Prologue: 深夜ともなれば、村の人たちの声どころか気配すらも感じなくて……耳に届いてくるのは木々のざわめきと、虫の鳴き声だけだ。 ましてこんな夜更けに、古手神社……それも奥の方にある祭具殿を訪れる人なんて、通常は皆無と断言してもいいと思う。 一穂(私服): …………。 だから、こうして私たち3人が並んで祭具殿の前に立っていると……不気味さと同時に、後ろめたさを覚えて落ち着かない。 気がつくと、私の手はぎゅっと胸元の笛を握り締めている。……やはり意気込みよりも、不安な気持ちが先行しているのだろう。 美雪(私服): ……っ……。 美雪ちゃんも、懐中電灯を手にしながら固唾をのんで、緊張している様子だ。 ただ……私の両隣に、彼女たちがいてくれる。その事実があるだけでもとても頼もしくて、本当に救われる思いだった。 美雪(私服): とりあえず、心の準備はできたけど……2人とも、覚悟はいい? 一穂(私服): う、うんっ……。 美雪(私服): よし。……菜央も、大丈夫?もし不安だったらキミだけ残ってくれても、私は別に構わないけど……。 菜央(私服): ふん……ここまで来ておいて、何を言ってるのよ。そもそも不思議な現象を実体験なんて、この「世界」へ来た時から何度もやってるでしょ? 菜央(私服): 今さら「世界」の1つや2つを越えるくらい、なんてことはないわ。お気遣いは無用よ。 そう言って菜央ちゃんは、強気な態度を見せている。 ただ、聞こえてくる彼女の息は少し荒く乱れて、口数も少ない。……やはり、不安は隠せないのだろう。 ただ、それも当然のこと。なにしろ私たちは、これから初めて「未来」へ移動しようというのだから……。 事の始まりは、その日の夕方だった。 美雪(私服): 一穂~、今日買ってきたお味噌ってどこに置いたっけ? 一穂(私服): こっちのテーブルに置いてあるよ。すぐ台所に持っていくから、ちょっと待ってて……って、あれ? 菜央(私服): どうしたのよ。ポケットに入れてた小銭でも出し忘れてたの? 一穂(私服): あ、そうじゃなくて……やっぱりだ。 私が取り出してみせたのは、ポケベルの端末機。それは私たちの「世界」にいる#p田村媛#sたむらひめ#rさまとの唯一といってもいい交信手段となっている。 そして、今細長い液晶画面には……おなじみになった数字の羅列が表示されていた。 美雪(私服): 田村媛からの連絡……?いったいなんだろうね。 一穂(私服): さ、さぁ……私、ちょっと電話をかけてみるよ。 菜央(私服): あたしたちも立ち会うわ。夕食の準備なんて、多少遅れたからって問題はないんだから。 美雪(私服): だね。あとで一穂から改めてまた聞きするより、そっちの方が効率的だよ。 そう言って美雪ちゃんと菜央ちゃんは、保冷しておくべき食材だけを台所の冷蔵庫に入れてから、リビングに戻ってくる。 そして、2人が両隣に陣取るのを確認してから……私は受話器を手に取り、ポケベルに表示された番号をダイヤルした。 そして2度、3度の小さなコール音が響いてから――。 田村媛命: 『……吾輩#p也#sなり#rや。そなたら、息災#p哉#sかな#r』 はたして聞こえてきたのは、もうおなじみになった田村媛の声だった。 一穂(私服): あ、はい。……えっと、その。 美雪(私服): どうしたのさ、田村媛。また何か、こっちの「世界」で異変でも見つかったとか? 私がどう尋ねようか迷っている間に、美雪ちゃんが横から口を挟んでくる。 ただ、普段なら彼女がこんな聞き方をすると田村媛さまは無礼だ、性急だとか言って不快そうに苦言をしてくるのだけど……。 田村媛命: 『此度は、そなたらに相談がある哉』 そう返してきた声色はなぜか明るく、弾むように軽く息せき切った口調だった。 一穂(私服): 相談って……どんな内容ですか? 田村媛命: 『うむ。実は吾輩、最近の調査によって過去だけでなく未来に移動する術とやらを発見した也や』 一穂(私服): えっ……み、未来に……? 田村媛命: 『左様也や。これを用いることが叶えば、そなたらの元の「世界」とそちらの「世界」を恒常的に移動することも可能になる哉』 菜央(私服): ほんとに? すごいじゃない、田村媛! 隣で聞いていた菜央ちゃんが、そう言って驚いた声で称賛する。 その反応が嬉しかったのか、田村媛さまは上機嫌に『ふふん、もっと敬い給えナオ』と珍しく笑い声をあげて続けた。 田村媛命: 『……ただ、現時点では理論のみ。実行するにあたってどれだけの力が必要で効能の範囲があるのか、不明也や』 田村媛命: 『ゆえに、そなたら。一度それを行う実験に付き合ってくれ給え』 一穂(私服): え、えっと……。 自信満々にそう提案してくる田村媛さまに、私はどう返していいかわからず口ごもる。 未来への移動……つまり、元の「世界」への移動が本当にいつでもできるようになれば、それは私たちにとって有益なことだろう。ただ……。 美雪(私服): いやー、田村媛。いきなりそんな提案をされてもはいそうですか、なんてすぐには返せないよ。 美雪(私服): だいたい、大丈夫なの?こっちに来た時と同じように行ったきりで帰ってこれませんでしたー……。 美雪(私服): なんてことになったら、シャレになんないよ。 対して美雪ちゃんは、やはり田村媛さまへの信頼が今ひとつのようで……やや乗り気ではない様子だ。 その懸念の返事に、田村媛さまも「むっ」と不快そうな声をあげたが……すぐに咳払いし、気を取り直したように言葉を繋いでいった。 田村媛命: 『無論、そこにいるいちゃもん女がさような心配を抱くこともなきよう、万全の策を講じた也や』 美雪(私服): ……おいこら、ポンコツ神。今私のことをなんつった? 田村媛命: 『話は最後まで聞く也や。そなたらの体感できっかり24時間が過ぎれば、そちらの「世界」へと強制的に転送される仕組みを用意した哉』 田村媛命: 『ゆえに大船に乗った心づもりで、安んじて臨むが善きと知り給え』 美雪(私服): どんなに大船だろうと豪華客船だろうと、でっかい氷山にでもぶつかったりすれば真っ二つになって沈むこともあるんじゃない……? 田村媛命: 『吾輩は神である。たとえどのような不測の事態があろうとも、この力で救い出せよう……だと、善き哉……』 美雪(私服): おーい、最後が願望になってるよー。 美雪(私服): ……なんて、一抹どころかものすごい不安を持ちたくなるくらいの「提案」だったけど……ほんとに大丈夫かなぁ? 菜央(私服): なんにせよ初めての試みなんだから、出たとこ勝負でいきましょう。ダメで元々、成功したら儲けもの……ってね。 美雪(私服): 意外に今回、菜央は乗り気だね……。普段だともっと慎重論を唱えそうなのに、どうしたのさ? 菜央(私服): だって、この実験がうまくいけばどの時間軸に行くのも可能になるってことでしょ?あたしたちの活動も、やりやすくなると思うわ。 一穂(私服): た、確かに……。 菜央ちゃんの言う通り、未来へ行く手段が本当に確立されれば……手に入る情報量だけでなく問題への対策手段は、段違いに増えることになる。 危険な賭けであることは間違いない。でも、この「世界」で起きている不可思議な現象を解明するために必要な実験であることも確かだった。 美雪(私服): そろそろ、田村媛が話してた0時だね……おっ? 田村媛さまが予告した通り、祭具殿の前に空間を歪ませた「渦」のようなものが出現する。 それを見た私たちはそれぞれに頷き合い、意を決してその中に足を踏み入れていった――。 Part 01: ……やがて、どれくらいの時間がたっただろう。 再び意識を取り戻した私が目を開け、うつぶせの状態から起き上がって辺りを見回すと……そこは夜の古手神社の祭具殿前だった。 一穂(私服): …………。 暗くて、はっきりとはよくわからないけれど……景色はあまり変わっていないようにも見える。 ……なんとなく、境内の芝生が私の記憶より生い茂っているような気がしつつも、断言できるほどではないので錯覚かもしれない。 一穂(私服): (本当に、未来の「世界」に移動することができたのかな……、っ?) 現状を確かめようと立ち上がりかけて……私は、重大な違和感の正体にようやく気づく。 そして、全身の血の気が引くような思いで愕然と目を見開きながら声を震わせた。 一穂(私服): 美雪ちゃん……菜央ちゃん、……どこ……?! いない……いないっ……? 目を凝らして、辺りを注意深く窺い見ても2人の姿らしきものが見当たらない……。 一穂(私服): みっ……美雪ちゃーん、菜央ちゃぁぁんっっ!!いたら、返事をして――ッッ!! 一穂(私服): 美雪ちゃん……菜央ちゃん……っ!どこ……どこに行ったの……?! 大声で呼びかけてみても、返ってくる声はない。明かりで周囲を照らすことも頭に浮かんだけれど、そもそも懐中電灯は美雪ちゃんが持って……? 一穂(私服): ど……どうしよう……?! たとえ未来への転移が失敗したとしても、3人一緒でいることを前提で考えていた私は……頭の中が真っ白になって、何も思いつかない。 一穂(私服): (ここは……未来? 過去?それとも、また別の「世界」にひとりだけ飛ばされて……?!) 見知らぬ土地にひとりだけ、という最悪の事態を想像して、……ぞっと怖気が全身を駆け巡る。 しかも、そんな私を追い打ちするように空から降ってきたのは――。 一穂(私服): えっ、雨……って、ひゃあぁぁっ? ポツポツと雫の冷たい感触を覚えてから間もなく、ざぁぁっ、と大雨が降り注いでくる。 急いで雨宿りの場所を、と思ったものの……そもそも祭具殿は庇があまり広くないので、全身を隠せるほどではない。 一穂(私服): (だったら、……本殿?本殿なら、もう少しちゃんとしのげるかも……!) 春とはいえ、夜はまだ気温が低い。このまま服が濡れると風邪をひいてしまうだろう。 そして私は、2人と合流するためにも今は体調を守ることが先決、と考え直して……本殿を目指してその場から駆け出した。 暗闇の中で明かりもなく、かなり足元が心もとない感じだったけれど……記憶を頼りに、私は境内を走り抜ける。 すると、植林らしき影が開けて……夜目に慣れたことも功を奏し、その奥に少し大きな建物の姿が見えてきた。 一穂(私服): ……あ、あった! やはりここは私の知る古手神社で間違いない、と改めて確信とともに安堵を覚える。 そして記憶の通り、本殿は軒と庇が大きいので雨宿りには最適のつくりをしていた。 一穂(私服): ここなら、服が乾くまで雨をしのげる……。とりあえず朝までここで過ごして、それから美雪ちゃんと菜央ちゃんを探して……えっ? ふと、目を向けた先に明かりらしきものが視界の中に浮かび上がる。 よく目を凝らしてみると、それは神社の敷地内にある村の集会所だった。 一穂(私服): 明かりが、ついてる……? こんな夜遅くに、誰か中にいるのだろうか。私たちが古手神社を訪れた時は、確か真っ暗で誰もいなかったはずだけど……。 一穂(私服): っ、くしゅ……! くしゃみとともに、寒気が強くなる。雨に当たって、身体が冷えてしまったようだ。 一穂(私服): ……鍵、かかってない。 とにかく今は、この服を乾かすかタオルでも手に入れよう。そう思って私は、扉を開けて中に入った。 一穂(私服): …………。 一穂(私服): あの……すみませーん。少しの間だけ、雨宿りをさせてもらってもいいですかー? 玄関から中に向かって、私は呼びかける。……しかし、返事はない。 見下ろすと、脱いである靴が5足。……誰かがいることは間違いなさそうだ。 一穂(私服): (若い人の、靴っぽい……?) サイズから考えて、私と同じ中学生……あるいは、高校生くらいか。少なくとも、大人が履くような靴じゃない。 一穂(私服): というか……この集会所って、こんなに古い感じだったかな……? 以前何度か利用させてもらった時は、もう少し壁と床が綺麗に掃除されていた気がする。 そんなことを考えながら私は廊下を歩き、誰かいないかを探して回った。 ――と、その時だった。 一穂(私服): っ……?! 背後から殺気を覚えた私はとっさに飛びのき、身をかわした直後に何か棒のようなものが鼻先すぐに振り下ろされるのを見る。 一穂(私服): (やっぱり、誰かがいた……!しかも、いきなり攻撃っ?) このままでは危ない――そう悟った私は起き上がって身構えながら、ポケットの中から「カード」を取り出す。 が……自分に襲いかかってきた人物の顔を見て、思わず目を見開きながら固まった。 一穂(私服): 沙都子ちゃん……? それに、詩音さん?! 沙都子?: ……っ? 詩音?: え……っ? 私に名前を呼ばれて、沙都子ちゃんと詩音さんはなぜか驚いた反応を見せて動きを止める。そして、 沙都子?: っ? ど、どうして私たちの名前を……?! 詩音?: あなた、いったい何者ですか……っ? 一穂(私服): な、何者って……。 2人の言っている意味が、よくわからない。どうして名前を呼んだだけで、そんなにも驚いたのだろう。 一穂(私服): ……っ……。  : よく目を凝らしてみる。顔立ちは私の知る2人のはずなのだが……身にまとっているのは変わった制服姿だ。  : 少なくとも彼女たちの衣装に、見覚えはない。しかも沙都子ちゃんに至っては、どういうわけか若干大人びた印象を受ける……。 圭一:コスプレ制服: おい、どうしたっ? 何かいたのか、サトコ! 悟史:コスプレ制服: 2人とも、大丈夫……って、君は……?! すると、騒ぎを聞きつけたのか廊下の奥からさらに2人の男の子が姿を現す。 1人は、前原くん……?そして、もう1人は……。 一穂(私服): さ、悟史くん……?! Part 02: 悟史?: っ? ど、どうして僕の名前を……? ……やはり悟史くんも、同じ反応だ。私に見覚えがないかのように、目を丸くしている。 一穂(私服): ……あの、前原くんも私のことは本当に知らないの……? 残りの前原くんに一縷の望みを託すつもりで、私は彼に尋ねかける。すると、 圭一?: 前原……? それって、俺のことか?いや、俺はそんな名字じゃないんだけど……。 一穂(私服): えっ……? 予想もしなかった答えが返ってきたので、思わず息をのんで固まってしまった。 一穂(私服): そ、そんな……前原くん、だよね?前原圭一くん、……じゃないの?! 圭一?: ケイイチ……って、名前の方は同じだな。けど、前原ってやつとは人違いだと思うぜ。 そう言って、前原くん……としか思えない彼は、自分の名前を教えてくれる。……確かに、聞いたこともない名字だった。 一穂(私服): え……でも、だってこんなにもそっくりというか、瓜二つなのに……っ? 圭一?: ……おい、大丈夫か?まいったな、いったいどういうことだ? 悟史?: きっと、似た人がこの子の友達にいたんだよ。世の中には自分と姿かたちの同じ人が、最低でも3人はいるそうだからね。 圭一?: なんだそりゃ。その3人って数値には、何かデータ的な根拠でもあるってのか? 悟史?: さ、さぁ……?僕も伝え聞いた話をそのまま言っただけだから。 一穂(私服): …………。 そんなことを話し合っている2人の様子を困惑に頭の中をかき乱されながら、私はただ呆然と……見つめる。 ……おそらく2人は、本気だ。冗談でもなんでもなく、私のことを知らないと言っているのだ。 じゃあ、……この人たちは何者?古手神社の集会所を使っているということは、#p雛見沢#sひなみざわ#rの関係者……なんだろうか……? 沙都子?: ……っ? ひょっとしてこの子、シオンさんを追いかけてきた連中とかじゃありませんのっ? 沙都子ちゃんはそう言って、私に警戒の目を向けながら再び身構えようとする。 が、話を向けられた詩音さんはため息まじりに肩をすくめると、首を横に振っていった。 詩音?: 一瞬、その可能性も考えましたが……たぶん違うと思いますよ。 詩音?: こんな小娘ひとりを偵察に寄こすくらいなら腕自慢の男どもを四方から忍び込ませて、一気に押し寄せたほうが効率的でしょうしね。 沙都子?: まぁ……それもそうですわね。 沙都子ちゃんと詩音さんは、私の顔をまじまじと見つめてから……全身の力を抜く。 ただ私は、彼女たちから警戒された理由もそれを解かれた理由も全くわからなくて、首を傾げるだけだった。 悟史?: ……とりあえず、ここで立ち話もなんだから、場所を移動しよう。 悟史?: よかったら、君の話を聞かせてくれる?あと1人、紹介したい子がいるからさ。 悟史くんの提案で、4人とともに集会所の居間に移動する。 すると、そこには――。 一穂(私服): 梨花、ちゃん……? 沙都子ちゃんと出会ったので、もしやと予想はしていたのだけど……。 居間の隅には毛布が敷かれて、その中で梨花ちゃんらしき子が横になって休んでいた。 一穂(私服): (……沙都子ちゃんと、同じだ。梨花ちゃんも、私と同じくらいの年齢に成長した姿のように見える……?) 梨花?: ……っ……? 彼女は私たちが中に入ってくると、上体だけを起こしてこちらに振り返る。 そして、私の顔を見るや不審そうに眉にしわを寄せ、小首を傾げながら口を開いていった。 梨花?: サトコ、シオン……?その子はいったい……、っ。 沙都子?: そのまま寝てていいですわよ、リカ。どうやら私たちを追ってきた連中ではなさそうですし。 そう言って沙都子ちゃんは、梨花ちゃんを介抱するように寄り添って……再びその身体を畳の上に横たえる。 ……体調を崩しているのか、彼女は声の感じだけでもわかるほどに元気がない。 ひょっとして、風邪でもひいたのだろうか。そう思った私は、様子を伺おうと思って彼女の元へ歩み寄りかけたが……。 それよりも早く詩音さんが警戒心をあらわにこちらへ詰め寄っていった。 詩音?: 追手ではないと思いますが……まず、答えてください。 詩音?: あなたはどうして、私たちの名前をご存じなんですか? 一穂(私服): えっ……あなたは、その……詩音さんだよね。園崎詩音さん……じゃ、ないの? 詩音?: 園崎……?いえ、私はそんな名字じゃありませんよ。 一穂(私服): えっ……? 前原くんの時と同じように、詩音さんも「園崎」とは似ても似つかない名字で自分の名前を私に告げる。 それに続いて沙都子ちゃんと悟史くん、さらには梨花ちゃんですら名乗った名字は私の知らないものだった……。 サトコ: それにしても名字が違うのに、名前だけはあなたが知ってる人たちと同じだなんて……。 サトコ: 偶然と片づけるには、あまりにも話がうますぎますわね。 ケイイチ: あぁ。それに一穂ちゃん……って言ったよな。あんたはどうやって、この廃村に来たんだ? ケイイチ: この近くには電車もバスも走ってないし、徒歩で来るようなところじゃないぜ。 一穂(私服): そ、それは……って、廃村? サトシ: そうだよ。この村は、昭和の頃……今から20年以上前に起きた大災害で、村全域が立入禁止地域になったんだ。 サトシ: ……まさか、知らなかったの? 一穂(私服): に、20年以上……?! その年月の長さを聞いて、またしても私は驚愕に目をむいてしまう。 私のいた平成5年は、大災害から10年後……だとしたら、この「世界」は私たちの時代からさらに10年以上も経った未来なのか……?! 一穂(私服): あ……あのっ! 今は昭和……じゃなかった、平成何年になりますかっ? サトコ: 何年って……平成18年ですけど、それが? ……その返答に、私は全てを悟る。 #p田村媛#sたむらひめ#rさまの目論見通り、どうやら私は未来に来ることができたらしい……。 一穂(私服): (で、でも……だったら美雪ちゃんと菜央ちゃんは、どこに行ったの?) その困惑と不安でうなだれていると、そっと肩に誰かの手が乗せられる。 顔を上げると、いつの間に近づいてきたのか梨花ちゃんによく似た女の子が、私を穏やかな表情で見下ろしているのが見えた。 リカ: ……何か、事情がありそうね。よかったら、あなたのことも教えてくれる? サトコ: リカ……もう起きてきても、大丈夫なんですの?さっきまで、すごく苦しそうでしたのに。 リカ: えぇ。休んだおかげで、少し楽になったわ。 リカ: それに今は、この子の方が辛そうだし……話だけでも聞いてあげましょう。 梨花ちゃんにそう言われて、やや渋い顔をしながらも他の4人は同意して、私に向き直る。 それを見た私は、覚悟を決めておずおずと自分の事情を話していった……。 適当に言ってごまかせる相手ではないと思い、正直にここへ来た経緯を話す。 自分は昭和58年の「世界」からやってきて、ここを訪れたこと。 友人2人と時間を超えたはずなのに、気がつくとひとりでいたこと……。 ……とはいえ、元々は平成5年の世界からやってきたということは話が複雑になりそうだったので、伏せることにした。 ケイイチ: はぁ……ずいぶんとSFチックな話だよな。素直に信じろって言われても、さすがに難しいぜ。 ケイイチくん(とりあえず、こう呼ぼう)はそう言うと、大きく息を吐き出してから何とも言えぬ様子で複雑な表情を浮かべる。 ……もちろん、これが普通の人の反応だとよくわかっている。私だって立場が逆なら、彼と同じように疑ってかかるだろう。 サトシ: でも、嘘と決めつけるにはスケールが大きすぎるよ。 サトシ: むしろここまで歩いてきた、なんて言われるよりよほど説得力があるしね。それに……。 サトコ: ……えぇ、兄さん。リカがこんなふうに初対面から心を開くなんて、今まで一度もありませんでしたものね。 サトコ: 少なくとも、悪い人ではないと思いますわ。 シオン: ……まぁ、何かを企んでいるほど頭の回る人にも見えませんしね。 そんな感じに、5人は一応納得した反応を見せてくれる。 と、その時――。 一穂(私服): 着信……ということは……? ポケベルに表示された番号を見て、田村媛さまからの連絡だと即反応する。 そして、近くの電話を使おうとするが……受話器の先からは何の音も聞こえてこなかった。 サトコ: 廃村だから、電話線が使えなくなってて当然でしょうね。 サトコ: それなら……一穂さん、と言いましたね。よろしければ、こちらを使ってみまして? そう言ってサトコちゃんから差し出されたのは、2つ折りのおもちゃみたいな機械だった。 一穂(私服): えっと……これは、何? 下半分には、電話のプッシュボタンみたいなのがついていて……その上に、小さな画面がある。 ……一見、トランシーバーのようでもあるがどうやって使うのか、まるでわからない。 そして、変な操作をしたら壊してしまうかもと思って私が受け取ったまま固まっていると、サトコちゃんが焦れたようにこちらへ寄ってきた。 サトコ: あの、一穂さん……? あなたまさか、ケータイを見たことがないとでも……? サトコちゃんはそう言って、驚いた顔をする。ただ、私としては「ケータイ」が何なのかも知らないどころか……。 彼女がどうしてそこまで驚くのかさえ、全く理解できていなかった。 一穂(私服): えっと……「ケータイ」って、何ですか? サトコ: んなっ……? 冗談のつもりでしたのに、ほんとに知らないんですのっ? リカ: くすくす……なるほど、確かに昭和の人ね。 リカ: 携帯電話のサービスが本格的に始まったのは私たちが小学生の頃だから、平成の話だもの。一穂さんが知らなくて、当然よ。 一穂(私服): ……あ、あはは。 一応私も、平成のはずなんだけど……そんな技術革新が、あと何年かしたら起こったりするんだろうか……? シオン: 改まって説明するのも変な気分ですが……「ケータイ」とは、携帯電話のことですよ。持ち運びのできる電話機……で、わかります? 一穂(私服): 持ち運べる電話機……こ、これが?えっと、じゃあ電話線はどうやって繋げばいいの? サトコ: 電話線なんて、必要ありませんわ。無線機のように電波を飛ばして、相手と回線を繋ぐのでしてよ。 一穂(私服): そ……そんなことができるの?!あなたたちの「世界」の電話って、すごいんだね……! サトコ: い、いや……私が作ったわけではありませんので、感心されても困ってしまうんですけど……。 サトコ: なにはともあれ、それがあれば通話もできるかもしれませんわ。まずは試してごらんになっては? 一穂(私服): わ、わかった……! 言われた通りに、私は「ケータイ」を操作する。そして番号を打ち終えてから、受話器部分を耳に当てて固唾をのみ込んだ……。 Part 03: 美雪: 『……ほ! 一穂、聞こえるっ?』 ……ほどなく、電話の向こうから私に向かって呼びかけてくる。 てっきり#p田村媛#sたむらひめ#rさまが出るのかと思っていたが、それは美雪ちゃんの声だった。 美雪: 『あぁ、よかった……!無事だったんだね、一穂っ!』 菜央: 『気がついたら、あんたの姿だけどこにも見えなくなってて……心配したんだから、もうっ!』 一穂(私服): 美雪ちゃん、菜央ちゃん……! 2人が無事であったことを知り……そして彼女たちが本気で私のことを心配してくれていたことがわかって、安堵の涙をこぼす。 どうやら田村媛さまの実験では美雪ちゃんと菜央ちゃんを転移できず、私だけを未来に送り込んだとのことだった。 一穂(私服): あ、でも……確か田村媛さまの話だと、24時間経てば元の「世界」に戻ることができるんだよね? 一穂(私服): だったら、しばらくここで待つよ。集会所はちゃんと残ってるし、あとは水道が使えたら……。 美雪: 『いや、……キミがそう言って気遣ってくれるのはありがたいけど……どうやら、そうはいかないみたいなんだ』 一穂(私服): ……どういうこと? 菜央: 『その術式って、どうやらあたしたち3人がセットになって組まれていたそうなのよ』 菜央: 『だけど、あたしと美雪……2人だけが転送されないまま、ここに残ったから……』 美雪: 『わかりやすく言うと、故障したんだって。だから戻るには、自力で『門』を開くしか方法がないんだよ』 一穂(私服): そ、そんな……! それを聞いて私も、さすがにのんびりとした気分ではいられなくて……受話器に取りすがる。 一穂(私服): (自力って……どういうことをすればいいの?) そんな疑問を抱いたその時、2人との会話に別の声が割り込んでくる。 それは確かめるまでもなく、田村媛さまだとすぐに分かった。 田村媛命: 『……案ずること無き#p哉#sかな#r、カズホよ。園崎家の家宝に≪振鈴≫というものがあるゆえ、その音を祭具殿の前でかき鳴らし給え』 田村媛命: 『さすれば、「門」はおのずと開かれよう』 一穂(私服): 『振鈴』を探せば……ですか……。 とりあえず、帰る手段が全くないわけではなさそうなので……少し、ほっとする。 ただ、この転送実験も結果的には失敗して今の状況になっているので……うまくいくかどうか、正直疑わしさがあった。 美雪: 『……本当に大丈夫なんだろうね?』 すると、私と全く同じ懸念を抱いたのか美雪ちゃんが受話器の向こうで田村媛さまにそう尋ねているのが聞こえてくる。 ……口調からして、彼女は怒っているようだ。それも「激怒」と言っていいレベルに。 美雪: 『……わかってる、田村媛?万が一のことが一穂の身に起きたら、神が相手でも私たちはブチ切れるから!』 美雪: 『実験の時みたいに「うまくいくといいなー」くらいの確率じゃないだろうねっ?100%成功させないと、絶対承知しないよッ!』 菜央: 『……いい、田村媛? もし一穂が戻ってこなかったらあたしたち、あんたの依頼をそこで打ち切るわよ』 菜央: 『その後は#p雛見沢#sひなみざわ#rに定住して、あんたが大ッッ嫌いって言うオヤシロさま信仰を全国に満遍なく、余すところなく布教して……!』 菜央: 『日本の国教にまでのし上げて、田村媛の名前を存在ごと、この「世界」から全力で消滅させてやるから……ッ!!』 田村媛命: 『な、なんと……っ?おのれ、神に脅迫じみた台詞を吐くとは不届き至極哉ッ!』 美雪: 『脅迫じみたじゃない、脅迫してんだよ!!だいたい、絶対大丈夫って言ってたくせにこんな状況になって何が神だとっ?!』 美雪: 『いいから手順をさっさと説明ッ!さもなきゃ、キミの宿る神樹を見つけ出して蒸し焼きにして、備長炭に変えてやるッ!!』 田村媛命: 『わ、わかった#p也#sなり#rや……!』 「たじたじ」という擬態語が音になって聞こえてきたかと思うほど、2人の剣幕によって田村媛さまはしゅんとした返事をする。 ここまで美雪ちゃんと菜央ちゃんが怒った声を聞くなんて、おそらく初めてのことだ。しかも彼女たちは、私のために怒っている……。 ……田村媛さまには申し訳ないけど、嬉しかった。この2人と友達になれて本当に良かったと、私は幸せをかみしめていた。 田村媛命: 『その≪振鈴≫の所在と見つけ方については、巻物を参照する哉。所在は祭具殿で、箱の中に収蔵されているはず也や』 田村媛命: 『あと、その鍵となる≪玉弾きの刀≫も祭具殿のどこかにあるはず也や……』 一穂(私服): わ、わかりました……!それじゃ、探してみます! 田村媛命: 『あと、……カズホ。そなたにひとつだけ、申し伝えておく哉』 一穂(私服): ? えっと、なんでしょう……? 田村媛命: 『……そなたが今いる世界は、確かに未来のひとつだが接続が認められぬいわば別のもの也や。故に……』 田村媛命: 『むやみに干渉を及ぼすことは、避けるが吉と知り給え。そなたはあくまで、≪観測者≫にすぎぬのだからな……』 一穂(私服): ……。わかりました。 どういう意味なのかはよく分からないけど、未来の改変はよくないことだと今までにも何度となく聞いているので、一応了解する。 そして私は、通話を終えるボタンを押してサトコちゃんに携帯電話を返した。 一穂(私服): ありがとう、サトコちゃん。おかげで助かった……よ? 笑顔で感謝を伝えた私は、彼女の様子に違和感を覚えて首を傾げる。 なぜならサトコちゃんは、苦笑いとともに他の4人に向かって肩をすくめていたからだ。 一穂(私服): ? あの、どうかした……? サトコ: ……一穂さん。あなたが過去からやってきたというのは、どうやら本当だったようですのね。 一穂(私服): ……。どういうこと……? サトコ: だってこの携帯電話、この村に入った時からずっと圏外でしたのよ。 一穂(私服): ……? 説明の中に出てきた「ケンガイ」という意味がわからず、私は首を傾げる。 すると、そんな私の表情に気づいたのかシオンさんが苦笑まじりに言葉を繋いでいった。 シオン: あー、「圏外」っていうのはですね……わかりやすく言うと電波が届いてないから電話は繋がらない、っていう意味です。 サトシ: 携帯電話って、電話線はいらないんだけど電波を飛ばせる範囲が限られてるんだよ。 サトコ: ですから、もし過去の人を装っていても「圏外」を知ってたら……そもそも通話ができないことに気づくと思いましてね。 サトコ: ……申し訳ありません、一穂さん。あなたのことを、試させていただきましたの。 一穂(私服): あ、……そ、そうなんだ……。 まだ疑いをかけられていたことに若干の冷や汗を感じつつ……サトコちゃんらしいなと、感心も覚える。 やはり、どこの「世界」においても彼女はトラップ好きなのかもしれない。……ちょっと、おかしくなった。 サトコ: そのお詫びというのも変ですが……私たちにも、あなたのもの探しを手伝わせてもらえまして? 一穂(私服): えっ……い、いいの? サトコ: えぇ。話を聞く限り、手が多いほうがよさそうですし……いかがかしら? 一穂(私服): も、もちろん手伝ってくれるのはすごくありがたいけど……。 話を聞く限りサトコちゃんたち5人は、旅行か何かでこの村を訪れた様子だ。 なのに、せっかくの楽しい時間を見ず知らずの私のために使ってもらってもいいんだろうか……? そう考えた私が答えを迷っていると、ぽん、と肩に手を置く感触。 顔を向けると、満面に笑みを浮かべたリカちゃんが同意するように頷いていった。 リカ: 気にしないで。ちょうど、少し体調が戻ってきたから……何か退屈しのぎができることをしたいと思ってたのよ。 リカ: それに、雛見沢のことをあまり知らないから……この機会に色々と教えてくれると嬉しいわ。 一穂(私服): リカ……ちゃん……。 シオン: ……まぁ、仕方ありません。袖振り合うも他生の縁、とも言いますしね。 一穂(私服): シオンさん……。 ケイイチ: ははっ。宝探しみたいで面白そうじゃねぇか。俺も一枚噛ませてもらうぜ。 サトシ: まさか、僕だけ置いていくなんて言わないよね?もういらないって言われても、ついていくから。 サトコ: をーっほっほっほっ!兄さんを戦力外にする前に、私がケイイチさんを自由契約で放出してやりましてよ~! ケイイチ: おっ、言ったな沙都子!ここまで車を運転してきてやったのは誰だったか、その身体で教えてやろうか……? サトコ: いっ……いやぁぁぁあぁっ!ケイイチさんのケダモノぉぉっ!! そんな感じに5人はにぎやかに、楽しそうに……そして頼もしく盛り上がってくれる。 ……確かに彼らは、私の知っている人たちではないのかもしれない。 でも、それぞれが私に向けてくれる優しさは間違いなく本物で……あたたかさに満ちていた。 一穂(私服): み、みんな……ありがとう……!ありがとう、ございます……! 5人の想いに、涙が出るほどありがたさを覚える。もちろん私に、断る理由なんてなかった。 …………。 ……ただ、そう言って居間を出ようとした私の耳に、リカちゃんの呟きがわずかに引っかかった。 リカ: ……最期くらい、誰かの役に立つってのも悪くないしね。 Part 04: 雨が降る中、私はサトコちゃんたちと一緒に外へ出て……祭具殿へと向かうことになった。 ケイイチ: 多少ボロっちくて錆びてるとはいえ、使える傘があって助かったぜ。んで、祭具殿ってのはどのあたりにあるんだ? 一穂(私服): ちょっと歩いて、すぐのところだよ。ただ地面が結構荒れてるから、躓いて怪我しないように注意してね。 サトシ: うん、わかった。……っとシオン、怖いからってあんまり引っ張らないでよ。 シオン: こ、怖くなんかありませんよ!ただ、サトシくんがうっかり転ばないように掴んであげてるだけです……! サトコ: 相変わらずシオンさんは、暗いところが苦手なんですのねぇ。確か肝試しの時も、兄さんの腕を掴んで離れなかったとか……? シオン: よ、余計なことを言わないでくださいっ!だいたいあんただって、よく迷子になってはベソかきながら私にしがみついてたくせに! サトコ: ちょっ……それは小学校の時の話でしてよ!今は夜道をひとり歩くのだって、鼻歌まじりで楽勝ですわっ! ねぇ、リカ? リカ: くす……そうね。でも、そう言うわりにさっきからずっと私の手を握って、離してくれなかったりするんだけど……? サトコ: こ、これはリカが転んだりしないように支えてあげてるだけですわ……っ! ケイイチ: おいおい……2人とも、いい加減にしろって。俺たちだけの会話ならともかく、今はここに一穂ちゃんがいるんだからな。 ケイイチ: 悪いな、一穂ちゃん。なんかみっともないところを見せちまってよ。 一穂(私服): あ……ううん。私の知ってるみんなもこんな感じだったから、逆にほっとするよ。 サトコ: えっ……こんなところまで、一穂さんの知ってる「そっくりさん」たちと同じだったりしますの?……それはそれで、なんだか複雑な気分ですわ。 そう言ってサトコちゃんは、照れくさそうに声を落として口を尖らせる。……ただ、その手はリカちゃんと繋いだままだった。 そして、鬱蒼と雑草が生い茂る境内を抜けて少し広い場所へとたどり着くと――。 サトシ: ん……? ひょっとして、あれじゃない? そう言ってサトシくんが懐中電灯を向けた先に、暗闇の中から建物が浮かび上がってくる。 間違いなくそれは、私たちの目的の場所である祭具殿そのものだった。 ケイイチ: んじゃ、扉を開けてみようぜ……っと、鍵がかかってやがるな。どうする? シオン: ちょっと貸してみてください。この手の南京錠は、ヘアピンをこうするだけでなんとでもなりますよ。 そう言ってシオンさんは髪から引き抜いたヘアピンのひとつを伸ばして器用に細工し、それを南京錠の鍵穴に差し込む。 そして、かちゃかちゃと小刻みに動かしたかと思うと……ほどなく錠が外れて、南京錠は重々しい音ともに地面へと落ちた。 サトコ: さすがシオンさん……!お屋敷に閉じ込められたりしても、そのたびに鍵を壊して脱走をしてきただけありますわねぇ。 シオン: イヤな褒め方をしないでください。パズルの感覚で、暇潰しに覚えただけですよ。 ……パズル感覚で、南京錠の開け方を覚えたりするものなんだろうか?とはいえ、助かったことには違いない。 鍵が外れたので、私たちは扉を開けて中に入る。そして懐中電灯を手にしながらそれぞれ巻物と刀を探し始めた。 ケイイチ: な、なんかすげぇものがいっぱいあるな。ん? ここにある、仏像みたいなものって……? 一穂(私服): それは、『オヤシロさま』だよ。この村……#p雛見沢#sひなみざわ#rの守り神様なんだって。 サトコ: ……優しそうな顔をしておりますわね。村がなくなった後も、この神様はずっとこの中で眠っておられたのかしら……? リカ: だとしたら、安眠を妨害しちゃったことを謝らないとね。……ごめんなさい、神様。 そう言ってリカちゃんが、手を合わせて頭を下げながら祈りを捧げると……他の4人も、それに追随して拝みの姿勢を取る。 最初こそ、警戒されたけれど……彼らは決して、悪い人たちではない。この素直な敬虔さも、清らかな心の表れだ。 でも、……だからこそ、と疑問が生まれる。サトコちゃんたちはどうして、この廃村にわざわざ足を運んだというのだろう……? 一穂(私服): (キャンプか、旅行……?いや、だったら泊まるにしてももっといい場所があったはずだ) ……なによりの違和感は、その服装だ。おしゃれ優先か野外向きかの要素を問う以前に、なぜか全員が学校の制服を着ている。 これが学校行事での外出だったら別に変ではないのかもしれないけど、その目的地が……廃村? 違和感しかない。 サトシ: あれ……? ねぇ一穂ちゃん、探してる巻物ってこれじゃないかな? と、隅の方に置かれた無数の箱の中身を調べていたサトシくんがこちらへ振り返り、手に持ったものを掲げてみせる。 それを見た私たちは一斉に集まり、床に広げた巻物の中身を覗き込んだ。 シオン: どれどれ……ふむ、確かに。『振鈴』かどうかはともかくとして、後ろの方に鈴の絵が描かれてありますね。 シオン: あ、でも……文字が昔ながらの筆文字で何を書いてるのか、全然読めません。……ケイちゃん、読めたりしますか? ケイイチ: うーん……俺が勉強してきた古文とかは、みんな活字に書き直したものばかりだからな。こういうの見せられても、さすがに……。 シオン: ですよねぇ。さて、どうしましょうか……? リカ: ……。ちょっと貸してみて。 お手上げ気味にため息をつきかけたその時、リカちゃんが巻物を手に取って目を落とす。そして――。 リカ: 『この、……しんれ、い……は、御三家の、……ひとつ、……園崎家が寄あ、いの……決議、に……用い、しか、ほう……』 ケイイチ: って、読めるのかリカちゃん?! リカ: えぇ……。入院先の病院のお隣さんに、考古学をやってたお婆さんがいてね。よく手持ちの資料を見せてもらったりしてたの。 リカ: その時に、古文書の読み方を教えてもらったことがあったのよ。 ケイイチ: そうなんだ……すげぇな、リカちゃん。俺なんてチンプンカンプンで、黒いウナギがのたくってるようにしか見えないのに……。 リカ: 私の場合、たまたま機会があっただけよ。ケイイチだったら少し教わっただけで、すぐに読めるようになるわ。 ケイイチ: だとしても、俺の場合……受験と家業に関係のない勉強なんて、親父は絶対にやらせてくれないだろうけどな。 サトコ: ケイイチさん……。 ……まただ。この人たちはさっきみたいに明るくてとても仲がいい関係のはずなのに……ふいにゾッとするほど、暗い表情をする。 いったい、彼らは何を抱えているのだろう。その悩みと悲しみ……絶望の正体は……? リカ: っ、……けほっ、こほ……。 そんな思いを抱いていると、ふとリカちゃんが口元を押さえて軽くせき込む。 すると、それにいち早く気づいたサトコちゃんが素早く駆け寄り、……背中を優しくさすりながらやや緊張した面立ちで気遣っていった。 サトコ: 大丈夫ですの、リカ?この中は埃っぽくて空気も悪いですから、あなたは外に出ててもよろしくてよ。 リカ: ……そんなに心配しなくても、平気よ。ちょっと喉が渇いて、喉が引っかかっただけ。 リカ: それに、こんな楽しそうなことにひとりだけ仲間外れにされるほうが嫌だわ。 心配げなサトコちゃんに、リカちゃんはそう言って首を振る。そして古文書に目を戻し、続けて読み上げていった。 リカ: ……これを読むと、『振鈴』は園崎本家というお屋敷の奥の間にあるみたいね。 リカ: で、置き場所は鍵になる『玉弾きの刀』を掛け軸近くに設置された鞘に納めることで、開かれる……らしいわ。 ケイイチ: じゃあ、次はその鍵になる『玉弾きの刀』ってやつの捜索だな……おっ? ケイイチ: なぁ、この箱に収まってるやつがそうじゃないか? そう言ってケイイチくんは、そばにあった長い箱を持ち上げてみせる。 鍵もかかっていないようなのですぐ中を開けると、そこには一振りの刀が収められていた。 一穂(私服): ほんとだ。すごく、立派な刀……。 ずっしりとした本物の刀の重さを両手で感じながら、私は鯉口を切って刃をのぞかせる。 ……と、その時だった。 一穂(私服): えっ……?! 脳内に流れ込んでくる、複数の記憶と感情。 その激しさに翻弄されながらも、正気を保とうと気持ちを静めたその時――。 私の目の前に、何かの光景が映し出された。 ……学校の屋上、だろうか。そこには、転落防止用の柵に身を預けながら天を仰ぐサトコちゃんの姿があった。 一穂(私服): ……っ……?! 彼女の顔を見て、……私は思わず息をのむ。その目は、私の知る溌溂とした光がなく……目尻には黒い、涙の跡が残っていたからだ。 サトコ: ……。なんで……っ……? サトコ: なんで、パパとママが別れるんですの……?4人で暮らして、あんなにも幸せな毎日を送ってきたじゃないですの……! サトコ: どちらについていくかを選べなんて、2人とも勝手すぎますわよ……ッ……! そして再び、サトコちゃんは嗚咽して両手で顔を覆う。 その痛ましい姿に、思わず手を伸ばして声をかけようとした時――。 一穂(私服): ……っ……?! 再び視界は、光に包まれていった……。 続いて映像となったのは、病院の病室……だろうか。 医療用らしき機械がいくつも横に並んだベッドの上に、酸素吸入器を口につけたリカちゃんの姿があった。 リカ: …………。 苦しげな表情で、彼女は傍らに立つ医師に目を向けている。……その顔は青白く、生気が失われていた。 医師A: ……あなたには、辛いお話になるかと思いますが……聞いてください。 リカ: …………。 医師A: あなたのご病気の進行は、先月よりもさらに悪化しているご様子です。このままでは、年を越えることも難しいでしょう。 医師A: すぐに手術の必要があります。……ただ、3か月前に手術を行っているため、お身体への負担は相当重くなると思われます。 医師A: 万一のために、……ご準備をお願いします。 リカ: ……。その手術で、私は治るんですか……? 医師A: ……我々も、最善の手を尽くします。それ以上のことは申し上げられません……すみません。 リカ: ……っ……! やがて、説明を終えた医師たちが病室を去り……リカちゃんだけが、ひとりぽつんと残される。 静寂に包まれて、機械の無機質な音だけが響く中……ふいに、彼女の嗚咽する声が痛ましく重ねられた……。 リカ: 子どもの時から、もう何度も手術をしてきたのに……私はちっとも、良くならない……元気になれない……。 リカ: それに、次の手術を受けても助かる見込みは少ない……? リカ: だったらなんで、そんな怖い思いをしなきゃいけないのよ……っ? リカ: 私だけ、どうして……どうしてっ……?! 今度は、おそらく塾の中だろう。……何かの資料を見ながら、ケイイチくんは大きくため息をついていた。 ケイイチ: 国立の医学部は、C判定……か。あと少しには、違いないんだが……。 ケイイチ: 俺は……医者になんかなりたくねぇ。けど、親父は自分の跡を継げって言って、俺の意思なんか聞いてもくれねぇ……。 ケイイチ: ……俺、何のために生きてんだろうな。自分の思い通りに将来を決められねぇやつが、誰かの命を預かるってか……? ケイイチ: ……。何もかもぶん投げて、逃げてぇよ。もう、俺……疲れちまったよ……。 ……そして、夜の公園。 ベンチで隣同士に座りながら、シオンさんがサトシくんに激しい口調で詰め寄っている様子が見えた。 シオン: なっ……なんでですかっ?やっと父さんが交際を許してくれたのに、どうして別れたい、って言うんです?! シオン: 私に何か、不満でもあるんですかっ?だったら、すぐに改めます!だから……だから……っ! サトシ: 違うよ、シオン。君に不満なんて、あるわけない。……悪いのは、僕なんだよ。 シオン: っ……ど、どういうことです? サトシ: ……シオンのお父さんから、言われたんだよ。君と別れてくれ、って。 サトシ: 父親の会社が倒産して借金暮らしの男に、うちの娘はふさわしくないって……。 シオン: そ……そんなこと、関係ないでしょうっ?親の問題と子どもの将来は、別物です!! シオン: サトシくんだって、私の家のことなんて気にしないって言ってくれましたよねっ?あの言葉は、嘘だったんですか?! サトシ: もちろん、嘘じゃないよ。僕だって、いい加減な気持ちで言ったんじゃない。でも……。 サトシ: 僕たちって……本当に無力だね……。何もできずに、上の方で決まった事情にただ翻弄される……情けないよ……。 シオン: ……っ……。 断片的に流れてくる映像。全てに共通していたのは、深い悲しみ。そして……。 『……なんで私たち、生きてるんだろう?』 自分の命と、存在に対する疑い……いや、もはや嫌悪と言ってもいいと思う。 その言葉の響きが、切なくて……苦しい。安易な慰めや、同情などを決して求めようとしていないと理解できるから……余計に……。 ケイイチ: ……どうした、一穂ちゃん? と、そこへケイイチくんの呼びかける声がして、はっと我に返る。 見ると、他の4人もそれぞれ怪訝そうな表情を浮かべながら……私のことを気遣うように顔を向けているのが見えた。 一穂(私服): ご……ごめんなさい、ちょっとぼんやりして。この刀で、間違いはないと思うよ。 ケイイチ: そっか。んじゃ、これで解決だなっ。 一穂(私服): ……うん、そうだね。 頷いて同意を返しながら、……私は理解した。どうしてこの5人が廃村になった雛見沢を訪れることになったのか、その理由を……。 一穂(私服): (この人たちは、死ぬつもりだったんだ……誰もいないここで、みんなと一緒に……) Part 05: 祭具殿から集会所へと戻り、朝になるまで少しの間仮眠してから……私は5人と一緒に古手神社をあとにした。 行き先は、魅音さんたちがいた園崎本家。幸い雨も明け方に止んでくれたので、徒歩でもそこまで遠い距離ではないと思う。 ケイイチ: 結構、昔ながらの建物が残ってるんだな。あのあたりなんて、まだ人が住んでてもおかしくなさそうだぜ。 リカ: そうね。……ただ、田畑は人の手がなくなるとやっぱりダメみたいよ。 そう言ってリカちゃんは、左手に広がる畑……だったと思しき草原を指さす。 そこにはもう、野菜らしきものは一切見えず……背丈の高い雑草がわんさと生え乱れていた。 リカ: ここまで荒れると、元の畑に戻すのは何年もかかるでしょうね……。荒れ地を開墾するくらいの労力が必要だと思うわ。 一穂(私服): へぇ……詳しいんだね、リカちゃん。 リカ: 私の実家って、農家なのよ。商品価値の高い作物を大学と共同開発したりして、海外でも有名なブランドになってるわ。 サトコ: リカの家で作ったイチゴってすごいんですのよ?他の品種と比べても大きくて、甘くって……。 サトコ: 先月いただいたものなんて、家族全員で取り合いになりましたもの。ですよね、兄さん? サトシ: うん。あれはおいしかったな……。いつもありがとうね、リカちゃん。 リカ: ……実家からもらったものを、そのまま渡しただけよ。私が育てたわけじゃない……。 サトコ: ……リカ……。 リカ: ……ごめんなさい。つまらないことを言っちゃったわ、忘れて。 一穂(私服): あ、うん……。 寂しく笑ってごまかしてから、肩を落として歩くリカちゃんの後ろ姿を……私はなんとも言えずに見つめる。 ……彼女にとって、おそらく実家は誇りに思えるほど立派なところなんだろう。 だからこそ、その役に立てない自分のことが悔しくて、情けなくて……。 だから、……「絶望」してしまった。その気持ちに至った経緯が理解できるだけに、慰めの言葉なんてかけることができなかった。 シオン: それにしたって、何も徒歩で行かなくても……。乗ってきた車で行けば、すぐじゃないですか。 サトシ: あはは。せっかくいい天気になったんだし、ちょっと散歩してみるのも楽しいと思うよ。 一穂(私服): ……みんなは、車で来たの? ケイイチ: 当然だろ? バスも電車も、この近くには通ってないんだしさ。 ケイイチ: ちなみに、運転手は俺だ!なかなかのドラテクで感動しただろ? んん? サトコ: えぇ……全く。私って車酔いには強いほうなんですけど、道中は素敵な気分を味わえましたわ。 シオン: ちなみに、車のせいじゃありませんからね?うちで余ってたやつだったとはいえ、最新式のABSだのが搭載されてるんですから。 リカ: くす……私は、ジェットコースターみたいでちょっと面白かったけどね。 ケイイチ: くぅぅっ……リカちゃんの優しさが目にしみるぜ。それに比べてお前ら、優しさが足りねぇぞ! サトシ: いや……それを言うならケイイチの運転は、優しさどころの話じゃなかったと思うよ。 一穂(私服): あ、あははは……。 軽妙な話のやり取りが明るくて、楽しくて……長年培ってきたであろう心のぬくもりを感じる。 ……。だからこそ、そんな彼らが「終わる」決断をするに至ったのは、どれほど深い絶望があってのことだったのか……。 それを理解しようとすればするほど、痛ましさと悲しさを覚えて……胸が痛い。 サトコ: それはそうと……一穂さん。この村であなたのお友達だった方々のことも、もう少し話していただいてもよろしくて? 一穂(私服): あ、……うん。 サトコちゃんに促されて、私は思い出す。 雛見沢のみんなは、いつも元気一杯で明るくて……なにより、とても優しかった。 彼女たちがあたたかく迎え入れてくれたから、私は「世界」を越えた時も落ち込んだりせずに楽しく過ごせているんだと、心から思う。 そして、その中でも……。 一穂(私服): 沙都子ちゃんは、イタズラ好きで……いつもすごいトラップを考えたりしてね。 一穂(私服): それを仕掛けて、びっくりさせるから……みんなからよく怒られてるんだ。 リカ: くす……よく怒られるってところは、サトコともよく似てるわね。あなたも学校だと、そんな感じだから。 サトコ: べ、別に私が悪いわけじゃありませんわ……!なんでも言う通りにするように命令してくる、頭の固い先生方のせいでしてよ! 一穂(私服): あっ……で、でも、嫌われてるってわけじゃないんだよ?本当は優しくて気配り上手で……。 一穂(私服): よそから来た私に、とってもよくしてくれるから……いつも、感謝してるの。 サトコ: っ……なんだか、自分のことじゃないのにそう言われると照れてきますわね……。 サトコ: では、リカ……じゃない、「梨花」という子はどうですの? 一穂(私服): うーん……梨花ちゃんは神社の跡取り娘で、いつもニコニコ笑ってるけど……。 一穂(私服): みんなのことをしっかり見てるから、困った時には色々とアドバイスをもらったりしてるんだ。 サトコ: ……。そういうところは、確かに私たちの知るリカとよく似てますわね。 リカ: ……そうなの? サトコ: えぇ。あなたもなんだかんだ言って、私たちに気を遣って何かと苦労してますし。 サトコ: 私が落ち込んでた時も、うまくごまかしてるつもりでいたのに……すぐ見抜いてしまって、さすがに焦りましたわ。 リカ: そりゃ、わかるわよ。だって生まれた時からずっと、一緒につるんできたんだもの。 リカ: できれば、成長して大人になってからもこんな感じの関係でいたかったわ……。 サトコ: ……っ……。 一穂(私服): リカちゃん……。 リカ: あ……ごめんなさい、こっちの話よ。別に他意はないから、気にしないで。 リカ: なにはともあれ、そういうことだったらなおさら早く元の世界に戻って、その子たちを安心させてあげないとね。 一穂(私服): ……。そうだね。 そんなことを話していると、進む先に大きな屋敷が見えてくる。 それはあちこちが朽ち果てていたものの、園崎本家で間違いなかった。 ケイイチ: へぇ……こりゃ、すっげぇ大きさのお屋敷だな。ここにその『振鈴』ってのがあるってのか? リカ: 巻物に書いてあったことが正しければ、ね。早速探してみましょう。 ケイイチ: よしきたっ。んじゃ、お邪魔しまーす。 シオン: ……中はかなり広いですね。全ての部屋を調べるとなると、結構な時間がかかってしまいそうですが……大丈夫ですか? 一穂(私服): ううん、そこまでの労力は必要ないと思うよ。場所はある程度、わかってるから。 そう言って私は、あまり手間をかけまいとみんなの先頭に立って、足早に歩いていく。 園崎本家の間取りは、以前魅音さんにざっと教えてもらったことがあったからだいたいの場所を把握していたので……。 ほどなく私たちは、掛け軸のある居間へとたどり着いた。 リカ: ……? ねぇ、これがそうじゃない? 居間に入るなり、リカちゃんは掛け軸に近寄ってすぐ横を指さす。 そこには、刀一振りを納められるような空の鞘がこれ見よがしに飾られていた。 一穂(私服): ……じゃあ、これを納めるよ。 緊張の面持ちで、私は鞘に『玉弾きの刀』を納めていく。 と、それを合図にして壁に穴が開き……そこに設けられた棚の中に、古びた手振りの鈴が置かれてあった。 ケイイチ: ぃよっしゃぁぁ!これで一穂ちゃんは、元の「世界」に戻ることができるってわけだな? 一穂(私服): う……うん。 ケイイチくんの歓声を背中で聞きながら、私はおずおずと『振鈴』を手に取る。 拍子抜けするほど、あっけなかった。これで私は、問題なく帰ることができて万事解決となるだろう。 一穂(私服): …………。 ……でも、それでいいんだろうか?私を手伝ってくれた他の5人の問題は、何も解決なんかしていない。 私が帰った後……彼らはどうするつもりだろう。 考え直して、家に戻ってくれるとはとても思えない。さっき見た光景が事実だとしたら……5人は……。 一穂(私服): ……っ……! いやだ。たとえ余計なお世話だったとしても、何もしないまま帰りたくない。たとえ無責任だと思われても、私はッ……! 一穂(私服): あ……あのっ……! ケイイチ: ん? どうした一穂ちゃん。 一穂(私服): み、みんなに……私、言いたいことが……! サトコ: なんですの?  ずいぶん思いつめた顔をしておりますが、せっかく戻れるんですしもっとよろこ、ん……で……っ? そう言って気遣ってくれるサトコちゃんの顔が、みるみるうちに驚愕に固まっていく。 その視線の先を追うようにして反射的に縁側へ飛び出すと、庭の向こうから押し寄せてくる巨大な怪物たちの姿が……! 一穂(私服): (う……嘘っ?あれって、もしかして『ツクヤミ』……?!) サトコ: な……なんですのっ?あんなバケモノが、どうしてこの村に?! シオン: そんなこと言ってる場合じゃありませんよっ!早く逃げましょう、リカたちもこっちに! リカ: わ、わかったわ……! とっさに屋敷の中へ飛び込み、反対側の廊下を通って玄関から外へと出たが……そこで私たちは、愕然と立ち尽くす。 サトコ: あ……あぁっ……?! なぜなら、園崎本家を左右から取り囲むように複数の怪物たちが地響きをたてながら、近づいてくる様子がはっきりと見えたからだ……! ケイイチ: な……なんだこりゃあぁ?!俺たち、夢か何かでも見てるってのか?! シオン: 残念ながら、これは現実ですよ!認めたくなんかありませんけどね……ッ! シオン: 仕方ありません……私が囮になります。その間にサトシくんたちは、この屋敷から逃げてください! サトシ: ば……バカなことを言わないでよ、シオン!死ぬ気なの?! シオン: えぇ! どうせ死ぬんだったら誰かのお役に立って終わる方がよっぽどマシですしね! ケイイチ: だったら、俺が残ってやる!ちょうどここに、いい得物があるしな! そう言いながら、いつの間に鞘から抜いてきたのか……ケイイチくんが『玉弾きの刀』を構える。 そして、サトシくんにサトコちゃん、リカちゃんも全く逃げる気配を見せず……怪物を前に笑みすら浮かべていた。 サトコ: さぁ逃げてくださいまし、一穂さんっ!あなたには、帰ることのできる場所があるんですから……ッ! 一穂(私服): みっ……みんな! サトコ: お別れですわね、一穂さん。……最期にあなたと出会えて、とても楽しかったですわ。 リカ: 長生きしてね……私たちの分まで……! 一穂(私服): サトコちゃん……リカちゃん……。 …………。 ……やっぱり、いやだ。 いやだいやだいやだいやだ、絶対に嫌だッッ! この人たちを見捨てて……忘れることなんて絶対に嫌だぁぁぁあっっ!! 一穂(私服): っ、うああぁぁぁあぁっっ!!! 最後まで健気な優しさを見せてくれた5人の姿に……私は#p田村媛#sたむらひめ#rが話していた禁を破って、『ロールカード』を取り出す。 一穂(私服): 力を貸して……!――力を貸せっ、『ロールカード』ッッ! 一穂(私服): 私の、大切な友達を守るために……!!あなたの力、見せてみろぉぉおぉぉッッ!! そして私は、ケイイチくんから『玉弾きの刀』を強引に奪い取って……正眼に構える。 すると、『ロールカード』の力がその刀身へと伝わって……まばゆい光とともに波動が迸っていくのがはっきりとわかった。 ケイイチ: なっ……か、一穂ちゃん?! 愕然と目を見開いて、息をのむケイイチくん。他の4人もそれぞれ、驚きの表情をしているとあえて見なくてもわかる。だけど……。 一穂(私服): ……そんなこと、言わないでよ……! 私は、彼らに言った。もう言わずには、いられなかった……! 一穂(私服): 簡単に、死ぬだなんて言わないでよ……! 一穂(私服): 私なんかのために、命を投げ出せるような優しくて強い人たちが……こんなところで死んだりしないでよっ! 一穂(私服): これからも生きて……もっともっと、強く生きて幸せになってよッ!! 一穂(私服): あなたたちにだって、帰る場所はある……!どんなに辛くて苦しくても、こんなに素敵な友達……仲間がいるんだからッ! 一穂(私服): 諦めないで……お願い……!誰かのために優しくなれるその強い心で、自分のことも大切にしてあげてよッ!! サトコ: 一穂、さん……っ……。 ……死ぬつもりでいる人に、こんなことを言っても意味はないかもしれない。 ここで守ったところで、彼らの結論は変わらず無駄に終わるかもしれない……でも、でもッッ! 一穂(私服): 私は守る……みんなを、絶対に守ってみせる!はぁぁぁあぁぁぁっっ!!! たとえ自己満足であったとしても……それが、友達としての当然の行為だと強く信じて……ッッ!! Epilogue: 『ロールカード』の力のおかげで、私はそれほど苦もなく怪物たちを倒すことができた。 一穂(私服): (ただ、あれが『ツクヤミ』だったのかは確かめる余裕もなかったな……) もし、私がいる「世界」より未来においても『ツクヤミ』が存在しているのだとしたら、それも大変な事態には違いないだろう。ただ……。 ケイイチ: いやー、すげぇな一穂ちゃん!あのバケモノどもを、あっという間に倒しちまうんだからさ……! 一穂(私服): ……っ……? サトコ: い……今の力って、いったいっ?#p雛見沢#sひなみざわ#rの人たちって、みんなあんなふうに怪物と戦ったりできるんですの?! 一穂(私服): あ、あははは……。 サトコちゃんたちから、口々に感心されたり驚かれたりで……私は何とも答えづらいまま曖昧に笑ってごまかす。 やはり、私が最初に雛見沢を訪れた時のように彼らにとっても『ツクヤミ』は異質なんだろう。 今後、あの怪物たちが他の地域にまで活動範囲を広げたりしないことを祈るしかない。……私にできることは、それだけだった。 その後、私たちは『振鈴』を回収して……来た道を引き返し、古手神社へと戻った。 向かった先は、もちろん祭具殿。……日暮れが近いせいか、辺りは徐々に赤く染まり始めていた。 一穂(私服): じゃあ……始めるね。 そう言って私は、『振鈴』を扉の前で振る。……すると目の前に、なんとも形容しがたい「渦」のようなものが出現した。 サトシ: へぇ……これが、別の「世界」と繋がってる「門」ってわけなんだね。 シオン: さっきの怪物もそうですけど……これを科学的に検証できたりしたら、世界の常識がひっくり返りそうです。 一穂(私服): あ、あの……もしできたら、このことは……。 サトコ: をーっほっほっほっ!ご心配なく、誰にも言ったりしませんわ。 リカ: ……というより、言ったところで誰も信じてはくれないでしょうけどね。 サトコ: ま、そういうことなのでご安心を。……お別れですわね、一穂さん。あなたと出会えて、とても楽しかったですわ。 数時間前にも彼女から言われた、その台詞。だけど今は、さっきとは違うようにも感じられるのは……私の気のせいだろうか。 一穂(私服): 私もだよ、サトコちゃん。……みんな、本当にありがとう。 シオン: くす……礼を言うのはこっちの方ですよ。命を助けてくれただけじゃなく、あんなにも私たちのことを……って。 一穂(私服): え……?あの、よく聞き取れなかった……何? シオン: ……。いえ、なんでもないです。 そう言ってシオンさんは、くるっと一回転して背を向ける。……そしてふいに戻ると、明るくいたずらっぽい笑顔を浮かべていた。 シオン: あーあ。あれだけ大見栄を切って、みせたってのに、結局おいしいところを持っていかれちゃいましたしねー。 一穂(私服): ご、ごめんなさい……。 シオンさんにそうからかわれて、私は申し訳ない思いで身をすくめる。 だけど、言葉とは裏腹に彼女の表情はとてもすっきりしていて……まるで憑き物が落ちたように清々しかった。 ケイイチ: …………。 ケイイチ: あのさ……一穂ちゃん。俺たちって、実はさ――。 サトシ: もういいじゃないか、ケイイチ。一穂ちゃんにはもう伝える必要のないことなんだからさ。 神妙な表情を浮かべたケイイチくんにサトシくんはそう穏やかに口を挟んで、私に顔を振り向けてくる。 一穂(私服): …………。 彼の表情を見て、……ほっと安堵を覚える。なぜなら、そこに死を思わせるような影は微塵もなくなっていたからだ。 サトシ: ありがとう、一穂ちゃん。……君と知り合うことができて、本当によかったよ。 一穂(私服): 私も……みんなと会えたこと、絶対に忘れない。ありがとう、本当に……。 リカ: ……一穂。 と、そこへリカちゃんがやってきて、私の手をそっと両手で包み込む。 あたたかくて、柔らかい感触。……彼女が重い病に侵されているなんてとても信じられないし、……信じたくない。 一穂(私服): あの……リカちゃん、……えっと……。 リカ: ――大丈夫よ、一穂。 そう言ってリカちゃんは首を横に振ってから、にこやかに微笑んで私を優しく見つめ返してくれる。 私の知っている「梨花ちゃん」は、とても察しが良くて勘の鋭い女の子だった。……おそらくきっと、彼女もそうだろう。 だから、私が言わんとすることを聞かずとも理解してくれたのかもしれない。……私は、そう思いたかった。 リカ: 一穂。あなたに助けてもらったこの命……私は、これからも大切にするわ。 リカ: 安易に捨てたり、諦めたりなんかしない。そしてあなたに言われたように、私たちはもっと強く生きてみせる。 リカ: 約束する……だから、安心してね。 一穂(私服): ……。うん、わかった。 サトコ: まぁ、最初に会った時はヘタレだったあなたが、あれほど勇気を見せてくださったんですからね。 サトコ: 私たちも、もう少し頑張ってみせますわ。……あなたの想いに、応えられるようにね。 ケイイチ: だから、いつか会いに来てくれよ。たとえ姿が変わったとしても、俺たちは今日のことを絶対に忘れたりしないから……! 一穂(私服): うん……うんっ……! 5人の力強い励ましと感謝の言葉を聞いて、一穂は嬉しさに涙を流しながら何度も頷く。 そして、名残を惜しんで何度も振り返りながら渦の中に足を踏み入れた――。 ……しばらくしてから、私は意識を取り戻して目を開ける。すると、 美雪(私服): ……お帰り、一穂っ! 菜央(私服): 一穂っ……! 真っ先に視界へ飛び込んできたのは、笑顔の美雪ちゃん……そして、すぐ後ろに泣き笑って駆け寄る菜央ちゃんだった。 一穂(私服): …………。 周りを見回して、場所を確認する。……見慣れた祭具殿の前で、建物のつくりは直前に見たものよりも朽ちたりしていない。 つまり、ここは元の「世界」。……色々あったけれど、戻ってくることができたようだ。 美雪(私服): はぁ……君が無事で、本当によかった……!一時はどうなるかと思って、心配したよ。 菜央(私服): ったく……あのポンコツ神のせいね。今度顔を合わせる機会があったら、容赦なくとっちめてやらないと……! そう言って菜央ちゃんは、少し安堵したことで落ち着いたのか……口を尖らせて怒りの表情を満面に押し出してみせる。 美雪ちゃんも、私に抱きつきながら「まったくだよ!」と同じ意見のようだ。だけど……。 一穂(私服): ううん。今度連絡があった時は、私……#p田村媛#sたむらひめ#rさまにお礼を言うつもりだよ。 一穂(私服): 素敵な未来の可能性を見せてくれて、本当にありがとう……って。 そう言って私は、空を見上げる。辺りは夕暮れに染まり、風が涼しさを運んできてくれていた……。