Prologue: ……1階に下りた時、「彼女」がいてくれたらいいのにと私は願いを込めていた。 実に都合のいい話だと、自分でも思う。少し前まではあんなに警戒して「……殺してやる」と息巻いて敵視するほどの存在だったのに。 千雨: (美雪と菜央ちゃんから引き離して、安全を守る。……当初の望み通りになったんじゃないか) 千雨: (それなのにどうして、こんなにも胸の内がざわざわと落ち着かない感じになってるんだ……?) 理由は実のところ、自分でも気づいている。……だけど素直に、認めることができない。 なぜならそれを受け入れてしまうと、この「世界」をわざわざ訪れた目的と意味が根底から崩れ去ってしまうからだ。 だから、……矛盾だらけの卑怯な願いだと重々承知の上で、私は今日も祈った。 この朝が、あの日の光景に戻っていますように。そして、美雪と菜央ちゃんの間で楽しそうに微笑む「彼女」の姿が存在してくれていれば、私は……。 美雪(私服): あっ千雨、おはよー。昨日はよく眠れた? 菜央(私服): おはよう、千雨。朝ご飯、できてるわよ。 千雨: ……あぁ、おはよう。 しかし、期待と希望はまたしても裏切られ……私は思わず出てしまったため息をごまかすため、ことさらにぶっきらぼうな挨拶を返す。 見方によっては、まだ眠気が残った表情だと捉えてもらえるだろう。……そう思いたい。 千雨: ……朝飯の前に、顔を洗ってくる。 再度リビングを見回し、「彼女」の姿がないことを確かめてから……私は洗面所へと向かう。 千雨: はぁ……っ……。 多少乱暴に水をぶっかけ、タオルで拭ってから目の前の鏡に映った自分の顔を確かめる。 ……実にひどい表情だ。目にクマがあるというほどではないものの、寝不足と疲労が見てわかるほどに出ている。 昨日は美雪にも見とがめられて「どうしたの?」と心配されたので、夏バテだと返しておいたが……たぶんあいつのことだ、何か勘づいているだろう。 ……公由一穂。何度寝て起きても、彼女の姿はこの家のみならず#p雛見沢#sひなみざわ#rのどこにも目にすることができなくなった。 それどころか美雪と菜央ちゃん……もちろん雛見沢の面々もその存在自体を全く覚えていない様子だった。 魅音(私服): 公由、一穂……?そんな名前の子、公由家の親戚筋にいたって聞いたことがないんだけど……うーん? 梨花(私服): ……みー。誰か、別の名前の子と間違えて覚えているのではないのですか? 千雨: ……そうか。ならいい。 魅音(私服): あ、ちょっと千雨……? 雛見沢のことに詳しいという魅音と梨花に聞いても、そんな感じだ。他の面子に至っては語るまでもない。 あと……美雪と菜央ちゃんには、情けない話だが確かめる気になれなかった。 あれだけ一穂と仲良しだった2人が「……誰?」と冷たく言い放ち、首を傾げたあの顔をもう一度見るのが辛かったからだ。 千雨: 一穂……なんでいきなり、いなくなったんだ……?っていうか、どうして私にだけお前の記憶を残して行っちまったんだよっ……! こみ上げてくる苛立ちを鎮めるつもりで、私は蛇口をひねってもう一度、水をすくって自分の顔にばしゃっと叩きつける。 ……冷たさで、少しだけ気分は収まった。だけど、胸の内にわだかまるこの気持ち悪さはいまだに無くなることがなかった。 千雨: ……待たせたな。それじゃ、いただきます。 菜央(私服): えぇ、どうぞ召し上がれ。で、さっきの話だけど……。 美雪(私服): いやいや、だからそうじゃないって。あれはつまり……。 何やら楽しそうに盛り上がっている美雪と菜央ちゃんの会話を横で聞き流しながら、私は出された食事に手をつける。 千雨: (昭和の頃のトーストって、こんな味気のないものだったのかな……?) なんて言いがかりめいた感想を持ちながら少し冷めたトーストをかじり、牛乳で流し込む。 そして、菜央ちゃんが作ってくれたベーコンエッグに醤油とソース、どちらをかけようかと思った――その時だった。 美雪(私服): それはそうと……いよいよ来週だね。キミの一世一代の晴れ舞台、どんな感じになるのか期待してるよ! 千雨: は……? いきなり話を振られた私は、何のことかわからず箸を止めて美雪に顔を向ける。 来週の、晴れ舞台……?すぐに思い当たるものが全くなく、私としては首をひねるしかない。 千雨: ……意味がわからんし、覚えがない。来週に何か部活の予定でも入ってたのか? 菜央(私服): 何言ってるのよ、千雨。隣町で開かれる『ヒナミ・ザ・ワールド』の開園式典が来週に行われるでしょ? 菜央(私服): あたしたち全員で手伝うことになってるの、もう忘れちゃったの? 千雨: ……いや……。 忘れた、ではなく全く記憶にない。菜央ちゃんはいったい何の話をしているんだ? 千雨: ……その『ヒナミ・ザ・ワールド』ってのはいったいなんだ? あの世界各地を紀行して回るクイズ番組のパクリ企画でもやろうってのか? 美雪(私服): なーるほど、ザ……って、なんでやねん。思わず漫才っぽく突っ込んじゃったよ。 美雪(私服): ひょっとして今のはボケ?千雨がそういう冗談を言うのって、珍しいねー。 千雨: (……冗談のつもりじゃなかったんだが) むしろ美雪たちの方こそ、何かの意図があっておかしなことを言い出したのかと訝ったほどだ。 にしても……『ヒナミ・ザ・ワールド』?名前を聞く限りこの雛見沢が関係していそうだが、いったい何のことだろう……? 美雪(私服): って千雨、ほんとにどうしちゃったのさ?ここ数日ずっと変だよ。 千雨: ……変、か。確かにそうかもな。 美雪(私服): 千雨……? 千雨: ――――。 ……いや、もう限界だ。これ以上先延ばしにしてごまかし続けたところで、私はもちろん美雪たちにもいいことはないだろう。 私はそう心を決めて、顔を上げる。そして心配そうにこちらを見てくる2人に向き直り、息を整えてから……言った。 千雨: ……。正直私ひとりだけだとお手上げだから、真面目に聞いてくれ。実は――。 そう切り出して私は、ここしばらくに渡って美雪たちとの記憶違いを起こしている事実を打ち明けることにした……。 Part 01: 千雨: ……というわけで、この「世界」には公由一穂ってやつが一緒にいたんだ。そいつも平成から、こっちにやってきたひとりだ。 千雨: ただ……お前たちの記憶には残ってない。あいつのことを覚えてるのは、今のところ私だけだ。 千雨: おそらく、その公由一穂が自分の存在をこの「世界」から消し去るために、何らかの力を使ったんだと私は考えてる……。 美雪(私服): …………。 千雨: ただ……彼女がいたことを証明するものは何もない。私の妄想、夢の続きと言われても反論の余地なしだ。 千雨: それでも……たとえ誰も信じてくれなくても、私は言い続けるしかない。あいつがいたことは絶対に事実で、嘘じゃなかったんだから……。 菜央(私服): …………。 そう言って私は、半ば諦めを抱きながらも一縷の望みを託して2人に訴えかける。 ……実に残酷な上、容易に信じがたい話だ。気がついたら、友達がいたことを忘れていたなんて想像しただけでも気持ち悪くて……怖気が走る。 だけど、もう……ダメだ。これ以上は限界だ。自分ひとりだけの胸の内に収めておけるほど、「彼女」はどうでもいい存在じゃない。 まして、私は美雪たちと仲良く過ごす光景を間近で見て、微笑ましく思っていただけに……。 2人がいまだに忘れたままという現状を、どうしても受け入れることができなかったのだ。 美雪(私服): ……。千雨。 やがて、しばらくの沈黙のあと……美雪はそっと口を開いて、私の名前を呼ぶ。 そして、まだ整理がつかないのか言葉を選ぶように呼吸を整える仕草をしてから、ゆっくりと紡ぐように話していった。 美雪(私服): なんていうかさ……千雨がここ最近、ずっと悩んでるように見えた理由がやっとわかったよ。 美雪(私服): あいにく、今の私たちはその……公由一穂って子がいたって事実をまだ思い出すことができないんだけどさ。 美雪(私服): この#p雛見沢#sひなみざわ#rを訪れた時から、何度も記憶を書き換えられるというか……無意識に変化を受け入れてたってことがあったんだ。 千雨: っ……そうなのか? 菜央(私服): えぇ。あたしたちの知らない別の「異世界」からの訪問者があったり、いなかった人が突然いたことになっていたり……その逆もね。 千雨: 異世界からの訪問者、だと……?にわかには信じがたい話だな。 菜央(私服): 何言ってるのよ、千雨。そもそもあたしたちがこの雛見沢に来てるのだって、普通じゃ考えられないほどの不可思議事項じゃない。 菜央(私服): 時間を遡ったタイムトラベルなのか、あるいは似て非なる別の世界にたどり着いたのかはわからないけど……非常識に変わりはないでしょ? 千雨: ……確かにな。私もなんだかんだ言って、ここに来てからのおかしな現象の連続に感覚が麻痺しかけてたってわけか……。 緊張して身構えていた分、あっさりと2人が私の話を受け入れてくれたことに拍子抜けして……どっと全身から力が抜けるのを感じる。 どうやら2人にとっても、記憶の内容が突然変化することは珍しい事象ではないらしい。……少しだけ、ほっとした。 千雨: ったく……こんなことなら、もっと早く相談しておけばよかったかもな。私も臆病になったもんだ。 美雪(私服): いやいや、それは無理だって。これまでの諸々があるから、普通に腹を割って話をすることができてるけど……。 美雪(私服): 少なくともここに来るまでの常識で考えると、頭のおかしいやつ扱いをされるのが関の山だからね。私が逆の立場だったら、怖くて言えないと思うよ。 千雨: ……そう言ってくれると、少しは救われる。 菜央(私服): あと、『ツクヤミ』って存在がこの雛見沢で見かけられることも、その不可思議な現象のひとつだったりするのかも……かも。 千雨: ……この雛見沢には平行世界だの、幻想空間だのが日常茶飯事的に発生してたってわけか。オカルト都市伝説のバーゲンセールだな。 美雪(私服): たくさん売られてても全然嬉しくないし、さっさと駆除されてくれーってところはむしろ泥棒市って表現の方が近いかもね。 美雪(私服): ……で、千雨。キミはその一穂って子を見つけて、どうしたいのさ? 千雨: どうしたいか……って、どういう意味だ? 菜央(私服): もう一度会いたいくらいに、その子が大事なのかってことよ。 菜央(私服): もしそうじゃないんだったら、あえて「世界」を変化させるのは危険が大きすぎると思う。 千雨: ……っ……。 2人の冷淡にさえ思えるその言動に、私は衝撃を覚えずにはいられない。 本来であれば、彼女たちこそ会いたいと願って行動を起こすべきだし……また、そうあってほしかったのだ。 あんなにも仲良くしていた美雪と菜央ちゃんが、一穂に対してこんなにも他人事になるとは……驚きと同時に、寂しさがこみ上げて苦しかった。 千雨: 大事……ってわけじゃないな。正直、私があまり好きなタイプじゃなかった。けど……。 だから、その問いかけに対してしばらく考え込み、自分と向き合ってから……私は素直な思いを言葉にしていった。 千雨: 公由一穂は、悪いやつじゃなかった……と思う。だけどあいつは、何かを隠してた。 千雨: それがどういうものだったのかを確かめたい。……それだけだ。 千雨: (ただ……その隠し事の結果として、美雪と菜央ちゃんの2人を行方不明に追いやったのだとしたら……っ……!) ……絶対に容赦せず、殺すことも躊躇わない。そんな激しい決意だけは、私の胸の内だけに留め置くことにした。 美雪(私服): んー、じゃあ一穂の消息を確かめるのは週末のイベントが終わってからにしようよ。私と菜央も手伝うから、ねっ? 千雨: あぁ。……ってその週末のイベントだが、何をやるんだ? あと、さっきお前たちが言ってた『ヒナミ・ザ・ワールド』ってのは? 菜央(私服): えっと……簡単に説明すると、園崎家が隣町にある小さな遊園地を買い取ったのよ。 千雨: ほぅ、そうか。そいつは剛毅だな……って、遊園地?! 菜央(私服): えぇ。で、ここ数年間で改修工事をかけてようやくそれも終わって、いよいよ来週からオープンする予定……だったんだけど……。 千雨: ……おい、なんかすごく嫌な予感がするぞ。何だ? 今度は何をやらかしたんだ? 菜央(私服): えっと、その……そこでお客さん相手にパフォーマンスを繰り出すスタッフがどうやら不足してるらしいのよ。 菜央(私服): それで魅音さんと詩音さんが、あたしたちに手伝ってほしいって頼んできたってわけ。 千雨: ったく、魅音たちって人材確保がザルだよな。……ってか卓上ゲームじゃあるまいし、遊園地ってそんな簡単に買えるものなのか? 呆れた思いで頭を押さえながら、私は首を振って大きく息をつく。 イベントで重要視すべきなのは、保安と接客だ。そして、それら2つはマンパワーによるところが大きい。 つまり、どれだけハイテクを持ち込んでも人に代替できる手段が限られているのだ。 そこを最優先で確保しないなんて、どう考えても初歩の初歩のミスじゃないか……? 美雪(私服): まぁまぁ、そう言わずに。あの2人も村おこしのために頑張ってるんだからさ。 千雨: 村おこし……って、よその土地の遊園地が何の盛り上げに役立つってんだ? 美雪(私服): んー、魅音の話だと雛見沢って保養には最適な場所だけど、娯楽的な要素……エンターテインメントが若干弱いでしょ? 美雪(私服): 冬だとスキー場を開設って手もあるけど、それも交通の便とかの問題があるしね。だから……。 菜央(私服): 近隣にそういった施設があるんだったら、タイアップしちゃえばいい。で、宿泊は雛見沢にしてもらえば両得って考えたそうよ。 美雪(私服): ただ……肝心の遊園地とやらが相当オンボロで、楽しむ施設としてはかなり厳しいところでさ。改築は必須だったみたい。 美雪(私服): それを聞いた園崎家の頭首が、だったら安く買い叩いてリニューアルしちゃえー、って鶴の一声でそうなったらしいよ。 千雨: ……なるほどな。さすがに魅音たちの一存じゃなかったってことか。 とはいえ、遊園地を丸ごと買って改築とは……園崎家とはどれだけ金を持っているんだろうか。 ひとまず、2人の説明を聞いた私は手伝いを了承することにする。……とはいえ、まだ疑問は残っていた。 千雨: 遊園地のスタッフって言ったが、私たちはどんな仕事をやるんだ? 売店の売り子か、それとも清掃員か? 美雪(私服): あぁ、それはね――。 Part 02: 分校の授業が終わり、放課後。 私たちは分校のグラウンドに集まり、遊園地での「パフォーマンス」に備えて最終調整に勤しんでいた。 千雨: ……おい、これは何だ? 美雪(私服): なんだ、って言われても、ただの練習だよ。週末の遊園地で行われるイベントのね。 千雨: それは聞いてるから、わかってる。私が言いたいのは、なんで私たちがキャストとして出演しなきゃならんのだってことだ! さすがに我慢というか納得がいかず、私は場の空気が荒れることも覚悟の上でそう叫んで抗議の声を上げる。 魅音と詩音が、スタッフ不足ということで私たちにヘルプを求めた……それはいい、別に構わない。バイト代も高めということで、むしろ歓迎だ。 ただ、問題はそのスタッフの仕事というのが清掃や整理といった細々とした雑用ではなく……。 関東圏の某有名テーマパークのように、大勢の役者やマーチングバンドが勢揃いして行われるパレードの出演者――。 いわゆる「キャスト」としての仕事だったので、私としては「それは聞いてないぞ!」と大声で叫びたくて仕方がなかったのだ。 千雨: 私はな……美雪。職業に上下貴賎はない、特に清掃や整理は園内の快適さを維持するためになくてはならない、縁の下の力持ちだ。 千雨: だから、もし任されたらどんな内容だろうと一生懸命に働こう……そう思っていたんだ。 美雪(私服): うんうん、いい心がけだねー。千雨ってなんだかんだ言って、そういうところはすごく真面目だから私も信頼できるよ。 美雪(私服): あ、でも……あれ?「遊園地」と「縁の下の力持ち」って……もしかして今の、ダジャレだった? 千雨: 真面目に聞け、美雪っ!私は真剣に話をしてるんだぞ?! 美雪(私服): おぅっ……そ、それは失礼しました。で、千雨。要するに何が言いたいの? 千雨: 納得がいかんと言ってるんだ! 美雪(私服): どこ? 何が? 千雨: 全てだ!どうして私たちが、プロのキャストみたいにパレードに出演しなきゃいけないんだ?! 詩音(私服): だから千雨さん、最初に説明したじゃないですか。開園に向けて色々準備を進めていたんですが、うっかりキャストの人員確保を失念していたと。それで……。 千雨: そこだ、そこっ!一番忘れちゃいけないところの準備をどうしてほっぽり出してた?! 千雨: っていうか、だったらパレード自体を中止しろよ!機材一式揃って告知も打ってて、肝心の出演者が誰もいないってどういうことだ?! 千雨: 人がいないパレードってなんだ、幽霊にでも行進させるってか?百鬼夜行でもやるってのかぁあああぁぁっ?! 梨花(私服): みー千雨、落ち着いてくださいなのです。興奮すると、頭の血管が切れてしまうのですよ。 沙都子(私服): ……それにしても、意外ですわね。千雨さんはもっとクールで、ドライな方だと思っていましたのよ。 美雪(私服): んー、以前のクラスでもそう言ってた子は何人かいたけど、実際はそうでもないんだね。 美雪(私服): 本人は知ってるのか知らないのかだけど、所属してたクラブでは「歩く瞬間湯沸かし器」なんてあだ名もあったくらいで……ぶべらっ? 千雨: ……気をつけろよ。蒸気機関がレベルアップして、「歩く暴走機関車」になりつつあるからな……! 羽入(私服): あ、あぅあぅあぅ……っ?美雪の顔にこぶしがめり込んで、漫画みたいに渦巻き状になってしまっているのですよ……?! 美雪(私服): いや、そこまでひどくはなってないって!っていうか、暴力反対ー!言論の自由と権利をここに要求するぞー! 千雨: 待遇の人権無視はいいのか、えぇっ?遊園地のパレードなんて、素人がお金をもらってやっていいレベルを超えてるぞ?! 魅音(私服): 大丈夫、大丈夫!多少つたなかったりミスしたとしても、一生懸命やれば楽しんでもらえるって! 千雨: あのな、学芸会じゃないんだぞ……?さっきも言ったが、お金をもらって人に見せるものなんだから、もっとシビアに……。 魅音(私服): よーし、いいよいいよー!梨花ちゃんたちのマーチングバンド演奏も、結構サマになってきたね~! 梨花(私服): みー! 最初はトランペットの演奏なんて無理だと思っていましたが、やってみると楽しくなってきたのですよ。にぱー☆ 沙都子(私服): をーっほっほっほっ! ここまで上達したのですから期間限定ではなく、しばらくバイトとしてお手伝いをするのも悪くないかもしれませんわねー。 羽入(私服): あ、あぅあぅ……それはさすがにダメなのです。学校をサボってしまうと、いろんな偉い人たちが飛んできてしまうのですよ。 美雪(私服): まぁ、厳密に言っちゃうと完全に労働基準法違反だもんねー。 美雪(私服): ただ、それをまともに指摘しちゃうと魅音と詩音が泣いちゃうから言わないけどさ。 詩音(私服): あら、私は泣きませんよ。お姉はガン泣きするでしょうが、私は根に持つだけです。 千雨: ……って、聞いてないし。なんでこいつら、こんなにお気楽なんだ……? 圭一(私服): はははっ、まぁそれが部活メンバーの強みってやつだぜ! 圭一(私服): そんなことより、千雨ちゃん。俺の方もよろしく頼むぜ!ヒーローショーの出演なんて、初めてだからよ。 千雨: ……私も、こんな指導をするのは初めてだよ。 そうぼやきながら、私は前原に演技……ではなく組み手と殺陣の指導を行う。 彼はパレードの他、特設ステージで行われるヒーローショーに主役として出演することになっていたのだ。 圭一(私服): いやー、助かったぜ。演じるにしても戦闘シーンをどう立ち回ればいいのか、まるでわからなかったからさ。 圭一(私服): 武術に心得のある千雨ちゃんが指導してくれれば、まさに鬼に金棒だぜ! 千雨: ……実技と殺陣は、まるで違うんだがな。まぁ乗りかかった船だ、手伝ってやるよ。 千雨: にしても、どうしてこっちも本職を雇わなかったんだ?人員配置と経費削減の観点があまりにもおかしいだろ。 詩音(私服): スケジュールが合わなかったんですよ。大手の有名どころは、都市部の遊園地やらが年単位で抑え込んでいるみたいでしたしね。 詩音(私服): あとは、その……お金とか、費用とか。まぁそんな感じですね、あははは。 千雨: ……そこは一番ケチるべきじゃないって何度言えばわかるんだ?怪我人が出ても、私は知らないからな。 魅音(私服): だって、しょーがないじゃんか!アトラクションの改修だの中古の絶叫マシンの導入だの、とんでもない額が湯水のように消えていったんだよー? 魅音(私服): 町会の連中は、保守とかの費用を削ればなんとかなるとかムチャクチャ言ってくるし……! 魅音(私服): 誰だよ? 遊園地をゼロから作るくらいならどこか近くを安く買えばいいって提案したやつはっ?……私だよ、ごめんなさい! 千雨: ……自分で怒って、自分に謝るなよ。 そんなぼやきを入れながらも、私はとりあえず素人でもできそうな基礎の動きを前原に教えていく。 格好はともかく、少なくとも怪我だけはしないように心がけて……メモと図解を交え、指導を続けた。 美雪(私服): いやー、さすがは千雨だね。自分でできるのは当然だけど、それをちゃんと前原くんに教えてあげられるんだからさ。 圭一(私服): あぁ、おかげで助かっているぜ。千雨ちゃんだったら、道場で指導をするような先生になっても結構人気が出るかもな。 千雨: ……世辞はよせ。そもそも私は、海洋学者になりたいんだ。武術で飯を食いたいわけじゃない。 美雪と前原から褒められ、複雑な思いで顔を背けると……グラウンドの向こうからやってくる2人の人影が視線の先に見える。 誰かと思って目を懲らすと、それは菜央ちゃんとレナだ。2人はそれぞれ、両手に大きな紙袋を提げている様子だった。 菜央(私服): 全員の衣装のデザイン、できたわよー。寸法の確認をするから、ちょっと着てみて。 魅音(私服): おぉ、待っていました!んじゃみんな、よろしくねー。 千雨: 衣装まで作ったのか……本格的だな。 衣装に着替えながら、きゃいきゃいと梨花ちゃんたちは歓声を上げている。 その姿を私は、菜央ちゃんの洋裁の腕について改めて感心していた。 千雨: ふむ……梨花ちゃんたちはマーチングバンドで、美雪は時計ウサギのキャラ衣装か。なかなか似合ってるな。 千雨: で、菜央ちゃんは帽子売り……ん? 美雪(私服): どうしたの千雨、何か気になるところでも見つけた? 千雨: あ、いや……不思議の国のアリスがテーマなのに、肝心の主人公のアリスは作ってないんだな、って。 菜央(私服): 何言ってるのよ、千雨。アリスはあんたなんだから、早く着替えて。 千雨: ん、そうか私がアリスなのか……って、おいぃぃいっ?! Part 03: そして、イベントの当日がやってきた。 魅音(キャスト): それじゃみんな、準備はいいかい!いよいよ本番、決戦の時が来たよー! 美雪(白うさぎ): おー!こうなったら思いっきり暴れてやろう! 菜央(マッドハッター): 暴れちゃダメでしょ、まったく。あんたは時計ウサギなんだから、ちゃんと可愛らしく演じなさいよね。 美雪(白うさぎ): へいへい。菜央こそ、レナに見とれて我を忘れたりしないようにねー。 菜央(マッドハッター): するわけないじゃない。だって終わった後、レナちゃんと一緒に2ショットの撮影会を楽しむことになってるんだから。ねっ♪ レナ(キャスト): あははは、うんっ。かぁいい写真、2人でいっぱい撮ろうね♪ 美雪(白うさぎ): ……おぅ、なるほど。そういや昨日富竹さん、菜央にカメラと大量のフィルムを渡しに来てたね……。 美雪(白うさぎ): 結構な量があったように見えたけど、いったいどんな交渉をして……あ、やっぱいい。なんか聞くと怖そうだし。 菜央(マッドハッター): ふふっ……賢明ね。まぁ心配しなくても、ちゃんとビジネス的に納得ずくの交渉をさせてもらったわ。 美雪(白うさぎ): ……知ってるよね、菜央?脅迫って一応、ビジネスの範疇に入るんだよ。 なんて話をしながら、皆の衣装に着替える中……。 千雨: …………。 私だけは私服のまま、着替える勇気が持てずにいた。 菜央(マッドハッター): あら、どうしたの千雨?服の寸法、あってなかった? 千雨: あ、いや……そういうわけではないんだが、その……。 美雪(白うさぎ): まったく……そろそろ覚悟を決めなよ。開演まで、もう時間が無いんだからさ。 千雨: そ、そうは言っても……。 目の前のハンガーに下がった服を見て……私はいまだかつて感じたことのない緊張と、怯えにも似た感情を抱いてしまう。 フリフリ……そう、とても女の子チックだ。カラーもデザインも、飾りつけも申し分なく可愛いものだと正直に断言ができる。 ただ……それはあくまでも、私以外の子が着ているという前提があっての感想だ。自分が着るとなると……それは、むむ……? 千雨: ……なぁ、やっぱり変更してくれないか?これ以外の衣装とかだったらまだしも、こんな可愛い系はその……なんだ……。 沙都子(キャスト): ……千雨さんが何を言っているのか、ちんぷんかんぷんでしてよ。 梨花(キャスト): みー。これは千雨の照れ隠しなのです。本当は嬉しくて仕方が無いのですよ。 千雨: 勝手に気持ちをでっち上げるな、こらっ! 恥ずかしさのあまり、あろうことか年下連中に言葉を荒げてしまう。 と、そんな私を見て美雪と菜央ちゃんはため息交じりに声をかけていった。 美雪(白うさぎ): 今さら何を言い出すんだよ、千雨。この依頼を持ちかけた時はキミ、文句のひとつも無く引き受けてくれたじゃないか。 千雨: ……これを着ることに、私が同意しただと?いや、嘘だろおい。ありえんぞ絶対に。 美雪(白うさぎ): 記憶が無いからって、ごまかしはダメだよ。だいたい、あんなにはしゃいで喜んでたんだから今さら照れ隠しをしたって意味ないって。 千雨: 嘘つけっ! はしゃぐわけないだろっ?お前、私がここまでの経緯を覚えてないからって適当なことを言ってるだけじゃないのか?! 菜央(マッドハッター): あら、あたしも千雨から率先してOKしてくれたって覚えてるんだけど……? 千雨: 信じるな、菜央ちゃん!そいつは私じゃない、私の顔をした偽者だ! 千雨: だいたい美雪、私がそういうキャラじゃないってことをお前なら絶対に知ってるだろうが?! 美雪(白うさぎ): んー、そうだっけ?千雨ってごり押しすれば意外に仕方ないなー、って引き受けてくれるタイプだと思ってたんだけどな。 千雨: ……お前の中の私のイメージって、そんなに流されやすい感じだったのか? そう言って必死に抵抗しても、時すでに遅く……時計を見ると、本番まであと1時間。 交代などを言い出せる余地など全くなく、私は「ぅおお……っ」と頭を抱えながらその場にうずくまった。 いっそこの場から逃げることも考えたが、さすがに職場の放棄となると色々な方面に迷惑がかかってしまう……。 それを考えると、もはや選択肢は確かにたったひとつしか残されていなかった。 千雨: 頼む……美雪……!後生だから、お前のその時計ウサギと衣装を変えてくれ……! 千雨: こんなフリフリの衣装なんて着ちまったら、私のアイデンティティが崩壊する……! 美雪(白うさぎ): 何言ってるのさ。キミのと私の衣装とじゃ、寸法が全然合わないに決まってるじゃんか。特に胸のあたりとか……。 美雪(白うさぎ): あ、話しててなんかムカついてきた。 菜央(マッドハッター): ……自分でボケて、悲しいツッコミを入れてるんじゃないわよ。 詩音(私服): 『……業務連絡、マイクのテスト。開園30分前です。スタッフの方々は――』 と、そこへ場内のアナウンスが聞こえてくる。 聞き慣れた声と思ったが、どうやら詩音のようだ。どこまでも自前調達か……とため息が出てしまう。 魅音(キャスト): さて、時間だ。みんな、よろしくねー! 千雨: ……はぁ……。 こうなっては是非もなし……と覚悟を決め、私は着替えと準備のために控え室へと戻る。 千雨: ん……? だが、そこにあるはずのアリスの衣装がない。どこにあるのか、とあちこちを探し回っても、全く見当たらなかった。 千雨: どうなってるんだ、いったい……? 盗まれたということで着替えない選択も考えたが……それだと、さすがに無責任すぎる。 そう思った私は仕方なく、魅音たちに報告しようと彼らの元へと向かった。 すると、園内の一角に……アリスの衣装を着た誰かが歩いているのが見える。 千雨: っ……あれは、まさか……! 千雨: か、一穂……?! Part 04: 千雨: はぁ、はぁ、はぁっ……! 園内を走り回り、アリス姿の女の子を捕まえようと必死に追いかける。 千雨: (……見間違いじゃない。間違いなくあれは、一穂だった……!) しかしその動きは素早く、どれだけ追いかけてもその距離を縮めることができなかった。 千雨: くそっ……アリスは本来、追いかける側だろうが……! そんな憎まれ口を叩いても、アリス姿の少女は少し離れた先を走り続けている。 距離は縮まったか、それとも少し離れたか……いずれにしても走り込んで鍛えているはずの私が全く追いつけず、むしろ息切れを覚え始めていた。 千雨: (これ以上時間をロスすると、開演に間に合わなくなる……どうする?) そんなことを懸念して逡巡しかけた次の瞬間、私の目の前で少女は……足を止める。 そして、息を整え汗を拭いながら歩み寄るこちらに背を向けたまま語りかけていった。 一穂(アリス): ……まだ覚えてくれてたんだね、千雨ちゃん。 千雨: ……っ……。 一穂(アリス): 私のこと、嫌いだったはずなのに……どうして? 千雨: 嫌いだなんて、言った覚えはないぞ。……まぁ、お前と再会する前は殺したいほどに頭にきてたのは事実だがな。 一穂(アリス): …………。 その言葉を受けて、一穂は振り返る。 その表情は以前のようなおどおどとした様子はなく、ただひたすら感情を消すように冷たいものだった。 一穂(アリス): 千雨ちゃんは……どこまで、記憶があるの? 千雨: #p綿流#sわたなが#rしの夜だ。突然村の連中がおかしくなって、私たちに襲いかかってきた――。 ……今思い返しても、地獄のような悪夢に等しい光景がはっきりと脳裏と網膜に焼き付いている。 ただ、悪夢との違いは凄惨な映像と絶望の感情だけでなく……血なまぐさい空気と、格闘した感触がリアルに残っていることだった。 千雨: あの時、お前の身体は……頭のてっぺんから足の先まで真っ赤になっていた。あれは誰かの返り血……なんだよな? 一穂(アリス): …………。 千雨: 返事はなしか。……まぁいい。ただ、あの時はレナも魅音もおかしくなって……私たちに襲いかかろうとしていた。 千雨: なのに、お前の表情は……ずいぶん冷静だったな。まるで目前で起きてることを、かなり前の段階ですでに知ってたような感じで……。 一穂(アリス): …………。 千雨: ……教えてくれ。お前はどうしてあの時、村人たちが集団でおかしくなるような状況を引き起こした? 千雨: そもそもお前は、いったい何者なんだ……? 一穂(アリス): …………。 そう尋ねかけてみても、一穂は無言のまま私の顔をじっと見つめるだけだ。 ……やはり、答えてはくれないのか。そう思って私は落胆のため息をつき、視線を落とした……と、その時だった。 一穂(アリス): ……ごめんなさい。 千雨: ……っ……? はっ、と顔を上げ、再び一穂を見つめ返す。 すると彼女は、……冷たかった表情にわずかながらも困惑めいた色を浮かべ、ささやくような小さな声を紡ぎ出していった。 一穂(アリス): 私も、なんて答えたらいいのかわからない。でも……。 一穂(アリス): 当分の間、私はこの「世界」から消えていたほうがいい……そう思ったんだ。 一穂(アリス): だから千雨ちゃんも、私のことを忘れてほしい。 千雨: は……? おい、それはなんでだ?どうしてお前が、消えなきゃならないんだよ?! 一穂(アリス): 理由は言えない。でも……みんなとの繋がりが残ってると、私がやろうとしてることができなくなる。 一穂(アリス): みんなが幸せでいるためにも、そうしたほうがいいと思う。だから……。 千雨: っ……ふざけるな! 私は……叫んだ。周囲に誰が聞いていようといまいと、そんなことはどうでもいい。 私の頭の中にあったのは、目の前にいる「彼女」にとにかく思いの丈をぶつけることだけだった……! 千雨: 美雪も、菜央ちゃんも……一穂のことを心配してたんだぞ。どれだけお前のことを大事に想ってたか、知ってるのか?! 千雨: それなのに、勝手に記憶を書き換えやがって……あいつらの気持ちを、考えたことがあるのか?! 一穂(アリス): ……っ……。 千雨: どういう理由があるのか、私は知らない。興味も無い。けどな……! 千雨: 私が一番ムカついてるのは、お前が友情ってものを軽く考えすぎてるところだ。 千雨: たとえ迷惑をかけるとしても、面倒事が増えるとしてもお互い腹を割った上で相談して、頼ったり頼られたりする……。 千雨: それが、友達ってものじゃないのかっ?お前は私たちの、友達じゃなかったのか……?! 一穂(アリス): ……。千雨ちゃんは、私のことをまだ……友達だと思ってくれてるの? 千雨: ……裏切られた時に、殺したいほど頭に来たっていったよな? 私は嫌いなやつは、徹底的に無視して何の感情もわかなくなるんだ。 千雨: だけど、お前を見てると……イライラして仕方が無い。なんで、どうして、って疑問を手放すことができない。 千雨: ……あぁ、そうだよ。認めるよ。本当は私も、お前のことが――。 一穂(アリス): ……ありがとう、千雨ちゃん。 そう言って一穂は、にっこりと……寂しくて切なそうな色をはらみながらも、私に向けて笑いかけてくる。 そして、言葉を一瞬失った私に対して……穏やかな声で語りかけていった。 一穂(アリス): その言葉だけで、私はまだ頑張れそうだよ。みんなのために、そして……。 千雨: っ? おい、頑張るって何をだ?お前はいったい、何を抱え込んでるんだ……?! そう言って私は、必死に手を伸ばしながら一穂のもとへと歩み寄る。 しかし、その直前で視界が光に包まれて……。 やがて、気を失ってしまった。 Epilogue: ……しばらくしてから、私は目を覚ます。 どうやらベンチに横になっていたようで、いつの間にか辺りは夕暮れに包まれていた。 美雪(白うさぎ): あっ、やっと起きた。今日はお疲れ様、千雨! 千雨: ……美雪か。 起き上がって周囲を見回す。……やはり、「彼女」の姿はどこにも見えない。 職務放棄の上、肝心の相手を捕まえることもできなかったことを理解した私は……落胆のため息とともに、肩を落とすしかなかった。 美雪(白うさぎ): ? どうしたの千雨……何かあった? 千雨: いや……悪かったな。仕事を放り出して、今まで私はぶっ倒れちまってたのか……? 菜央(マッドハッター): ……? 何を言ってるのよ、千雨。私たちと一緒にパレードに出て、観客の子どもたちに風船やチラシを配ってくれてたじゃない。 千雨: は……?いや、すまん。全く覚えがないんだが……。 ひょっとしてまた騙されているのか、と訝しんで2人の表情をうかがい見る。 だが……嘘を言っているようには見えない。おまけに、後からやってきた魅音たちも満面の笑顔で私をねぎらっていった。 魅音(キャスト): いやいや千雨、よくやってくれたねー!あんたにあんな才能があったなんて、正直驚いたよ。 沙都子(キャスト): 千雨さん、とっても素敵でしたわぁ~!カメラを持ってこなかったことを、今日ほど後悔したことはありませんのよ。 梨花(キャスト): みー。素敵なアリス役だったのですよ、にぱー☆ 千雨: …………。 口々に褒め称えられて、私は困惑を覚える。 確かに私は、アリスの衣装を着た一穂を追いかけていたはずだ。だから、アリス役の演技なんてものは、全然……。 ……と、その時だった。 千雨: ……ぁ……? ……ふと目を向けた先に、アリスの衣装を着た女の子の姿が……遠くに見える。 だが、それは一瞬のことで……誰なのかと目を懲らそうとするや、それはお客の流れの中に消えていってしまった。 千雨: 一穂……お前が、私の代わりになってくれたのか? 美雪(白うさぎ): ? どうしたのさ、千雨。誰か知ってる人を見つけたの? 千雨: いや、……。 美雪の問いかけに対して言葉を濁しながら、私はゆっくりと起き上がる。そして、 千雨: あぁ……わかってるさ。お前が優しい、いいやつだってことは。だから……。 誰もいなくなった空間を見つめながら、ぽつりと呟いた。 千雨: だけど……いや、だからこそなんでお前はそうやって、不思議な力を使ってでもおかしな存在であり続けるのか……。 千雨: 私は、それが知りたいんだよ。