Prologue: 近隣住民の少ない夜の#p興宮#sおきのみや#r郊外には、静けさに満ちた空気が流れている。 風邪にざわめく草の音、時折響くカエルの鳴き声がなければ、時間が止まっていると錯覚していたかもしれない。 ……でも、実際の時間は止まらない。私たちが固唾を飲んで息をひそめている間も、刻一刻と時は過ぎていた。 一穂(冬服): ……っ……! 視線の先には、ポツンと寂しげに佇む古い工場跡。 身を低くした体勢でじっと見つめていると、隣にいた魅音さんが顔をやや寄せて呟いた。 魅音(冬服): ……明かりがついているね。 詩音(冬服): えぇ。あの工場がとっくに廃業したというのは、すでに確認済みです。にもかかわらず、電気がついているということは――。 魅音(冬服): あの中に、連中が隠れているってことか……。 そう言いながら、覗き込んでいた双眼鏡を下ろして顔を向ける魅音さんに、詩音さんは無言で頷き返す。 詩音さんが肩から下げているのは、大きなバッグ。ずいぶん中がぎっしりと詰まって重そうだけど、いったい何が入っているのだろう……? 圭一(冬服): なぁ……本当にレナは、あそこにいるのか?もし犯人たちが用意したカモフラージュで、どこかでこっちの様子を見ているとしたら……。 菜央(冬服): 敵対行動をとってるってことで……レナちゃんの身が危うくなるってこと?! 詩音(冬服): いえ、その可能性は低いと思いますよ。むしろ人質を表に出して、こちらの動きをけん制するほうが効率的ですからね。それに――。 羽入(冬服): あぅっ?! 一穂(冬服): ひゃぅっ?! ふいに、誰もいないはずの背後から足音が聞こえて、驚いた羽入ちゃんが私にしがみつく。つられて私も、悲鳴をあげてしまった。 一穂(冬服): い、今の音は……?! 美雪(冬服): あー、大丈夫。偵察に行ってた沙都子が戻ってきただけだよ。 沙都子(冬服): ……驚かせてすみませんわね、一穂さん。用心のために戻る道を変えて、追手が来ていないか確かめておりましたので。 一穂(冬服): み、見つかったのかと思ったよ……。 梨花(冬服): みー。おかえりなのです、沙都子。 魅音(冬服): で、建物の周辺はどんな感じ? 沙都子(冬服): 全体をぐるっと回ってみましたが、こちらに気づいた様子はありませんでしたわ。監視の人間も、見当たりませんでしたし。 沙都子(冬服): あと、風向きから考えてもここでの会話の声が建物の中にまで届くとは思えませんので、このまま作戦通りに進めても問題なしでしてよ。 一穂(冬服): で、でも……沙都子ちゃん。それにしては戻ってくるのがちょっと遅かったようだけど、どうして? 沙都子(冬服): 偵察ついでに、敵が逃亡すると思われる道にトラップを仕掛けてまいりましたの。足止め程度の、簡単なものですけどね。 一穂(冬服): えっ……そ、そうなの? だとしたら、逆に早いくらいだ。短い時間でそこまで頭が回って準備ができるなんて、さすがはトラップマスターというところだろう。 魅音(冬服): 中の様子はどう……? 人の気配は感じた? 沙都子(冬服): 確実という保証はいたしかねますが……物音と話し声らしき響きを感じました。八割方、「当たり」と思ってよさそうですわね。 魅音(冬服): ありがと、沙都子。あんたの見立ての八割はほぼ100%に等しいから、詩音が集めた情報は間違いなしってことだね。 詩音(冬服): なんですか、お姉。ひょっとして、私の情報を疑っていたんですか? 魅音(冬服): 事前情報と現在の状況が食い違うことは珍しくもないからね。念のためだよ。 むっ、不服の声を上げる詩音さんに対して、そうしれっと返す魅音さん。 ……ただ、普段だとここから口論に発展してもおかしくないのに、2人はあっさりとそこで会話を打ち切る。 つまり、それだけ今の状況が深刻で……そして全員の気持ちが真剣そのものであることを如実に表していた。 圭一(冬服): でもよ……身代金目的の誘拐って、普通は金と人質の交換がセットなんだよな。 圭一(冬服): だったら、なんでさっきの取引場所で受け渡し役だけが現れたんだ?肝心のレナの姿も見えなかったし……。 一穂(冬服): もしかしたら、誘拐犯は仲間が捕まったことに気づいてるってこと……? 美雪(冬服): いや、それならもうとっくに動きが出てるはずだよ。 美雪(冬服): 今回のケースだと、受け渡し役は下っ端だ。捕まってもいいような捨て駒として扱ってる。 美雪(冬服): つまり、犯人は金以上に自分たちの身の安全を第一に考えてることになる……。 美雪(冬服): となると、身代金を確保するまではレナをキープしておきたいはずだよ。こっちは人質を盾にされたら逆らえないんだからさ。 羽入(冬服): あ、あぅあぅ……だったら、敵はこの後どうするつもりなのでしょうか? 梨花(冬服): みー。もし仲間が戻ってこなかったら、犯人たちは自分たちにまで危険が及ばないよう逃げてしまうのではないのですか? 美雪(冬服): 逃げるとしても、どう逃げるかだろうね。レナを置き去りにしてくれればいいけど、始末しようとする可能性も……。 菜央(冬服): ――ッ……! 美雪(冬服): お、っと! 『ロールカード』を手に駆け出そうとした菜央ちゃん。その首根っこを、美雪ちゃんが素早く捕まえてこちらへと引き戻した。 菜央(冬服): なにするのよ、美雪?! 美雪(冬服): 落ち着け、菜央。レナのことが心配なのは、みんな同じなんだからさ。 美雪(冬服): 確実に助けるためにも、この作戦は慎重に進めなきゃいけないんだ。……慌てたって、失敗の確率が上がるだけだよ。 菜央(冬服): で……でもっ、こうしてる間にレナちゃんが酷い目に遭ったりしたら――! 圭一(冬服): ……いや、美雪ちゃんの言う通りだ。 沙都子(冬服): 圭一さん? 圭一(冬服): なんか俺、自分でも焦っていたのか悪い想像ばかりして……それが菜央ちゃんの不安を煽っちまったのかもな。 圭一(冬服): クールにならなきゃ、だよな。だから菜央ちゃんも、冷静になってくれ。 菜央(冬服): ……クールになんて、なれないわよ。だって……レナちゃんが無事かどうかすら、今のあたしたちには確かめられないのに……! そう言って菜央ちゃんは、悔しそうに唇を噛みしめる。 この状況下で、彼女に冷静になることを求めるのはとても難しいだろう。だから……。 一穂(冬服): 大丈夫だよ、きっと。レナさんが簡単にやられるわけがないもん。みんなもついてるんだし、それに……。 美雪(冬服): ……………。 私の隣では、美雪ちゃんが目を細めて工場跡の建物を睨み付けている。 美雪ちゃんが、頭をフル回転させてる証拠だ。大きく見開かれた瞳には、強い輝き…… それは、この「世界」で何よりも心強くて頼りがいのあるもの。だから、その思いを込めて私は菜央ちゃんの手を握った。 一穂(冬服): 大丈夫だよ……絶対に。 菜央(冬服): …………。 その気持ちが届いたのか、菜央ちゃんは俯きながらも小さくこくん、と頷いてくれる。 その反応に私は、安堵を覚える……と同時に、この作戦を何としても成功させてみせる、という決意を新たにしていた。 美雪(冬服): 詩音……もう一度確認だけど、犯人グループの受け渡し役は「素直」に仲間の情報を吐いてくれたんだよね? 詩音(冬服): 葛西の手腕で、「素直」に……ね。情報の正確度は、私が保証しますよ。 美雪(冬服): ……受け渡し役は、まだ生きてる? 詩音(冬服): 一応。ただ、今後も五体満足でいられるかは情報が「素直」なものであったか次第ですね。 詩音(冬服): 受け渡し役は、21時までに人質を確保している連中へ身代金受領の成否を電話で連絡する、とのことです。 詩音(冬服): つまり、その時間が来るまで人質に下手なことをする可能性は、極めて低いと考えていいでしょう。 菜央(冬服): ……っ……。 魅音(冬服): ……素直に喋っているみたいだから受け渡し役を電話で脅して協力させる、って手も時間稼ぎに使えるかもね。 詩音(冬服): 悪くはありませんが、自棄になって余計なことを口走る可能性もあります。……今回は避けておくべきでしょう。 詩音(冬服): とりあえず、声質の近いものを探して待機させておくと葛西は言っていましたから、そちらの方が安全でしょうね。 魅音(冬服): ただ、仲間内の合言葉とかがあると厄介だ。やっぱり時間稼ぎ策はやめて、当初の予定通り21時をタイムリミットに設定しよう。 詩音(冬服): えぇ。私も、それと同意見です。……もう用済みのようでしたら葛西に言って「処理」しちゃいますけど、どうしますか? 一穂(冬服): ……っ……。 隣で、すごく不穏なやり取りをしている魅音さんと詩音さん。……でも、それに対して口を挟める余裕もなかった。 美雪(冬服): ……あと10分で、21時だ。 ぽつり、と呟く美雪ちゃん。その言葉を受けて全員が一斉に顔を上げ、その表情に緊張をみなぎらせていった。 美雪(冬服): ……確認だけど、私が今回のリーダーってことでいいんだね? 梨花(冬服): はいなのです。いつもなら魅ぃが適任ですが、今回に限っては美雪にリーダーを頼みたいのですよ。 魅音(冬服): ……うん。正直言って私、今回の事件は冷静に動けるかどうか、あまり自信がないからさ。 魅音(冬服): そもそも、レナがこんなことになったのは私の失態なんだし……ッ! 沙都子(冬服): 魅音さん、それは言わない約束ですわ。 詩音(冬服): 沙都子の言う通りです。今回ばかりは私もお姉に罪はあるだなんて言いませんし、思ってもいませんよ。 魅音(冬服): でも、そのせいで美雪に……。 美雪(冬服): いいって、引き受けたのは私なんだから。むしろ私でいいの? って感じではあるけどね。 羽入(冬服): あぅあぅ……美雪には冷静に状況を見て、僕たちが「やりすぎ」ないようにストッパー役もお願いしたいのですよー。 菜央(冬服): ……。美雪……。 美雪(冬服): ……大丈夫。レナはちゃんと助けるよ。 菜央(冬服): 当然よ。そうでなきゃ、意味がないんだから。 美雪(冬服): あはは、言ってくれるねー。……もちろん、もうひとつの役割もちゃんと果たすつもりだよ。 圭一(冬服): 本当にいいのか?美雪ちゃんは、俺たちだけで動くことに反対すると思っていたんだけど……。 美雪(冬服): これは完全に刑事事件だからね。警察に黙って勝手な行動を取るってのは、私としては後ろめたくはあるけど。 美雪(冬服): ……でも、いま優先すべきはレナの身の安全。この面子で対処することが最善だと思う。 美雪(冬服): それに誘拐事件って、事件解決後の方が厄介だったりするしね。 沙都子(冬服): 解決のための身代金で貧乏になってしまったりとか……ですの? 美雪(冬服): そっちも問題だけど……世間の目の方だね。 美雪(冬服): 世間が面白がって「被害者にも非があるんじゃないか」とか、「実は被害者も誘拐事件に加担してたのでは」とかね。 菜央(冬服): レナちゃんがそんなことするわけないじゃない! 美雪(冬服): 私たちはわかるよ。けど、知らない人はそこまで意に介したりしない。……ものすごく腹立たしい話ではあるけどね。 美雪(冬服): レナを無事に助けて終わりにするために、協力してもらってる葛西さんたち以外には今回のことは内緒。 美雪(冬服): 誘拐犯から友達から助けた、って武勇伝は絶対どこにも漏らさない……約束できる? 圭一(冬服): あぁ……警察官を目指している美雪ちゃんが、自分をまげてまで仲間を助けるってんだ。それくらいの頼みはお安い御用だぜ。 圭一(冬服): 今回の件は、仲間内の秘密だ。いいな、みんな? 輪になった全員がうなずく。 美雪(冬服): んじゃ各自、いつでも動けるように身体をあっためておいて。 菜央(冬服): ――えぇ。 そう短く断言した後、菜央ちゃんが細かく肩を震わせる。 これは……笑って、いる? 菜央(冬服): くす、くすくすくす……! 一穂(冬服): な、菜央ちゃん……?! 菜央(冬服): くす……レナちゃんをさらうなんて神にも逆らう愚行を犯した連中には、どぉぉいう罰を与えてあげればいいのかしら……? 菜央(冬服): 絞殺? 刺殺? 焼殺?いいえやっぱりここは、死ぬ瞬間まで苦しみ続ける毒殺……っ?! 圭一(冬服): お……おいおいっ? 身体をあっためるよりも、殺意が燃え上がってないか、菜央ちゃん?! 梨花(冬服): みー、毒殺はやはりじわりじわりと苦しませる、診療所から借りてきたこの薬品がいいと思うのですよ。 羽入(冬服): あ、あの……梨花?その薬は借りてきたというよりも無断で持って……。 羽入(冬服): もとい、盗んできたの間違いでは……? 梨花(冬服): 失礼なことを言わないでくださいなのです、羽入。明日もとの場所へちゃんと戻せば、なにもなかったのと同じことになるのですよ。 羽入(冬服): はぅあぅ! 使ってしまった薬はもとに戻せないのですよ~! 沙都子(冬服): 完全に開き直っておりますわね……。ですが、私も今回ばかりは同じ思いでしてよ。 沙都子(冬服): 多少痛いどころか、痛覚を持ってこの世に生まれてきたことを『死ぬほどに』後悔させて差し上げなければ……。 沙都子(冬服): をーっほっほっほっ……! 一穂(冬服): え、えっと……! 正直、みんなの気持ちはわかる。私だってレナさんを誘拐した犯人たちに痛い目を見せてやりたい。 一穂(冬服): (でも、このままだと工場跡の中が確実に血祭りに……?!) 怒りを燃やすみんなを、美雪ちゃんは冷静に落ち着かせにかかる。 美雪(冬服): まぁ……みんなの気持ちはわかるよ。ただ、レナを助けることが最優先として、次の優先事項として人死にはナシ。いいね? 菜央(冬服): 相手は極悪人よ?死んだってかまわないでしょ? 美雪(冬服): 極悪人でも、だよ。不慮の事故ならともかく、必要以上に痛めつけるのはNG。OK? 菜央(冬服): チッ……美雪がリーダーで犯人たちも命拾いしたわね。 詩音(冬服): ふふっ、菜央さんも村に染まってきましたね。#p雛見沢#sひなみざわ#rの人間は怒ると、容赦ないですから。怖い怖い。 魅音(冬服): いや、それあんたが言う? 詩音(冬服): お姉だってそうじゃありませんか。 梨花(冬服): みー。これだと確実にお陀仏だったのに、残念なのです。 注射器とアンプルを両手に掲げていた梨花ちゃんが、それらをケースに戻そうとする……残念そうな顔で。 美雪(冬服): え……その薬、そんなにヤバイもんなの?よし訂正、証拠の残る武器・凶器はぜんぶナシ。 沙都子(冬服): 私のトラップもですの? 美雪(冬服): 仕掛けてきてくれたものは万が一取り逃した時に有効だからそのままで。撤収する時にみんなで片づけようね。 美雪(冬服): でもトラップはあくまで保険で、1人も逃がさず一気に片をつけるつもりだよ。 そう言って、美雪ちゃんは自分の『ロールカード』を取り出す。 美雪(冬服): さっき私がこの面子で対処することが最善だと言った最大の理由はコレなんだ。 美雪(冬服): 犯人たちも警察への対応は想定にあると思うんだけど、私たちが持っている『力』は未知数のはず。 圭一(冬服): なるほど。そこに勝機があるってわけか。 美雪(冬服): ……一気に犯人を無力化して、犯人たちに何が起こったか理解させる時間を与えない。 沙都子(冬服): 私たちがやったという痕跡すら残さず撤収するのがベストですわね。 一穂(冬服): 命を奪わず、正体も明かさないでレナさんを助ける……。 言葉にするのは簡単だけど、実現可能かどうか考えると酷く難しいことのように思えてしまう。 美雪(冬服): 何度も言うけど、優先順はレナ、不殺、正体を明かさないだから。 圭一(冬服): おっ、なんだか正義の味方の条件っぽいな。 梨花(冬服): それなら死なない範囲で犯人を再起不能にすればいいのですよ。ここにいるみんなならできるのです。 菜央(冬服): ええ、そうしましょ。今日はエスカレーションって言ってあげてもいいわ。 美雪(冬服): キミの場合、エスカレートするのは殺意でしょ。ちょっと落ち着きなさいっての。 沙都子(冬服): そうですわよ。あと、梨花も少し落ち着いてくださいまし。 一穂(冬服): え……? 梨花ちゃんってそんなに怒ってるようには見えないんだけど……。 沙都子(冬服): 私にはわかります。今夜の梨花、ブチギレておりますわ。 梨花(冬服): ……こんなくだらないことでレナを失うなんて、あってはならないのですよ。 羽入(冬服): ……僕もそう思うのです。みんなの笑顔が揃っていてこそ、明日が楽しみにできると思うのですよ。 梨花(冬服): 羽入もたまにはいいことを言うのです。 羽入(冬服): はぅっ! た、たまには……。 美雪(冬服): うぅ、心配だなぁ……。 魅音(冬服): そこを仕切ってみせるのがリーダーの腕の見せどころってヤツだよ。 美雪(冬服): 魅音だって、普段はまともに仕切ってなんかいないくせに……! 魅音(冬服): あっはっはっはっ!万が一不手際があっても、あとの処理は園崎に任せてくれればいいよ。 美雪(冬服): んー、それはそれで避けたい……じゃあみんな、作戦を説明するよ。 そうして、美雪ちゃんは作戦計画を皆に説明しようとする……と、その時。 突然、ラジオのようなノイズが詩音さんが背負っていた大きなバッグから響いてきた。 詩音(冬服): あ、ちょっと待ってくださいね。……はい、こちら詩音です。 葛西: 『詩音さん、交信可能ですか? どうぞ』 詩音(冬服): 今なら大丈夫です。なにかわかりました? 美雪(冬服): その荷物の中身って、無線機だったの?園崎家ってなんでもあるんだねー……。 葛西: 『追加の情報が得られました――』 Part 1: ――事の発端は、数日前のこと。 美雪(冬服): いやー、すごい量!こんなにたくさんの服を一度に買ったのは、生まれて初めてだよ~! 美雪ちゃんはそう言いながら、両手に持った紙袋を誇らしげに、そして嬉しそうに掲げてみせる。 紙袋は両方とも、ぱんぱんに膨らんだ状態だ。そんなものを左右の手に2つずつ下げているのだから、まるで旅行帰りのように見えなくもなかった。 菜央(冬服): あんたは元気ね、美雪……。あたしはちょっと疲れちゃったかも……かも・ レナ(冬服): 菜央ちゃん、大丈夫?その残りの紙袋も、レナが持ってあげるよ。 菜央(冬服): へ、平気……。レナちゃんにはもう3つも、あたしの分を持ってもらってるんだから……っ。 気遣ってくれるレナさんに首を振って遠慮し、菜央ちゃんはずり下がりそうになった紙袋の取っ手をふんっ、と気合を入れて持ち直す。 ただ、身体の小さい彼女が大きな紙袋をいくつも手に持ち続けてきたのは相当の負担だったのか……今やふらふらとおぼつかない足取りをしていた。 美雪(冬服): 菜央、だったら私に貸して。こっちはあと2つくらいなら平気だからさ。 菜央(冬服): っ……いいってば。自分のために買ったものなんだから、あたしが持つのが筋ってものでしょ。 一穂(冬服): あ……じゃあ、菜央ちゃんの袋の中身を少しずつみんなの袋に分けて入れるのはどうかな。それなら、負担も軽減できるでしょ? 詩音(冬服): あー……一穂さんのお気持ちはわかりますけど、バラバラになった荷物をもう一度まとめ直すのも結構手間になっちゃいますよ。 詩音(冬服): とりあえず、あと少しだけ待っていてください。もうすぐ葛西が車で迎えに来てくれる予定なので、その荷物は全部自宅まで運ばせてもらいます。 魅音(冬服): えっ……いつの間にそんな手配をしていたの? 詩音(冬服): いえ、ね。この荷物の量はさすがに……と思って、穀倉から電車に乗る前に電話しておいたんです。 詩音(冬服): ただ、菜央さんのことを考えたらいっそのこと、直接穀倉へ迎えに来させたほうがよかったですね。こちらの察しが悪くて、どうもすみません。 菜央(冬服): ううん。持って帰りたいって言い出したのはあたしなんだから、気にしないで。それに……。 美雪(冬服): お買い物ってのは、買ったものの重みを身体で感じながら自宅まで持って帰るのも、醍醐味のひとつだもんねー。でしょ、魅音? 魅音(冬服): うんうん、その通り!さすが美雪、わかってるねぇ~! 詩音(冬服): 疲れて帰るのが醍醐味ねぇ……まぁいいですけど。とりあえず、葛西が来るまでひと休みしましょう。 一穂(冬服): そうだね……よいしょっと。 駅前に置かれたベンチにそれぞれ腰を降ろして、私たちは手にしていた紙袋を地面に置く。 その中には隙間が見えないほど、色とりどりの衣類がぎっちりと詰められていた。 一穂(冬服): えっと……魅音さん。本当に、こんなに服を買ってもらっても大丈夫だったの……? 確かに私たちは、魅音さんから誘われて「今日は穀倉まで、服を買いに行こうっ!」と言われるがまま買い物に付き合ったのだけど……。 まさか、支払いまで引き受けてくれるとは予想外だった。つけ払いにしては額が多すぎるし、万一奢りだとしたらあとが怖い気がする……。 魅音(冬服): あっはっはっはっ!気にしなくてもいいって何度も言ったでしょ? 魅音(冬服): あとで返せなんて絶対に言わないから、存分に着潰しちゃっていいよ~。 美雪(冬服): んー、それは買ってくれたこの私服だけ……?それとも、罰ゲームで着るための衣装のことも入ってたりするの? 一穂(冬服): えっ……買ったのは、普通の服でしょ? 菜央(冬服): 甘いわよ、一穂。魅音さんが買った中には、ちょっと公衆の面前では口にできないものが入ってたんだから。 一穂(冬服): え、えぇっ?! ど、どんな衣装を手に入れたのだろう……?今日行った服屋さんは普通のお店だったし、一応常識の範囲内……? 一穂(冬服): (きっとそう……そうだよね!) 無理矢理自分を納得させて、私は再び足元の荷物に視線を落とす。 最初こそ、買う量を遠慮していたのだけど……「買い放題」と聞いて目の色を変えた美雪ちゃんたちについ、引っ張られてしまった。 ただ、これまで着続けていた服がかなりくたびれてきていたので、今回新調できて本当に助かったのも、事実だった。 一穂(冬服): で、でも……お会計でぽんっ、てお札の束を出すところなんて私、初めて見たよ。魅音さんって、あんなにお金を持ってたんだ……。 魅音(冬服): ん? あっはっはっはっ、違う違う。いくらなんでも、あれほどのお金を普段は持ち歩いたりしていないよ。 詩音(冬服): 種明かしをしますよ……あれって、お店から提供された広告費なんですよ。 レナ(冬服): はぅ……?それって、どういうことかな? かな? 詩音(冬服): まぁ、早い話が今日の私たちって、あのお店の客寄せパンダだったんですよ。 美雪(冬服): うん、わからない。詳細な説明プリーズ! 詩音(冬服): 実を言うと、今日行った洋服店の経営者は園崎家の親族だったんです。 詩音(冬服): で、開店からしばらくたったんですが……最初のセール以降、客足はもちろんのこと売上が厳しいとのことでして。 魅音(冬服): 『魅音ちゃん、なんとかなりゃせんかね』って頼まれちゃってね……お店のメインターゲットが私くらいの年齢層っていうから、余計にさ。 レナ(冬服): あははは。ほんとに魅ぃちゃんって、いろんな人から頼りにされてるんだね。 魅音(冬服): いやぁ……頼るにしても、もっと他に相談先があると思うんだけど。 詩音(冬服): それで、お姉からその話を聞かされた時に一穂さんたちのことを思いだしたんですよ。 レナ(冬服): そっか……一穂ちゃんたちはあんまり服を持っていないから、どこかに安い店はないかって少し前にもレナたちに相談していたもんね。 魅音(冬服): ってわけで、一石二鳥の客寄せパンダ作戦を思いついたってわけなんだよ。 一穂(冬服): ……? えっと、ごめんなさい。どうして私たちが服を持っていないことと、客寄せパンダが結びつくのかな……? 魅音(冬服): その説明の前に……今日行った店の区画って、メインの大通りからどんな位置にあったのか覚えている? 美雪(冬服): んー……ちょっと大通りから外れてるっていうか、目立たない場所にあったよね。 詩音(冬服): そういうことです。ですから、通りすがりの人に興味を持ってもらえる演出が必要だったんですよ。 詩音(冬服): お店に女の子が大勢で訪れて、わいわい楽しそうに服を選んで大量に買っていく……。 詩音(冬服): 多少賑わっているところをアピールすれば、他のお客さんも来るんじゃないかってわけです。 菜央(冬服): なるほど……お客さんが入ってるって様子を見せるだけで、繁盛してる人気店だって思わせることができるもんね。 レナ(冬服): はぅ……だから魅ぃちゃんたちは、「長居しても平気、むしろ時間をかけて」って言っていたんだね~。 詩音(冬服): えぇ。新しいお店ってお客さんの姿が少ないと、なんか入りづらいじゃないですか。 美雪(冬服): あー、それはわかる。「入った途端店員さんに声をかけられるかも?」って思うと、なんか身構えちゃうよね。 菜央(冬服): あら、そうかしら?あたしはむしろ、服のいろんなお話が聞けてすごくありがたいって思うほうなんだけど。 レナ(冬服): あははは。その辺りの感覚って、個人差が大きいよね。 魅音(冬服): でも、作戦は成功だと思うよ。実際、私たちが服を見ている横でお客さんが入れ替わり立ち替わりで入ってきたしね。 詩音(冬服): レナさんと菜央さんは「かぁいい~」とか「お持ち帰りぃ~」とか連呼して目立っていて、美雪さんの笑い声はよく通りますからねー。 美雪(冬服): おぅ、それって遠回しに「私は声がでかい」って言われてる……?なんかちょっと傷つくなぁ。 レナ(冬服): は、はぅ……声が大きいのと、声が通るのは違うんじゃないかな……かな? 魅音(冬服): でも、今回はいい効果に働いていたよ。それに加えて、今回のお客さんが友人や知人にいい店があったよ、って広めてくれれば……。 一穂(冬服): 口コミでまた、新しいお客さんが増えるかもってことだね。 詩音(冬服): まぁ、そういうことです。もちろん一穂さんたちが気に入ってくれたら、それはそれで嬉しい限りなんですけどね。 菜央(冬服): すごく良かったわ。あのお店の人たちってセンスがよかったし、切っ掛けさえあれば固定客が増えそうな感じだったもの。 菜央(冬服): 接客態度だけじゃなく、今の人気商品や流行にも詳しかったから……話を聞いてて飽きなかったわ。 菜央(冬服): トップスをどうしようか迷ってるところに、的確なアドバイスもしてくれたし……もしよかったら、また行ってもいいかしら? 魅音(冬服): あっはっはっはっ、もちろん!それを聞いたら、向こうの経営者も喜ぶよ。 魅音(冬服): 店員さんたちも、菜央ちゃんやレナに服をすすめている時は、すごく楽しそうな顔をしていたからねー。私の時は……。 菜央(冬服): 魅音さん……? 美雪(冬服): で……あのさ。聞くのも野暮な話だけど、実際のところはおいくらくらいだったの……? 詩音(冬服): ですから、気にしないでくださいって。そっち方面についての質問は、菜央さん的に言えば「センスがない」ですよ。 美雪(冬服): いや……でも、実は冗談だと思ってたから「この量なら魅音たちもびっくりするかなー」って、ストップを食らう前提で大量買いしちゃったんだよ。 美雪(冬服): それを全部ってのは、さすがに……。 一穂(冬服): う、うん……。 私も、途中までは増えていくレジの金額を目を見張りながら眺めていたんだけど……。 倍速で増えていく金額の大きさに、途中で怖くなって目を反らしてしまったのだ。 詩音(冬服): くすくす……心配しなくても大丈夫ですよ。私たちも結構便乗しちゃいましたし、ここはバイト代の現物支給ってことにしましょう。 美雪(冬服): それを差し引いても、気になるって……!あんな買い方、人生で二度とないだろうしさ。 詩音(冬服): 負担に感じる必要はないんですよ。お店から頼まれてのことなんですから、ね。 詩音(冬服): 効果があるかわからない広告代を払うよりずっと安上がりで効果的だった……それで十分ですよ。 詩音(冬服): だいたい、最初は沙都子たちも一緒に連れて来る予定だったんですからね。だとしたら金額は、今の倍になっていました。 菜央(冬服): 確かに……キッズ服って、意外に高いものが多かったりするものね。 美雪(冬服): いや、キミが言うか菜央。言っちゃ悪いけどキミの買った服、値札を見て私は白目をむきそうになったよ……。 菜央(冬服): だ、だって……!レナちゃんが選んでくれた服だったから、どうしても手放せなくて……! 詩音(冬服): まぁ、沙都子たちにはお土産にケーキをたくさん買ってきましたので、それで手打ちにしてもらいましょう。 レナ(冬服): はぅ……でも、見てみたかったなぁ~。梨花ちゃんと沙都子ちゃんと羽入ちゃんに、レナが選んだ服を菜央ちゃんみたいに……。 レナ(冬服): は……はうぅぅぅ~っっ! そう言ってレナさんは、恍惚とした顔ではぅはぅと悶えながら、くるくると回ってみせる。 彼女は買い物中、菜央ちゃんをモデルにして着せ替えを延々と繰り返していたけれど……。 一穂(冬服): (……まだ足りなかったのかな) あの3人がいたら、まだ私たちは穀倉の洋服店にいたことだろう。……ついでに、買う量も増えていたと思う。 詩音(冬服): ……レナさんの手にかかったら、棚どころか店の商品がまるごとなくなっていたかもしれませんねー。 一穂(冬服): あ、あははは……。 詩音(冬服): ま、そんなわけで。店を楽しんでほしかった、ってな理由で美雪さんたちに事前説明をしなかった迷惑料だと思って、遠慮なく受け取ってください。 美雪(冬服): んー……そっか。それじゃ、ありがたくいただくよ! 一穂(冬服): (い、いいのかな……?) 美雪ちゃんは納得できたみたいだけど、私はまだ上手に受け入れることができない。 そんな困惑の思いから落ち着かなくて、ふいに駅の方へと目を向けて――。 一穂(冬服): ……っ……? ……嫌な感覚。反射的に周囲を見渡したが、そこにはいつも通りの喧噪があるばかりだ。 美雪(冬服): んー、どしたの一穂? 一穂(冬服): う……ううん、なんでもない。 視線のようなものを感じた気がするんだけど、気のせいだろうか。 まぁ、こんなに大荷物の集団がいたら気になって思わず目を向ける人がいても不思議ではないだろう……。 美雪(冬服): いやー、それにしてえも札束をドン、って感じに支払うのは、なかなか爽快な光景だったね! 詩音(冬服): やっぱりお金は使う時はパーッと使うべきですよ。ねっ、お姉? 魅音(冬服): …………。 詩音(冬服): あの……お姉。大丈夫ですか? 魅音(冬服): ……えっ? レナ(冬服): どうしたの?もしかして、魅ぃちゃんも疲れちゃった? 魅音(冬服): あ……ああ、ごめん。ちょっと考えごとしちゃってさ。 そう口にした魅音さんは、少し浮かない顔で……なんとなく不服そうにも見えた。 一穂(冬服): えっと……魅音さん。何か、買い物中に気になることでもあったの? 魅音(冬服): あ、いや、なんかね……。 魅音(冬服): 思い返すとレナと詩音、菜央ちゃんは女の子っぽいお洒落な服をすすめられることが多かったのに……。 魅音(冬服): 私はどっちかっていうとアクティブ系重視の服ばっかりだったなー、って考えちゃってさ。 菜央(冬服): 確かに……魅音さんには、あたしたちとは別の店員さんがついてたわね。買った服って、どんなものだったの? 詩音(冬服): だいたいいつもの、こういうスタイルですよ。 そう言って詩音さんは、今の魅音さんが着ている服装を指し示す。 菜央(冬服): 活動的な感じってことね。……ということは魅音さん、今回はかわいい系の服が欲しかったの? 魅音(冬服): うっ! いや、えっと……まぁ、うん。 菜央(冬服): 店員さんに、それを伝えた? 詩音(冬服): いえ、お姉と一緒にいたのは店長……つまりは親戚ですからね。 美雪(冬服): あー、なるほど。普段の魅音を知ってるってわけだ。 魅音(冬服): うん……だから、なんか言いづらくて『いつもの』に落ち着いちゃってさ。 魅音(冬服): まぁ、私にかわいいのをすすめるのはなんか違うってことなんだろうけど……。 レナ(冬服): ……そんなこと、ないよ。魅ぃちゃんはとってもかぁいいんだし、かぁいい服もきっと似合うと思うな。 魅音(冬服): ありがと、レナ。お世辞だとしても、その気持ちが嬉しいよ。 レナ(冬服): はぅ……レナは、本当のことしか言っていないんだけど……。 美雪(冬服): んー、つまり……魅音が持ってる生来のかわいさと、着てみたい服のかわいさが違うってことじゃない? 菜央(冬服): だったら、そういう気持ちを意識したり意思表示するべきよ。かわいい自分になってみたいんでしょ? 菜央(冬服): 似合う似合わないの問題って頭から否定し続けてると、本当に自分から削り落とされちゃうものなんだから。 美雪(冬服): そうそう。そんなこと言ったら、私なんて男に間違えられてメンズ服を見せられたよ? 買ったけどさ。 一穂(冬服): 美雪ちゃん……あれ、買ったんだ。 美雪(冬服): サイズ合ってたし、丈夫そうだったからねー。 菜央(冬服): 美雪……あんたもちょっとは実用性よりお洒落重視で選んでみなさいよ。 菜央(冬服): 着る服を変えれば、見える景色も変わって見えるものだってあたしのお母さんも言ってたんだから。 魅音(冬服): ……。じゃあ、レナみたいな服で街を歩けば私も、見える景色が変わったりするのかな……? 菜央(冬服): えっ……? 魅音(冬服): っ……い、いや別にっ?この服はこの服で、気に入ってはいるけど……。 なんてわざとらしく言い訳する魅音さんに、全員の視線が集中する。そして、 詩音(冬服): ……じゃあ、着てみたらどうです? 私たちが言いたくても言えなかったことを、詩音さんがはっきり言葉にしてくれた。 魅音(冬服): 着てみたらって……どういうこと? 詩音(冬服): そんなの、決まっているじゃないですか。あとはお姉の覚悟と、実践あるのみですよ。 魅音(冬服): か、覚悟……? Part 2: 詩音(冬服): だから、実際に着てみればいいんですよ。……たとえば、レナさんの服とかをね。 魅音(冬服): へっ……?! 詩音(冬服): つまりお姉は、レナさんみたいな服が着たい。だったら、貸してもらえばいいじゃないですか。 詩音(冬服): 下手に似合う、似合わないとかを考えて服選びをするより、ずっと手っ取り早いですよ。 魅音(冬服): えぇっ?そ、それはさすがにレナに悪い……。 レナ(冬服): レナは異議なーし、だよっ! 驚いて言い淀む魅音さんの言葉を遮って、レナさんは嬉々とした笑顔で手を上げる。 そして、困惑いっぱいの魅音さんの両手を握り、きらきらと目を輝かせながら迫っていった。 レナ(冬服): それじゃ早速、レナの家に来る?魅ぃちゃんはどんな服が似合うかな、かな~? レナ(冬服): ……あっ、そういえばこの後魅ぃちゃんの家に梨花ちゃんたちが来ることになっているんだよね? レナ(冬服): みんなで、穀倉のお土産のケーキを食べてから、その後すぐにレナの家に……?それとも、レナだけが急いで帰って……? 魅音(冬服): ちょ、ちょっとレナ、落ち着いて!ブレイク、ストップ! ティルトウェイトっ! ぐいぐいと距離を詰めるレナさんを、慌てて押し返そうとする魅音さん。……けど、明らかにレナさんに押し負けていた。 一穂(冬服): (『かぁいい』に興味を示した魅音さんを「絶対に逃すものか!」という気迫をレナさんの全身から感じる……!) ここでもし仲裁に入りでもしたら、すぐさまレナパンの餌食になって昇天間違いなしだろう……。 だから、私たちは近づかない。その代わりに心の中で手を合わせて、拝む。……何の役にも立たないけれど。 詩音(冬服): では、まずはレナさんの家に寄ってから園崎家に向かうよう、葛西に頼んでみましょう。 レナ(冬服): あはははは、了解! 30秒で支度するね! 魅音(冬服): おーい……2人とも、おじさんを置いてけぼりにしないでよぉ……。 美雪(冬服): ……諦めな、魅音。 そう言って美雪ちゃんが、肩をぽん、と叩きながら短く切り捨てる。 冷たい……でも、どうしようもない。ここで口を挟んだとして、詩音さんはともかくレナさんを翻意させるなど、絶対に不可能だ。 菜央(冬服): そういえば……梨花たちってどうして、今日はお買い物に付き合えなかったのかしら?何か用事がある、とは聞いたけど。 詩音(冬服): 沙都子たちが今住んでいる家を、修繕することになりましてね。今日はあいにく大工さんとの修理相談の日だったんです。 一穂(冬服): ……そういえば、かなり痛んでて雨漏りがするって先週も言ってたしね。 梨花ちゃんたちが住んでいる場所は、家というよりもプレハブ小屋だ。近いうちに立て直しの話もあるという。 詩音(冬服): まぁ、近いうちに同じような計画を立てて……今度はあの子たちの服を買いに行きましょう。 レナ(冬服): はぅ~! だったら梨花ちゃんと沙都子ちゃんと羽入ちゃんと菜央ちゃんと美雪ちゃんと一穂ちゃんと詩ぃちゃんにもレナの服を着せたいよ~! 一穂(冬服): えっ……ぜ、全員に着せるつもりなの?! 魅音(冬服): ってか、その言い方だと私が着ることはもう決定済みっ?! 美雪(冬服): あー……えっと……。 どんどんテンションをあげていくレナさん。……が、それを見ていた美雪ちゃんが、何かに気づいたように複雑な表情を浮かべた。 菜央(冬服): どうしたのよ、美雪。まさかレナちゃんの服を着るのが嫌だなんて、宝物をドブに捨てるようなことを言ったりしないわよね? 美雪(冬服): キミは着る気満々だね……いや私はともかくとして、魅音の場合は物理的に大丈夫? レナ(冬服): ……はぅ? 美雪(冬服): レナより、魅音の方が身長が高いし……ごにょっ、だし。 一穂(冬服): (「ごにょっ」ってごまかしたけど、今「おっぱい大きい」って言わなかった……?) 美雪(冬服): 冷静に体形だけを見て……レナの服で、そのまま魅音が着られるヤツってあるの? 一穂(冬服): 確かに。レナさんにちょうどいいワンピースだと、魅音さんだと凄いミニスカートになっちゃうかもね。 詩音(冬服): いいじゃないですか!ガッツリ生足を見せていきましょうよ! 魅音(冬服): あんた、他人事だと思って……! 菜央(冬服): でも……そのままだと難しそうね。 詩音(冬服): その点なら、心配無用です。私たちには腕のいい小さなデザイナーさんが仲間にいるじゃないですか。 菜央(冬服): 小さなデザイナーって……ひょっとしてあたしのこと? 詩音(冬服): ほかに誰がいるんです? 一穂(冬服): えっ……ど、どういうことなの? 菜央(冬服): つまり、あたしがレナちゃんの持ってる服と似たデザインのものを、魅音さんのサイズで作るってこと……? 魅音(冬服): えっ、つまりペアルックってこと?!それはさすがに、レナだって……! レナ(冬服): はぅぅ~! そんなの断る理由なんて全然ないよ~! レナ(冬服): 魅ぃちゃんがお揃いの服を着てくれるなんて、レナはすっごく嬉しいよっ!! 詩音(冬服): ……と、申しておりますが。 魅音(冬服): ううっ……?! 菜央(冬服): レナちゃんが賛成ならやるわ。ただ、あたしからも希望があるんだけど……それを聞いてもらってもいい? 詩音(冬服): えぇ、もちろん。仕立て料金の話ですか?もちろんお支払しますよ、……お姉が。 魅音(冬服): 私?! 菜央(冬服): ううん。材料調達はお願いしたいけど、仕立て料はいらないわ。もう代価は充分すぎるほどもらっちゃってるもの。 そう言って菜央ちゃんは、地面に置いた紙袋を掲げてみせる。 確かにこれだけの量の代金は、私たち3人で3ヶ月間アルバイトをしても到底稼ぐことはできないだろう。 詩音(冬服): デザイン料も……? 菜央(冬服): 既存のものを体型に合わせて、再現するだけだもの。 菜央(冬服): パターン代ならまだしも、それでデザイン料を取るのは大元のデザイナーさんに失礼よ。 詩音(冬服): それも理屈ですね。だとしたら、菜央さんの希望は? 菜央(冬服): あたしもレナちゃんの服を着てみたい!だから、その分の布も準備してっ! 一穂(冬服): えっ?! 菜央(冬服): 魅音さんだけ、レナちゃんとお揃いの服なんて羨ましすぎるわ! 菜央(冬服): あたしも着たい!レナちゃんとお揃いがいいっ!! くわっ! と目を見開いて断言する菜央ちゃん。……申し訳ないけど、なんかコワい。 レナ(冬服): はぅ……菜央ちゃんも、レナとお揃いの服がいいの? 菜央(冬服): イエス、オフコースっ!!レナちゃんとお揃い、最ッッ高っっ!! レナ(冬服): …………。 菜央ちゃんがおかしな英語と言葉を並べると、レナさんはすっと無表情になって……。 レナ(冬服): か、か……かぁいいよぉ……!おぉおぉっ……おおぉ持ち帰りいいぃぃぃ!! 次の瞬間、速攻でほにゃわわぁぁあん、とその表情が崩れていった……?! 一穂(冬服): ちょっ、……レナさん、落ち着いてっ!顔がすごいことになってる、とても知らない人に見せられないくらいに崩れちゃってるよ?! レナ(冬服): だってだって、魅ぃちゃんと菜央ちゃんがレナの着てほしい服を着てくれるんだよ?! 美雪(冬服): おぅ……レナの着てほしい服じゃなくて、レナの服を着るの間違いじゃない? 一穂(冬服): (ちょっと単語を変えるだけで、全然意味が変わっちゃう……!) レナ(冬服): あっ、そうだ!だったらレナも、魅ぃちゃんのお洋服を着てみたいかな……かなっ! 魅音(冬服): えっ……? 菜央(冬服): 大丈夫、任せて!その服も、あたしがなんとかしてみせるわ! レナ(冬服): は……はぅはぅ、はぅぅううぅぅっ!ありがとう菜央ちゃん、とっても嬉しいよぉぉ~♪ 美雪(冬服): こ……これは思わぬ展開になってきたねー。 詩音(冬服): 面白くなってきましたね~。くすくす! 魅音(冬服): ひ、他人事だと思ってのんきなことを……! Part 3: 菜央ちゃんの衣装製作が決まったその日の夜から、私と美雪ちゃんは助手として彼女の作業を手伝うことになった。 …………。 いや、正確には「手伝う」なんて生易しいものではなく……「使い倒された」という表現が正しいかもしれない。 菜央(冬服): ……一穂、そっちの布を押さえてて。しわ寄せしないで、きっちりぴったりとね。 菜央(冬服): 美雪、この線に沿って布を切って。はみ出しは外側2mmまでで、正確に。 怒鳴ったりもせず落ち着いた口調でてきぱきと指示を出す菜央ちゃんは、まるで本物のデザイナーさんのようで……。 だからこそ逆に、私たちも手を抜くことはもちろんのこと……息をつく間もないほど張りつめた空気の中で動き続けていた。 ……そして、菜央ちゃんはすごい集中力によってレナさんの服を参考に、「パターン」と呼ばれる服の型紙を速攻で作成。 みるみるうちに布の山が、2人分の衣装に変わっていく様子を間近で見られたのは結構貴重な体験だった。 …………。 ただ、申し訳ないけど1度だけで十分。……というか、もういいです。 やり遂げた顔で朝日を浴びて輝く菜央ちゃんの笑顔を憔悴の目で見つめながら、私と美雪ちゃんは顔を見合わせ、そっと呟いた。 『普通にアルバイトをして、服代を稼いだ方がはるかに楽だったんじゃない……?』と。 そして――。 詩音(冬服): はろろ~ん、連れて来ましたよ~。 魅音(冬服): うぅ……。 一穂(冬服): いらっしゃ……え、えっと……?どうして魅音さんは、詩音さんに襟首を掴まれてるの? 今の魅音さんは、なんだか親猫に首元を咥えられた子猫みたいだ。動きたいけど動けない、みたいなところがよく似ている。 詩音(冬服): いえ、ね。お姉ってば、この期に及んでビビっちゃったみたいなんですよ。で、目を離したスキに逃げようとして……。 魅音(冬服): び……ビビってないって!それに逃げようとしたんじゃなくて、決心のための時間が欲しかったというか……! 魅音(冬服): あと、大勢の前でなれない格好をするのはやっぱり考え直すのもありかな、って……! 美雪(冬服): ……つまり、駄々をこねてて遅くなったんだね。残念だけど、もう他のみんなは揃ってるよ。 詩音(冬服): ほらお姉、行きますよ。 魅音(冬服): あーもう! わかったってば! 魅音(冬服): 念のためにひとつ確認だけど、全員の前で脱げとか言わないよね?着替える部屋はちゃんとあるよね? 美雪(冬服): んなこと言うわけないでしょ……。完全に趣旨変わっちゃってるじゃんか。 一穂(冬服): とりあえず、私が寝泊まりする2階の部屋で着替えてから、リビングでみんなの前でお披露目をしてもらう予定だよ。 美雪(冬服): なんなら詩音と、2階までエスコートしてあげようか?逃げないように監視、ともいうけどさ。 魅音(冬服): あー、いいってもう。こうなったらひとりでちゃんと行くし、逃げたりなんかしないってば……。 詩音(冬服): そうしてください。はー、重かった。腕だけで支えるの、結構重労働でしたよ。 魅音(冬服): 余計なこと言わなくていいっ! レナ(冬服): はぅ~、魅ぃちゃんだっ。 沙都子(冬服): あらあら、主役のご登場ですわね。 羽入(冬服): 待っていましたのです、あぅあぅあぅ! 梨花(冬服): わー、ぱちぱち☆ 魅音(冬服): ……。その前にさぁ……っ! やんややんやと大喝采で迎えられる中、魅音さんは憤怒いっぱいの表情で梨花ちゃんに狙いを定めると大股で近づいて行った。 魅音(冬服): りぃぃかぁぁちゃあぁぁん……昨日の回覧板、あれどういうこと?! 美雪(冬服): あぁ、あの回覧板?『明日14時から、前原屋敷にて園崎魅音さんの新衣装お披露目会を開催!』って書かれてたね。 回覧板の発信者は、梨花ちゃん。そして知らない人の連名になっていた。 文面はともかく、内容は私たちしか知らないことが書かれていたので、指示したのはおそらく梨花ちゃんだろう。 そして、当の回覧がこの家に届く頃には『見ました』のハンコが数多く押されていて……。 梨花(冬服): ……。にぱー☆ 魅音(冬服): 答えになってなぁぁい! 羽入(冬服): あ、あぅあぅ……!梨花はその、えっとえっと……。 羽入(冬服): 魅音が新しいことに挑戦する姿勢を、#p雛見沢#sひなみざわ#rのみんなにも見てもらいたいと思っただけなのですよ! 沙都子(冬服): ……「だけ」というわりには、回覧板を出すように電話をしていた梨花はずいぶん楽しそうにしていましたわね……? 羽入(冬服): あ、あぅあぅあぅ~~!! レナ(冬服): あははは。あれはびっくりしたよ~!まさか、村全体のイベントになるなんて……。 魅音(冬服): いや、ならないからねっ?寸前で阻止したからッッ! 美雪(冬服): ……あー、だから夕方に『誤報だから、絶対集まらないように』ってすごい勢いで超特急の回覧板が来たんだ。 一穂(冬服): ……回覧板に、超特急便があるなんて今まで知らなかったよ。 沙都子(冬服): いえ……私の知る限り、超特急の回覧板なんて昨日の「アレ」が初めてでしてよ。 梨花(冬服): みー。回覧というより、家を一軒一軒回って開催が行われないということを直接口頭で知らせた上で、ハンコを押させていたのですよ。 一穂(冬服): あ、うん……知らない男の人が押し売りみたいに内容確認を求めてきて、ちょっと怖かったね……。 詩音(冬服): なるほど……うちの若い衆に臨時招集がかかったのは、そのためですか。 詩音(冬服): ダメですよお姉、そういうことをしては。公私混同が過ぎて、お偉方に睨まれても知りませんからね。 魅音(冬服): いつも葛西さんをアシに使っているあんたにだけは、言われたくないよ!! 梨花(冬服): みー、残念なのです。村のみんなにも魅ぃの晴れ姿を披露して、楽しんでもらいたかったのですよ。 魅音(冬服): 楽しませる意図が悪意に満ちているってのッ!! レナ(冬服): はぅ~っ! そういえばレナ、梨花ちゃんに言われてお赤飯とおはぎを作ってきたんだよ! そう言ってパカッと開けられたお重には鮮やかでツヤツヤしたお赤飯と、まんまるのおはぎが詰まっていた。 魅音(冬服): なんでおはぎっ?なんでお赤飯が必要っ?! 一穂(冬服): わぁ、おいしそう……食べてもいい? 美雪(冬服): いや、一穂……さっきお昼食べたじゃんか。 一穂(冬服): でも、おいしそうだし……。 レナ(冬服): はい、お箸あるよ。味見をどうぞっ。 一穂(冬服): わぁ、ありがとう!はむはむ……お、おいし~♪ 羽入(冬服): はむ……んっ、……あぅあぅ、甘くてとろけそうなのですよ~。 美雪(冬服): ……2人とも、すんごい幸せそうな顔して食べてるねー。 魅音(冬服): クッ……半殺しのおはぎ……!腕を上げたね、レナ。 一穂(冬服): はぅ~、魅ぃちゃんのお披露目が楽しみで楽しみで、つい頑張っちゃったんだ♪ 梨花(冬服): みー。お披露目会に相応しいおいしいおやつなのですよ。 魅音(冬服): だから、お披露目会みたいな大げさなものじゃないって言っているのに……! 詩音(冬服): くすくす……この半殺しのおはぎは、恥ずかしさでのたうちまわるお姉の未来を暗示しているみたいですね。 魅音(冬服): あ、あんたを半殺しにしてやろうか?! 美雪(冬服): あのさ、さっきからちょいちょいって出てるけど……「半殺し」、ってなに? 梨花(冬服): 粒あんのことなのですよ。こしあんだと「皆殺し」なのです。 美雪(冬服): へー、そんな呼び方があるんだ。別の意味と間違えそうになったよ。 沙都子(冬服): をーっほっほっほっ!確かに言葉だけですと、物騒ですものねぇ。 一穂(冬服): うん……勘違いすると、すごく怖いよね。 と、その時。トントンと階段の上から小さくて軽快な足音が響いて、菜央ちゃんがひょこっ、と姿を現した。 菜央(冬服): あら、みんな揃ったみたいね。 レナ(冬服): あ、菜央ちゃん! 準備できた? 菜央(冬服): えぇ、もちろんよ……ってあんたたち、なんで食べてるの? 羽入(冬服): むぐ……っ。 一穂(冬服): もぐ……。 菜央(冬服): まぁ、一穂と羽入なら別にいいかしら。服を着るわけじゃないしね。 一穂(冬服): そ、そうだよねっ! 美雪(冬服): こらこら、免罪符を得たみたいなお顔で新しいのに手を伸ばさない。 レナ(冬服): はぅ~っ、魅ぃちゃんがレナと同じ服を着るなんて……!なんだか、ドキドキしちゃうね。 詩音(冬服): 菜央先生、お願いしますっ。 菜央(冬服): せっ……? ん、んんっ。じゃあ、3人一斉に着替えましょうか。魅音さんとレナちゃん、上にどうぞ。 レナ(冬服): はーい 詩音(冬服): お姉、逃げないでくださいねー。 魅音(冬服): わ、わかってるよ! 菜央ちゃんに続く形で、2人が2階へと上がっていく。 それを見送ってから私たちは、なんとなく落ち着かない気分を抱えながらそれぞれに顔を見合わせた。 詩音(冬服): 着替えるにしても、慣れない衣装ですから少し時間もかかっちゃいそうですしね。 梨花(冬服): みー。座して待つのですよ。 待っている私たちに、できることは何もない。というわけで、気兼ねなくお喋りと同時におやつタイムを楽しんでいた。 一穂(冬服): レナさんの持ってきてくれたお赤飯、とってもおいしいねぇ。 羽入(冬服): きっとレナの優しい気持ちが、たっぷりと込められているからなのですよ。あぅあぅ、おはぎもおいしいのです~。 沙都子(冬服): ……とはいえ、このままではレナさんのお気持ちをこの2人だけでたいらげてしまいそうな勢いですわ。 梨花(冬服): ……みー。ほどほどにしておかないとあとで魅ぃと菜央が悔しがるのですよ。 美雪(冬服): そうだよー。特に菜央が知ったら、ハサミ持って追い回しかねないよ? 一穂(冬服): うっ?!じゃ、じゃあこの辺りでやめておこうかな……。 羽入(冬服): あ、あぅあぅ。そうするのです……。 沙都子(冬服): とか言いながらまだ名残惜しそうな目で見つめておられますわね……っ、と? レナ(冬服): お待たせ~っ! 真っ先に2階から姿を表したのは、レナさん。そのあとに、満足そうな菜央ちゃんがお付きのメイドさんのようにしずしずと追いかけている。 レナさんの姿は黄色いシャツにズボン……夏によく魅音さんが来ている服装だった。 美雪(冬服): おぅ、ぴったりじゃんか。でもそれって、菜央が作ったんじゃなくて魅音の夏服を菜央が調節したんだよね? レナ(冬服): うん! 菜央ちゃんって、すごいんだよ!魅ぃちゃんの服を安全ピンで調節して、レナにぴったりのサイズにしてくれたのっ! 菜央(冬服): ただ、動いてるうちに緩くなってくるかもしれないから……その場合は遠慮なく言ってね? レナ(冬服): うんっ! でも、大丈夫だと思うよ♪ いつもと違う服装でテンションが上がっているのか、満面の笑みでレナさんがくるりと一回転する。 腰に巻いたシャツの袖が、その動きを追うように円を描いていた。 レナ(冬服): はぅ~っ、どうかな?レナに似合っているかな? かな? 詩音(冬服): ええ、とっても。見慣れたお姉の服ですけど、レナさんが着ると雰囲気が変わりますね。 沙都子(冬服): 思った以上に違和感がありませんわね。ピクニックに行くからこの服にしたと言われても、素直に納得してしまいそうですわ。 梨花(冬服): みー、沙都子の言う通りなのです。とても似合っているのですよ、レナ。 レナ(冬服): はぅ~、ありがとう~! 一穂(冬服): ……あれ?菜央ちゃんは、着替えてないの? 菜央(冬服): えぇ。2人の仕上げが先だもの。 梨花(冬服): そういえば、魅ぃはまだなのですか? 詩音(冬服): くっくっくっ……きっとビビっているんですよ。 魅音(冬服): びっ、ビビってないって! どうやら会話が聞こえてたようで、階段の上から声だけが返ってきた。 詩音(冬服): はいはい、勇気が出ないんですね。ちょっと待っててください、今から私が引っこ抜きに行きますので。 そう言いながら、詩音さんが苦笑まじりに2階への階段を登っていく。 ……ほどなく2階から、「げっ?」「ちょっ……!」といった魅音さんの悲鳴のような声が聞こえてきた。 羽入(冬服): あぅあぅ……扱いがまるで、地中に埋まった大根なのですよ。 美雪(冬服): んー、「大根役者」ってそういうところから意味が来てたりするのかな? 沙都子(冬服): ……絶対違うと思いますわ。 詩音(冬服): はーい、じゃあそっちに行きますね~。 梨花(冬服): わー、ぱちぱちぱちー☆。 沙都子(冬服): すっかり観客の気分ですわね。 梨花(冬服): 今日はそういう日なので、全力で楽しむといいのですよ。 美雪(冬服): 全力の結果、梨花ちゃんは村中を巻きこもうとしたってわけだね……。 羽入(冬服): あぅあぅ、巻き込む規模をもう少し考えてほしいのですよー。 一穂(冬服): それはうん、そうだね……。 Part 4: なんて話を私たちがしていると、2階から複数の足音が降りてくる。そして……。 詩音(冬服): はーい、連れてきましたよー。 魅音: お、お待たせ~……。 詩音さんにエスコートされて現れた魅音さんに、みんなが目を見張った。 レナ(冬服): はぅ~、やっぱり魅ぃちゃんかぁいい~!お持ち帰りしたいぃ~っ!! 美雪(冬服): うーん……そんなに恥ずかしがるなんてどんなことになってるのかと思ったけど……普通に似合ってるじゃんか。 沙都子(冬服): えぇ、異論はありませんわね。 羽入(冬服): あぅあぅ! すごいのです!魅音の服が、レナが夏に着ているワンピースとそっくりなのですよ~! 一穂(冬服): えっと……ほんとにこれって、レナさんの服じゃないんだよね? 菜央(冬服): 全体のサイズを見たら、わかるでしょ?近い布を探して、かなり細部まで似せただけよ。 そう、「だけ」と言って謙遜するものの……菜央ちゃんが誇らしげに見えるのも当然だと納得してしまうくらいに、すごい出来だった。 詩音(冬服): ここまで再現できるなんて……菜央さん、さすがですね。 魅音: い、いやぁ……でもコレはちょっと、じゃなくてかなり……照れるね? 詩音(冬服): 何言っているんですか。レナさんの手持ちの服から、これがいいってわざわざ夏服を選んだのはお姉ですよね? 詩音(冬服): だからレナさんも、こんな真冬なのにお姉に合わせて夏服を着てくれているんですよ。照れるってのはさすがに失礼です。 魅音: そ、それはそうだけどさぁ……! じたばたと恥ずかしげに魅音さんが身もだえをしている。……ただ、それでも服は崩れるどころか、安定している様子だ。 菜央(冬服): ……よかった。動いても、問題はなさそうね。 レナ(冬服): はぅ……照れている魅ぃちゃん、とってもかぁいいよぉ……!お、お持ち帰りぃ~~っっ! 美雪(冬服): わー、待てレナ!その格好で連れ出すのはさすげぱぁ?! 一穂(冬服): み、美雪ちゃーん! いつもより速度を増したレナさんの一撃が、慌てて抑えにかかった美雪ちゃんを殴り飛ばす。 き、危険すぎる……!今のレナさんは、まさに動く核弾頭だ……?! 魅音: そ、それにしてもさ……もうちょっとくらい、この裾をキュッと絞ってもいいんじゃないかな……? 菜央(冬服): え? どういう意味? 魅音: その……足が、スースーする……。 菜央(冬服): それは調整じゃなくて、服のデザインを変えるってこと?却下、今回の趣旨に反するもの。 魅音: う、……ぅうっ……! そう言われて魅音さんはちょっと涙目で、せめてもの抵抗とばかりにスカートの丈をぐいぐいと引っ張る。 少しでも、自力で調整という魂胆だろう。……ただ正直、あまり意味がない気がする。 詩音(冬服): くすくす……あっはっはっはっ!すみません、もう私、我慢できないですー!! 魅音: ちょっ……詩音、笑いすぎ!そこまで笑わなくてもいいでしょー?! 詩音(冬服): だってその服、体操服のブルマよりも足が出ていないのにスースーするって……下手な言い訳にもほどがありますよ! レナ(冬服): は、はぅ……お、おも……。 魅音: お持ち帰り不可! レナ(冬服): ……はぅ。 釘を刺されて、しょぼんと落ち込むレナさん。……とはいえ、今の彼女はそれくらい勢いを削いでおいた方がいい気がする。 美雪(冬服): ……ぶはっ? あー、死ぬかと思った。 梨花(冬服): お帰りなさいなのですよ、美雪。 沙都子(冬服): 大丈夫ですの? 美雪(冬服): うんまぁ、なんとか……しっかし、なんか不思議な光景だよね。ただ服を入れ替えただけなのにさ。 美雪(冬服): 特に、レナは魅音の服を着ても自然にかわいい感じがするよね。なんでだろ……? 梨花(冬服): みー。レナは何を着ても、レナのままだからだと思うのですよ。 沙都子(冬服): 逆に今の魅音さんは、いつもよりレナさんに近いと申しますか……女の子っぽい気がしますわ。 羽入(冬服): あぅあぅ、とってもかわいいのですよ! 梨花(冬服): 沙都子の言う通り……着ている服につられているのかもなのですよ。 一穂(冬服): 服につられる……それ、どういうこと? 美雪(冬服): 立ち居振る舞いがいつもと違う……?まぁ、あのスカートだと大股では歩けないから普段と動きが違ってくるのかもねー。 羽入(冬服): あぅ、そういう意味ではないと思うのですが……。 菜央(冬服): でも、あたしがこの前に言ったでしょ?着る服が変わると、景色が変わるって。 梨花(冬服): みー……確かに。今の魅音には、今までとは少し違う景色が見えているのかもしれないのですよ。 梨花(冬服): ボクと魅ぃの付き合いは長いのですが、違う服を着てみたいと言い出したのは初めてのような気がするのです。 梨花(冬服): その気持ちの変化を素直に口にしたことは、魅ぃにとってよいことと思うのですよ。 一穂(冬服): ……だから、村のみんなに見せようとしたの? 梨花(冬服): でも、失敗してしまったのです。往生際の悪さは今後の課題なのですよ。 沙都子(冬服): 梨花……魅音さんに一足飛びで変化を求めるのは、少しばかり無理がありましてよ。 美雪(冬服): あー、大丈夫。一歩勇気を出せたなら、次を踏み出すのもすぐだって! 羽入(冬服): あぅあぅ、これを切っ掛けに魅音の服の幅が増えるかもなのですよ。 一穂(冬服): そうだね……。 美雪ちゃんたちの言葉を受けて、私は改めて魅音さんを見る。 みんなの言う通り、魅音さんは詩音さんにからかわれながらも、レナさんに褒められて嬉しそうな顔をしていた。 一穂(冬服): (……きっと、魅音さんにとってのレナさんって女の子らしさの理想みたいなものなんだろうね) もしかしたら、いつか自分もあんな服を着てみたいと思っていたのかもしれない。 そして、念願が叶った今……レナさんに大絶賛をされている。 一穂(冬服): (嬉しくないわけ……ないよね) 菜央(冬服): …………。 そして、微笑ましく3人のやりとりを見守る菜央ちゃんも、どこか満足そうだ。 彼女にとって服は、必需品以上の価値がある大切なものだ。 自分の作った服で、魅音さんが正直になるためのきっかけを作れたことがきっと誇らしいのだろう。 いいことづくめだなぁ……そう思っていると、美雪ちゃんが両手の親指と人差し指でカメラのポーズをとってみせた。 美雪(冬服): せっかくだから、写真を残したいねぇ。菜央、カメラってある? 菜央(冬服): もちろん。富竹さんに借りてあるわ。 詩音(冬服): ……そう思って、せっかくなので例のゲストハウス押さえておきましたよ。 一穂(冬服): えっ……? 詩音(冬服): 今日は、冬とは思えないくらい暖かいですし……短時間なら、その格好でも外で撮影いけますよね? 魅音: は……はぁぁあぁっっ?わざわざ私の写真撮るためだけにゲストハウスを押さえたの、詩音?! 詩音(冬服): くっくっくっ……そりゃせっかくですし、綺麗な写真を残したいじゃないですか。 一穂(冬服): 詩音さんって……ゲストハウスのオーナーさんと仲がいいんだね。 沙都子(冬服): 飼い慣らしているの間違いではありませんの……? 梨花(冬服): みー。詩ぃは#p興宮#sおきのみや#rの影の女帝なのですよ。 詩音(冬服): 梨花ちゃま、私のことを裏番長みたいに言わないでくれます? 梨花(冬服): さっそく撮影会へれっつごー☆ なのですー。 詩音(冬服): あ、ちょっと待ってくださいね、そろそろ葛西が来てくれる頃なので……あ、菜央さんも着替えてくださいね。 菜央(冬服): ……わかったわ。ちょっとドキドキする。 一穂(冬服): 着替え、手伝う? 菜央(冬服): 一人でも大丈夫だけど……でも、そうね。お願い。 そうして菜央ちゃんが無事に着替えを終えた頃、玄関の呼び鈴が鳴って……。 葛西: お待たせいたしました……ん?どうしました、そちらのお嬢さんは。 そちら、と葛西さんが目線を向ける先には、私の背中に力なくおぶさる美雪ちゃん。 彼女は目を回して、「うーん……」と呻きながらぐったりとした様子で気を失っていた。 沙都子(冬服): ……そっとしておいてあげてくださいませ。暴走するレナさんを阻止しようとした結果ですわ。 梨花(冬服): みー、実に勇気ある特攻だったのです。……犬死にとも言えますのですが。 羽入(冬服): あぅあぅ……だ、大丈夫なのですか……? 一穂(冬服): う、うん……しばらく寝かせておけば、また起きてくれると思う……。 詩音(冬服): はーい、そこ。車来たから行きますよ~。 魅音: それじゃ、レナ。菜央ちゃんも、そろそろ出発だよ! レナ&菜央: はーいっ! ……レナさんの顔は、今しがた美雪ちゃんを沈めたとは思えぬほど、幸せそうだった。 葛西さんの車で、私たちは興宮へ移動した。 今回は人数が多かったこともあり、ちょっと大きめの車を用意してくれた葛西さんは本当にいい人だと思う。 詩音(冬服): 葛西、頼んでおいたものは揃えられました? 葛西: はい。全てそれらのバッグに入っていますよ。 詩音(冬服): くすくす……さすがです。頼りにしていますよ。 魅音: ちょっと、詩音。なんか不穏な単語が聞こえたんだけど……なにを頼んだのさ? 詩音(冬服): 単なる撮影機材です。今回はフィルムもたっぷりあるので、好きなだけしっかり撮れますよ。 菜央(冬服): すっ、好きなだけ……?! 羽入(冬服): ひっ……菜央の目つきが変わったのです。 一穂(冬服): 獲物を狙う、猛禽類の目だね……。 葛西: では、詩音さん。私は機材を、ゲストハウスに運んでおきますので。 詩音(冬服): はいはい、よろしくお願いしますね~。 葛西さんが重そうなバッグをいくつも担ぐとスタスタとゲストハウスの中に入っていく。 詩音(冬服): お姉、せっかくですし化粧でもします?更衣室が使えるか、聞いてきますね。 魅音: ちょ……?あんた、どこまで話を大事にする気なのさ?! 梨花(冬服): みー。せっかくなので魅ぃも、とことんまでやってもらうといいのですよ。 園崎姉妹と梨花ちゃんが足早に敷地内に入るのを見ながら、私たちはのんびりとした足取りで彼女たちを追う。 レナ(冬服): はぅ~……撮るよ撮るよ、撮っちゃうよ~~。かぁいい魅ぃちゃんと菜央ちゃんをいっぱい撮って、お持ち帰りいぃ~っ!! 菜央(冬服): えっと……レナちゃんはむしろ撮られる側だと思うんだけど……。 沙都子(冬服): 今日は菜央さんも、被写体側ですわ。撮影は私たちにお任せくださいませ~♪ 梨花(冬服): みー、沙都子。カメラの経験はあるのですか? 沙都子(冬服): そこまではございませんが……たぶんトラップの仕掛けに通ずるところがあると見ましたわ! 沙都子(冬服): きっとなんとかなりましてよ!任せてくださいませ、をーっほっほっほっ! 美雪(冬服): あー、うん。意気込みは買うけど高い機材なんだから、気をつけようね。 菜央(冬服): 失敗したら、カボチャ責めでどうかしら? 沙都子(冬服): ふ、ふわぁぁぁあぁぁっっ?! 悲鳴をあげる沙都子ちゃんを前に苦笑していると、見慣れた人の姿が視界の端に映る。 一穂(冬服): ん……? 道の先をよく観察すると、そこに信号を渡ろうとしている男の子がはっきりと見えた。 一穂(冬服): あ、前原くんだ。前原くーん! 美雪(冬服): え、前原くん……? どこ、どこに? 菜央(冬服): 手を振ってるわ。こっちに気づいたのね。 一穂(冬服): 前原くーん! 私に続いて、2人と一緒に前原くんを追いかけて横断歩道を渡る。 圭一(冬服): よう、どうした三人とも。……ん? 菜央ちゃんのその服って、なんだかレナみたいだな。 菜央(冬服): みたい、じゃなくてレナちゃんの服と同じデザインで作ったのよ。 圭一(冬服): 自分で?! すげぇな、菜央ちゃん。 美雪(冬服): ちょうどよかった。前原くんも時間があるなら、撮影会に参加していくのはどう? 圭一(冬服): 撮影会……? レナ(冬服): 圭一くーん! 私たちと一緒にいる前原くんを見つけたのか、レナさんも笑顔でこちらへ手を振ってくる。 と、その直後――。 突如角から飛び出した白いバンが、私たちとレナさんの間に割り込んだ。 菜央(冬服): レナちゃん?! 一穂(冬服): ひ、轢かれてないよね?! 美雪(冬服): だ、大丈夫。ぶつかった音はしてないし、距離的にも……。 美雪ちゃんの言葉を遮るようにバンは再びアクセルを踏み、ものすごい勢いで走り去っていった。 そして残されたのは……私たちと、少し離れた場所にいた沙都子ちゃんと、羽入ちゃんと……。 ……それだけだった。 菜央(冬服): ……レナちゃん? 暴走車の向こう側に、レナさんの姿はなかった。残されたのは私たちと同様に驚いた顔をした、沙都子ちゃんと羽入ちゃん。 ……2人だけ、だった。 圭一(冬服): お……おい、これはドッキリか?みんな揃って、俺を騙そうってことじゃ……。 美雪(冬服): い、いや違う! これは……! 羽入(冬服): れ、レナが……レナが……! 沙都子(冬服): 連れ去られましたわー??!! Part 5: 詩音(冬服): ……というわけで、葛西から追加情報です。 無線機で連絡を終えた詩音さんが、苛立たしげに頭をガリガリとかきながら舌打ちしそうな表情で口を開いた。 詩音(冬服): どうやら、レナさんはお姉と間違えられて誘拐されたようです。竜宮家の財産目当てじゃなかったんですね。 魅音: ……やっぱり、服装で間違えられたの? 詩音(冬服): えぇ。先日穀倉で買い物をした時、お姉が札束を出したのを見て……金持ちに違いないと思って犯行に及んだそうです。 一穂(冬服): 詩音さんなら、間違えてもわかるけど……どうしてレナさんだったの? 確かに服装は魅音さんだけど、あの時とは違ってたよね? 詩音(冬服): どうも顔じゃなく、お姉の普段の服装を村の誰かから聞いた上で判断したみたいですね。写真を手に入れていれば、違ったんでしょうけど。 圭一(冬服): くっそ……連れ去るなら、もっとちゃんと身元を調べてからにしろってんだ! 美雪(冬服): そういや近所に住んでる刑事のおじさんも、追い詰められた人間はそこ? って場面で凡ミスをするって言ってたなぁ。 沙都子(冬服): そもそも、誘拐なんてマネをしている時点で判断能力が疑わしいことこの上ありませんわ。 梨花(冬服): ……でも、身代金の要求は最初に魅ぃの家へ届いたと聞いたのです。 詩音(冬服): おそらく、お姉と間違われたことを理解したレナさんの判断でしょう。 詩音(冬服): くっ……私がゲストハウスで撮影なんて、余計なことを言い出さなければ……っ! 魅音: それは言わない約束だよ、詩音。 詩音(冬服): いずれにしても、私たちが面子を潰されて仲間に迷惑をかけたって話には変わりません。 詩音(冬服): ……ただではすませませんよ。連中には、この世の地獄を見せてやります……! そういって詩音さんが、ギリギリと歯ぎしりする。……むき出しの歯肉の赤さが生々しく、彼女の恐ろしさを何倍にも増しているように見えた。 美雪(冬服): 待った待った。言葉のあやだとしても、物騒な発言はナシだよ。 一穂(冬服): (言葉のあやでも、冗談でもない気がするのは私の気のせいかな……?) 美雪(冬服): でも、レナのおかげで助かったね。園崎家に連絡が行ったおかげで、最速で反撃の手段が整った。 圭一(冬服): にしても……もっと犯人の情報が欲しいぜ。葛西さん、ほかにも色々と言ってなかったか? 詩音(冬服): ……犯人は、金の受け渡し役以外に3人。 詩音(冬服): 悪質な金融屋に借りた金があって、明日までに元金と利息を返さないと沈められる、と脅されているそうですね。 美雪(冬服): んー、それなら金融屋を使って誘き出すとかはできそう……? 詩音(冬服): 無理ですね。うちのシマじゃない金融屋みたいなので。 美雪(冬服): そうか……違う組織に借りを作るようなマネは、メンツを考えても難しいよね。 美雪(冬服): 穏便に怪我なくことを片付けるには、一番それが確実だったんだけどなぁ。 菜央(冬服): ……何を生ぬるいこと、言ってるの? 低く据わった冷たい声に、その場にいた全員が戦慄を覚える。……それを発したのは、菜央ちゃんだった。 菜央(冬服): 犯人の命なんて、気にしなくてもいいでしょ。他人の命を道具にしようとした時点で、死ぬ覚悟はできてるはずだもの。 菜央(冬服): ……美雪は、やっぱりぬるいのよ。 美雪(冬服): ぬるくて悪いね。けど、陣頭指揮を任されたのは私だ。不服でもなんでも従ってもらうよ。 菜央(冬服): 冗談じゃないわ!いい加減、こんな場所で小田原評定を続けてても仕方がないでしょう?! 美雪(冬服): ……菜央、座って。 菜央(冬服): 嫌よ! もしここでじっとしてる間に、レナちゃんに何かあったら……!! 羽入(冬服): ちょっと、二人とも!言い争っている場合ではないのです! 一穂(冬服): そうだよ!大事なのは、レナさんの安全でしょ!! 私は菜央ちゃんを無理矢理座らせようと腕を伸ばし、そして……。 一穂(冬服): えっ……? 体勢を崩した途端、身を隠していたドラム缶の山にぶつかった。 魅音: えっ、わっ……わわっ! 途端に不安定に揺れ始めた山は抑える間もなく崩れはじめ……。 詩音(冬服): っ……まずい! 凄まじい音とともに崩れ転がったドラム缶たちを前にして、私たちはあっけにとられる間もなかった。 詩音(冬服): 一穂さんっ?! 一穂(冬服): ご、ごめんなさい、ごめんなさい!! 圭一(冬服): まずい、こんな大きな音を立てたら……! 沙都子(冬服): ッ、い、今!工場の中から音がしましたわ?! 美雪(冬服): くっ……こうなったら、一気に決める!全員、突入ッッ! 先頭を切って駆け出した美雪ちゃんにみんなが続く。 と、その瞬間……窓ガラスが次々と音を立てて割られていく――?! 菜央(冬服): っ……レナちゃん?! 沙都子(冬服): 菜央さん、危険ですわ! 梨花(冬服): ――待つのです、菜央ッ! 菜央(冬服): っ、離してよ梨花っ! 梨花(冬服): 静かに!落ち着いて、耳を澄ませるのですよ……。 菜央(冬服): えっ……? 梨花ちゃんの指摘を証明するように、建物の中から悲鳴が響き渡る。でもその声は、とても野太くて……。 沙都子(冬服): 男の人の、悲鳴? 全員で工場に飛びこむと、折り重なった男3人の身体を押さえるようにして――。 レナ: …………。 ゆらり、と幽鬼のようにレナさんが佇んでいた。 手加減はしつつも、強く殴ったのだろう。その足元には頭から血を流した男たちが、力なく呻いている……。 無力化されているのは、明白だった。 魅音: れ、レナ……? レナ: あ、みんなっ! 魅音さんが恐る恐る声をかけると、レナさんの顔がぱっといつもの明るい笑みに変わる。 ただし、顔に飛んだ赤い「何か」はそのままにして……。 レナ: 助けに来てくれたんだね! ありがとう~。 レナ: もしかしてさっきの音、みんながやってくれたの?おかげで犯人の気が逸れて簡単に勝てちゃったよ! 圭一(冬服): 勝てちゃ……った? 大人の男、3人に? 一穂(冬服): さ、3人を1人で……? レナ: うんっ。ちょっと危ないかなって思ったけど、なんとかやっつけることができてよかったよ。 菜央(冬服): ――レナちゃんっ! 呆然と入り口で佇んでいた菜央ちゃんが、はっと我に返ると、涙目でレナさんに飛びつく。 その彼女を、レナさんはふらつきもせずしっかりと……そして優しく抱き止めた。 菜央(冬服): だっ……大丈夫、レナちゃんっ?怪我してない?! レナ: うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。 羽入(冬服): あ、あぅあぅ……本当によかったのですよ。 圭一(冬服): レナ、拘束とかはされていなかったのか? レナ: うん。ちょっと手が痛いんです、って言ったら、緩めてくれたんだ。それでカードさえ扱えたら、負けるわけがないもん。 沙都子(冬服): さ……さすがレナさんですわね。 賞賛する沙都子ちゃんの頬は、引きつっている。「犯人は怖いけど、レナさんはもっと怖い」と顔に書いてあった。 魅音: レナ……怖い目に遭わせて、ごめん! 魅音: 気づいていたたと思うけど、私の格好をしたせいで間違えて連れ去らわれちゃったみたいで……。 レナ: はぅ……やっぱり、そういうことだったんだね。 レナ: でもよかった、連れ去らわれたのが魅ぃちゃんじゃなくて。 魅音: えっ……? レナ: だって、魅ぃちゃんが誘拐されていたら……レナは冷静に対処できる自信がなかったもん。 魅音: レナ……! 目尻に涙を浮かべて、魅音さんがレナさんに抱きつく。 魅音: ごめんね、レナ! ごめんなさい!怖い思いをさせて本当に、本当に……! レナ: 魅ぃちゃんは悪くないよ。……それにレナも平気だから、ね? 自分より背の高い魅音さんの身体を、レナさんは優しく包み込むように抱きしめる。 レナ: ごめんね、心配かけて。……助けに来てくれて、ありがとう。 魅音: ううん……!レナが無事で、本当によかった……! いつもと違う格好をした2人は、しっかりと抱き合う……でも、その心までは変わらない。 ……これまでと同じように仲良しな、魅音さんとレナさんだった。 菜央(冬服): ぎゅぅ……く、苦しい。 ……そして2人の間に挟まれた菜央ちゃんは、4つのおっぱいの間で苦しそうに顔を歪めていた。 けど……まぁ、表情を見る限り大丈夫そうなので、そのままにしておこう。 圭一(冬服): えーっと……これは一件落着、ってことでいいのか? 詩音(冬服): そうですね。あとは犯人たちですが……こっちに任せてもらっていいですか? 沙都子(冬服): 任せてって、どうするんですの? 美雪(冬服): あー、詩音。痛めつけるのはナシだよ? 詩音(冬服): 葛西に突き出してもらうだけです……こいつらが金を借りた、金融屋にね。 羽入(冬服): あ、あぅ……それは警察よりも辛いことになるのではないのですか? 梨花(冬服): みー。どろどろぶくぶくにゃーにゃーなのですよ。 一穂(冬服): 擬音語だけで不穏なんだけど……?! 圭一(冬服): い、いいのか美雪ちゃん? 美雪(冬服): あー、あー。私は知らない、なにも見てない聞いてなーい。 詩音(冬服): おや。美雪さんって、堅物一直線ってわけでもないんですね? 美雪(冬服): ……ノーコメント。とりあえず、犯人を縛り上げておこうか。 圭一(冬服): 絶対逃げられないようにきつめにやっとこうぜ。 沙都子(冬服): お任せくださいませ。私、そういうの得意中の得意でしてよー! 梨花(冬服): みー。ぎゅうぎゅうに縛りつけるのです。ボクたちの怒りを思い知るといいのです。 羽入(冬服): 十分反省してくださいなのです。 詩音(冬服): 反省する機会があるといいですねぇ……くっくっく! 一穂(冬服): (あ、与えないつもりだ……!) Epilogue: やってきた葛西さんは犯人を連れてどこかへ向かい、私たちは別の人の運転で園崎家へと送り届けられた。 レナ: お待たせ。お着替え、終わったよ~。はぁ~、今日は大変な1日だったね。 魅音: だね……やれやれ、おじさん疲れちゃったよ。 そう口にしながらも笑い合う2人は、途中で前原邸に置きっぱなしになっていた冬服を回収し、それに着替えていた。 魅音: やっぱり、いつもの服が落ち着くね。 レナ: はぅ……でも、レナの服を着た魅ぃちゃんはとってもかぁいかったよ? 魅音: ありがと。また機会があったら、着ようかな。せっかく菜央ちゃんに作ってもらったことだしね。 レナ: うんっ! 夏になったら、お揃いでお出かけしようねっ! 魅音: お、お揃いか……出歩くのはちょっと勇気がいるかもなぁ。人に見られるしさ……。 詩音(冬服): まぁ、そんな先のことは置いておいて……とにかく無事に解決して、ホッとしました。 梨花(冬服): みー。最後はレナパワーが炸裂だったのです。 菜央(冬服): 結局あたしたち、なんにもできなかったわね。 美雪(冬服): まぁまぁ、終わりよければ全てよしってことで。 羽入(冬服): そ、そうです。最後に得る結果が大事なのですっ。 沙都子(冬服): にしても、トラップは結局仕掛け損で終わってしまいましたわ。 梨花(冬服): みー。むしろあれがあったからこそ逃げられることを想定せずに動けたのです。 圭一(冬服): 伝家の宝刀、ってやつだな。使うことがなくて、むしろラッキーだったぜ。 沙都子(冬服): ……そうですわね。みなさんが無事でしたらそれに越したことはありませんわ。 美雪(冬服): えーっと……とりあえず場が落ち着いたところでさ。今後事件がどうなるか、一応聞いておきたいんだけど。 魅音: 警察とのやり取りや後始末はこっちでやるよ。だから美雪が作戦開始前に言った通り、騒ぎにしない方向で進めるつもりだよ。 美雪(冬服): ……一応、法に則った手続きがとられるんだよね?だよね? そうだよって言ってくれる? 詩音(冬服): くすくす……もちろんですよ。 詩音(冬服): 余罪が色々と出てきましたし、表沙汰にした方がこちらの理があると判断して、法に則ることにしました。 詩音(冬服): とはいえ、レナさんの誘拐事件は闇に葬ることになるでしょう。マスコミ対応とか厄介ですからね。 詩音(冬服): ってなわけで、その分搾り取れるだけ搾り取ってきますっ!レナさん、楽しみにしててくださいねっ! ……さわやかな笑顔とともに立てられた、詩音さんの親指が怖い。 レナ: ありがとう。でもレナは、お金とかは大丈夫だよ。 ……そして「むしり取る」宣言に、さらりと笑顔で返すレナさんもちょっと怖い。 美雪(冬服): 一応、日本は法治国家だからね。理のあるなしで法に則るかどうか決めるのは……いや、今回は余計な口は出さないでおこう。 沙都子(冬服): すごく葛藤しておられますわね。 美雪(冬服): 言わないで! これでいいのか正直まだ迷ってるんだからさぁ! 菜央(冬服): とっとと諦めなさい。レナちゃんを誘拐した時点で奴らは重罪人よ。どうなろうが知ったことじゃないわ。 詩音(冬服): ま、気持ちとしては私たちの手でさくっと済ませてしまいたいですけどねぇ。 詩音(冬服): それに、レナさんが倒した時点でだいぶ……。 梨花(冬服): みー。にゃーにゃー鳴いていたのですよ。 沙都子(冬服): にゃーにゃーと言うか、うぅ、うぅうっ……って感じでしたわ。 羽入(冬服): あぅあぅ、そうだったのですよ……。 かなり怪我もしている様子だったけれど、菜央ちゃんの言う通り、レナさんを誘拐した時点で同情の余地なんてない人たちだ。 むしろ司法の手に渡しただけでも温情だと思って欲しい……ということにしよう。 圭一(冬服): けどレナ、怖かっただろ?ひとりでよく頑張ったな。すげぇぜ。 魅音: ごめんね、レナ。私のせいで変なことに巻きこんで。 レナ: ううん、魅ぃちゃんはなにも悪くないよ。それにね……。 レナさんは自分の身体をキュッと抱いて、恥ずかしそうに微笑んだ。 レナ: えへへ……あのね、連れ去らわれた時って実はあんまり、怖くなかったんだ。 レナ: 魅ぃちゃんの服を着ていたせいかな?なんだかレナだけしかいないのに、レナだけじゃないみたいな……。 レナ: 魅ぃちゃんが側にいてくれるみたいで、勇気が湧いてきたの。だからレナ、頑張ることができたんだよ。 レナ: ……ありがと、魅ぃちゃん。勇気をレナに、わけてくれて……。 魅音: わ、私はなにもしてないけど……まぁ、力になれたならよかったよ! へへっ、と照れたように笑う魅音さん。ようやく彼女の素の表情が戻った気がして、私は小さく胸をなで下ろした。 レナ: あ、でもせっかく貸してもらった魅ぃちゃんの服、汚しちゃった……ごめんね、魅ぃちゃん。 レナ: 洗って落ちるかな?あの服、ちょっと預からせてもらってもいいかな……かな? 魅音: いや、いいって。それくらいは家で何とかするからさ。 菜央(冬服): 大丈夫よ。あたしが、魅音さんの服を作り直すわ! 魅音: えっ……? レナ: はぅ……ほんとに?ありがとう、菜央ちゃん! 菜央(冬服): 任せて。そのくらい、お安い御用よ。 詩音(冬服): じゃあ、今日できなかった撮影会はどこかでやり直しませんか?衣装交換した写真とかも撮り損ねましたしね。 レナ: うんうん、そうしよう!レナの服を着た魅ぃちゃん、すっごくかぁいかったもん! 詩音(冬服): 馬子にも衣装ってやつでしたからねー。 魅音: ちょ、ちょっとぉ! それどういうこと? 菜央(冬服): れ、レナちゃん。あたしは? あたしは? レナ: もちろん、菜央ちゃんもすっごくかぁいかったよ!撮影会だけじゃなくて、今度お揃いの服を着て2人でお出かけしようね~。 菜央(冬服): ほ、ほわぁ……! レナさんを中心に、温かい空気が流れる。一件落着の安心しきった緩い温度の中で、魅音さんも菜央ちゃんも詩音さんも笑っている。 ……けど。 一穂(冬服): え、えっと……。 部屋の片隅に固まった私たちはどうにも状況を飲み込めずにいた。 美雪(冬服): いいのかな、これで。いや、無事に解決したのはいいけどさ。 美雪(冬服): 菜央、魅音の服を作り直すって言ったけど……それって私たちがまたこき使われる、ってことだよね……。 一穂(冬服): ……次は何日、寝かせてもらえないのかなぁ。あははは……。 沙都子(冬服): え、えっと……一穂さんと美雪さんの背中がすすけておりますわ。 梨花(冬服): どんな時代も、女工は大変なのですよ。 羽入(冬服): あぅあぅ、でも魅音の服を着て犯人たちを鎧袖一触に倒したレナは、その……。 一穂(冬服): レナさんの強さと魅音さんの強さが合わさったって感じがして、あの……。 圭一(冬服): ……正直、ちょっと結構怖かったな。 ぽつり、と誰もが口にしようとしてできなかったことを前原くんが言葉にする。 そして、目を見開いて彼の勇敢さを称える私たちの視線に気づいたのか……自分の発言をごまかすように慌てていった。 圭一(冬服): あ、いやその……被害に遭ったレナをこんなふうに言うのは悪いことだってわかっているんだぞ! ただ、えっと……。 沙都子(冬服): ……いえ、わかりますわ。それは否定できませんもの。 梨花(冬服): みー……今回魅ぃが新しい服に挑戦したこと自体は、嬉しいことなのですが。 梨花(冬服): 見ている分には、やっぱりいつもの格好の方が落ち着くのですよ。 一穂(冬服): ……そう、だね。もっといい自分に変わりたいって頑張ることはいいことだと思うけど。 沙都子(冬服): いつも通りと言うことも、大切なことですわね……。 圭一(冬服): あぁ。ひとまず今回のことでまざまざと思い知らされたぜ。 圭一(冬服): ……やっぱりレナは、怒らせちゃいけないな。 みんな: うん。 その言葉に応えて私たちは、レナさんたちに気づかれないようそっと頷き合うのだった……。