……詩音。お前は自分で何を言ったのか思い出せないのか……?』 詩音(冬服): ……はい。時々ですが、自分で自分のことがわからなくなるんです。 詩音(冬服): 私の口から発しているはずなのに、自分ではない誰かが話しているのを横で聞いているような……そんな感じで。 詩音(冬服): まるで頭の中に、別の誰かが入り込ん……で、でででででデデデデ、ぐぐぐぎぎぎぎギギギギ――。 千雨: っ? おい詩音?! まるで壊れた再生機のように震え出す詩音の声に、私は異常を感じて思わず駆け寄る。 ……だが、次の瞬間。目の前にいきなり、視界を覆うように闇が現れて。 それはあっという間に広がり、私たち2人を飲み込んでいった――。 Part 04: 千雨: ……。ここは、どこだ……? そう呟きながら私は、奇妙な空間の様相に困惑を覚えて周囲を見回す。 ……なんとも表現しがたい彩りと形状だ。それに、さっきまで感じていた寒さ……温度というものを感じない。 一瞬夢かとも思ったが、これがそうだとしたらあまりにも意識がはっきりとしすぎている……。 千雨: っていうか、なんで私……この服なんだ……?さっきまで、防寒着を着込んでいたはずなのに。あと、トランシーバーも……なっ?! と、その時、突然どこからともなく聞き覚えのない声が響き渡ってきた。 詠: 『……お前は、誰ですか……?』 千雨: は……? 詠: 『……お前は、誰ですか……?』 まるでこちらを馬鹿にするように全く同じリズム、声色で同じ言葉を繰り返す。 それに苛立った私は、つい気持ちが高ぶって強い口調で言い返していった。 千雨: それはこっちの台詞だ。こんなところに私を引き込みやがって、いったい何のつもりだ?! 詠: 『――――』 千雨: ? おい、今何を言った? 声は何かの言葉を伝えてきたが、私にはその意味がわからず問い返す。 そして意識は再び闇に飲み込まれ、視界には何も映らなくなって……そして……。 美雪(冬服): ……千雨っ! しっかりして、大丈夫?! 千雨: ……っ……?! 身体を揺さぶられる感触に目を開けると……視界には心配そうな表情でのぞき込んでくる美雪と菜央ちゃんの姿が映る。 そして左右に目を向けて、ようやく私は自分が銀座の歩道の一角で座り込んでいることに気づいた。 美雪(冬服): こんなところで倒れてて、何があったのさ?あと、防寒着はどうしたのっ? 誰かに盗られた?! 美雪(冬服): っていうか、詩音は? 一緒じゃないの?! 千雨: 詩音……って、そうだあいつは?! はっと我に返って立ち上がり、周囲を見回す。……しかし、詩音らしき人物の姿はどこにもない。 こんなにも大勢の目がある中で人をさらうことなど不可能……のはずなのに、まるで神隠しにでも遭ったように彼女は消え失せていた。 菜央(冬服): ど、どういうこと……?まさか詩音さん、例の敵勢力の誰かにさらわれたってことなの?! 千雨: いや……違う!あいつをさらったのは……、っ! 起き上がって事実を告げようとしたその途端、頭の奥から刺すような激しい痛みが迸ってきて思わずその場にうずくまる。 千雨: (なんだ……今の感覚は……?!) まるで誰かが、私に余計なことを言うな、と口封じを試みたような意思が……伝わって……? 美雪(冬服): っ、どうしたの千雨……? 千雨: な、なんでもない……!とにかく、どこに行ったのか早く探さないと……って一穂はどこに行った?! 一穂の姿も見えず、私は2人に問いかけてから――血の気の引くような戦慄を覚える。 なぜなら、美雪と菜央ちゃんの顔がきょとん、と目を丸くしながら怪訝そうな表情を浮かべていたからだ。 美雪(冬服): 一穂……? 千雨: (まさか、またあいつの「存在」が消えたのか……?!) 最悪すぎる可能性が頭をよぎり、私は息をのんで身をすくませる。……だが。 美雪(冬服): っ……そう言えば、どこにもいない!さっきまで、近くにいたよね……っ? 菜央(冬服): あ、あたしの隣にいたのよ……?確か手を繋いで、感触だってちゃんと残ってる! 千雨: ……っ……。 安堵にほっと胸をなで下ろして、思わず膝から崩れそうになるのをなんとかこらえる。 どうやら、以前のように一穂が私たちの目の前から消えたという事態は避けられたようだ……よかった。 美雪(冬服): とにかく、2人の行方を捜そう!何か手がかりとかはないの?! 千雨: わからん……気がついたら、こうなってたんだ……。 千雨: 怪しい連中が襲ってきた気配もなかったし、他には……、っ? その時、ふと何かの音色……と言うには不思議な響きを感じて、私は誘われるように足を進める。 そして辿り着いたのは直前までの記憶だと確か、詩音がいた場所で……。 建物のそばの空間には、どういうわけか黒い亀裂のようなものが浮かんでいるのがはっきりと目に映った。 千雨: もしかしたら、ここに詩音が……? そう言って手を差し込むと、引きずり込まれるような感覚がする。 この中に、間違いなく何かがある。だけど一度入ってしまうと、ひょっとしたら戻ってこられない可能性が……? そんな恐怖が脳裏をよぎったが、裂け目の中から……再び音色が聞こえた気がして私は、背後に立つ二人に振り返っていった。 千雨: 2人とも、ここで待っててくれ!一穂も、この中にいるかもしれない……!私が行って、確かめる! 美雪(冬服): はっ……冗談!キミひとりだけ行かせないって言ったでしょ? 菜央(冬服): 毒を食らわば、皿までよ……! 一緒に行きましょう! 2人の同意を得て、私は彼女たちと手を繋ぐ。そして裂け目に手を差し込むと――! 美雪(冬服): ちょっ……?ここって……どこなの……? 菜央(冬服): なんだか、悪い夢でも見た時に出てくるおかしな空間みたいね……えっ? 千雨: おい、あれは……まさか……?! そう言って指さしながら目を向けた先には、巨大な闇に引きずり込まれようとしている詩音の姿――。 さらにそれを必死に引き戻そうと、腕を引っ張り続けている一穂の姿があった。 一穂(冬服): し、詩音さん……起きて……!このままだと、飲み込まれちゃう……!! 千雨: ……一穂ッ!! 一穂(冬服): えっ……ち、千雨ちゃん!それに美雪ちゃんと、菜央ちゃんも……! 美雪(冬服): 待たせてごめんね、一穂!さぁ、詩音を連れ戻すよ! そう言って私たちは「カード」を構え、武器を出現させる。 そして気合い十分、意気込みもみなぎらせながら闇に向かっていった――。 Epilogue: 千雨: こいつでトドメだ……合わせろ美雪、一穂っ!! 美雪(冬服): 了解ッ! そりゃぁぁあああっっっ!! 闇: 『ッ、……グオオオォォォオオオッッ……?!』 一穂(冬服): 詩音さんを……離せええぇぇぇええッッ!! 美雪、そして一穂の放った渾身の一撃は闇を切り裂き、そして――。 菜央(冬服): 詩音さんっ……!! 気を失ったまま闇の束縛から抜け出てきた詩音の身体を、菜央ちゃんが小さな腕と胸でしっかりと受け止めてくれた。 千雨: ったく、世話を焼かせやがって……、っ? すると、空間がぐにゃりとゆがみ…… 視界には、元の銀座の光景が広がっていた。 詩音(冬服): っ……わ、私は……? 美雪(冬服): 気がついた?よかったー、なんとか全員無事だったみたいだね。 詩音は何が起きたのかわかっていない様子で……困惑した表情できょろきょろと左右に目を向けている。 美雪と菜央ちゃんもまた、彼女に何事もなかったことを喜んでいたが……。 ……そんな中、私は一穂に歩み寄ってお互いにしか聞こえない小声で伝えていった。 千雨: さっきのイカれた空間、それに闇の怪物……どうも詩音が言ってた組の対抗勢力とは違う気がするんだが……お前はどう思う、一穂? 一穂(冬服): そうだね。人じゃなくて、「世界」そのものが敵になった……そう言った方が正しいのかもしれない。 千雨: 「世界」が敵になった……?つまりそれはどういうことだ、一穂? 一穂の返答を聞いて、そこに含まれる意味を私は問いただす。 すると彼女は、険しい表情を浮かべながら……ぽつりと呟いていった。 一穂(冬服): 「世界」が、怒ってるんだよ。あまりにも色々なものを変えようとしてきた私たちに対して……。 千雨: ……なんてあいつは言ってたが、結局どういう意味だったのか……今でもわからん。お前はどうだ? 食事を終え、最後に出されたデザートのケーキをフォークでつつきながら……私はため息交じりにダメ元で問いかける。 すると、対面の席に座る「彼女」はコーヒーを飲み干し……苦笑いを口元に浮かべていった。 魅音:25歳: くっくっくっ……一緒に行動していたあんたがわからないんだから、私にわかるわけがないじゃないか。けど……。 魅音:25歳: 詩音のやつは、ずいぶんとあんたたちのことを信頼していたみたいだね。……何か理由でもあったの? 千雨: さてな。私とは似たもの同士だから、ってあいつは言ってた気もするが……正直、それもわからん。 千雨: ただ、お前たちに黙ってたのは別に信頼してなかったというわけじゃないと思うぞ。むしろ……。 魅音:25歳: あぁ、わかっているって。それだけ私たちのことを、あの子なりに気遣ってくれていたんだろうね。 魅音:25歳: けど……それこそ大きなお世話ってやつだ。詩音が言ってくれたら……頼りにしてくれていたら、私はなんでもやってやるつもりだったのにさ。 魅音:25歳: ……それを思うと、今すぐにでも会いに行ってあいつの横っ面を思いっきりひっぱたきたい気分だよ。 大人としての余裕、そして矜持のつもりなのか「彼女」は冗談めかした言い方でごまかすが、遠くに視線を送るその横顔は……とても悲しげだ。 その悔しさと苛立ち、憤りの思いはよく……わかる。なぜなら私と「彼女」は、きっと詩音の時と同様に「似たもの同士」だから……。 千雨: ……この謎を解き明かすには、ひとりだと難しい。他にも頼りになる仲間が必要だ。 千雨: だから、力を貸してくれ……園崎魅音。 魅音(25歳): あぁ……もちろんさ。 そう言って「彼女」――魅音はこちらへ顔を戻し、まっすぐに私の目を見返してくる。 その瞳は猛禽類を思わせるほどに不敵で、獰猛で……覚悟を決めた強い輝きに満ちていた。 魅音(25歳): 私とあんた……2人の力を合わせたら、まさに鬼に金棒ってやつだよ。くっくっくっ……!