Prologue: 1986年、某日――。 ……思い出す。「あの日」のことがなければ入江診療所の地下に集中治療室があったなんて、私はきっと知らずに過ごしていたに違いない。 詩音: 鷹野さんの暴走を止めるために診療所に監禁されていた富竹さんを救出して、真実を明るみにする……か。 お姉や梨花ちゃまたち……そして#p雛見沢#sひなみざわ#rの人々を守るためだったとはいえ、ずいぶん柄にもないことをしてしまったものだ。 だけど、これは怪我の功名と言うべきか、瓢箪から駒という表現が正しいのか……。 私はそこで、ずっと探し求めていた「彼」と再び出会うことができたのだ――。 詩音: ……まぁ、再会したといっても「彼」はいまだにずっと眠ったままなんですけどねー。でも……。 とにもかくにも、「彼」は生きていた。諦めかけていた心に希望の灯火が加わったその喜びは、言葉でどう表現しようとしても足りないだろう。 あまつさえ、ほんのわずかな奇跡でも生まれれば「彼」といつの日か、話ができるかもしれない……。 それが今の私にとって、何よりも大切な目標……どんな困難がこの先に待ち構えていたとしても耐えられると思えるくらいの、生きがいだった。 …………。 ただ、このことは他のみんなにも内緒のままだ。沙都子や梨花ちゃま、レナさん……そして、お姉にも。 もちろん、私だけの秘密にしていることに後ろめたさはある。だから頃合いを見て、と当時は考えていたのだけど……。 結局……今日に至ってもいつどうやって切り出せばいいのかがわからなくて、私は誰にも話せないままだった……。 詩音: はろろーん♪ こんばんは、悟史くん。今日は遅くなってすみませんね~。 詩音: 時間通りに出るつもりだったんですが、バイト先で厄介事に巻き込まれちゃいまして……まぁ解決しましたから、ご心配なくっ。 悟史: …………。 治療室に入り、近くの机に荷物を下ろしながら私はいつものように悟史くんへ話しかけるが……それに返ってくる言葉は皆無だ。 まぁ、別に反応を期待していたわけではない。……むしろ返答なんてあったほうが驚きなので、私は特に気にせず準備に取り掛かった。 詩音: さて……始めますか。 やや疲れ気味の思いを振り払って活を入れ直すと、私はここに来る前に給湯室から借りてきたポットのお湯を洗面器になみなみと注いでいく。 そして、近くにある洗面台で水を継ぎ足して適温に冷まし、その中にタオルを入れて固く絞った。 詩音: はーい悟史くん、これから身体を洗いますよ。もし熱すぎたり冷たすぎたりしたら、遠慮なく言ってくださいね~。 そう言って私はベッドの掛け布団をめくり、悟史くんの入院着のボタンを外してはだけさせると半脱ぎの身体をタオルで拭いていく。 ……最初のうちは、かなり抵抗があった。私が想いを寄せる相手の裸を、不可抗力とはいえ目の当たりにすることになるからだ。 だけど、通っているうちにすっかり慣れた。今では監督や職員さんの立ち会いや介助も必要とせず、私は一通りのケアができるようになっていた。 詩音: ……髪、結構伸びてきましたね。今度ハサミを持ってくるので、切ってあげますよ。 詩音: 悟史くんは、どんな髪型がお好みですか?こう見えて散髪には自信がありますから、ご要望があったら何でも言ってください。 悟史: …………。 詩音: ……なーんて言っても、悟史くんは相変わらず目を覚ましてくれませんね。もう、3年以上になるんですけど。 詩音: あんまりお寝坊がすぎると、起きた時に超美人になった私を前にして「き、君は誰っ?」って腰を抜かしちゃうかもですよ?……くっくっくっ。 そう言ってからかいながら、私は物言わぬ悟史くんに近況を話して聞かせる。 ……他の人がこの光景を見れば、私が気慰みに独り言を呟いているだけにしか見えないかもしれない。 だけど、こうして話し続けることで眠り続けている彼の意識に届くような奇跡が起こる可能性だって、ゼロではない……はずだ。 だから、この行為を無駄な悪あがきだと誰かが言うなら、勝手に嘲笑っているがいい。たとえ世界でひとりだけになったとしても、私は諦めないと誓ったのだから……。 詩音: そうそう悟史くん、聞いてくださいよ。梨花ちゃまが高校の進学先を、あの聖ルチーア学園に決めたそうなんです。 詩音: 私が、あの学園だけは絶対にやめておけって口を酸っぱくするくらいに言い続けてきたのに……まったく、物好きな話ですよねぇ。 詩音: まぁ、梨花ちゃまのことはこの際置いておきます。楽しむのも苦しむのも、彼女の自由意志によるものですし。 詩音: 問題は沙都子までもが、一緒にルチーアに行くって言い出したってことなんですよ。 詩音: はぁ……ほんと頭の痛い話です。どう説得すれば、せめて沙都子ひとりだけでも思いとどまらせることができるんでしょうね……。 聖ルチーア学園が、将来においてメリットの多い学び舎だということは一応だけど……まぁ理解してもいい。 ただ、あの学園はものすごく規律が厳しい上、成績だの作法だのをうるさく求められるので……窮屈な日々を送るようになることは確実だ。 梨花ちゃまはともかく、世間一般の枠組みでは収まらない沙都子がまともにやっていけるとはとても思えない……いや、まず無理だろう。 だから私は、悟史くんに彼女を託された「姉」として……お姉たちがドン引きするほど、2人に対して強硬な反対の姿勢を貫いていた。 詩音: とはいえ……本当に2人がルチーア行きを望むのだとしたら、私はどうしたらいいんでしょうね……。 詩音: あの2人、相当長い時間をかけて進学先についてしっかりと話し合ったらしいので、多少の脅し程度では頑として譲らなくて……。 そんな愚痴に対しても……当然のことながら、悟史くんは沈黙を貫いたままだ。 ただ、なんとなくだけど……彼のことだから、沙都子たちの意思を尊重して賛成するような気がする。実際に言葉を聞いたわけではないのだけど……。 詩音: あとは……そうですね。もうすぐ夏休みなので、お姉は予備校に通うことになりました。 詩音: 私も一緒に行こう、と誘われたんですが、さすがにバイトと掛け持ちだと厳しいですしね。それに……。 予備校に通うことになれば、当然……この場所に通うことが難しくなるだろう。 もちろん、毎日足を運んだからといって悟史くんの回復が早まるわけではない……そんなことは、私だってわかっている。 だけど……私は、やめたくなかったのだ。ここでの時間を削れば削るほど、彼の存在を軽んじて扱うような気がしたから……。 と、その時。 詩音: ……っ……? コンコン、と治療室の扉をノックする音が背後から聞こえてくる。振り返って「どうぞ」と答えると、白衣姿の監督……入江先生が入ってきた。 入江: お疲れ様です、詩音さん。悟史くんのケアは、もうお済みになりましたか? 詩音: あ、はい。たった今、一通り終わったところです。 そう答えて私は、悟史くんに病院着を着させてから再び掛け布団を彼の身体の上に直す。 それを受けて監督は私と立ち位置を入れ替わり、診察をテキパキとこなしていった。 詩音: どうですか、監督。悟史くんの容態は……? 入江: 今のところ、変わらず正常です。数値も安定していて、問題はありません。 入江: こういう言い方だと、あなたをぬか喜びさせてしまうかもしれませんが……今すぐに起きても、決して不思議ではないくらいなんです。 詩音: でも……まだ目覚めない。つまり、何かが足りない……ってことですよね? 入江: ……その通りです。お力になれず、申し訳ありません。 詩音: えっ?……あははっ、謝る必要なんてどこにもありませんよ。むしろ、監督のおかげで悟史くんは今も生きながらえているんですから。 詩音: 感謝こそすれど、責める気持ちは全くありません。……これは私の本心からの言葉ですから、素直に受け取ってくださいね? 入江: ……わかりました。ありがとうございます、詩音さん。 そう言いながらも監督は、まだ納得していないのか複雑な表情を見せている。 まったく……誠実というか、真摯すぎる人だ。もう少し世渡り上手であれば、今頃は大学教授の座に収まっていてもおかしくないくらいだというのに。 詩音: それにしても……くっくっくっ。何年経っても、監督は変わりませんねー。 詩音: もう適齢期はとっくに過ぎているんですし、そろそろ身を固めることも考えたらどうです? 入江: ははは。家庭を持ってしまうと、どうしても医療業務に支障が出てしまいますからね。 入江: それに、こんな研究しか頭にない人間に興味を示してくれる女性なんて、なかなか見つかるものではありませんよ。 詩音: そんなことありませんよ。監督がこれまでに貯め込んできた貯金の額を見せたら、若い人たちがこぞって飛び込んでくると思います。 まぁ……そんなふうに夫をATM扱いするような女性が、監督のお眼鏡にかなうとはとても思えない。 本当にこの人は、自分の持つ武器の使い方を間違えすぎている。……ただ、そんな彼だからこそ今もなお私は信頼できているのだけど。 入江: 私のことはともかく……詩音さん。あなたこそ、どうなさるおつもりですか? 詩音: えっ……?どうなさる、とはどういう意味ですか? 入江: この先のことです。悟史くんのことを大切に思うあなたのお気持ちはよくわかりますが、だからといって……。 詩音: ……えぇ、わかっていますよ。鬼婆に母さん、お姉からも進学と就職の話をせっつかれていますからね。でも……。 冗談めかした口調でそう返しながら、私は傍らの悟史くんに目を向ける。 そして手を伸ばし、彼の前髪を軽く指で弄びながらささやくほどの小声でいった。 詩音: 悟史くんが意識を取り戻して、普段通りの生活を送れるくらいに回復してくれること。 詩音: それが実現しない限り、私は前に進めないし……進む気にもなれないんです。 入江: 詩音さん……。 詩音: はぁ……いっそ、悟史くんの夢の中に入って叩き起こすことができればいいんですけどねー。……あ、そういえば。 入江: ? どうかしましたか、詩音さん? 詩音: 以前……そういう道具を使って、騒動があったりしませんでしたっけ?あれは確か、クリスマスの時期に……。 Part 01: ――1983年、冬。 魅音(冬服): 詩音……? ちょっと、詩音ってば。 詩音(冬服): ……んぁ? どうしました、お姉。 お姉が呼びかけてくる声に気づいた私は、はっと我に返って顔を上げる。 困惑とともに周囲を見回すと、視界に映ったのは見慣れた古い家のつくり。 ……見間違えるわけもない。ここは園崎本家の中にある、居間のひとつだ。 詩音(冬服): (あ、あれっ……?私は確か、さっきまで入江診療所の中にいて……) …………。 詩音(冬服): (……何をしていたんだっけ?) 詳細についてほとんどを忘れていたことで、私は夢の中の出来事をあたかも現実のように錯覚していたことを、ようやく理解する。 どうやら、ストーブで暖まった室内でまったりと過ごしているうちに……私はつい、うたた寝を決め込んでしまったようだ。 一穂(冬服): えっと……大丈夫、詩音さん?なんだかお疲れの様子だけど……。 美雪(冬服): んー、確かに話を振っても、生返事ばっかりで反応が鈍かったよね。……ちゃんと寝てる? 一穂さんと美雪さんが、それぞれ私のことを気遣うように卓の対面からのぞき込んでくる。 肘をついたすぐそばには、手書きの企画書……表紙には『クリスマス大作戦!』という、実に陳腐極まりないタイトルが掲げられていた。 詩音(冬服): (あ……そっか。エンジェルモートで行われるクリスマスフェアのことで、お姉たちと一緒に打ち合わせをしていたんだった) エンジェルモートでのクリスマスフェア……バイト先の#p興宮#sおきのみや#r店と穀倉の本店で行われる、季節限定イベントのひとつだ。 とはいえ、飲食店……特に甘いものを扱う店にとってクリスマスは、1年間で一番の書き入れ時といっても決して過言ではない。 そして今回、私はそんなビッグイベントの企画を任されたのだからこれまで以上に気合も入り……それに比例して、かなり疲れているのも事実だった。 詩音(冬服): (だからって、居眠りしてしまうとは……さすがにちょっと、無理しすぎたかなぁ) 現状を把握したことで、今度は自己嫌悪が押し寄せてくる。そもそも、皆に無理を言ってここに集まってもらったのはこの私の提案によるものだったからだ。 「戦力としてレナさんたちのヘルプと、レシピ考案のために菜央さんのお知恵を借りたい」……それはいい。そこまではいい。 問題は、言い出しっぺである私が頑張ってくれている彼女たちを差し置いてぐーすかと寝こけてしまったことで……。 こんな姿を見せてしまうなんて皆のやる気を削いでしまう愚行の極みだと、ただただ猛省しか頭に浮かんでこなかった。 詩音(冬服): あー……すみません、皆さん。あったかいところで考え事をしていたせいで、つい睡魔にやられちゃいました……ごめんなさい。 そう言って私は、実にきまりの悪い思いで皆に向かって手を合わせ、普段のおちゃらけをかなり控えめにした態度で頭を下げる。 ただ……彼女たちは、咎めようとはしてこなかった。それどころか心配そうにこちらを見つめながら、むしろ気遣うように優しい言葉をかけてくれた。 レナ(冬服): はぅ……大丈夫、詩ぃちゃん?今日はかなりお疲れみたいだから、早めに家に帰って休んだほうがいいんじゃないかな、かな……? 詩音(冬服): へっ……? いやいや、大丈夫ですよ。せっかく私のお願いで皆さんに集まってもらったのに、議長役が早退なんて失礼すぎじゃないですか。 魅音(冬服): 議長役だったら、私が代理で務めるから安心しなって。今のあんたに必要なのは責任者としてのまとめじゃなく、ちゃんと布団に入っての熟睡だよ。 そう言ってお姉は、普段だったら「しっかりしな!」と檄を飛ばすはずのその口で、私に休むことを要請してくる。 ただ、素直に疲れを認めるのが悔しいので「……別に私、疲れてはいませんが」などと強がって、苛立ち紛れに反論しようとしたのだけど……。 そんな私の前に、沙都子たちが立ちふさがってきていった。 沙都子(冬服): 詩音さん……今回のクリスマスイベントの運営を任されたとはいえ、あまり責任感を強く持ちすぎるのも考えものだと思いますわ。 詩音(冬服): っ、別にそんなことは……。 沙都子(冬服): ありましてよ。そもそも、本番までに万一お身体を壊したりしたら、それこそ本末転倒。他の人にも笑われてしまいますわ。 沙都子(冬服): それを込みでも良い、と仰るのであればこちらの出る幕ではありませんけど……私はそれでも、詩音さんの具合の方が心配ですのよ。 詩音(冬服): ……沙都子。 美雪(冬服): まぁ、以前のイベント競争の件もあるし穀倉でもライバル店に勝つ、ってキミの意気込みはわかるけどさ……。 一穂(冬服): 興宮と穀倉の2店を掛け持ちで働く上に、イベントの企画まで請け負うなんて……さすがに無茶すぎると思うよ。 菜央(冬服): そうね。せめてどれかは誰かに任せたりしないと、息をつく余裕もなくなっちゃうわ。 詩音(冬服): えぇ……わかってはいるんです。 詩音(冬服): ただ、ここで踏ん張らなかったせいで万一負けたとなれば、あとで悔やんでも悔みきれないことになると思います。 詩音(冬服): それに……この際だから言ってしまいますが、私が疲れているのは別に理由があるんですよ。 菜央(冬服): 別の理由、って……? 詩音(冬服): 実はですね……ここ数日の間妙な夢を見るせいで、眠りが浅くなっているというか、あまり寝た気がしない感じなんですよ。 詩音(冬服): 家に戻ったらちゃんとベッドに横になっているし、身体を休めることを第一に考えてテレビとかを見ないようにもしているんですけどね……。 羽入(冬服): あぅあぅ……妙な夢とは、いったいどんな内容のものなのですか? 詩音(冬服): あ、いや……それがわからないというかはっきり覚えていないから、困っているんですよ。 詩音(冬服): かろうじて記憶に残っていることといえば、それがすっごく不快な夢だったとしか……。 詩音(冬服): ただ、そのおかげでいつも朝から、非常に不愉快な気分になっちゃいましてね。 美雪(冬服): 不快な夢……つまり悪夢ってことだよね。でも、……うーん……。 菜央(冬服): せめて、どんな夢なのかがわかれば心理学とかで解決の手段があるかもしれないけど……ただ「悪夢」だと、判断そのものが厳しいと思うわ。 一穂(冬服): そ、そうだよね……。 菜央(冬服): とはいえ、放置しておくわけにもいかないと思うし何かいい方法はないか、考えてみるというのはどう? 詩音(冬服): あったら、とっくに試していますよ。これまでにも思いつく限りのことをやってみたんですが、どれも効果が今ひとつで……。 詩音(冬服): ……まぁ、皆さんが言ったように無茶をして倒れるほうがご迷惑をおかけすることになるでしょうし、今日は先に引き上げさせてもらいますね。 そう言って私は、迎えに来た葛西の車に乗って本家をあとにする。 そんな私を一穂さんたちは、門の前にまで出てきて心配げに見送ってくれた……。 Part 02: 詩音さんが帰った後、私たちはイベントの話し合いを一旦中断し、別のことについて議論を始める。 もちろんそれは、彼女が疲れている原因……寝不足を解決できる方法はないものか、というものだ。 美雪(冬服): 変な夢を見ない方法……か。とりあえず、ぐっすりと寝つかせることができれば夢を見ることがなくなるか、減らせるんじゃない? 菜央(冬服): それはそうかもしれないけど……寝付きがてきめんに良くなる方法って、どんなのがあったりするの? 一穂(冬服): うーん……思いつく限りのことは全部試した、って詩音さんも言ってたしね……。 美雪(冬服): んー……そうだね……。ここは入江先生か鷹野さんに頼んで、睡眠薬かそれに近い薬を処方してもらうってのは? 美雪(冬服): あの2人なら、きっと効果バッチリな薬を都合してくれると思うんだけど……どう? 沙都子(冬服): ただ……お二方に伝える内容を間違えると、永遠に眠って起きなくなるくらいの劇薬を渡されるかもしれませんわね……。 レナ(冬服): はぅ……さすがに監督と鷹野さんもそのあたりの加減は考えて……考えて……。 レナ(冬服): ……くれないかもしれないかな、かな? 一穂(冬服): あ、あははは……。 監督のことはともかく……鷹野さんはいい人だけど、研究者然としてエキセントリックな印象を受けることがこれまでにも度々あった。 うっかり通常を遥かに逸脱するようなことがあっても、「間違えちゃった♪」「あなたには眠りが必要だから断腸の思いでそうさせてもらったわ」……。 そんな屁理屈をしれっと語り、うやむやにされた上でごまかされてしまうということも否定できない。……いい人だとしても、用心しておいたほうがいいだろう。 魅音(冬服): まぁ、確かに医者の診察と投薬ってのも一案ではあるんだけどさ……。 魅音(冬服): 問題は、おかしな夢を見続けているせいで寝覚めが悪くなっているってことでしょ? 魅音(冬服): 内容はわかんないけど……それを見なくなるか、楽しい夢でも見るように仕向けるやり方でもないと、結局のところ疲れは取れないと思うよ。 一穂(冬服): 楽しい夢を見る方法か……うーん……。 レナ(冬服): はぅ……見たい夢を好きに選ぶことができる方法って、何かあったりするのかな……かな? 一穂(冬服): えっと……それは……。 確実には違いないけど、あまりにも難しい対処法に私たちは顔を見合わせながら頭を抱えてしまう。 そもそも、眠る行為自体はともかく……夢を操作するような手段があるとも思えない。もしそんな技術が見つかったら、世紀の大発見だろう。 そう考えた私たちが「……ダメかも」と呟いて諦めかけた……と、その時だった。 羽入(冬服): あぅあぅ、そういえば……。 羽入ちゃんが何かを思い出したのかふと口を開いていった。 梨花(冬服): みー……羽入、何か心当たりになりそうなものを知っていたりするのですか? 羽入(冬服): えっと……はい、なのです。 煮えきらないようにやや間を置いた返事に、ほんの少しだけ不安がこみ上げてくる。 ただ、特に有効な代案もない状況だったのでとりあえず話だけでも聞いておこうと思い、私たちは羽入ちゃんに話の先を促した。 羽入(冬服): 実は……古手家で保管している道具の中に、楽しい夢を見るためのものがあったと思います。 羽入(冬服): 僕が実際に使ったわけではないのですが、枕の下に敷いて寝ると、その人が望む夢を見られるようになる、と。 菜央(冬服): それって……お正月にいい初夢を見られるように、って七福神の絵を枕の下に敷くみたいなもの? 魅音(冬服): えっ……なにそれ?ひょっとして東京だと、そういうおまじないが流行っていたりするの? 美雪(冬服): いやいや、そんなことないよ。私だって初耳だったし……一穂はどう? 一穂(冬服): えっ? う、うん……私も、お正月にそんなことをするって知らなかったよ……。 菜央(冬服): えっ、嘘……あたしだけ?てっきりみんな、同じことをしてるって思ってたんだけど……?! レナ(冬服): そんなことないよ、菜央ちゃん。レナも子どもの時、そうやって眠ったらいい夢が見られるって教えてもらったから……はぅっ。 菜央(冬服): ほんとに? よ、よかったぁ……ローカルルールで、やってるのはあたしだけかもと思って、ちょっとびっくりしちゃったわ……。 沙都子(冬服): 私も、初夢の時にそんな寝方をするなんて聞き覚えがありませんでしたが……ちなみに菜央さん、それってどれくらい効き目がありましたの? 菜央(冬服): …………。 沙都子(冬服): 菜央さん……? 菜央(冬服): え、えっとその……お正月の時はお腹いっぱい美味しいものを食べるし、あちこちお出かけをするところもあって疲れたりするから、その……。 菜央(冬服): ほとんど朝まで、ぐっすりと寝て……初夢を見た記憶はなかったかも……かも……。 魅音(冬服): あっはっはっはっ! まぁ菜央ちゃんの年齢だったら、そうなっても仕方ないと思うけどね~。くっくっくっ! 照れくさげに頬を赤く染めてうつむく菜央ちゃんの頭を、魅音さんはワシワシと少し乱暴に撫でて慰める。 とりあえず、夢の内容はともかくとして……ぐっすりと眠れたのであれば、ある程度の効き目があったものと考えて差し支えはなさそう……かな? 菜央(冬服): でも……確かにちょっと胡散臭いかもだけど、あたしの場合と違って古手家の道具だったら効き目があるかもしれないわ。 羽入(冬服): あぅあぅ、古手家の大事な秘宝なのに胡散臭いとはひどいのですよ~! レナ(冬服): 胡散臭い以前に、何か良くない副作用があったりするんじゃないかな……かな? 羽入(冬服): れ、レナまで酷いのですよ~! 菜央ちゃんとレナさんが呟いた懸念に反応して、羽入ちゃんはドタバタと暴れて不満をあらわにする。 と、そんな様子を見て魅音さんは「埃が舞うからほどほどにねー」と釘を差してから、私たちに顔を向けていった。 魅音(冬服): とりあえず、どんなものか見に行ってみようよ。鰯の頭も信心から、ってやつでさ。 梨花(冬服): ……みー、やっぱり魅音も信じていないのです。 一穂(冬服): あ、あははは……。 とりあえず私たちは、どんなものかだけでも確かめてみようという意見で一致し……神社に隣接する古手邸へと向かうことになった。 日が暮れ始める中、古手邸に到着した私たちは早速庭先にある倉庫へと赴く。 最近掃除の手が入ったばかりなのか、中は比較的綺麗で……収蔵されたものも丁寧にまとめられた様子だった。 一穂(冬服): へぇ……ちゃんと整頓できてるんだね。こういう古いものを収めた倉庫って、もっと埃っぽくて雑然としてるようなイメージだったんだけど。 一穂(冬服): ここを掃除したのって、梨花ちゃんたち?それとも、村の人が手伝ってくれたとか……。 沙都子(冬服): ……何を言っているんですの、一穂さん?この前梨花に頼まれて、私たちが一日がかりで大掃除をしたではありませんの。 美雪(冬服): うんうん、あれは結構重労働だったよねー。夜にご馳走を出してもらえなかったら、さすがにタダ働きはきついって抗議してるところだったよ。 菜央(冬服): 一穂もおいしい、おいしいってお寿司やら焼肉やらをお腹いっぱいに食べてたじゃない。……もしかして、覚えてないの? 一穂(冬服): あ……えっと、その……。 一穂(冬服): ご、ごめんなさい……そうだったね。ちょっと私、ど忘れしちゃってたよ……あはは。 慌てて話を合わせたが……もちろん、それは嘘だ。忘れているというよりも、記憶自体が……ない。 どういうわけか最近、なぜか覚えのないことが当然のようにみんなの共通認識になっていたり……あるいはその逆のことが起きていたりしている。 これは、ただの私の勘違いなんだろうか。それとも、何か良くないことが起きている前触れか……あるいは、その残滓……? 羽入(冬服): あっ……ありましたのです! と、そんな私の困惑は倉庫の中から聞こえてきた羽入ちゃんの嬉々とした声によって打ち消される。 彼女は、ぱたぱたとかわいらしい足音を立てながら倉庫前で集まっている私たちのもとへ駆け寄って……手にした「御札」のようなものを差し出してきた。 羽入(冬服): これが、夢を操る御札なのです。眠る時にこれを枕の下に敷いておくと、その人の見たい夢が見られるようになるのですよ~♪ 美雪(冬服): なんていうか、御札っていうよりただの紙にしか見えないけど……これって、ほんとに効き目があるの? 沙都子(冬服): 羽入さんのことを疑うわけではありませんが、詩音さんに胸を張って薦められるかと言われるとどうにも怪しい感じがしますわねぇ……。 一穂(冬服): う、うん……確かに。 自信たっぷりの羽入ちゃんには申し訳ないけど……これを使って結局ダメだったら、むしろ詩音さんが余計に疲れてしまうことだって考えられる。 そう考えて、私たちが顔を見合わせていると……魅音さんが「まぁまぁ」ととりなすように間に入り、羽入ちゃんから御札を受け取りながらいった。 魅音(冬服): せっかく羽入がこうして薦めてくれたわけだし、ものは試しってことで私たちがまずやってみようよ。 魅音(冬服): で、それなりに効果があったら詩音に渡すってことで。……どう、みんな? 梨花(冬服): みー。ボクたち全員でモルモt……実験台なのですよー。 沙都子(冬服): なんで嬉しそうなんですの、梨花……。というか言い直したところで、結局両方とも同じ意味でしてよっ? レナ(冬服): でも、効き目があったらすごいことだと思うし……今夜寝る時に使ってみたらどうかな、かな? 菜央(冬服): あたしも賛成っ。あと、レナちゃんが一緒に寝てくれたらいい夢を見られる確率がぐっと上がるかも……かも♪ レナ(冬服): あははは、もちろんいいよ。2人で一緒のお布団に入って寝ようね♪ 菜央(冬服): ほ……ほわぁぁああぁぁっ……!今日の夢は頭の大事なところに保存して、絶対に忘れたりしないからっ……! 美雪(冬服): おぅ……なんか早くも目的を間違えてる子がいるんだけど……私たちはどうする、一穂? 一穂(冬服): う、うん……とりあえず一度くらいは、試してみるのもいいと思うよ。サンプルは、たくさんあったほうがいいもんね。 美雪(冬服): んー、一穂がそういうなら私は別にいいけど……。 魅音(冬服): あ、だったらうちの広間を使ってみんなで寝るってのはどう?なんていうか、お泊り会みたいにさ。 沙都子(冬服): あら、それも楽しそうですわねぇ~。もちろん梨花と羽入さんも、ご一緒ということでよろしくて? 梨花(冬服): みー、ボクはもちろん参加なのですよ。 羽入(冬服): 僕も異存ないのですよ、あぅあぅ♪ 魅音(冬服): よーし、それじゃ今夜はお泊まり会に決定!全員で良い夢が見られるように、頑張ろう~! 一同: おぉぉぉおぉぉ――っっ!! 一穂(冬服): お、おぉ~……? Part 03: ……そして、翌朝。 眠りの浅さのせいか、頭に鈍痛を覚えながら私はベッドから起き上がった。 詩音(冬服): もう朝ですか。……まるで眠った気がしませんね。 生あくびを何度も漏らしながら、私はそばにある時計に目を向ける。 時刻は、7時前。……学校に行くことを考えると、寝直すには少々時間が厳しい。 詩音(冬服): もういっそ、今日はズルけちゃいましょうかね……。母さんたちにバレると、大目玉を食らっちゃいそうですが。 それに、怒られるだけならまだしも……サボりの原因がエンジェルモートにあるとなれば、店長の義郎おじさんに迷惑がかかってしまうだろう。 詩音(冬服): 去年も、ルチーア脱走から悟史くん絡みの騒ぎを起こしたせいで、あの人と葛西には余計な苦労をさせてしまいましたからね……はぁ。 なんだかんだ言って、生計が立てられるように私のことを気遣ってくれている人たちが理不尽な目に合うのは……正直言って、心が痛い。 だとしたら、せめて我慢できるまでは頑張ったほうがまだマシというものだ。……そう思い直して私は重い身体を強引に起こし、着替えるべく立ち上がった。 詩音(冬服): ……っ……。 まずい、ちょっとふらつく。着替えを終えたのはいいが、ついに足にまできたのか……力が入れづらい。 とりあえず、時間をかけて服を身にまとい……櫛を使うのも億劫な私は、適当に手で髪を梳く。 朝食の準備をしようにも食欲がわかないので、献立が頭に浮かんでこない。……かなりの重症だ。 詩音(冬服): ……仕方ない。まだ時間も早いですし、登校前に診療所へ行って監督にちょっと診てもらうとしますか。 今から行けば、最悪でも遅刻程度ですむはずだ。理由を聞かれたら、夏風邪を引いたとでも言えばおそらく納得してもらえるだろう。 それに彼なら、医師の立場から役に立つような助言をしてくれるかもしれない。改善できる薬を処方してくれたら、なお最高だ。 そう考えて私は、マンションの外に停めていた自転車に乗り、診療所までの道を進んでいく。 ……葛西を呼んで、車で行けばよかったと気づいたのは診療所の建物が見えてからだ。いよいよ限界に近づいているのかもしれない。 詩音(冬服): すみません。……監督、いますか? まだ時間前だったけど、待つのも辛く感じた私は入口の扉を開け……中に向かって呼びかける。 すると、ちょうど来たばかりだったのか白衣をまとった監督が姿を見せ、私を見るなり怪訝そうな表情を浮かべた。 入江: どうしました、詩音さん?ずいぶん具合が悪そうですが……。 詩音(冬服): 時間前に、すみません。ちょっと身体が限界というか、その……。 入江: わかりました。……お一人でも歩けますか?すぐに診察を行いますので、そちらのソファで横になっていてください。 そして、数分後。監督は私を診察室のベッドに寝かせ、手早く診察を始めてくれた。 明らかに疲れが見える、ということですぐさま点滴の針が腕に差し込まれる。……そのおかげか、少し身体が軽くなったようだ。 詩音(冬服): すみません、監督……。こんな朝早くに押しかけて、ご迷惑をおかけしちゃって。何か、用事があったんじゃないですか? 入江: いえいえ、構いませんよ。今日はたまたま、珍しく早起きしたのでファイルの整理でもしようと考えていただけです。 入江: 目の前の患者さんを見過ごしてまで行うほど急ぎの仕事ではありませんので、どうかお気遣いなく。……それより、具合はどうですか? 詩音(冬服): あ、はい……かなり良くなった感じです。 入江: 熱もありませんし、身体にも異常がなかったので……先程の診察でお聞きした通り、ただの寝不足ですね。とりあえず、点滴が終わるまで休んでいてください。 詩音(冬服): ……有無を言わさず点滴されちゃいましたが、今の私……そんなに疲れている感じでしたか? 入江: はい。女性のあなたに申し上げるのも酷な話ですが……正直言って、ひどい顔です。こちらに鏡があるので、ご覧になってください。 詩音(冬服): ひどい顔って……これでも私、エンジェルモートでは1、2を争う美少女のつもりでいるんですけど……って、わわっ。 神妙な表情でそう答える監督に強がって軽口を返しながら、私は鏡を見て……驚きのあまり、声を上げてしまう。 満足に眠れていないことのせいか、私の目の下にはクマが浮かぶほど疲れた顔つきをしていた。 入江: 夢見が悪いとのことでしたが……その原因と考えられるのは、色々と心配を抱えたり考え事をしたりしながら眠ってしまうことです。 入江: 脳が休まっていないと、どうしてもいろんなことが思考の中に浮かんできてしまいます。……心配事や、不安に感じていることなどをね。 詩音(冬服): つまり、それが……悪い夢の原因なんですか? 入江: 断定はできませんが、可能性は高いです。一度すべてを忘れて、完全に休養することをおすすめしますよ。 詩音(冬服): ……。一応、わかってはいるんですけどね。ただ、どうしてもそうなっちゃうというか……。 詩音(冬服): いざ寝ようと頭を空っぽにしてみても、あれはどうなった、これはどうすれば、と勝手に色んなことが浮かんできちゃいまして……。 監督の助言をありがたいとは思いつつも、私は苦笑いしながら首を振って返す。そして、 詩音(冬服): ……誰にも言わないでくださいね。もちろん、お姉にも。 たぶん、心がかなり弱っていたのだろう……そう監督に釘を差してから、口を開いていった。 詩音(冬服): なんていうか……このところ、焦りみたいな感情が抑えられないんです。 入江: 焦り……ですか? 詩音(冬服): えぇ。待っているだけじゃ、何も変わらない。だけど何をしたらいいのか、足りないものは何なのか……。 詩音(冬服): そんなことばかり考えていると、気持ちが全然落ち着かなくて……きついんです。 入江: ……。外野の立場で大変失礼ですが、詩音さんはよくやっておられますよ。 入江: 魅音さんのことを助けるだけでなく、この#p雛見沢#sひなみざわ#rの将来のことまで強い想いをもって、真剣に取り組んでいらっしゃる。 入江: なかなかできることではありません。あなたは自分で思うほどいい加減ではありませんし、とても真面目な方だと私は本気で思います。 詩音(冬服): ……でも、その手応えがない。自分の努力や苦労に対して報いてもらいたいわけじゃありませんが……。 詩音(冬服): 頑張ってきてよかったと思えるような……見返りのようなものがほしいというのは、浅ましい考えですかね? 入江: 詩音さん……。 そこまでの吐露を聞かされるとはさすがに思っていなかったのか……監督は心配そうにこちらを見てくる。 その反応に言い過ぎたと感じた私は、わざとらしく「あ、あはは……」と笑ってごまかした。 詩音(冬服): すみませんね、監督。ちょっと私、スイッチが入ってなんだか変なことを言っちゃって……忘れてください。 入江: ……はい、ご心配なく。これでも私は、忘れっぽい性分ですので。 記憶力のない医者なんてありえない存在だが……その下手くそな返答を、私は密かに感謝する。 と……ちょうどその時、点滴がほぼ終わる。それを見て私は針を外してくれるよう彼に頼み、ベッドから起き上がった。 入江: とりあえず、睡眠導入剤を処方しておきました。無理矢理でも構いませんので、これを飲んだあと頭を空っぽにして眠るように努めてください。 詩音(冬服): わかりました。朝っぱらから押しかけてすみません、それじゃ――。 そう言って薬袋を受け取り、診察室を出ようと身を翻した……と、その時だった。 一穂(冬服): せ……先生っ! 入江先生はいますかっ? そう言って叫びながら診察室に現れたのは、一穂さんと羽入さん。 2人はそれぞれ半泣き顔になり、すがるように監督の前へと駆け込んできた。 入江: 一穂さんに、羽入さん……?こんな朝早くに、いったいどうしましたか? 羽入(冬服): あぅあぅ……! 梨花たちが、眠ったまま起きなくなってしまったのです! 羽入(冬服): 大声で呼びかけても身体を揺さぶってみても、全然目を開けてくれないのですよ~! 詩音(冬服): なっ……?! Part 04: 入江: とにかく、現場へ行ってみましょう。どう対応するべきか、全てはそれからです。 私たちの懇願を受けて、入江先生はそう返すと荷物をまとめて往診の準備を手早く整え始める。 そして、ちょうど出勤してきた鷹野さんに午前の診療を引き継ぐと……私たちを連れて、敷地内の駐車場へと足早に移動した。 詩音(冬服): ……一穂さん。眠って起きなくなったのはレナさんに沙都子、梨花ちゃま、美雪さん、菜央さん……そして、お姉ってことですか? 一穂(冬服): う、うん……! 私は羽入ちゃんに起こされてすぐに目が覚めたんだけど、他の子たちは……! 羽入(冬服): あ、あぅあぅ……心臓が動いて息もしているので、死んでいないとは思うのですが……! 詩音(冬服): いったいどうして、そんなことに……?とにかく、現場に向かいましょう。詳細については車の中で聞かせてください。 そう言って詩音さんは、私たちと一緒に入江先生の車の後部座席へと乗り込む。 3人並んで座ると、少し狭い。……ただ、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。 詩音(冬服): つまり……古手家で保管していた、夢を操作するという御札を使って眠ったら、お姉たちが朝になっても起きなくなってしまった。 詩音(冬服): そういうことですね? 羽入(冬服): あぅあぅ、そうなのです~!僕と一穂は何事もなく起きることができたのに、梨花たちは目を覚ましてくれなくなったのですよ~! 一穂(冬服): い、一応みんな息はしてるんだけど……どうしたらいいのかよくわかんなくて、相談できるのが先生しか思いつかなくて……っ! 入江: ……ご英断です。呪術的な類いについては専門外ですが、お身体に異常があったのであれば私にもできることがあるかもしれません。 入江: とにかく、一度診させていただきましょう。 一穂(冬服): あ、ありがとうございます……! そして私たちは園崎本家に駆け込み、居間へと向かう。 するとそこには、横になったままいまだに眠り続けている……魅音さんたちの姿があった。 詩音(冬服): お姉……? 起きてください、お姉ッ!お姉ってばっ!! 入江: ……詩音さん、そんなに耳元で叫んでは鼓膜を傷つけてしまいます。 入江: それと、あまり乱暴に身体を揺さぶらないでください。脳にダメージが行くと、危険なので。 詩音(冬服): っ……わかりました。 入江先生の穏やかな、だけど断固たる指示を受けて詩音さんは、抱き起こした魅音さんの身体をそっと布団の上に戻す。 これだけ叫んでも、揺さぶっても……魅音さんは目を開ける様子を見せない。周りにいる子たちも、それと同様だった。 入江: ……もう一度確認します。昨晩は、枕の下に御札を敷いて寝る以外何も変わったことはしていなかった……そうですね? 一穂(冬服): は、はい……みんな、遅くまで話をして……服も着替えないまま眠っちゃって……。 一穂(冬服): それで起きたら、羽入ちゃんが泣きながら梨花ちゃんたちに呼びかけていて……っ。 入江: 落ち着いてください、一穂さん。……心拍数、その他のバイタルサインは正常です。今すぐ危篤状態になる可能性は低いでしょう。 入江: ただ、お2人の話にもあったようにどれだけ呼びかけても、皆さんの意識が戻ってこない……。 入江: 念のため気付け薬を数種類持ってきましたが、どれも効きません……どうしたものか……。 一穂(冬服): そ、そんなっ……! 藁にもすがる思いで入江先生の診断を仰いだ私たちだったが、彼もお手上げとばかりに首を横に振るのを見て落胆する。 そして、いったいどうすれば……と頭を抱えたその時、詩音さんが何かを思いついたのか……羽入ちゃんにふと尋ねかけていった。 詩音(冬服): 羽入さん。試しにひとつ聞きますが……お姉たちの夢の中に入り込む方法なんてものがあったりしませんか? 羽入(冬服): あぅあぅ? え、えっと……。この御札は、眠った人が望んだ夢を見ることができるものなので……。 羽入(冬服): 誰かの夢に入りたい、と念じればひょっとすると可能かもしれません……。 詩音(冬服): だったら、好都合です。ちょうど監督が処方してくれた睡眠導入剤もあることですし。 詩音(冬服): これで私がお姉たちの夢に入り込んで全員を叩き起こしてきますよ。 入江: なっ……? き、危険です詩音さん! 入江: 魅音さんたちがどうして眠り続けているのかもわからないのに、準備も事前知識もなくそんなことをすれば、最悪あなたまで……っ! 詩音(冬服): 他に手段も思いつきませんので、可能性がある方に賭けるべきです。 詩音(冬服): それに、とっとと起きてもらわないとクリスマスバイトの戦力が大幅にダウンしちゃいます。 入江: 詩音さん……! 一穂(冬服): だ……だったら私も、一緒にいくよ! 羽入(冬服): 僕もなのです、あぅあぅあぅ! そう言って私たちもまた、同行を申し出る。すると詩音さんは、一瞬だけ少し驚いたように目を見開いてから……にこやかに笑っていった。 詩音(冬服): 心強いです。じゃあ、来てもらえますか? 一穂(冬服): うん、もちろん……! そして、救出作戦は実行へと移された。私と羽入ちゃん……そして、詩音さんの3人で。 Part 05: ……意識がはっきりしない微睡みの中、全身がふわふわと浮かんでいる感覚に包まれている。 ここは……どこだろう。私はどうして、こんな場所に……? 羽入(私服): 一穂……一穂……。 と、その時……自分の名を呼ぶ声を感じた私は、目を開ける。 すると視界には、青々とした空がいっぱいに広がっているのが映し出されて……。 そのすぐ側から心配そうに覗き込む、羽入ちゃんの顔が飛び込んできた。 一穂(私服): わっ……は、羽入ちゃん……?! 羽入(私服): 目覚めてくれたのですね。あぅあぅ、よかったのですよ……! そう言って羽入ちゃんは、嬉しさを満面にして私の両手を取ってくる。 ……あたたかくて、柔らかい感触。彼女に言われなければ、ここが夢の世界の中だとは決して気づくことがなかっただろう。 一穂(私服): ……詩音さんは、どこに? 羽入(私服): わからないのです。僕も気がついてから探してみたのですが、どこにも見当たらなくて……。 そして私たちは、改めて自分たちのいる「世界」を見渡す。 それは、いつも見慣れた#p雛見沢#sひなみざわ#rのようで何かが違う光景で……夢の中というより、もうひとつの「世界」の様相を醸し出していた。 だけど、違和感があるのはそれだけじゃない。何よりおかしいと思えるのは……目の前の……。 レナ(私服): あはははは、圭一く~ん♪ 魅音(ウェディング): 圭ちゃん、こっちこっち~♪ 一穂(私服): えっ……ま、前原くん……たち? レナさんと魅音さんの姿があること自体は特に不思議なことじゃない。なぜならここは、彼女たちの夢の「世界」だからだ。 おかしいのは、彼女たちが声をかけている前原くんが……それぞれ「別」の姿として存在していることだった。 圭一1: おぅ、レナ!それは俺に作ってきてくれた弁当か?へへっ、いっただきま~す! レナ(私服): はぅ……たくさん食べてね、圭一くん♪ 圭一2: おぉ……どうした魅音、その格好は?お前がドレスを着ているなんて……!へへっ、でも似合っているぜ! 魅音(ウェディング): そ……そう?あ、ありがと圭ちゃん……♪ 一穂(私服): え、えっと……あれって、どういうこと? 羽入(私服): それぞれの夢の世界が重なっているので、おかしな現象が起きてしまっているのですよ。もっとも……。 そう言って羽入ちゃんは、レナさんたちとは反対側の一角を指差す。 するとそこには、沙都子ちゃんと梨花ちゃんがそれぞれにお弁当をかしましく、仲の良さげにつつき合っている様子があった。 沙都子(私服): をーっほっほっほっ!さぁ梨花、私の渾身で作り上げたこのお弁当、遠慮なく食べてくださいまし……! 梨花(私服): みー、沙都子もお腹いっぱい食べてくださいなのですよ~♪ 羽入(私服): あの2人の場合は、内容が似通っているので……お互いに夢を共有しているようなのですよ。 一穂(私服): そ、そんなこともできるんだ……。 さらに視点を移すと、赤坂さんと楽しそうにしている美雪ちゃん……。 美雪(私服): えっへへへ……お父さん……♪ レナさんと仲良く過ごす菜央ちゃん……。 菜央(私服): ほわぁぁあぁ……レナお姉ちゃん……♪ とにかくみんな、周囲のことなど全く目に入らないのか……独自の空間を作り出していた。 一穂(私服): み、みんなはいったい、どうなっちゃったの……? 羽入(私服): おそらく……夢で見ている世界があまりにも幸せすぎて、起きることを拒んでしまっているようなのです。 羽入(私服): でも、あの御札にはここまで執着させるほどの力はなかったはずなのに、いったいどうして……あぅっ? と、羽入ちゃんが疑問に感じながらふと視点を移すと、そこには詩音さんがいて……。  : 呆然と立ち尽くした彼女が目を向ける先には、私の見覚えがない男の子の姿があった。 詩音: さ、悟史くんっ……? 一穂(私服): 悟史……って、沙都子ちゃんのお兄さんのこと? 羽入(私服): ダメなのです、詩音!それに近づいては、あなたも夢に取り込まれるのですよ! そう叫んで羽入ちゃんは、詩音さんに駆け寄ろうとする。 が、彼女はそんな声も聞こえないのかふらふらとした足取りで悟史くんに近づき、そして――。 悟史: っ、がっ……?! 飛び込んできた詩音さんを抱きしめた瞬間、彼はうめき声をあげてその場に崩れ落ちる。 見ると彼女の手には、真っ赤な血に染まった刃物が握られていた。 詩音: ……夢の世界に入ったら、元凶どもは絶対私に対してこの手で来る……と思っていました。 詩音: あらかじめ心を決めておいて、正解でしたね。 悟史: 『っ、……ぐ……グアアァァァァアァッッ……!!』 すると、そんな詩音さんの言葉を裏付けるように悟史くん「だったもの」は不気味な声とともに異形へと変わっていく。 続いて周囲の世界もまた一変し、魅音さんたちが相手をしていた「それ」は真の姿をさらけ出していった。 一穂(私服): も、もしかして……あれって、『ツクヤミ』?! 詩音: もしかしなくても、他には考えられません!さぁ行きますよ一穂さん、羽入さん! 一穂(私服): う……うんっ……! Epilogue: 夢の中に存在した『ツクヤミ』をすべて倒した次の瞬間……辺りの光景は、跡形もなく霧散する。 そしてほっと息をついた次の瞬間……私たちは元いた園崎本家の居間へと戻っていた。 魅音(冬服): あ、あれ……もう、夕方……? レナ(冬服): はぅ……なんだか、変な夢を見ていた気分だよ~。 まだ夢見心地の気分を引きずりながら、レナさんたちは起き上がってくる。 それを見て私と羽入ちゃん、詩音さんは皆が無事に目覚めてくれたことを喜びあった。 羽入(冬服): あぅあぅ……うまくいったのです!大成功なのですよ~! 詩音(冬服): はぁ……ほとんどやけっぱちに、思いつきで提案した賭けに近いものでしたが、結果オーライで何よりですよ。 入江: 一時はどうなることかと気をもみましたが……とにもかくにも、よかったです。 美雪(冬服): ? えっと……どうしたの、一穂たち?何をそんなに喜び合ってるのさ……? 一穂(冬服): っ、だ……だって……!美雪ちゃんと菜央ちゃんが、元の世界に戻ってきてくれて……嬉しくてッ……! 菜央(冬服): っ、ちょっと一穂……泣いてるの?何があったのかは知らないけど、あんたってほんと泣き虫なんだから……。 一穂(冬服): ご、ごめんねっ……でも、私っ……! 美雪(冬服): まぁいいよ、詳しい話はあとで聞くから。 美雪(冬服): それより……結局どうなったの、実験は?もうすっかり夜が明けたみたいだけど、他のみんなはちゃんといい夢を見れたのかい? 羽入(冬服): ……あぅあぅ、美雪は覚えていないのですか? 美雪(冬服): んー……そういえば楽しい夢を見たような、そうでもなかったような感じだけど……うんごめん、ほとんど記憶に残ってないや。 菜央(冬服): あたしもよ。よく寝たおかげか、頭がすっきりして身体もいい感じに軽いけど……なにか夢を見た、って実感は薄いわ。 一穂(冬服): そう……なんだ……。 沙都子(冬服): せっかく羽入さんが太鼓判を押して薦めてくださったのに、申し訳ありませんわね。せっかくですし、今晩は再チャレンジして――。 詩音(冬服): ダメです!この御札の使用は、今後一切厳禁です! 梨花(冬服): みー……いったい、何がどうなったというのですか?まさか、また羽入がとんでもない失敗を……? 羽入(冬服): ぼ、僕はそんなに失敗ばかりなんてしていないのですよ~、あぅあぅあぅ! 一穂(冬服): あ、あははは……。 何はともあれ、これで一件落着……で、いいんだろうか……? そう思いながら私は、ふと隣に立っている詩音さんに顔を向け……気づいた彼女と、目を合わせる。 すると詩音さんは、軽く肩をすくめ……私の考えていることを察してくれたのか、にっこりとうなずき返してくれた。 ……そして、数週間後。 エンジェルモートで開かれたクリスマスイベントには、特別仕様の衣装に着替えた詩音さんが元気よく仕事を切り盛りしていた。 レナ(冬服): はぅ~、元気いっぱいだね詩ぃちゃん!あ、でもそんな格好で寒くないのかな……かな? 詩音(サンタ水着): はい、問題ありません♪お陰様で寝不足も解消できましたし、看板娘として派手にやらせてもらいますよ~! 魅音(冬服): いや、おかげさまといってもさ……むしろ私たちはあんたに面倒というか、迷惑をかけただけだった気がするんだけど。 詩音(サンタ水着): いいえ。あの「世界」に行ったおかげでわかったんですよ。 詩音(サンタ水着): 私は夢を現実にしようと思うあまり、そのギャップの大きさに失望してやる気を失いかけていたんだな……ってね。 一穂(冬服): 詩音さん……。 寂しげに顔を伏せる詩音さんの様子に、私はなんと声をかけていいかわからず……思わず、口をつぐむ。 だけど彼女は、次の瞬間表情を改めるとそんな私のもとへと歩み寄り、逆に励ますように明るい声で続けていった。 詩音(サンタ水着): 私たちが今いる現実の「世界」は、がらり一変することは無理でも少しずつ……確実に変化しています。 詩音(サンタ水着): ですから、そこから得られる楽しさや幸せをしっかりと享受することで未来への希望も積み重ねていくことができるかもしれません。 詩音(サンタ水着): 少なくとも私は……そう信じていますよ。 一穂(冬服): 詩音さん……。 それを聞いた私は、ずっと疲れた顔をしていた彼女を少しは癒やすことができたのかもしれない、と安堵を覚えていた……。 詩音(サンタ水着): それに……今の私は、1人ではありませんからね。こんな恥ずかしい格好を快く一緒にやってくれる仲間がいますから……。 詩音(サンタ水着): ですよね、羽入さん? 羽入(サンタ水着): あぅあぅあぅ~!お詫びに手伝うとは言いましたが、こんな格好になるとは聞いていなかったのですよ~?! 同じく特別衣装のサンタ水着に着替えさせられ、涙目で悲鳴を上げる羽入ちゃん。 それを見て私は、苦笑いを浮かべながらも詩音さんの強さを改めて感じるのだった……。 …………。 詩音(サンタ水着): ……強くなんかありませんよ、一穂さん。私はただ……気づいてしまっただけです。 詩音(サンタ水着): 自分の叶えたい夢を、夢のままにしないためには……手段なんか選んでいてはいけないんだってね。 詩音(サンタ水着): だから私は、……動きます。 詩音(サンタ水着): たとえ世界中の全てが私の敵になって、私のことを悪魔呼ばわりしてきても……! 詩音(サンタ水着): くすくす……くっくっくっ……あーっはははははははははははははは!!!